勝利は手の中に
男は、手の中で、鎖に包まれた石を転がしていた。
(ふん、こんな石コロがな)
脳裏に蘇るのは、クーデターを成功させ、執政として初め執り行う承認の儀。
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室内には大きな鉱石が運び込まれていた。部屋の真ん中で、時折ぼうっと淡い光を放っている。
坑道から掘り出された石は、泥や砂を落とすと鉱石の部分を切り出し、議会の選定を待つ。先日の議会では、育苗石として使用することが合意された。細かく砕いた鉱石を種と共に蒔くと、種の発芽が促進されるのだ。議会の決定後、王がその決定を承認する。承認されて初めて、石を加工することができる。事が覆ったのは、その承認の儀でのことだった。
評議会の議員たちが入室し、最後にレナが入室した。
「では、王よ、お言葉を」
レナが石に歩み寄る。ここで侯爵に振り向いた。
「ダート侯爵、私の石はどこか?」
「石、・・・でありますか」
うむ、とレナは重々しく頷いた。
「執政である其方に預けたであろう。王家の石だ。あの石がなければ、私は儀は行えぬ」
侯爵にとっては青天の霹靂であったが、辛うじて表情に出すのを堪えた
「・・・ひとまず承認のお言葉をいただければ後は我々の方で」
「王家の象徴である石を持つ者が最後の決定を下す。これが我が国の決まりだ。何百年と続く我が国の制度を愚弄するか?」
レナの目が光った。
「いえ、決してそのような・・・」
議員の中から足元のおぼつかない年寄りが歩み出て来た。
「差し出がましいですが侯爵、評議会は、正当なる王位継承者であることを示す王家の石を持つ者のみを、偽りなき決定者であると認めます。石を持たぬ者の決定を認めることはできませぬ。これは決まりでございます。」
その言葉に保守派の何人かの議員は青ざめながらも頷いていた。もうヨボヨボで反抗する力もなくこの先何年もないからいいかと思っていたのだが、首をはねておくべきだった。
儀式はお開きとなった。
侯爵は、足音荒く研究棟に向かっていた。
(あんな建前だけの儀式が一体何だと言うのだっ)
評議員として名を連ねた時から、何度も見ていた。
王は耳飾りを外し、石の上で承認の言葉を述べる。すると王の手の中で小石が強い光を放つ。
だがそれだけだ。その後すぐに石は部屋から運び出され加工所に回される。
研究所の連中に鉱石の引き渡しが伸びたことを伝えねばならない。かねてより鉱石の研究をもっと自由に進めたいと思っていた研究員の一部は、クーデターの提案に一もにもなく飛びつき支援してくれた。
今、奴らは早く新しい鉱石を手に入れたがっている。クーデター以来、鉱石の支給が止まっているのだ。
(保守派の老いぼれ議員はすべて首を跳ねよう。小娘一人くらい丸め込むのはどうということはない。次の儀式は必ず成功させてやるっ)
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煮え湯を飲まされたその小石が今、手の中にあった。
種をまく時期が近付いているというのに一向に鉱石の配給が始まる様子がなく、民への不安が広がり始めていたところだ。だがこれで、次の儀式への心配はなくなった。執政としての身分も安泰だ。
そこへ兵士の一人が報告に来た。閉じ込めていた部屋にリナの姿がどこにもないと言う。
「逃げたか。ふん、石さえあれば用はない。どこへでも行くがいい」
王はふたりも必要ない。
毎月一度と取り決められている承認の儀を前倒し、さっさと執り行った。
評議員たちが無言で見守る中、王に瓜二つの妹は大人しく儀式を行い、鉱石は無事加工所に送られた。次に余計な口を挟んだら首を跳ねるぞと言っておいたのも効いたようだ。
勿体ぶらずにさっさとすればいいものを。
だが、その加工所から驚くべき報告がもたらされたのはすぐのことだった。
鉱石の力が弱すぎて使えない、と。
採掘の際にはもちろん、小さすぎて使えないクズ石なども出てくる。だが承認の儀にかけられるような石が、力が弱すぎて加工できないなどとは聞いたことがなかった。前代未聞だった。
すぐに事情を聴きに行った加工所で、研究員から驚くべき事実を知らされた。
「掘り出された鉱石は、もともとごく弱い力しか持たないのです。それをあの承認の儀で強化しているのですよ。強い魔法力を持つ石は、実質あの王家の石のみなのです。」
「・・・バカな・・・」
驚きのあまり立ち尽くし、すぐには次の言葉が出なかった。だが何とか気持ちを立て直し、会話を進めた。
「・・・しかし、儀式は無事に終わった筈だ!」
「万能石は、王位に就く者に受け継がれます。つまり、万能石を扱えるのは、王ただおひとり。彼女に石は操れません」
「!!」
まだ年若い研究員だが、既にこの研究所の筆頭を務める程の有能さと聞いている。
「貴方は、何もご存じない」
青年の目が冷たく光っていた。その中には微かに自分を蔑むような光が混じっていることにも侯爵は気づいた。青年はさっと目を逸らし気分を変えるようにきっぱりと言った。
「とにかく、貴方のなさることは王を取り戻すことです。研究も滞っていますし」
「そんなことは、分かっておる!だが、・・・国の外ぞ!簡単に言うなっ」
「そうですね・・・」
年若い所長は何かを考え始めた。
今思えば、あの小娘は知っていたのだ。自分は石を操れないと。知っていたからこそ、リナを逃がした。そして国に留まった自分に利用価値があると思い込ませた。
(小賢しい真似を!)
侯爵は部屋の中で、堅く強張った表情の少女と対峙していた。王の執務室というだけあって、室内の造りは豪奢である。だがそれだけだ。何百年と変わらぬ古臭い意匠の家具をずっと使い続けている。
「貴様、知っていたな。」
「侯爵、諦めろ。鉱石を使って国を富ませるなど最初から無理なことだったんだ。石に頼りすぎてはいけない。魔法の石などなくても、国を豊かにできる方法を」
レナが言い終える前に侯爵は首元を掴み上げた。
「言え!どこに居る!」
「知らない!姉様は、どこに行くとは私には言わなかった!」
「そんな戯言が通用するものか!あの妹想いの王が、お前を放って行くはずなぞない!何か連絡手段があるだろう、言え!」
あの年若い研究所長の入れ知恵だった。
(連絡手段を突き止めることが、次のあなたの仕事ですだと!えっらそうにっ)
侯爵は監視や聴取などどいった穏当な、七面倒くさい手段は取らなかった。直接レナに問い質すことした。
捉まれた首元を離そうと苦し気に藻掻いている小憎たらしい横顔を張り倒した。
レナは床に倒れ込む。その拍子に首から零れ落ちたものがあった。咄嗟に手の中に隠す。
「それか・・・」
侯爵が禍々しく笑った。




