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上陸

翌朝。

ミレイの元に昨日の男がやって来て3つのことを約束させられた。

リナを逃がさないこと。そうすれば命は保証する。もちろん暴力も振るわない。

約束できないのならリナには会わせないと言われ、ミレイは承諾する他なかった。


昨晩から一晩、例の部屋に閉じ込められていたリナは当然目を覚ましていた。

寝台は堅かったが、寝られない程ではなかった。

まだ誰も起こしに来ない。朝ですよ、と誰も温かい茶を持っては来ない。

耳を澄ましながら待っていると、足音が近づいてきた。

鍵を開ける音が聞こえ、扉が開き、聞きなれた声が自分を呼んだと思った途端抱きしめられた。

「姫様、よかった・・・」

よく知った胸に抱きしめられ、リナも安堵の笑みを漏らした。



「よかったですねえ姫様」

ミレイの手の中の櫛が赤茶けた癖毛を大事そうに撫でる。

二人には個室が与えられた。部屋からは一歩も出られなかったが食事は運ばれてきたし部屋の中では何をしてもいいと言われた。外の見張りに頼めばお湯すら使わせてもらえた。

今はたらいに薄く湯を張って入浴中である。

お湯に浸した布でミレイが体を拭ってくれる。

「部屋が狭い。」

リナは仏頂面である。

「湯も少ししか使えぬ。」

「姫様、これでも破格の待遇なのですよ」

海の上で湯を使わせて貰えるなど相当の贅沢である。

調度品は整っており、どうやら高貴な身分の人質を収容しておくための部屋らしい。窓には鉄格子が嵌められていたが。

湯浴みを終えて道具を引き取ってもらうと、窓から見えるのは青く揺れる水面ばかりでリナはすぐに飽きてしまった。その辺をゴソゴソやっていたミレイが備え付けの棚から本を見つけてそれを読んでもらったり、差し入れられたお菓子を食べたりして何とか時を過ごしていた。


2日後には陸が見えた。

見覚えのある町だ。ここから船に乗った。戻って来てしまったのだ。

港には出迎えの者、荷運びの人足、下船した人々に品物を売りつける者とさまざまだった。

ここで女たちは降ろされることになっている。リナやミレイも降りるようにとの指示が下っていた。

甲板で固まって待機している女たちの周りでは、屈強な男たちが接岸準備に忙しく立ち回っていた。

ミレイの胸には一計があった。あの男はああ言ったが海賊の言うことなど信用なるものか。いつ奴隷として売り飛ばされるかあるいは用無しと海に放り込まれるか分かったものではない。

「姫様、お逃げください」

こそっとミレイが囁いた。

「今なら男たちは油断しています。陸に降りたら女性たちに交じって船から離れてください。」

「しかしミレイはっ」

「ご心配なさらず。私は反対方向から抜けます。・・・町の外れの教会で会いましょう」

リナはこくっと頷いた。

やがて桟橋がかかり下船が始まった。

前の女たちに続いてリナやミレイもあっさり通れた。その先で少し騒動が起きた。

きゃあっと女たちの悲鳴が上がる。近くを通っていた荷を背負った馬が暴れ出したのだ。さああっと人垣が割れる。この好機にリナは駆け出していた。人混みに紛れてひょこっと動く小さな頭に、目端の利く海賊の一人が気づいて叫んだ。

「あ、あのガキ!」

リナが一瞬後ろを振り返れば、行かせまいとミレイが男に体当たりで飛び込んでいた。歯を食いしばって目を逸らし駆け抜けた。




どれくらい走ったのだろう。

港の喧騒はもう遠い。

リナは湿った苔の上に座り込んでいた。

教会に向かうつもりだったが道を誤ったらしい。上へ上へと登って来てしまった。

急な斜面を登り続けて足腰はもうヘトヘトだ。加えて、先ほど地上に張り出した木の根に躓いて転んだ際に擦りむいた膝がズキズキと痛い。


ミレイは、無事に逃げおおせただろうか


森の中は既に薄暗く、否が応でも夜が迫っていることが知れた。


一晩、ここで過ごすのだろうか。

夜はどのくらい冷えるだろう。

動物に食べられやしまいか。

無事に、明日の朝日を迎えられるだろうか。


考えることはたくさんあったが、リナは疲れていた。

あたたかなベッドで眠りたかった。


「よっ」

うとうとしかけていたリナはすぐそばで聞こえた人の声に緩慢に目を上げた。

茂みをかけ分けてあの背の高い男が現れる。


どうして・・・

人の気配などひとつもなかったのに。


「ったくこんな森の中に逃げ込んで迷ったらどうするつもりだ。考えなしだな。」

そう言いながら座り込んでいるリナをよっと抱き上げる。

そのまま山道を下り始めた。

疲れ切っていたリナは抵抗する気力もなく、抱えられた腕に身を預けていた。


ふと、歩みに合わせてゆらゆらと揺れるリナの耳飾りがレオの目に留まった。細く編んだ金属の装飾の中にひし形の石が固定されていた。

「それ、万能石だろ。」

びくりっと体を硬直させた。

「ああんな顔すんなよ。別に取り上げて悪さしようってわけじゃねえんだから。ただいつかオレのために使ってくれよ。そのときまで大事に持っておけ。」

「・・・怒らないのか。」

「ん?」

「私たちは逃げだそうとしたんだぞ」

「まあ捕まえてるのはオレらだからな。逃げだそうとするのは当然だろ。」

それ以上言うことはなく、レオはもくもくと山を下り続けた。

途中薬草の葉を見つけたらしく一旦リナを降ろすと自分の袖の一部を引きちぎり、葉を当てて布を巻いてくれた。ズキズキと熱を持っていたのがウソのようにすうっと引いていった



着いたのは宿の一室だった。

ミレイが先に居た。疲れた様子だったがリナを見て安堵の笑みを浮かべた。

部屋に降ろされるなりリナは慌ててレオに取りすがった。

「ミレイを罰しないでやってくれ!私が逃げ出す手伝いをしてくれと頼んだのだ!ミレイは私に従っただけだ!罰するなら私をっ」

必死に言い募るリナを前になぜかレオは困ったような顔をした。

「あのーよ、服、・・・それだけだと可哀そうかと思って・・・あと、風呂も」

聞けば、着の身着のままで服が一着しかないのはかわいそうだと思い何か買ってやろうと思って陸に降ろしたらしい。あと船上では満足に入れなかった風呂も。

今日はもう遅いからまた明日な、と部屋を出て行った。大人しくしてろよと言って。ドアノブに触れてみれば、鍵はかかっていなかった。


夜中、リナはふと目を覚ました。寝る前に、部屋に備え付けの水を飲みすぎたらしい。夕食に出た魚のスープが少し塩辛かったのだ。

向かいのベッドを見ればミレイもよく眠っている。いろいろなことがあったから疲れているだろう。起こすには忍びなかった。上に一枚羽織りそっとベッドを降りた。

ドアは静かに開いた。燭台を片手に一歩を踏み出す。眠そうな声がした。

「あれ?どう・・・したんすか」

見ればまた年若い、少年と言ってもいいくらいの男が座り込んで壁に寄りかかって眠い目を擦っていた。

「お腹すきました?・・・なんか持ってきましょうか」

なんとなく見た覚えがある。海賊の仲間だろう。鍵はかけていないが、やはり見張りを置いていたのだ。これ幸いとリナ少年に付いてくるように言った。少年は不思議そうな顔をしながら後を付いてきたが合点が行ったのかああ、と言った。

「おしっこすか」

シっと、こんな夜中に誰に聞かれるわけでもないのにリナは男に強調して見せた。早々に所用を済ませまたベッドに潜り込んだ。まだ体温を残していたベッドは暖かく、リナはすぐに眠りに落ちた。

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