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冒険、再び

「こんな夜中に、ひとりでどこ行こうってんだ?」

はっとリナは振り返った。レオが立っていた。散歩か?ん?と聞いてくるその表情は、笑っているのにどこか怖い。

誰にも見つからぬようこっそり抜け出してきたのだ。脱走か、裏切りかと思われても仕方ない。

「わ、わたしは、私は行かねばならない。・・・見逃してくれ」

「どこへ行こうって?」

リナの視線は迷っていたが、やがて観念したかのように顔を伏せると苦しい胸の内を吐き出した。

「私は、私は卑怯な人間なんだ。私は一度ならず二度までも国を、レナをっ見捨てたんだっ。最初はそんなつもりはなかった。ただ悪用させないために、私が石を守らねばとそれで頭が一杯でっ・・・レナをっ、レナを巻き込みたくなかったんだ!知らなければ大丈夫だと思って、私から離れていれば、危険から離れていればレナは大丈夫だと思って。だけど、こんなことになるなんてっ・・・!」


いつものように、船での自分の務めを終えて部屋に戻った。ミレイはまだ戻っていないようだった。ふと気づいて、服の下に下げていた鎖を首から脱いだ。鎖の先にはレナから預かったペンダントが吊り下げられており、そこからから光が漏れていた。

嫌な予感がして急いで蓋を回した。合わせ鏡になっているそこには、青褪めた顔をしたもう一人の自分が映っていた。

「レナ!」

『ねえ、さ、ま』

妹の首元に、ぎらりと抜身の刃が光ったかと思うと男が映り込んだ。

『こんなもので連絡を取っていたとはな。よく聞け!お前が戻って来なければこいつの命はないと思え!』

さっと鏡が曇った。

「レナ!」

叫んだ後には、いつもの自分がそこに居るだけだった。


「私は正しいことをしているつもりだった!でも結局、民もレナも置いてきたことには変わりがない。自分一人だけ、安全な場所へ逃げようとしていたんだっ。私は、卑怯の償いをしなければならない。行かせてくれ。・・・こんな、こんな私に価値などないだろう? 万能石も、もう手放してしまった。私のことなど打ち捨ててくれ」

日頃から仲間たちによく聞いて、海賊の掟破りの重大さをく分かっているらしかった。

「一人で何ができる?」

意地悪な質問だった。

「わ、たしは・・・」

言い淀むリナ。

レオはいつもの調子で飄々と言った。

「お前とは万能石があるからって契約した覚えねえけど? 代金はお前だろ。まだ運賃残ってるんですけど、もう降りちゃうんですかお客さん?」

はっとリナは顔を上げる。

もし、もし見誤っていないのなら・・・。

ふらっとリナは踏み出し、レオの腕を掴んだ。

「お、お願いだっレナを助けてくれ!きっと一人で心細くて恐い思いをしているっ。私は、私はやつらに立ち向かうにはあまりにも無力だ!お前の力が必要なんだっお願いだっ」

「最初からそー言えって。りょーかい」

ぽんぽんとレオはリナの頭を軽く叩いた。

確かに、これ以上他の連中を巻き込むわけにはいかない。だが捕らわれのリナをもう一人連れ出して来るくらいなら何とかなるだろう。それに、年端もいかぬ少女の必死のお願いを断れる男がどこに居るというのだろうか。



例の船での入国はもうバレている。時間はかかっても、別ルートを取るしかなかった。前回の入国で、だいたいどの辺りにある国なのか見当はついていた。街に出て、商売網から探りを入れ、今ではもうほとんど使われていない山間部の商業路があることを聞き出した。辛うじて残っている道の跡を辿りながらの、険しい道筋になることが予想された。


焚火がパチリと小枝を弾いた。

方角を確認しに上へ上がっていたレオは、地図を畳みながら野営を張っている場所に戻った。野営と言っても大したものはない。焚火を起こしているのと毛織地を一枚敷いているだけだ。その上にリナが腰を下ろして焚火を世話していた。

向かいに腰を降ろし、焚火に架かっている小鍋を下ろす。

昼食は、川の水を汲んで煮立たせた豆に香辛料の粉末をぶち込んだスープ、堅い黒パンと干し肉だ。この堅パンが一番日持ちがする。きっちり自分の分が残っている小鍋を取分け様の大き目なスプーンで浚いながら、隣でもそもそと堅パンを食べている少女を見やる。最初のころは気が付かなかったが、どうも自分が食べる番には多めに残っていることがあって問い質した。

「其方の方が体が大きいし、重い荷物を負っている。其方の取り分が多いのは明白であろう」

「逆だな」

レオはきっぱりと言った。

「オレの方が体力がある。お前は自分の分きっちり食べてちゃんとオレに付いてくることだ。目的を果たすまで、自分の体調は自分で管理するんだ。途中でお前がひっくり返ったらオレは何しに来てんだかわかんねえだろ」

それもそうか、と思ったらしくうむ、とリナは頷いた。それ以降、食料がおかしな減り方をすることはなくなった。装備のほとんどは自分が背負っているとは言え、足が痛くなるような悪路にも簡素な食事にもなにひとつ文句を言わず付いてきた。

「ミレイも」

「ん?」

「ミレイもこの道を来たのだろうか・・・」

話を聞くと、ミレイはもともとアナトリの人間ではないらしい。幼いころに両親を亡くし行商をしていた叔父に引き取られ、子供のころから商売に付いて回っていたらしい。隣の山脈に抜ける道を間違えて古い道へ降りて来てしまったらしく、途中の悪天候もあって道が崩れ倒れていたところを、いつものようにお忍びで探検に出ていたリナが発見したらしい。城内には、余所者はさっさと追い出せという声もあったが、ミレイには身寄りのないことを聞いたリナが自分付きの侍女にしてしまった。ミレイからしてみれば放り出されて路頭に迷うところを、上等な衣食住付きの王宮の侍女にしてもらえて命の恩人以上に恩義を感じているのだろう。あの忠誠心の高さにも納得が行った。外の世界を知らぬ王など、一歩外界に出れば足手まといのただの小娘である。よくもまあ途中でほっぽり出さずに付いていたものだと思っていたのだ。

例の、リナを脅迫するのに使ったおしゃべり鏡は侯爵に取り上げられたのだろう、レナから連絡が来ることはなかった。







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