初めての狩り
初めての狩り
食料の補給に、港に立ち寄っていた時のことだ。
ミレイは石鹸や布の調達をしたいとのことで、別々に行動していた。
最近はミレイもリナにべったり張り付くことはなくなっていた。
船の上は安全だし、陸でも常に仲間の誰かが付いている(たいていレオ。仲間たちはそれぞれ役割があって忙しいのだが、レオは陸上では情報収集以外特にすることがない)
リナが安全だと分かると、船内で確固たる地位を築き始めているミレイは自分の役割を果たすことを優先した様だ。
リナは街角に張られたある紙の前で立ち止まっていた。
リナの見つめる先にはいくつもの手配書きが張られていた。要はお尋ね者だ。
これこれこの罪。捕らえた者には賞金いくら。
「海賊が縛り首というのは本当なのだな」
「おうよ。お前もうっかり海賊だなんて口滑らすんじゃねえぞ」
「・・・おまえたちのはないのだな」
レオは肩をすくめて見せた。そんなバレるような下手な商売するかよ、ということだ。
十分な食料を調達すると、船は出港した。
「では姫様、行って参りますね」
朝食を終えると、片腕に寝具の入った籠を抱え上機嫌でミレイは部屋を出て行った。
船上に造水設備があると知ったミレイが真っ先に取り掛かったのが洗濯だった。限られた水を上手に使いまわして、リナやら自分やらの寝具や衣服を手際よく洗って干していく。そして恐らく、常日頃から我慢ならんと思っていたのだろう、仲間たちの衣服や寝具もその中に交じることが多くなっていた。もちろん、毎日洗濯できるわけではない。だが、水が使える日は石鹸を手に部屋を出ていくミレイが恒例になっていた。そしていつの間にか、洗濯の最中に見つけた痛んだ衣服や寝具もミレイが繕ってやっていた。そのために、石鹸や糸や布地の調達が欠かせないのだ。ミレイは港に立ち寄るたびにひとつふたつ石鹸を購入し、様々な種類を集めるのを趣味にしていた。
船での生活にも馴染み始めていたリナは、いつもと違う様子を敏感に感じ取り、甲板に上がった。ロープに渡された衣服が甲板ではためいている中を、仲間たちが所在なさげにウロウロしていた。レオはひとり、腕組みをして遠くの海を睨んでいる。
「仕事か?」
「・・・おうよ」
と、言う割には煮え切らない。
目のいい仲間がこの先に同業の船を見つけたらしい。
だがこちらの方が風下にいる。見つかれば逃げ切られる。どうするか。
リナは耳元に手を伸ばした。
耳飾りを外すと甲板の中央に行って、手を開いた。
何をするのかと見守る一同の中で、耳飾りの鎖が吊るされ、その先の石が輝きを放ち始めた。
リナはゆっくりと手を動かし石を揺らす。
リナの足元に炎が燃え上がった。石の突端が描く軌跡に沿って板の上にゆっくりと円を描き、その中心に突端を動かすと、細かい文字を刻んだ。一際ぱっと燃え上がって、火は消えた。板には焼け焦げた跡が紋章のように残った。
「呪いだ。これでこの船の姿を消してくれる。」
レオの大きな手ががしっとリナの頭を掴んだ。
オレの船に傷をつけてどうしてくれる!とは言わなかった。にやあっと笑ったかと思うと、仲間たちに号令をかけた。
「野郎ども、次のエモノが決まった!最近辺りを荒らしまわってるブラッド海賊団だ!分捕り品の半分はオレたちのモンだ。派手に行こうぜ!」
ウオーと鬨の声が上がった。
「仕事にかかれ」を知ったミレイはあら大変と、風にはためく洗濯物を取り込みに急いで甲板に上がって来た。
作戦はこうだ。例の船は油断してゆっくり進んでいる。
まず東側の諸島から回り込んで奴らの風上を取る。十分近づいたところで姿を現し、浅瀬に追い詰めて決まり、だ。
いつものごとく、手にフライパンやら鍋やらを持って厨房の下に待機した。
しばらくは階上から緊迫した空気が伝わって来ていたが、フロンとレオが降りて来たのを見て三人は安堵した。ふたりの表情は大成功と言っていた。
甲板に上がって後ろを見れば、太い綱にひかれてヨタヨタと付いてくる船が見えた。
近くの港に引き込み、役人に引き渡した。
浅瀬に引っかかっていたので助けようと近づいたら海賊だった、というのが言い訳だ。
賞金をたんまり頂いて、その晩は恒例の宴となった。
宴は、いつもと少し違った。厨房見習いのライが正式に仲間に加わることになったのだ。海賊の流儀に乗っ取って、兄弟の誓いを交わす。お互いに薄く肌を傷つけ合い、お互いに傷を布で縛るのだ。
ライの相手役を務めたのはガイだった。路地裏で、腹が減って倒れ込んでいたところを拾って船に連れて行ってくれ、たらふく飯を食わせてくれたらしい。
儀式の様子を見守っていたリナは、どうもご立腹の様子だった。
自分の時とはやり方が違うと、レオにやり直しを申し立てたが、「やだね。おりゃ女には傷を付けねえ」と一刀両断にされた。
「そりゃ嬢ちゃんに傷つけるわけにゃいかねえよ」
「私を愚弄しておるのか」
ガイの取りなしにも耳を貸さない。お前の兄弟になりたいって奴がいたらしてやってもいいとレオに言われたが、誰も名乗り出るものはいなかった。それはそうである。兄弟の結びつきは絶対とされている。相手が殺されそうになれば自分が盾となって庇い、相手が海に落ちれば躊躇なく飛び込んで助ける、唯一無二の命を預ける相手なのだ。誰がこんな小娘に命を預けたいと思うか。
煮え切らない状況は、レオの鶴の一声で決まった。
「ちょうどいいや、ライ!お前やってやんな」
「ええええええええええ!」
「こりゃあいい」
「お前の初仕事だぜ!」」
「お前が死にそうになったら、オレが助けに行ってやるからよお!」
ガハハハハハとガイが笑った。
仲間たちからやんやの喝采を受けて、ライは渋々儀式に臨むことになった。
仲間たちが見守る中、誓いの言葉を述べリナは腕を差し出すとぎゅっと目をつぶった。ところが、一向に痛みは来ない。薄く目を開いてみれば、ライは真っ青になってナイフを持つ手をぶるぶる震わせていた。
「う、薄く、ほ、ほんのちょっと、う、うずぐ」
何やら呪文を唱えている。
あーこりゃダメだと誰もが思った。
結局、儀式はレオが代行した。
ひょいと間に割って入ると、ライの手からナイフを奪い流れるような動作でリナの肌に一瞬当てた。小指の爪の先のような傷に僅かに血が滲んだ。ほれ、とリナにナイフの柄を差し出す。
宴も酣となり興奮も収まった頃、リナは甲板の手すりに寄りかかって風にあたっていた。
レオの腕からはリナが思っていたよりも多く血が出た。刃を当てすぎたのかもしれない。練習はしているが、刃物の扱いは未だあまりうまくはない。
側にフロンが来た。
「いい奴らでしょう」
リナの隣で、手すりに背を預ける。
「海賊と言ってもね、陸での仕事にあぶれた人をレオが拾ってきた集まりなんです。工房見習いとか鍛冶屋とか。元から海賊だった人なんてひとりもいない。」
「・・・立ち入ったことならすまない。もし嫌なら応えなくてもいいんだ。フロンはどうして船に乗っているんだ?」
最初に会った時から、海賊たちとはあまりにも雰囲気が違いすぎた。フロンは悲し気に微笑んだ。
「私は国を捨てたのです。過去の妄執に囚われて一向に進歩しようとしない国でした。」
遠い昔を思い出すかのように視線をさ迷わせる。
「自分の頭で考えることをやめてしまった国です。既に内側から腐り始めていました。外を見ようともせず、自分で何とかしようとする努力も忘れ、過去に縛られ続けている。・・・みんな夢を見ているのです。己に都合の良い、永遠に醒めない夢を。」
記憶の奥底で何かがチラッと瞬いて消えた。