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第二十四話 「夕映えの空」



 射的屋の店主との立ち話を終え、下宿屋に帰ってきた智也は、中から漏れた聞き覚えのない声に思わず身を固くした。


「……誰かいるのか?」


 他のクラスの生徒か、はたまた上級生か。いずれにせよ、ここが下宿屋と銘打っている以上、他の住居者と顔を合わせる可能性は智也も考慮していた。

 だが実際その存在を認識すると、やはり緊張が高まる。


「……」


 恐る恐る、扉を押し開いて中に入る。

 そうして智也は身を乗り出してすぐ、空気が変わったのを感じた。

 それは昨日までの下宿屋では感じることのなかった異質な気配。扉を挟んだ内側が別の世界に成り果てたのかと思えるほどに、そこにはただならぬ空気が満ちていた。


 異常事態だが智也も既にその『空気』に囚われていて、思うように体が動かせない。

 ――そう、この場に足を踏み入れたその瞬間に、智也の脳は下宿屋に広がる『空気』によって侵されていたのだ。


 思考は停止し、ただ本能のままに足を運ばせる。

 そこに近付くにつれて強くなる独特な匂いには、いっそう鼻孔が刺激された。その、空腹を煽るような香りはまさしく――、


「あら、おかえりなさい」


 台所から、お盆に乗せた何かを運ぶ家主と対面する。

 しかし智也の意識はその『何か』に向いていて、声をかけられたことに気付かない。


 オーバル型の白い皿に盛られる、熱々に炊き上げられた白米。一粒一粒が美しく際立つそれは、言わば一種の宝石のようだ。

 その白米と対を成す、焦げ茶色に染まったソース。こちらは多種類の香辛料により独特の香りと風味を生み出しており、食したものを一人残らず虜にする魔の力を宿している。

 ――否、その匂いを嗅いだだけでも人の脳を狂わすまでの破壊力が備わっていた。

 

 その殺人級に美味しそうな逸品は、香辛料の辛味と、具沢山の野菜と肉から滲み出た旨味が掛け合わさることで、体を成している。

 そう、つまりそれは、智也の大好物の一つである『カレーライス』だった。


「お待ちどおさま」


 テーブルに置かれた大好物を前に、思わず智也の手が伸びそうになるが、誰かの白い手が先に奪い去っていった。


「ちょっと! これはゆうの分よ。ていうか新井さん、誰よこの男」


「ここは男子禁制……のはず……」


 反射的に声のしたほうを向けば、目鼻立ちの整った少女が二人、そこに座していた。

 どちらもどこかで見たような顔をしていたが、それよりも後者が発した言葉に、智也は気を取られた。


「男子禁制?」


「あら、そうだったかしらねぇ」


 家主もとい新井さんに確認を取るように顔を向けると、本人はすっとぼけたような表情を浮かべている。

 ただ新井さんが忘れていただけなのか、それとも承知の上で智也を招いてくれたのか、その真意は掴めない。

 そうして智也が思考を巡らせている間も、鋭い視線が二つこちらを射抜いており、


「あの、そういう話だったら俺……」


「あっ、この子はね、私の孫なのよ~」


 と、気まずくなって出て行こうとした智也の腕を、新井さんが後ろ手で掴んでくる。

 驚きながらその顔を見やると、いつもと変わらぬ笑顔を浮かべたまま、突拍子もないことを口にした。


「そんないま思いついたみたいな嘘、騙されませんよ!」


「顔も……全然似てない……」


「あらまぁ……どうしようかしら」


 頬に手を当てながら、新井さんが困ったような表情で智也を見つめてくる。

 ただでさえ迷惑をかけている身からすれば、どう転ぼうが文句は言えない。


「実は女の子なのって言ってもダメかしら?」


「新井さん……」


 茶目っ気のある顔でそう言った新井さんに、呆れ返った少女の一人が嘆息する。

 まるで炎を纏ったかのような真っ赤な髪と、気の強そうな切れ長な目が、近寄り難さを醸している。

 その身は智也と同じ純白の制服に包まれているが、そこから伸びる手足はすらっとしていて、座っていてもスタイルの良さが伺い知れた。


「なにジロジロ見てんのよ、ケダモノ」


あかねは綺麗だから……見惚れるのは分かるけど、でもあげない……」


「大丈夫よ、夕。私は貴方のものだから」


「茜……」


「夕……」


「俺はいったい何を見せられているんだ……」


 つい癖で人間観察を行っていた智也に、赤髪の少女の辛辣な言葉と視線が刺さる。

 異性への抵抗があるのは理解できるが、さすがに酷い言われようだと思っていたところ、急に熱を帯びた視線で見つめだした二人に智也は戸惑いを禁じ得ない。


「はい、智也君の分ね。せっかくのお料理が冷めちゃうから、とりあえず食べちゃって」


「すいません……」


 顔を引きつらせていた智也の前にも、少女たちと同じものが運ばれる。

 そうして笑みを浮かべる新井さんに智也は会釈して、手を取り合う二人を視界の外に追いやるように席に着いた。


 食材に、そしてもちろん新井さんへの感謝を最大限に込めて、智也は両手を合わせた。


「いただきます」


 白と焦げ茶の境界線をスプーンですくい上げ、口の中へ放り込む。

 すると、独特の香ばしい匂いが鼻から抜けていき、それに気を取られている間に舌の上で純白と混ざり合った極上の汁が、幸せの波と化して喉に押し寄せてくる。

 ひとたび飲み込めば咽頭すらも魅了し、二口目を欲するように自然と智也は大口を開けていた。


 とろみのあるソースはさながら大海のようで、一口大に切られた野菜が、まるでそこに浮いているよう。

 その一つを白米と共にすくい上げ、再び口の中へ。ホクホクとした食感を味わいながら咀嚼すれば、次第に形が崩れて甘さが滲み出てくる。


 他の野菜も同様に口に運び、柔らく、噛めば溶けてしまいそうな食感や、歯応えのあるシャキシャキとした音を耳で楽しんだ。

 しかしこれではまだ終わらない。海に溶け込んだ旨味の塊が、今か今かと智也を待ち侘びているのだ。

 もう既に食事を始めて数分が経っているというのに、ソレを求めて自然と喉が鳴っていた。


 その旨味の塊を、白米と共に無我夢中で喰らい付く。

 贅沢にも野菜と同様の大きさで切られたソレは、噛み締めるたびに内包された旨味が溢れ出て、全身が幸福感で満たされる。

 また一口、もう一口とスプーンを口に運ぶ速度が加速し、いつしかそこにあった境界線も分からなくなるほどに、海は大荒れとなっていた。


「とんだお子様ね」


 大好物を前に心を躍らせる智也とその食いっぷりを見て、赤髪の少女がそう呟いた。

 その視線に疑問符を浮かべながら、智也はもう一人の方へ顔を向ける。

 背丈の低い少女の前には丸い仕切り皿が並べられており、オムライスやハンバーグといった、いかにも子供が好きそうな食べ物が、少量ずつ盛り付けされている。

 何より顕在的なのは、そのオムライスの上に建てられた白い旗だ。


「……」


「なに? 夕は特別よ。だってこんなにも可愛いんだから、ね~」


 そっちの方がお子様じゃないか。という智也の心の声を視線で察したのだろう。不服を唱える智也に軽く鼻を鳴らして、赤髪の少女が破顔する。


「茜だって……かわいい。わたしなんかじゃ、比べ物にならない……」


「も~! 夕のそういうとこも好きよ」


「ありがとう……」


「え~、夕は? どう思ってる?」


「それは……今は言えない……」


「やれやれ、また始まったよ……」


 何らかの刺激を与えると、すぐに睦み合う二人。

 そのきっかけとなった行動には反省しつつも、この居た堪れない気持ちをどう処理をすればいいのか、二人に問い質したいところではある。


「まぁ、変に敵意向けられてるよりはマシか」


 そう考えて、また矛先を向けられない内に、この場を離れようと立ち上がる。

 食べ終えたお皿を静かに手に取り、台所へ向かおうとして、


「ちょっと、まだアンタの話は終わってないんだけど」


「だよな~」


 案の定、逃げようとしていた智也に気付いた赤髪の少女が、笑みの消えた顔を向けてくる。

 それに対し苦笑を浮かべながら、智也は打開策を探したが、うまく頭が回らない。


「別に、取って食うわけじゃあるまいし、そんなことする奴に見えるか? 俺」


「それを決めるのは私たちよ」


「はい、その通りでございます」


 厳しい一言に委縮して、何も言い返せなくなる智也。その様子を、値踏みするようにじっと見つめてから「どうする? 夕」と、もう一人の少女と相談を始めた。


「確かに……害を及ぼす危険も、その度胸もないみたい……」


「そこはかとなく貶されている気がするんですけど」


「害虫は黙ってなさい」


「酷い言われようだ……」


 クラスメイトにも同じ雰囲気の少女が一人いたが、向こうは冷遇だったのに対し、こちらは嫌悪といった感じだろうか。

 どちらにせよ、智也のガラスのハートを砕くには、十分な破壊力を秘めている。

 と、今度は小柄な少女の方が智也をじっと見つめてきて、心の内を見透かすかのようなその視線に、智也は顔を顰めた。


「実は智也君、お金に困ってるのよ。だからってわけじゃ、ないんだけどねぇ」


「……」


 声のしたほうを向けば、新井さんが顔に皺を寄せて笑っていた。

 自然と後ろめたさが込み上げてきて、智也は何とも言えぬ表情を浮かべる。

 話の通り、お金さえ手に入ればこうして迷惑をかけることもなくなるのだが――と、そう考える智也に、


「夕と新井さんに免じて、一旦は目を瞑るわ。――でも、もし何か不審な動きを見せたら……そのときは灰も残さないと思いなさい」


「肝に銘じておくよ」


 そうして、意外と簡単に智也の身は釈放された。

 どういうわけか追い出されずに済んだことに一先ず安堵して、智也は自分の部屋へと戻る。

 あの場はそれで収まったとはいえ、根本的な問題の解決は、時間を要することになるだろう。


 ある程度安定した収入を得られるようにならなければ、一人で生きていくことは不可能だ。

 必然的に、それまでの間はこの下宿屋でお世話になってしまうが、その分の謝礼を含めて必ず恩返しをするのだと、智也は心に決めている。


 聞こえはいいが、新井さんの優しさに甘えているだけかもしれない。智也自身その考えは念頭にあり、また、否めないものでもあった。

 そこはただ惰眠を貪っているのではなく、目的や意志を持って過ごしているのだから別物だと、自分でそう線引きをして、


「クラス対抗戦……か」


 今日の授業でその詳しい内容と、実際にクラスメイトの戦う姿を見聞きした智也。

 対抗戦で優勝すれば賞金が貰えるとのことだったが、その権利があるのは選抜メンバーに選ばれた五人だけという話でもあった。


「久世、藤間、水世、それに国枝や七霧もいるんだよな」


 選抜入りの有力候補を指折り数えれば、五人という定められた枠が、いかに厳しいものか痛感させられる。

 それに、まだ試合を行っていないEチームの存在もあった。

 わざわざシード枠にあてられたのは、何か意味があるのか。或いは、あの久世よりも凄い生徒が――、


「さすがにそれはないか」


 深読みしすぎたと、額に手を当てて、智也は腰掛けていたベッドに横になった。

 目の前に立ちはだかるは絶壁だが、その高さに絶望して諦めるつもりは毛頭ない。なんとしても乗り越えなければならないのだ。


「まずは明日チーム戦が再開されたとき、今日の練習の成果を発揮するところからだな」

 

 焦らなくたっていい。少しずつでも努力を積み重ねれば、きっと成果が現れるはず。

 そう信じて、智也は深い眠りへと――、


「さすがに風呂入って着替えるか……」


 誰も見ていないとはいえ、怠惰な智也も二日連続は気が引けた。

 そうして一頻り頭を掻いてから、智也は重い腰を上げて寝る準備に入ったのだった。



 ✱✱✱✱✱✱✱



 ――暗くて寂しい、黒の世界。


 ただひたすらに『暗闇』だけが蔓延するその世界で、小さな『光』が一つ、浮いている。

 まるで暗い海を漂うかのように、ゆらゆら、ゆらゆらと黒の世界を照らしていた。

 どこか儚げな空気を纏わせて揺れる姿には、悲愴感すら感じて。


 何かを探し求めるように、この広大な――いや、どこまで続いているのかも分からない曖昧な世界を、その『光』は彷徨い続けているようだった。

 さながら質素な世界を照らす『光』は、荒れ地に咲く花のように美しいと、そう感じて。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「あ~、よく寝た……」


 昨日の自由時間で張り切って練習をしたせいか、どうも爆睡していたらしい。

 おかげで心身ともにリラックスできて、身体の調子も頗るいい。

 全身を伸ばすようにストレッチして、智也はまず洗面台へと向かった。


「先生は今日もトレーニングしてるのかな」


 未だに何が起こったのか分からなかったあの素振りを思い出しながら、洗顔しつつ口をゆすぐ。

 もう随分と昔に『寝起きの口の中は細菌が増殖してるんだよ』と母に聞いてから、いつの間にか習慣となった、智也の朝のルーティンだ。

 大好きな食事を美味しく味わうためにも、どれだけ朝の時間が無かろうが避けて通ることはできない。


 と言っても、今日は特段時間に追われているわけではないので、急ぐ必要はない。

 壁掛け時計を確認しつつ、寝巻きをベッドに脱ぎ捨てた智也は、またそれを拾い上げた。


「はぁ~~」


 心底怠そうな顔をしてから、下手くそなりに整えてベッドの脇へ。

 今や、脱ぎ捨てた服を勝手に洗って干してくれる人も、埃がたまらないよう、定期的に部屋の掃除をしてくれる人もいない。

 否が応でも、智也はもう自分でやっていかなくてはならないのだ。


「あらおはよう、美味しいパン焼き上がってるよ」


「……ありがとうございます、いただきます」


 一階に降りて食堂へ向かうと、家主の新井さんが焼き立てのパンをバスケットに並べていた。

 お世話になっている手前、未だに食事を頂くことに抵抗があるが、その度に智也は少し戸惑いを覚えていた。

 と言っても、美味しそうなパンを目にすれば、すぐに思考がそれ一色に染められてしまうのだが。


 いつもの席に着いて、どれから食べようかと一考する。

 そののちに手に取ったあんパンを見て、智也はふと気が付いた。


「これ、学園にあったのと同じものか?」


 そう思って台所の方を見たが、新井さんの姿は見えず。

 何にせよ、あのとき買いそびれたものがここにあるのだとしたら、好都合でしかない。

 なおさら無償で頂くのに気は引けたが、先生が豪語していたあんパンがどれほど美味しいのか、食べたい気持ちが勝った。


「……」


 手にしただけで分かる、中に詰め込まれたあんこの密度。

 おそらくぎっしり詰まっているであろうソレを想像しながら、智也は一口齧った。


 まず唇に触れる、もちもちとしたパン生地の食感。

 その、あまりに柔らかな口触りは咥えたことは愚か、呼吸をも忘れてしまうほどの心地よさがあった。

 嚙み千切るのが惜しいと思いながらも、軽く歯を立てる。

 途端、口内に充満する小豆の香り。その風味を堪能しようとして、智也はうっかりそれを咀嚼してしまった。

 それまで中に押し込まれていたあんこが解き放たれ、口内を踊り回って幸せのパレードが始まる。


「うまっ……」


 甘すぎず、くどすぎない絶妙なおいしさに、思わず心の声が漏れる。

 今度は大口を開けて、一度に多量のあんこを摂取だ。すると口いっぱいに広がるあんこが、智也に最上級の幸せをもたらせてくれた。


 そんな中、何気なく横を向いた智也は、壁際の席で同じようにあんパンを頬張る、淡藤色の髪の少女の姿を見た。

 つい十数時間前に顔を合わせたばかりの、どこか独特な雰囲気のある人物。どうやら二人とも同級生のようだったが、今は片割れの姿は見えない。


「確か名前は……夕だったか」


 と思い出しながら横目で見ていると、何かを失くしたのか、突然あたふたし始める。

 その様子を観察していた智也に気付いたようで、少女の萩色の瞳が、じっとこちらを見つめてきた。


「わたしのあんパン……」


 またなにか言われるのではないかと身構えたが、どうやら智也など眼中にないらしく、テーブルの上の、まだ一つ残っているあんパンを凝視しているようだった。

 当然、同じものが少女のテーブルの上にもあるはずだが、見事にあんパンだけが消失しているのを見て、智也は全てを察した。


 少女の視線を釘付けにしているソレを手に取り、腕を動かせば、萩色の瞳がそれに釣られて動いてくる。そうして上下左右に首を振らせていると、まるで猫と遊んでいるような気分を味わった。


「面白すぎだろ」


 薄笑いを浮かべながら、そのあんパンを自分の口に持っていこうとすると、途端に少女は泣きそうな表情になる。

 その反応を得て、少し楽しくなった智也が少女の方に手を突き出すと、それに食いつくようにこちらに歩み寄ってきた。

 そうしてあんパンを口に近付ければ、これでもないくらい明るい表情になり、キラキラと目を輝かせながら両手を伸ばしてくる。

 そして最大限に期待が高まったところで、智也は腕を引っ込めた。


「なぅぅ……!」


「食べたいのか?」


 そうと理解していながら意地悪な問いを投げる智也に、少女はもげそうなほど首を激しく動かし、その意を表した。

 予想よりも凄まじい主張の仕方に若干の恐怖すら感じながら、今度はちゃんとあんパンを手渡す。


 とはいえ、一度その味を知った智也には、そのあんパンの虜になる気持ちは十分に理解できた。

 むしろそれができたからこそ、もう一個を堪能したかったところではあるが、目の前の幸せそうな表情を見ていると、悪くはなかったようにも思える。


「ありがとう……おいしかった」


「感謝するなら新井さんに、だろ」


「……いいの」


 ペコリとお辞儀する少女に、そこまでするほどのことでもないだろうと、智也は苦笑を浮かべる。

 それで智也の前から去っていくものだと思っていたが、何故かじっとこちらを見つめてくる。その様子を怪訝に思っていると、何かを小声で呟いた少女は一人頷き、意外な話題を持ち掛けてきた。


「占い……すき?」


「占い? いや、別に興味はないかな」


「占い……すき?」


「占い? いや、別に興味は」


「占い……すき?」


「大好物です」


 一度目の返答が聞こえなかったのかと思い、あえて智也は同じ返しをしたのだが、どうやらそれでは納得してもらえないようだと察した。

 それで出たのが智也もよく分からないちぐはぐな回答だったが、少女は満足げに頷いていたので問題はなさそうだ。


「じゃあ……貴方の運勢……占ってあげる」


「へぇ、そんなこと出来るのか」


 興味がないと言ったはものの、実際やってもらえるとなると、少しだけ気にはなる。

 と、智也の対面へと腰掛けた少女が、どこからともなくタロットカードを取り出して、それをテーブルに並べ始めた。


「どれか一つ……どうぞ」


 裏向きに配置された二十数枚のカード。どうやらその中から選んだ一つで、運勢が見えるらしい。

 智也が選んだカードには、天使の羽根が舞っているようなイラストが描かれていた。


 一見して好印象に感じられる見た目だが、果たして結果はどう出るのか。険しい表情を浮かべる少女の顔を見つめながら、智也はその答えを待った。


「貴方の運勢は……最悪です」


「え、それだけ?」


「……それだけ」


 雨音のような小さな声でそう言って、少女はその場から去っていく。

 一人取り残された智也は、しばらく理解が追い付かずに呆然としていた。



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