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第三十四話 「因縁の関係」



「うし、午前の授業は終いだ。全員手を止めろ」


 その覇気のない声を聞いて、十五人が手を止める。

 こういうとき素直に言うことを聞いている藤間が智也には意外なのだが、良からぬことを考えているとまたガンを飛ばされると思い、素知らぬ顔をした。


「今日は午後から闘技場で授業を行う。場所はちょうど第一(ここ)の奥だ」


「闘技場?」


「月末の対抗戦の開催場所だよ。言わば、お前らの晴れ舞台ってヤツだな」


「なんかそー言われると緊張する~」


「その慣らしのためでもある」


 どこからともなく上がった疑問の声に先生がそう説明して、陽気な女生徒――東道が苦笑いをする。

 クラス対抗戦は、元の世界でいうところの体育祭や文化祭といったイベントにあたるものだろう。そう考えると東道の発言にも頷ける。

 ただし、それは対抗戦に出場できる選抜メンバーに抜擢されたらの話だが。


「せんせー、闘技場でなにするんですか?」


「本当は軽く下見するつもりだったんだが……せっかくだ、またチーム戦でもやってもらおう」


「じゃ、じゃあ今度は久世さんと一緒でお願いしますよ!」


 不敵な笑みを浮かべる先生に、体育館がざわめいた。

 あたかも前回の編成に不満を抱いていたかのような虎城の発言に藤間が睨みを利かせ、その一方で東道が栖戸に向けてアイコンタクトを送っている。

 残念ながら、その意図は伝わってなさそうだが。


 そして智也たちはというと、


「体、大丈夫そう?」


「あぁ、もう平気だよ。でもさすがにびっくりしたぞ」


「へへへ。ところでまたやるみたいっスよ。同じチームだといいっスね!」


 少し離れたところで休憩していた智也に、二人が歩み寄ってくる。

 しつこいくらいに身を案じてくれる国枝と、智也を容赦なく叩きのめした七霧だ。

 その満面の笑みに苦笑を返しつつ、智也は灰の眼の男を視界に捉えた。


 ――いくらなんでも、間隔が短すぎないか?


 そんな疑問が、智也の胸中を占めている。


 新しい魔法もさきほど教わったばかりで、チーム戦に至っては連日のように行っている。 

 断じて先生の考えや方針に不満があるわけではないが、どうもそう思えてならないのだ。

 もちろん、そうすることで生徒の成長を促そうとしてくれているのであれば、智也は喜んで付き従うまでだが。


「また一緒だといいね~」


「そうだね」


「いや、同じチームはマジでやめてくださいよ」


 そんな両極端な意見が飛び交う中、「まぁ落ち着け。組み分けはもう考えてある」と先生が宥めて、


「飯に行く前に、早速だが今回のチームを発表しておく」


「久世さんでお願いしますお願いします」


 念仏のように唱える虎城の傍らで、先生はわざとらしく間を空けてから口を開いた。


「Aチーム――黒霧、紫月、雪宮。

 Bチーム――久世、虎城、神童。

 Cチーム――国枝、清涼、藤間。

 Dチーム――七種、千林、水世。

 Eチーム――栖戸、東道、七霧の計五チームだ。


「よっしゃー! いや……よっしゃー! 勝った!」


「いまものすごく失礼なこと考えられた気がするんですけど」


 組み分けを聞いた瞬間、虎城が天高く拳を突き上げたが、咄嗟に銀髪の男のほうを見やって思案した。

 おそらく、様々な不利益を加味してもお釣りがくると判断したのだろう。再び拳を握り締める虎城に、値踏みされた男が不満を垂れる。


 とはいえ、虎城の発言には智也も反感を持っている。

 まだ戦ってすらいないのにそうした発言をされるのは、心底不快であった。しかしながら今回の編成に関して、思うところは多い。


「別のチームになっちゃったね」


「昨日の敵は今日の友っスね!」


「まぁ……それで言うなら昨日の友は今日の仇だな」


 声に力がなくなったのを自覚して、智也は小さく深呼吸をした。

 決まってしまったものは仕方がない。選抜入りするためには、例えどんなチームだろうと好成績を取らなければいけないのだ。

 それこそ、やる前から諦めていては何も成し得ない。そう自分に鞭を打って、


「別のチームだけど、お互い頑張ろう」


「あ、うん!」


 急に拳を突き出した智也に二人は面食らっていたが、すぐに笑みを浮かべて拳を合わせてくれた。

 智也からこういうことをするのは初めてだったので、少し驚いたのだろう。

 あとになって気恥ずかしさ覚えたが、笑って誤魔化した。


「んじゃ、一旦解散。十四時に闘技場だ、全員遅れるなよー」


「それは先生のほうですよ!」


 そんなことを言いながら、一同は食堂へと足を運ぶのであった。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「お待たせ〜、ほんまに炒飯だけで良かったん? 一応大盛りにしといたけど」


「ありがとう……」


 亜麻色の髪の女生徒が器用に二つのお皿を運んできてくれるのを見ながら、智也はどうしてこうなってしまったのだろうかと思い耽る。


 ――智也くん、良かったらお昼一緒に食べへん?


 授業終わりにそう声をかけてきた紫月に、智也はきっぱりと断りを入れたはずだった。


「悪いけどお金……財布持ってないから」


「大丈夫やよ。今日は私が奢ったるから!」


「さすがにそれは」


 ただでさえ世話になるのは躊躇われるのに、女子に奢ってもらうなんて、智也にはこれ以上ない恥だと感じた。

 しかし智也がどう断ろうかと考えている間に、紫月はぐいぐいと詰め寄ってきて、


「遠慮せんとええよ〜」


「いや、本当に大丈夫だから」


「いやいや、お腹空いたやろ?」


「いやいや、全く」


 そんな必死の攻防を繰り広げる中、最悪なタイミングで腹の虫が空腹を訴えた。

 智也はあたかも自分のものではないと装ったが、既に他の生徒は場におらず、国枝と七霧も余計な気を遣って二人で行ってしまった。


「いつまで残ってんだ。ここはもう閉めるから早くいけー」


「ほら、智也くん行こ」


 意図的なのか成り行きでか、そんな先生の後押しもあり、智也は紫月に腕を引っ張られながら――気付けばこうして食堂の椅子に座らされていたのである。


「食べへんの?」


「あぁ……いただきます」


 対面の席に腰を下ろした紫月が、不思議そうにこちらを見つめてくる。

 その問いかけに智也の意識は現実に引き戻され、目の前の一皿に視線が釣られた。


 もう少し強めに断ればよかっただろうかと後悔しながらも、お金がなくて困っていたのは事実である。

 それを察してか善意で助けようとしてくれているのだ、第三者がそれを見てお節介だと感じようと、智也には感謝する他ない……はずだ。


 どの道、いまさら注文を取り下げることなんてできないのだし、ここは余計なことを考えずにありがたく善意を受け取っておくべきか。

 そう智也は考えて、


「いただきます」


 今度は心の中で呟いて、智也は手を合わせた。


 ――眼前、白い皿に盛られた丸い金山がある。


 その美しい造形と漂う独特の油の香りに、思わず生唾を飲み込んだ。

 山の麓をスプーンでひとすくいすれば、金山がぱらぱらと崩れる。その様を見ながら口に運んだひとさじから、焦がし醤油の風味がふわっと口内に広がった。


 味付けは薄めだが、卵とお米の甘み、ネギのシャキシャキ感が逆に際立っている。まさに、シンプルイズベストだ。


 米粒のぱらぱら感と対を成すネギの食感を堪能。食べる手が止まらない。

 このまま無限に食べ続けられそうだ――なんてそんなことを思っていると、こちらをまじまじと見つめる紫月の視線に気が付いた。


「……?」


 見れば、自分の皿には一切手を付けておらず、どうやらずっと智也の顔を眺めていたよう。

 前にもこんなことがあった気がすると思いながら智也が見つめ返すと、紫月は花が咲いたように笑った。


「ほんまに智也くんって美味しそうに食べるよね」


「あまりその自覚はないんだが」


 そう言いながら、眩しい笑顔から少し視線を外す。

 こうして智也は素っ気ない態度しかとっていないというのに、どうしてこうも関わろうとしてくるのだろうか。どうしてそんな笑顔を向けられるのだろうか。

 ましてや恩を売ったわけでもないのだから、わざわざ文無しの男を奢ってやる必要などないというのに。


「……なんで奢ってくれたんだ」


「別に深い意味とかはあらへんよ? ただ私は神童くんに助けてもらったから、困っとる人がおったら私もそうしたいって思っただけ……かな?」


 ありのままに思ったことを問いかけてみると、紫月は少し照れくさそうにそう答えた。

 智也としては、「それが困っている人の隣で見て見ぬ振りをしていた男でもか」と問い質したかったところではあるが。


「お金のことなら気にしやんとええよ。私で良かったら、いつでもご馳走するからね!」 


「――なんで俺がお金に困ってると?」


「あ、神童くんが……」


「あいつ余計なことを……」


 まずいことを言ってしまったと言わんばかりに紫月が自分の口を手で隠し、智也は呆れてため息を溢した。

 何が目的かは知らないが、神童が智也の事情を話したようだ。それこそ余計なお世話だと思いながらもう一度息をつく智也に、紫月が表情を暗くさせる。


「私、聞かんほうがよかったんかな……?」


「いや、別にいいよ」


「よかったぁ。神童くんも善意で教えてくれただけやと思うから、あんま悪く思わんといたってほしいな」


「あいつは……別にそういうんじゃない。――ごちそうさま、助かったよ」


 不安げな表情から安堵のそれへと一変する紫月。

 その様子をちらと見て、智也は思案する。


 神童のことをよく思っていないのは、彼の性格やそういった行動が原因ではない。

 もちろんそれもゼロではないが、それよりももっと深い、心の奥底にある自分でも分からない謎の不快感から生まれた感情なのだ。

 とはいえ神童はともかく、紫月に罪はないはずだ。だから智也は素直にお礼を言って、代わりに当人の姿を探した。


「――神童隆」


 胡散臭くて、イマイチ信用に欠ける人物。

 秘密主義なのか、なにかあるとすぐにはぐらかし、まともに取り合おうとしない。

 そのくせ何故かこちらの事情を奴は把握している。

 些細なことで言えば智也の名前に始まり、いま話題となっていたお金の事情もそうだ。――全て、智也とあの金髪少女だけしか知り得なかったはずなのに。


 或いはそれを知っているということは、そこに繋がりがあるのだろうか。もしかしたら智也と同じ『転移者』という可能性も考えられる。

 となると、あの少女が姿を現さないのであれば代わりに神童をとっ捕まえ、どうにかして山ほどある疑問を解消させることも可能かもしれない。

 そう考えたのだが、


「――タイミングが良すぎる」


「どうしたん? 智也くん」


 どれだけ見渡しても見つからない神童の姿に、智也は眉をひそめた。A組の生徒は皆揃っているというのに、彼だけがこの場にいないのだ。

 まるでこちらの行動まで把握されているようで、気持ちが悪い。

 そんな風に考えていた智也に、紫月がそう首を傾げた。


「神童は来てないのか?」


「あ〜うん、先に闘技場の方に行くって言っとったよ」


「へぇ……」


 たまたま偶然が重なっただけ、単に考えすぎなだけなのだろうか。

 智也の眉間に、いっそう皺が寄る。


「昼からの授業って、さ、この前と同じなんかな……?」


「ん、あぁ……チーム戦って言ってたしな」


「前回の凄かったね、智也くんたち」


 手を揉みながら、紫月がなにか言いたげな顔をしている。

 口を開いては閉じ、また開いては唇を引き結ぶ。その仕草に気付いていながら、しかし智也からは言葉を発さない。


「私、前のチームでなんの役にも立てへんかったし……今度は智也くんの足引っ張ってしまうかもしれへん……」


「別にいいだろ、それで。力が足りないなら補い合えばいい。その為のチームだろ」


「そう、やよな……ありがと!」


 意を決して言葉を発したものの、不安に負けてか語尾を飲んでしまう紫月。それに対し智也は、思ったことをそのまま口にした。

 実際に前回のチーム戦でやっていたことだ。そこに特別な意味などなく、ただ事実を述べたまでである。

 そもそもこの言葉は、国枝から貰った受け売りのようなもの。だからそんな眩しい笑顔を向けられても、智也としては困るのだ。


「安心したらお腹空いてきちゃった、えへへ」


「パスタ伸びきってるぞ……」


「ほんまやね」


 そう言って再び笑った紫月の顔は、まるで向日葵のようだった。



 ✱✱✱✱✱✱✱



 昼食を終えたあと、智也は空いた時間を紫月と過ごしていた。

 特にすることがなく、保健室で仮眠でもしようかと思っていたのだが、ずっと紫月が話を振ってくるため仕方なくそこに居座っていたのだ。

 と言っても、ほとんど前回の智也が考えた作戦についての質問であった。

 それのどこが面白いのか智也には分からなかったが、紫月は終始楽しそうにしていた。


 そんなこんなで暇な時間を潰し、こうして集合場所である闘技場に足を運ぼうとしていたのだが、その道中――本校舎と第一体育館とを繋ぐ渡り廊下にて、人だかりができていた。


「なんだ?」


「なんか揉めとるみたいやね」


 見慣れた後ろ姿に、人だかりの正体がクラスメイトによるものだとすぐに分かった。

 そのうちの一人に、紫月が声をかける。


「どうしたんですか?」


「あー紫月さん。見ての通り、B組の男子が邪魔してんの」


 振り返った梅色の髪の女生徒――千林が、迷惑そうに後方へ視線をやる。

 そして千林がいるということはその隣には、


「黒霧さんと紫月さん、珍しい組み合わせだね〜」


「いや、これは別に……たまたまだよ」


「そうなんだ~」


 相変わらず、いつもどこでも二人は一緒にいるようだ。

 仲睦まじいのはいいことだが、智也たちのコレとソレとを一緒にしてもらっては困る。

 笑みを浮かべる清涼に、智也は苦笑を禁じ得ない。


「だから邪魔だって言ッてんだろうが!」


 と、突然の怒声に驚いて前方を見やると、千林たちの頭越しに男子生徒が二人ほど視界に入った。

 片方は見覚えのある茶髪で、胸倉を掴まれている金髪の方は――見知らぬ顔か。

 一瞬髪の色に反応した智也だったが、似ても似つかない顔を見て期待外れだと思った。おそらくは、話に出ていたB組の生徒だろう。


「気安く触んなよ」


「ちっ」


 どうやら渡り廊下に屯している者たちのせいで足止めを食っているようで、痺れを切らした藤間が噛み付いたようだ。

 胸ぐらを掴んでいる手を解こうとして、B組の男が藤間の手首に触れようとするが――咄嗟に藤間はその腕を引っ込めた。


「いい判断だ。その手を離さなきゃ、今ごろおめえの右腕はお陀仏になってたとこだぜ」


「ハッ、相変わらず口だけは立派だな。ホラ吹き野郎」


「いちいち吠えんなよ。ったく、これだから弱いヤツは」


「ンだと……?」


「ハハ、なんだ? 事実だろうがよ」


 初対面かと思いきや、どうも藤間には面識があるようだ。

 相手の方も見慣れているからなのか、肉食獣のような鋭い眼光を前にしても、全く怯む気配がない。むしろ、薄ら笑いを浮かべて挑発しているくらいである。


「テメェに負けた覚えはねぇよ」


「だからそう粋がるなっての。女に負けたようなザコが、オレに勝てるわけないだろ?」


「なら今ここでぶッ潰してやる!!」


「やめてよ二人とも! いい加減にして!」


 藤間の堪忍袋の緒が切れたのが傍目に見ていた智也にも伝わった。

 しかし今まさに殴りかかろうとしていた藤間のその動きが、女生徒の声によって鈍る。


 明るめなミルクティーベージュの髪に胡桃色の瞳。

 一目見ただけで分かる目鼻立ちの整った顔とスラッとした手足から、大人びた印象を受ける。


灰川はいかわ……」


 第一体育館から出てきたその女生徒を見て、藤間の動きが完全に停止した。

 その隙だらけの横顔へと、拳が迫る。


「おっるぁあ!!」


「……!?」


 気を緩めていた藤間はされるがままに殴り飛ばされ、渡り廊下の壁に激突。床に倒れる際に、白い何かが口から欠け落ちた。


「藤間!」


「うっひゃ~、イタそ~」


「決まったなァ、神崎かんざきさん」


 灰川が悲鳴を上げて、藤間の元へと駆け寄った。その惨めな姿を嘲り笑う瓜二つの顔がある。

 双子だろうか、いがぐり頭からその背丈まで、全てが同じで区別がつかない。共に神崎と屯していたB組の生徒だ。


「おめえにはそこがお似合いだぜ、藤間」


「っ、不意打ちしたくせに何言ってんのよ!」


「先に手を出したのはそちらさんだぜ? 悔しかったらやり返してみな」


 倒れ伏したままの藤間に中指を立て、神崎がそう挑発する。歯が折れるくらいの力で殴っておいて、まだ続きをやるつもりなのか。


りゅう、もういいでしょ……?」


「うるせぇな、女の出る幕じゃないんだよ。すっこんでろ!」


「でも……」


「……灰川、やめろ」


「藤間……! もうやめてよ……」


 腕で口元を抑えながら身を起こそうとする藤間を、灰川が止めようとする。

 が、その女生徒の手を振りほどいて藤間はよろよろと立ち上がった。


 彼のことは好いていないが、さすがにこれはやり過ぎだと智也も思う。だがそう思うだけであって、やはり行動には移さない。

 それこそ部外者である自分の出る幕ではないだろうと、そう言い訳をして。


「ほら来いよ、勝てるもんならなぁ!」


「クソが!」


「やめて――!」


 二度目の願いは藤間にも届かず。二人の拳が交差して――――、


「やれやれ。一体なんの騒ぎかと思えば……神崎、お前らか」


「降魔先生……!?」


 ぼやきながら胸の前で二人の拳を受け止めるのは、覇気のない顔が特徴的な灰の眼の男だ。

 どこからともなく現れた彼の存在に、各所で驚きの声が上がる。


「降魔……また邪魔するつもりかよ」


「おいおい、教師を呼び捨てか」


「誰が教師だ、この腐れ外道が! お前のせいでオレは……!」


「神崎くん、そこまでにしなさい」


 騒ぎに気付いてか、次々と現れる教師陣。

 元から第一体育館にいたと思われるおかっぱ頭の女性は、B組の担任か。

 同じスーツ姿でも、気抜けしているA組の担任にはない凛々しさがあり、大人としての威厳と魅力を兼ね備えていた。


「先生……」


「灰川さん、話は後で聞きます。――貴方達も、早く行きなさい」


「へーい」


「へいへーい」


 見たところ、午後からはB組が第一体育館を使用するようだ。それで暇を持て余した神崎たちが渡り廊下で屯していて、闘技場へと繋がる通路を塞いでいたのだろう。

 藤間と同じかそれ以上に素行が悪そうな連中がいれば、足踏みしてしまうのも無理はない。


 だがこうして二人の教員が駆けつけてくれたおかげで、事態は収束に向かっている。

 担任の指示に従った灰川に続いて、いがぐり頭の双子が瓜二つの顔を並べてつまらなそうに去っていく。

 その後ろを、終始一言も喋らず付き添っていた赤髪の男子生徒が追いかけて、一瞬なにかを探すように智也たちの方へと視線を巡らせた。


「降魔先生」


 と、四人がちゃんと第一に入っていったのを見届けてから、おかっぱ頭の女性がつかつかと歩を進めて先生の前で立ち止まる。

 目線的に、背の高い先生の肩の辺りくらいまでしかないが、その凛とした顔は身長差など覆すほどの覇気があった。


「私の生徒が失礼いたしました」


「お互い様だろ。そっちは特に苦労してそうだな」


「ええ。お陰様で」


 普通に会話をしているようで、どこか皮肉めいた発言のように聞こえたのは智也の気のせいか。

 とはいえ手のかかる生徒がこう何人もいると、その苦労は絶えないだろう。ましてや女性なのだしと、生意気ながら智也が他所の担任を慮っていると――やけに静かな神崎が気になった。


 今の今まで暴れていたというのに、自分の担任が現れてからは、牙を抜かれた獣のように大人しくなっているのだ。

 先ほどの先生への態度からして、大人に従順な性格とはとても思えない。彼は誰に何を言われようが、我が道を行くタイプの男だろう。

 それがどうしてと視線を移せば、苦虫を嚙み潰したような顔をして、神崎が腕を引っ張られて無理やり連れ去られていく。あれだけ血気盛んな男だ、逆らおうとすれば力尽くで抵抗できたはずなのに。


「藤間! おめえとは対抗戦でケリつけてやる。大勢の前で恥かきたくなかったら、少しは鍛えとくんだな!」


 宣戦布告というより殺傷予告と呼ぶべきか。

 しかし意外にも、藤間は反応を見せなかった。それに腹を立てた神崎が最後まで何かを叫んでいたが、お構いなしに体育館の扉は閉められた。


「大丈夫か?」


「……別に」


「そうか。一応あとで保健室に行っとけよ」


 言い終わる前に、そそくさと闘技場の方へと歩いていく藤間。先生はそれに小さく肩を竦めて、


「んじゃ、遅れた奴は罰ゲームな」


「「は?」」


 唐突すぎて呆気にとられる生徒をおいて、先に行った藤間を追い抜くスピードで先生が走っていく。


「……走れええぇぇぇぇ!!」


 状況を理解して、そう広くない渡り廊下を十数人がごった返す。

 どれだけ本気で走ったのか、先生の姿はあっという間に見えなくなっていた。しかし、歩いていた藤間にはすぐに追いついて、


「藤間さんどいてっスーーーー!」


「あ? なっ、にしてんだよッ!」


 不機嫌そうな面で振り返った顔が、一瞬で驚愕に染まる。

 藤間は反射的に逃げようとしていたが、気付いたときにはもう目と鼻の先であった。

 押し寄せるクラスメイトの波に飲まれ、わやくちゃになりながら転がっていく。


「きゃああぁぁぁぁ目が回るーー!! ウチもうだめ……」


「おぶっ、へぶっ、痛いっス……」


「くそ……テメェら絶対許さねぇ……」


 そうして体のあちこちをぶつけながら数十メートル進んだところで、智也たちはようやく闘技場の入口へと辿り着いた。


「お、全員ぎりぎりセーフだな」


 先に到着して待っていた先生が、腕時計を確認しながらそう呟く。

 これから午後の授業を始めるというのに、既に満身創痍で、しばらく誰も立ち上がることができなかった。



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