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第四十一話 「接敵」



 ――大平原に魔物が現れるより少し前。



「ぶぇっくしょん! あー、冷えてきたな」


 中央広場のメインオブジェである噴水。その縁に腰かけたスーツ姿の男が、盛大にくしゃみをぶちまけていた。


 黒い頭を掻きながら気怠そうに灰の眼を細める。そんな男を興味深げな瞳で見つめる子供がいる。

 この街の住人だろうか。隣を歩く母親らしき人物に手を引かれながら、その子は空いた方の手を男に向けて指差した。


「ママー、変な人がいる!」


「こら! 失礼なこと言っちゃだめでしょ!」


 そう躾けながらも、母親の方も途方に暮れたリーマンを見るかのような目つきをしている。

 黄昏時に何をするでもなく、湧き出る噴水の音にただ耳を傾けているだけなのだから、さも当然か。 


「やれやれ……」


 ため息を一つ溢しながら重い腰を上げる。

 まさか本当にリストラに逢い、項垂れていたわけではあるまい。男は、ある者を待ち伏せていたのだ。


「しっかし現れねぇな。本当にあいつの情報は合ってんのか?」


 あいつとやらのことを思い馳せるかのように遠くを見つめてから、その灰の眼を中央広場に構える店の一つ――射的屋へと向けた。

 暇つぶしも兼ねてか、どうやら男は店にお邪魔することにしたようだ。

 

 中に入ると、強面の店主がカウンターで暇そうに葉巻をふかしていた。


「らっしゃい、お……」


「どうも、ご無沙汰してます」


「先生が来るなんて珍しいな。家庭訪問か?」


「いや……。休憩中で?」


 どうもこちらは顔見知りだったようで、男の顔を見た店主が驚いたような表情を浮かべている。


「あー、こう見えて営業中ですよ。生憎客の入りが悪くてね」


「……なるほど。少しやってみても?」


「少しと言わず、気が済むまで遊んでってくださいや」


 乾いた笑みを浮かべる店主に、男の表情は苦々しいものになる。

 ああして店の前で張っていたのだ、ここの事情を把握していないわけはない。それで店主の心情を慮れば、自然と口も苦くなるか。


「この、松竹梅福というのは?」


「そいつは射的の難易度よ。一番上の松クラスなんかは誰もクリアできないほど難しい、はずだったんだけどな……」


 説明しながら、店主の表情が次第に陰っていく。その侘しい空気を漂わせる表情があまりに痛ましく、灰の眼の男は憐れむように見つめてから、静かに目を伏せた。


「じゃあその、一番難しいのでお願いします」


「……金硬貨一枚でワンゲームだ」


 男がスーツのポケットから取り出した何かを指で弾くと、それを受け取った店主が手の中の硬貨を確認し、淡々とルール説明を始める。


「制限時間はなし。使用していいのは攻撃魔法の十一番のみ。弾数は十発で、その全てを光る的に中てることができりゃ、先生の勝ちですよ」


 一度のミスも許されない、それだけでも十分と言えるほどの難易度だ。加えて店主が指差す先――的場に設置されている標的は全部で二十枚もある。

 その中から代わる代わる光るものに狙いを定めるのは、容易ではないだろう。


「そこの台に上がったらスタートだ」


 的場の入口にある上がり台に男が足をかける。

 次の瞬間、目まぐるしい速度で二十枚の的が光を放ちだした。その速さは、複数枚が同時に光っているように見えるほど。


「連中はこれを的確に捌いたのか。しかしこの速さとなると……」


 例え魔法の軌道を操ることができたとしても、並大抵の動体視力ではそもそも光の動きを見極めることが困難だ。

 その点この男には、一線を画すほどの力が備わっている。絶え間なく点滅を繰り返す的を見つめて数秒、早くも穴に気付いたようだ。


 一見して不規則に光っているように見えても、数ヵ所だけ同じ動きをしている。

 よほど勘がいいか目が良くなければ気付くことのできないものだったが、灰の眼はそれを見逃さなかった。


「【火弾】」


「――詠唱破棄か」


 迷いなく放たれた火球が真っ直ぐ飛んでいき、二十枚の内の一つに着弾する。

 と、的の光が赤く変色した。どうやらそれを判定の基準としているようだ。


「さすが先生だ。だが次はどうだ?」


 いきなり外してゲーム終了。なんてことにはならなかったが、今のでほんの序の口だったということが目の前の光景から嫌でも察せられる。


「――光の動きが変わった」


 或いはさっきのままであったなら、男にも完全制覇は夢じゃなかったかもしれない。

 だが最高難度と誇る店主の自信は確かなもので、既に限界を超えていた難易度は、更に厳しさを増していた。

 先ほどまで点滅していた二十枚の的、その一切から光が失われたのである。


 光る的を射るというルールである以上、それではゲームとして成立しない。正確には数秒か、数十秒ごとに一瞬だけ点滅している。

 発光するタイミングは疎らで、点滅するのも一瞬だけ。おまけに光る箇所は相変わらずの無作為性だ。

 今度は先ほどのような穴もなく、もし仮に刹那の瞬間を見切れたとて、射場から的場まで魔法を飛ばすにも時間はかかる。

 端的に言って、クリア不可能なゲームであった。


「参ったなこりゃ」


「お、先生もさすがにギブアップか?」


「いや。不可能だと解かっても最後までやりますよ。なんせ率先垂範することが……俺の仕事なんで」


 口の端を吊り上げ、男は不敵に笑ってみせた。


「火弾――」


 両の手から溢れる魔力が炎を纏い、火の粉を散らしながら揺らめいて、次第にその形を変えていく。


「【月兎つきうさぎ】」


 言霊に応じて、球体に収まった高密度の魔力が、赤く煌めきながら射出される。

 その凄まじい速度に度肝を抜かれたのか、店主が目を見開いてカウンターに身を乗り出す――その横で、店の扉が開く音がした。


「久しぶりだよなぁ、マスター。元気してた?」


「な……テメェ、また来やがったのか!」


「お客様に対してその言い草は酷いよなぁ」


 店の出入り口に立つその者はフード付きのローブを身に纏っており、頭から足先まで黒に包まれていて一切肌が見えない。

 そんな黒一辺倒の限られた情報から判断できるのは、やや低めの声と、そう高く無い背丈から成年に満たない子供だろうという予測くらいか。


「ウチの金全部持っていって、まだ満足してねぇってのか!」


「さも俺が悪いことをしたかのような口振りだよなぁ。あくまでお宅のルールに従って楽しく遊んだだけだってのに。それともなにか? 俺が狡い手でも使ったと思ってるのかねぇ」


 テーブルを叩いて怒りをあらわにする店主に、その者はローブの袖を持ち上げて「心外だ」と言わんばかりに肩を竦める。


「年食った街の老いぼれ相手に、前人未到とか言って高括って、バカみたいな倍率かけてたお宅の責任なんだよなぁ」


「ぐ……」


「商売が下手なんだよ。それで俺に八つ当たりされてもねぇ? なんなら俺が、やり方を教えてやろうか? ハハハ」


「とにかく、お前は出禁だ! 二度とウチの店に来ないでくれ」


 フードを深く被っているせいで顔は見えないが、明らかにその者の表情が変わった気配が感じられた。

 舌打ちを飛ばし、小さく何かを唱えたその者の右手に、火球が具現化する。


「……それじゃ困るんだよなぁ。どうせしょっぱくしてるんだろ? ちょっとくらい遊ばせてくれよ、マスター」


「だめだ。これ以上妻と娘に迷惑をかけるわけにはいかん」


 例え脅されようと、断固として首を縦に振らない態度に腹を立て、ローブの者はあろうことか右手の火球を店主に向けて撃ち放った。


 フードの中から一瞬、邪悪な笑みを覗かせて。

 その者から放たれた火球が、音もなく霧散する。


「――はい?」


 顔の前で腕を交差していた店主はもちろん、手を出した本人さえ何が起きたのか理解できていない模様。

 慌てて視線を巡らせているが、この場には二人しかいないはずなので、今のやり取りに介入できる者など居るわけがないと思ったことだろう。


 その混乱が収まらぬ間に、突然生まれた謎の突風に店の扉もろとも吹き飛ばされ、ローブの者は店外――中央広場の噴水へと激突した。


「がッ……く、そ……いったいなにが」


 背中を強打し、自慢の黒ローブもずぶ濡れとなる。

 そうして苦鳴を漏らしながらゆっくり身を起こしたローブの者の前に、スーツ姿にそぐわぬ覇気のない顔を浮かべた男が姿を現す。


「灰の眼……!」


「お前も連中の仲間か? 見かけない顔だが……新入りか」


「顔は見えてないだろうよ。そんなことより、いったいどこから現れたのか謎だよなぁクソ」


 鬱陶しげに水を振り払いながらフードの中から刺すような視線を向けるが、男は意に介していない。


「お前のことは奴等から聞いている。こんな厄介な奴と遭遇するなんて、ついてないよなぁ」


「お前らの目的はなんだ? なんのために金を集めている」


「奴等と一括りにするのはやめてほしいよなぁ。こっちはあくまで利用してるだけなんだからさ」


 どうやら同じ組織に身を置いていても、そこに仲間意識はないらしい。他の者がみな同じとは限らないが、そういう小さな溝があるだけで、付け入る隙にはなり得る。


「……このまま大人しく帰れば見逃してやる」


「見逃してやる、ね。大人ってのはどいつもこいつも偉そうにしやがる。俺たちはそんな安い手に引っ掛かるほど、もうガキじゃねぇんだよなぁ!」


 再び、十一番の詠唱と共に火球が具現化して、今度は男に向けて放たれる。

 男はそれを躱そうとしたが、背後には今しがた出てきたばかりの射的屋がある。それを庇うかのように踏みとどまると、咄嗟に詠唱破棄で同じものをぶつけて相殺した。


「――まずいよなぁ、街での魔法の使用は禁じられているはず。それなのに」


「余所者にしてはこの街のことを随分と把握しているようだな」


 爆炎の向こうから届いた煽るような物言いが、明らかに男の言葉に反応して途切れた。

 ともすれば、以前より街に潜んでいた可能性も考えられるのか。

 心情を探ろうと目を凝らすが、さすがにフードに隠れた表情までは読み取れない。


「残念だが『領主様』から許可は下りている。つっても、俺も子供相手に切っ先は向けたくない。大人しく諦めて帰ってくれ」


「お前なにか履き違えてないか? 場を制してるのは、俺の方なんだよなぁ」


 いまの爆発音を気にしてか、何人かの住人が家の外へと出てきてしまったようだ。

 中には初めから出歩いていた者もおり、中央広場を取り囲むようにして人だかりができている。

 黒ローブの者はそんな人々に指を向けて、声高らかに笑った。


「この街と、その住人全てが人質だ! お前はそれを守りながら、果たして満足に戦えるのか? 無理に決まってるよなぁ!」


 言霊を唱えながらローブの袖を振り払い、半月型の斬撃が飛来する。

 男はそれに素早い反応を見せ、またもや同じものをぶつけると、風切り音と共に二つの斬撃が消滅。

 近くにいた住人の悲鳴が上がり、それに気を良くしたローブの者が、標的を変えて関係のない人々を襲い始めた。


「さぁさぁ、どこまで防げるかなぁ!」


「ここは危険だ、早く避難を!」


 右へ左へ、楽しそうに笑いながら立て続けに魔法が飛ばされる。

 或いはそれが自分に向けて放たれた攻撃であったなら、彼はその全てを難なく躱して凌いでいただろう。だが、狙われているのは自分以外の周りのもの全てだ。

 いくら人並み外れた動体視力を持っていようと、我が身一つで守れるものには限度がある。


 住人への非難を呼びかけつつ、どうにかその者の攻撃に合わせてうまく対処しているが、後手に回っているため一瞬の遅れが致命傷となる。

 それもこれも、子供だからといって猶予を与えたせいだ。顔を合わせた時点で有無を言わさず捕縛するか、攻撃を加えられる鬼の心を持っていれば良かったのだが、


「ハハハ、本当に手出ししてこないなんてなぁ。それがお前の『弱点』ってわけか。癪だが、子供相手じゃ何もできないってことだもんなぁ、甘いよなぁッ!」


「Espoir20【円環】」


「がっ!?」


 戦闘中に長々と、流暢に話す様は隙だらけであった。

 攻撃の手が止んだ隙を見計らい、青い光の輪が腕ごとが胴体を縛り付けて、一瞬にして自由を奪い取る。

 ローブの者は身よじらせて足掻いているが、力技でどうにかできるほど縛魔法は緩くない。


「クソっ、手を出せないんじゃなかったのかよ!」

 

「お前なにか履き違えてないか? 俺は手出しできないなんて言った覚えはねぇぞ。勝手に勘違いして、高ぁ括ってたお前の負けだ。なんてな」


 男がわざとらしく真似たのが相当気に食わなかったのだろう。怒りから足掻く力が一層強まり、激しく暴れた勢いで被っていたフードが少しだけ浮いた。


 その中に見えたのは、この世の全てに憎悪を抱いているかのような、血走った煉瓦色の瞳だった。


「Reve33――【風切羽かざきりばね】!!」


 突として、その者の周囲に丸い鋸刃のようなものが具現化して、複数の高速回転する刃が、胴体を縛っていた光の輪を切断する。


「中級魔法まで……。お前、いったいどこで――」


「Reve16【半月切り】」


 言葉の途中で飛来した斬撃を男は火球で撃ち落とし、次なる斬撃が爆炎を裂いて急襲する。それに対し水の膜で身を包んで対処するが、全く同時に放たれていた三発目の斬撃が、避難の遅れていた住人を襲った。

 最初に会った、買い物帰りの親子だった。


「りんちゃん!!」


 母親の悲鳴と娘の喚き声が中央広場に響いて、すんでのところで割って入った男が、その身で斬撃を受けていた。



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