第二十七話 「反省会」
「でも恭吾くん。水を差すようだけど、一人の生徒を贔屓するのは良く思われないんじゃない?」
「何言ってやがんだ。授業に遅れてる生徒に補習を受けさせるだけだろ?」
「な~るほど、その手がありましたか」
智也が保健室を出ていったあと、若い男女が談話を交わしていた。
片や丸みを帯びた栗色の髪をした白衣の美人と、身に着けたスーツと不釣り合いな、覇気のない表情の黒髪の男。
美人の方は含み笑いを浮かべているが、男の方は眉をひそめている。
「やっぱり二人って似てるよね」
「どこがだよ」
「性格とか喋り方とか仕草とか……あと、頑張ってるとことか?」
「あ?」
先ほどまで自分の胸の中で泣いていた少年と比較されるも、男にはその実感がないらしい。頭を乱雑に掻きながら再び眉を寄せると、「そういうとこ」と言って白衣の美人が笑った。
「それにしても、恭吾くん立派な先生になったね。ちょっと私まで泣きそうになっちゃった」
「なんでお前が泣くんだよ」
「えへへ。なんだか昔を思い出してさ」
その言葉に、男は口を噤んだ。
覇気のない眼差しはどこか遠くを見つめているようで、それに釣られて女性の方も同じ表情になったが、重くなった空気を取り払うようにすぐに笑みを湛えた。
「午後からもお勤め頑張ってね!」
「あぁ。なにかあったら、また頼らせてもらう」
そう言い残して去り行く背中に、「なにもなくてもいいのに」と、女性が小さく呟いた。
✱✱✱✱✱✱✱
「全員集まってるな」
真っ白な空間――魔法訓練室に集まった顔ぶれを見ながら、先生が宇宙一適当な点呼を取る。
「まず、今回のチーム戦よく頑張った。期待以上の試合展開に、俺も少し楽しませてもらったよ。だが結果がどうであれ、各々反省すべきところはあるはずだ」
「そのための、これってこと?」
「まぁそうだろうな」
国枝が問うているのは、事前にチームで集まって座るよう指示されたことだ。それに智也は首肯しつつ、一番反省点が多いのは自分だろうなと、自嘲した。
「せっかくだ、この場で各自反省すべきところを考えてもらう。入学してまだ日は浅いが……自分を見つめ直すことは大切だ」
そう言って、先生はCチームの方へと視線を向けた。
「まずはお前らからだ。端っから人数不利な状態ではあったが、二人とも上手く立ち回ってたな。敗因を人数差と捉えてもらっても構わねーが、見直せるとこは改めていくべきだろう」
「お? 二人?」
「紫月未奈」
「は、はい」
何らかの違和を感じた神童が反応を示していたが、反省会とやらはそのまま進行されていく。
「自分の反省点はなんだと思う?」
「……私が、弱かったからですか?」
「俺は実力の話をしてるんじゃない。分かるか?」
自信無さげに答える紫月に、先生が優しく問いかける。
それに対して小さく頷いて、一瞬目を伏せたのちに、何か思いついたように顔を上げた。
「神童くんがおらんくなって、そこで焦って冷静な判断ができませんでした」
「あれ、もしかしなくても俺のせいじゃね?」
「誰しも不慣れなことをするときは緊張するものだ。だがな、緊張や不安は案外悪いものでもない」
「そうなんですか……?」
「確かに緊張することで動きや思考が鈍ることもある。だが逆に集中状態に入ることで、真価を発揮できたりもするからな」
会話の最中、いまいち釈然としていなかった紫月だが、続く説明で得心が行ったよう。
そうして小さく息を漏らす紫月に、先生は灰の眼を細めた。
「最初の、十二番の工夫の仕方は見事だった。使用できる魔法が限られている中で、そうやって柔軟な発想ができる奴は強い」
「強い……」
「あぁ、初めてにしちゃ上出来だよ。周りと見比べて悲観する必要なんざない。お前はそのまま自分を信じて、研鑽を積んでいけばいい」
思った以上に先生が紫月を誉め立てるので、智也は少しそれを羨ましく思いながらも、しかし自分のことのように真剣に聞いていた。
「改善点を挙げるとするなら、メンタルの弱さだろうな。それに関しちゃ場数を踏むしかない。それと……自分の癖が読まれていたことは自覚してるか?」
「いえ……分かりませんでした」
「まぁ、あれは守りに入った時点でどの道詰んでいただろうがな。相手が悪かったが、それも改善できる部分はある」
その話を聞いて、何故か国枝と七霧が揃って智也の顔を見た。
確かに策を講じたのは智也だが、それを実行したのも、成し遂げられる実力があったのも彼らだというのに。
「攻守ともにワンパターンだと対処されやすい。今後授業でも教えていくが、色んな魔法の練習をしてみるといい」
「はい……!」
それまでずっと両の手を揉み合わせていた紫月が、表情を明るくさせて元気よくそう答えた。
「水世怜」
「はい」
「はい……え? 俺は?」
続いて、Cチームのリーダーを務めていた水世の名が挙がる。
カーディガンにマフラーという暑苦しい装備は健在のまま、何食わぬ顔で先生の呼びかけに応じている。
透き通るような白い肌には汗一つ浮かんでいないが、或いは極度の寒がりなのだろうか。
「お前は特に動きが良かった。判断力、魔法の応用力、神童の使い方、そのどれもが完璧だ」
「いま神童さんの使い方って言わなかったっスか?」
「おれもそう聞こえたけど……」
「俺もそう聞こえたんですけど」
首を傾げる国枝と七霧に続いて、神童が間抜けな顔でそう呟く。
しかし先生は、その訴えを物ともしない。
「俺からは特に言うことはないが……強いて言うなら、あまり先入観に囚われない方がいいぞ」
「ご教示ありがとうございます」
あれほどまでに毒を巻き散らかしていた口から、丁寧な言葉遣いが出たことに智也は驚いた。
誰彼構わず憎まれ口を叩くのではなく、ちゃんと目上の人への敬意はあるようだ。
そうしてまじまじと見ていた気配を感じ取ったのか、こちらに振り返った氷のような眼差しに、智也は慌てて視線を泳がせる。
「次はEチームだな」
「はいはい、次は俺ですね。……え?」
そんなこんなでCチームの反省は終わり、先生は次の三人へと目配せしていた。
先の二人の評価は高かったが、果たして自分たちは何を言われるのだろうか。そんな風に緊張感を抱いたのは、きっと彼らも同じだろう。表情の見えない少年はともかく、女子二人は不安そうに顔を見合わせている。
「一回戦免除にしたその特権で、先に戦ったチームの失敗をちゃんと活かそうとした……その努力は垣間見れた」
「でも私ら負けちゃったし」
「負けることでしか学べないものもある。それが何か分かるか? 東道」
「ん~、悔しさ……とか??」
趣向を変えた問いに対し、らしからぬ腰の引けた応答をする東道。それに先生は少し間を空けてから、目の色を変えた。
「――己の弱さだよ。人は誰しも、敗北や屈辱を知って成長するもんだ。自分の弱さに気付けないままじゃ、真の意味で強くはなれない」
「……」
項垂れる東道の仕草に沿って、橙色の頭髪からピンと跳ねた短い毛が萎れるように下を向く。
その表情や発言から、おそらく納得のいく試合ができなかったのだろうと智也は推察した。
まだ戦えたのに――と、同じ感情を抱いた智也にはその気持ちが、口惜しさが、痛いほど分かった。
「東道、お前は率先してチームの為に動いていた。誰かのために体を張るというのは、中々できるもんじゃない」
「そういう作戦だったとしても??」
「その発想に至ったのはお前だろ? それが凄いってことだよ」
「そっか……」
「あとは外交的なお前が、もっと後ろの二人を引っ張ってやりゃあ、良い試合にはなってただろうな」
その言葉にハッとした表情をして、東道は悔いるように唇を噛んだ。
「次は、もっと頑張ります」
「ただ、自己犠牲と勇敢は紙一重だ。一歩間違えればただの愚か者になり兼ねない。それだけは覚えておくように」
「分かりました!」
先生から貰った言葉を噛み締めるように瞑目して、東道の表情が引き締まったものへと変わる。
心なしか萎れていた浮き毛も、元気を取り戻したように見えた。
「栖戸心結」
「う……はい」
不意に先生の視線が切り替わり、栖戸が声を詰まらせる。
見るからに緊張しているのが、遠目に眺めている智也にも伝わってきた。
「最初は東道と協力して頑張ろうとしてたな。それなのにどうして最後は何もしなかった?」
「いやぁ……わたしがやるより、雪宮くんに任せたほうがいいかと思いまして」
灰色の頭に手をやり、背中まで伸びた乱れ髪を撫でる栖戸。その青藍の瞳は濁っており、本人の無気力さを体現していた。
どこか気の抜けた担任と似たモノを感じるが、だからこそ先生は、栖戸の扱い方が手に取るように分かったのだろう。
「そうか、お前はやればできる子だと思っていたんだがな……どうやら俺の見込み違いのようだ」
その言葉に、栖戸の眉がピクリと反応する。
「お前が本気を出せば、Eチームが優勝する可能性も十分あっただろうに。期待していた分、残念だよ」
何か言いたげな顔で口をパクパクと開閉させる栖戸に、先生は構わず止めの一撃を刺しにいく。
「確かに、それなら雪宮に任せるべきだったかもな」
「いえ! わたしできます!」
そう言ってわざとらしくため息を溢した先生の態度に、まんまと釣られた栖戸が食い気味で応じる。
その変わりように智也は驚きつつ、先ほどから飴と鞭の使い分けが上手いなと、密かに感服していた。
「だがお前は、雪宮に任せるべきだと判断したんだろ?」
「ちがいます、わたしが頑張ります!」
「そうか、じゃあ次は期待しても良いのか?」
「はい!!」
気付けば濁っていた瞳はやる気に満ち溢れており、さっきまでと打って変わったその態度に、何を思ったのか東道が栖戸の頭を撫でていた。
「な……はっ!? 何してるの……」
「あ、ゴメン。可愛いと思ったら手が勝手に……」
と言いつつも東道の手は止まる気配がなく、栖戸は困惑しながら反対側に座る少年に目を向けた。
その助けを求めるような眼差しに気付いているのかどうか。長い前髪で見えない顔は、ただ前を向いたまま固まっている。
「雪宮蛍」
「……はい」
「お前がリーダーだったとはいえ、なぜ女子二人に守られたまま、後ろで傍観していた?」
「…………」
男子だからなのか、さっきまでより少し強めの口調に、何故か智也まで寒気を覚えた。
その問いに雪宮はなんと返したのか。あまりに声が小さくて、先生も聞き取れていない様子。
暫し沈黙が流れて、先生は諦めたように嘆息した。
「もしも理由がないのであれば、それはお前の反省すべきところだ。東道も栖戸も……お前を守ろうと頑張ってくれたんだからな」
「……す……ません」
「分かってるならいい」
微かに聞こえた反省の言葉に、先生は顎を引いた。
どうやら、これで二チームの反省会が終わったらしい。智也たちの前に座っている男がずっと騒いでいたが、誰にも相手にされないので、今は拗ねているようだ。
話疲れたのか先生は首の骨をバキバキと鳴らすと、大きく息を吐いた。それから灰の眼を鋭くして、茶髪の男を視界に捉える。
「さて……次はBチームだ。お前らも負け戦となったが、先の二組と決定的に違うところがある。それが何か分かるか?」
組んだ足の上で頬杖を付いている藤間も、虚空を眺めている七種も、二人の顔を交互に見ている虎城も、誰も答える気配はない。
「正直に言う。チームとしての意識が最も薄かったのは……Bチーム、お前らだ。ちゃんと話し合いはできたのか?」
「それは……」
虎城が口ごもり、七種が真っ白な床に視線を落とす。藤間に至っては、話を聞いているのかさえ分からない。
そんな三人に――いや、A組の生徒全員に話すように、先生は独りでに語り始めた。
「今回の授業はチーム戦と銘打った通り、チームでの連携や協力に重きを置いていた。だからお前らには中心となる人物を決めてもらい、一緒に戦うことで団結力を高めようと考えたんだ」
「――話の腰を折るようですが。一つ、よろしいですか?」
と、珍しく藍色の髪の美男――久世が、片手をあげて先生の話に割って入った。
久世は先生が顎を引いたのを確認すると、
「件のクラス対抗戦――それに備えた模擬戦も、試合内容は個人戦ですよね。あえてチームを組ませたのは、親睦を深めるためですか?」
「まぁ、お前ら名前も知らなかっただろうからな」
「それ、墓穴掘ってるくない??」
確かに、入学初日に自己紹介の場を設けなかったのは先生だったと、東道の指摘に笑いが生まれる。
先生は居心地悪そうに咳ばらいを挟んでから、
「もちろん親睦を深めるためでもあるが、一つ一つが個人の戦いとはいえ、個々の戦績がチームの勝利へと繋がる。必然的に、団結力が高いほうがいいとは思わないか?」
「理屈は分かりました」
「求めていた答えとは違ったようだな。んじゃ、少し言い方を変えるが……誰もがお前と同じことをできるわけじゃない。俺はこのクラスの担任を請け負った以上、十五人を平等に見る必要がある」
「それはひとえに、個に応じた指導ができないと?」
「らしくないな、平等にって言ったろ。俺はお前らに持ち得る全てを教えるつもりだが、そいつは余りにも時間が掛かりすぎる。その意味が分かるまで……自分で考えてみろ」
何故か想定外の相手と剣呑な雰囲気に陥っていたが、先生が指示を与えると久世は押し黙った。
彼が何を感じ、何を思っていたのか。その心は推し量れないが、久世にも何かしらの不安や悩みがあるように見えて、智也は初めて人間味を感じていた。
「まぁなんだ、お前らもこの先、必ず一人じゃどうにもならない出来事にぶち当たるときが来る。そういうとき、仲間と協力できなきゃ壁は乗り越えられない。つまり……せっかく同じクラスになったんだから仲良くやってほしいって話だよ」
その話を聞いて何となく横を向けば、国枝と――その奥から顔を覗かせる七霧が、揃って笑顔を向けてくる。そんな二人に智也はぎこちない笑みを返しつつ、もしも自分がBチームだったならと、思惟してみた。
――正直言って、藤間とまともな対話ができるとは思えない。
となれば、仲間と情報を共有して策を練ることもできないし、信頼関係を築くこともままならない。何より、味方として戦ってくれるのかすら危ういところだ。
そんなチームとは名ばかりな状態で久世の率いるチームを相手できるはずはなく、きっと自分も同じ道を辿っていただろうと、智也はそう思った。
「虎城も七種も、おそらく指示に従っただけだろう。それは藤間にも問題があるが、お前らはお前らで、話し合いができたんじゃないか?」
確かに藤間とのコミュニケーションが取れずとも、二人だけでやれることはあったかもしれない。
あくまで一つの仮定による想像だったが、智也は今の指摘を聞いて、二人と同じように膝を打った。
「勘違いしないでほしいが、俺は別に責めている訳じゃない。あくまでこれは、次に進むための反省だ」
全員の顔を見回すようにしていた灰色の双眸が、一点で留まる。
「――藤間。頼むから二度と無茶はしないでくれ。お前に言いたいのは……ただそれだけだ」
藤間に向けて放たれた言葉は、たったそれだけであった。
ひとえに藤間の身を案じた。その言動から、智也は彼の生徒に対する思いが少しだけ感じ取れた気がした。
「Bチームに関しては以上だ。次、Dチーム」
流れで行けば、次に呼ばれるのは智也たちだったはずだが、何故かここで先生は方針を変えてきた。それが逆に不安を煽り、三人揃って複雑な表情を浮かべる。
「千林秋希」
「はい」
「少し焦っちまったな」
「はい……」
心中を見透かされ、気まずそうに俯く千林。
その固く握り締められた拳には、胸中の思いが表れているようだった。
その拳を、不意に清涼の手が優しく包み込み、千林が目を丸くさせる。
「大丈夫、きっと先生は秋希ちゃんの頑張りを分かってくれてるよ」
「うん……ありがと」
何かを小声で呟いて笑みを浮かべた清涼に、千林の表情が少し明るくなったように見えた。
そうして智也は先生のほうに視線を移して、
「功を焦る気持ちは分かるが、平常心を忘れるな。それが大事な局面であればあるほど、冷静さを欠けば命取りとなる」
「心に留めておきます」
「お前の頑張ろうとした気概は、ちゃんと視えてるからな」
「……!」
まさにいま、千林が欲していたであろう言葉をさり気なく口にした先生。
例え上手くいかずとも、そうして理解してもらえたことがどれほど嬉しかったか、その顔を見れば想像に難しくない。
唇を震わせる千林の頭を、清涼が撫でながら「ほらね~」と言って微笑んだ。
「清涼鈴風」
「――はい」
身構えていたにも関わらず、清涼の表情もまた緊張したものへと変わった。
フルネームで呼ばれるからなのか、いつになく鋭い眼光が怖いからか。それとも――、
「Dチームが勝てたのは、間違いなくお前のおかげだろう」
「私は、何もしてないですよ」
「そう謙遜するな。最後のアレに、よく気付けたもんだ」
話題に上がっているのは、智也が仕掛けた久世への奇襲のことだろう。
チームリーダーを七霧に見せかけ、敗北を喫したフリをして狙った起死回生の一手。
だが久世でも気付かなかったその奇策は、清涼自らの犠牲によって阻止された。
「終了の合図がなかったので、もしかしたらって思ったんです」
「それだけ周りが見えてるってことだ。気が緩んでもおかしくなかったあの状況で、その判断ができたのはお前しかいない」
「私だけ……」
「もう少し自尊心を持ってもいいんじゃないか? 評価できるところがあれば自分で褒めてやるといい。それが自ずと、心の成長と余裕に繋がる」
「えーっと、善処します……」
褒め慣れていないのか、はにかんで頬を赤らめる清涼に、今度は千林が「良かったね」と言って微笑んだ。
「――最後に、Aチームだ」
久世との対話はさっきのもので済んだのか、先生は彼の顔を一瞥するだけで、すぐにその目をこちらに向けてきた。
無意識に背筋が伸びたのを感じながら、智也は固唾を呑んで続く言葉を待った。
「全試合を通して、お前らが一番いい動きをしていた。俺の意図もよく理解していたし、何よりチームとして纏まっていた。三人でちゃんと話し合ったのが……見なくても分かる」
他のチームと同様に、何らかの飴と鞭が与えられるだろうとは思っていたが、いきなり予想以上の賞賛の嵐に、智也は動揺を隠せない。
「七霧零」
「は、はいっス!」
最初に呼ばれた七霧が、何故か勢いよく立ちあがって直立不動の姿勢で固まる。そのあまりの緊張ぶりに、二人の肩の力が抜けた。
顔を見合わせて笑った国枝が、すぐ横の脚を突いて、七霧が慌てて座り込む。
「久世に次いで多く有効打を取ったのが、お前の魔法だ。『第五属性』の中でも扱いの難しい電属性を、うまく駆使していた」
「ありがとうございますっス!」
「人は隠れた才能に気付けないだけで、誰しもが自分の強みってのを持っているもんだ。それに逸早く気付けたお前には、他の奴らより一歩先を歩くことができる。――だが、適性の有無なんざ幾らでも巻き返せる。自分の力に慢心せず、日々精進することが何より大切だ」
「一生懸命にってことだよ」
「なるほど、ショウジンするっス!」
話の途中で横を向いた七霧に、国枝が懇切な対応をみせる。
それで先生の視線が国枝に注がれたのを見て、まさかの自分がトリだと知った智也は気が気じゃなくなった。
「国枝大樹」
「はい」
さっきまで緊張して挙動不審になっていた七霧が、今や満面の笑みを智也たちに向けてきている。
そんな七霧のことを肘で突いていた国枝の動きが、ピタッと止まった。
どちらかと言えば自分に自信がないタイプの国枝は、きっと不安に押し潰されそうになっているはずだ。
そんな風に胸中を察していても、智也は清涼のように友人の手を握ったりはしない。もちろん、気恥ずかしいという気持ちが建前として存在するが、そんなことをせずとも彼が叱責を受けるようなことにはならないと、そう確信していたからだ。
「最後には負けたが、あそこまで戦えたのはお前の存在があってこそだっただろう。特にAチームは役割分担がよくできていて、その中でもリーダーを守るという重要な役割を……お前は見事に熟していた」
一回戦もそうだったが、特にDチームとの戦いに関しては、国枝ありきの戦法だった。
幾度となく助けてもらった智也としても、彼はなくてはならない存在だと思っている。
とはいえ、そうまで言っても国枝は謙るだろう。そう思いながら、智也は静かに彼の横顔を覗く。
「浮かない顔だな、どうした?」
「いえ……おれにはそれしかできないので」
先生にあそこまで言われて尚、腑に落ちない表情の国枝。
確かに点を取るゲームでは、耐久力よりも突破力が求められるかもしれない。だが自分の存在がどれほどの安心感を与えていたか、どうも本人に自覚はないようだ。
智也がそう思ったとき、先生の口から意外な言葉が飛び出した。
「俺はお前が羨ましいよ」
「先生が、ですか?」
「あぁ。誰かを守れる力ってのは、何よりも称賛されるべきだと俺は思っている」
「そう……なんですかね」
「隣を見てみろ」
そう言われて、国枝がぎこちない様子で首を振る。
無言で頷く智也と、笑みを湛える七霧の顔が、深碧色の瞳に順に映った。
「そいつらに危険が及んだとき、お前には守れる力があるってことだ。――自分の強みに誇りを持て、国枝」
「っ……はい!」
「それに自分の欠点が見えてるなら、やることは一つだろ?」
「攻撃魔法の練習も、頑張ります!」
そうして方針が定まったところで、灰の眼がこちらを見据えてくる。
――次はお前だ。
まるで、そう伝えるかのように。
智也は二人と比べて、これといった功績を立てていない。一試合目も二試合目も国枝に守ってもらってばかりで、攻撃面に関しては七霧に頼りきりだった。
自分の存在を無価値だとは思いたくないものの、事実として彼ら二人は、智也と組まなくても勝てていただろう能力を有している。その点智也は、彼らでなければもっと足を引っ張っていたに違いない。
だからチームとしては評価されても、個人としての評価は別物だと思っていた。故に智也は――、
「チームリーダーとして、完璧な仕事ぶりだったぞ」
その言葉の意味を理解するのに、時間を要した。
「え……」
「さっき言ったろ、チームとして一番纏まってたのはお前らだって。まだ入学して日も浅いのに、あそこまで連携が取れたのは……紛れもないお前の力だよ、黒霧」
――俺の力?
理解の追いつかない脳が先生の言葉を反芻して、やがて分不相応な過大評価に気が付けば、自然と智也の眉根は寄っていた。
一つのチームとして頑張れたのは、決して智也の力ではない。
他の者にとっての当たり前ができなかった智也を小馬鹿にせず、見下さず、優しい心を持って接してくれた彼らとだったからこその結果だ。
あの二人でなければ、智也はいまだに心を開くことすらできなかったのだから。
「俺は知っているぞ。Aチームがいい動きをしていたのは、全部お前の考えた策なんだろ?」
――違う、そうじゃない。
策を練れたのは二人の協力あってのことで、うまく戦えたのは彼らの実力だ。
智也は何もしていないし、何もできちゃいない。
だからそれは身に余る評価だと言いたくて、
「黒霧さん」
不意に、横から声がかけられた。
ゆっくり首を傾ける智也に、七霧が険しい表情で見つめてくる。
「また、うまくいったのは自分等のおかげだって思ってないっスか?」
腹を見透かされ、心臓が跳ねる音がした。
うまく言葉が返せない。
実際智也は二人に助けられてばかりで、彼らに手解きしてもらわなければ、まともに魔法を扱うことすらできなかったのだ。
それでどうして、二人と肩を並べられようか。
「言っとくっスけど、黒霧さんが居なかったら自分たちは最初で負けてたっスよ」
「そうだよ、おれたち三人で一チームなんだから」
眩しすぎる二人の笑顔に、目頭が熱くなるのを感じながら智也は唇を噛み締めた。
自分ではただの足手まといだと思っていたのに、二人が智也のことを対等に見てくれていたからだ。
「軍場で活躍するのは何も兵士だけじゃない。兵を束ねる優秀な指揮官がいてこそ、個々の力が最大限に活かされるんだ。――だからお前のそれも、立派な戦力なんだよ」
――立派な戦力。
無力で非力で無個性だと悲観していた智也にとって、その言葉はこれ以上ないほど嬉しいものだった。
国枝が、七霧が、先生が智也のことを肯定してくれて、それまで抱いていた不安や自責の念が浄化されていく。
「ありがとう……ございます……!」
深々と頭を下げて座礼をし、三人の言葉を頭の中で何度も何度も反芻させる。
その間、洗い落とされた負の感情が、雫となってこぼれ落ちていた。
「――以上で今日の授業は終了だ。明日はまた第一の方に集まってくれ。んじゃ、解散解散」
「せんせー、また明日」
「気を付けて帰れよー」
かわいいを連呼し、背後霊のように引っ付く東道を連れて、栖戸が訓練室を出ていく。それに続く形で他の生徒も帰っていき、智也も目頭を軽く拭って立ち上がった。
隣の二人と特に言葉も交わさずに、当たり前のように一緒に歩きだす。
自分から一歩踏み出すだけでこうも世界が変わるものなのかと思いながら、また三人で帰路に就いた。
その背中を、獣のような鋭い眼光で睨む者がいたことを、智也は知らない。




