第三十話 「『改造魔法』」
――今からお前に、魔力のケチり方を教える。
そう言った先生は、智也に向けて不敵に笑った。
「いや、でもそれは……」
できないはずだと、智也はそう思っている。
一度の魔法に要する魔力の量というのは決まっており、規定値以上の魔力を用いることで、魔法を『改良』することが可能となるのだ。
その反面で、規定値に満たない魔力では具現化に失敗してしまう。――だからこそ、そこに斑のあった智也はわだかまりを抱いていたのだ。
「お前の考えてることは正しいぞ。いま話したことを普通にやっても上手くはいかない。だが言ったはずだ、魔法ってのは奥が深いってな」
そう言って先生はその場に屈むと、体育館の床に手を付けた。
「Reve11『展開』」
何を始めるつもりなのかと注視していれば、突然おかしな詠唱を唱え始めた。
十一番の魔法は【火弾】のはずなのにと思いながら、智也は眉をひそめる。
そんな疑問を抱いたのも束の間。見たことのない魔法陣が体育館の床に展開されていく。
「何ですか……これ?」
「見たまんま、魔法陣だよ」
「そうじゃなくて」
智也の冷めた視線に、先生は「少々意地が悪すぎた」と乾いた笑みを浮かべる。それから床の魔法陣へと目を向けて、
「コイツには複数の魔法式が組み込まれていて、それらが一つに重なり合うことで魔法ってのはできてんだ」
「魔法式?」
「例えば、それがどんな形状なのか、とか。どういう軌道を描くのか、とか。まぁ言わば……魔法の性能ってヤツだな」
「形状……ちょっと待ってください。その話でいくと、魔法を具現化させる際にイメージを浮かべる必要なんてなかったのでは?」
そのとき先生が口元を歪めたのを、智也は見逃さなかった。
おそらく自分の立てた仮説は合っているのだろうと確信を持って、更に追及していく。
「『魔導書』に記載されている説明や絵を参考に、よく理解してイメージを固め、頭の中で描きながら魔力を集めて詠唱と共に放出する――先生からそう教わったはずです」
「あぁ、その通りだ」
「でも今の説明だと、その過程が全て魔法式によって補われている気がするんですけど」
「いい着眼点だ。魔法ってのは本来、魔法式を組んでおけば言霊だけで具現化ができる。だから大昔なんかは、その総称として『言霊魔法』なんて呼ばれてたらしいぜ」
「じゃあ本当に……」
「そうだ。イメージを浮かべるなんてめんどくせーことしなくても、魔法は撃てる」
先生の話していることは理解できても、納得はできなかった。
授業で教えてくれたやり方がまどろっこしくて「めんどくせー」方法ならば、なぜ最初から――、
「なんで最初から教えてくれなかったのかって顔してるな」
心を見透かされ、智也は返事に窮した。
とはいえ、ちゃんと弁明してもらわないと溜飲を下げることはできない。
それが分かったからか、先生は今度は意地悪せずに説明してくれた。
「魔法を具現化させる際に、より多くの魔力を注ぐことによって属性の相性をも覆せる。って話したよな?」
「『改良』ってやつですよね」
「おぉ、よく知ってんな。その『改良』のために必要なのが、魔力と想像力になるわけだ」
「ということはつまり……先んじてその練習をさせていたってことですか」
「要は癖付けだよ。日頃から想像力を鍛えておけば、いざってときにその力を遺憾なく発揮できるだろ?」
そこまで先のことを見据えていたとは知らず、不信感を抱いた自分が恥ずかしくなった。
そんな智也を責めるでもなく、先生は薄い笑みを浮かべて、
「本題に戻るが、いま説明した通り魔法ってのは複数の魔法式から成り立っている。簡単に言えばその魔法式を弄れば……魔力の節約が可能ってわけだ」
「……」
魔法式を弄る――そんな未知の体験を前に、智也は期待と困惑が入り混じったような心境だ。
胡坐をかいて座っている先生に手招きされ、おずおずとその横に膝をつく。
「後々授業でもやっからざっくり説明するぞ。魔法式は大きく分けて、五つある」
先ほど展開させた魔法陣――六芒星を中心に、二重の円や見たことのない文字や記号で構成されたそれを、先生が一つ一つ説明していく。
「外側から『地核』『風核』『流核』『外核』『内核』っつって、それぞれが詠唱、形象、動作、魔力、属性の役割を担っている」
「じゃあ……魔力の役割である『ガイカク?』の部分を変更すれば、魔力の節約が可能ってことですか?」
「あー惜しいが少し違うな。『外核』だけ弄って魔力の消耗を抑えられるなら、そもそも魔力量を増やす練習なんざ要らないだろ?」
言われてみれば確かにそうだ、と智也は得心する。
簡単に消費魔力を最小限にできるのなら、中級魔法だろうが上級魔法だろうが無造作に扱えてしまう。
複雑な魔法を扱うためには、やはりそれ相応の原動力が必要となるのだろう。
ということはつまり、
「魔力の消耗を抑えるには、魔法を簡易化させればいい……?」
「そういうこった」
自力で答えを導き出した智也に、先生は口元を歪めて笑った。
とはいえ中級や上級ならまだしも、そもそものレベルが低い初級魔法を、更に簡易化させることなどできるのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、智也は先生の指を目で追いかける。
「五つある中の『風核』……コイツに手直しを加える」
どこかアルファベットに似た記号が、円に沿って十二個並んでいる。その内の一つに先生の指が触れると――白く光って消えてしまった。
まるで手品のようだと智也が思っていると、先生は「不思議か?」と言って不敵に笑う。
「軽く触れれば簡単に消せる。そんで、別のものに書き換えるんだ。とりあえずは見様見真似でやってみろ」
骨張った手でありながら、しなやかで細長い指先。それが魔法陣の上で滑らかに動き、触れた部分が発光していく。
魔法という概念はもう既に日常に浸透しているというのに、まるで初めて触れたときのような感銘を、智也はいま受けていた。
「それって、ほんとに俺もできるんですか?」
先生が顎を引いたのを確認して、先の一風変わった言霊を唱える。
その後、同じように床に浮かび上がった魔法陣を見て、智也は感嘆の息を漏らし、恐る恐る指で触れてみた。
一瞬の発光と共に、そこに記されていたはずの記号が消えていく。
その不思議な体験に感動していたところ、先生から次なる指示が出された。
「そこにこれを書いてみろ。やり方は指先に魔力を集めればいいだけだ」
「指先……」
仮に書き損じたとしても修正が利かないわけではなさそうだが、そうと分かっていても緊張はする。
とはいえ、見たことのない記号であっても隣の見本を参考にすれば、そう難しくはないか。
「これで合ってますか?」
「あぁ。いまお前が変えたのは、『風核』の中で『強度』を司る部分だ」
「強度?」
「物質の強さの度合いだよ。防御魔法で言えば耐久力で、攻撃魔法は破壊力ってとこか」
その説明を聞いて、「ゲームでいう魔法の威力みたいなものか」と智也は心の中で呟いた。
「でだ、さっきも話したが魔力を節約するためには何らかの代償が必要となる。『強度』を落とせば撃ち合いには敵わなくなるが、『速度』や『範囲』なんかを捨てるよりは……有効打を取れば勝てる対人戦において、最も実用性が高いと判断した」
そこまで考えてくれていたのかと、思わず智也は絶句した。
確かに先生の考えは合理的であり、整合性がある。
今度の模擬戦――ひいてはクラス対抗戦において、重要なのは魔力量の多さだけではない。
もちろん、絶大な魔力によって他を圧倒できるならそれに越したことはないが、少ない魔力量でも駆使すれば、希望を見出だせるルールなのだ。
だからこそ先生の提案は、今の智也にとって驚くほどに最適解であった。
「別に他のでも良いぞ?」
「いや……このままが、これがいいです」
驚きの余り黙り込んでいた智也の反応をどう捉えたのか、先生がそう気遣ってくれる。
だが智也にはその提案を拒絶する選択肢など、あろうはずがなかった。
――目の前の物臭な男が、自分のためだけに勘案してくれたのだから。
「んじゃ、同じような感じで『外核』もやるぞ」
「はい!」
そうして、引き続き先生に手本を見せてもらいながら、智也は魔法式を書き換えていった。
✱✱✱✱✱✱✱
「――よし、できたな」
「なんか、記号や文字を書き換えただけで魔力の消耗が少なくなるって考えると、ちょっと変な感じっすね」
「その言い方は少し語弊があるな。それだと勝手に排出量が切り替わったみたいにならねーか? あくまで魔力量は、俺たちが調整するわけだからな」
「確かに……」
ついゲームじみた思考をしてしまう智也に、先生がそう指摘する。
しかしそうなると、せっかく節約できるようになっても智也がうまく調整できなければ意味がないように思える。
「まずはその調整に慣れる必要があるな」
相変わらずの察しの良さに、智也は喉を唸らせた。
もしや、自分の頭上に吹き出しでも出ているのかと疑いたくなったが、それこそゲームじゃないんだからと自嘲して、
「これってもう試せるんですか?」
「んや、最後にもう一つやることがある。今のままだと、どっちの【火弾】が出るかわからねぇからな」
「ということはつまり……」
「魔法名を変える必要がある」
その発言を聞いて、智也の頭に電気が走った。
年頃の男の子が、その甘美な響きに胸躍らせぬわけがなかろう。
元の世界では好きなゲームや漫画を模倣してアレンジを考えたこともあったが、この世界ではそれが妄想に留まらず、現実となるのだから尚の事。
「魔法名……」
「頭に『火弾』が付けばなんでもいいぞ。まぁ、言われてすぐ考えるのは難しいとは思うが――」
「あかわし、赤鷲がいいです!」
「お、おぉ……早いな」
魔力属性検査のときの比じゃないくらいに目を輝かせる智也に、先生が少し引き気味に笑う。
あからさまに彼を意識した命名だったが、どうやらそれには気付いていないようだ。
「最後にその魔法陣にお前の魔力を流して、さっき教えた言霊を唱えれば完成だ」
「――Reve11『終幕』
言われた通り魔法陣の中心に手のひらを合わせて魔力を流し込む。すると、光を放ちながら渦のように回転し、あっという間に消えてなくなった。
「これ……成功でいいんですか?」
「あぁ、もういつでも使えるぞ。なんなら……いま試してみるか?」
そう不敵に笑うので、智也は緊張で少し心臓が跳ねた。
――まるで、初めて魔法を使ったときのようだ。
期待と、高揚感と、少しばかりの不安を抱きながら立ち上がる。
うるさいくらい鼓動が早くなっているが、無理もない。
なにせこれはオリジナルとまではいかないものの、智也だけの『特別な魔法』なのだから。
遅れて腰を上げた先生を横目に見て、智也は深く息を吸った。
「Reve11――【火弾/赤鷲】!」
右手に集めた魔力が、形を成して射出される。
ただの赤く燃える火球。見て呉の変化も特にはない。
だけど、
「すごい、ほんとに少しの魔力で具現化できた」
「それがお前の『改造魔法』だ」
魔法を扱う際に、魔力の消耗度合いによって少なからず疲労を感じる。それがいま緩和されていたのを、智也は体感した。
そもそも魔力量が極端に少ない智也は、簡単な初級魔法でさえ体内の魔力を搔き集めなければいけない。その労力が軽減していたのだから、そういうことである。
「これがあれば……」
これがあれば、少ない魔力でも多少は長持ちさせられるし、ノーマルとアレンジを使い分けることによって、戦略の幅も広がる。的当て、練習試合、対抗戦、どれにおいても有用なものとなるだろう。
「先生、ありがとうございました」
「例を言うのはまだ早い。使い慣らすためには、もっと練習が必要だろう」
確かに今の一回で感覚を掴めたわけではない。
どうせ節約するのであれば、具現化できる最小限の範囲を見極め、無駄を省くべきである。
そして先生は、ただ闇雲に撃つだけという練習をさせるつもりはないらしい。
「もしかして……」
「魔力が切れる前に、一度でも俺に当てればお前の勝ち。――この前の授業の続きだ」
そう言って口の端を吊り上げる先生に、智也は地獄の始まりを悟った。
この節約術があれば的当てにだって活用できると考えたが、あくまでそれは普通の的に関しての話だ。十四人掛かりで掠りもしなかった相手に、智也一人でどうこうできるわけがない。
そうと分かっていても、練習のためにはやるしかない。それにいくら絶望的とはいえ、やる前から諦めていては目の前の男には到底近付けない。
「うしっ、どっからでもかかって来い」
「――行きます!」
覚悟を決めて、智也は言霊を唱えた。




