第十話 迷い
「どういうことだ?」
ようやく絞り出した声は、かすれていて彼の動揺を知らせるには十分すぎるほどであった。
「そのままの意味だ」
「いや、だからわからないといっているんだが」
痺れを切らしたりアンがもう一度、同じことを繰り返そうとする前にカーネがその口をふさぐ。リアンは思いっきり自分の口をふさいだ人物を睨みつける。
「詳しい説明がほしいってことだろ?」
彼の問いかけにコクコクと、何度も頷く。カーネはリアンの鳩尾を殴って気絶させると、床に放置しルチルの隣に座る。リアンを黙らせておかなければ、感情的になりすぎのあまりルチルにあたってしまうと考えたからだ。
「カーネ、リアンを何で殴ったの」
「俺たちでも、封印を解くことはできる」
「いや、だからリアン」
「でも、その前に誰かに一人でもいいから封印を解いてもらわないといけない。ん? その前にお前は俺たちの封印を解いてくれるのか?」
「解くつもりだけど、リアンは」
何度もリアンのことを案じているルチルの肩に両手を置いて、カーネはさわやかに
「放っておけ!」
言い放った。ルチルは後日、そのときの顔がとてもすっきりしていたというのを呟いたらしい。
「まったく、しばらく会わないうちにずいぶんと感情的になっちゃって……、昔は生き人形みたいだったのに。おっと、脱線したな。それで、ルチルは俺たちの封印を解いてくれる。俺たちは自由になる。ここまでは良いな?」
「あ、あぁ」
ちらちらと床に放置させれているリアンの様子を見ながら、頷く。
ならいい、とからりと笑うと続きを説明し始める。
さわやかに笑っているのだが、薄暗い室内、鳴り響く雷鳴に室内を照らす雷光。
カーネの笑みがとても怖いものに見えるルチル。若干冷や汗をかきながら説明の続きを聞く。
「自由になった俺たちは世界に散らばった封印の宝石を探し出す。そして他の魔王を甦らせる。……それにお前もついてくるかと聞いているんだ」
「一つ質問良いか?」
「どうぞ」
立ち上がって若干距離をとると、愉快そうに眼を細めているカーネを見つめる。しばらく黙りこんで彼が言っていることを理解すると、一番引っかかることを聞いてみた。
「復讐するって言ったよな?」
「いったが?」
「具体的には?」
おそるおそる問えば、カーネの笑みがゆっくりと愉快なものから冷たいものに変わっていく。口元だけで笑い、眼はまったく笑っていない。
タイミングよく雷光が部屋を照らす。表情に陰影を宿したカーネはゆっくりと答えてくれた。
「俺たちを封じた」
「封じた?」
「末裔を殺す」
「末裔?」
そのとおりだというようにカーネは頷き、それに重ねるようにリアンの声が響く。ゆっくりと起き上がったその表情はカーネのものと同じで、生き人形と言っていた意味が分かった気がした。何の感情もなくただ動いている人形のような顔。それが怖くてルチルは怯えを瞳に宿す。
「そいつらが世界を動かしている」
「起きたか」
「怨みは後でたっぷり言わせてもらうとしよう。わかったかルチル」
「とりあえず」
カーネはリアンの隣に立つ。ルチルは深紅の瞳に双炎の魔王を映す。
「決められるか?」
「我らもあまり気づかれたくないから、時間はあまりやれんぞ」
「一日だけ待ってくれるか?」
「いいだろう」
二人が頷くのを確認すると、ベッドにもぐりこむ。
剣はベッドの下に隠さずに抱え込むようにして、体を丸める。着替えもせずにルチルは眠りについた。それを見つめながらリアンは様々な感情を詰め込んだため息を一つ吐く。
「寝たな」
「今日しごいたからな」
「おい」
しれっとした表情で言ってのけたリアンの体が、徐々に半透明になる。
そんな自分の体を見下ろし、軽く舌打ちをすると部屋を出て行く。
「どこに行くんだ?」
「こんな天気でも馬鹿なことを考える奴らはいるからな」
「あ~なるほど、いってらっしゃい」
ひらひらと手を振って見送ると、眠っているルチルを見下ろす。
肩に触れて少しだけ魔力を吸収し、毛布をかけなおす。ずいぶんとつらい思いをしてきたというのが先ほどの空虚な瞳を見てわかった。
「まさかな……、そんなことあるはずないし」
一つ思い当たることがあり、それを思考するが打ち消すように首を振っていると小さな物音に気づき扉を見る。
細く扉が開き、静かに滑り込んでくる影がある。その影に大股で近づくと姿を現す。
「ひっ!?」
「暗殺者か」
「だ、誰だ!?」
「これから死ぬ奴に言うつもりはないさ」
リアンのように頭をわしづかみにすると魔力を一瞬で根こそぎ吸い取る。持ち上げたまま炎で灰も残さず燃やし尽くす。
「なるほどね、これじゃあおちおち寝られないな」
カーネのなにやら納得した冷たい声がその場に響いた。
そっと物音を立てないようにベットの隅のほうに座ると、神経を研ぎ澄ませる。そのままリアンが帰ってくる間に先ほど考えたことをもう一度吟味する。
「もしも、俺の考えが正解ならば。この世界にはまおうが三人いることになるんだな」
もしもの話だがとつぶやいたカーネの表情は自信がなさそうだった。
その後、そのもしもの話を考えていたカーネと何かをしに行ったリアンは朝までそれぞれ思い思いのことをしていたのであった。
翌日、ルチルは庭園の隅のスペースにいた。リアンが封じられた宝石を拾ったところだ。
ここは彼と彼の祖父、先代国王がよく二人できていた秘密の場所である。
天気は昨晩の雷雨がうそのように晴れており、風も心地よい。
そんな心地のよい気候でも、彼の心はまったく晴れなかった。昨晩カーネから言われたことに対してずっと悩み続けているのだ。
「どうすればいいんだ」
彼の苦悩の色が混じる呟きが落ちる。彼は大してこの城に愛着なんてない。
だが、祖父との思い出がある場所なのでそれだけは心残りなのだ。
「どうすればいいのですか、じい様」
「自分の思うとおりに生きれば良いだろう」
「リアン」
いつの間にか、リアンが自分の後ろに立って腕組みをしていた。
その黄金の瞳には感情の揺らぎがなくただルチルの事を見ている。だが表情には案じるような色があるが。
「ここから出だければ、ついてくればいい」
「だが」
「政略結婚の鍵になりたくないから、我らに殺してほしいのだろう。だったら」
腕を解き片手をルチルのに向かって差し出す。
その手とリアンを見比べる。リアンの表情を真剣で、是か否かの答えでなければ許さないという雰囲気を出していた。
「ついて来い」
「だが、俺は殺しの手伝いはできないぞ」
「よく言う。すでに数多の命を消してきたのに?」
「っ!? それは……」
リアンの言っていることは正しい。自分でもそれはよくわかる。
彼は更に揺らぐことを呟いてきた。
「ここの連中がお前に何をしてきたかを忘れるな」
「リアン、お前は……俺を裏切らないか?」
「約束しよう、私はお前を守ると誓う」
ルチルはほっとしたような表情を浮かべると、その場を去る。
もう少し待ってくれという言葉が彼の耳に風に乗って届いた。その背を見送りながら、軽く目を細める。誰かとかぶって見えたの、そう見覚えるのある誰かの背に。
「ずいぶんと肩を持つな」
「悪いのか?」
「いや、あの子ならいい。それに強い」
「あの子を守りたいと思うんだ。心の底から、どんな脅威からもわが身を盾にし、ルチルを守りたいという」
「昔の自分に似ているからか? それだけか?」
いつの間にか来ていたカーネと会話をする。他愛のない会話に聞き捨てならぬことを聞き、ぴくりと眉を動かすが、何も言わずに視線を合わせる。
険を含んだ眼差しと静かな感情の揺らぎのない眼差しが絡み合う。先にリアンが視線をそらし、そのままどこかへ歩いて行った。
カーネは静かに苦笑し空を仰ぐ。眼に痛いほどの青空だった。
「ルチルはどんな選択をするんだろうな。……あ、リアンに聞くの忘れてた」
ルチルがあの存在なのかどうかを……、そうつぶやいたカーネの顔はぞっとするほど冷たいものだった。