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第三十一話 「水面下に潜む脅威」



 荒れた息を整えながら体育館の天井を見つめる。


 先生の指導の下、魔法の改造アレンジに成功した智也は実戦も兼ねてその練習をすることになった。

 そして、的当てと称した地獄のトレーニングが始まり、疲弊した果ての姿がこれである。


「十二、三発くらいだな~」


 真横から聞こえる覇気のない声。

 そちらに顔を向けようとするも、凄まじい倦怠感に襲われて首も動かせない。――いや、身動きが取れないのはそれだけが原因じゃない。

 自分の身を包む柔らかな感触に、全神経が持っていかれているからだ。


「これ……こんなの体育館にあったんですね……」


「まぁな~気持ちいいだろ~」


「はい……これは人をダメにするやつですよ……」


「だよな〜」


 薄桃色の球体を並べて、怠惰を極めた男二人が背中を預けている。

 ソレは、大人が手足を広げても余裕があるほどの大きさで、触れると吸い込まれるような絶妙な柔らかさがあった。


 曰く『魔導具』という物らしく、球体に触れている者の魔力を回復させる作用があるらしい。

 その柔らかい感触に治癒効果も相まってか、人を堕落の道へと誘うその『魔道具』の名は、『甘い誘惑(イベリス)』と呼ばれているそうだ。


「……」


「……」


 もはや口を開くことすら怠り、二人はただその身を『甘い誘惑(イベリス)』に委ねている。

 誰も止める者がいないこの状況では、永遠と惰眠を貪ってしまいそうだ。


「――そういえば、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」


「んあ?」


「この学園にリリムって名前の人いますか?」


 そのまま意識を手放してしまいそうだったが、急に思い出したように問いを発した智也に、先生は灰の眼を細めた。


「いや、いないと思うが」


 ――いない?


 確かにルサは、学園に父親がいると話していたはずだ、と智也は心の中で呟く。

 二人が嘘をついているとは思えないし、その必要性も感じられない。

 一体どういうことなのかと思慮していると、上体を起こした先生が怪訝そうな顔でこちらを見つめてくる。


「どうかしたのか?」


「あぁいや、なんでもないです」


「……そうか。何かあったら遠慮なく言えよ」


「はい……あ」


 頭の後ろで手を組んで、再び寝る体勢に入った先生が、智也の声に片目を開ける。

 何度も呼ぶつもりはなかったが、ちょうど聞きたいことを思い出してしまったのだ。


「もう一ついいですか?」


「なんだ?」


「黒いローブを着た人って見たことありますか?」


 ――その問いを発した瞬間、灰色の双眸が大きく見開かれた。


「黒霧、お前それをどこで見かけた?」


「いや、話に聞いただけなので……」


 さっきまでの腑抜けた顔から一変、急に真剣な表情に切り替わった先生に、智也は面食らってしまう。


「どこで聞いた?」


「……街の射的屋です」


 一瞬にして変わった場の空気についていけず、戸惑いを隠せない。

 そんな智也に鋭い眼差しが向けられ、その気迫に圧倒されながら答えると、先生は何か考えるような素振りを見せた。


 明らかに、事情を知っている者の反応だ。

 智也的には少しでも件の店主のために力になりたいと思っているので、何らかの情報を持っているのであれば共有させてほしいところである。


「あの、何か知ってるんすか?」


「あー、半年前くらいから現れた妙な連中だよ」


 思い切って尋ねてみると、先生は少し悩んだように喉を唸らせてから、顎にやっていた手を後頭部へと回した。


「連中……? 複数人いるってことですか?」


「あぁ。もし見かけても絶対に関わるなよ」


 又聞きした情報でしか知らないが、そこまで言うほどのものなのかと疑問に思う。

 確かに人柄の良い店主とは真逆の存在のようにも思えるが――と心の中で独り言ちて、疑念を抱く智也を灰の眼が射抜く。


「よからぬことを企む陸でもねぇ連中だ。最近魔物の動きが活発化してるのも、おそらく奴等の仕業だろう」


「魔物……」


 魔法と同様に、元の世界では全く馴染みのなかった不可思議な存在。それと同時に、智也がこの世界に来て一番最初に目にした存在でもある。

 考えないようにはしていたが、今でも思い出せば恐怖で身が竦んでしまう。あんなものが蠢いていると思うと、寒心に堪えない。


「いったい魔物ってなんなんですかね」


「出自は分からねぇ。どこからともなく現れて、人を襲い始めたんだ」


「じゃあ黒ローブたちは、その魔物を使って何かをしようとしていると?」


「さぁな。陸でもない連中だ、間違いなく世のため人のためとは思っていないだろう。つーか、そんなこと聞いてどうするつもりだ?」


 猜疑心を孕んだようなその声に、智也は委縮してしまう。

 この世界に関して何も知らなかったが為に、つい根掘り葉掘りと聞いてしまったのだ。と言っても、その真意は強い正義感からくるもので、特に後ろめたい気持ちなどはない。

 ならばここは、正直に真情を吐露すべきだと考えて、


「その……店の人が困っていたので、自分にできることがあればと思ったんですけど……」


「なるほど。お前の気持ちはよく分かったが、連中は危険すぎる。子供だからって危害を加えないとは限らねぇからな」


「え……」


 どうやら二人の間に齟齬が――否、おそらく智也の認識が誤っているようだと自覚した。

 あくまで智也の中では子供の悪戯の域を出ないものだとばかり思っていたが、先生の話を聞いて一気に危険な匂いが立ち込めてきた。

 それならば、先の忠告の言葉も腹に落ちる。



 ――プシューっと、空気が抜けるような音が耳の後ろで鳴った。



「え?」


「あぁ、もう時間か」


 少し残念がるように先生がそう言って、智也は自分の背中に意識を向けた。

 それを認識した直後、膨らんでいた球体が見る見るうちに小さくなり、萎んだ風船のような元の姿に戻っていく。

 どうやら使用時間が限られていたようで、二人の至福のひとときは終了したようだ。

 背中で潰れる『魔導具』を引っ張り出し、智也は不思議そうにそれを見つめる。


「これって、もう一度使ったりはできないんですか?」


「残念だがしばらくは無理だな」


「そうですか……」


 なんなら下宿屋に持ち帰り、ベッド代わりにしたいくらいの心地よさだったのだが、時間が掛かると聞いて智也は肩を落とした。


「さっきコイツには魔力を回復させる作用があると話したが、その為の魔力を蓄えるのに、時間が掛かるんだよ」


「人じゃないのに勝手に魔力が溜まるんですか?」


「魔物の特性を活かして加工されてるからな。とはいえ、その回復量は微々たるものだ。俺みたいな魔力量の多いヤツが使っても、得られる効果は薄い。だがお前になら……コイツも活用できるはずだ」


「そうですね、さり気なく自慢してますか?」 


「ハハ、お前もそのうち強くなるんだから別にいいだろ?」


 そう言ってケラケラと笑う先生。

 一見して小馬鹿にされているようだが、そこに悪意がないことを智也は理解している。

 だから本来なら不快に思うだろう発言でも、先生への信頼と、自分に向けられている期待の眼差しから、受け止め方を変えられた。


「というか、じゃあなんで先生も寝てたんすか」


 魔力が多い者にとって恩恵が少ないのであれば、こうして一緒になって横になる必要などなかったはずだ。そもそも、回復しなければいけないほどの魔力を、彼は用いていない。

 智也の魔力が尽きるまで頑張っても、結局ただの足捌きだけで躱されたのだから。


「それにしても良い天気だなー」


「なに頓珍漢なこと言ってるんすか……」


 体育館の天井を見上げ、見えもしない空模様について語りだした先生に、智也はため息を溢した。


「――降魔先生、降魔先生、至急学園長室までお越しください」


 と、突然頭上から降り注いだノイズ音に続いて、どこかで聞いたことのあるような柔らかい声が、拡声器に乗って館内に響き渡る。

 その声の主が誰のものだったか考える智也の横で、


「あーめんどくせー。居留守でいいか」


「――降魔先生、第一体育館に居るのは分かっていますよ」


 相変わらずの教師らしからぬ発言に智也は苦笑して、続く学園長のものであろう発言に目を剥いた。

 驚いて周囲を確認するが、これといって監視用のカメラがあるわけではなさそうだ。


「えっと……行かなくていいんすか?」 


「大丈夫大丈夫」


 頭を掻きながら呑気に欠伸をする姿に、関係のない智也の方が不安になる。

 もしかしたら自分のために気を遣ってくれたのかとも考えたが、本当にめんどくさいだけなのだろう。

 そんな風に智也が呆れていると、全く突然出し抜けに、先生の足元が強く光りだした。


「げ、あの野郎ッ……」


「……!?」


 同じ驚愕の表情を浮かべたが、先生のそれと智也のとでは、大きな違いがある。


 まるで嫌なものを目にしたように顔を顰める智也。

 何故なら、この世界に来る切っ掛けとなったあの魔法陣が、今そこに発現しているからだ。

 と言ってもこちらに来たことを後悔してるわけではなく、ただ目の前の不気味なソレに、言い知れぬ嫌悪感を抱いているだけである。


 先ほど『改造魔法アレンジまほう』を作った際にも同じ類のものを目にしているが、あれとこれとでは何か別物のように智也は感じていた。


 異様な空気を醸し出すその魔法陣をじっと見つめて――、


「どうした、大丈夫か?」


「……あ、はい」


 先生の声で、智也は我に返った。


「悪ぃな、今日の練習はここまでだ。授業が始まるまで適当に休んでてくれ。あーあと、戸締まりはしなくていい。午前の授業は第一ここでやるからな」


 口早にそう伝えると、眩い光が先生を包み込み、魔法陣もろとも目の前から消え去った。


「――転移魔法」


 跡形もなく消えた先生の影を見つめて、智也はそう呟く。


 対象者を全く別の場所へと移動させる魔法。

 智也のゲーム知識ではその程度しか分からないが、どのゲームや漫画でも、総じて高難度の魔法として扱われている。

 それをこうも容易く、ただ先生を呼び寄せるためだけに使うくらいだ。名も知らぬ学園長の実力の片鱗を、智也はそこに垣間見た。


 そして、同じことをやってのけた――いや、おそらくそれ以上のことを仕出かしたであろう金髪少女に対して、いっそう謎は深まるばかりである。


 彼女は何者で、なんのために智也をこの世界に連れてきたのか。

 その答えは、今はまだ分からない――――。



 ✱✱✱✱✱✱✱



 リヴ魔法学園の最上階の一角に、扉のない部屋がある。

 主の許可なしでは足を踏み入れることのできないその空間は、学園で一番――いや、この街で最も位の高い者が住まう場所だ。

 故に本棚や机、長椅子といった家具から、絨毯や絵画といったインテリアのそのどれもが高級品であり、埃一つ見当たらないほどキレイなのは――主の性格だろうか。


 そんな清潔な空間に、淀んだ空気を纏わせる男が光と共に現れる。


 教室と同じか、それ以上に広い空間を贅沢に占領している大きな採光窓。そこから降り注ぐ陽光を背に浴びながら、デスクの上で手を組む主の顔を、今しがた現れた男がため息混じりに見据えた。


「ったく……いったい何の用すか、学園長」


「そんな嫌そうな顔をしないでほしいな」


「わざわざ転移魔法使ってまで呼び付けるってこたぁ、どうせめんどくせーこと頼まれるって分かってんだよ」


 部屋の主、改め学園長の口調は至って穏やかで、メガネの下では糸のように細い目が笑っている。

 その反面、頭をガシガシと掻く灰の眼の男は心底ダルそうだ。


「ふむ。さすが長い付き合いだね、恭吾くん」


「その呼び方はヤメろ。俺ぁもう教師なんだ」


「あぁ、すまない。ついね」 


「で、要件は?」


 組んでいた手を解き、傍らにあった金の模様入りのティーカップへ伸ばそうとする学園長を、男が急かすように詰め寄る。


「約半年前、君が取り逃がした連中についてだよ」


 その足が、ピタリと止まった。


「はっ、嫌味ったらしい言い方だな。仕事はまだ終わってねぇって言いたいのか」


「それは君の捉え方次第かな。――奴等の動向を抑えた」


「居場所が分かったのか!?」


「どうも複数の拠点があるみたいでね。そこまでには至っていないよ」


 朗報にしては期待はずれだと、小さく舌打ちを飛ばす男に学園長が苦笑を漏らす。


「それでも手がかりは見つけたよ。隣町に、一つ拠点を置いているようだ」


「そこを潰しに行けと?」


「いいや、今回はそっちじゃないよ。君も知っての通り、連中は半年前にどこからともなくこの街に現れた。その際に盗難騒ぎがあったようでね、その件で前々から依頼が入っていたのさ」


「盗難? あいつらの目的は――」


「そうだね。だけど君が相対した者と同じ仲間で間違いなさそうだよ」


 何らかの違和を感じて、男が灰の眼を細める。その心中を推察した学園長が相槌代わりにメガネを押さえ、レンズ越しに目線を合わせた。

 その感情の読めない眼差しを嫌がるように男は顔を顰めて、


「まどろっこしいな。結局のところ何が言いたい」


「人間、味を占めたらもう一度手を出したくなるものさ」


「はーん、さては街の護衛をしろってか。それなら暇してる専門家がいるだろうよ」


 再び気怠そうに頭を掻いて、ため息をこぼす。そんな男に学園長は含み笑いを浮かべ、そっとティーカップを手に取った。

 中の紅色の液体を少し口に含んで喉を潤し、それから――、


「狙われた店は、いま君が担当している生徒の家のようだね」


「ッ……! ったく、たちが悪ぃんだよ!」


「私に怒鳴られても困るよ。怒りの矛先は、連中に向けておくれ」


「ちっ、それでいつ現れるんだよ」


 灰の双眸を見開いて驚いたのも束の間、諭されていることに気付いた男が怒りを露わにする。

 目の前の人物の婉曲な表現に苛立っているのか、それとも半年前に取り逃がした自分に腹を立てているのか。

 荒れた感情はそのままに、怒気を孕んだ声で問い質すが学園長は動じない。あくまで穏やかに、淡々と応じる。


「場所は『射的屋』。今夕、そこに連中の一人が現れるとのことだよ」


「やけに曖昧な物言いだな。それは当てにできんのか?」


「問題ないよ。美月みづきくんが仕入れたものだ」


「どうりで誰もいない訳だ」


 室内を見渡して、いつもいるはずの影が見えないことに納得した男が、今度は冷静な眼差しで学園長を見やる。


「良いのか? 誰かしらそばに置いておかなくて」


「私の身を案じてくれているのかい?」


「別に。そういうもんだと思ってただけだ」


 ティーカップに描かれた薔薇模様を指で触れながら、彼はその温顔に微笑を浮かべた。


「案ずることはないよ。知っての通り、ここは私の許可なしでは入れないからね。それとも――なにか別の要因かな?」


「アンタに関しちゃ、懸念すべき点を探すほうが面倒だ」


 誇らしげに語る学園長にぶっきらぼうに言葉を返して、男は踵を返すとそそくさと部屋の出口へと向かっていく。

 といっても入り口がないのだから、当然出口らしきものは見当たらないが。


「もう行くのかい?」


「用は済んだろ。俺は授業で忙しいんだ」


「相変わらずだね」


 部屋の隅に、小さく光る床がある。正確には――床に描かれた魔法陣が放つ光だ。

 その上に背を向けたまま立つ男に、学園長が苦笑を向ける。

 お互いそれ以上は言葉を交わさず、静かな部屋でただ光だけが強さを増していく。

 やがて男の体が完全に光に飲まれると、次の瞬間には消えていなくなった。


「――やれやれ、私も忙しくなりそうだ」


 一人となった学園長室で、彼はそう嘆息する。

 それから組んだ手に顎を乗せ、淡い光を放つ別の魔法陣を見つめて、細い目をさらに眇めた。



 ✱✱✱✱✱✱✱



 広大な平原に隣接する、鬱蒼とした森がある。

 元は人の手入れが行き届いた綺麗な場所だったが、奇妙な噂が立つようになってから人々は足を踏み入れるのを躊躇うようになった。

 その結果、草木は乱雑に茂り、やがて日の差し込まない深い森へと化けていったのだ。


 樹木が密集した薄暗い場所は、魔のものにとっては格好の住処であった。そのため人の出入りが少なくなればなるほど、相対的によからぬものが集うようになる。

 そうして曰く付きの地は、名実ともに『死を招く森』となったのである。

 

 そんな死地を、小さな影が走り抜けている。

 危険を顧みず、まるで花畑を駆けるかのように颯爽と。


 ただの命知らずか、はたまた地理に疎い迷い子か。どちらにせよ、危険区域に指定されているこの森へは、領主の許可なしでは入れないはずだ。

 しかしそんなことはお構いなしに、小さな影は森の奥深くへと突き進んでいく。本来なら我こそはと襲いかかるであろう魔のものたちが、やけに静かだった。


 木々の間を潜り抜け、雑草を払い、倒れた大木を飛び越える。そうして奥へ進めば進むほど、日の光が弱まっていく。

 やがて一際高い木々に囲まれた場所で――廃社がその存在を顕にした。


 赤い塗料が剥げた鳥居に、緑に侵食された石灯籠。拝殿――いや、廃殿と化したお社は、辛うじてその体裁を保っているが半壊していて目も当てられない。

 もう、いつの時代のものか分からないほど古びた神社だった。


 神主はどこへ行ったのか、既にいないのか。仮にいたとして、こんな死地に参詣する人などいないだろう。

 森深くに位置する廃社は、その暗さも相まってか不気味さを醸し出していた。



 いや――――違う。



 血気盛んであるはずの魔のものたちが、揃って大人しくなるほどの畏怖感。

 何も知らずにやってきた野生の鳥が、思わず恐れ慄いて飛び立ってしまうほどの恐怖心。それを与えているのは、年季の入った廃社ではない。

 その影に潜む、『なにか』だ。


 それが人なのか、魔物なのかは分からない。ただ、大きな『影』がそこに存在している。

 ――そう。この戦慄は、その者から漏れているただの気によるものだった。


 死地を駆け抜けてきた者が、その影を見つけてあろうことか微笑みを浮かべた。

 そして小さな影はそのまま畏怖の対象へと近付いていき、


「なに笑ってやがる」


「ふふん、『おむかえ』に来てくれたの? グレン」


「別にそんなんじゃねえよ」


「ふ〜ん」


 ぶっきらぼうに答える大きな影の周りを、小さな影が嬉しそうにクルクルと回る。


「それで? どうだった」


「すごく『ちゅうしょうてき』ね。私が『えらくて』『かしこく』なければ、つたわらなかったわよ」


 小さな影が、まるで腰に手を当てて偉そうにふんぞり返るかのような動作を見せ、それに大きな影の方が吐息を漏らした。


「見つけたよ」


「――そうか、それは何よりだ」


「あいかわらず『あいそ』がないね。もっとよろこべばいいのに~」


「ふん。いったい何年待ったと思ってやがる」


「知ってる? グレンみたいな人はツンデレって言うらしいよ」


「あ? 勝手に決めてんじゃねえよ」


 暗くてその風姿は見定められないが、先ほどまでこの森に威圧感を与えていた存在とは思えないような、平凡な会話を繰り広げていた。

 怖そうな人が意外と子供に優しいのと同じように、畏怖の対象であるその者も、小さき者には優しくあるのだろうか。


「ふーんだ」


「おい、どこ行く気だよ」


「グレンが『ぶあいそう』だから、わたし一人で帰る」


「それじゃ迎えに来た意味がねえだろうが」


「ふふん、やっぱり『おむかえ』に来てくれたのね」


 欲しかった答えが得られて満足したのか、再び小さな影が寄ってくる。

 それに対して大きな影は、まるで照れ隠しをするかのように鼻を鳴らし、


「用は済んだんだろ。ならとっとと帰るぞ」


「は~い」


 小さな影が元気よく手を上げた直後、何もなかった空間に漆黒の渦が生まれた。

 まるで一つの生物かのように蠢くその中に、大きな影が吞まれていく。それに続くように小さいほうも片足を踏み入れて、やがて全身が取り込まれた。

 最後に後ろを振り返った小さき者が、その愛らしい顔に妖艶な微笑みを浮かべて。





 彼らはいったい何者だったのか、その姿は闇に紛れてついぞ分からない。

 ただ森の入り口から深部へと、まるで重機でも通ったかのように地面が抉れているのを見ると、アレはどちらも異様な存在であったと、そう断定できるだろう。



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