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三人の魔王  作者: 零夜
第一章 目覚めて踊る双炎
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第十二話 魔王復活

 ルチルは二人の顔を交互に見た後宝石を上着のポケットから取り出すと、ベッドに歩み寄りマットレスの上に置く。

 二人はルチルの後ろに立ち、じっとそのときを待つ。じっと彼らの視線が背中に注がれているのを感じながら、封印を解く方法を聞く。


「ただ血をたらせばいいんだろ?」

「そうだな。お前は魔力が俺たちよりも強いから、ごちゃごちゃ唱えなくていい」

「どんなことを唱えるんだ?」

「まず、一回で言えないし、絶対噛むぞ」

「そ、そうなんだ」


 それは嫌だなとぼやきつつルチルは腰に帯刀したままの剣を抜くと、左手の人差し指に刃をあてる。

 ぴっと指が切れ、ジワリと赤い雫が盛り上がる。ある程度にじんできたところでそれを宝石の上にたらそうとするが、一度止まり二人を振り返る。


「どした?」

「どっちから?」

「は?」


 だから、カーネとリアンどっちから封印を解けばいいんだ、とルチルは問う。その質問に二人はものすごく脱力する。リアンは頭を片手で抑え、カーネは思わずといったようにしゃがみこんで頭を抱え込んでいる。

 

 人差し指の傷口からは血がこぼれそうになっているのを見たリアンは彼に近づき問答無用で手首をつかむとそれぞれの宝石に、血を一滴ずつたらす。

 たらすと指先を手のひらで包み込み、力を込める。ジワリとすぐさま傷口が熱くなりその熱さにルチルは驚く。


「熱っ!?」

「動くな、傷を癒しているんだから」

「癒す?」


 リアンが指から手を離せば、傷は綺麗に塞がっていて少しだけ残っている血だけが、そこに傷があったことを教えてくれる。傷跡すらない。


 すごいなと見つめていれば、宝石が赤い光を放ち始め思わず双炎の魔王を見る。

 二人は臆することもなく、赤い光に体を包み込まれじっと立っている。ルチルは邪魔にならないように、隅のほうにまで下がる。


「二人とも?」

「ん?」

「なんだ?」


 おそるおそる声をかければ、二人のいたって普通の返事が返ってきた。だが、その声は歓喜に満ち溢れていた。

 四方八方を照らしていた赤い光はやがて光のリボンのように二人の全身を取り巻く。取り巻くと同時さらに光が強くなり、ルチルは思わず自分の腕で目をかばう。

 二人を取り巻いていたのは数秒のことで、すぐにほどけるように足から消えていく光。


 光が消えると同時に宝石から放たれていた光も収まる、同時に部屋の中に満ちる圧倒的な魔力。赤い光がまだ残っているのかと数回瞬きをするが、気付く。それは二人の体から放出される赤の魔力だということに。

 二人は数秒じっと固まっていたが、小さく息を吐いて動き始める。


 カーネは腕を動かしたり、屈伸をしたりと体の調子を確かめている。動きに合わせて、袖の短いシャツや黒いベスト、炎の模様が入ったズボンにしわが寄る。

 左耳につけている雫型のピアスがきらりと光った。


「少々勘を取り戻すのに時間がかかりそうだな」

「そうみたいだな」


 リアンも体を動かし、調子を確かめている。左手を握りこむと力を込め、ゆっくりと開く。静かに橙色の炎が掌に灯る。

 

 掌に灯した炎によって、身にまとう黒いコートにくすんだ濃い赤のズボン黒いシャツが橙色に染まる。右耳につけているカーネがつけているものと同じピアスと、首に巻かれた赤いストールが、動きに合わせて揺れた。明かりがついたことにより、整った顔に陰影が生まれさらに仮面のように見える。


「実体を取り戻せたのか?」

「あぁ、これで完全に封印はとかれた」

「俺たちは自由さ」


 ルチルの問いに二人はゆっくりと彼のほうを向き、そっくりな顔に冷たい微笑を浮かべる。

 その笑みを見たルチルは背筋が凍りつくのを感じた。先ほどまでは時折姿が希薄になり、目鼻立ちがはっきりしなかったのでそれほどまで恐怖を抱かなかったが、今は実態を持ち整った顔立ちが目の前にある。さらに底冷えするような笑みを浮かべていれば、誰だって怖いと思うだろう。


「お前のおかげだ、ルチル」

「よかったな」

「カーネ、殺気を出すのをやめろ」

「あっ、バレた?」


 ごすっと綺麗にリアンの拳が、カーネの鳩尾に吸い込まれるように入った。声もなく崩れ落ちるカーネ。

 その様子を引きつった笑みで、見ながら目の前に片膝をついたリアンに平気なのかと聞く。


「平気だ。それよりも怖がらせたな」

「背筋が凍ったが、平気だ」

「そうか、ならよかった。これで、泣かせでもしたら燃やしつくすところだった」

「カーネを?」


 別にそんなことで死にはしない、と平然と言ってのけるリアンの頭にカーネの蹴りが決まる。

 ずしゃっと床に転がるリアンにカーネを見れば、額に青筋を浮かべたカーネがそれは素晴らしく綺麗な笑顔を浮かべていた。


「お前な、いきなり鳩尾を殴るなよ」

「ふざけたことを抜かすカーネが悪い。というよりもさっき私にもしただろうが!」

「だからって、鳩尾殴ることはないだろ! 一瞬意識がなくなったわ!」

「そのまま、眠ってしまえばよかったのに」

「んだとぉ!?」


 いきなり始まった口喧嘩に目を丸くしていることしかできない。二人の言い争いを見ていると、魔王とはどうしても思えなくて、思わず笑い出す。

 

 ぴたりと二人の言い争いは止まる。それでも彼の笑いは止まらない。カーネが笑うなと叫び、リアンが気まずそうに視線をそらしても、ルチルの笑いは止まらなかった。


「あぁ、笑った笑った」

「ずいぶんと笑っていたみたいで?」

「久しぶりにこんなに笑った。何年ぶりだろうこんな風に大笑いしたのは」


 目じりにたまった涙をぬぐいながら、つぶやけば二人の顔から表情がなくなる。

 笑いすぎて怒らせたかと思い、謝罪をすればリアンは首を振り、カーネは無言で指の関節を鳴らす。


 涙を枯らし、笑うことを忘れされられたルチルの周囲にいた人物たちを、一人残らず殺したいと思ったほどだった。


「ルチル、着替えは持っていないのか?」

「着替え?」

「その格好はまずいだろう。何せ王族に連なるものと示しているようなもんだからな」


 そう言われてみればと、彼は自分の服装を見下ろす。国の紋章が付いた服に、王位を表すブローチが黒い上着の上で輝いている。

 

 ルチルは自分の服をしまってあるクローゼットに向かうと、そこから黒いコートと白いシャツ、紺色のズボンを取り出してきた。コートには銀の鎖と赤い宝石の小さな装飾がなされており、機動性を重視しているように見える。さらに彼はブーツを取り出してきて、それに履き替える。底に少し厚みがあり、二人の見解からして鉄板が入っているらしかった。


「それは?」

「俺が出かけるときに使っていた服だ。俺の王位はこの城の中でしか認められていない」

「つまり、世間には第一皇子と第一王女しか公表されていないと?」

「そういうことだな。その分、公務とかなかったから、楽でよかったが」


 そういうと、ルチルは黒い上着を脱ぎ去り、中にきていたシャツも脱ぐと、クローゼットから取り出した服に着替えていく。カーネは目を凝らして裸の上半身を眺める。うっすらとした傷跡が残っていた。

 

 リアンはその様子を横目で見ながら、ルチルの部屋を物色し何か使えそうなものがないか調べていく。

 だが、ルチルは必要最低限のものは置いてないらしく、使えそうなものは少なかった。


「おい、リアン」

「なんだ?」

「俺はこれから宝物庫にいってきて、適当に宝石とかを奪ってくる。お前は蔵書室にいってきて、地理と俺たちのことが載っている本を奪ってこい」

「わかった。ということで、ルチル。ちょっと行ってくるから、ここでおとなしくしていろ」


 わかったと適当に返事をすると、二人は出ていく。着替え終わると、黒い上着から王位を表すブローチをむしり取る。

 ブローチは上着のポケットに入れ、すぐに取り出せるようにすると、机に向かう。


 机の引き出しから、文庫サイズの手帳と、小さな皮袋を取り出す。まず、手帳を手に取りパラパラと中をめくる。手帳には、三枚の写真が入っていた。

 どの写真にも幼いころのルチルと、穏やかに笑う、赤茶色の髪を持つ男が写っていた。一枚だけ黒髪と淡い青の瞳を持つ男とルチルが写っていたが微かに笑うと、手帳を上着のうちポケットにしまう。

 

 次に、皮袋の開け口を閉めていた紐を緩め、皮袋の中から赤い宝石がついた銀色の指輪を取り出すと、自分の右手の親指につける。サイズが合わないので、そこにつけるしかないのだ。


 指輪をつけた手を掲げ、無感情に眺めていると、ギシっという音を耳がとらえる。

 ルチルは無言で、気取らせないように剣の柄に手を置くと、ゆっくりと振り返れば……いた。

 

 彼の命を狙う暗殺者(しようにん)たちが。




「ルチル!?」


 書庫に向かっていると不意にリアンが声を上げて踵を返そうとする。そんな対の様子を呆れたように見ながら、腕をつかんでそれを阻止すれば帰ってきたのは冷たい殺気だった。

 ゆらりと蛇が鎌首をもたげるかのように殺気が静かにあふれ出し、リアンの全身を取り巻き始める。


「なぜ邪魔をする、カーネ」

「行く必要なんてないだろうが」

「あの子は契約の後の倦怠感がまだ残っている、本調子ではない!」

「本当に命の危険が迫ったならば行けばいいさ、あれくらいは一人で何としてもらわないと」


 びりびりと周囲の大気が恐れをなしたのか震え上がる。メラメラと炎が上がる黄金の瞳を覗き込み、カーネは冷静だがリアンを諌めるかのように睨みつける。


「おまえはあの子を心配しすぎなんだよ」

「だからといって……!」

「ここで死んだらそこまでの器だ。成り行きとはいえ俺たちを従わせるんだ」

「あの子はそんなことを望んでいるわけではない!!」

「望んでなくてもそうなっちまったんだから、うだうだ言うな。俺たちの封印を解き契約を結ぶということは、そういうことだろうが」


 ギラギラと輝くリアンの瞳とは正反対に、カーネの白銀の瞳は氷のように冷たい光を宿し、冷たい殺気を放ち始める。

 対照的な表情を宿す二人の殺気がぶつかりあい、運悪く見回りをしていた兵士たちは、殺気にあてられ泡を吹いて倒れる。


「俺はルチルを見極めたいんだよ、王たる器か」

傍観者・・・になるということか」

「そうだといったら?」


 つかんでいたリアンの腕を放し、どうするんだと言わんばかりに顎を上げて尊大な態度をとる。

 そんなカーネを射殺さんばかりにきつく睨みつけるリアン。


「別に家族にならないというわけじゃないさ。ただ、お前みたいにちょっとした危険でもすぐに駆けつけるわけじゃない。ルチルの力量を正確に見極めて手を貸すだけだ」

「私はあの子を守る。そして敵となるものはすべて排除する、それだけだ」


 深呼吸を一回すると、殺気を沈めつかつかと足早に書庫に向かい始める。早く目的のものを見つけてルチルのもとに飛んで帰りたいのだろう。

 大股で歩き始め、カーネの横を通り過ぎるときぞっとするような声で言葉を放つ。


「敵になるのならば、お前も半殺しにするぞ。私は」

「……」


 さっさと歩いていく対の背を見つめて溜息を吐く。別に守らないというわけじゃなんだがなと、頭をかきながらぼやく。


「半殺しね」


 リアンにカーネは殺せず、カーネにリアンは殺せない。だから半殺しという表現を使ったのだろう。

 冷静さを失っているかと思いきや、一回の深呼吸ですぐに普段のリアンに戻った。つまり先ほどの言葉は、暴走してつい口から出た言葉ではなく


「本気だってことか、リアン。おまえはルチルの守護者となるか」


 すべてから守るための盾となり、矛となる。そうなるとリアンは宣言した。


「ルチルはそこまで弱くないし、脆くもないと思うんだがな。まぁ、その辺は俺が見極めればいいか」


 小さくごちるとリアンの赴いた先に自分も足を運ぶ。途中でゴロゴロと打ち上げられた魚のように兵士たちが転がっている。

 それを何とも言えない感情をぶつけるために、蹴飛ばしながらゆっくりと歩いていく。


 魔力を与えてもらって目覚め、数時間しかたっていないのに封印も解かれた。リアンからもらった情報も正確に理解せねばならないので、ゆったりと歩みを進める。


「ルチルについてはゆっくりと考えていけばいいよな」


 傍観者として、カーネの小さな呟きはまるで水滴のように静かな空気に波紋を立てた。



 一方のルチルは冷ややかな目をして、夜中の侵入者をにらみつける。


「とりあえず、何用だ?」

「あなたの命を……」

「そうか」


 最後まで聞かずに、目を閉じるとやれやれと言わんばかりにため息を吐く。ゆっくりと瞼をあげ、深紅の瞳に使用人たちを映すと、凄絶に微笑んだ。

 彼の全身から強烈な殺気が放出され、命を狙った使用人たちは殺気にのまれ動けなくなる。


「本来は、見逃してやろうと思ったが俺はここから出ていくんでな。その命食わせてもらうぞ」


 殺気を迸らせ、ゆっくりと近づき刀を抜く。いまだに体はだるく、倦怠感がまとわりつきそのせいで足の運びはゆっくりになるが、逆にその遅さが余裕に見えて硬直する暗殺者たち。ひたりと刃を、一人の首にあててひんやりとした声で問う。


「最後に聞いておこう。俺を殺すように命じたのは誰だ?」

「第一……皇子で、す……」

「そうか……」


 ありがとうとつぶやくと、無言で刃を振りぬいた。

 ごとりと落ちる首、ふきあがる血しぶき、それを見ながら暗殺者たちに、美しく微笑んだルチル。


 その時、彼らにはルチルが【まおう】のように見えた。


 彼は刀を構えると、無言で刃を振るった。次々に首が落ちる音とビシャリという血がこぼれ床や壁を汚す音が静かな室内に響いた。


「こりゃ、派手にやったな」

「無事でよかった」

「遅かったな、何やってたんだ?」


 帰ってきた二人の第一声に苦笑しながら、問う。二人は床を汚す大量の血を踏まないように慎重な足取りで近づくと、冷笑を浮かべる。

 

 カーネの右手には、大きな麻袋。左手には灰のような黒いもの。リアンの右手には、三冊の本。左手には少しだけ血がついている。


色々(・・)とな」

「そうか」

「それで、お前は何があった?」

色々(・・)と」

「怪我がなければ、それでいい。さっさと別れの挨拶をしてここを出るぞ」


 わかったとうなずき、ベットの上で輝いていた二つの宝石を手に取る。その二つをコートのポケットにしまうと、血の漂う部屋を三人は素早く横切り、出ていった。


 後には、暗殺者だったものと大量の血が残された。

 もう二度と戻っていない部屋には、無残な死の気配だけが残っている。


 それはこれから起こることを示唆しているかのようだった。

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