仮面舞踏会2
「詩の道には進まないのか?」
ピクとレイジーンの指が止まった。
「招待状と共に贈ってくれただろう?」
招待状の他にもう一枚、紙が入っていた。広げてみればパーティーへの誘いを詩に託していた。気取りも技巧もない柔らかい言葉が素直に招待の喜びを謡っていた。
「船でもときどき宴会を開く。町の吟遊詩人が来て、流行っている歌を教えてくれる。いくつかは、其方のものであろう?」
言葉選びや作風がどこか似ていた。
「・・・あいつらも稼がなきゃならないから、ときどき頼まれて書いてやるんだ。」
指先で弄んでいた花を、諦めたように放った。
「分かってるさ。パーティーで僕に近づいてくる人たちだって、僕が目当てなんじゃない。僕の家と繋がりたいがためにこのパーティーに出てるんだ。父と、いづれ兄が継ぐその家のためさ。僕だって、父も兄にも、詩の道なんかじゃなくてもっと家の役に立つことをしろと言われてるよ。勝手に期待しておいて、勝手にあきらめて・・・みんな勝手だ」
ここで、ちらりとリナを方を見た。
「彼だって、君の財産を当てにしているんだろう?」
彼というのが、今日同伴しているレオのことを指しているのは明白だった。どんな噂を聞いているのか知らないが、これには些かリナもカチンと来た。
「レオが私に何かを求めたことなど一度もない。お前と違って、自分の足で立つ一人前の男だからな」
ぐさあっとレイジーンの胸に刺さったのは言うまでもない。
そのとき、派手にガラスの割れる音がいくつも聞こえ、悲鳴が上がった。向こうの部屋では、宝石の競売をやっているはずだ。手筈では、リナはレオと踊って会場の注目を逸らし、フロントミレイが競売に潜入している筈だった。
「なにが!」
さっと立ち上がるリナ。
「ま、待ってくれよ・・・ど、どうしたらいいんだ僕は」
「へなへなと、お前は主催者だろうが!自分で決めろ!」
そう言い放つと、身を翻して音のした方へ駆けて行ってしまった。
明かりの消えた競売会場からは人が揉み合う阿鼻叫喚の声が聞こえてきた。中庭から回り込んで廊下に駆け込んだリナは、はっと足を止めた。
喉元にスッと光る刃が差し出された。
「動くな」
まずい所に出て来てしまった。部屋から逃げ出してきた賊と鉢合わせしたようだ。騒ぎを聞いて駆けつけていた警備の兵たちが、ふたりを見て二の足を踏む。
賊はひょいとリナを抱え上げると走り出した。
2階に駆けあがり窓ガラスを破って屋根の上に出る。屋根の細い棟を走り抜けていると背後から白刃が飛んできた。賊は振り返って鋭く舌打ちした。
「そいつは置いていきな」
レオが一人、同じように屋根の上に登ってナイフを構えていたからだ。強張っていたリナの頬がすこし緩んだ。
「ったくちょっと目エ離した隙にいなくなりやがって。どこ行ってたんだ?」
賊など目に入らぬかのように話しかけてくる。
ダンス会場でリナを見失ったレオは仕方なしに競売会場へ顔を出していた。
競売を取り仕切っている宝石商だろう長々とした開催の口上を聞き飽きた後に始まった競売を、ぼんやりと眺めていた。
重要なのは落札後だ。落札した後はみな気が緩んでいる。落札後に別室に石が運ばれ保管され、落札者に渡される。その過程を狙うつもりだった。事はそれよりも早く起きた。
会場のランプが一斉に割れ、悲鳴と共に闇に包まれた。
混乱の中をレオは素早く目を走らせた。慌てふためくお貴族様は誤魔化せても、海賊稼業で培われた目は誤魔化せない。混乱に乗じて競売の演題からすっと離れた影があった。押し合いへし合いしの中をうまく潜り抜けながら外に向かっているのを目で追い、自分も人を押しのけやっとのことで部屋を抜け出すと、2階に駆け上げっていく警備兵の後姿があった。
「な、中庭に・・・」
「中庭にいて、何でここにいるんだ」
レオはナイフを構えていた手を降ろした。賊がリナの目元に刃を近づけたからだ。
下がれ、と賊が顎をしゃくる。
レオは2,3歩下がった。
もっとだ、と顎で示す。レオはさらに下がった。このやり取りを何度か続け、レオは遂に窓ガラスを破って出て来た部屋の前まで下がることになった。
部屋の中では、追い付いた警備兵たちが固唾をのんで見守っている。
賊はとん、とリナを押した。
「あっ、あ・・・」
細い足場から踏み外し、ふらりと体が宙に傾いた。リナは屋根の勾配をずさーと転がり落ちた。
「クソッ!」
レオは躊躇なく飛び出した。転がり落ちたリナは懸命に屋根の端を掴んだが体が外に放り出され、手が離れた。間一髪間に合ったレオの手がつながった。
賊は屋根の突端まで走り跳躍すると木に飛び移り、そのままするすると木を伝い塀を超えて姿を消していた。
「塀の外へ出た!追え!」
状況を見ていた長い帽子飾りの警備兵がそう叫ぶと、そのほかの兵士は一斉に駆け出した。
レオは慎重にリナを引き上げる。足場の悪いその場でとりあえず怪我がないか確認した。
恐ろしい目に遭ったにも関わらずリナの様子は落ち着いていた・・・ように見えた。
「恐いか?」
ううんとリナは首を振った。
「ドキドキしてる」
レオの瞳を覗き込む。まるでのその原因を探そうとするかのように。
「よっし、上等」
リナの手を取ると、慎重に屋根を登り始めた。
窓ガラスの割れた部屋まで戻ると、フロンとミレイが待っていた。
「姫様、ご無事で・・・」
レオが先に身軽くトンっと室内へ飛び降りると、リナが降りるのに手を貸す。
「下は上を下への大騒ぎですよ。」
「石はあきらめるしかねえか。一時撤退だな」
ああそれなら、と床に降り立ったリナはドレスの胸元を探った。取り出したのは月光を浴びて輝く貴石。
レオの目が真ん丸に見開かれた。
「おま、どこっ」
一瞬言葉を失っていたが、がしがしがしとレオの手がリナの頭を撫で繰り回した。
「でかした!お前はもう一人前の海賊だ!」
んーっとリナにキスしようとするのをミレイが物凄い形相で引きはがした。
肝心な石を盗まれるなんて、随分間抜けな盗人だった。




