第七話 「魔力属性検査」
「全員集まったかー?」
点呼をとる担任の気の抜けた声を聞きながら、智也は周囲を見回していた。
どうやら離れたところでも同じように生徒が集められているようで、その呼び声が遠巻きに聞こえてくる。
次いで、一組十五人という意外と少ないクラスメイトの顔ぶれを見て、元の世界ではあまり目にしない多種多様な髪の色にどことなく異世界味を感じた。
「まぁ多分揃ってるな」
同時に、教師らしからぬ発言をする男の頭髪を見やり、それと同じものが生徒にも散見されることから、自分の髪色が特別異端でないことも理解して。
「んじゃ、今から教室まで連れてくから……とりあえず場所を覚えてくれ」
リヴ魔法学園は元々城だったのを改築したそうで、敷地面積が相当広いようだ。
現に今使っている体育館と同じものがもう一カ所あり、闘技場や、更には魔法訓練室なるものも設備されているらしい。
だからこうして道案内しなきゃいけないんだと、目の前の男はそう語る。
一応担任らしいその人物に引率されながら、体育館から渡り廊下を歩いて数分。本校舎の一階に、新入生の教室が用意されていた。
「着いたぞ」
案内された場所には一年A組と書かれた室名札がぶら下がっている。
怠そうに手招きする担任の後を追って中に入ると、特に代わり映えのない、ごく普通の教室があった。
「とりあえず黒板に書いてある名前見て、自分の席に着いてくれ」
言われた通りそこに目を向ければ、十五人分の名前が座席通りに分かりやすく記されている。縦に三列、横に五列とあるが、智也の席は廊下側の一番後ろのようだ。
後ろの席といっても、そもそもの人数が少ないため、教室の半分は空きスペースになっているが。
しばらくして全員が着席したのを見計らうと、その人は手短に自己紹介を始めた。
「あ~まず初めに、入学おめでとう。俺がお前らの担任を勤めることになった……降魔恭吾だ。適当によろしく」
――それが、これから智也がお世話になる先生の名前だった。
頭を掻きながらだらしなく教壇に立つその姿は、とても教師には見えなかったが。
「さて、とりあえず今日の予定を説明しておくぞ。まずお前らにはこれから体育館に戻って『魔力測定』『属性検査』『魔武器生成』の三つを行ってもらう」
「えー、また戻るんスか?」
「それなら移動しなくてもよくない??」
二度手間もいいとこな効率の悪さに、批判の声がいくつか挙がる。
確かに、わざわざ教室に来た意味が見出せない。特に効率を気にする智也は誰よりも不満をこぼして――、
「魔力、属性、魔武器……」
小さくそう声を漏らす智也の顔は、嫌な顔一つしていなかった。
ゲームや漫画で疑似体験した世界に憧れるというのはよくある話で、無論、智也もその内の一人であった。
中でも魔法への憧れは人一倍強く、常日頃から妄想を膨らませていたほどだ。
それで目の前で繰り広げられる夢のような会話に、元の世界では絶対に味わえない希少な体験を前に、胸が踊らないわけがない。
そのときの智也の胸中には、未来への期待と希望しか存在しなかった。
✱✱✱✱✱✱✱
やる気の感じられない担任に連れられ、再び体育館に戻ったA組一同。
館内には正面入口から見て左右に二ヶ所、舞台側に一ヶ所とテーブルが置いてあり、それぞれに教員が二名ずつ配備されている。
他にも舞台上などに数名見られるが、A組以外の生徒の姿は見当たらない。
「降魔先生。こちらの準備は整っていますので、いつでも」
「ん。じゃあお前からお前まで向こうで、お前らは舞台前んとこな。残りはあっち」
おかっぱ頭の女性の言葉を適当に受け、検査のためにと生徒を五人一組に組み分ける担任。
その雑過ぎる指示に困惑しながら、手渡された謎のカルテを手に持ち、訳も分からぬまま三手に分かれる。
そうして智也と他四人のクラスメイトは、まず魔力測定から始めることになったのだが――――、
「はい、貴方の魔力量はZランクですね」
始まって早々に、智也は先の女教師に厳しい現実を突きつけられた。
「すいません、そのZランクってなんですか?」
「六つに区分された中の、最低ってことです」
こちらが聞き終わる前に、女教師はそう即答した。
その余りにも冷たい態度が、その一言が、智也の心に突き刺さる。
一瞬停止していた脳を再稼働させ、智也は今一度女教師の説明を咀嚼する。
ゲームで言えば、魔法使いにとって魔力量というのは最も大事なステータスである。なにせ魔法使いを魔法使いたらしめるのが、力の源となる魔力あってこそだからだ。
その魔力量が最低クラスというのが、どれほど致命的かは考えるまでもない。
つまり今、この瞬間、智也には最弱のレッテルが張られたと言っても過言ではないのだ。
「でもまぁ、元々無縁だったしな」
魔力量が少ないからといって扱えない訳ではなかろう。無だったものが有になるだけでも、智也にとっては大きな変化であり、喜ばしいことなのだ。
そんな風にあっけらかんとしていた智也とは対象的に、周囲の視線は哀愁を帯びている。
その温度差に眉をひそめながら後ろの女生徒に席を譲り、控えに回ろうとしたところで、目鼻立ちの整った男子生徒に声を掛けられた。
「君、Zランクなんだって?」
「……まぁそうだけど」
「そう落ち込む必要もないさ。『魔臓』は、僕たちと共に成長するものだからね」
別に落ち込んではいないのだが、と同情の眼差しを向けてくる生徒に心の中で返して、
「魔力量とは、言わば生まれ持った一つの才能。秀でた者がいれば、その逆もまた然りだ。けれど、努力は時に才能を上回るともいう。研鑽あるのみだよ」
妙に癪に障る話し方を不快に感じていると、ちょうど当人の番が回って来たようだ。
そのまま一歩前に出たキザ男は、同じように魔力測定器のベルトを腕に巻かれていた。
まるで血圧測定のようだと改めて思いながら、智也は彼の検査結果を密かに待ちわびる。
測定を終えると測定機に数値が表示されるようで、それを見た教員が――目に見えてわかるほどに動転していた。
「これは……」
「君、名前は?」
「久世聖です」
「――そういうことか」
言いながら、久世がカルテを手渡す。
そこに記されているだろう名前と、本人とを見て、何かに気付いたように教員が顔を見合わせた。
状況が理解できず、腑に落ちない智也の傍らで、女教師が一呼吸挟んで結果を口にする。
「貴方の魔力量はAランクです」
「すげぇ、上から二番目じゃん!」
と、智也より先に測定を終えていた生徒の一人が、驚嘆の声をあげた。その発言から智也は六つのランクを予想して、
「Aランクで二番目ってことは、おそらく一番上はSか」
元の世界でもよくある手法から、そう分析する。
その後は既定の順番だろうが、何故か六番目がZとなっているらしい。
誰が決めたのかは知らないが、わざわざアルファベットの最後の文字を付ける辺り、悪意があるとしか思えなかった。
「やっぱり持ってるものが違うなぁ!」
「同じ新入生とは思えないよ~」
賞賛する生徒の後ろで、智也は一人白けた顔をする。
たかが英字一つ聞いただけに過ぎないが、既に才能の差を見せつけられているような気がして気に食わなかったのだ。それに加えて、
「例え膨大な魔力を持とうと、それを扱う技量が生熟れでは宝の持ち腐れさ」
「かっけー!」
謙虚な姿勢を崩さないまま、悠然と応対する久世に。
その着飾った物の言い方、あまつさえ整った顔立ちや、賞賛している他の生徒や教員たちまでに、智也は知らぬうちに苛立ちを覚えていた。
それは、紛れもない嫉妬心だった。
✱✱✱✱✱✱✱
魔力測定を終えた一行は、次いで属性検査に移っていた。
さっきまで属性検査を受けていたグループは魔武器生成へ、そこにいた者たちは魔力測定へとローテーション済みである。
「はい次、虎城海斗くんねー。じゃあここに手ぇ翳しな」
魔力測定の際と同順に並び、まずは虎城とやらが先陣を切る。
「こうですか?」
「あぁ。そのまま右手に意識集めてじっとしてな。――動いたら殺す」
「ひ、ひぃ……!」
「おい動くなっつってんだろ!」
と、担当者の口調の荒さに虎城の身が震える。
態は心を表すと言うように、炎そのもののような赤い髪が、先のおかっぱ頭の教員とは真反対な気性の荒さを表しているようだと智也は感じた。
――赤髪の教員に脅されながら虎城が水晶玉のようなものに手を翳すこと数秒。透明だった水晶が、緑色に変色し始める。
「おお!? なんだこれ!」
「『魔水晶』っつって、お前らの魔力に呼応して色が変わるんだ。つまり、こうして現れた色がお前の適性ってことだよ」
楽しそうにはしゃぐ虎城に「子供かよ」と心の中で突っ込むが、実際智也も彼と同じような眼をしている。
ともあれ、この属性検査で各々の適性を見極め、それを基に育成していくのが学園の方針なのだろう。
「お前の適性は風属性だな」
「おおー!」
声をあげて喜ぶ虎城に代わって、今度は智也が席に着く。
そこで初めて、赤髪の教員の横に例の優しい先生が座っていたことに気が付いた。
「あっ」
「……ども」
「頑張ってくださいね」
ほぼ同じタイミングで気付いた先生に、智也が小さく会釈する。
対して先生の方は優しい微笑みを返してくれて、小声で応援してくれた。
ただ手を翳すだけで終わる検査の何を頑張るのかは分からなかったが、その天然じみた発言に、またもや癒されていた。
「黒霧智也くんねー。はい、じゃあ手ぇ翳しな」
怖そうな方の教員が智也のカルテを受け取り、さっと目を通すと栗色の髪の先生に手渡した。
白衣姿と相まって、様になっているそのお姿を視界の端で見てから、智也は目の前の『魔水晶』に向き直り、手を翳した。
「個人的には、氷か雷みたいな格好いい属性が良いんだが」
なんて願いを込めながら待っていたが、『魔水晶』に変化は見られない。
何かが足りないのかと考えたが、虎城との違いも特に思い当たらず。不安げに優しい方の先生に視線を送れば、微笑を浮かべて応じてくれた。
その眼福を得て、深呼吸。今度は目を閉じて、更に集中力を高めての挑戦だ。
しかし、待てど暮らせど『魔水晶』に変化は訪れなかった。
「なんだ?」
「桐明先生……?」
不審げに、眉間に皺を寄せる教員の態度に智也の不安が煽られる。
いったい何が起きているというのか。属性検査で結果が出ないなんて、それではまるで――、
「黒霧智也くん、だっけか」
「……はい」
無色透明な『魔水晶』を桐明と呼ばれた赤髪の先生が一瞥して、次いでその紫色の瞳に智也が映される。
きっと今の自分は酷く情けない顔をしているのだろうと感じていながら、返されるその答えを頭のどこかで理解していながら、しかし現実を受け入れられず、ありもしない可能性に縋ることしかできなかった。
「――君の属性は、おそらく無属性だ」
智也は、ショックを隠せなかった。
不本意ながらも異世界に転移することによって、いつしか憧れていたような世界にやってきたのだ。
せっかく訪れたチャンスだったのに、少しくらい夢を見ることもできないのかと、落胆する。
「無属性……」
検査結果を反芻しながら席を外れる智也。
まだこの世界においての無属性の扱いが判明したわけではないが、智也のゲーム知識では、大抵の場合が可もなく不可もなくといった中途半端な役割がお決まりだ。
極稀に特別扱いされるケースもあるが、周囲の反応を見ていれば、その可能性が万に一つもないと分かる。
加えて、先ほど智也の魔力量は最低ランクと判定されたところ。
ゲームで例えるなら、MPが少ないだけでなく、使える魔法すら弱いという雑魚キャラになる。
――そして、無属性の意味がもう一つ別に、智也の脳裏に浮かんでいる。
それは考えたくもなかった最悪の可能性だが、異世界人である智也には、むしろそっちの可能性の方が大いにあった。
つまり、無属性というのが文字通りに属性の無い――魔法の扱えない者を称する名だとすれば。
そう考えたところで、やけに前方が騒がしくなって智也の思考が途切れた。
「こいつは……!」
「すごい……」
二人の教員が驚きに顔を見合わせる。同じ動作でも、さっきとはその表情の意味がまるで違う。
この世界での知識がない智也でも、その異常にはすぐに気が付いた。
そこには、虎城たちに囲まれながら『魔水晶』に左手を翳す久世の姿があり、
「あいつ左利きなのかよ」
関係のないことに嫌悪感を抱きつつ、かぶりを振って素早く思考を切り替える。
周りをよく見れば、他の場所にいた教員までもが久世一人に注目していて、体育館全体がどよめいていた。
一体全体何が起きたのか、智也の位置からでは久世の顔は窺い知れない。少し横にずれて、周りに群がる生徒の間から、智也はソレを目の当たりにする。
周囲の視線が集まる『魔水晶』。それは、無色透明だった智也の時とは相反して、眩いほどに鮮やかな虹色の光を放っていた。
「なんだよ、それ」
その、いかにも激レア属性を引き当てたみたいな演出が、智也は腹立たしくて堪らない。
実際はその者の適性を表しているだけなので、それは作為も無作為もない浄玻璃の鏡なのだが。
「おめでとう、ちゃんと空属性だよ」
「――。ありがとうございます」
周囲から賞賛の声や羨望の眼差しを向けられる久世。
そもそも、そこまで大仰な反応をされる空属性とやらの価値が、智也にはイマイチ分からない。
「大空を自由に飛び回れますってか?」
皮肉を込めて鼻で笑う智也。
しかしすぐに、その凄さを痛感させられる。
「本当にすごいです! なんたって『魔水晶』を虹色に光らせたのは、未だかつて久世家のお二方だけですからね! しかもしかも、空属性は魔法の基礎となる『第五属性』すべてに適性が……」
「春香、興奮しすぎだ」
「あ……すみません、つい」
本当に珍しいのだろう。白衣の先生がこれ以上なく感銘を受けているのが、ひしひしと伝わってくる。
それが智也にはすごく意外で、悔しくて、逆の立場だったら良かったのにと、唇を噛み締めた。
「たった二人? 凄いね~久世くん!」
「空属性ってスゲー!」
「全然凄くなんてないよ。僕なんて、まだまだださ」
先生の説明に苦笑を浮かべ、虎城たちの絶賛の声にすらへりくだる始末。
自分より才能に富んだ者がその態度では、智也の立つ瀬などどこにもなかった。
「なんで俺は……」
この、絶対的な彼我の差は何なのか。
無性に腹立たしくて、憎たらしくて、腹の底で燃えたぎる嫉妬の炎は、しばらく消えてはくれなかった。
――結局、魔力測定も属性検査も智也の期待に全く添わない形となった。
魔力量最低のZランクに、不安の残る無属性。
こうなれば、残る魔武器に全てを賭けるしかない。
そう意を決して、白衣の先生に見送られながら、智也は最後のイベント――魔武器生成へと向かうのだった。