第十一話 ルチルの決断、そして…
「あれは」
木陰に立ちぼんやりと庭園を見ていたルチルの視界に飛び込んできたものは、楽しそうに笑う自分の家族たち。
本来は自分もあの中にいるはずだった。
だが、自分の容姿が家族たちと異なっているせいであの中に入れない。幼少のころからずっとほしかったもの、それは愛情。そして自分を認めてくれること。
『お前の漆黒の髪のほうがきれいだ。何者にも染まらない美しい色だしな』
幼いころから嫌いだった自分の漆黒の髪。それをリアンはほめてくれた、初めて自分の髪色が好きになれた。心の棘が一つとれた。
『俺たちが居場所を作ってやるって言ったら?』
カーネがくれた言葉。それはとても魅力的で、自分の心に暖かい光をくれた。今までは、居場所をもらうどころか奪われていた。彼が自分を探るように見てきているのはわかる、でも一緒にこいとってくれた。
『お前はいつか、この城を出て行くだろう。一人で出て行くかもしれない』
ふと耳の奥でに今は亡き祖父の声が響く。
胸元に手を当てて、ゆっくりと瞼を閉じてその声をより鮮明に思い出そうとする。
『もしかすると、誰かに外に出してもらうかもしれない。だが、お前は拒むかもしれない。でも、きっとその誰かは強引にでも連れて行くかもしれない』
今の状況と同じだと思う。もしかすると祖父は今のことを予言していたのかもしれない。
そんなことを考え、思わず笑ってしまう。
『どうすればいいか、わからなくなったらお前の生きたいように歩き出せばいい。お前の人生はお前だけのもの、きっとその力を持って生まれたことには意味がある』
「それが、魔王を復活させ世界に復讐することになってもですか。先代国王」
もう返ってこない声に、独白のように問いかける。答えは返ってこない。
帰ってこないのが答えだと彼は自然に受け止める。
「私は、彼らについていきます。あなたはそれを望んではいないかもしれない」
けど、とつぶやき心のそこから晴れやかな気分で空に向かって告げる。
「彼らは私を認めてくれた、居場所をくれるといった。それが本当にうれしかった、幼いころからずっと切望していたものがこの手に入る。彼らとともに世界を見てみる、そこから私の生まれた意味を探します」
ざぁっと風が吹き、彼を包むように真上に吹き上がる。
ルチルの漆黒の髪を大きく揺らし、彼にはそれが祖父からの答えのように感じられた。
「いってきます」
ルチルの眼から一筋の涙がこぼれ、輝きながら地に落ちた。
すでに枯れ果てていた涙が、彼の眼からこぼれた。
「決まったか?」
その日の夕方、ルチルは自室で待っていた双炎の魔王と対峙していた。
二人は窓の前に立っていて、夕日を背に感情の凪いだ瞳で、彼をじっと見詰めていた。
「決めたよ」
そういって顔を上げたルチルの頬には涙の痕が。
それを見たリアンは口を開きかけ、カーネに腕をつかまれる。眉間にしわを寄せながら見れば、彼は首を振る。何も言うなということに気づき、素直に口を閉じる。
「どうするんだ」
「俺は……」
ルチルの脳裏に祖父との思い出が、甦る。そして今までの辛かった人生も。
一度口を閉じ、覚悟を決めるとルチルは双炎の魔王を見据える。
「共に行く」
「いいんだな」
「あぁ、家族になってくれるんだろ?」
ルチルは儚い微笑を浮かべ、二人はそっとルチルに近寄り同時に頷く。
彼はうれしそうに笑い、涙をこぼした。その涙をぬぐってやり、リアンは左手をカーネは右手をとる。
「なにするんだ?」
「契約」
「契約?」
意味がよくわかっていないルチルに、面白そう笑うカーネをリアンは思いっきり睨みつけながら説明をしてくれる。
「我らと共に行くということは、想像以上に危険な旅になる。だから契りを結び、お前に危険が迫った時などにすぐに駆けつけられるようにしたい」
「それと、身体能力や治癒力が上がる。過去に一人だけ人間と契約したときはそうなった。俺たちの基礎体力とおまえの基礎体力では根本的に違うだろう? お前を置いていくわけにはいかないからな」
だから契約をしないとなとカーネは微笑しながら告げ、リアンもそれに同意するように頷く。
ルチルは彼らの言葉を脳内で反芻し生唾を飲み込むと、覚悟を決めたことを示すために二人に向かって頷く。やってくれと返ってきた言葉に満足そうに笑うと、二人は魔力を放出する。
ゆらゆらと目視できるほどに放たれた濃密な赤の魔力、それが自分の体を取り巻くのをルチルはじっと見つめていた。
「では、いくぞ?『我は豪炎の魔王カーネ。わが力、黒の魔力を持ちし、「無」の魔王に分け与えん』」
ゴウッと右手がすさまじい音と激しい業火に包まれ、驚きのあまり手を離しかけるルチルだが、がっちりとカーネは手をつかみ直し離さない。
『我は静炎の魔王リアン。わが力、黒の魔力を持ちし、「無」の魔王に分け与えん』
左手には音もなく静かだがカーネの業火よりも色が深く熱い炎が宿る。
二つの炎に包まれている手から、何かが流れ込んできて体を熱くする。更には内部から爆ぜるような痛みが襲い、意識が遠のきかける。
ドクンっと鼓動が大きく鳴り響き、体と心の奥の奥さらに深いところでカチリと何かの鍵が開く音がした。
「もうちょいだからがんばれよ」
「……む……り」
「あとほんの少しだ。体を多少作り変えるから痛みが走るのだがな」
作り変えるだけの痛みじゃないぞ、これとうめきたいが苦痛の声しか漏れない。視界がグニャグニャと歪み意識が飛ぶと思った瞬間、そっと冷たい掌がふれた。
その冷たさにハッとすれば、一瞬だけ、本当に刹那の時、瞳に亡き祖父の優しい微笑が映った。声なき声を発そうとすると前に小さく手を振って、その幻は消えた。
長いと思われた苦痛の時間は唐突に終わる。
床に崩れるように倒れ込み、荒い呼吸を整えるように何度も深呼吸をする。その背をリアンがさすってやり気分はどうかと聞く。
「頭が重い」
「すぐに体の変化に慣れる」
あっさりと言われ、恨めしげな眼差しを向けるが素知らぬ顔で受け流される。横目で睨みつつも、一瞬だけ見えた祖父の幻を思う。
笑っていた、まるでこの城を出ることを祝福してくれるかのように。
そのことは二人には告げずにリアンの手を借りて体を起こし、床に胡坐をかくとふと気になったどうでもいい疑問をぶつける。
「豪炎と静炎って何?」
「炎の質だ」
「俺は、でかい炎で燃やし尽くすのが得意で。リアンは静かな炎で一瞬で燃やすのが得意なんだ」
「それと」
そうなんだとうなずきながら他にも気になったことを聞いてみる。冷や汗が流れてくるのを気持ち悪いと思いながら、袖で額をぬぐう。
「『無の魔王』ってなんだ?」
「お前のこと」
「俺も魔王なのか?」
「それは……」
意味がよくわからないという顔をすれば、二人は顔を見合わせなにやらアイコンタクトを交わす。
何らかの意思疎通が終わったところで
「今度教えてやる」
との答えが返ってきた。
これ以上追求する気力はないので、今度聞けば良いと無理やり自分を納得させる。
リアンが呼吸を整えるのを手伝うように背をさすってくれるので、それに素直に甘える。
呼吸が整い、自分の足で立てるくらい気力が戻ったので、またリアンの手を借りて立ち上がると二人の顔を見上げる。
「二人とも、封印を解く」
「あぁ、それが終わったら決別を言いに行くぞ」
「最後の別れだ」
双炎の魔王はぞっとするような笑みを浮かべた。それを見ても何も思わなくなった自分に、ルチルは苦笑いをする。
慣れとは怖いなと小さくつぶやいた。




