第八話 「別け隔て」
「え~では、今から魔武器生成に関しての、説明を始めますぞ」
舞台側のテーブルに座る、白髪の腰の曲がったご老人。
この場にいるということは学園の教員なのだろうが、とっくに定年を迎えてるような年齢にしか見えない。
そんな智也の疑問を置き去りに、老教師の説明は始まった。
「まず主らには、この『魔石』を授けよう」
テーブルの上に置いてあった斜方形の石を各々受け取る。
それは手のひらで包み込める程度の大きさで、紫苑色に怪しく光っている。
その謎の石を興味深げに見ながら、
「何ですか? これ」
「これは『魔石』と言ってな……」
虎城の質問に、老教師は特徴あるゆったりとした話し方で答えるが、何故か途中で止まってしまった。
「……何ですか?」
「はて、なんじゃったかのう?」
「鬼先生、僕が代わりに説明しますよ……」
虎城が再度尋ねるが、老教師はボケてるのか惚けてるのか分からない態度。
そんな老教師に呆れたように嘆息して、側にいた眼鏡の男性が代わりに説明をしてくれた。
「聞いた通り、これは『魔石』と言って、我々の魔力に反応して形を変化させる特性があります」
「すげー! それって自由自在に変形できるってことですか?」
「自由自在、というと語弊がありますね。あくまで変化するのは我々の意思によってではなく、『魔石』の意志によるものなので」
「石の意思ってこと……?」
興奮気味の虎城に対して眼鏡を光らせ応対していた男性が、女生徒の発言に苦笑する。
おそらく本人は無意識に呟いたのだろう。少し遅れて自覚した女生徒は、恥ずかしそうにしていた。
ともあれ、形の変わる魔法の石という響きは、少年たちの心を擽るに充分すぎる魅力を有していた。
「じゃあ早速やってみていいですか!」
「ああ待ちなさい、『魔石』は一度しか使えん。後悔せんよう話は最後まで聞いておくべきじゃ」
「そうなんですか?」
「ええ。と言っても、我々に出来ることは特に何もなく、天に任せて祈るしかありません。より良い物になりますように、とね」
そう言いながら両の手を組み合わせてみせる男性は、「そもそも魔石というものは」と続けて指を一本立てた。
「元々一つの大きな石だったんですよ。魔力を帯びた、ね」
「じゃあこの小さいのは、それを砕いた物ということですか?」
「そうなります。だからというのもあって、例えば君の持っているものに魔力を注いだあと、別のものに同じことをしても反応はしません。――そうですね、さっきの駄洒落も強ち間違ってはいないでしょう。石に意思があるからこそ、二度目は拒絶されると」
「あれは無意識にというか……」
赤らめた顔を手で覆う女生徒に、眼鏡の男性が微笑む。
その会話を静かに聞いていた智也は、自分なりに説明を頭の中で纏めていた。
魔石というのは魔力を帯びた石で、元々は一塊だったという。
その魔石に魔力を込めると、何らかの反応を起こし、別の形に成り代わると。
そしてそれは、魔石に宿る意思によって一度しか許されない。
「……生物みたいだな」
まるで正反対の性質を持つ手元の鉱物を見つめながら、智也は独り言ちる。
「説明はこの辺でいいでしょう。もっと詳しいことが知りたければ、担任の先生にでも尋ねてみてください。時間も押してますし、実際にやってみましょう」
そう言いながら男性が老教師の方に視線を送ると、老教師が緩やかに頷く。
その確認を得て、いよいよ最後のイベントが始まった。
「俺やりたいです!」
特に順番決めする必要はなかったが、これまで通り虎城が先頭を走った。
斜方形の石を両手で握り締め、魔力を注いでいるようだ。指の隙間からは紫苑色の光が漏れ、時折強く発光しながら形を変えていく。
その様を見て、石の持ち方こそ個性はあるが、他の三人も同じように魔力を注ぎ始めた。
その傍らで、智也は何もできずにじっとしている。
今の智也には、『異世界』で生きるうえでの強みが何一つ存在しない。せめてこの『魔武器』でいい物を生み出さないと、という危機感と焦燥感に苛まれているのだ。
とはいえ、さっき男性が言っていたように、智也にできることはせいぜい神頼みくらいである。
「元の世界の神すら拝んだことないってのに、異界の地の神を当てにするのか……?」
なんて考えているうちに、他の者は次々と『魔武器』を生成していき、残すところは智也だけとなった。
「あとは君だけですよ」
「あ、はい……」
そう急かされ、声のした方を見ると、生成したばかりの『魔武器』を手に、虎城や久世たちが智也を待っていた。
中には終始一言も発していない女生徒もいたが、ずっと緊張した面持ちだったので、その点は智也も親近感を覚えていた。
だかそれも、今では嬉しそうに『魔武器』を握り締め、頬を緩めている。
自分も早く緊張感から解放されたいと思いつつ、彼らが持つ脇差や杖、大槌といったゲームで馴染み深い武器を一瞥して、智也は初めて神に祈りを捧げた。
欲は言わないから、せめてまともな武器であってくれと。
「――あの、無属性でも『魔武器』って作れるんですか?」
「うん? 魔力を込めるのに、属性は関係ありませんよ」
「そう、ですか」
突然思い出したように問いを投げる智也。その意図を理解できずにいた男性が、怪訝に眉を寄せた。
その問答で、智也はほんの少しだけ心が軽くなるのを感じた。
それは男性の発言から、無属性の智也にもちゃんと魔力があるのだと確信が持てたからだ。
何しろ、無属性というのが魔法を扱えない者を称する名で、Zランクという区分が魔力を持たないことを示している可能性も十分に考えられたわけで。
心配事が一つ杞憂に終わったのはいいとして、しかし智也には魔力の有無以前に、その扱い方を習っていないというまた別の問題もあった。
「他のができたんだから、見様見真似でなんとかなるはず……」
その件に関しては、不確かな自信というわけではなく、一応の根拠は持っていた。
何故なら属性検査のときに、智也たちは内に秘められた力を介し、『魔水晶』を変色させていたのだ。
つまり、智也は本能的に魔力の扱い方を知っていたか、もしくは「見様見真似」が上手くいっていたのだろう。
そんなこんなで不安も払拭でき、満を持してのチャレンジを迎える。
如何せん他の生徒を待たせることにはなってしまったが、それくらいは許されるだろうと言い訳して、
「ッ……!」
智也は見様見真似で、『魔石』に数少ない魔力を注ぎ込んだ。それこそ、持ち得る全てを傾けるくらいの勢いで。
――だが、手中にある斜方形の石は、依然その形を保っている。
既視感のある光景。
その理由が理解できなくて、理解したくもなくて、ひたすら懸命に魔力を注ぎ続けた。
持ち方を変えて、意識を変えてと、無駄な抵抗をし続けた。
そんな中で、智也は肌を刺すような冷たい空気を感じていた。それは紛れもなく、魔力測定や属性検査のときに味わったものと同じ感覚だった。
理解や方法が間違っているわけではない。Zランクとはいえ、確かに自分の中に魔力があるという確信は持てたのだから。
だが、智也の手の中の感触が何よりの証拠で、砕けそうなほど強く握りしめている自分が、実は一番理解していた。
ただ認めたくなかっただけであって、自分にはきっと――、
「できない……」
「どうしました?」
異変に気付いた眼鏡の男性が声をかけてくれるが、智也は青ざめた顔を向けることしかできない。
魔力量にも、属性にも恵まれず、あまつさえ『魔武器』まで作れないのかと。そう絶望に打ちひしがれることしかできなかった。
周りの生徒はそんな智也を不思議そうに見ているが、当たり前のことができなくても無理はない。他の者と智也とじゃ、住む世界が違うのだから。
――そう、異世界人だから同じことができないのだと、智也としても諦めざるを得なかった。
あんなに期待に胸を膨らませ、楽しみにしていたというのに、結局智也に資格はなかったのだ。
初めて祈りを捧げた異界の神の、なんと無慈悲なことか。
「なんじゃ、もしや作れんのか?」
「……はい、何回やっても上手くいきません」
捧げた祈りを撤回するだとか、神に文句をぶつけるだとか、そんな気力もなく酷く落ち込んでいた智也に、しわがれた声でそう尋ねてきた。
若い男性に追いやられ、後ろに下がって椅子に座っていた老教師だ。
イマイチ頼りないご老人だが、藁にも縋る思いで智也は助けを求めた。
「ふむ……さてはお主、既に『魔武器』を持っておるのではないか?」
「……はい?」
しかし、その口から出たのはチンプンカンプンな言葉だった。
どうやら本当に頭が留守になっているのだと、そう落ち込む智也に、
「いやしかし、そんな記載はありませんよ、鬼先生」
「じゃが、作れんとなるとその可能性しかあるまい」
智也のカルテを見ながら、男性が間に割って入る。
その指摘を受けてなお、老教師は考えを曲げないようで、真偽を確かめるように智也の顔を見つめてくる。
同じように、男性の方も指で眼鏡を押さえつつ首をこちらに向けた。
とはいえ、智也自身は『魔武器』を手にするどころか、包丁を握ったこともないのだから、まるで身に覚えのない話だ。
それでいて昨日この世界に来たばかりな上に、元の世界から何らかの道具を持ってきたわけでもない。むしろ、それが可能ならしたかったと嘆きたいところである。
「どうじゃ、何か心当たりはあるかの?」
「いや……」
と、そこまで考えたところで、例の少女のことが頭に浮かんだ。
彼女がきっかけで智也は今この場にいるわけだが、事前に聞いていたのは学園に入学してもらうという身勝手な指示だけ。特に何か持たされたわけではない。
「やっぱり身に覚えはないです……『魔石』とか、見たこともなかったし」
「そうか……しかし不思議なこともあるもんじゃのう~」
「もしかしたら、『変異型』の――」
「そう焦る必要はあるまい。今は答えてくれずとも、時間を置けば『魔石』の気も変わるやもしれん。のう?」
「はぁ……?」
男性の言葉を遮って、老教師がそう智也を宥める。
正直、終始何を言っているのか分からなかった智也は、自分の肩を優しく叩く皺だらけの手を見て、首を傾げるしかなかった。
本当に時間を置くことに意味があるのだとしたら、それでいいとも思えるが、結局智也の心許なさは何も変わらぬままだった。
✱✱✱✱✱✱✱
「はあ~~~~」
その後、何の理解もできないまま全ての検査は終了した。
受け取ったカルテを見て、智也はもう一度自分の検査結果を確認する。
――魔力量、Zランク。
――適性、無属性。
――魔武器、現状なし。
「はあ〜〜〜〜」
再び深い溜め息を撒き散らして、智也は体育館を後にする。
楽しみにしていた分、期待外れな結果への不満は大きかった。
とぼとぼと渡り廊下を歩きながら、智也はもう一度ため息を溢そうとして、横を通り過ぎた厚着の女生徒に冷たい眼差しを向けられる。
その氷のような凍てつく視線に思わず口を閉ざし、女生徒が見えなくなってから小さく肩を落とした。
現状、やることを終えたA組の生徒は教室に戻る段取りとなっており、それと入れ替わる形で次の組の検査を行うらしい。
その関係でか、あのやる気のない担任は少しばかり体育館に残るようで、
「だから先に教室の場所を教えてくれたのか?」
なんて、たわいのないことを考えるのは、こうでもしないと脆弱なメンタルを保てないからである。
「秋希ちゃんの方はどうだった~?」
「んー、適性はお察しの通りだよ。魔力量はCランクだったけど」
「あ~! さり気なく自慢してる~」
不意に後ろの方から聞こえた会話に耳を傾けると、片方は聞き覚えのある――というより、さっきまで一緒に検査を回っていた女生徒の声だった。
何やら仲睦まじげに話しているようで、その様子をちらと尻目に見れば、楽しそうな女の子二人の姿が目に入った。
「友達か……」
あまり他人に心を開かないという性格から、元の世界でも智也の友達の数は少なかった。
せっかく相手から寄ってきてくれても上手く歩み寄れないのだ。とはいえ、心を許せる相手が欲しくないというわけではなく、女生徒二人の様子を羨ましく思っていた。
果たして智也はこの異界の地で、異世界人という隔たりを超え、今度こそ真の友達を作ることができるのだろうか。
そんなことを考えながら、教室の前に辿り着く。
「――やめてよ!」
「あ? いいから見せろよ」
と、何やら教室の中が騒がしいようで、智也がそっと中を覗き込んでみれば、いかにも素行が悪そうな茶髪の男子生徒が、ちょうど一人の女生徒をいじめているところだった。