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第三十二話 「基礎の大切さ」



「ちゃんと揃ってるかー?」


 いつも通り、第一体育館に集まった顔ぶれを確認しながら、覇気のない目をした男――A組の担任がのそのそと現れる。

 それから気怠そうに頭を掻いて、生徒に「遅いよー」と言われるところまでが、定着しつつある流れだ。


「あー、お前らと授業を始めて、今日で五日目となる。これまで初級魔法の練習に重きを置いてきたが……まだまだ基礎を固めていくぞ」


「なんでそんなに初級にこだわるんすか? 十一番や十二番なんて、『訓練校』で嫌というほど練習しましたよ。一部のクラスでは、もう中級魔法の練習をしてるって聞きましたけど」


 そう不満の声を上げた、青色の髪の男子生徒――虎城。

 これまでそういうふうに異を唱えたことはなかったため、智也は意外そうに彼の顔を見つめた。


「仮に他所の授業が先を行ってようが、俺はお前らに基礎を教え続けるぞ。――魔法ってのはな、例え初級だろうが奥深いもんなんだぜ」


 そんな一生徒の不満を宥めようと先生が基礎の重要性を説くが、虎城はいまいち腑に落ちないといった表情だ。

 生徒の思考を読むのが得意な先生でなくとも、それは見て取れた。


「やれやれ……実際見せたほうが早いな。久世、ちょっと手伝ってくれ」


「嫌ですよ。食い物にされるだけじゃないですか」


「んな固いこと言うなよー。四十五番のやつでいい。一回だけ頼む」


 顔を顰める久世に、先生が両の手を合わせて懇願する。

 おそらく中級魔法を初級魔法で打ち破ることによって、難易度の高い魔法に意義深さを感じている虎城を説得しようとしているのだろう。

 それが可能かどうかはともかくとして、まるでその気になれば中級魔法さえ扱えるかのような久世の態度に、智也は嫌気が差していた。


「確かにそれくらいのスペックがあるだろうと予想はできたけど……」


 こうも才能の差を見せ付けられると、智也の性状としては体に毒である。

 そうして智也が勝手に劣等感を抱いている間に、先生の押しに負けた久世が不承不承ながら立ち合うことに。


「今回限りですよ」


 久世が念を押すようにそう言って、少し離れたところで二人が向かい合う。

 それを上目に見てから、智也は亜空間から取り出した『魔導書』に視線を落とした。

 いくらかページをめくったところにそれを見つけ、


「あった。四十五番……紅蓮弾ぐれんだん?」


 魔導書の説明にはこう書いてあった。

 

 ――攻撃魔法四十五番、【紅蓮弾】。

 ――集めた魔力を球状に固め、そのまま放出する。

 ――その勢いはまさに燎原の火の如し。

 ――紅炎に触れしものは、万物等しく灰と化す。


 ただ説明を読んだだけで分かる、別次元の強さ。

 初級と中級という区分でこうもレベルが変わるものなのか、このまま基礎練習をしていて本当によいのかと、虎城が疑念を抱くのも無理はなかった。


「Reve45――」


 重ねた手を前へ突き出し、久世が唱える。


 一瞬生まれた静寂の中で、誰かの固唾を呑む音が聞こえた気がした。


「【紅蓮弾】!」


 物凄い勢いで飛び出した紅蓮の火球が地響きを鳴らし、体育館がその振動で揺れる。

 直径二メートルかそれ以上ある、超が付くほどの大きさには笑いすら込み上げてきて。

 事実、智也以外の生徒も顔を強張らせており、初めて目にする高度な魔法と、ソレをやすやすと扱えた久世の凄絶さを物語っているようだった。


 こんな次元の違う魔法に、ちっぽけとさえ思えてしまう基礎の魔法で太刀打ちできるものなのか。

 再々疑問に感じながら、智也は棒立ちのままの先生に視線を向ける。


 何をするでもなく、彼はただ静かに正面を見据えていた。

 やがて紅炎が目と鼻の先まで接近して――、


「Reve11【火弾/白亀はっき】」


 遅い、あまりにも遅すぎる、小さな火球の飛行速度。

 ――いや、飛んだとも形容し難い。あれは単に、足元に具現化させたものを蹴り飛ばしただけなのだから。


 火球そのものに機動力はなく、受けた衝撃の推進力のみで前へ移動している。

 大きさも、本来のものより二回り以上は小さい。

 そういった特殊な性能を持つ魔法について、智也は今朝学んだばかりである。


改造魔法アレンジまほう……」


 その名を口にすると同時に、智也は先生のやろうとしていたことを理解した。

 機動力や大きさを削りに削り、その分のスペックを全て『強度』へと回したのだろう。

 同じ改造でも、智也のものとは真逆の性能――端的に言えば、火力特化型の【火弾】といったところか。


 魔法ってのは奥深いんだよと、そう言った先生の言葉を思い出したところで小さな火球が紅炎に飲まれ、その内から爆ぜてもろともかっ消えた。

 代わりに生まれた爆風がもう一度体育館を揺らし、何人かの女生徒が悲鳴を上げる。


「スゲーーっス!」


「パンチラチャンス到来!」


「あんな小さな魔法でどうやって……?」


 あちらこちらで上がる感嘆の声に紛れて不埒を働こうとした者がいた気がするが、声のしたほうに目を向けると、水世に踏みつぶされた神童が敷物と化していた。

 おそらく咄嗟に選んだ相手を誤ったのだろう、自業自得である。


「ま、こういうことだ。一見してちっぽけに感じるかもしれないが、工夫すれば初級魔法でもここまでやれる」


 と、協力していた久世の肩に触れ、「サンキュー」と口の端を吊り上げた先生が、最初に異を唱えていた虎城を視界に捉えた。

 バツが悪そうに顔を伏せるそんな虎城に対し、


「これで初級魔法の有用性については理解してもらえたはずだ。ちゃんと練習すれば、あれくらい簡単にできる。とまぁそういうわけで、引き続き基礎のお勉強だ」


 そう言って亜空間から取り出した『魔導書』をぱらぱらとめくり、先生は開いた頁をこちらに見せた。


「ここに載ってる十一番から二十九番までが初級に分類される。その中のいくつかと……今日は補助魔法の方も少し教えていく」


「補助魔法……」


 以前下宿屋にて『魔導書』の内容を流し見した際に、智也は件の魔法を目にしていた。

 攻撃魔法とはまた異なった特色を持つそれらに強い興味を抱いていたので、今日はどれを教えてくれるのかと胸を弾ませた。


「まずは十八番だ。同じ火属性魔法でも、【火弾】とでは一長一短がある」


「それがりゆうで、十一番を先に教えてくれたんですか?」


「お、鋭いな。単にそれが基礎中の基礎だっていう理由でもあるが、先にこっちを教えなかったのは……扱いづらさが原因でもある」


 先生に褒められた栖戸が、嬉しそうに口元を緩めている。

 智也は少しジェラシーを感じながら、その乱れ髪の少女を遠目に見つめた。


「直線上の敵を攻撃する十一番に対して、広範囲を攻撃できるのが十八番の売りだ。その反面、前者に比べて火力が低いのが難点ではある。それと――」


「せんせーい!」


「どうした、なにか分からないことでもあったか?」


「さっきの奴は教えてもらえないんスかー?」


 さっきの、とは『改造魔法アレンジまほう』のことだろうか。どうやら七霧の興味はそちらに向いてしまったようだ。

 思えば先ほど、智也の隣で興奮していたような気がしなくもない。


「おうおう俺が代わりに教えてやんよ! この、大魔導師と呼ばれた」

「静かにして」


「はい、すみません」


 と、先輩風を吹かそうとした神童を水世が足蹴にする。

 正直、神童が好き勝手暴れだすと授業が全く進まないので、水世はいいストッパー役なのかもしれないと智也は思った。


「まぁいずれは嫌でも覚えてもらうんだが……初級つっても攻撃魔法だけで十九種類ある。それを全部扱えるようになったら、さぞかし格好いいだろうな」


「はっ……! 全部使えるようになりたいっス!!」


「んじゃ、ちょっと試し撃ちすっからお前らよく見とけよー」


 単純な七霧を手玉に取り、話の流れをうまく運んだ先生。それから智也たちに背を向けて、背中越しに説明を続けた。


「この魔法は、魔力を手のひらじゃなく指の間に集める必要がある。それも、両手合わせて八つに分割してだ」


「分割!?」


「最初はできなくても大丈夫だ。まずは二つに分割するところからやってみるといい。うまく具現化ができたら……あとはそいつをぶん投げるだけだ。――Reve18【火蜂】」


 指の間に収まった八つの球を、先生が腕を振って拡散させる。散り散りになったそれらは、床の上で火花を散らしながら炸裂した。

 確かに、癖がありそうな魔法ではある。


「お前らもやってみろ」


 その声に、十四人が一定の距離を置いてまばらに練習を始める。

 智也も今の説明と見本を参考に試行してみようとするが――、


「「Reve18【火蜂】」」


 分かっていたことだが、久世と藤間は早くも使いこなしているようだ。二人の澄まし顔が憎たらしい。

 それに続く形で、水世、千林、雪宮がそれぞれ具現化に成功していく。


「秋希ちゃんすご〜い!」


「へへーん、こういう細かい作業は得意なんだ~」


 自慢げに話す千林と、それを見て手を叩く清涼の会話を聞いて、智也は内心で焦りを覚えていた。

 だが、自分と同じようにうまくできない者が隣にいたおかげで、不相応ながら少し安堵もしていた。


「これ、分割するのめちゃくちゃ難しいね……」


「国枝もこういうの苦手なのか?」


「自覚はなかったんだけどね~」


「そっか……俺たちはできなくて、あいつができてるのは癪だよな」


 お調子者のことを横目に見ながら愚痴る智也に、国枝が首を傾げる。

 そうしている間に虎城や七種、同じZランクの紫月までもが次々と成功させていき、残ったのは智也含めた六人となった。


 この際、魔力の総量は成否になんの影響力もないはずだが、同じランクの紫月や調子者の神童が自分にできないことをやっていると、特に精神的ダメージが大きい。


「周りと比べてるだけじゃ何も変わらない……か」


 先生からもらった言葉を思い出して、智也はかぶりを振った。


 瞳を閉ざし、全神経を集中させる。そのタイミングで七霧の「やったー!」という喜びの声が聞こえたので、智也は自分もやってやるぞと意気込んだ。

 そうして全身からかき集めた魔力を少しずつ分割していき――、


「失敗か……」


 言霊を唱えてもなんの変化も起こらなかった。

 自分ではうまくできているつもりでも、具現化しないということはなにか条件を満たせていないのだろう。


「ま、要練習だな。いま出来なくても別に焦る必要はねーぞー」


「おれたちはまた次の機会に頑張ろ」


「……あぁ、そうだな」


 苦虫を噛み潰したような顔と心持ちになっていたが、先生がくれたフォローと国枝の眩しい笑顔に、智也はどうにか前向きに志を運べた。


「んじゃ、次は二十番の水属性の魔法な。こっちはさほど難しくねぇから安心していい」


「今度は水属性みたいだね、うまくできるかな~?」


「大丈夫、今回は私も適性じゃないから一緒だよ!」


「そっか~、良かった~」


 適性の有無でいうなれば無属性の智也も適合するはずなのだが、相変わらず困難を極めている。

 単に智也の未熟さが理由であればまだいいのだが――と、胸を撫で下ろしていた清涼から視線を横に逸らす。

 先生が実演に入ろうとしていたので、その一挙手一投足を見逃さないよう刮目して、


「Reve20【水鞠みずまり】」


 下に向けた手のひらから、ドボっと水の塊が落っこちた。


 塊は球体を成し、床に落ちると弾性力によって跳ね上がってくる。そして重力に従い落下すると、再び上へと弾むのだ。

 つまるところ、スライムボールのようなものが目の前で跳ねていた。


「なんスかそれー!」


「カワイイ〜、スライムみたいじゃ~ん」


 真っ先に反応したのは、七霧と東道だった。

 前者に関しては興味の幅の広さがあるだろうが、意外だったのは揃って女子の人気を集めていたことだ。智也的には、特別目を引くほどのものではなかったのだが。


 そんな中、気持ち悪い笑みを浮かべた神童がやにわに詠唱を始めた。

 いつもなら不格好なものが仕上がっていたところだが、今日はやけに魔法の扱いがうまくいっている様子。


「よっしゃできた!」


 具現化した水球を見て声を上げる神童。

 いったい何を企んでいるのかと智也は訝しみ、先生の元に集まる女子の群れと神童とを順に見て、彼のくだらない考えに気付いてため息を溢した。


「ほ、ほら、ここにも可愛いスライムちゃんが……!」


「アホか」


「言っとくけど、アンタにやってもらわなくても別に出来るから」


 滑稽な神童を藤間が白けた目で見やり、唯一女子の中で興味を示していなかった水世が、こともなげに同じ物を具現化させていた。

 それにまた女子の歓声が揚がり、神童が悔しそうに地団太を踏む。


「くそー! こんなはずでは!」


「おい、神童!」


 先生が忠告するも、既に遅かった。

 暴れた際に勢い余って水球に強い衝撃を与えてしまい、可愛げのあったスライムボールのようなものが、恐ろしい爆弾へと成り代わる。


「あ……ぉぶふっ!!」


 絶望の表情を残して、凄まじい破裂音と共に神童が吹き飛んだ。

 智也たちは一瞬の出来事に何が起きたのか理解できず、ただ体育館の壁に打ち付けられて気絶している神童の姿に、絶句していた。


「ったく、しょうがねぇな。一旦休憩にしよう」


 やれやれと頭を掻きながら、先生が神童の様子を見に行く。

 そうして、授業は一時中断となった。



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