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第五十五話 「実を結んだ者と、報われなかった者」



 昼食を終え、第一体育館へと集まった智也たちは、各々明日に向けての練習を再開していた。

 熱心に練習するクラスメイトの様子に、智也も自然と気合いが入る。


「さて、練習の続きだ。二十四番の魔法が使えるようになったことで、戦略の幅は大きく広がった。今からそれを活用させるための作戦を考えるわけだが、終わったらもう一度、念のために試し撃ちしておいた方がいい」


「わかりました」


「で、模擬戦の勝利条件は相手に二回有効打を当てることだが、さっきも言った通り、二十四番が使えるってだけじゃ水世には勝てない」


「はい」


 胡坐をかいて座る智也の正面。姿勢を正し、真剣な表情を浮かべる紫月の顔がある。


「仮に二十四番を決め手にするとしても、確実に有効打を取るためには、いくらか工夫を凝らす必要がある」


「やっぱそうやよね……」


「なるほどっス」


「特に相手は水世さんだからね~」


「おい、お前ら」


 紫月に戦略の立て方を教えていた最中、いつの間にかやってきていた国枝と七霧が、一緒になってそれを聞いていた。

 同じように正座したところで存在は認識していたが、話の途中で口を出してきたので注意すると、二人揃って悪戯な笑みを浮かべる。それに対し智也はやれやれと肩を落とし、紫月は楽しそうに微笑んだ。


「……有効打といっても、結局は相手に直撃さえすればどんな魔法でも等しく判定されるはずだ。ただ、闇雲に打ったって意味はないし、俺たちにそれをできる余裕もない。一つ一つの魔法に、意味を持たせるんだ」


「意味を持たせる……?」


「要するに、攻め手をいくつか用意すべきだってことだよ」


「あー、一つだけやと読まれやすいってことやよね!」


 膝を打つ紫月に智也は首肯を返し、「それと」と言葉を続ける。


「複数用意すると言えば、チーム戦で先生に指摘された反省点、覚えてるか?」


「えっと、攻守ともにワンパターンだと読まれやすいって言われたよ」


「なら、相手の攻撃を凌ぐ練習もした方がいいだろうな。実戦じゃ緊張して上手くできないこともあるだろう。普段から意識して練習しておけば、いざって時に咄嗟の判断に繋がるはずだ」


 それは智也がゲームをする上で念頭に置いていたことだったが、こと模擬戦においても言えることだと思って話にした。

 それに対し紫月が、青瞳を見開いて驚いたような表情を見せる。

 なにか変な発言をしただろうかと、智也は訝しげに眉を寄せるが、何故か左右からも同じような視線が向けられて、


「黒霧くん、なんか先生みたいだね」


「え、俺が?」


「私もいま、先生と話しとる気分やった」


 憧れの対象を目指したり真似たりすることはあるだろうが、そこまで意識しているつもりは智也にはなかった。

 もしかしたら自分でも気付かない深いところで、その影響を受けているのかもしれない。


「いや、別に大した話はしてないし、先生ならもっと上手く説明してくれるだろ。なぁ、七霧。……七霧?」


「黒霧さん、活き活きしてたっス!」


 口をぽかんと開けて固まっているので二度呼び掛けると、問うた話とちぐはぐな返答が返ってきて、智也は反応に困らされる。

 しかし、七霧がこれでもないくらい満面の笑みを浮かべているので、それはそれでよしとしておこうと考えた。


「とりあえず話はこの辺にして、俺らも練習に移ろう」


「了解っス!」


「私は有効打を取るための攻め方を考えるのと、あと攻撃を凌ぐ練習……やよね」


「それなら紫月さん、おれと試合してみる? 実戦形式の方が守る練習にもなるだろうし、おれも練習したい魔法があるんだよね」


「じゃあ……お願いしよかな?」


 と、意外にも国枝の提案に乗る紫月。それだけ士気が上がっているということなのだろう。

 だが、ひとまずは作戦を考えるところからだと話して、二人で相談を始めている。


「国枝さん、何の練習するんスかね」


「いくら補助魔法を上手く扱えても、それだけじゃ有効打にはならないからな。――気になるなら、観戦してれば見られるんじゃないか?」


「そんなことしないっスよ。正々堂々戦ってこそ男じゃないっスか!」


 各々が模擬戦に向けての準備をしているが、場所を隔てていないため練習風景は丸見えである。

 故に、その気になれば対戦相手が練習している魔法を盗み見ることもできるし、逆に自分の練習内容も、相手に筒抜けとなる。

 そのことを加味した上で作戦を練り、競わせようとしているのが先生の狙いなのだろうか。


 とはいえ十五人が全員、相手の練習内容を盗み見て対策を練るようなタイプでもないだろう。

 智也も七霧がそうだと思っていたわけではなく、半分冗談で尋ねたつもりが、意外にも男らしい一面が覗けて驚いた。


「――男か、確かにそうだな。じゃあ余った男二人でどうするよ。七霧は練習したい魔法とかあるのか?」


「ん~、特にないっスね~ 自分は黒霧さんのお手伝いさんをするっス!」


「俺には使用人を雇う金なんてないぞ。ていうか、単に自主練に飽きただけだろ?」


「そうとも言うっス」


 無邪気に笑う七霧を見つめながら、智也は「手伝いか……」と独り言ちる。


 魔力操作のコツを聞いたときのように、話してみることで何かヒントが得られるかもしれない。

 あのときのように恥を感じることも今更ないわけで、せっかく頼れる仲間がいるのだ、一人で思い悩む必要もない。練習に充てられる時間も残り少ないわけだし――と言い訳付けたところで、智也は七霧に相談を持ち掛けることにした。


「いま十三番の練習をしてるんだけどさ、どうしてか上手くいかないんだよ。何かコツとか知ってたら教えてくれないか?」


「そういうことなら、この七霧コーチに任せてくださいっス!」


「コーチ……?」


 やけに気合が入っているようで、自信に満ちた溢れた表情で胸を叩く七霧。

 その笑みに一抹の不安を感じながら、七霧コーチとやらの指導は始まった。


「ではまず、『魔導書』を開いてほしいっス。……いや、開きなさい」


「はぁ」


「そこに書いてある説明を読んでほし……読むのです」


「説明ならもう何度も読んだぞ」


「私語は慎むのです!」


「えらく厳しいな……」


 完全に指導者になりきってしまっている七霧に苦笑しつつ、一応言われた通りに『魔導書』に目を落とす智也。


 ――攻撃魔法十三番、【風牙】。

 ――集めた魔力を小刀の形に模して、武器として扱う。

 ――重さが無い反面脆く、一度切れば刃は折れてしまう。尚、改良することで耐久度は上がる。

 ――牙を剥くが如く、刃を模した風が対象を切り裂く。


「らしいけど、あとは魔法式の説明とかイラストくらいしかないぞ」


「では実際に行いながら説明致しましょう。まずは手のひらに魔力を集めるのです」


 続けて、不安になりながらも、智也は指示に従って右手を伸ばした。


「次に、集めた魔力をシュッてして、シャキッとしたら、あとはパッてできるっスよ!」


「ははーん、なるほど。……すんません、コーチ交代で!」


「待ってください! 首にしないでほしいっス! お願いっス!」


 どうだ、これでやれるだろ。なんて言いたげな顔で見つめてくるが、まるで何を言っていたのか分からない。

 そうして国枝たちに助けを求めようとした智也の背に、七霧が飛びついてくる。


「わかった、わかったから一回離れろ!」


「嫌っス! 一生ついていくっス!」


「何の話だよ!」


「えーっと、何してるの……?」


 揉みくちゃになって床に倒れる二人を、駆けつけた国枝が変なものを見る目で見つめていた。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「――なるほどね、その説明はおれにも理解できないかな」


「だろ?」


「あー! また二人して自分をいじめるっス!」


 くっついていた七霧を剥がしたあと智也が一連の流れを説明すると、国枝は苦笑いを浮かべた。

 それで不機嫌になった七霧を国枝が宥めつつ、


「それで、何かヒントは得られたの?」


「いや、全く」


 その発言に、七霧が頬を膨らませて不貞腐れ、再び国枝が乾いた笑みを浮かべた。

 それから「十三番かぁ」といって腕を組むと、


「黒霧くんはさ、具現化させるときにどんなことを意識してる?」


「そうだな……魔法にも型があるって聞いたから、まずはそれかな」


「あ、それおれも聞いたよ。放出型と装備型ってやつだよね」


「あぁ。でも魔力を纏わせるのも、魔法のイメージも上手くできるつもりなんだが、どうも失敗するんだよな……。型が間違っているわけでもないと思うし」


「魔力操作も型も出来てて失敗するなら、あとは魔力が足りてないとしか考えられないよね……」


 国枝の口から、先生と同じ言葉が出てきて智也は目を見張った。

 偶然というよりは、他にそれしか要因が考えられないのだろう。智也としては問題視していなくとも、二人がこうして口を揃えるということは、明らかに何かがおかしいのである。


「あ、いや、深い意味はないんだけどさ」


 考え込んだ智也の様子に、気を遣ってくれたのだろうか。

 誤解を生まないように慌てて訂正する国枝に、智也は「大丈夫だ」と言って手で制した。


 午後の授業が始まってから、智也はまだ一度しか魔法を使っていない。

 朝練のときだってそうだった。確実に魔力に余裕があるはずなのに、どうしてか失敗しているのだ。


「でも、もし本当にそれが原因なら……」


 実は何らかの原因で魔力が減っていた。もしくは、復調できていたつもりだったのだろうか。

 そうなると色々と不都合が生じてくるが、体内に満ちる不可思議なエネルギーを感じ取って、智也はやはり首を振る。

 元の世界では『魔臓』の存在すら知り得なかったが、この世界に来て初めて魔力を用いて以来、智也はなんとなくだがそれを知覚できるようになったのだ。

 であればやはり――、


「これはおれの憶測なんだけどさ、ひょっとしたら集めた魔力が消えてたりしないかな?」


「消える……?」


 突拍子もないことを言いだした国枝に、智也の思考が止まる。


「魔力を集めて、纏わせてって段階ができてるのに、なんで失敗するのかなって考えたんだよね。十三番ってそんなに難しい形状でもないし。それで思ったんだけど、魔法って血液みたいに循環してる魔力を、一か所に集めて撃つわけでしょ?」


「あぁ……そうだな」


「例えば右手に集めたとしてさ。その魔力が詠唱に入る前に、体内へ循環していってるんじゃないかなって……」


「だから魔力が足らずに失敗していると?」


「……うん。あいや、なんか変なこと言ったよね。ややこしくしてごめ――」


 自分の右手を伸ばし、説明していた国枝の表情が、自身の欠如と共に徐々に曇っていく。

 伸ばされた右手も力なく下ろされ、しかし咄嗟に智也がその腕を掴んだ。


「――それだ! 根拠はないが、俺もそんな気がする。試してみる価値はあるよ、ありがとう!」


「そ……そう? へへ、なら良かったよ」


 黒瞳を煌めかせる智也を見て、曇っていた国枝の表情に陽が差し込んだ。

 たしかにそれならば、魔力があるのに魔力不足で失敗しているという矛盾に一応の説明がつく。


「っでも、今のやり方じゃ多分無理なんだよね? それか、魔力操作を常に維持しながら形状をイメージして、それで詠唱を……って難しいか……」


「仮にそれで成功しても、実戦じゃ使えなさそうだな」


「そうだよね……」


「いや、待てよ」


 と、やにわに腕を伸ばした智也に、国枝が目を丸くさせた。


「集めた魔力が具現化させる前に循環して消えてるんだよな。だったら……その流れをこっちで作ってやればいいんじゃないか?」


 伸ばした右腕のちょうど肘の部分に左手を添える。そうして腕を組むことで、常に右手には一定の魔力が留まるのではないかと智也は考えたのだ。

 右手に集めた魔力が体内に還ろうとして、それを組んだ左手から再び右手に寄せ集めるイメージ。


 そもそもどうしてそんな不具合が起きているのか不明瞭ではあるが、それでもこれで問題は解決できるのだと、そう信じて――、


「Reve13【風牙】……!」


 右手に纏わせていた魔力を、小刀の形に模して具現化させる。

 その確かな感触を手中に得ながら、智也は恐る恐る閉じていた目を開けて、そこに薄緑色をした風の刃を見た。


 その様子を横で見ていた国枝たちは智也が目を開けるのを待っていてくれたようで、首を向けると、歯を見せて微笑んでくれる。

 そしてずっと不貞腐れていた七霧も、少し離れたところで作戦を練っていた紫月も、こちらに気付くと喜色満面に笑ってくれた。


「できた……んだよな?」


 数えきれないほどの失敗を繰り返してきた魔法が、やっと、やっとの思いで目の前に顕現している。

 それは、途中で挫けたり諦めていたら、決して得ることのできなかった最高の愉悦。

 出来なかったからこそ、失敗を重ねたからこそ、成功したときの喜びは何倍にも膨れ上がっていた。

 嬉しさのあまり智也の顔には笑みがこぼれて、同じく笑みを浮かべていた七霧が飛びついてくる。


「黒霧さーん! やったっスねー!!」


 両手を広げ、飛び掛かってきた七霧を間一髪のところで避ける智也。

 対象を見失った七霧は、そのまま床へとダイブして大の字になっていた。


「なんで避けるんスか……」


「悪い、俺の本能が学習したらしい」


「そんなことより、黒霧くんおめでとう! やったね!」


「あぁ、国枝のおかげだよ。ありがとう」


 顔を赤くした七霧が「そんなことより!?」と不満の声を上げて、


「自分は? 自分も黒霧さんのためになったっスよね!?」


「ん-、七霧コーチの指導は微妙だったな」


「解任かな?」


「あー酷いっスよー! 紫月さんも何か言ってやってくださいっス!」


 場を見ていただけの紫月に七霧がそう声をかけると、困ったように苦笑いを浮かべてから、智也に視線を向けてくる。


「智也くん、おめ――」


「ハッ、そんな雑魚魔法覚えたぐらいで大騒ぎとか、程度が知れるな」


 何か言おうとした紫月の言葉を遮って、黄土色の瞳をギラつかせた男が智也に向かって鼻を鳴らした。

 それから蔑むような眼差しで三人を順に見て、最後に気に入らない物を見るように、智也の顔を睨みつけてくる。


「……弱い奴ほど群がろうとする。随分と傷を舐め合ってくれる仲間が増えたもんだ」


「どうでもいいけど、お前は一匹狼でも気取ってるつもりか? 人を貶めることしかできないお前が、偉そうに語るなよ」


「弱い癖に、仲間の前だからって強がるなよ、Zランク」


「――だから、お前が仲間を語るなって言ってんだよ!」


「黒霧くん!?」


 滅多刺しにするかの如く鋭い視線を向けられようとも、どれだけ自分のことを蔑如されようとも、ずっとあしらうように他所を向いていた黒瞳が、藤間の顔を強く睨みつけた。

 意外だったのだろう。一瞬だけ藤間が怯んだ隙に智也の方から接近して、胸倉を掴みにかかる。

 国枝が慌てて止めようとしていたが、少し遅かった。


「あいつらはただ、困ってた俺に手を差し伸べてくれただけだ。思いやりの欠片もないお前には、到底理解できない感情だろうけどな。……それと、人の苦労を知りもしない癖に、知った口を聞くなよ」


「テメェの方こそ俺のことを知らねぇだろうが。ムキになりやがって、ダセェんだよ!」


 と、胸倉を掴んでいた手が緩み、智也は返す言葉を見失ってしまう。

 それは、藤間が物凄い剣幕で襟を掴み返してきたからではなく、彼の正論に納得してしまったからだ。

 とはいえそれは藤間にも言える話であって、理由は分からないが、日頃からやたらとムキになっているのはむしろ彼の方である。


「――お前には絶対負けない」


「気迫や気力だけじゃどうにもならねぇ。どんだけ努力したって越えられない壁があんだよ。……現実を教えてやる。せいぜい無駄な努力して足搔くんだな」


 弱まっていた拳に力を込めて、強い眼差しを向ける智也に藤間が見下げて言い放つ。

 そして襟を掴んでいた手で智也の体を突き飛ばし、腕を払うとポケットに手を入れて遠ざかっていく。

 よろめいた智也は国枝に支えられながらも、ずっとその背を睨み続けた。


「大丈夫?」


「悪い、ありがとう」


 肩越しに優しい声色を聞いて、自分の背を支えてくれたのが国枝だと理解する。

 そうして智也が礼を言って向き直ると、心配そうな表情を浮かべた国枝の顔――それと同じものが、奥にも二つ見えた。


「なんで藤間さんってあんなに突っかかってくるんスかね?」


「さぁな。アイツの考えてることなんか理解でき――」


 理解できない。そう口にしようとして、その言葉が途切れた。

 理解しようと、そう思ったことなどないのだから、できるわけがない。

 相手のことを知りもしないのに貶して、否定して、智也のしていることはまるで、藤間のそれと同じだった。


「とにかく、今は練習を重ねる他ない。明日の模擬戦で負かせれば、アイツも身を引くだろう」


 十三番の具現化には成功したのだ。あとは実戦で使えるうよう慣らすだけ。

 ――そう、あれだけ失敗しても、ちゃんと成功の道へと繋がったのだから。


「俺はちゃんと前に進めているはずだ……。これが無駄なんて、そんなわけがない」


 そう独り言ちた智也の黒瞳は、何かに揺れていた。


 それは、闘志を漲らせる熱い炎だったのか。

 或いは心を映し出した水面が、荒々しい風に吹かれて不安定に揺れる様だったのだろうか――。



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