第一話 石との出会い
「えっ? 今なんとおっしゃいましたか?」
広々とした王の間に戸惑った青年の声が響き渡る。
「聞こえなかったのなら、もう一度言おう。お前は隣国の姫君と結婚してもらう」
「それは?」
目の前の玉座に座る自分の両親を震える体を押さえ込みながら見つめる。
震えは押さえ込めず、腰より上の長さまで伸ばされた闇のような漆黒で前髪の一部に深紅のメッシュが入ったストレートの髪が震えにあわせて小刻みに揺れる。
切れ長で少し冷たい印象を受ける深紅の双眸は、今は動揺に揺れている。だがその瞳の中に感情が欠片もない。
「つまり政略結婚ということだ」
視線をゆっくりと動かせば、薄く笑っている自分の兄。白い軍服に似た服を身につけ楽しそうに笑っている。
その足にしがみつくようにして立っているふわふわのレースがふんだんに使われたピンクのドレスをまとっている自分の妹。二人とも自分とは違う、明るい金色の髪を持っている。
自分の目の前に座っている両親は明るい金と深みのある茶色の髪をしている。
自分だけ、黒い髪。家族とは違うこの髪の色……、そして白い自分の肌の色。
「そういうことなのですか? 父上、母上」
「何を聞き返すことがあるのです? ようやく役に立てるのですよ」
母親である王妃のいつも以上に優しげな声が胸をえぐる。
言外に自分は厄介払いにすると言われているも同然である。
その言葉に何も返さずに、視線を下に向けるが深紅の瞳の中にほの暗い炎が燃え上がる。
「ルチル。お前のことを隣国の姫君がいたく気に入ってな。ぜひとも友好関係を築くためにお前との婚儀をといってきたのだ」
「そうですか」
かすれた声しか返せないルチル、身につけている黒い軍服に似た服の裾をきつくきつく握る。
瞳に宿った炎を消すように一度瞼を閉じて開けば、感情がそぎ落とされた表情になる。
政略結婚といえば聞こえは悪いが彼が王位につけるという利益もある、だがそんな考えをルチルの家族が持っているわけはない。
なぜなら隣国は今にも崩れ落ちそうな砂の城で作り上げたもろい国なのだ。どこかほかの国から一斉に攻撃されれば一瞬で滅ぼされてしまうほどの危うい国、つまり死地に送り込むと同等のことをルチルに課そうとしているのだ。
「お前もようやく役に立てるときがきたんだな」
「そう……ですね」
兄のうれしそうな言葉の裏に隠された嘲るような響きを感じ取り、きつく唇をかみしめる。口の中に血の味が広がった。
「兄様、がんばってね!」
「……あぁ」
無邪気な妹の声が耳に痛い。うつむいているがわかる自分を見る表情が喜んでいることを。
一人だけ黒い髪、白い肌を持って生まれた自分。魔物の子だと忌み嫌われ蔑まれて生きてきた自分はこの家族たちにこの王国に不用だということを彼は身をもって知っていた。
例え、己の心が引き裂かれんばかりの痛みを訴えていたとしても彼はそのことを口にすることはできない。
その代わり、彼の心の中ではとある感情が育っていることを誰も知らない。
「わかりました。では、失礼します」
深々と頭を下げ、足早に王の間を去った。これ以上自分を排除しようとする者たちを見たくなかったからだ。
王の間の扉を閉めたと同時に駆け出す。口の中に残る血の味に顔をゆがめながら彼は走った。
「はぁ、はぁ」
どれくらい走っただろうか。ルチルは城の庭園にいた、庭園の中でも誰にも見つからない一見、道がふさがっていそうで、実は奥に空間があるその一角に彼は木にもたれかかって座り込んだ。
「くそっ!」
だんっと地面を強くたたく、何度も何度も自分の気の済むまで。
でも一向に自分の気分は晴れない。
拳を握る自分の手が痛みでジンジンと痺れてからようやく叩くのをやめる。
「何が役にたてるだ! 俺のことをどこかにお払い箱にしたいだけだろう!」
あの場でいえなかった不満をぶちまけていく。言いたい事はいっぱいあったが、二言だけもらしただけで膝を抱えその上にあごを乗せる。
自分の黒髪に触り、深々とため息を吐く。
「いろんなことを学んだ、体も鍛えたのに。なのに、どうして?」
自分の容姿が両親に似ていないから? この黒髪と肌の色が気味悪いから? どうして、どうして?
悔しさからか涙がぽろぽろと後から後からこぼれていく。黒い服の袖に涙の後が浮かんでは消える。そのままうつむいて静かに泣いていると、木の上から、何かが、落ちてきた。
それは彼の頭の上にものすごい勢いで落ちてきた。
「痛!」
ガツンという音を立てて脳天を直撃したそれは、ルチルにかなりのダメージを与えた。頭を抱えしばらく痛みのあまり呻く。
横目で落ちてきたものを見ればそれは赤く輝く宝石だった。
「宝石?」
宝石にしては大きいもので、売ったらかなりの値になるのではないかと思う。手を伸ばしそれを拾い上げ太陽にかざしてみる。
宝石は五角形で太陽にかざせば宝石を通して赤い空が見える。だが、中に何かが入っているような気がし宝石を目に近づける。琥珀のように何かを取り込んだのかと思いながら目を凝らす。だが何も見えないので、目を離し掌の上に乗せる。
「なんだこれ?」
こんなものが合ったら必ず自分の両親に届けられるはずなのに、と思いながら立ち上がる。
赤い色をした宝石はルチルの掌の上で、きらきらと輝く。自分の瞳の色をした宝石をゆっくりとなでる。
「っ!?」
すると宝石をなでた指から何かが吸い取られるような感覚がした。驚いて手を離したが、宝石はただ無機質に輝くだけ。拾った時よりも輝いているような気がしたが。
「今日のウジウジタイム終わり」
バシンと片頬をたたき宝石を片手に自分の部屋に戻る。
宝石は自分でもっていることにした、なぜだかわからないが自分が持っていたほうがいいと思ったのだ。
―ようやく目覚められる……―
「今何か?」
周囲を見回しても誰もいない。誰かの声が聞こえたような気がしたのだが、と首をかしげるが気のせいということにし足早にその場を去った。
そしてこの宝石との出会いが彼の運命を大きく変えることになる。