第七十六話 「さいきょうのまほう」
「――以上が、こちらの配役となります」
「ん、わかった。戻っていいぞ」
クラスの代表として報告を済ませた五十嵐が、律儀に一礼してから踵を返す。その後ろ姿を見送ってから、灰の眼の男は視線を横へと移した。
「ちょうどいい。お前暇だろ」
「とおっしゃいますと?」
「両クラスの配役の記録及び、その制約に違反がないかどうかの見張り番……それお前の仕事な」
「……かしこまりました。抜かりなく対応致します」
丸投げとも取れるその指示に女性は嫌な顔一つせず、胸元から取り出した手帳に筆を走らせる。
そもそもが請け合った仕事を満足にこなせないからと、恥を忍んで自ら頼み込んできたのだ。女性には何を言われても首を横に振る資格などない。
とはいえ先の指示が意味するところは、立つ瀬がないそんな女性を暗に気遣ったものではなく、単に仕事を押し付けただけなのだろう。それは男の目付きから察せられた。
そうして覇気のない顔をした男はぽりぽりと頭を掻いて、
「おーい、A組はまだかー?」
遠くから聞こえたその言葉に、東ゲートに屯していた生徒がざわめきだす。
当然、城落としに際しての作戦会議は既に終えている。ではこの期に及んで何を相談していたのかというと――、
「それで、どうするんだい?」
主語のないその問いかけに、智也は苦笑を浮かべながらさらに問いを投げ返した。
「本当にやるのか……? 円陣」
「なんで?? 勝ちにいくんだからフツーやるでしょ」
「いやー、気恥ずかしいというかなんというか……」
「はいはい。大人ぶってないで手、伸ばして」
火付け役である東道のさも当然かのような顔に、智也はもう一度苦笑する。
ソレに乗り気だった者が半数、反応を見せなかった者もまた半数で、智也一人が渋っている状況だ。
国枝や七霧とやるのであればまだ抵抗も少なかっただろうが、帰宅部だった智也には円陣を組むというのがまず初めてなのである。
それでも周りの者が次々と円の中心に手を伸ばしているのを見ると、一人だけそれを拒むというのも場違いで。孤立している藤間を一瞥してから、チームの士気のためにもと一番上に手を重ねた。
「んじゃ~リーダー、掛け声よろしく!」
「俺!?」
「だって最後に手置いたじゃん」
「そういうもんなのか……?」
困惑する智也に東道が「そーゆーもんなの」と説いて、周りの者もそれに準じている様子。
こんなことなら渋っていなければよかったと後悔しながら、突き刺さる視線に急かされ何を言うべきかと頭と目を回す。
そうして――、
「あー、えーっと、勝ちにいく」
「「おー!!」」
果たして掛け声の意味はあったのか。智也が言い切るより先に活気あふれる声が闘技場に響き渡った。
それでも、なんだかんだやってみると効果はあるもので、みんなそれぞれ引き締まった顔つきになっていた。
「それじゃあ報告は僕がしてくるよ」
そう言って先生の方に向かって歩いていく久世を見やり、智也は空いた時間で作戦の再確認を行うことに。
「紫月、栖戸、念のためもう一度言っておくが、俺たちの役目はこっちの本丸を特定させないことだ。なんなら自分がキングだと思い込んでもらっても構わない。そういう心延えが、仕草や表情に出たりするからな」
「わかった!」
「わたしはキング、わたしはキング、わたしはキング」
二人とも智也の指示を素直に受け入れていたが、特に自分へ暗示をかけようとした栖戸の行動が滑稽で、笑みがこぼれそうになりつつ。
「それと雪宮。役職は同じだけどそっちは遠慮なく暴れてもらって構わない」
「任……れた」
「てかさ~よく同じチームにしたよね。選ぶ権利は黒霧くんにあったのにさ」
東道の視線から、それが誰のことを指しているのかは容易に理解できた。
本当なら遠ざけたい存在のはずである。それならどうとでも理由を付けて切り離せばよかったのにと、そう推察しているのだろう。
もちろん智也だってそう思ったが、
「嫌なものを遠ざけて逃げてるだけじゃ、壁は乗り越えられないからな」
「へ~中々いいこと言うじゃん」
ニヤつきながら肘で小突いてくる東道から視線を逸らし、智也は久世の背中越しにその人を黒瞳に映した。
✱✱✱✱✱✱✱
「準備はいいな?」
東西に散った二クラスにそう声をかけて、先生が右手を掲げた。
これまで行ったチーム戦と比べたら大規模な戦いだ。それも、ほとんど面識のない者たちとの試合となる。
同じ一年とはいえ専属の教師によって指導内容は千差万別であり、生徒がどこまで成長できるかはその受け持ち次第。
つまり生徒同士の戦いというのは、言ってみればそれを導く指導者の戦いとも考えられる。
であれば、なおさら負けられない。
「――城落とし、始め!」
掲げた手が振り下ろされるのと同時に、東の十五人が三つの部隊に分かれて左右に展開する。
対して西の者は動きを見せない――正確には、陣形を整えるだけであって誰もその場からは動かなかった。
「まさか、全員で行動する気??」
「予想外だな……でも、あれだけ固まってたら身動きはとりにくいはずだ」
「でもさ、こっちって東道さんと……あと藤間くんだけだよね? 攻撃できるの」
左方から回り込みながらそう語る第三部隊の面々。
制約のせいでまともに有効打を取れない智也に加え、非協力的な男で編成されたこの部隊は、実質東道一人が攻撃役を担っているようなものだ。
その不安を抱くはめになっている要因――ちんたらと後ろを歩いてくる藤間を見ながら、国枝が呟く。
「その為にも、向こうとの連携が必要不可欠だ」
国枝の問いにそう返しながら、真逆の方に走っている第一部隊へと目を向けて、智也はその様子を窺った。
あちらも厄介な制約を受けてはいるが、頼もしいアタッカーが控えている。その一人である七霧と目を合わせると――、
「じゃあ行くよ! Reve12【水風船/雨燕】!」
智也からの合図を受け、東道が言霊を唱える。
そうして具現化した水泡が弾丸の如く射出され、同刻、別方向から火球と半月型の斬撃が飛来した。
待ち構える西の軍団は依然密集したままで、しかし突として、十五人を覆うように水の膜が展開される。
火と水と風の魔法を受けて尚、膜は波打つだけで平然としており、無論なかの十五人は無傷であった。
「しかもあいつら……」
「どうしよう……私、誰が魔法使ったのか分からなかったよ~」
「多分それは七霧くんたちも同じじゃないかな……」
――そう、今の様子見が通用しなかったのはともかくとして、誰がそれを防いだのかを智也たちは見極められなかったのである。
「キングを特定させないために影武者を用意したこっちに対して、向こうはそもそも役職を悟らせないつもりってことか」
「それじゃあこのままだと、私たちの情報だけが相手の人にバレちゃうってこと?」
「じゃあ今度は久世くんたちの手も借りてみる?? あでも、それでまた失敗したら余計ヤバイか~。う~ん」
東道の言ったように、せめて相手側について欠片でも情報が手に入らないと公平じゃない。
三つに部隊を分けた以上、情報を与えすぎて特定が早まれば、逆にそれが徒となってしまう可能性すらあるのだ。
「せっかく密集してるんだ。なにか一網打尽にできるような魔法は……」
「あれとかどうかな~? ほら、先生がよく使ってる炎の縛り魔法!」
「ウチはむりむり。ってか、使えても制約でダメじゃん」
「おれもさすがにあれは無理かな……」
東道から国枝へと視線を移すが、苦笑混じりにそう答える彼に提案者である清涼は小さく肩を落とした。
――仮に魔法を使いこなしていても、制約によっては自ら力を抑制しなければならなくなる。
その点を踏まえて智也は配役を決めたつもりだったが、予想以上に掛けられた枷が重い。
と、やにわに爆発音が響き、音のした方に顔を向ければ第一部隊が単独で次の手を打っていた。
「水世さん……の指示だよね??」
「まぁ、基本は部隊長に一任してあるからな。それで……今のはどうだった?」
「おれ見てたけど、さっきと変わりなかったよ。まるで誰が詠唱したのか分からないや」
聞こえるはずのないあちらの会話が脳裏を過ったようだと、智也と東道は共に苦笑い。
ともあれ、いつまでもうじうじしていては埒が明かないし、最悪第一部隊から誤ってこちらに攻撃が飛んできそうである。
「だったら、少しくらいリスクを冒してでも相手の陣形を崩すしかない、か」
「じゃあ……!」
「いきなりだが、切り札の一つを使わせてもらおう」
と言ってもそれは他人の力だが。それが自分の実力で行えたなら、もっと箔がつくというのに。
なんて思いながら、智也はどこか期待するような眼差しを向けてくる清涼に首肯して、第二部隊――東ゲートの入り口で待機している人員の内、ミステリアスな少年へと視線を飛ばした。
✱✱✱✱✱✱✱
「ククク……どうやら我らの最強の陣形に当惑しておるようだな。この、フォーメーション鉄壁の布陣を如何にして突破する? 紅き深影よ」
「しかし不知火君。このままでは僕たちも点を獲れないのでは? じゃんけんで負けたが故に戦術に関しては君に一任していたが、これでは……」
「何を言っておる、万事順調ではないか。見よ、連中の困り果てた顔を! ハーハッハッハッハッ!」
未だ西ゲートの前で陣を敷いているCクラス。その密集方陣の中で一際目立つ長身の男がそう眉尻を下げるが、黒紅色の髪の少女は事も無げに高らかに笑っていた。
「不知火さん、ちゃんとルール把握してるのかな?」
「やっぱり五十嵐くんに全部任せた方がよかったんじゃ……」
「ちょっと貴方達、私の桃ちゃんが信用ならないっていうの!?」
と、後ろの方でひそひそと話していた女生徒二人に柑子色の髪の少女が目を光らせて、二人は怯えたようにぶんぶんと首を振る。それに勢いよく鼻を鳴らしてから同じ蒼い瞳を持つ件の人物に顔を向け、
「全く。言われなくたってルールくらい分かってるわよね、桃ちゃん」
「如何にも。概して言えば籠城戦であろう?」
「えーっと、桃ちゃん?」
「そう案ずるでない葵ちゃん。いくら難敵であろうと、我らの城は容易に落とせまい!」
「桃ちゃん!」
案の定、ルールを履き違えていた不知火に長身の男が額に手を当て、周りの生徒もみな落胆している様子。
そうして柑子色の髪の少女――白が不知火との齟齬を埋めようと声をあげたとき、左右から一つずつ魔法が飛来した。
「「Espoir15【水膜】」」
「ふむ、属性の弱点を突いてきたか。だが、その程度では鉄壁の布陣は崩れぬ」
「し、不知火さん! なんかこっちの魔法だけ止まってるんだけど……」
一人の女生徒が狼狽えながら指差す先、水の膜に触れる寸前のところで半月型の魔法が停止していた。
それを見やった不知火の、蒼い瞳が大きく見開かれる。
「な……時間魔法、だと……?」
「そんな魔法存在するの!?」
「だとしても、僕たちは動けるようだけれど……」
「おそらく指定した空間のみの時間を止めている――いや、極度に鈍化させているのかもしれん。……見よ、わずかだが揺れている」
顎に手をやりながらそう説いてみせる不知火に、動揺を禁じ得なかった白や五十嵐――そして周りの生徒が得心したような声を漏らす。
「でも桃ちゃん、なんのために?」
「決まっておろう。我らが防御魔法を解くその刹那を狙っておるのだ!」
「だけど、あんまり長くは維持できないよ!」
その推察を聞いて、防衛の役を担っていた女生徒の一人が苦鳴をあげた。
同じ難易度で主流となっている防御魔法がもう一種あるが、一度生成すれば破壊されるか自然消滅するまで残り続けるそれと異なり、自分の意思で瞬時にオンとオフを切り替えられる水属性のそれは、反面で長く維持するほど多量の魔力を消耗することになる。
加えて、広範囲に拡大すればするほど脆くなる特性上、さらにそれを補うためにも魔力は必要で、
「だったら迎撃すればいいじゃん。Reve11――」
「待つのだ!」
その制止の声は間に合わず、水の膜が消失するのと入れ替わりに、最前列の男子生徒の手のひらから火球が放たれた。
どういう原理でか中途で停止していた半月型のソレは、しかし容易く打ち抜かれ、火球もろとも霧散して消えていく――。
「馬鹿者、何故勝手な行動をした!」
「え……だって、あのままじゃ宮本さんの魔力が……」
男子生徒がそう弁解しようとしたとき、先ほどと同様に三種類の魔法がC組を襲う。ただしその狙いは一点に集中しており、咄嗟に水の膜が展開されるが防ぎ切れず。
煌やかな粒子となって膜が消える中、正確な射撃によって撃ち抜かれた男子生徒は、苦鳴を漏らしながら膝から崩れ落ちた。
「亮くん!」
「やはり罠だったか……」
「どういうこと……?」
「つまり、補助魔法十五番の特性の裏をかき、こちらの行動を誘起させた……ということだろうね」
苦虫を噛み潰した顔になる不知火に女生徒が疑問をぶつけ、先の不可思議な魔法の意図を分析した五十嵐が、そう代弁する。
いかにして相手に情報を与えず戦うか――そこに重きを置いていたチームとしては、今の一幕は致命的であろう。なにせ陣を取っているのだ、一人でも役職があらわになればそこからなし崩し的に露見してしまうおそれがある。
そうして自分の犯したミスに気付いた男子生徒が申し訳なさそうに謝罪して、
「すみません……」
「大丈夫だ。君の死を無駄にはしない!」
「あの、不知火さん……? まぁいいや、あとお願いします」
自分の世界に入り込んでいる不知火に苦笑して、最初の脱落者となった男子生徒は西ゲートを通り二階の観客席へ。
「不知火くん、このままでは……」
「分かっておる。おそらく奴等には、もう既に何人かの仮面が見破られておるはずだ」
「まさか。さすがに今のだけじゃ無理でしょ」
「あちらには、それを可能とせん知恵者が存在すると言ったら?」
その発言に高を括っていた女生徒が目を丸くさせ、それとなく察していたであろう五十嵐は催促するかのような目を向けている。
それを受け、不知火はしばし額に手をやってから、その手を横へと薙ぎ払った。
「致し方ない。次の策を練られる前にこちらから打って出ようではないか」
「でも、そうしたら当初の作戦から逸れちゃうんじゃないの?」
「なに、事を構えるのは我一人で充分である。我の究極魔法を以て、すべて灰と化してくれる!」
「なーんだ。ちゃんと理解してるじゃん桃ちゃん」
「当然であろう。攻撃は最大の防御なのだ!」
パっと表情を明るくさせた白にしかし、やはりどこか一人だけ勘違いをしている不知火。それに再び落胆しつつ、場が好転するならと周りの者は見過ごすことに。
「――第二陣形、鶴翼の布陣の準備を!」
その指示に、予め説明のあった配置に移らんとしてぞろぞろと人の波が揺れ動く。
それらの最奥にて腕を組んで構える不知火は、己が翼のように広がるクラスメイトを一瞥。満悦の笑みを浮かべると正面を見やり、声高に詠唱を始めた。
「白光、それは迸る熱誠なり。気炎、それは炸発せし心火なり。灼灼・炯炯。我が手に満ちる魂喰らいて、その威光をここに示せ!【絶対的な力の奔流】!」
途端、眩い光が煌めいて――右手を媒体に内から外へと膨大な魔力が顕現する。
力の権化たるソレは激流の如く解き放たれると、蒼白い光を伴いながら驀進し、行く手を阻む岩壁も呆気に取られる生徒さえも容赦なく穿ち、立ちはだかる何もかもを焼き払った。
一瞬の猛攻。
粒子となって霧散する魔力が星屑の如く輝いて。
蒼白い光に蹂躙されたそこには、焼け焦げた地面と穿たれて孔の空いた岩壁――さらにその奥で、気絶して横たわる三人の生徒の姿があった。




