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大脱出

地下を駆けている途中で二人は道を分かれた。

「レナを頼む。私は石を探す」

「・・・わかるのか?」

わかる、とリナは力強く請け負ってレオと別れた。

侯爵がレナを脅して帰国を迫ったのは、恐らく石はリナしか操れないという秘密を知ったからだろう。侯爵の野望を諦めさせるには、石とレナ、両方を取り戻す必要がある。

王位を継いでから、いつも肌身離さず身に着けていた。分からない筈がない。石は主を呼んでいる。


一方のレオはというと、またあの大図書館を訪れていた。というのも、大図書館で時間を過ごすのはリナの公務の一環であったからだ。裁決のために資料を調べたり過去の記録を振り返ったり、あるいはただ読書をするだけの時もある。レナが王として振舞っている今、周囲に余計な不信感を抱かせぬためにもこの習慣を辞めるはずがないというのがリナの見立てだった。大扉の前では女官や衛兵含め大層な見張りが待っていたが、図書館の中は静かだった。

「・・・よお」

「あ、お前!」

「また会ったな」

「どうして来たんだ!」

声を抑えながらもレナは苛立ちを隠せない様子で椅子から立ち上がる。

「姉様はここに居てはいけないんだ!だから姉様を逃がしたのに。どうせまた姉様に頼まれてホイホイとやって来たのだろう。お前は姉様の危険を何も分かっていない!石と姉様が揃えば、侯爵は何をするかわからない!」

「ああもうごちゃごちゃうっせえな」

「うわっ」

ひょいとレナを肩に担ぎあげた。

「離せ!私は行かない!」

ぽかぽかと背中を叩かれるが意に介さず身を翻した。もう勝手知ったる書架の間を速足ですり抜け、古い事務室へ通じる連絡通路のドアを開ける。バタバタ肩の上で暴れていたのが不意に止んだ。

「姉様はどこへ?」

「あー・・・石を取り戻すとか言ってたな」

「それなら侯爵の執務室の方だ。こっちだ!」

レナは担がれている肩の上で身を躍らせると強引に降りた。室内を横切り、もう一方のドアから薄暗い埃っぽい廊下へ出た。

「ちょ・・・」

小柄な背中はすぐに見えなくなったので付いて行くしかなかった。レナはスタスタと進んでいたが、廊下や壁に装飾が加わるようになり、事務棟から王宮内へ入ったとわかる頃になると角々で用心深く身を潜め気配を探るようになった。

「見張りの交代の時間は少し前だったし巡回の時間はもう少し先だから、気を付けていれば大丈夫だ」

レオの心中を見透かすようにちらとこちらを見遣って言った。

「勉強の時間にどうすれば見つからずに抜け出せるか、姉様とよく試したんだ」

(そりゃ・・・心強いことで)

レナの案内通り、リナとの合流に成功した。リナならこの道を使う筈と分かっていたかのようだった。

「姉様!」

リナに出会って問い詰めようとした勢いは、リナの痛みを堪える様な笑みの前に急速に萎んだ。

「・・・すまない」

これまで王として威風堂々と振舞っていた姉の姿から、見たことのない意気消沈した様子を前にレナは一瞬戸惑ったようだった。

「私は自分が情けない・・・この国も、妹さえも、守ることができない」

レナはふっと肩の力を抜くと脇から姉の腕を支えるように手を添えた。

「一緒に考えましょう、姉様」

呑気に見守っていたレオの耳が、遠くの物音を鋭く捉えた。バタバタと荒々しい、複数の足音。巡回の足並みではない、何かを追っているような忙しなさ。どうやら城の主が図書館から消えたことに気づいたらしい。

リナに鋭い視線を送った。

「どうする」

「・・・塔へ、東塔へ登ろう!」



大図書館に王の姿がない、と報告が入ったのは少し前のことだった。片割れが来ている、と直感した。健気にも妹を取り戻しに来たのだ。この好機を逃がす手はない。城内に侵入者有りの触れを出し、兵に徹底捜索を命じた。その報告が、今ここに来ていた。

「不審者は現在東塔を登っています。」

「塔に逃げ込んだか。バカめ、袋の鼠だ」



東塔では、ところどころ白煙が上がっていた。爆音を響かせながら少しづつ上へ上がっている。地上をバタバタと、兵たちが列をなして駆けて行っていた。

階下に投げ入れた礫がまた破裂し、爆音と共に白煙が充満した。下で密集している兵士たちはゲホゴホとやっており、その間にまた少し距離を開けた。リナ一行は塔を上へ上へと登っていた。少し離れて最後尾にレオが付いてきており、時折お手製の爆薬を投げつけては兵の足止めをしていた。が、兵は次から次へと登ってくる。

最上階の広間にたどり着くも、下へと続く階段はすべて兵士が埋めていた。レオの持つ爆薬を警戒してか、兵士も部屋に入って来ようとはしない。いや、戸惑っているのだ。無理もない。王が二人いるのだ。何も聞かされていない兵士は一体何が起こっているのかまったくわかっていない様子だった。

下から伝令が上がって来たらしく、ボソボソとやり取りをしていたが急に整列して動かなくなった。何かを待っているらしい。やがて人垣が割れ、現れたのはダート侯爵だった。


堂々とした足取りで広間に踏み込んで来た。その周りを兵士が取り囲む。

侯爵は2人の姿を認め、その前に立つレオをちらと見、それから王の衣装のレナではなく旅装の外套を着ているリナにはっきりと視線を合わせた。

「外の世界で、お仲間をお作りになられたようですな。」

兵士たちは混乱仕切りだった。兵士たちの目には明らかに、王の衣装をまとっているレナが王に見える。だが侯爵は、明らかに偽物の方に話しかけているのだ。

「我々は王さえ戻っていただければよいのです。お仲間は逃がして差し上げましょう。これまで通り公務を続けて頂きたいのです。多くの民が王を待っています。」

「・・・石を、お前に渡すわけにはいかない。そしてこの私も。」

リナは一歩、前に出た。レナが庇う様に腕を引くが、リナは大丈夫と頷いみせた。リナは声を張った。兵士たちにも聞こえるように。もう、隠し通すことはできない。

「この石をお前に渡すことはできない。万能石を守ることは、王の責務だ。私は王として、責務を果たす!」

侯爵の表情が厳しく歪んだ。奥歯を噛み締めている。

「・・・王座にお戻り頂くことはできないと、その石を持って、その者たちと出て行く。この国を捨てるとおっしゃっているわけですな!」

行方を見守っていた兵士たちの間で動揺が起きた。

「侯爵、其方のやり方は間違っている!其方のやり方では、この国に未来などない!」

「国を捨てて出て行く者が語る未来などない!」

侯爵は兵士たちを見回して声高に叫んだ。

「ここに居るのは最早王などではない!外の世界に我らの秘宝を売らんとする逆賊ぞ!ひっ捕らえよ!!」

混乱の中、それでも命令を実行しようと忠実な兵士たちが突っ込んで来たその時だった。

塔が崩れんばかりの衝撃を受け、全員が床へ転がった。濛々と土煙が立ち瓦礫がバラバラと振ってきて目も開けられない中、聞き覚えのある声が響いた。

「頭、嬢ちゃん、無事か!」

いち早く身を起こしたレオは、壁にめり込んだ魚の顔とそのエラから顔を出すガイを目にし、呆気に取られた。

「お、お前らなんで・・・」

「話は後っす!早く逃げるっす!」

ガイの後ろから素早くライが縄梯子を投げてよこした。レオは片手で受け取ると、側でまだゴホゴホやっているレナの後襟を掴み上げ顔面を擦らんばかりに縄に擦りつけた。

「登れ!早く!」

混乱しながらもレナが縄梯子を掴むと尻ごと上に押しやる。ガイが身を乗り出してレナを引っ張り上げた。辺りを見回して少し離れたところに転がっているリナを抱え上げているところを、起き上がった侯爵がギラリと剣を抜いた。

「逃がすかっ」

その足元に、コロコロと転がるものがあった。先ほどの衝突で千切れたのか鎖の先に繋がっていた石だけが、金属の装飾に包まれたまま転がっていた。

一瞬全員の視線がそこに注がれた。侯爵の指がそれを拾い上げた。

「あ・・・」

リナの腕が伸びかける。

「今は諦めろ!逃げるんだ!」

既に後退を始めていた船の縄梯子に飛びついた。兵士が一斉に押し寄せる中、船は間一髪で塔から飛び立った。風に煽られ登るのに四苦八苦しているレナを支えながら何とか登らせ、船は二人を収容した。



船内は、救出に成功した安堵に包まれていた。

「レナっ、っよかった」

リナは腕の中に戻ってきた妹をきつく抱きしめた。なぜ来たとレオを責めていたレナも、この時は満更ではない様子だった。

二人の抱擁が済むと、リナは側で涙目で見守っていたミレイに謝罪した。

「姫様、何という無茶を・・・」

「すまない」

「ご無事でよか・・・っ」

声を震わせ俯くミレイの肩を抱く。待ってろと言われたのを頑として受け付けなかったらしい。万が一、リナが捕らわれていたら城内のことを一番よく知っているのは自分だと言って譲らなかったらしい。

一方のレナは、見知った顔がいることに些か戸惑っていた。

「・・・キース?」

「ご記憶に留め置きいただき光栄です。」

フロンは膝をつき、あの時と変わらぬ王族に対する礼を示した。初めて二人に会ったその時の。

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