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仮面舞踏会1

広間は着飾った大勢の客で混みあっていた。みな、小さなグラスを手にお喋りに精を出している。既に楽隊の演奏は始まっていて、ダンスに興じている組もたくさんいた。

「踊れるか?」

ちらと踊りの輪を確認してレオが聞いてくるので、うんとリナは頷いた。

レオは踊りの中へリナを連れ出す。

ゆったりした曲なので、お互いに軽く組みあって曲に合わせてちょっと揺れていればそれで様になる。レオも今だけは、海賊とは思えない優雅な身ごなしでリナをエスコートしていた。

曲が一区切りしたところで切り上げて壁際に戻ると、噂を聞きつけて待っていた紳士たちが早速次のお相手をと申し出て来た。

レオを見上げると軽く頷いたので、リナはその紳士の手を取ると踊りの輪に戻って行った。


リナが他の相手と踊りに加わるのを見送ってから、さあこちらは作戦会議だ。

壁際でミレイとお喋りしながら悠然とグラスを揺らしているフロンに横から近づくと、ちょんと肩だけ触れ合わせ低く話しかける。

「どうだ?」

「間違いありません。本物です」

取り繕っていたレオの顔に、微かに海賊らしい笑みが浮かんだ。

リナと踊っている間、フロンは偵察に行っていたのだ。今宵のパーティーの目玉は大粒のエメラルドの競売だった。まさに今、レオが引き受けた依頼で頭を悩ませている件だった。


依頼内容はこうだ。

町の小さな工房に盗人が入った。親父一人で細々と宝飾品の加工を請け負っている小さな工房だが評判は良く、その時は貴族から高価なエメラルドのネックレスの修復を請けていた。盗人は小さなものも含めごっそり持って行ったが、当然その中にそのエメラルドも含まれていた。店の主人は客に事情を説明し、小さなものは諦めてもらったりこれまで積み立てた蓄財を吐き出したりして賠償したが、エメラルドだけはどうにも払える額ではなかった。貴族側からは強硬な取り立てに合っており、取り戻せないのなら首を差し出せとまで言われている。何とか取り戻せないかという依頼だった。


当初、例のじじいからの情報では、件の品は闇市を流れ、外国との取引を主にしている商人の元にあるとのことだった。国外に売っ払われるのなら港を通り海を渡る可能性が高い。当然、取り戻すチャンスもある。だが何を思ったのかその品は、多くの貴族を顧客に持つ有力商人の手に渡ってしまったのだ。そうなるとどこかの貴族に売り払われる可能性が高い。売られてしまえば、貴族の邸宅に招かれる伝手などなし、下働き等を金で雇って邸宅内の情報取集にあたるといういささかめんどくさい手順を踏んでいかねばならなくなる。当然、目論んでいた海賊稼業の仕事どころではなくなる。

お前さん向きじゃて、とほうほうと笑う古狸が脳裏に蘇った。

(あのじじいもいい加減なネタ掴ませやがって)


街の情報収集にあたっていたところ、耳にしたのが例の舞踏会だった。小高い丘の上に立つ豪奢な館はとある貴族の夏の離宮で、そこのぼんくら三男坊が夏の間たびたび宴を開くのだと言う。毎回目玉となる催しを用意しており、これまでも曲芸団を招いたり街で人気の吟遊詩人を呼んだりするのは朝飯前で、人気の新鋭画家の絵だったり、東方の大陸から伝わる希少な陶器を売り出したりと貴族らしい遊びもやっているらしい。

催しの内容は参加者にも事前に明かされることはないが、人の口に戸は建てられない。噂では、今回の舞踏会の目玉はどうも宝石の競売らしいということだった。


リナを踊りに連れ出している間に、フロンに偵察に行ってもらった。

ミレイが付いているの怪しまれることはなかった。競売の前にぜひ近くて見てみたいと妻が言っていると伝えれば、警備の兵はすんなり通してくれた。部屋に入ってみれば、既に数人が展示されている宝石の周りを囲んでいた。こうして予め客の反応を見ておいて競売の値段を決めるのだろう。警備兵も慣れている筈だ。



「来て正解だったな」

「まったく、強運な男ですね」

リナを見つけてからというもの、この男は風向きがよすぎる気がする。小さなグラスに入った琥珀色の液体をちびりと口に運んだ。



リナの相手は尽きることがなかった。我も我もと求められるのはいいが、大した話は出なかった。

「ポートレイク伯爵のお招きだそうですね。伯爵とは以前からのお知り合いですか」

「船での生活は窮屈ではないですか?」

「命を狙われている、というのは本当ですか」

通り一辺倒の質問だった。

数人と踊った後に、レイジーンが相手を申し出ていた。

「ようこそ船上の姫君。楽しんでいるかな?」

レイジーンと組んで曲に合わせて揺れ始める。これまで踊った数人から話を聞く分に、レイジーンの評判はあまりよくはなかった。主催者であるためみな悪くはいわないが、どことなく軽く見ている風だった。いろいろな客を招くので顔つなぎにもなるし、趣向を凝らして楽しませてくれるのでちょうどいい時間潰しのように思われているらしい。

「なぜそんなにパーティーばかりしているのだ?」

「なぜって・・・楽しいじゃないか!たくさんの人が僕に挨拶に来てくれるんだよ?」

いささか荒ぶった口調で返され咄嗟に言うことが浮かばなかった。

「うむ・・・そうか」

レイジーンとの踊りが終わり、次に手を取ったのは初老に差し掛かったくらいの男性だった。古めかしい作法の礼をするので、リナも気が付いた。かの国ではお髭の男爵と呼ばれている紳士である。

外国の品物を収集するのが趣味で自ら買い付けにも出ており、非公式な外交官のような役目も果たしていた。

固辞して変に怪しまれても困る。まあ変装しているし、分かりはすまいと思って応じた。

曲に合わせてゆったりと踊る。

「お上手ですな」

男爵はご機嫌だった。これまでの相手とさほど変わらぬ質問に当たり障りなく応えていたが、ふいにん?と男爵は不思議そうな顔をした。

ちょっと失礼、とリナの前髪を上げた。

ん?ともう一度疑わし気な顔をする。

結い上げている髪の毛の先の一筋を手に取り顔の横に添えた。

何かを探し出すようにリナの顔の上をうろうろしていた男爵の顔がすうっと青くなった。

「まさか・・・っ姫?・・・そんなっ」

バレた!

リナは男爵の手を振り切ると走り出した。

「お待ちなさい!姫!」

男爵の叫び声に参加者が何だなんだと振り返った。

広間は人でごった返していた。ふくよかなご婦人方の腰やフロックコートをかき分け掻き分けしながら進み、開いている扉からどうにか外に抜けた。

振り返れば、広間の人ごみで男爵も見えなくなっていた。そのまま中庭に逃げ込んだ。


暗くなった庭園は、この季節に枝や葉を伸ばす植物たちが鬱蒼と茂っていた。今晩は月もあるので、足元も明るい。昂った気持ちが治まるまで、少し歩いていようと思った。

水音に引かれて歩いていくと、噴水の淵にレイジーンが座り込んでいた。

「やあ、姫。こんばんは」

ダンス会場での騒動は知らないと見える。力なく笑うレイジーンの側に、リナも腰を下ろした。

「何を考えていたんだ?」

レイジーンは指先に持っている野草の花をゆらゆらと揺らしていた。

「どうしてパーティーばかりをするのかって?そしたらたくさんの人を呼べるだろう?僕のことを認めてくれる人にも会えるかもしれない。僕だってわかってるさ。みんながボンクラ能無しの三男坊だって噂してることくらい。でも、このパーティーで有力な支援者を得ることができればまたお父様にも認めてもらえるかもしれない。」



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