仮面舞踏会3 (顛末)
レオはひとり、出かけていた。
表通りは料理を出す店やパン屋や生活雑貨を並べている店で賑わっているが、一歩裏通りに入れば洗濯屋や鍛冶屋や皮を鞣す工房などで、人気はあまりなかった。
その店はそんな一角にあった。レオは何の気なしにその店に入った。
「・・・よお」
昔なじみのように声をかければ、奥の薄暗いところで作業していた背中がこちらを振り返った。レオを見た瞬間、僅かに表情を変えたような気がしない、でもなかったが気のせいかもしれない。
手を止めてこちらに寄ってくる。
「いらっしゃいませ、お直しですか?」
レオは木製のテーブル前に置かれていた椅子を引くと、腰かけた。
「じいさんよ、パーティーで、石を盗んだのはあんただな」
とぼけて見せた顔が、レオが懐から出したものをテーブルに転がした途端固まった。
「これを作ったのはあんただな。あんたは盗んだんじゃない、取り換えたんだ。この偽物と」
パーティーを引き上げ船に戻ったレオは、なんとなく勘が働いてダンに石を見せてみた。
船内の食堂で数人と酒盛りをしていたダンをちょいちょいと呼び出す。
「あ、頭、お帰りなさい」
酔っぱらってふらふらと歩いてきたダンの手にころんと石を転がす。
「お、これが例のやつですか」
すっと目から酔いが引いた。手の上で転がして様子を見る。しばらく黙っていたが、よくできてますねと言った。
「・・・てえと」
「良くできてますが偽物です。」
手の上のそれを指先で摘まみ上げ、石を覗き込む。
「こいつはガラスです。本当によくできてる。光の屈折が多層構造になってて輝度が強い。頭から渡されなかったらオレでも見逃してた。研磨がいいんだな」
そう言うとレオに返した。
「むかし、こういう商売が流行りましてね。なまじ腕がいいもんだから客にはなかなかバレない。偽物とわかったときにはもう行方をくらましてる。オレがいた工房にもいくつかこういうのが持ちこまれてましたよ。客は本物と信じてるんだから、偽物ですと言うわけにもいかんでしょ」
レオは礼を言って離れた。
あの夜会での逃亡劇の後、リナを抱き上げて屋根から床に降ろした際に手の中にざらりとした感触が残った。よく見れば、リナの衣装に僅かに色の暗い粉のようなものが付いていた。それが勘を働かせることになった理由だ。
リナにそれとなくさらわれたときの状況を聞いててみた。身ごなしは軽かったが骨ばった感じが、若い人と感じなかったと言っていた。
「あんたの商売は、加工を請け負った後に精巧な偽物と取り換え、本物をどこかに売っ払うことだ」
リナの服に付いてのは、金属を研磨するときに出る削りカスだ。
店主は顔色を変えなかったがレオは構わず続けた。
「ご同業との揉め事か何かしらんが、あんたの店から盗まれたのは、本物だった。」
あの晩、競売会場となっていた部屋では壁際でたくさんのオイルランプが焚かれていた。それらが一斉に割れたのだ。一人ではできない。複数犯だ。悪事を企んでいた奴らが押し合いへし合い取っ組み合っている中を、幸いひとりで乗り込んできていた老人は首尾よく本物を回収し、部屋を抜け出せた。
何も盗まれていないと逆に怪しまれるので、人質を取る振りをして偽物をリナに持たせた。
この老人にとって誤算だったのは、本物を盗まれて苦悩している祖父を見兼ねたのか、事情は知らないにせよ孫娘が裏通りにある、何をやっているのかわからない怪しげな万事屋に依頼を持ち込んだことだろう。藁にも縋る思いだったに違いない。
レオはそれまで店主を追い詰めていた口調を、ふと緩めた。
「あんたがどんな商売してようが別にオレはいいのさ。ただ、頼みがある」
彫像のように動かなかった店主の目が、チラと上がった。
分厚いカーテンで覆われた薄暗い部屋に、ふたりの男が居た。
ひとりは椅子に腰掛け、遠慮しいしいものを喋っている。
もう一人の方は、イライラしたように歩き回りながら居丈高に男を問い詰めていた。
「それは本当か」
「ええ確かに、姫でした。ですがその後に騒動が起きまして、私にはもう何がなんだか」
男爵の言葉を最後まで聞く必要もなかった。男の中には執念の炎が燃え上がっていた。
(逃がさんぞ)




