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第三十七話 「意外な共闘」



「ひぃ……ひぃ……わたしの足が、悲鳴をあげてる……」


「栖戸っち急いで!」


 後ろにいたはずの二人の声が、何故か前方から聞こえて――、


「智也くん! 後ろ!!」


 切羽詰まったその声に、智也は我に返る。

 弾かれたように後ろを向けば、すぐそこまで先生が追ってきていた。


「しまっ……」


 慌てて駆けだすが、既にトップスピードに乗った相手を振り切れるはずはなく。


「Espoir3」


「強歩ッ――!」


 足に集めた魔力で脚力を強化。踏み込んだ一歩が地面に跡を残し、智也の体が前にぶっ飛ぶ。

 その背を、真後ろまで迫っていた先生の右手が掠めた。


「……逃がしたか」


 咄嗟の判断でやり過ごしたものの、この魔法を制御できない智也は走り出したら最後、壁にぶつかるまで止まれない。

 先に逃げていた雪宮たちよりも早く、中央を突っ切って西ゲート付近へと全速前進。とはいえ壁にぶつかって倒れてしまえば、次こそ先生の手に捕まるだろう。


 そのとき、ふと嫌いな男の顔が智也の頭を過った。

 どうしてこんなときに奴の顔を思い出したのかは分からない。だがこの瞬間、智也は確実にその男からインスピレーションを受けていた。


 ――曲がれない……ならッ!


 衝突寸前、地を蹴って体を宙に放り出し、そのままぶつかる勢いで背を向けて着地。次に足場となった壁を蹴り、再び智也は走り出す。


 一度で成功できるとは思わなかったが、訪れるはずだった全身への衝撃はない。

 やがて強化された力が次第に抜けていく感覚を味わいながら、徐々に減速して最後に智也は立ち止まった。


「スゲー! 黒霧さんかっけーっス!」


「黒霧くん、成功したんだね!」


 西ゲートに逃げてきたということは、そこには既に捕まってしまった生徒が集まっていて、一連の流れを見ていた国枝と七霧が、智也にそう声をかけてくれた。

 地獄鬼が始まる前まで一緒にいたというのに、もう随分と長いあいだ顔を見ていないような、そんな錯覚を覚えつつ。


「俺……ちゃんと、できたのか?」


「完璧だったっス!」


 咄嗟のことで自分ではよく分からなかった智也。ただ頭に浮かんだ光景をなぞらえたら、こうなっていたのだ。

 温かい笑顔を向けてくれる二人に、智也は息を切らしながら握り拳を見せた。


「ちょっと。浮かれてるとこ悪いんだけど、まだ終わったわけじゃないのよ」


 と、近くにいた水世から忠告を受ける。


 たしかに根本的な問題が解決したわけではない。

 それに、智也の変わりにターゲットとなった四人が今もなお必死に逃げており、その内二人は自分の仲間なのだから、呑気に観戦組と駄弁っている場合でもない。

 ただ、少しくらい喜びを分かち合ったっていいじゃないかと不満にも思う。魔法を扱えるというだけで、智也には嬉しいことなのだから。


 とはいえ仲間のピンチに変わりはないし、何より例の魔法の攻略法が未だに思いつかない。

 ――同じ魔法を使って、今一度次元の違いを痛感させられた。自分もあれを極めたら、同じ域に達することができるのだろうか。

 なんて、思考が脱線しかける智也を、水世の薄水色の瞳が射抜く。 


「アンタ、なんか策とかないわけ?」


「え……俺?」


 唐突に、ぶっきらぼうな物言いで吐かれた言葉は、何故か智也に向けられていた。

 チームメイトじゃあるまいし、それ以前に水世とはまともな会話をしたこともないので、予想外の声に智也は困惑を隠せない。


「アンタに決まってるでしょ。他に誰がいるのよ」


 後ろには国枝や七霧、それに捕まった水世の仲間もいるし、そう遠くない距離には藤間と清涼だっているのだが、と智也は不満を募らせながら頭に手をやる。


「……悪いがあんなすごい魔法、対処のしようがない」


 お手上げだ。と肩を落としてため息を溢す智也に、水世は「はぁ?」と険を含んだ目で見つめてきて、


「なに言ってんのよ、アンタいま同じ魔法使ってたじゃない。――全く、考えるしか脳がないんだからしっかりしなさいよね。大体、アンタがあのとき勝てたのも私の判断ミスが原因だったわけで、今度やったらアンタなんか簡単に……」


 ――いま、物凄く重要なヒントがあった気がする。


 智也は勢いよく顔を上げ、早口で喋る水世の透き通るような白い肌を、刺すように見つめた。


「なによ」


「いま、なんて言った?」


「なに? 考えるしか能がないんだからしっかりしなさいって……」


「そこじゃなくて」


 訝しげな視線を向けられても智也は怯まない。もう少しで何かが掴めそうなのだ。


「なんなのよ……アンタも同じ魔法使ったんじゃないのかって言ったのよ!」


「――そうだ、それだ!」


 先入観に囚われて、こんな単純なことを見落としていた。

 どれだけ先生が凄かろうと、使用する魔法は一つを除いて智也たちと同じはずなのだ。


「つまり、さっきのあれも原理は同じ……」


 まるで瞬間移動をしたかのような速さに怯えていたが、やっていることは智也と同じ、強化した脚力で走っているだけ。

 ということは、あの瞬間移動の対策をしたければ、【強歩】の対策を講じればいいのである。


「ちょっと、一人で考えてないで私にも教えなさいよ」


 横合いから飛んでくる鋭い視線を感じつつ、先生と四人の状況を確認する。

 智也が駄弁っている間にかなり距離は縮まっており、最後尾の栖戸が、今にも捕まりそうな状態にあった。その栖戸の走りを東道と何故か雪宮が一丸となって助けているが、彼らもあとどれくらい持つかは分からない。

 そこから隣の不服そうな水世に視線を移し、

 

「それは協力してくれるってことなのか?」


「ふん、癪だけどいいわ。アンタの『作戦』ってやつを、私にも教えなさい」


 かなり上から目線だったが、それに腹を立てている余裕と時間はない。智也たちも、いつ捕まってもおかしくないくらいには鬼が接近しているのだ。


「とりあえず一度、ゆっくり話す時間が欲しい」


「そんなこと言って、呑気に話している間に捕まったらどうするのよ」


「そうならないために、協力してくれるんだろ?」


 少々狡い気もしたが、智也は水世の心情を利用させてもらった。

 開始早々に仲間を失った水世は、さすがに残りの時間を一人で逃げ切るには骨折りを強いられるはず。生き残るためには、どこか他のチームと手を組むのが妥当だ。


 中でも、現状で三人生存している智也たちAチームは狙い目である。

 おまけに、何故か智也の作意をやたらと知りたがっていたので、その気持ちも逆手に取らせてもらった。水世の性格上、人を頼るというよりは、後者の目的で全てなのかもしれないが。

 とはいえ智也に悪意はなく、単に力のない者は得られるものは得ておきたいというだけの話である。


「はぁ……しょうがないわね」


 本当に不服なのだろう。じっと智也の顔を見つめたあと、わざとらしく大きなため息をついて、水世が臨戦態勢に入った。

 間もなくして、逃げてきた紫月と雪宮がこちらに追いつく。


「はぁ、はぁ、ともや……くん」


「……っ」


「悪い、咄嗟に使ったら制御できなくて、こんなとこまで来ていた」


 二人とも、思った以上に消耗が激しいようだ。

 元々そこまで体力に自信がなかったのかもしれないし、精神的に余裕がないと、本来の力さえ発揮できない。


「ゆっくりでいい、歩きながら距離を取ろう。あとは水世がなんとかしてくれる」


「……え? 水世……さん?」


 かなり他力本願な発言ではあるが、智也には智也の役割がある。そうやって足りないところを補い合うのが、チームというものなのだから。


 驚いた表情を浮かべる紫月が、今しがたすれ違った水世に振り返る。

 まさか智也と水世が手を組むなんて思わなかったのだろう。もちろん、智也自身もそうだ。


「あとでちゃんと教えなさいよ」


 まるでそう言いたげな顔でこちらを一瞥した水世の、その気迫に智也は思わず苦笑をこぼして、


「Reve12【水風船/四分五裂しぶんごれつ】」


「ちょっ、水世さん!?」


 白い手のひらに具現化した、既視感のある大きな水泡。もしや、先のめちゃくちゃな改造と同じものを用意していたというのか。

 さすがに水世は無尽蔵と呼べるほどの魔力を有していないはず。それでアレの真似事をするのは、いくらなんでも無茶がある。


 水世がそこまでのことをするとは思えないが――と、後ろで眺めていた智也のほうに、慌てて東道が避難してくる。

 まさか射線上にいた二人ごと狙い撃つわけではあるまいし。


「と、そう思いたいが……」


「巻き込まれたくなかったら早くどいて」


 一歩間違えれば本当に巻き込んでいたのかもしれない。

 それを知った東道と、少し遅れて栖戸が、恐怖の表情を浮かべながら水世の脇をすり抜けてきた。

 そして、両手で弾かれた特大の水泡が、その衝撃と風に揺られてふわふわと飛んでいく。


「――初速が遅い。あれじゃ簡単に避けられる」


 それどころか、さっきの二の舞になる可能性すらあった。

 それを危惧して、智也は雪宮を呼ぶ。


「悪いけど、ちょっと地面に手つけてほしい」


 ただ手をつけるだけ。その意図は理解せずとも、彼は頼んだ通りの構えをしてくれた。

 しかし、そんな智也の勝手な心配は杞憂に終わる。


 特大の水泡が、突然破裂したのだ。

 代わりに生まれた無数の小さな泡が、視界を埋め尽くさんと拡散する。


「おいおい、マジか」


 言いながら、これ以上にないほど大きく後ろへ飛ぶ先生。

 そこまで警戒心をあらわにしたのは、それが初めてだったかもしれない。


 一瞬にして飛び散った無数の泡が、標的を失いそのまま放物線を描いて落下する。

 さながら散弾群のようだと智也が恐れおののいたところで、追い打ちをかけるべく魔法を、水世が間髪入れずに繰り出した。


「【水風船/雨燕】」


「『改造魔法』の詠唱破棄……!?」


 立て続けに智也の心が揺さぶられる。

 詠唱破棄がどういうものなのか、まだ先生の口からは聞かされていない。それでも、誰彼構わず扱える技術でないことは確かである。


 通常の魔法ですら碌に扱えていない身からすれば、それを使いこなし、一段階上のレベルに至っているだけでも十分すごいことだ。

 そこからさらに踏み入った高度な技術――『改造魔法』の存在を、果たして同級生のどれくらいの割合が認知しているだろうか。

 扱えるものであれば、あの三人のように既に使用していてもおかしくはない。そうでないということは、智也と同じ段階である可能性が大きいだろう。


 一体、あの者たちは自分の何歩先を歩いているのかと、考えれば考えるほどに、負けたくないという気持ちが溢れてくる。

 拳を強く握りしめ、智也も応戦しようと腕を伸ばすが、自分のやるべきことを思い出してかぶりを振った。


「……さっきの、先生の魔法の対処法を考えた」


「え、ほんまに!?」


「あぁ。水世が気を引いてくれてる間に、その説明をする」


 両隣にいる二人に加えて、別チームの東道と栖戸も智也の言葉に耳を傾けていた。


「警戒は解かず、そのまま聞いてくれ」



 ✱✱✱✱✱✱✱



「【水風船/雨燕】」


 散弾の如く拡散した水泡を大きく後ろへ飛んで回避した男に、今度は一発の弾丸が撃ち込まれる。

 着地を狙った一撃だ。それも、速度に特化したこちらの改造は、元が同じ魔法だとは思えないほどの弾速がある。さすがの彼も、これは躱しきれない。


「――!」


 躱せはしなかった。だが、振るった右腕に何故か弾丸は失速し、そのまま中途で霧散して消えてしまう。


「いやー、危うく」


「まだよ」


 一息つこうとするも、文字通りの弾丸雨注の攻撃が男に休む暇を与えない。

 速射される魔法が、二発、三発と続けざまに襲いかかる。


 ――その弾丸の数々を、灰の眼が捉えた。


 身を捻り、屈み、後方転回することで全てを躱したのだ。

 もはや攻撃を当てることなど、いかなる手段を用いようとも不可能なのではないかと、そう思えてしまうほどの俊敏な身ごなし。

 仮にもし彼との立場が逆であったなら、午後の授業どころか一日かけても、智也たちは彼の人を捕まえることはできなかっただろう。そう考えると、幾分か気持ちも楽になるだろうか。


「はぁ……」


 そんな中、気落ちしたように水世がため息をついた。

 ここまでの猛攻を仕掛けても、掠りもしない男に驚きを越えて呆れたのだろうか。或いは、口約束などそっちのけで、本気で狙いにいった故の落胆とも読み取れる。


 水世が本当に智也に協力するつもりがあるのかどうかはさておき、一応は担った時間稼ぎという役割を、既に十分果たしている。

 これ以上無理に危険を冒す必要などないのだが、口からでた陰鬱な声とは裏腹に、開かれた薄水色の瞳には強い意思が秘められていた。


「Reve20【水鞠】」


 一呼吸おいて、静かに右手が伸ばされる。

 小さく言霊を唱え、手のひらから零れ落ちた魔力が形を成して具現化し、水世の眼前で鞠のように跳ね上がった。

 軸足を右から左へ瞬時に変え、勢いよく身を捻った水世がその鞠を思い切りぶっ飛ばす。


 灰の眼が、見開かれた。


 すぐさま回避行動を取ろうとするが、水世の手が早い。

 再び具現化した大きな水泡が、角度を変えて放たれる。

 その、通り雨のような緩急ある攻撃に、男は完全に後手に回っていた。制限をつけているとはいえ、ここまで押し切れるのはさすがである。


「あぶねっ!」


 浮遊する水泡に視線を向けたまま、蹴り飛ばされた水球を横に飛んで躱す。

 妙に不自然な動きだったのは、先の散弾群を警戒してのことか。

 だが、どうやらその水球は改造のされていない、ただの魔力の塊だったようで、


「それはただの目眩ましよ」


 その大きな水球をぶち抜いて、三発の弾丸が飛来した。

 頭を狙った一撃は上体を反らして紙一重で避けて、胴体に向けて放たれた一撃は、右足の踏み込みと同時に振るった右腕に、またもや無力化させられる。

 そしてその直後、青白い光の輪が男の胴体と腕を縛り付けた。


 男は反射的に左へ飛ぼうとしていたが、時間差で放たれた三発目の弾丸が、まさに真横を通り過ぎる。

 見事なまでの、先読みだった。


「Reve12【水風船/雨燕】」


 白雪のように美しい髪と、首に巻いた赤いマフラーが風に靡く。

 まるで水世の周囲だけが別の空間であるかのような、そんな錯覚を感じるほどの気迫があった。


 繰り出されたのは、先ほどから連発している弾丸のように速い水泡。

 一見してそれらと何の変哲もないような詠唱だったが、その実、段違いの速さで射出された魔法は灰の眼ですら捉えきれず、それまで一度たりとも被弾しなかった男の体が、ついに撃ち抜かれた。



 ✱✱✱✱✱✱✱



 ――魔法ってのは本来、魔法式を組んでおけば言霊だけで具現化ができる。

 言霊ことだまが発現のトリガー。故に『言霊魔法げんれいまほう』と呼ぶのだと、智也は先生から教わった。


 そこに想像力や魔力を加えることで、更に魔法の質を高めることが可能というのは『魔導書』にも記されており、知らずの内に授業で練習させられていたものだ。

 同じ魔法でも込められた魔力の量によって強弱が生まれる。それが、『改良魔法リバイスまほう』の大きな特徴。


 対して『改造魔法アレンジまほう』とは、既存の魔法式に改造を施したものの呼称であり、『言霊魔法』との違いはその一点らしい。

 では、改造かいぞうした魔法に改良かいりょうを加えたらどうなるのか。それは、ちょうど智也も気になっていたところだった。


 ――限界を超えた弾速は、並み外れた動体視力と反射神経をも凌駕し、発砲を認識したときには既に肉体を貫通していた。


「先生……!?」


 凄まじい速度で放たれた弾丸が、風穴を開けて背後の壁に着弾する。

 腹を穿たれた先生は、不敵な笑みを浮かべながら残像を残して消えていた。


「……いい魔法だ。改造の使い分けも上手い。何より、相手の呼吸がよく読めてるな」


 瞠目していた智也の視界に、消えた残像の隣であっけらかんとしている先生の姿がある。当然ながら、腹に風穴は空いていない。


 避けたのだ、あの限界を超えた速さを。皆目見当がつかないが、ただの足捌きだけで。


「いまのは確実に、俺が相手じゃなけりゃ決まってたろうな」


「それ、あまり嬉しくないです」


 同じく驚愕の色を浮かべていた水世の表情が、露骨に不満そうなものへと変わった。そうなるのも無理はないと思えるほどの、凄まじい猛攻であった。

 しかし一歩及ばずといったところで、水世が諦めたように嘆息し、それまで取っていた構えを緩やかに解く。

 そして、何故か先生の方も首に手を当てながらその場に腰を下ろして、


「俺も疲れた。一回休憩にしよう」


「とてもそんな風には見えませんけど」


「まぁあれだ、お前の狙いは俺の足止めなんだろ?」


 後方で座談を交わしていた智也たちを先生が顎でしゃくり、それに水世がなにか小言を呟きながら横目に見てくる。大方、「呑気に……」だとかそういった不満だろう。

 こちらはこちらで、隙を見せているようでちゃんと備えているのだが、と智也は苦笑する。


「……だったらなんですか」


「だったら、利害は一致するはずだ」


「そうやって油断させるつもりですか? いや……それ以前に、今の間に私を捕まえられたはず。舐めてるんですか? 屈辱です」


「おいおい、ちょっと待て。疲れてんのは本当だ。それに、今ごろ俺の対策が練られてるんだろ? だったらこっちも態勢を整えたい」


「信用できかねます」


「辛辣だな……」


 毒を孕んだ口調でまくし立てる水世に、先生が顔をひきつらせる。そのあとの必死の弁解も、氷のように凍てついた声色にもみ消されてしまった。

 そんな水世に先生はやれやれとため息を溢して、


「十五分。その間はお互いに干渉はナシだ。それでいいな?」


「…………はい」


 最後まで疑心を抱いていたような表情だったが、これで一応は智也との口約束を守ったことになる。

 それで水世も妥協したのか、不服そうにも承諾して、地獄鬼は一時休戦という流れになった。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「久世さん。さっきの瞬間移動みたいな魔法、見えた?」


「恥ずかしながら、僕の眼では捉えられなかったよ」


「久世さんでもか……」


 闘技場の西側とは別で、東ゲートの方で観戦していたBチーム。

 そこでも話題となっていたのは、一度に四人を捕縛した先の魔法についてだった。


 壁に背を預けて佇む久世に虎城がそう問いかけるが、ずば抜けた才能を持つ彼ですら反応出来なかったと聞いて、肩を落としている。

 そんな二人の前で胡坐をかいている銀髪の男が、いまの会話に鼻を鳴らした。


「どうやらお前らにも、あの動きは見えなかったようだな」


「カッコつけてるようで、自分も見えなかったんじゃん」


「うるせー! 俺はもうちょっとだったんだ!」


 座りながら地団太を踏む神童に、虎城が冷ややかな視線を送る。久世に関しては、視界にすら入れていない模様。


「お前ら元気だなー、鬼変わってやろうか?」


 と、気の抜けた声を発しながら歩いてきた先生が、「どっこいしょ」と言って三人の前に腰を下ろした。


 現状、捕まった生徒は七名で、生存者は八名となる。

 数字だけ見ればまだ半数は残っているが、中には紫月や栖戸など、既に体力の限界を迎えている生徒もいる。それを加味すると、決して逃げる側が有利な状況とは言い切れないだろう。

 とはいえ疲労に関して言えば、彼は生徒以上に消耗しているはずなのだが。


「もう終わったんすか?」


「十五分だけ休憩だ。俺も疲れたから一休みする」


 虎城の問いに伸びをしながら応じる先生を、瑠璃色の瞳がじっと見つめる。どこまで本気なのか分からず、見定めようとしている目つきだ。

 彼があとどれほど余力を残しているのか。十五分の休憩でそれがどこまで回復するのか。残る切り札は、あと一枚だけ――。


「時間を。与えていいんですか? 彼らの消耗は少なくないはず。狙うなら今が好機なのでは?」


「これが授業じゃなかったらそうすべきだろうな。だが俺は、鬼である以前に教師だ。生徒には……考える時間もやらなきゃいけない」


「――――」


「お前ならどうする、久世。――あいつらをどうやって捕まえる?」


 間を置いた質問に、「なにを……」と声を漏らした久世が、続く言葉を受けて黙り込んだ。

 腰に当てていた手を顎に持っていき、しばらく考え込んだあと、その瑠璃色の瞳にだらしなく座る男を映して、


「仮に、僕が貴方の力を遺憾なく発揮できるのであれば――最後の切り札は、もう一度あの魔法にあてがうでしょうね」


「お前がそう考えるってこたぁ、あいつらもそれを警戒してくる可能性は高いだろうな。そんで……その対処法は既に黒霧辺りが考えついているはずだ」


「ばかな……僕には捉えることもできなかったというのに、彼はそれを成し得たと!?」


「先入観にとらわれるな。あれはただの強化魔法に過ぎん」


 あんなもの見切れるはずがない。と珍しく後ろ向きな発言をする久世を先生が戒めて、与えられた助言に久世が静かに瞠目した。


「――なるほどそういうことですか。僕としたことが、盲点だった……」


 答えに導かれた久世の悔しそうな表情に、先生が薄い笑みを浮かべる。

 それから、遠くで座談の続きを行う五人の姿をその灰の眼に映し、小さく不敵に笑った。


「さて、どんな答えを出してくるのか見ものだな」



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