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第三十三話 「丁度いいやつ」



「そういや度々耳にする『訓練校』ってなんなんだ?」


 魔法練習の際に、勝手に自爆して気絶してしまった神童。

 彼が意識を回復するまで授業は一時中断となったので、智也はその間に『訓練校』とやらについて国枝たちに聞いていた。


「黒霧さんは通わなかったんス?」


「あー、まぁそうなんだよ」


 適当にはぐらかす智也に、国枝が「あくまでそっちは任意だからね~」と相槌を打ってくれて、


「『訓練校』ではそもそもの魔法の仕組みや扱い方を学んだり、実技練習をしたりって感じかな」


「へぇ……」


「なんスかその、お前に勉強できたのか? みたいな顔は」


「おー、よく分かったな。ちなみに?」


「当然できなかったっスよ!」


 説明を聞きながら滑らかに視線を移した智也に、七霧が口を尖らせながら不満を訴え、国枝は笑いを堪えていた。

 ともあれ、その話でいくと学習塾のような印象を受ける。

 入学するにあたっての前準備として知識を身につけさせたり、環境の変化に慣れさせるといったところがそうだ。


 だからチーム戦の際に、授業で習っていない魔法を使っていたものがいたのだろう。

 それはどうなのかと智也は一考したが、「初級魔法のみ」とルールが定義されていた以上、反則とはならない。そもそも、智也もルールの穴を見つけて利用していたわけだし。


「いつまで寝てんだ。起きろー」


 そうして智也たちが各々時間を潰していると、なかなか目を覚まさない神童を先生が叩き起こしていた。


「ん……ここはどこ? わたしはだれ?」


「ここは地獄で、お前は閻魔に舌を抜かれて気絶してたところだ」


「ひぇー! 俺の舌がー! あれ、喋れる……?」


「よし、それだけ元気なら大丈夫だな」


「閻魔より恐ろしい悪魔だ!!」


 どうやら目を覚ましたらしい神童が、何やら遠くで叫んでいた。

 その者一人いるだけで、随分と喧し――賑やかになるものだと思いながら、智也たちは先生の召集を受けて集まることに。


「今から教える補助魔法は、二つある」


 死んだ魚のような目をしながら、先生が指を二本立てた。


 補助魔法と言えば『魔武器』や『魔導書』を取り出すために用いる【門】と、防御魔法の一つである【隔壁】しかまだ教わっていない。

 あとは先の『訓練校』で習ったらしい水属性の魔法と、一度だけ先生が見せた【炎獄】があるが、後者は明らかに初級魔法ではなさそうだ。


「まず一つ目は【強歩】だ。名前から分かるように競い歩く競技が元となっていて、そこから転じて脚力を強化する魔法名となったらしい」


「なるほど、強化系の魔法かー。確かに補助魔法っぽいな」


 能力強化系の魔法――つまりゲームでいうところのバフスキルは、弱い者でも強く在れる可能性を秘めたものだ。

 力の差を覆せるような、そんな効力が智也は結構好みだったりしたのだが、ゲームでは無類の強さを発揮できたので不要であった。


 それが今では、起死回生の力を欲する弱者の立場である。

 どうしてこうも現実は非常なのだろうかと口の中で呟いて、自分の無能っぷりに嫌気が差す前に思考を止めた。


「やり方は至って簡単だ。魔力を脚に集めるだけでいい。ただ、不慣れなうちはあんまり使い過ぎると……終わったあとに痛い目を見るかもな」


「先生〜、やってみてイイ??」


「あぁ、危ねぇから他の奴とぶつかんなよー」


「Espoir3【強歩】!」


 意味深げな発言があったような気がしたが、そんなものは気にも留めず、東道が我先にと名乗り出る。

 それから言霊を唱えると、先陣を切って走り出した。


「軽っ、すごっ、メッチャ速いよ~! 栖戸っち~!」


 目を引くような速さで駆け回る東道。

 普段感じることのできない速度と足の軽さにテンションが上がっているようだが、先生の忠告を忘れたのか、あろうことかそのまま手を振りながら栖戸の元へと突き進んでいった。


「ひぃぃ……!」


「栖戸っち~! 栖戸っちぶッ!!」


 悲鳴を上げながら栖戸が口早に詠唱して、二人の間に岩壁が生成される。

 そこに猛スピードで走ってきた東道が見事にぶつかり、その勢いは停止した。


「おー、よく止めたな栖戸」


「せんせ……それどころじゃないです……」


「俺はちゃんと警告したぞー」


 下手をすれば脳震盪を起こすか、そうでなくとも鼻が曲がりそうな勢いだったが、幸い東道の身は無事だったようだ。

 やはり魔法は使い方を間違えると危険なものなのだと再認識して、自分は気を付けようと智也は心に決めた。


「あ……ごめん」


「ダイジョブ……栖戸っちのせいじゃないから……」


 申し訳なさそうにする栖戸に、赤くなった鼻を抑えながら東道が笑う。その後方では他の生徒が次々と走り始める様子が見受けられるが、予想以上に扱いが難しいようで皆苦戦していた。


「俺もやってみようかな」


 いつもの右手ではなく、両脚に魔力を集めて言霊を唱える。

 が、変化はない。もしかするとまた失敗したのではないかと不安になるが、智也は早まる鼓動を抑えながら、恐る恐る一歩を踏み出してみた。


「え?」


 軽く前に出しただけの右足に力が入りすぎて、体の重心が崩れる。

 そのまま前のめりに倒れそうになるのを慌てて左足でバランスを取ろうとするが、勢いは止まらず。気付けば智也の体は駆けていた。


「え、ちょっ、これどうやって止めるんすかああぁぁぁぁ」


「黒霧さん!?」


 東道と同じタイミングで走り回っていた七霧。こちらは体育館の壁に衝突して前頭部を強打していたようだが、額を抑えながら休んでいたところへ、さらに智也が突っ込んでいってしまう。


「七霧止めてくれええぇぇぇぇ!」


「無理っス無理っス無理っスー!!」


 激しい音を立てて二人が激突。もみくちゃになりながら床の上を転がった。


「痛いっス……」


「わ、わるい……」


 まるでブレーキの効かない事故車のようだ。

 一度アクセルを踏めば二度と止まることはできず、路肩にぶつけて無理やり停止させる他ない。そんな事故が、いまこの場で多発していた。


 全身の痛みに苦鳴をもらしながら上体を起こした智也は、周囲を見渡して顔を引き攣らせる。

 過半数の生徒が床に倒れ、人の山のようになっていたからだ。


 どうしてこんな大惨事になってしまったのか。

 それは、ちゃんと先生が止まり方を教えてくれなかったからである。


「ちなみにだが、【強歩】の持続時間はだいたい三十秒前後だ。もしうまく止まれなくても、走ってりゃそのうち切れるぞ」


「「もう遅いですよ!!」」


 いまさらすぎる補足説明に、生徒が声を揃えて叫んだ。

 先生は愉快げに笑っているが、普段は温厚な清涼でさえも腰に手を当ててご立腹のよう。


「もうっ、先に言ってくださいよ~」


「そうだそうだ、他人事だと思って! 東道さんなんか鼻血出しちゃってるんだから!」


「あはは、ウチはダイジョブダヨ~。てゆーか先生、こんなのホントに使えんの~?」


 ハンカチで鼻を抑えながら、東道がそう疑問を口にする。

 思いの外に制御が難しく、使用するたびに壁にぶつかるのではさすがに気が滅入る。一応、三十秒ほどで効力がなくなるとのことだったが、その点を加味してもあまり実用的とは智也も思えなかった。


「――」


 過半数の生徒から向けられる猜疑の眼差しに、先生は言葉を返さない。

 ただ無言で背後を指差しており、智也たちは自然とその親指の先へと視線を誘導された。


 ――離れた場所で一人、藤間が物凄いスピードで動いている。


 それも、ただ走っているだけじゃない。


 駆ける。その踏み出した一歩は軽いようで力強く、藤間の体が宙を飛ぶ。

 比喩抜きに飛ぶのだ。あまりの速さに智也は曲がることすら叶わなかったが、彼はものの見事にそれを制御していた。


 加速したまま地を蹴り、身を捻りながら速度を調整。減速しつつ壁に足をつけて、その壁を起点に超加速。

 さらに速度を得た藤間は壁から壁へと一瞬で移動し、今度は壁を蹴り上がってバク宙で着地。


 ――凄い。 


 悔しいが、智也は素直にそう感じてしまった。

 この場にいる十五人の生徒の中で、あそこまで使いこなせるのは藤間だけだろう。さすがの身体能力の高さである。


「あ? なに見てんだよ」


 注目を浴びていたことに気付いて、藤間が睥睨する。

 相変わらず身体能力に加えて気性の荒さは獣のようだと思いながら、噛みつかれないようにと、智也はそっと視線を逸らした。


「せんせー、もう一つの魔法は?」


「ん? あ〜そうだな」


 灰色の髪の女生徒――栖戸が、灰の眼の男を下から見上げる。

 高身長な先生と、女子の中でも特に背の低い栖戸とでは、必然的に仰ぐ形になるのだろう。

 その上目遣いに対し、先生は顎に手を当てると何か探すように視線を巡らせ、やがて一点に留まった。


 視線の先――暴走列車の如く走り回っている神童がいる。


「そこに丁度いい神童がいるだろ? あいつを見ててくれ」


 丁度いい神童とは。と思った矢先、狙いを定めるかのように右手が伸ばされ、五指が開かれた。


「Espoir20【円環】」


「くそー!!」


 具現化した青い光の輪が、拳を握り締める動作に倣って神童の体を拘束する。

 腕ごと胴体を縛られた神童は奇声を発し、頭から転びそうになったところ、咄嗟に捻転することで尊顔を死守していた。


 それにしても、一見して浮き輪のような見た目だが、そこに拘束力はあるのだろうか。

 一応、神童は身動きが取れなそうに足をバタつかせ、悔しそうに叫んではいるが。


「これが今日教える二つ目の補助魔法だ。一概に補助っつっても色んな種類がある。例えばさっきのなんかは身体能力を上げる『強化魔法』だが……こっちは相手の動きを制御する『縛魔法しばりまほう』だ」


「今度は拘束系の魔法か」


 強化系に次いで、ゲームでは馴染み深い魔法の種類だ。

 もしもこの魔法が先日のチーム戦で使えていたならば、強力な切り札になっていたのではと智也は思った。当然、相手から狙われる可能性も出てくるが、どちらにせよ脅威である。


「この魔法のコツは、ちゃんと狙いを定めることだ。魔力を放出し、標的の周囲を取り囲むようにイメージしてみるといい。――んじゃ、今から自由時間を与える。その間に今日教えた四種類の魔法を練習してみろ」


 そこはかとなく、うずうずしていた生徒の気持ちを汲み取ってか、先生がそう指示を与える。

 智也も一つ試してみたいことがあったので、気合を入れ直した。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「これが、縛魔法……」


 青白い光に触れながら、栖戸がそう呟く。

 同じ青でも光の輪は空のように明るい色合いで、それを見つめる青藍の瞳は海のように深い。

 それも、普段は濁った海のような物憂げな瞳をしているが、何故か今は光を乱反射するように煌めいていた。


「触ると柔らかいのに拘束力がある……不思議」


 その場にちょこんと座り、興味津々な様子で光の輪をつつく栖戸。

 何故そこに光輪が具現化しているのかと問われれば、縛魔法なのだからなにかを拘束しているのは当然で、先ほどからずっと銀髪の男がそこに寝転がされていた。


「あのー、そろそろ解放してもらっていいすか?」


「せんせーがこの前使ったのも縛魔法ですか?」


 無駄に整った顔を引き攣らせながら、神童が助けを乞う。

 しかし栖戸には眼中に無いようで、先生のほうばかりを見ていた。


「【炎獄】のことか? 確かにあれも縛魔法の一種だな」


「……わたしも、扱えるようになりますか?」


「もちろん。ちゃーんと基礎学んで努力を惜しまなけりゃ、お前にだってできるさ」


「んふふ」


 不安げに揺れていた瞳が、たった一言で輝きを増す。それはもう、眩いばかりに。

 そんな栖戸の一喜一憂の表情の変化に、智也はどんな魔法よりもすごい魔法だと、遠目に見ながらそう思った。


「すんませーん! 俺のこと忘れてます!?」


「あぁ、いたのか神童。もう自由時間だから好きにしていいぞ」


「俺の自由は未だに縛られたままなんですけど!?」


 縛られた胴体をくねらせながら、神童が不満を訴える。

 その仰向けの状態のまま、まだ動かせられる頭と足を用いて這いずり回ろうとするので、あまりの気持ち悪さに各所で悲鳴が上がった。


「キャー! こっち来ないで!」


「うわっ、キモ」


「なんでみんな逃げるんだよおおぉぉぉぉ!!」


「はは、ちょっと面白いけど可哀想だから助けてこようかな?」


 誰も近寄ろうとはせず、むしろ遠ざかっていく生徒がほとんどだったが、国枝だけは慈悲深かった。

 あの神童に対してそこまで優しくあれるのは、素直に尊敬に値する。優しさで言えば、このクラスで彼の右に出るものはいないだろう。


「でもあいつ、そこまで困ってないから大丈夫だと思うぞ」


「そうなの? よく分かるね」


 目立ちたがり屋な彼にとっては、あの状況ですらおいしいと思っている可能性がある。そう考えた智也は、のたうち回る神童を冷めた目で見つめながら「まぁ、なんとなく」と答えた。


「そういや二人とも、さっきの大丈夫だったの?」


「大丈夫っスよ~。まさか黒霧さんが突っ込んでくるとは思わなかったっスけど」


「その節はどうも」


 神童を視界の隅に追いやって、悪戯な笑みを浮かべる七霧に苦笑を返す。

 それから自由時間をどう過ごすかという話題になったので、ちょうどその件を踏まえて試したいことがあった智也は、一つ提案を出してみた。


「国枝はさ、さっきの補助魔法の練習がしたいんだろ?」


「そうだね~、縛魔法は使い勝手が良さそうだから覚えておきたいかな?」


「補助魔法は国枝さんの専売特許っスもんね!」


「俺は【強歩】の練習がしたい。そのついでに的役になれたら効率的だと思ったんだが……どうだ?」


「それいいね! 黒霧くんが危険じゃないなら俺は大丈夫だよ」


「じゃあ自分も的役になるっス?」


 そうして七霧も話に乗ってくれて方針が定まろうとしたところで、智也は待ったをかけた。

 不思議そうに首を傾げる二人を見つめ、「七霧には攻撃役に回ってほしい」と再提案。

 彼らの怪訝な表情はさらに深まり、


「最初の的当ての授業あったよな」


「あの全く当たらなかったやつっスか?」


「もしかしたらなんだが、あのとき先生は【強歩】を使っていたんじゃないか?」


 彼の人を横目に見ながらそう勘案した智也に、二人の表情が劇的に変わる。

 目から鱗が落ちたような気持ちがその表情から伝わってきて、智也は少し鼻を高くした。


「なるほど! それなら納得できるかも」


「むしろそうじゃなかったら人間じゃないっスよね~」


「だな……。まぁともあれ、アレができるかどうか試してみたいんだ」


「そういうことならお安い御用っスよ!」


 智也の頼みにそれぞれ満面の笑みと首肯で応じてくれて、三人の練習が始まった。



「――Espoir3【強歩】」


「行くっスよ! Reve11【火弾】!」


 正面。迫る火球を見据えて、智也はそれを横に躱そうと試みる。

 力み過ぎると大惨事になり兼ねないので、踏み込みすぎないよう気をつけながら左足で床を蹴った。


「うおっ」


「まだまだっス!」


 軽く横跳びするつもりだったのに、うまく調整ができずに飛び上がってしまう。

 風に煽られる風船のように宙を舞ってから、どうにか両脚で着地する。その直後――七霧の放った二発目が迫るが、前に転んでやり過ごした。


 一応避けることはできているものの、想定していた形とは程遠い。その難しさに苦心していたところ、今度は二人同時に狙いを定めてきた。


「「Reve11【火弾】!」」


 こちらから頼んだとはいえ、中々に容赦がないと苦笑を浮かべつつ、別の角度から飛来する火球を身を捻って回避――するつもりが、勢い余って体が回転してしまう。

 そのまま足をもつれさせて転倒する智也に、


「国枝さん!」


「う、うん。――Espoir20【円環】」


 あまりの間抜けっぷりに困惑していたようだが、七霧の一言によって例の魔法が放たれた。

 尻餅をついていた智也を具現化した青い光の輪が拘束し、七霧が「とどめっス!」と容赦のない一撃を見舞ってくる。


「Reve15【始電】!」


「それはほんとに容赦がねぇ!」


 そんな悲痛の叫びのあと、稲妻に貫かれた智也が床に倒れ、片手を上げて降参とした。



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