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第二十五話 「全力の果て」



「いや、マジでさっきの占いなんだったんだ……」


 同じ下宿屋の住居者であった小柄な少女。

 やたらと占いを推してくるものだから仕方なく頼んでみたものの、その結果は智也の心にわだかまりを残すものであった。


 あれからずっと、そのことが気になって仕方がなかった智也。

 詳細を聞こうと立ち上がった頃には、既に少女の姿は見当たらず。そのまま追いかけるように学園へ向かっても、あの特徴的なサイドテールを見かけることはなかった。


「あぶねー、間に合ったか」


「せんせーいつも遅いよ」


 と、始業時間ギリギリに教室に滑り込んできた担任。

 最近は直で体育館に集まるようにと指示を受けていたが、今日は珍しく教室での待機となっていた。

 もしかすると、もうチーム戦の続きは行われないのではないか、なんて智也は憂いたが、


「きょうは何するんですか?」


「チーム戦はもうやらないんスかー?」


 栖戸と七霧が智也の――いやおそらく、大半の生徒が抱いたであろう疑問を代弁するように問いかけると、先生は頭を掻きながら教壇に上がった。


「そうだな……まずお前らには謝罪をしておこう。昨日は迷惑をかけて悪かった。チーム戦の続きは、お前らのやる気次第では行うつもりだ。ただ……二度と無茶だけはしないと誓え」


 語尾を強調しながら、十五人それぞれに厳しい視線が注がれる。

 その顔ぶれを見て大丈夫そうと判断したのか、先生は険しくなっていた表情をだらしなく緩めると、いつもの覇気のない顔へと戻った。


「たしか続きはDチームとEチームの試合だったか。一応言っておくが、戦わないチームも観戦はしっかりしておけよ。見ることも勉強の内の一つだからな」


「じゃあ今日もまた第一に行くっスか?」


「いや、今日は体育館が空いてねーから、訓練室の方でやる」


 訓練室という聞き慣れない単語に首を傾げたのは、智也だけではなかった。

 そんな生徒に向けて先生は「ついてこい」と言うと教室の外へ。智也たちは顔を見合わせながら、その後を追った。


「――ここが、魔法訓練室だ」


 本校舎から西へ歩くこと数分。第二体育館の更にその奥に、件の訓練室とやらがあった。

 その異様に四角い外観、ボックス型の建物の中へと手引きされて入ると、まず目に入ったのは異質なまでに白い空間だった。


 広々とした空間は体育館と同じくらいの面積があるだろうか。動き回るには十分なスペースだが、前者と決定的に違うのは空模様が眺められるガラス張りの天井と、躯体である壁や床の色だ。

 そして、その白い空間の中でも一際異色である巨大な魔法陣に、智也は目を引かれていた。


「なんだ、これ」


 中央よりやや端の方に描かれていたソレを見下ろして、智也は顔を顰める。

 いくつもの魔法陣が重なってできたその大きさもさることながら、時折紫色に発光するその悍ましさが、何より不気味だった。


「魔法訓練室……」


 この空間がそう呼称されているのと、何か関係があるのだろうか。

 その独特な紋様を見ていると、つい数日前のことが思い出されるが――、


「ぼちぼち始めんぞー」


 覇気のない声にそう呼ばれ、智也の思考は打ち止めとなった。

 そうして再度、先生からチーム戦のルール確認が行われて――――、


「――最後に、しつこいようだが無茶だけはするなよ。んじゃ……DとE以外のチームは向こうの観戦室に移動してくれ」


「あ、先生。ちょっと聞きたいことがあるんですけど」


 指差す先、白の空間に混じった黒い扉がある。他の生徒がぞろぞろとそちらへ向かう中、智也は先生にある確認を取っていた。


「まぁそうだな……チーム戦のルールは昨日と同じだ、とだけ言っておく」


「分かりました」


 短いやり取りを経て、智也も観戦室へと急ぐ。


 ――黒い扉を押し開けて中に入ると、そこにも白の空間が広がっていた。


 少し妙なのは、扉と同色の長椅子やテーブルがいくつか配置されているところだ。

 観戦室、と言っていたが、わざわざ扉を隔てる必要性が智也には分からない。

 と、先に中に入っていた七霧が、智也の左隣を見て驚いたように声を上げた。


「すげー! なんスかこれ!」


「透けてる……いや、投影されてるのか?」


 首を傾げて彼の横に並び、後ろを見やれば、壁一面に訓練室の方の様子が映し出されていた。

 おそらく、それを見ながら寛ぐためのスペースなのだろうが、どうも智也には違和感が拭えない。


「なんか清潔感あってホテルみたいだね」


「もしかして、ここでお泊りとかできるっスか!?」


「さすがにお風呂もないし、それは無理じゃない?」


 長椅子に座ってはしゃぐ七霧を横目に見ながら、智也も試しに腰掛けてみる。

 するとこれが思いの外ふかふかで、座り心地は最高だった。


「お前らー、どうせ見えないとこで寛いでるんだろうが……ちゃんと見とけよ」


 壁に映し出される覇気のない男の顔。その前に、二チームが整列してその時を待っていた。

 張り詰めた空気を壁越しに感じ取ると、それまで騒いでいた生徒も皆静かになり、一点に注目が集まる。


「んじゃ、第三試合……始め!」


「Reve11【火弾】」

「Reve16【半月切り】」


 開始の合図がなされ、先に動いたのはDチームの方だ。

 仲良し二人組の千林と清涼が、息の合った攻撃を仕掛ける。それに対しEチームが、少し遅れて対処に当たった。

 反応が遅れたというよりは、相手の出方を伺っていたのだろう。


 火球を岩壁で塞き止め、斬撃に火球をぶつける。属性の相性を上手く利用した対処の仕方だ。

 ――だが、それがまかり通るのは相手との力が拮抗している場合のみ。最大の難関であるあの脅威には、常識は通用しない。


「【火弾】」


 一歩前に出た久世が、前回と同じように猛威を振るう。

 そんな彼の瞳は、既に勝利を確信したような色をしていた。


「いくよ! Espoir15【水膜】!」


「Espoir13【隔壁】」


 声を上げた東道が、二人を庇うように前に出て水の膜を張った。

 それに続くように栖戸が唱えて、迫る特大の火球と東道との間に岩壁を生成する。

 その間、もう一人の仲間は後ろで立ち竦んでいた。


 二人の尽力によって、特大の火球が霧散していく。

 それと同時に、大穴の開いた岩壁と、東道の身を包んでいた水の膜もまた、それぞれ小さな粒子となって消え失せる。


「なんとか防げた……? そっちは大丈夫そ??」


「おかげさまで、何ともないです。でもこんなのずっとは……無理」


 あの一撃を防ぐためには相当な魔力を要する。その疲労が、既に二人の表情に表れていた。

 あのとき藤間がやったように、同じくらいの魔力を用いれば相殺することは可能だ。だが、そんな無茶は長くは続かないし、それでは藤間の二の舞となる。


「作戦通りいくよ!」


 と、攻めに転じようとした東道たちに、半月型の斬撃が迫る。

 再び陣形を整えて、二種類の防御魔法で防ぎ切るが、次々と容赦のない攻撃が飛んでくる。


「これじゃキリがない……」


 火球を撃ち落として、斬撃を躱し、また久世の手のひらに炎が灯る。

 その肥大化した火球が更なる絶望を物語っており、しかしその光景を前にしても、東道は二人の前から身を引こうとはしなかった。


「あれ防いだら私走るから。援護頼むよ、二人とも!」


「う、うん」


「……」


 もう一度相殺すべく言霊を唱えて、東道たちが身構える。

 次の瞬間、凄まじい轟音と共に岩壁が穿たれ、後ろにいた東道の身が瞬く間に炎に包まれた。

 燃え盛る炎の中、辛うじて水の膜で耐えていたが、やがてそれも消え失せる。

 爆炎の消えた跡に残ったのは、その場で膝をつく東道の姿だった。


東道とうどう千春(ちはる)、脱落」


「あちゃ~、ゴメンね……」


 よろよろと立ち上がると、申し訳なさそうにそう言って、端の方に向かって歩いていく。取り残された二人は、ただ口を開閉させるばかりだった。

 その様子を見据えていた久世が、また特大の火球を具現化させて、


「雪宮くん!」


 咄嗟に守ろうとして、栖戸が床に手を付ける。

 だが一枚、二枚と壁を立てようが、眼前の猛威には薄皮も同然で。無慈悲にも先と同じ悲劇が繰り返された。


 ――小さく、誰かが【何か】を呟いた。


 それは歯の隙間から空気が漏れたような、そんな小さな声で。別室の智也たちはおろか、真ん前にいた栖戸ですら聞き取れなかっただろう。


「――何をした?」


 ただ、栖戸に直撃するはずだった火球は独りでに逸れていき、訓練室の壁に激突していた。

 それは観戦していた智也たちも、対峙していた久世さえも、完全に理解の範疇を超えていた。


「え……雪宮くん?」


「なんだ、やればできるじゃん。二人ともガンバレ~!」


 同じチームメイトさえ知らなかった切り札が、どうやら雪宮と呼ばれた少年にはあったらしい。

 長い前髪で隠れていて見えないのは、その表情だけではなかったようだ。 


「もう一度だ」


 最大限に警戒しながら、久世がそう呟く。

 初めて見せた彼のその表情に、千林と清涼は驚いているようだった。


 両手に生み出される特大の火球。もはや見飽きるほど見せつけられたその力の塊は、何度も猛威を振るい、その度に有効打を重ねてきた。

 一時的に凌ぐことはできても、久世の魔力量についていける者はいない――はずだったのだ。


「あとは任せた!」


 そう言い残すと雪宮の肩に手を置いて、栖戸が後ろへ回り込んだ。

 そのとき、彼の肩が大きく跳ねる。何があったのか、耳を赤くさせた雪宮はそのまま硬直してしまい、何の抵抗もなさずに火球を受け、その場に倒れて気絶してしまった。


「あれ、雪宮くん?」


「やれやれ……雪宮ゆきみや(ほたる、脱落。よって、Dチームの勝利とする」


 栖戸が慌てて揺さぶり起こすが雪宮の反応はなく、先生が小さく肩を竦めた。

 思えば、Bチームのときより呆気ない試合だったと、そう感じずにはいられない。

 ただ久世だけは満足していないのか、気絶した雪宮のことをずっと、凝視していた。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「やっぱ強いっスね」


「おれちょっと自信なくなってきたよ……」


 それぞれの感想を抱く二人の隣で、智也はずっと考え事をしていた。

 魔法の軌道が変わった、あの謎の現象についてだ。


 明らかに何らかの力が働いたことで、久世の魔法が雪宮たちを避けていった。それを目視して、真っ先に智也の頭に浮かんだのは射的屋の店主の言葉だった。


 ――ありゃまるで、魔法を操ってるみてぇだった。


 あの店を破産寸前に至らしめた、謎のローブの人物。その者が使ったと思わしき魔法が、まさにいま目の当たりにした現象なのだ。

 念のため『魔導書』を調べてみたがそれらしきものは記載されておらず、国枝や七霧も、初めて見たと証言していた。


「まさか、な」


 同じ敷地内の、それもクラスメイトがその人物だとは、あまり考えたくはない。

 考えたくはないが、少なからず智也の中で猜疑心が生まれていた。


「だいじょうぶ?」


「ありがと、栖戸ちゃん」


 と、観戦室の扉が開かれ、Eチームの三人が入ってくる。

 先頭の栖戸に続いて、東道が雪宮をお姫様抱っこする形だ。かなり雪宮の体重が軽いのだろうが、見ているこちらが恥ずかしくなる光景である。


「一応聞くが、休憩は要らないのか?」


「ええ、必要ありません」


「まぁそういうと思ったがな」


 壁に映し出された映像から聞こえる、先生と久世の会話。

 まるでプロジェクターのようだと思いながら、智也はそれを見つめる。

 察するに、次の試合までの休憩の有無を確認していたのだろうが、今の試合が短期決戦だったとはいえ、さすがの余裕ぶりである。


「そういうわけだ、今から決勝戦を行う。Aチームはこっちに集まってくれ」


 考えてみればこのチーム戦もこれが最後だ。試合数は少ないが、「決戦」と言われると自然と気持ちが昂ってくる。


「頑張ろう」


「はいっス!」


「了解!」


 独り言ちたつもりだったが隣の二人には聞こえていたようで、彼らの眩しい笑顔が飛んでくる。


 ――訓練室に入ると、既にCチームは整列して待っていた。


 緊張しながら、それに向かい合う形で智也たちも並び立つ。


「揃ったな。んじゃ、始めるぞ」


 最後にもう一度二人の顔を見て、互いに頷き合う。


 これは単なる授業の一環で、たまたま二人とは同じチームになっただけ。けど智也は、その巡り合わせに運命じみたものを感じていた。

 二人でなければこの場には立てなかった。もっと言えば、一生殻に閉じこもったままだったと、そう言い切れる。

 もちろん結果を残すことが最大の目的ではあるが、単純に彼らとこの試合に勝ちたいという――そんな思いが智也の胸に込み上げていた。


「──決勝戦、開始!」


 合図と同時に、久世の手のひらに特大の火球が生まれる。


「君たちも、色々と対策を練っていたみたいだけど……何をしようと無駄だよ」


 打倒久世を目標として作戦会議をしていたことは、悟られて当然である。

 問題なのは、その作戦が筒抜けでもおかしくはないことだ。昨日の自由時間で今日のための練習をしていたのだから、同じ空間にいた久世たちの目に入っていない訳がない。

 ――だが、そんなことは承知の上である。


「国枝」


「よ、よし。いくよ!」


 Dチームと戦う上で一番の難題は、久世の有り余る魔力から繰り出される高火力の魔法だ。まずはそれを凌げないと勝負にすらならない。

 その発想が、そもそも誤りだったのだ。



 ――久世とは勝負を行わない。それが智也の考えた極めて単純な策だった。



 火球を放つタイミングを見計らい、国枝が床に手を付ける。

 それを見た久世が「二番煎じだ」と言いたげに眉根を寄せ、突如として足元に生えた岩壁によって、体勢を崩すことになった。


 明後日の方向に飛んでいく特大の火球に目を見開いて、床に背を打ち付ける。

 一瞬、整った顔が屈辱の色に染まったがすぐに飛び起きようとして、それよりも先に――、


「行くぞ七霧!」


「はいっス!」


 左右に分かれて走り出す智也と七霧。

 それに対して千林と清涼が、それぞれ迎撃態勢に入る。


「Reve11【火弾】!」

「Reve16【半月切り】!」


 Dチームと戦う上で難題となる二つ目の要因は、当たり前だがこれがチーム戦であることだ。久世一人だけでも苦戦を強いられるというのに、仲間の二人がいては到底敵わない。

 しかし各個撃破を狙おうにも、智也はすぐにガス欠となって、足を引っ張るのがオチである。

 ならば、


「Reve12【水風船】」


 火球の軌道上に、複数の泡を飛ばして対処に当たる。

 そうして組んだ指から具現化する魔法に、昨日の練習の成果を見て、智也は心の中で握り拳を作った。


「こんなものっ!」


 千林の手のひらから放たれた半月型の斬撃が、泡を切り裂いて飛来する。

 それを横に飛んで躱し、反撃の火球を放とうとするが、別の角度から迫るもう一つの斬撃に、智也は気付けなかった。


「しまっ……!」


 射出速度の速い十六番の魔法に、智也の反応は間に合わない。

 だが、眼前に迫る斬撃が身を断ち切ろうとした寸前、間に割り込んだ岩壁がそれを防いでくれた。

 これで彼に助けられたのは何度目だろうか。その方をちらと一瞥して、智也は視線で感謝を告げる。


「各個撃破を狙いつつ、それを君がサポートする……といった感じか。――それで、君は攻撃をしないのかい?」


 視点を智也から移し、久世が静かに問いかける。

 その射るような眼差しに国枝は苦い顔をして、瑠璃色の瞳を見つめ返した。


「ふん」


 鼻を鳴らし、流し目に見やるのは、清涼と互いに斬撃を放つ七霧の姿だ。

 そちらに手を翳せば、対応しようと国枝が身構える。その動きに久世が眉根を寄せ、


「まずは、先の借りを返させてもらうとするよ」


「Espoir13【隔壁】……!」


 短い詠唱ののち、右手に特大の火球が具現化する。それを見た国枝は慌てて身を屈めた。

 まだ火球は放たれていないというのに、功を焦ったのだろう。二人の間を隔てるように岩壁が迫り上がるが、側面はがら空きである。

 ただ、久世はあえて正面から力勝負を挑んできた。


 轟音と爆音が鳴り響き、一枚の壁に衝撃が集中する。

 ぼろぼろと崩壊しながら、しかし岩壁はその役目をきちんと遂げていた。


「左手が空いてたら注意……」


 作戦会議の際に智也が話した言葉を反芻して、国枝が大きく後ろへ飛ぶ。その直後、半壊していた岩壁を押し切って、半月型の斬撃が飛び出してきた。

 着地と同時に床に手を付け、再び国枝が守りに入る。

 と、真っ二つに裂かれた壁の上半分が滑り落ち、その裏にいた国枝は、反射的に顔の前で腕を交差させていた。


 あわやそれまでかと思われたが、国枝に外傷はない。

 もちろんそれは『魔法服』の恩恵によるものではなく、彼が完璧に久世の魔法を凌ぎ切っている証左である。


「Reve16【半月切り】!」


「させないよ~!」


 隙を見て久世に狙いを定めるが、七霧のそれを悉く清涼が止めている。

 一方智也は身を守るのに必死で、とてもじゃないが点を取れそうにはない。国枝が奮起してくれている間に、どちらか一人を落とせれば戦況は傾いたのだが、


「限界のようだね」


「く……」


 二度も一人で久世の魔法を防いだのだ。それに加えて智也の補助も熟してくれている。

 もはや、満身創痍だったに違いない。


「【火弾】」


「まだだ……」


 それでも、国枝は最後まで諦めない姿勢を見せていた。

 だが果たして、三発目を防ぐだけの魔力が彼に残っているかどうか。


「Espoir13ーー!」


「国枝さん!」


 眼前に迫る脅威を前に、国枝が大口を開けて――炎が彼の身を包み込んだ。


国枝くにえだ大樹(だいき)、脱落」



 ✱✱✱✱✱✱✱



「私だってやればできるんだからっ!」


「Espoir13【隔壁】……!」


 国枝が脱落するより少し前、久世の活躍に感化された千林が、智也に猛攻を仕掛けていた。

 未熟ながらも自分で壁を生成した智也は、どうにか迫る火球を相殺するも、続く斬撃に対処が遅れてしまう。


 やはり戦闘に慣れていないせいか、身体が思うようについてこないのだ。

 これがゲームならばと言い訳を述べる余裕もなく、際どいタイミングで具現化させた火球が斬撃と衝突。至近距離で生まれた衝撃に智也は後方へ吹き飛ばされる。


「Reve13【風牙】」


 その隙に、風の刃を具現化させた千林が智也へと詰めてくる。


「国枝……!」


「人の心配してる気!?」


 国枝の危機に目を配る智也に、軽視されたと思ったのか千林が声を荒げる。

 そうして思惑通り冷静さを欠いた千林に右手を翳し、全く同じタイミングで二人が言霊を唱えた。


「Reve12【水風船】!」

「Reve15【始電】!」


 七霧の二指から放出された稲妻が、十六番をも超える速さで清涼を出し抜く。そして――稲妻が久世の眼前を通り過ぎた。

 狙うのは彼ではなく、行く手を阻む水泡を得物で裂いている千林だ。

 ――そう。前の試合の決定打となった、智也と七霧の合わせ技である。


「千林さん!」


 声を上げるより早く、その体内では大量の魔力が素早く一か所に集められていたことだろう。

 だが、稲妻の軌道を目で追いかける久世の視界には、最後に国枝が残した岩壁があった。


「なっ……!?」


 目を剥いて、周囲を確認すれば、ぐるっと取り囲むように壁がそそり立っている。

 唯一視界のひらけている正面には、膝をつきながらも薄い笑みを浮かべている国枝の姿が。


 人の周辺視野はおよそ百度とされているが、この中で物事を正確に認識できるのは、そのごく一部だ。

 そのうえ久世は、正面の国枝に気をとられ、そこに焦点を当てていた。そして何より、あのバカでかい火球が、久世自身の視界を狭めていたのである。


「【半月切り】!!」


 すぐさま斬撃で壁を細切れにするが、当に稲妻は千林を貫いていた。


「ッ……!」


千林せんばやし秋希(あき)、脱落」


 自分なりに奮闘していたようだが、またしても先に脱落してしまった千林。

 チームとしては勝ち星を挙げていても、個人としての戦績は芳しくない。だからその心理を智也は利用した。

 涙を滲ませていたのを見ると罪悪感が芽生えたが、勝つためには仕方がないと、目を瞑った。


「すまない千林さん、二度も君を……」


 白い床に視線を落とし、久世が唇を噛み締める。


 少し周囲に気を配れば、国枝が仕掛けた罠など簡単に気付けたはずだった。

 もちろん彼が追い込まれていたのは事実だが、却ってそれが久世の気を引いたのだろう。


「二手に分かれたのは、彼女たちに悟らせない為か」


 千林も清涼も久世には背を向けていて、壁が生成されたことに気付けなかった。

 そう分析した久世が、一瞬の思案ののち、標的を定めるように七霧の方へと向き直って、


「これまでの二試合で、まだ一度も脱落していない人がいたね」


 瑠璃色の瞳を細め、七霧に向けて特大の火球を飛ばす久世。

 国枝のサポートがなくなった今、智也たちの守りは手薄になっている。とてもじゃないが智也に彼の真似事はできないし、そもそも智也の魔力量では、一度だってアレを止めることなどできやしない。

 そして七霧も、 


「ヤバイっス!」


 防げなければ、逃げるしかない。

 全速力で駆け抜けて、どうにか火球の軌道から逃れた七霧。


 ――戦力的に考えても、七霧をリーダーに置くのは妥当であった。


 或いは国枝の可能性も勘案していたのかもしれないが、その選択肢は既に自らの手で潰している。そして、智也は一試合目にて脱落済みだ。

 となれば、必然的にAチームのリーダーが露呈する。


 もはや智也のことなど視界にも入れず、久世は七霧に集中砲火を浴びせている。そしてそこに、清涼の援護も加わった。


「無理っス無理っス!」


 ひたすら逃げ回る七霧を、火球や斬撃が襲いかかる。


 ――今がチャンスだ。


 誰も智也のことなど注目していない。誰も智也のことなど警戒していない。この隙に、この一撃に、全力を込めて解き放つ。

 既に千林との攻防でほとんど魔力は残っていないが、それでも――、


「Reve11【火弾】……!」


 通常よりほんの少し大きくなった火球が、久世の背を狙って放たれる。

 もっと魔力に余裕があれば、ここで大きな花火を打ち上げることができただろう。しかし、有効打さえ取れれば試合には勝てるのだ。


 国枝と七霧のお陰で、少しはまともに魔力のコントロールができるようになった智也。

 最初は的に当たる前に消失していたそれも、今は消えることなく熱く燃え盛っている。


 背を向けたままの久世は、まだ気付いていない。


「当たれ……!」


 心の中で強く願って、火球が久世の体に衝突し――――その身を爆炎が包み込む。

 その前に、


「【水膜】」


 全力の一撃は一瞬で掻き消されてしまった。


「甘いよ」


 首だけこちらに向けて、久世がそう呟く。


 悔しいと、そう感じている暇はなかった。七霧の体力は限界を迎えており、もうこれ以上は逃げ切れそうにない。

 ただ、


「く、そ……」


 身に降りかかる倦怠感に立っていられず、ついに智也は膝から崩れ落ちた。

 まるで巨岩を背負わされているかのように、体が持ち上がらない。そのまま息を荒くしながら、ただただ床に這いつくばることしかできなかった。


「これで終わりだ」


 視線を戻し、瑠璃色の瞳が正面を捉える。

 智也の援護は見込めそうになく、国枝の助けも得られない。もう、絶体絶命だった。


「もう限界っス!!」


 迫る火球に、七霧がそう叫んで、


「なんちって」


 二本指から走る稲妻が、特大の火球を撃ち抜き、七霧に触れる前に暴発する。


「そんな……!」


 驚きの声を上げる清涼に、七霧が誇らしげに笑った。


 何も驚くことはない。散々今までやってきたことを行っただけである。

 火が水に弱く消化されようとも、より多くの魔力を注ぐことによって、逆に水を蒸発させることができる。それと同じように、魔力量の差によっては火に飲まれず、うまく誘爆させることも可能なのだ。


「それで僕に勝ったつもりかい?」


 静まり返る訓練室に、久世の声が響く。

 その威圧感に気圧されるように、七霧の顔から少しずつ笑みが消えていった。


「Reve15【始電】!」


「ふん、どうやら万策尽きたようだね」


 そう言って、久世の指からも七霧と同じものが具現化した。

 交わった二つの稲妻が、破裂音と共に霧散する。


「よもや、電属性が君だけの専売特許だと慢心していたわけではあるまい?」


 目を見張って驚いていた七霧は、図星を突かれて返答に窮しているようだ。

 そして、詠唱と共に腕を横薙ぎに振った久世の周囲に大量の――それも特大サイズの水の泡が顕現した。


「こんなの聞いてないっスよ……」


 押し寄せる泡の大群に頬を引き攣らせるも、すぐに稲妻を具現化させ、一つ一つ確実に撃ち落とそうと励む。


 撃って、撃ち落として、走って、躱して、撃ち放って、いくら捌こうが、キリがない。

 やがて押され始めた七霧は大量の泡に覆われて、一斉に破裂したその衝撃で、小柄な体が宙を舞った。


 床に叩きつけられ、いつも笑顔に満ちていた彼の表情が、苦痛に歪む。


「黒霧、さん……」


 まるで謝るかのように、消え入りそうな声で智也の名を呼んで、彼はその場で力尽きた。


七霧なぎり(れい)、脱落」



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