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第三十五話 「地獄鬼」



「ここが今から使う場所であり……今度戦うことになるお前らの晴れ舞台だ」


 先生に導かれてやってきたその場所は、いつものような天井のある空間ではなく、風の匂いや音を感じ取れる広々とした場所だった。

 見渡せば全周を取り囲む三メートほどの壁があり、その上に客席が並んでいる。ざっと、数万人は収容できるだろうか。


「広いな……」


「スゲー! ここが闘技場っスか!」


「観客席もすごく多いね」


 皆、闘技場という見慣れない場所に気持ちが昂っているようだ。

 そんな生徒の様子に口の端を吊り上げながら、やにわに先生が準備運動を始める。


「もしかして先生も参加する感じ??」


「あぁ。一概にチーム戦つっても、今回やるのは『地獄鬼』だからな」


「「じごくおにぃ~?」」


 地獄と鬼。妙に物騒なネーミングだ。

 鬼と聞いて智也の頭に浮かんだのは鬼遊びについてだったが、わざわざ授業で子供の遊びをやるものだろうか。


「まさかな……」


「ルールは簡単だ。鬼である俺から逃げ続ける……ただそれだけだ。捕まった者はその時点で脱落とみなし、授業が終わるまで観戦してもらうぞ。あーそれと、制限時間は九十分だ」


「九十分!? そんなの無理じゃん」


「一度捕まったら終わりってことだよね……」


 まさか本当にやるとは思わず、それも案の定鬼畜仕様で喜べない。

 あまり口に出して言うもんじゃないなと思いながら、智也は苦笑いを浮かべた。


 さすがに体力に自信がある者でも、九十分という長い時間を逃げ回るのは不可能だろう。隣では国枝が、早くも自信喪失してしまっている。


「まぁ落ち着け。そういうと思ったからハンデを考えてきた」


「ハンデって言われてもね~、俺たちだけ魔法の使用許可あり~とかじゃないと無理でしょ」


「あぁ、そのつもりだぞ」


「え……マジすか?」


 虎城も冗談のつもりで言ったのだろうが、先生の意想外な返答にはみんな衝撃を受けていた。

 魔法の使用が可能ということは、追いかけてくる鬼に対しての妨害ができるということだ。それだけでもかなり難易度が下がったように思えたが、先生はさらにハンデを与えてくれるらしい。


「――いまから俺は、三回しか魔法を使わない。加えて、お前らは一発でも俺に魔法を当てることができれば……その時点でチーム三人の勝ち抜けを許す」


「ということは……九十分逃げ回る必要はないってこと?」


「当てられればな。とはいえ、今回は先生も体力を消耗するだろうし、チャンスはあると思う」


 勝利条件が増えるということは、単純に勝ち筋が広がるということだ。

 変に前回の的当てのルールを組み込んだようだが、あのときとは状況が違う。さしもの先生も、集中砲火を躱しながら逃げる生徒を追うことは不可能なはずだ。

 そのうえ、勝手に回数制限まで付け加えてくれた。その三回を凌ぐことさえできれば、あとはもう持久力勝負である。


 さっきまで自信喪失していた国枝も、さすがにここまでルールを緩和されれば希望が見えたようで。

 他の生徒も同様に、消えかけていた目の光が再び戻っていた。


「さすがに舐めすぎワロタ。そんな慢心プレイじゃ、俺は捕らえられないぜ。キラッ」


「それは置いとくとして、確かにちょっとイケる気してきたよね!」


「ちょっと置いとかないでもらっていいですか?」


「さすがに三回で十五人を捕まえるのは無理だし、こっちには久世さんがいるし!」


 格好を付けようとして見事に滑っている神童に冷めた視線を向けてから、智也は東道と虎城を順に見る。

 それから、「本当にそれでいいんですか?」という千林の問いが投げられて、


「なんなら、もっとハンデつけてやってもいいぞー。三回じゃなくて一回にするか?」


「うわーむかつく。絶対逃げ切ってやりますよ」


「秋希ちゃんがんばれ~!」


 そうして先生が意地悪な笑みを浮かべるので、千林に続いて他の生徒も気合を入れ始めた。

 智也も、吠え面をかかすとまではいかなくとも、一度は先生を出し抜きたいと思い握り拳を作る。


「んじゃ、最後にルールの再確認をするぞ。九十分の間、お前らには捕まらないよう逃げてもらう。んで、魔法の使用は初級に限って可能とし――、時間いっぱい逃げ切るか、俺に攻撃を当てたらその時点でチームごと勝ち抜けだ。俺は三回しか魔法を使わない……せいぜい頑張って逃げるこった」



 ✱✱✱✱✱✱✱



 地獄鬼のルール説明が成されたあと、例の如く作戦会議の時間が設けられたわけだが、智也は始まる前から悪戦苦闘していた。


「えーっと……よろしく」


「よろしくね!」


「……しく」


 ――そう、仲間の一人には苦手意識があり、もう一人は智也以上に無口で会話にならないのだ。


 雪宮は口を開いたとしても声が小さくて聞き取れず、紫月は先ほどから期待の眼差しを向けてじっと待っている。

 先の挨拶も、十数秒の沈黙の末に智也が絞り出して成立したものだ。設けられた時間は十分しかないというのに、こんなので大丈夫なのかと不安になる。

 とはいえこの場合、否でも応でも智也が場を仕切る他なさそうだ。


「あー、雪宮……って呼べばいいのか?」


 その問いかけに僅かに首が縦に動いたのを見て、智也は苦笑を浮かべた。


「雪宮はどんな属性が使えるんだ?」


「初級なら……だいたい使える……」


「まさか雪宮も無属性なのか!?」


 あまりにも予想外で、自分でも驚くほどに声を上げてしまった智也。

 同じ無属性でもその差は天と地ほど違うようだが、まずは身近に同属性がいたことを喜ぶべきだろう。もしかしたら、悩みの一つを解決できるヒントが得られるかもしれないのだから。

 黒瞳に驚きと微かな期待を宿す智也にしかし、雪宮はその首を今度は横に振る。


「少し……違う……」


「違う、のか?」


「……うん」


 正直言って落胆したが、致し方ないことだと思って智也は頭を切り替える。

 無属性としての話を伺えなくとも、同等のスペックを持つ雪宮の戦力は勿怪の幸いである。何しろこちらは、二人合わせても一人分に満たない魔力量しかないのだから。


「そやけど、五属性全部使えるなんて雪宮くん凄いんやね」


「……や……そ……」


 その、光を遮断してそうな長い前髪ですら紫月の笑顔は眩しいのか、雪宮の視線がどんどん下を向いていく。どうやら、異性とのコミュニケーションは特に苦手なようだ。


「まぁなんにせよ、頼りになるのは間違いない」


「……」


「それで智也くん、今回はどうするん? 私にできることってあるかな?」


「もちろん、最後まで逃げ切るには二人の力が必要不可欠だ」


「逃げ切るってことは、もう一つの勝利条件は狙わへんってことでいいんやんな?」


 そう尋ねてきた紫月の表情が、心なしか明るくなった気がした。

 いまにも身を乗り出してきそうな勢いを手で制しつつ、智也は一度瞑目する。


「まず、前回のチーム戦と異なる部分は、相手が先生一人だということ。一見して九十分逃げ回るのはしんどそうだが、裏を返せば先生も同じ時間を走り続けなくちゃいけないわけだ」


「うんうん」


「もし先生が化け物じゃないのなら、同時に二人を追うことは不可能だ」


 黒瞳を開いて、紫月と雪宮を交互に見る。その真剣な表情に、二人が静かに首肯した。


「つまり、九十分ぶっ通しで動かなけりゃいけないのは先生のほうであって、俺たちはどこかで休む機会があるはずだ」


「なるほど……確かに言われてみればそうやね」


「さっきの質問の答えだが、前に的当ての授業で痛い目にあってるよな。魔力を消耗すれば、それだけで逃げる足は重くなる。それでわざわざ当たらない的に無駄打ちするのは、ただ身を滅ぼすだけだと俺は思う」


「はー、そこまで考えとったんやね」


 感銘を受けたかのように青い瞳を輝かせる紫月に、まだ選択肢の話しかしていないのだが、と智也は苦笑する。とはいえ、感嘆の眼差しを向けられるのは存外悪くもなかった。

 一応雪宮の方も確認するが、相変わらず無言で座っているだけなので、智也はそのまま話を進めていくことに。


「でだ、俺たちが逃げ切るための鍵は、先生の魔法にある。――三回。それを凌ぐことができれば脅威はなくなる。さっき言った通り、うまく体力と魔力を温存させられればな」


「でもさ、先生も三回じゃさすがに三人くらいしか捕まえられへんよね?」


「――いや、そうとも言いきれない」


 一つだけ、一度に複数人を捕らえられる魔法がある。

 どうやら雪宮はそれに気付いていたようで、小さく「……【炎獄】」と呟いた。

 その声に紫月がハッとした表情になり、智也はそれに顎を引く。


「そっか……あでも、いま思ったんやけどさ、中級魔法とか上級魔法とか……そういうのを使われる可能性は?」


「たしかに先生が使用する魔法についての明言はされていない。けど、十中八九授業で見せたもの以外は使わないだろうな」


「そう、やよね。卑怯な手は使わんよね」


 納得する紫月に「あぁ」と小さく返し、作戦会議の様子を眺めている男に視線をやる。

 だらしなくて、やる気があるのかないのか分からない人だが、自分が師と仰ぐ人物は卑劣な男ではないと断言できる。

 いきなり見たことのない高難度の魔法で一網打尽にされても手の施しようがないし、それでは授業の意味がない。団結力を高めるのが目的であれば、なおのこと。


「でも、あんな凄い魔法どうすればええんやろ……いつ仕掛けてくるかも分からへんやろ?」


「相手の行動を予測し、その裏をかく。これは勝負の基本だ」


 まさに前回のチーム戦で智也たちがやっていたのがそれである。

 思い当たる節があったのか、紫月は目を見張っていた。


「相手の行動を予測――つまり自分が先生の立場ならどう動くかを考えれば、ある程度は絞れてくる。特に今回は『三回しか魔法を使えない』っていう大きすぎるハンデがあるからな。その限られた手札をいつ切るか、それは先生にとっても重要なポイントのはずだ」


 なにも持久力と足に自信があるなら、魔法の使用そのものを縛ってもいいはずだ。そうしなかったのはやはり、一人の行動範囲に限界があるから。

 そして三回という制限が、九十分を戦うのにいい塩梅だと考えたのだろう。そうすることで智也たちにその意図を考えさせ、いい具合に緊張感を与えている。


 たった三回。されど三回。その切り札をいつ切るのか、それは――、


「俺たちの警戒心が薄い、ゲーム開始直後が一番の狙い目だ」


「そっか! 三回しか使えへんのやったら、普通はもったいぶるもんね」


「……なるほど」


 紫月の言った通り、先生は本来至るであろう思考の、その裏をかいてくると智也は読んだ。

 ――だからその裏の裏を取りに行く。


「『地獄鬼』が始まる前に、なるべく周りに人がいないポジションを陣取るんだ。もちろん、俺たち三人も分散してな。そうすれば第一波は逃れられるはず」


「わかった。そのあとはどうしたらいい?」


 その質問に、智也は頭を悩ませた。未来予知でも出来ない限り、全てを読み切ることなど不可能だ。

 そのときの状況や場の展開によって対応は変えてくるだろうし、二度目の切り札がいつ切られるかまでは予測できない。ただ間違いなく言えるのは、


「最後の……三回目の魔法は、確実に残りの生徒を全員捕まえられるタイミングで狙ってくる」


「智也くん……」


 妙に真剣な眼差しを向けられ、智也は何事かと眉をひそめた。

 もしや先生が近くに来たのかと警戒を強めるが、遠くの方でEチームと会話している様子。安堵の息をつこうとして、紫月に両手を握られる。


「すっごいよ! なんでそんなに分かるん? 智也くん天才なん??」


「いや……別に大したことじゃないだろ」


「そんなことないよ。私は凄いと思う!」


「誰だって得手不得手はあるし、俺の予想が全て正しいとも限らない」


「だとしても、私は尊敬する!」


 掴まれた手をぶんぶんと振られ、助けを求めるように雪宮に視線を送るが、表情の見えない顔とただ向き合うだけに終わる。

 苦手な相手とはいえ、褒められて悪い気はしないが、あまりぐいぐい詰め寄られると鼻白んでしまう。そうして智也が困っていたところ、丁度いいタイミングで先生が声を上げた。


「お前らー、残り二分だぞー」


「まずい、時間がない。とにかく俺と紫月はできる限り魔力を節約するんだ。雪宮も、常に追われる訳じゃないから休めるタイミングで体力は温存しておいた方がいい」


「わかった!」


「……解」


 咄嗟に手を離し、少し早口になりながらそう説明する。

 それから智也は雪宮の顔をじっと見つめて、


「最後に、一つ頼みたいことがある」


「……」


 ルール説明のときからずっと考えていたものを雪宮に伝えると、彼は嫌な顔一つせず頷いてくれた。正確には、前髪で表情が見えないのでどんな顔をしているのかは分からないのだが。


 ともあれ、これで智也の考えていたことはおおかた話せたはずだ。

 ここまで一人でペラペラと喋ってきたわけだが、本当に二人はこれで良かったのだろうかと不意に心配になる。

 そうして急に黙り込んだのが気になったのか、紫月が顔を覗き込んできた。


「どうしたん?」


「いや、ここまで話しといてなんだが……二人はこんな作戦で良かったのか? もっといい案があったかもしれないし――」


 雪宮は自己主張の少ない大人しい性格だし、紫月も作戦に関しては智也に一任するような態度だった。

 そう勝手に判断したのだ。そして、頼まれてもいないのに場を仕切っていた。

 確かに、あのまま口を開かなければ無駄に時間が過ぎていった可能性は高いが、二人には二人なりの考えがあったのではないかと、今になって智也は不安になったのである。


 そんな不安を払拭してくれたのは――笑みを浮かべている紫月ではなく、シャイで無口な男の一言だった。


「……適任だと思った。これ以上ない……策だと僕は思う」


 まさか雪宮の口からそんな言葉が出てくるとは思わず、嬉しさのあまり、智也は目頭が熱くなった。


「智也くんっ、雪宮くんっ、頑張ろな!」


「あぁ……!」


 紫月が声を弾ませ、智也は握り拳を作り、雪宮は静かに頷いた。


 ――また新たなチームでの、戦いが始まる。



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