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第八十七話 「虚像」



「続きやるぞー。東道千春」


「はぁ~い」


「ちゃんと作ってきたんだろうな?」


 覇気のない目でそう問いかける先生に、東道は浮き毛をぴょこぴょことさせながら歩み寄ると、ほどよく膨らんだ胸を張ってそこに手を当てた。


「まっかせてよ先生。ちょ~カワイイの出来たんだからっ!」


 その言い草に先生は眉を寄せたが、東道はそんなものはお構いなしにと壁へ向き直り、早速準備に取り掛かる。


 ――改造魔法のテストを行うにあたって、午前中に設けられていた準備時間。

 そこで苦手意識のあった東道たちに智也は手を貸してほしいと頼まれたが、結局一人で全員を見るのは時間が掛かるとのことで、雪宮と分担する流れに。

 それぞれ一人ずつ。まずは紫月と栖戸を担当することになったが、先に補助を終えた智也が暇をしていた七霧に声をかけようとしたとき、雪宮の方から助けを乞われたのだ。どうやら、雪宮が口ごもってしまって会話になっていないようだと悟った智也は、相変わらずの極まり具合だと苦笑して。


 そうして智也が代わりに栖戸の補佐を務めて、雪宮は東道の補助に回っていた。

 そっちも変わらないんじゃないかと智也は思ったが、栖戸の時よりはマシだったらしい。ともあれ、雪宮と東道でどんなものを作ったのか気になるところではある。


「行くよ。Reve12【水風船/海月(かいげつ)】!」


 右の手を目線より高く上げる東道。

 そこから生み出された幾つもの水泡が、ふよふよと漂い始める。

 何が起こるのかと固唾を呑む智也たちに東道が微笑を浮かべたその時、水泡が独りでに弾けだした。


 どうやら割れ方を細工したらしい。身の半分だけ破裂した水泡の、その飛び散った水滴がどこか尾を引いているように見えた。

 それはまるで――、


「なんかクラゲみたいだね~」


「綺麗……」


「でしょでしょー?? どうよ先生」


 清涼や千林から共感を得て、口元に弧を描く。そんな東道の自信に満ち溢れた表情に、先生は頭に手をやりながら「なんだ、やればできるじゃねーか」と感心していた。


「まぁね~」


「んじゃ次行くか。水世怜」


「はい」


「やっぱこれ、席順だよな……。でもそうなるとあいつは――」


 雪宮にアイコンタクトを送っていた東道と入れ替わりで、今度は水世が前に出ていく。それを見ながら、智也は端の方で壁に背を預けて座っている男を視界に入れた。


 何をするでもなく、遠目に授業を観察してじっとしている。その黄土色の瞳にはいつもの闘志も感じられず、まるで牙を抜かれた虎のよう。

 その様子を数秒ほど見つめたのち、智也はスッと正面に視線を戻して、一泊遅れで黄土色の瞳がこちらを向いていた。


「三十二番で行きます」


「――ほう。いつでもいいぞ」


「え、三十二番?」


「三十二番って中級魔法だよね、秋希ちゃん」


「う、うん……」


 一瞬聞き間違えたのかと思うほどに水世は淡々としており、久世の時とはまた異なる切り口に、再びざわめきが広がる。

 多少は周りに追いつけたかと思っていた智也だったが、才のある者はすぐにそうして先へと進んでいってしまう。何より、それらが同じ選抜メンバーであることが余計に心労を重ねる羽目に。


「Reve32【行雲群雨/(しん)】」


 突き出した手のひらの先に浮かび上がる雨粒。その表面が、おもむろに捻じれていく。

 丸みを失い先の尖った細長い形状になったそれは、さながら小型の矢のようで。

 大量に生成されたその矢弾が、一斉に壁に向かって放たれた。


 ――雨粒のそれとは思えないような鋭い音が立て続けに鳴り、的になった壁一面にびっしりと矢弾が突き刺さっている。

 その光景に、思わず智也は眉根を寄せた。


「こりゃまたすげぇ凝ったもん作ったな、水世」


「なにかおかしいですか?」


「いや、元のと大差ない魔力でこの強度……しかも実体化の時間まで伸びている。より実践向きな改造だ」


 壁に突き刺さった矢弾の一つを抜き取り、それを弄びながら先生がそう呟く。水世はそれに無言の眼差しを向け、しばし沈黙が流れた。


 と、やにわに栖戸が声を上げる。何事かと思い目を向ければ、これ以上ないくらい驚いている雪宮が。


「せんせい! 雪宮くんが早くやりたいみたいです!」


「え……!?」


「ん、そうか。じゃあ雪宮、お前の番だ」


 明らかに雪宮の反応と食い違いが生じているようだったが、先生はあまり気に留めずに指でひょいひょいっと呼び掛けて。

 渋々立ち上がった雪宮は一瞬だけ後ろを振り替えると、何か言いたげな視線を栖戸に向けていた。


「うし、何番でやる?」


「と……二十九番で……」


 これまた難度の高い魔法を……と思いつつ、同時にとあることに気付いて顔を引き攣らせる智也。


「この流れだと、やっぱり俺がトリだよな……」


 ただただ実用的な物をと考えた智也の改造には、他の人が見せたような派手さがない。それで最後に回されるのは荷が重かったが、わざわざ手を挙げようとも思えないので、苦笑を浮かべているしかなく。


「Reve29【相縁気炎/獅子頭ししがしら】」


 と、辛うじて聞き取れるような声量で唱えられた言霊に、大きな炎が具現化した。

 まるで大口を開けるかのように立ち昇る炎――いや、それには実際に目鼻口がついているように見える。

 太い眉に大きな瞳と鼻の孔。揺らめく炎が作り出したのは、まさに祭りの際に用いられる獅子を象ったそれそのものであった。


「すごい迫力。なんか鬼の顔みたいだね~」


「でも本当の鬼の顔はもっと怖いらしいよ。ほら、うちのパパみたいな」


「え~、秋希ちゃんパパは優しい顔してるよ~」


「どこが!?」


 千林と清涼のやり取りに気を取られている間に、いつの間にかお披露目を終えた雪宮が帰ってきていた。

 ということは、次の出番は――、


「じゃあ……行ってくるっス」


「がんばって」


 いつも通りに笑みを浮かべ、七霧が先生の元へ。それを二人で見送って「七霧はどんな改造にしたんだろう」と呟いた智也に対し、国枝の反応は薄い。


 最近、やけにこういう場面が増えたようだと智也は感じたが、何か国枝の癇に障ることをした覚えはない。

 念のため確認してみようかと口を開くが、何をどう聞けばいいか分からずに、その横顔に向けて声にならない声を発するに終わった。


「自分は十五番でいくっス。あ、難しかったとこは……もう全部っス!」


 扱う魔法を短く宣言して、顔をしかめる七霧。それに先生が「どこまでやれたか見せてみろ」と口の端を軽く吊り上げ、七霧はぎこちなく顎を引いていた。


「Reve15……デストロイビーム!」


「……」


 突きだした手のひらから電光が弾けて、しかし、それ以上の現象は何も起こらない。意想外にも、具現化に失敗したということである。


 まず、その全開に効いた七霧節に智也は乾いた笑いを浮かべそうになったが、当人が浮かない顔をしていたのに気付き、すぐに笑みを引っ込めた。

 なんとなく何がしたかったのかは察しがつくが、どうやらそれを先の準備時間で間に合わせることはできなかったらしい。

 言ってくれれば順番待ちの間にでも手伝ったのにと、智也は一人苦慮をして、


「やっぱり駄目だ~!」


「そう落ち込むな。誰だって最初は失敗するもんだ」


「でも皆うまくいってたっスよ……?」


「失敗を重ねた上でな。周りの目覚ましい成長ばかりに目が行きがちだが、裏ではお前と同じように苦悩してるんだよ」


 そう言われ、七霧は不安そうに視線を巡らせると眉尻を下げて、小さく、ほんとに小さく頷いた。

 それで一応の納得に至ったのだろうが、果たして本当に同じなのだろうかと、智也は疑念を抱いてしまう。


「お前らもそうだぞー。例え行き詰まることがあったとしても、諦めなければいずれ道は開ける。一意専心の気構えを忘れるな」



 ✱✱✱✱✱✱✱



「Reve16【半月切り/文鳥(ぶんちょう)】!」


 手のひらから放たれた半月型の斬撃。それに扇子のような折り目がついており、中心部は饅頭のようにふっくらと丸みを帯びている。

 色合いも全体的に白く、羽ばたきこそしないものの体育館の中を飛行する様は、まさに羽翼を有する鳥のそれだ。


「おー、上手だな」


「ありがとうございま~す!」


 出番を終えた清涼が喜色を浮かべながらこちらに戻ってきて、腕組みした栖戸が鼻息を荒くしているのが目に入る。


 このテストもといお披露目会も、残すところあと二人で終了だ。

 それでいよいよ自分の番が近付いてきたと感じる智也にしかし、先に呼ばれた紫月の方がむしろ緊張しているようだった。


「わ、私は二十四番で魔法でいきます」


 明らかに調子を崩しているその姿に、智也は小さく肩を竦めた。

 どちらかと言えば智也も人前に出て何かをするのは得意ではなかったが、その表情の固まり具合はかなり極まっている。

 あれでは、できることもできなくなってしまう。


「紫月、ちょっとあっち向いてみろ。あいつの呆けたツラ、中々に滑稽だぞ」


「へ……?」


 そんな紫月に対して、先生が唐突に顎をしゃくった。

 そこには、魂の抜けたような顔をした神童が。


「……ぷっ、ふふ、あはは! 神童くん、顔……ふふ」


 大方、早々に出番を終えたために暇を持て余していたのだろう。

 完全に気を抜いていた神童の間抜け顔を見て、紫月から笑みがこぼれた。


「よし、できるか?」


「あ……はい!」


 先生からの確認の言葉にハッとした表情になる紫月。それで気分一新したのか、そこからは落ち着いた様子で取り組んでいた。


「いきます……! Reve24【大名颪し/反り(そり)】!」


 腕を振るい、散らされた魔力が三つの刃となって地を駆け抜ける――のではなく、波頭が立つかの如くうねりを打って、紫月に覆いかぶさるようにして刃が反り返った。


 ――見栄え重視ではなく実用的なものを。そう方針を決めたはずだったが、単に魔力量を抑える改造なら智也は何度か経験しているため、それを教えるのにあまり時間を要しなかった。

 そこでせっかくならと、インパクトを与えつつも利便性に富んだものを、智也の方から提案したのがソレである。

 自分でもどうしてわざわざそんなことを述べたのか分からなかったが、相手方の眩しいばかりの笑顔は今でも瞼の裏に残っている。


「なるほど、攻守ともに優れた改造だ。自分で組んだのか?」


「智也くんに手伝ってもらいました」


「ほう……」


 首を横に振った紫月から、こちらに視線を移す先生。

 そのほくそ笑んだような顔を視界から外さんとして、智也はそっと目を逸らした。


「いい改造だ。汎用性も高く、うまくバランスを調整してある」


「ありがとうございます!」


「んじゃ、黒霧。最後はお前だ」


 よもや、狙って残したわけではあるまい。

 不敵な笑みを浮かべる先生に、智也は後頭部を掻きながら歩み寄る。


 七霧や国枝、紫月だけでなく、自分以外の全員の視線が集まっている。

 それを背に感じながら、


「あー、使うのは、十六番っす。……でも、自分のには派手さとかないですよ。ほんとに、大したものじゃないんで……」


「あぁ、分かってる」


 一番最後に回されたが為に、必要以上に予防線を張る智也。だが、それでもまだ向けられる眼差しにどこか熱を感じるのは、気のせいだろうか。

 気のせいだと思うことにして、頭の後ろにやっていた手を、黒瞳を、右方の壁へと向ける。

 左から灰の眼を、右から集団の視線を浴びながら、智也はゴクリと唾を飲み込んだ。


「Reve16【半月切り/熱傷(ねっしょう)】」


 どうということはない。誰もが知っている半月型のそれが、壁に向かって放たれた。

 一瞬でその場の空気が白けたのを感じ取りつつ、智也はおそるおそる先生の顔を横目に見る。

 その灰の眼が僅かに見開いて、瞳の中で炎が揺らめいた。


 ――いや、壁にぶつかった斬撃が、そこで燃え上がっているのだ。


「え、燃えた?」


 そんな驚きの声がどこからともなく上がり、さらに先生の口から出た感嘆の声に、智也はホッと安堵する。


「はーん。よくそんな面白いことが思いつくもんだ。けどいいのか? ここで見せちまって」


「対抗戦に向けて作ったんで、大丈夫っす」


「どういうことっスか? 黒霧さんは何をやったんスか?」


「いや、おれにも……」


 まだ今の現象を理解できずにいる七霧たちが、そんな風に疑問を呟いている。

 その疑義の念を拭ったのは、智也でも先生でもなく、久世の発した言葉だ。


「彩色を施して魔法を擬装した……? いや、全く別の魔法式に書き換えたのか」


「それって見た目と中身が別の魔法になってるってことだよね、久世くん。そんなことが可能なの?」


「まるで夢想だにしなかったけれど、彼の発想はその域を超えていた……ということだろうね」


 その解釈を聞いて、しかし信じられないといった表情の千林。久世はそれに片目を瞑り、開いた方の目でこちらを見据えてきた。

 彼の是非を問うような眼差しに、智也は肩を竦める。


「まぁ、そんな感じで合ってるよ。今までやった模擬戦や合同授業で、みんな自然と相性を意識して戦ってたから、その先入観を逆手に取れたらと思って作ってみたんだ」


「君は一体、どこまで……」


 実際にそれが有用になるかは試してみないと分からないけど、と言葉を続けようとして、久世の心有りげな表情がやけに目に残った。


「――上出来だ。既に経験のある者もいたと思うが、総じて良くできていた。この中でもいくつかあったように、改造の仕方ってのは多岐にわたる……それだけ可能性に溢れてるってこった。今のうちに、使いこなせるようになっておいて損はしないだろう」


 手を叩いて視線を集めると、先生は灰の眼に十五人の顔を映してそう語った。その眼光が鋭かったのは一瞬で、すぐに光を失うといつもの死んだ魚のような目に戻り、


「んじゃま、そういうわけで今日の授業はこれで終いだ。各自気を付けて帰ってくれ。あーそうだ、七種と七霧はちょっと残ってけ」


「えー!!」


「せんせい、また明日」


「ん、またな」


 各々が帰路につく中、ご指名を受けた二人――というより七霧が、そう不満の声を上げた。

 先生に小さく手を振って帰っていく栖戸や他の者を、羨ましそうに見つめている。


「いやー、マジでゆきみーのおかげで助かったわ~。ウチ、居残り勉強とかマジ勘弁だし」


「……うん。でも、彼には申し訳ないことをした」


「んなことないって。二人で一生懸命考えたんだし、七霧くんだってゆきみーのことは悪く思ってないでしょ。ね!」


「……」


 責任を感じているのか、そんな七霧に気にするような素振りを見せる雪宮。その背を、東道がバシバシと叩いて励ましている。

 本来なら東道だって居残り組になっていた可能性があるのだから、雪宮は充分努めていたと智也も思う。


「国枝、どうする? 七霧は補習みたいだけど」


「……おれは、帰るよ」


 なんとなしに問いを投げたものの、返ってくる答えは決まっていると智也は思っていた。だから、国枝の素っ気ない返しに暫く理解が追い付かずに。


 困惑している智也を捨て置いて、国枝が帰った事実に気付いたのは更にその後だった。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「悪いな、残らせちまって」


「そう思うなら帰してほしいっスよ~」


「まぁまぁ、たまにはいーじゃねーか」


 三人だけになった静かな第一体育館で、七霧がべそをかいている。

 その隣、終始なにも喋らず人形のように居座っている紫髪の女生徒を視界に入れ、灰の眼の男は苦笑いを浮かべた。

 なにしろお披露目会を行っているときから今に至るまで、彼女は一歩も動いていないのだ。


「尻、痛くないか? 二人とも、楽な姿勢でいいぞ」


 そんな二人の正面にどかっと腰を下ろし、男は胡座をかく。


「なんで居残りさせられてるかは分かるな?」


「『改造魔法』が不出来だったから……っスよね」


「んー間違っちゃいないが、もっと肯定的に捉えてほしいな。できなかったことを可能とするために、時間を費やしているんだと」


 その言葉に七霧が口をすぼめて、女生徒は相変わらずの無反応。


「……まぁ、言ってもそんなには拘束しないさ。パッとやってパッと帰ろうや」


 男はそう言うと今一度『改造魔法』についての簡単な説明をして、それからそれぞれのやりたい形を明確にする流れに。


「自分はビームが撃ちたいっス!」


「ん、ビームな。七種は?」


「……」


「んじゃ、七種はまずどんな改造にしたいかっていう方針を決めるところからだな。他の奴等がやってたのと同じでもいい。何か一つ、考えてみてくれ」


 優しい眼差しを向けられて尚、その表情に変化は生まれない。ただ無感情な瞳が視線を合わせるだけで、言葉一つまともに発さずに。


 それでも男は諦めず、無感情な女生徒と向き合い続けた――。


「しかしビームか……それなら改造云々より、中級魔法を覚えた方が早い気がするな」


「じゃあそれを教えてくださいっス!」


「おいおい、改造は?」


「二の次っス!」


 もはやそれでは本末転倒だと、男は苦笑い。それでも、生徒のためにと仕方なく方針を変えて、七霧には別の練習を用意して。

 そうして七霧に知り得る限りのことを教え、離れたところでの自主練習を命じた男は、今度は女生徒の様子を見にいった。

 しかし、「なにか見つかったか?」という問いに対して答えは返ってこず。


「……わかった、じゃあ十一番でいい。一先ず『風核』を変えてみよう。できるな?」


「……はい」


 ようやく一言を発した女生徒は、指示された通りに魔法陣を展開させると、ほとんど手伝ってもらいながら一通りの作業を行っていった。


「名前は小紅でいいだろう。とりあえず閉じて、試してみろ」


「……Reve11『終幕』」


 その言霊で、展開していた魔法陣が光を放ちながら消えていく。そして今の締めを以て、魔法の改造は一応の完成となった。

 本来はここからもろもろの調整を必要とするが、今回は魔力を犠牲に『速度』を上げただけの簡易的なもの。あとはやる気の問題だ。


「Reve11【火弾/小紅(こべに)】」


 灰の眼の圧を受けながら、その場に立ち上がった女生徒が壁に向かって手のひらを向ける。

 そうして唱えられた言霊に、しかし火球は具現化しない。


「……? もう一度だ」


「Reve11【火弾/小紅】」


 再度やっても結果は変わらず。その不可解な現象に、灰の眼が細められる。

 組み立ては全部男が行っていたため間違えようがない。女生徒がしたのはせいぜい自分の指を使ったことくらいであり、その様子はずっと男が見守っていた。

 それで失敗するというのは、有り得ない話だ。


 となると考えられるのは――、


「こんなこと言いたかないんだが……七種、ひょっとしてお前――わざと失敗してるのか?」


「――。なんのことですか?」


 その不穏な空気を感じ取ったのか、離れていた七霧もこちらに目を向け、首を傾げている。

 同じく向けられている赤紫の瞳には、相変わらず異様なくらい感情がない。散々魔法に失敗しているのだ、普通なんらかの喜怒哀楽の感情が芽生えるはずなのに。


「俺の勘違いだったらそれは謝る。だが、お前にはどうも意欲が感じられない」


「おかしいですか? 私おかしいですか? おかしいのは皆さんだと思いますけど」


「それはどういう……」


 その時、始めて感情をあらわにしたように見えた。ただ、その複雑な色をした瞳の奥に何があるのかまでは分からずに。


「すみません。気分が優れないので今日はもう帰らせていただきます」


 七種は、そう言い残すとこちらを振り向きもせずに去っていった。



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