崩壊
一方の王国では、上を下への大騒ぎだった。
王が国を捨てて出て行った。いや、あれは偽物だった。外の世界から魔法を盗みに来たんだ。だがこんな時にも王はお出ましにならない。万能石は既に盗まれもうこの国にはないのではないか、など混乱が混乱を呼んでいた。
そうしたところにひょっこり姿を現した者がいた。
「どうしたんです?この騒ぎは一体何です?」
幼少期より王族に仕える優秀な側近としてキースの顔は広く知られている。しばらくその姿を見ていなかった兵士たちは驚きつつ、高い身分の者が持ち得る人を従える毅然とした態度に一連の騒動について答えていた。
「バカバカしい」
話を聞いたキースは一蹴した。
「王は今、お忍びで外界を周遊中です。皆に心配をかけまいとひっそりお出になられているのです。私は外界で調査の任に当たっていましたが、一足先に帰って来たのです。これから王をお出迎えする準備をしなければなりません。王は戻られます。偽物?バカバカしい。我が国の秘宝を盗まんと潜り込んだ賊でしょう。その件はダート侯爵がうまく処理したと聞いています。さあ、馬鹿なことを言ってないで守備に戻りなさい。これから王のお出迎えに合わせて警備体制も見直されます。しっかり頼みますよ」
何一つ動じないキースの態度を見て、守衛たちも腑に落ちない顔をしながらも持ち場に戻って行った。
未来有望な若者が戻って来たと知り、議会の老人たちには快く迎え入れられた。さっそく午後休憩のお茶会に呼ばれ、問われるままに外界で見聞きしたことを報告していた。
「若い者は外の世界に強く興味を惹かれますからの」
「さようさよう。外ではいろいろなものが進んでいると聞く。我が国でも取り入れられるものがあれば尚よいがの」
ゆったりと進む世間話にも流されず、キースはきっぱりと進言した。
「王は近いうちに戻られます。出迎えの準備をお願い致します。」
「うむ。帰還式か。正装だったかの?ありゃあ重いんじゃ」
「お忍びなら正式帰国でなかろう。略式でいいんじゃなかろうか?」
「そりゃ助かる。あんな重いもの着て長く立っとられんからの」
一方この事態を当然快く思わぬ侯爵の胸中では、怒りが煮えたぎっていた。
こんな時にぬけぬけと帰って来おって。
王の密命を受けて外界で見聞を積んでいただと?
しゃあしゃあと都合のいい言い訳をっ
王は自ら出て行ったのだ。この目で見た!
思っていることを表に出すほど小物ではないが、なま温くなった茶をぐいっと喉の奥に流し込んだ。
数日後、豪奢な飾り封筒に入った手紙が王城に届いた。
近隣の山間に住む木こりの一人が、最も近い村に届いた郵便物を決まった日に届けてくれる仕組みになっている。最も、その木こりの家までは道なき森の中を歩いて半日、さらに近い村というのは山一つ分向こうにある。普段はお髭の男爵が外に出たときに報告を送ってくるくらいのものだ。
配達を封筒の文様は通達などで使用される正式な王族の文様だった。簡潔な文で、留守にしていたことへの謝罪と帰国日時が記されていた。
議会で読み上げられ、出迎えの準備が正式に始められることとなった。城内で働く者たちの間では王の偽物騒動を受けそれまで半信半疑であったが、キースへの信用が一気に高まることとなった。
約束通り、船はその日に姿を現した。
ゆったりと航路を進み、城で働く士官や兵士、議員たちが整列して出迎えるその場に静かに着岸した。
すかさず船腹の前に絨毯が敷かれ、衛兵により恭しくドアが開かれた。迎えのために乗船していた従者たちの姿が見えていたが、少し待って、堂々たる態度で王が姿を現した。
「出迎えご苦労」
ずらりと並ぶ議員たちの顔を眺め終えると、ゆったりと桟橋を降り、先頭、最も地位の高い摂政として務めを果たしているダート侯爵に歩み寄った。
「侯爵、長い間の不在、苦労だった。国務に戻る。」
「はっ」
王が歩き出すと、そのすぐ脇に侯爵が続き、後を議員たちがぞろぞろとついて歩いた。
「私の偽物が出ていた様だが知っているか?」
「は、捕らえて処分しました」
「ならよい」
いつも王に付いている女官がひとり、外套を被った旅装の姿でひっそりと列の最後に加わった。
執務室に呼びつけられたのは数日後のことだった。
王は旅の疲れで数日公務を休む、と触れが出ていたので熱心に書類作業に励むものは誰もおらず、執務室周辺は静かなものだった。
王は窓辺の長椅子にゆったりと腰かけていた。
(本当に戻ってくるとはな)
ぼんやりと窓の向こうを見つめている横顔を忌々しく睨みつける。
取り戻した石は研究所で偽物と判明し、人質にと考えていた片割れは遥か遠く手の届かぬところへ。
何か策をと思っていたところへの帰還だった。議員や兵士たちは素直に喜び、堂々とした振舞いに王であることを疑う者はいなかった。下手を打てば自分が逆賊として牢に放り込まれる状況だ。何か起死回生の策をが必要だった。
遠い所に視線を彷徨わせている横顔が、ふと、口を開いた。
「知っているか、侯爵。スープに入れるじゃがいもは、皮を剥いた方が旨いのだ」
「・・・は」
「王国が貧しかった頃は、芋の皮まで焼いて食べたと習った。私はそう習っただけで、芋の皮を食べたことはなかった。」
一体、何の話かと戸惑ったが、王はまた口をつぐんで窓の外を見ていた。
「・・・知っているか侯爵。努力というのは、とてつもないものだ。」
リナは力なく膝の間に置いていた両手を持ち上げた。
手本を見せてくれた彼の手がくるくると動くたびにスルスルと皮が剥がれ落ち、あっという間にひとつ剥いてしまった。
「小さなナイフひとつでとても薄く、素早く皮を剥くのだ。まるで魔法のようだった。私も練習したよ。だが、なかなか上手くならなかった。」
「はあ・・・」
何度も手本を見せてもらった。その度にこんなに簡単そうなのに、どうして私の手は動かないのだろうと不思議に思った。何度やってもうまくできず、やがて嫌になってきた。
「いくつもいくつも剥いた。指が切れて痛かった。何度ももうやめたいと思ったよ。でも、できるようになると言ってくれる者がいたから続けた」
彼はいつも根気よく励ましてくれた。続けていればできるようになる、と。
「もうこれ以上は上手くできないと思った頃に、ひとつだけ、うまくできた。」
いつもよりはつるりときれいに剝けている気がして恐る恐る見せると、ニカっと笑った彼に、体の底から飛び出るかと思うほど何かが強く跳ねた。これが、喜び。自分の力で成し遂げた高見に到達できた喜び。
「勿論彼に比べればまだまだだったが、私は初めて自分のことを誇らしく思えた気がする。疲れていたのだが不思議なことに、もうひとつ、やってみようと思ったのだ。二つは目は、あまり上手くできなかった。だがもうひとつやれば、さっきより上手くできるかもしれないと思って、また続けた。」
そうしてまたひとつ、ひとつとやっていくうちに、うまくできるものが増えていった。10個に一個だったものが、5個に一個になり、3個に一個になり、そしてほとんどすべて、うまくできるようになった。その頃には指も切らなくなった。彼のようにはいかなかったが、スイスイと手が楽に動くようになった。それからは自分でも驚くほどうまく剥けるようになった。
「彼はまるで自分のことのように、とても喜んでくれた。恐いと思っていた厨房長も、少し優しくなったような気がした。今日のスープは芋のできがいいな、と褒めてくれる者もいたよ」
「しかし、王ともあろうお方が芋の皮むきですか。下々の者に任せておくのがよろしいでしょう」
「やってみたかったのだ。私は、何も知らぬ子供だった」
船での経験は、様々なものを見せてくれた。彼らは財宝を分捕る一方で、気前よくぱっと使ってしまう。何より海に出ることを愛していた。一方で船を降りる選択をする者もいた。海賊稼業の一方で堕落の道に落ちることなく船乗りを続けている彼らは、よく晴れた日の空のような奴らだった。
「・・・もっとを求める者は、悪党の道に入りやがて身を亡ぼす」
数秒、足元の床を見つめていたが覚悟を決めて、立ち上がった。
「貴方なりにこの国を守ってくれようとしたのかもしれない。でももう、この力はいらないんだ」
立ち上がり向き合ったリナに何かを感じ取ったのだろう、侯爵は僅かに後ずさった。
「な、なにを・・・」
耳飾りを外し、侯爵に向けてその先の石をかざした。石は淡く光り始め、やがて強い光を放った。
「や、やめろお!」
侯爵の体からも強い光が放たれ、ひゅっと石に吸い込まれた。
「あ、おおっ」
侯爵の体が床に倒れ込むと、さらさらと砂のように崩れ始めた。
「・・・ご苦労だった。ゆっくりお休み」
最後の砂が弱弱しい光と共にさっと消え、あとには指の先ほどの小さな結晶が残されていた。そっと拾い上げると手の中に握りこんだ。許せない。こんな使い方をする奴らを許すわけにはいかない。
リナの足は確固たる自信を持って進んでいた。
ずっと疑問に思っていた。
誰が、誰が侯爵に教えたのだろう。二人が鏡石を持っていることを。あれは幼いころ、誕生日に両親が贈ってくれたものだ。これでいつでもお喋りできるねっと言って玩具のように使って遊んでいた。隠れていたずらをしたり側近たちを巻くのにもちょうど良く、いつの間にか二人の間だけの秘密になっていた。
「おやリナ様、こちらに何か御用で?公務はお休みと聞いていましたが」
「ああ、少し聞きたいことがあってな。所長は在席か」
「ええ、いつもの奥の部屋にいらっしゃいますよ」
通りすがりの研究員は快く通してくれた。いつもの、というのは古い研究所の方だ。研究員のほとんどは建て増しされた新しい設備へ移っており、古い研究所の方は昔の実験書類や記録などを取りに時折出入りする程度だ。所長や古参研究員たちのちょっとした実験や休憩所も兼ねている。
「やあリナ、帰って来たんだね」
以前は所長室となっていたその部屋で、幼馴染は変わらない笑顔で迎えてくれた。昔から知っている古参研究員たちも驚きはしたが親し気な態度で受け入れてくれた。
「久しぶりだな、リヒト」
リヒトは前研究所長の孫で、その優秀さ故に自分とさして変わらない年でこの研究所の所長を務めている。
「本当にしばらく会ってなかったからね!帰って来てくれて嬉しいよ」
幼い頃、リヒトとは一緒に坑道を探検したり、研究室でいたずらして叱られたり、おやつを貰って一緒に過ごした仲だ。リヒトが二人を間違えたことは一度もない。
「私がいない間はいろいろと大変だったみたいだな」
ちょっと眉根を寄せたが、何でもないことのように言った。
「・・・ああ、ダート侯爵のこと?彼はあまり・・・何も知らなさ過ぎたね。あれでよくクーデターを起こそうなんて思ったものだよ。」」
「研究所は彼を支援していたと聞いたが・・・」
リナの切り込みにも難なく返して見せた。
「ああ、君がいなくなってから鉱石の配給がなくなったからね。彼が採掘や研究の継続を許可してくれたんだ。僕らはやっぱり鉱石の研究を止めるわけにはいかないんだよ。この国の発展を止めてはいけない」
リヒトはさも仕方がなかったという風に言った。
「鏡石のことも?」
「連絡手段があるのかもしれないと言っただけだよ。思ったよりずっと長い間、君がいなかったからね。君がいないことにはこの国は回らない」
リヒトが何のことを指しているのか、リナにはよく分かっていた。
「リヒト、私は外の世界でいろいろなことを見聞きしてきた。みんな魔法の力などなくとも立派に暮らしていた。自分たちの手で暮らしを作っていたよ。私たちも石にばかり頼ろううとするのは・・・」
またそのはなし、とリヒトは嫌そうな顔をして見せた。
「リナ、言いたいことはわかるけど、鉱石は僕らの宝だ。鉱石があったからこそ、ここまで続けてこれたんだ。僕らは石の力なしには存続しえないんだよ」
「・・・石の、石の力を使って命までも操ろうというのか」
「それは前にも言ったと思うけど、ちょっとやり過ぎだったって。外との交易に、鉱石の力を流出させるのは確かにまずい。僕の目の届かない所で行われてたから、その件はごめん、気を付けるって、謝ったじゃん」
きっと、もうどんな言葉も彼には届かない。諦めて、切り札を切ることにした。
「・・・侯爵は、ダート侯爵はもう、いない」
「いない、って・・・逃げたの?それとも反逆罪で処刑した?まさか、君が?」
「彼は、もともと、いない」
リナは握っていた手の平をそっと机の上で開いた。カツンと微かな音に、はっと周囲から鋭い息が上がった。リヒトの顔から笑みが抜け、鋭い科学者の光が瞳に宿った。
「・・・そう、知ってたの」
「たまたまだ。大図書室で昔の本を読んでいた。そこに古い家系と共に彼の挿絵があった。よく似ていたよ。もう絶えて久しい大臣の家系だ。」
様子を見守っていた研究員の一人がよろよろと立ち上がった。
「リナ様、お許しください。所長が悪いのではありません。私たちはただ、この国の行く末を憂いて研究を続けているのです。どうか、お許しを」
何年も前から、少しづつ子供が産まれにくくなっているのは分かっていた。今や国の半数が高齢に差し掛かっている。この国の将来を憂う気持ちも十分に分かっていた。
それでも。
「・・・リヒト、私はもう決めたんだ。魔法の力にはもう頼らないって。」
「間違っても、鉱石の継承者である君がそんなこと言うものじゃないよ。加護が失われたらどうするんだ!」
「石は、応えてくれたよ、私に。」
もう一度全員がはっと息を飲んだ。
「・・・鉱石はその主である王とだけ言葉を交わすことができる、と昔読んだことがある。・・・本当なのか?」
リナは頷いた。
侯爵との対峙に、覚悟は決めていた。けれど、無意識に石に願っていたのだろう。私に力を、と。石は輝きを放ち、リナの目の前に浮かんだ。心に、声が話しかけてきた。
両親から継承を受けた時でさえ、石が言葉を話すというのは聞いていなかった。驚きつつも、石に促されるままに自分の覚悟を語った。
『わかった。だが急激な変化はまたも国を歪ませる。少しづつやることだ。まず船は残すことだ。山に囲まれて移動手段の少ないお前たちの国は、発展には圧倒的に不利だ。それと、私の力を授かった石たちは徐々にその力を失わせることにしよう。それまでに、対策を考えることだ』
「わかった」
レナは涙をぬぐう。
『リナ、わたしは常にあなたの側に居てあなたの力になる。あなたを見守っている。それは遠いあなたの祖先と交わした約束だ。必要なときにはいつでもわたしに呼びかけるといい。いつでも応えよう。』
そう言うと石は徐々に輝きを収め、いつもの色に戻った。
「すごい!やっぱり本当なんだ。リナ、もっとその力を教えてよ!君だけなんだ!」
「・・・リヒト、これまでに石を使って一体何人の偽りの命を作った?」
「僕らはただ、先人の研究を引き継いだだけだよ。僕らの代でこの偉大な鉱石の力を受け継ぐ国を終わらせるわけにはいかないからね!」
もっと石の力を使って国を豊かにしたい。その想いが人をここまで歪ませた。
「・・・リヒト、もう、いいんだ。もう、終わりにしよう」
手を開き、リヒトの前に掲げた。
石が光を放ち始めると、リヒトの体からも光が生まれ石に吸い込まれ始めた。
「・・・リ、ナ?」
さらさらと砂のように崩れゆくリヒト。その周りでも、同じように研究員たちが崩れ始めた。
「お・・・許し・・・を」
やがて砂も消え去り、残ったのは指の先ほどの結晶。いや、結晶ですらない、もう力の失われたただの石だ。長年使用された鉱石は徐々に力を失いこうしてただの石になるのを何度も見て来た。
「お祖父様・・・・・・っ!」
堪えていた涙が、頬を伝って流れ落ちた。これで、終わったのだ。




