冒険、再び 2
リナを連れていたため数日分余計にかかってしまった他は、予定通りに着いた。
眼下には小さな村が広がっていた。遠くに見える尖塔が王城の一部だろう。そのまま麓の村に降りた。人目に付かぬよう山際の脇道を通っていたのだが、畑をしている人からはやはり見えてしまう。
「あれまあ、リナ様。そんな恰好で・・・」
ちょうど納屋の裏手から籠を手に出て来た老婦に見られてしまった。
「あ、いやこれは」
わかってますよ、という風に老婦は頷いた。
「またお忍びでお出掛けでしょう。でもそんな恰好で帰られてはお城の方々がびっくりなさいますよ。家で少し整えられたらよろしいでしょう」
確かに、この数日の強行軍でリナの髪も肌もぼさぼさで土埃にまみれている。何回か転んだおかげで服には土も付いていた。さあさあ、と先頭に立って案内する老婆に逆らえず付いて行くこととなった。
「おじいさんっ、おじいさんっ、ちょいと風呂を沸かしてくれんかね」
「なんだいこんな時間に・・・」
家の裏手から現れた老人はリナを見るなりややこれは、っと帽子を脱いだ。
「しいっ。お忍びでお出掛けですよ。家で少し休憩をなさりたいと」
「・・・・・・何にもない家ですが」
「堅くならずともよい。自由にするがいい」
はは、っと老人は頭を下げて帽子を被ると出て行った。風呂の準備をしてくれるらしい。
老婆は、竈にかけていたヤカンから大きな器にお湯を注ぎ始めた。木の椅子をふたつ並べてそこにリナに体を休めるようにと言う。先に髪を洗ってくれるつもりらしい。
手持無沙汰になったレオはひとまず部屋を出た。裏手に回ると必死に火を吹いている老人がいた。風呂を沸かしているらしい。燃料は薪だ。横手に伸びている小道を辿って行けば先ほどの納屋に通じている。
反対側に向かって歩くと家の角を曲がった先は一面の畑だった。
どこまでも続く畑、畑、畑。遠くに豆粒のように働く人の姿が見えた。
最近起こしたのだろう、土はふっくらと盛り上がっており土の色が新しかった。気が付けば老人が隣に立っていた。
「心配せんでもええ。種はもう植えてあるて。」
レオを、王宮の人間だと思っているのだろう。お忍びのお出掛けを口実に、王宮の者が畑の偵察に来ていると思われているらしい。
「今年は石の配給はなかったがの、ちゃあんと強い種を選んで植えてあるて。」
リナが以前言っていた。種まきの時期には、種が無事発芽するように魔法石を配給するのだと。今年は配給が滞り、みんな不安に思っているだろうと。
「・・・・・・いつもいつもあるとは限らんからの。その辺はわしらもようわかっとる。毎年、強い種を選んで残すようにしておる。」
老人は目を細めて遠くの畑まで見渡した。
「みんなそうじゃて。たとえ魔法の石を使っても目が出ん種はある。死んどる種じゃ。ワシらは生きとる種を選別する。そしてそん中でも特別強い種を残すようにしておる。病気にならなんだり、強風でも倒れんかったり、水が少ない時でもしゃきっと立っとるような苗じゃ。そういう苗は収穫せんと、種を取る。いつまでも石に頼っとるようじゃあワシらは衰えていくばかりよ」
そう言うと来た道を戻って行った。風呂を沸かすのを再開するのだろう。取り合えずレオは、後ろを付いて行き体をねじ込むようにして火を吹くのを変わり、煮立たせんばかりに吹き上げ、姫様が入るのに熱すぎますと婦人から苦情を貰った。
レオが部屋に戻ると、暖炉に小さく火が入り、その前でリナが髪を乾かしていた。夫人は小瓶からオイルを手に落とすとリナの髪に指を差し入れ丁寧に梳き始めた。何かハーブが入っているのだろ、清々しい香りがした。夫人のやることは手際がいいようだ。土くれの付いたリナの服はすっかり洗われ外で風にはためいていた。
暖炉の前で鍋を見ていた老人がスープを配ってくれた。じゃがいもと玉ねぎの質素なスープだったが豆以外の具は久しぶりで温かな味が身に染みた。
服が乾いた頃、日は沈み始め今日はもう泊って行きなさいと勧められた。もてなしを受けて疲れが出たのだろう、暖炉の前のリナはうとうとしていた。
夕食は蒸かしたジャガイモと人参に香辛料を振りかけたもの、スープ、それに魚の切り身だった。食事は質素でも婦人は香辛料使いが上手く、どれも味が良かった。切り身は今日市場で買ってきたらしく新鮮で、オイルとハーブの組み合わせが絶妙に魚の味を引き立たせていた。食後にはベリージャムを挟んだパイが出た。リナはぺろりと平らげていた。
リナは来客用ベッドで眠り、レオは暖炉の前の長椅子を部屋の隅に移動させ、その上で毛布を引っ被った。ここならリナの部屋に近づく者が一目でわかる。
古い梁、微かに燃えている暖炉、古風な装飾の木の椅子や棚などを見ていたが、薪で沸かす風呂、質素だが温かな食事などを思い出しながらいつの間にか目を閉じていた。
翌朝。
早々に旅立つ二人を、夫妻は外まで出て見送ってくれた。一晩の恩義なんとやらではないが、しこたま薪を割って積み上げておいたので、老人の腰の負担が減るといい。
農家夫妻から姿が見えなくなる地点に来ると、リナはすぐに道を変えた。小道を辿って山の脇道を登ると、城の方へ進み始めた。方向からするに城の裏手に出る道らしい。
途中、リナはふいっと茂みの中に入って行った。なんだと思いながら頭上の小枝を払い身を屈めながら着いて行くと、開けた場所に出た。石板が並んでいた。
(墓地・・・か)
リナはある石板の前で立ち止まると、膝を折って小さな花を供えた。両親は幼いころに亡くなったと聞いている。黙っていたのは少しの間だった。すぐに立ち上がって来た道を戻った。
王城の裏手に回ったところは穴だらけだった。昔の鉱石の採掘場のようだ。
リナはすたすたと歩いて坑道の一つに入って行った。こんなとこ?というレオの思いを見透かすようにリナが振り返って説明した。
「直接研究所に繋がっている坑道がいくつかある。レナとふたりで城を抜け出してよく探検していた。私たちの遊び場だったんだ」
なるほど、道理で迷いがないわけだとレオが感心しているとリナは核心部分を言った。
「研究所は地下で王宮に繋がっている」
横穴に荷物を隠し携帯用のオイルランプに火をつけた。坑道を進んで行くと幅はどんどん狭くなり崩れ落ちているところもあって、最後は四つん這いにならなければ通れない程だった。確かに、こんな崩れ落ちた穴は子供でもなければ入ろうと思わないだろう。マジかと思いながら着いて行くとぽかっと開けたところに出た。さまざまな大きさの石が大量に積まれている他に鶴嘴や木箱なども転がっていた。差し詰め廃棄場といったところか。
廃棄場を抜けて進んで行くとやがて漆喰の壁がきれいに塗られている廊下に出た。別の建物の中に入ったのだろう。遠くに人の気配が感じられた。
「こっちだ」
正に研究所といった感じで、古びた灰色の壁にいくつもドアが並んでいた。リナがあまり恐れなく進んで行くので不思議に思っていると「こっちの研究棟は古い方で、研究員もあまりいないんだ」と教えてくれた。なるほど、最初からここに通じる道を選んでいたのだ。
が、リナに案内されて付いて行くうちに不穏な空気を感じ始めた。薄暗くひんやりとした空気が漂い始め、人の気配もほとんど感じられなくなっていく。微かだが、薬品のような独特な匂いが混じっていて頭が痛くなりそうだった。
「隠れろ」
押し殺したレナの声が聞こえ、手近なドアを開けて二人して雪崩れ込んだ。前からやって来ていた靴音は難なくドアの前を通り過ぎて行った。
リナはそっとドアを押し開け外の様子を伺う。
「行こう」
隣にレオの気配がないことに気づいて振り返った。
「レオ、行こう」
「あ、ああ」
奥を向いていたレオは気づいて振り返ると、リナに続いてドアから身を滑り出した。リナは迷いなく進んでいく。奥へ進むほどほとんど使われていないんじゃないかと思うほど壁の漆喰が剥げたり、天井の一部が崩れたりしていた。
リナは一番奥まったところにある部屋に入った。誰かの執務室のようだった。執務机や作業台らしき台の上に雑多に紙や本が積まれている。崩れ落ちたのか床にも本や紙が散らばっていた。それらは何年もそこに放置されているが如く埃を被っており、最近使われている様子は微塵もなかった。
リナは執務室を回り込んで、背後の室内装飾の一部である腰羽目板の前に屈んだ。何やら触っていたそれがすっと外れた。内部の空間は狭かったが、階下に続く階段が繋がっていた。




