罪
「あ、あ、あ」
「もうこの被験者も今日で見納めか」
同僚が薄ら笑いをしながら言う。
「そうだな。もう10年か、結局この被験者からは何も得られるものはなかったな」
俺はその被験者をモニター越しに見ながら言葉を返す。
10年前この被験者はカルト教団の教祖として祭り上げられていた。
この教祖の相手は錬金術師だった。
その錬金術師は巧みな技術と話術で錬成術を次から次へと編み出していく。
この男はたまたまその現場に出くわしたのだ。
男は目を輝かせた。しかしこの出会いが男の人生を狂わせることになったのだ。
20✕✕年。
その男は錬金術師の元に毎日のように通っていた。錬金術師の回りには常に沢山の人で溢れかえっていた。
しかしその錬金術師は傲ることなく日々自分の技術を磨いていた。
錬金術師は常に観衆を笑顔にしていた。男も初めはそうだった。
素直にこの錬金術師の役に立ちたいそう思った男は錬金術に必要な道具をかき集めた。
「こ、これを使ってください」
「あなたは?」
「私は、あ、あ、あ、なたのファンで。こ、こ、こ!素材を使って沢山錬金術をしてくださいー」
男は言語に不自由があり言葉を上手く伝えることができなかった。
「そうでしたか、ありがとうございます。その気持ちとても嬉しいです。ぜひ貴方からいただいた素材で錬金術を致します」
錬金術師は笑顔で男にお礼を言う。
男は錬金術師の言葉に涙を流した。
しかしここで問題が発生した。
男が集めた素材には不純物が多く錬金術には向かなかったのだ。
錬金術師は初めて錬成に失敗した。
観客がどよめく。何が起きたかわからなかったからだ。
男も目を丸くしていた。
「くっ、この素材、これは」
錬金術師が思わず発した言葉が観客の耳に入ってしまった。
「おい、誰だ。錬金術師様にあの素材を渡したのは」
「錬金術師様に怪我をさせたのはだれだ!!」
男は慌てた。
しかしその挙動不審な行動が裏目にでてしまう。
「お前か!!」
「お前だろ!!」
男は群衆に責め立てられる。
「ち、ち、ちがちが」
「こいつ、よくも」
「お止めなさい!!」
錬金術師の声に群衆は大人しくなった。
「さすが、錬金術師様、このような男にも情けをかけるなんて」
観衆の目は再び錬金術師へと向いていく。
しかし男だけは違った。錬金術師への羨望の眼差しが憎しみの眼差しに変わっていったのだ。
「つまり、こいつの逆恨みってわけだろ」
同僚は俺にコーヒーを渡す。
「すまん、そうだな。一言で言うとそうだ。逆恨みと嫉妬ってやつか」
俺はコーヒーを一口飲み資料に目を通す。
「しかし、この男が教祖になるなんて思えないんだよな」
同僚の男は不思議そうに言葉をつなぐ。
「ああ、俺にもわからん。なぜこの男が教祖になり、信者がそれを信仰したのか」
あの日、あの錬金術が失敗してから男の人生は変わった。
町を歩けば白い目で見られる。
男は自宅に籠るようになっていた。
「く、く、くそ。なんで、おお、おれが」
男の恨みは日に日に増していく。
そんな時だった。
男の目の前に突如黒い影が現れる。
「う、う、う」
(落ち着け、人間。負のオーラを背負った美味しそうな人間よ)
「ひ、ひ、ひー」
(お前にいいものを与えよう)
黒い影から顔のようなものが現れる。
「あうあ」
「まずは言葉を与える。力強い言葉をな)
影は男を飲み込む。
「ぎげー」
男は叫びながらもがき苦しむ。
(名誉がほしいか?あの錬金術師を潰したいか?ならばお前にもうひとつ力を与える)
「こ、これはなんだ」
男は自分がスムーズに話せるようになっていることに気づいていない。そんな男の前に謎の装置が置かれる。
(今のお前の話術を使えば、人を洗脳することが可能だ、この装置はそれを拡散させる。お前の言葉であの錬金術師を地獄に落とすのだ)
悪魔の言葉に男はニヤリと笑う。
「この悪魔ってのはなんだ?」
「わからん、この被験者が確保された時に言っていた言葉だからな」
「悪魔ねぇ、俺にはこの男そのものが悪魔だと思うけど」
「まぁな、こいつのやったことは許されない。しかし被験者としては全く持って使えなかったな」
「しかし、あのまま上手く行ってたらこの悪魔はとんでもないことになってたな」
「それは間違いない、勇気あるものがこの悪魔に矛を向けなければ今ごろ被害は拡大していただろう」