表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/118

第五十九話 「日が陰る。重い雲に覆われて」



「二試合目、七種麗華VS千林秋希」


 呼ばれた女生徒二人が、静かに顔を見交す。

 ロングとショート。それぞれ異なる長さに切り揃えられた髪のように、物静かな印象を受ける七種に対し千林の表情は真逆で、生き生きとしている。


「始めろ」


 そんな対照的な二人の戦いの火蓋が切られると、すかさず千林の方が先制攻撃を仕掛けた。


「Reve11【火弾】!」


「Espoir13【隔壁】」


 火球を放ちながら、バックステップで大きく距離を取る千林。

 対して七種は、冷静な対処でそれを塞き止めた。

 初級の防御魔法に【隔壁】や【水膜】といった簡素で扱いやすいものがある以上、火属性魔法で立ち回るのは、些か不利となる。

 それは、火と風と電属性に強力な攻撃魔法がある半面で、土と水属性には堅固な防御魔法が比較的多い傾向にあるからだ。


「やっぱこれじゃ駄目だよね」


 思案するようにそう呟いて、千林が次の行動に移る。

 相手から目を離さず、一定の距離を保ちながら歩く様は何かを警戒しているようで。しかし七種の方から動く気配は全くなく、千林の動きをじっと見つめていた。


「そっちが来ないなら!」


 慎重に運んでいた足取りが一足、強く踏み込まれて、七種を中心として円を描くように走り出した。

 強化魔法を用いていないため驚異的な速さはないが、それでも走り回る千林の手のひらから、次々と火球が飛ばされる。


「Reve11【火弾】、Reve11【火弾】、Reve11【火弾】!」


 右手を翳し、時折相手の位置を確認するのみで、それで正確な射撃が行われている。

 詠唱破棄なしでは攻撃の感覚も早くはないが、床に手を付ける必要のある魔法の対策としては、うまく考案された戦略であった。

 ――ただ、


「千林さん凄いけど、あれって体力の消耗もやばいよね」


「……だろうな。多少自信があったとしても、後には響きそうだ。それに」


「それに?」


 含みのある言い方を気にしてか、国枝の視線がこちらに向けられた。それを横目で確認した智也は、静かに目配せをする。

 ちょうどコート上では、初撃を躱した七種が身を守るように展開させた水の膜によって、迫る火球を二つ、三つと消火させていた。


「……っはぁ、はぁ」


「秋希ちゃん……」


 立ち止まり、肩で呼吸する千林。

 その様子を心配する声が、少し離れたところから聞こえてくる。


「七種? って、土属性が適性なのか?」


「うーん……知ってる?」


「自分も解らないっス」


 右を向くと、国枝が困ったように眉尻を下げる。

 その奥で七霧もまた首を横に振っており、知らないなら仕方がないと智也は諦めた。

 そんな智也の代わりに、もう一人側にいた者へと国枝が声をかけて、


「紫月さんは?」


 二人の視線が智也を飛び越え、その先に行く。その流れに釣られるように、智也も視線だけ左に向けた。


「ごめん、私もあんまり知らんくて……」


「そっかぁ。それで、七種さんがどうかしたの?」


「……別に大したことじゃなくて、単に千林が、なんでわざわざざリスクのある戦い方をしてるのか気になっただけだよ」


 結局、三人の中に七種と親しい者はいなかったが、それはさしたる問題ではない。

 七種の適性が土属性にせよ水属性にせよ、通らないと理解していながら同じ攻撃を仕掛ける千林の行動が不可解なのだ。

 せめて魔法の質を上げて守りを崩すくらいはしないと、無駄に気力と体力を消耗するだけである。

 或いは、それが不意を打つための仕掛けなのだろうか。智也には何か、他に要因がある気がして――、


「Reve11【火弾】!」


 と、考えたところで再び試合に動きが見られた。

 同じように火球を飛ばす千林に、それを防ぐ七種。

 結果、先ほどと変わらない光景に、千林がますます何を狙っているのか疑問が深まる。


 そもそも、七種の方も妙である。

 千林が息を整えていた間、あちらには全く動きが見られなかった。

 せっかくの好機をみすみす逃し、再び千林に攻め入る機会を与えたのだ。

 そんな七種が、智也の目には戦う意思がないように見えた。


「Reve11【火弾】」


 構えていた手を下ろさず再々同じ魔法を詠唱して、千林がまた地を蹴った。

 まるで同じ動作を繰り返す機械のように、七種も床に手を付けて、正面に迫る火球の対処に当たろうとする。

 しかしその側面に飛んだ千林が、右手に持っていた何かを投擲した。


 それは、走りながら詠唱していた風の刃だ。

 

「!」


 そこで、初めて七種の表情に変化が表れた。顔を強張らせ、迫る刃に戸惑いの表情を見せている。

 そしてそれまで冷静に対処していた七種の動きが、完全に鈍くなった。


 風の刃を壁で塞き止めれば火球は防げない。

 かと言って水の膜で全身を覆っても、刃の鋭さには貫かれてしまうだろう。

 角度をつけて放たれた二種類の魔法を避け切るには、今の七種の体勢からでは難しかった。


「Reve13【風牙】」


 そんな危機的状況の中で、我に返った七種が、同じように生成した刃物状のソレで飛来する刃を弾き落とした。

 そのとき、七種の瞳が酷く冷たい色をしているように見えて――。

 続け様に眼前の火球へと風の刃を投げ付けた。


 鋭い風が空を切り、火球に衝撃を与えて破裂させる。

 七種の身に触れる前に爆発した火球は、そのまま勢い良く燃え上がると、あろうことか七種の体を飲み込んだ。


「……ッ!?」


 魔法服の『結界』に触れ、燃え上がっていた爆炎が消えていく。

 開けた視界に映ったのは、目を剥いて驚く七種の表情と、今のを有効打と判断した先生の姿。


 散々弱い火球を見せ付けておいて、それを囮に風の刃での急襲が狙いと思われた。

 七種もその判断で対処を選んだはずだったが、真の狙いは『改良』した火球にあったわけか。


「そのために千林さんは何度も十一番を使ってたんだね」


「あぁ、印象付けだとは思うが……」


 ――どうして七種は、戦う意思がないのに攻撃を防ぐのか。


 たしかに全員が全員、智也のように選抜入りを狙っているわけではないだろう。

 中には七種のような人がいたっておかしくはない。しかし、やる気がないならさっさと負ければいい話だ。

 それなのに中途半端に戦おうとする七種が、智也には不思議でならなかった。


 或いは傷つくのが嫌だとか、そういう類の話だろうか。

 魔法による危害を打ち消すことはできても、痛みまでは完全には消せない。それを恐れているという可能性も、なくはない。


「でもなんか違う気がするんだよな……」


「Reve18【火蜂】!」


 と、攻め手を変えた千林が、両の手に具現化させた火の玉を放り投げる。

 広範囲に散りばめられた八つの玉から身を守るように、七種は水の膜で身を包み、触れた火の玉がことごとく霧散していく。


「まだまだ! Reve22【火爪ひづめ】」


 詠唱と同時に、両指の先端から赤い炎が噴出される。

 それはまるで指先が進化した有蹄類のように、長く伸びた炎が鋭利な爪を象っていた。

 少し違うのは鋭く尖った爪の形状と、その運用方法か。


 水を纏い、守りに徹する七種へと、千林が一足飛びに走っていく。

 そして振り上げた右の手で半透明の球体を切り裂いて、長く伸びた三本の爪が欠ける。

 同じように左の爪も振るわれるが膜を破るには至らず、千林の爪は元の綺麗な状態に戻ってしまった。


「Reve27【霧雨】」


 ――感情のない声で呟いて、七種が水球の中で腕を振った。


 水しぶきを立てるみたいに飛び散った魔力は、千林の頭上に飛んで、形を以て急降下する。

 突然の反撃に千林が目を見開いて、間一髪のところで後ろに飛び退いた。

 寸前までいた場所には、雨粒のようなものが音もなく降り注いでいた。


「あっぶな……」


 額に汗を滲ませながら、顔を引き攣らせたのが遠目に見えた。


 二十二番も二十七番も、智也には扱えなかった魔法だ。

 特に後者の魔法は想像以上に殲滅力があり、実際に目にしてみて、なお会得出来なかったことが悔やまれた。

 幸い対戦相手の藤間も、水属性の魔法とは縁がなさそうではあるが。


 そうして自分の手を見下ろして固まっていた七種が、赤紫色の瞳を千林へ向けると、電源が入った機械のように攻撃を始めた。


「Reve16【半月切り】」


 無機質な機械音のように、無感情に淡々と詠唱が成されて、生み出された斬撃が次々と千林の身を襲う。


 それを一つ一つ確実に躱していくが、見ていてかなり危なっかしい。

 壁を作るために床に手をつく暇などなく、代わりに水の膜を張ろうものなら、自ら逃げ場をなくして切り裂かれるだけ。属性の不利を覆すだけの魔法を用いるには、それ相応に時間を要してしまうのだ。


「Reve13【風牙】!」


 と、躱しきれなかった斬撃を千林が風の刃で受け止めた。

 しかし耐久力のない刃は簡単に砕け散り、衝撃に吹き飛ばれた華奢な体が壁に衝突する。


「う……」


「Reve12【水風船】」


 苦鳴を漏らしつつも起き上がろうとする千林の前に、大量の水泡が打ち上げられて。

 天を仰ぐように両手を伸ばしていた七種の、その冷めた瞳が千林を捉えた。


「悪いやつは倒さないと」


「秋希ちゃん頑張れ~!」


 七種が何かを呟いたが、清涼の大きな声援に掻き消されて聞こえない。

 そして、先ほどと同じ言霊が唱えられ、再び千林の頭上に雨が降ろうとしていた。

 霧のような細かい雨が――いや、大量に浮かぶ水泡は、豪雨となって槍のようにその身を突き刺さすだろう。


「Reve27【霧雨】」


「Reve13【風牙】!」


 片膝をついて、決死の形相で具現化させた風の刃をぶん投げる。

 その勢いに気圧されたのか、投擲物を目にした七種が、ほんの僅かに怯んだように見えた。

 そしてそのまま具現化に失敗した七種の胸へと刃が突き刺さり、『魔法服』に弾かれて霧散する。


「千林秋希、一本。勝負あり」


 その場にへたり込み、安堵の表情を浮かべる千林。それを一瞥して、七種は無表情のまま二階の方に帰っていった。

 結果的に見れば前者のストレート勝ちではあったが、判断力や集中力の乱れなど、ほんの僅かな要因が二人の勝敗を分けることとなった。


「すごい迫力ある戦いだったね」


「最後どっちが勝つか分かんなかったっス!」


「だね、いい試合だったよ」


 国枝と七霧は、個人戦を見るのがこれで初めてとなる。それで楽しそうに語り合う二人の姿に、智也は密かに癒しを貰っていた。

 と、突然横から走ってきた清涼に「ごめ~ん、ちょっと後ろ通して~」と急き立てられ、三人が慌てて手すり側に身を寄せる。


 現状、体育館の二階に当たるギャラリーで観戦を行っているが、本来それを目的としていないため通路は狭く、智也たちはすれ違うたびに体を避ける必要があるのだ。


「清涼さん、次の試合っスもんね~」


「それもあるだろうけど、千林さんのことが心配だったんじゃないかな?」


「なるほど……さっきの黒霧さんみたいっスね!」


 手すりに凭れてコートの方をぼんやり眺めていた智也は、何となしに二人の会話を聞いていたが、聞き逃せない発言に我に返り、反射的に顔を上げた。

 真横で、国枝と七霧が悪戯に笑っている。


「うるせぇ」


 それだけ言って、智也は逃げるように視線を戻す。

 その態度に二人の笑みは更に深まり、反対側では紫月も口に手を当てて微笑んでいた。


「三試合目始めるぞー」


 そんな中、先生の呼び声がして。千林に見送られながら、清涼が中央に歩いていく。

 同じように向かい側から降りて来た栖戸を、東道が大きな旗を振り回して応援していた。


「あんなのどこから持って来たんだ……」


 隣に立つ雪宮の長い前髪が風に煽られ、東道が旗を振る度にその顔に布が覆い被さっている。

 それを嫌がるでもなく、微動だにせず構えている雪宮に智也が苦笑したところで、清涼と栖戸の二人が向かい合った。


「三試合目、栖戸心結VS清涼鈴風。――始め!」


 開始の合図で身構える両者。

 まずは相手の出方を見計らったのか、偶然にも二人の動きが重なった。


 一拍置いて、今度は二人同時に詠唱を唱える。


「Reve11【火弾】」


「Reve16【半月切り】」


 火球と斬撃が衝突し、爆煙を生んで霧散する。

 続けて、二発、三発と力比べするかのように魔法を撃ち合うが、それぞれ等しく塵となって消えてゆく。


「二人とも互角のいい勝負っスね」


「でも、相性で言えば十一番の方が有利だよね?」


「その相性を覆せるだけの魔力を、清涼が使ってるんだろう」


「あれ? じゃあなんで互角なんスか?」


 七霧が異変に気付いたように、ああして幾度も互角の撃ち合いになるということは普通ありえないのだ。

 魔法の『改良』というものが存在する以上、どちらかに天秤が傾きやすい仕組みになっている。

 それでもなお五分五分の勝負になっているのは、


「多分だけど、二人とも考え方が似てるんじゃないかな」


「どういうことっスか?」


「一度の魔法にどれだけの魔力を注ぐかっていうのは、当然その人によるよね。でもそれでいて互角になるのなら、お互いに同じくらいの魔力を消耗してるんだと思う」


 そうだよね、と確認するかのようにこちらを見つめる国枝に、智也は小さく顎を引いた。

 二人の性格か、或いは考え方や戦略が似ていたが為に起きた、偶然の産物だろう。


 その説明に膝を打った七霧が「なるほどっス~!」と感嘆の声をあげて、


「これじゃキリがないよ~」


「鈴ちゃん、ファイトだよー!」


 コート上では清涼が、嘆声を漏らしていた。

 そうして助けを求めるように視線を送る清涼に、どこからともなく千林の声援が飛んでくる。

 死角で見えないが、おそらく舞台裏の扉の前に立っているのだろう。


「栖戸っちー! 負けるなー!」


「な……鈴ちゃんも負けるなー!」


「栖戸っちー!」


「いけー鈴ちゃん!」


 と、ここぞとばかりに東道が張り合ってきて、コート上の二人よりも、応援席の方が白熱し始める。


「……よし」


 青藍の瞳が、ちらと先生の方を向いた。

 それから何か意気込むように呟いて、小さな体を屈めて床に手を付ける。

 清涼が気付いたときには、既に両脇を壁に固められていた。


「あれってもしかして」


「国枝さんの奴っスね!」


 さっきの試合を彷彿とさせる構えに、二人が驚いたように声を上げる。

 追い込まれた清涼は、どう動けばいいのか判断に困っているようだ。

 そのチャンスを逃すまいと小さな手を開いて、栖戸が言霊を唱える。


「Reve25【板挟み】!」


 乾いた音が体育館に響き、勢いよく叩き過ぎたのか、栖戸が痛そうに手を押さえていた。

 そして、清涼を挟み込まんと壁が動かない。


「え?」


「鈴ちゃん、チャンスだよ!」


「う、うん。Reve16【半月切り】!」


 どうやら栖戸の魔法は失敗したようで、拍子抜けしたような声を出す清涼。

 戸惑いながらも千林の言葉に後押しされて魔法を放つと、隙だらけの栖戸に直撃し、それが有効打となった。


「清涼鈴風、一本」


 判定を受けた栖戸が、胸部を抑えながら悲しそうな眼差しで先生の方を見やる。

 それから小さく息を吐くと、唇を結び、表情を引き締めて前を向いた。


「……あきらめない。まだまだこれからだからっ」


「――Reve11【火弾】」


 先ほどと同じように火球を具現化させると、清涼が半月型の斬撃で迎え撃つ。

 再び衝突した魔法が爆煙を生み、その中から栖戸の追撃が煙を裂いて飛来する。


 ――短い悲鳴が上がった。


 頭を抱えてしゃがみ込んだ清涼は、間一髪のところで斬撃を躱していた。

 しかし、それで栖戸の攻撃は終わらない。


「Reve11【火弾】!」


「れ……Reve16【半月切り】!」


 かれこれ五度目の撃ち合いになるが、それまでで一番質の高い魔法が放たれたことが、傍から見ていた智也にも分かった。

 勢いよく燃え盛る炎が生物のように揺らめいて、半月型のそれを飲み込む。

 そのまま清涼目掛けて一直線に飛ぶと、その身を焼き尽くさんと燃え広がった。


「Espoir15【水膜】! ――間に合った?」


 かなりの魔力を費やしたのだろう。清涼が咄嗟に張った防御魔法を、一瞬で蒸発させるほどの火力があった。

 しかし今のでは有効打と判定されないようで、栖戸は肩を落として――いや、澄んだ海のような瞳を見れば、まだ諦めていないと見てとれる。


「Reve12【水風船】」


「水属性……?」


 手のひらから生まれた水泡が、次々と宙に浮かんでいく。

 風属性に適正のある清涼に対しては、悪手だろうと国枝も思ったのだろう。

 その怪訝そうな表情を一瞥して、智也は再びコート上へと視線を戻す。


 水の膜が蒸発し、水蒸気に包まれていた姿があらわになると、清涼は身を屈めたまま固まっていた。


 追撃を警戒したのか、もしくはすぐに壁を立てられるように身構えていたのか。 

 開けた視界に浮かぶ多数の水泡を見て、驚いたように目を見張っている。


「Reve16【半月切り】!」


 栖戸が何を企んでいるのか智也たちにも分からないが、それを見た清涼はすぐさま対処に当たろうと動いた。

 もちろん、栖戸が黙ってそれを見ているわけもなく、


「Reve11――【火弾】!」


 その詠唱を聞いて、水泡を撃ち落としていた清涼が身構えた。

 よもやそちらに気を取られて、横から呆気なくやられるわけにはいくまい。

 しかしそんな清涼の警戒とは裏腹に、栖戸は具現化させた火球をあろうことか見当違いな方角へ向けて放っていた。


 明らかに困惑している清涼。その視線の先で、宙に浮いていた水泡が蒸発する。


「Reve18【火蜂】!」


 続けて八つの玉が四方八方に飛ばされて、そこら中で水の焼ける音がした。

 そうして清涼が動揺している間に、前もって準備しておいた水泡が全て水蒸気に姿を変え、あっという間に体育館は白い煙に包まれた。


「うわ、なにも見えない!」


「二人はどうなったっスか!?」


 智也も黒瞳を細めて階下を見やるが、僅かに影が動いたくらいしか分からなかった。


「――Reve14【土塊つちくれ】!」


 どこからともなく声が聞こえて、硬い何かが激突したような音が響く。

 やがて白い煙が晴れると、そこには床に横たわっている清涼の姿があった。


「栖戸心結、一本」


「やったぁ!」


 見事、有効打を取り返した栖戸が握り拳を作り、喜びに目をキラキラと輝かせる。

 その直後、千林が声を上げて駆け寄ろうとするが、それより先に先生が歩み寄り、起き上がろうとした清涼の背を支えていた。


「大丈夫か?」


「……はい、完全にやられちゃいました。私の惨敗です」


「――いいのか?」


「すみません」


 と、清涼が苦笑いを浮かべる。

 特に外傷もなく試合続行は可能と思われたが、それでも清涼は自ら敗北を認めたのだ。

 その時点で、栖戸の勝利が確定する。


 釈然としていない者もいたが、第三試合はこれにて閉幕となった。


「試合終了だ。勝者、栖戸心結」


 先生の宣告を受けると、すぐに千林が清涼の元へと駆け寄り、身を案じていた。

 何度も気遣う言葉が掛けられていたが、その都度「大丈夫だよ~」といって清涼は笑みを浮かべる。


 何故途中でやめたのか、智也には理解できなかった。

 まだ余力はあっただろうし、お互い有効打を取り合い、ここからが踏ん張りどころだったのにと。


 当然、戦い慣れしている者がいれば、逆にそういうのが苦手な人もいるだろう。

 もちろん智也だって慣れてなんていないけど、それでも頑張ろうと思いここまで努力してきたのだ。

 そんな智也にとって、降参宣言など以ての外だった。

 勝ちにこだわっている今の智也には、清涼の気持ちが分からなかったのだ。


 そして――試合に勝った栖戸は、寸前まで嬉しそうな顔をしていたのに、いつの間にかその表情を曇らせて俯いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ