第二十三話 「まるで陽だまりのような」
「チーム戦、どうなるんスかね」
「んー、また次回に改めてやるんじゃないかな? 今日みたいなことが起こらないよう、厳しく注意はされるだろうけど……」
不意に呟いた七霧の問いに、国枝がそう答える。
担任不在のなか与えられた自由時間をどう過ごすか、みんな迷っているようだった。
「どうせだし練習しましょうよ! もし次があるのならやっておいて損はないっスよね? それに、あの久世さん相手に黒霧さんがどんな作戦を立てるのか気になるところっス」
「確かにおれも黒霧くんの作戦、もっと聞いてみたいかも」
「まだDチームが相手だと決まったわけじゃないけどな……」
とはいいつも、智也も久世が負けるビジョンは思い浮かばない。それは同時に、いざ自分たちが対峙したときの見込みのなさを証明しているようなもの。
だからこそ七霧の言う通り次に備えて準備しておいて損はないし、練習はいくらしても足りないくらいだ。
「次の作戦考えつつ、ちょっと練習してみるか」
「そうだね」
「了解っス!」
そんなこんなで練習を始めたAチーム。
その様子を見て、Eチームも真似をするような動きを見せた。
次があるとすれば先に久世と戦うのは彼らなのだから、当然と言えば当然である。
先生からの細かい指示はなかったが、そうして生徒たちが自ら行動を起こし、それぞれのチームで練習をするという流れが生まれた。
「――Reve11【火弾】」
手のひらから生まれた火球が、的に当たる直前で消滅する。
本番ではその粗を上手く隠せていたが、やはりこのままではいざという時に心許ない。
次の試合でも間違いなく智也はこの十一番を主力として戦うことになるだろう。ならばせめて、この魔法だけでも安定して使えるようになっておくべきだと、そう考えたわけだ。
「Reve11【火弾】!」
「Espoir13【隔壁】」
隣で同じ言霊を唱える七霧。当然ながら彼の魔法が途中で消滅することはなく、的役である国枝の元へとちゃんと到達している。
どちらかと言えば火属性に適性のない七霧の方が不出来であってもおかしくはないのに、なぜ無属性の智也に同じことができないのか。
「黒霧さん、手止まってるっスよ」
「あぁ、悪い。Reve11――」
つい思考に耽ってしまう智也を、七霧がそう指摘する。
これは智也の課題を解決するための練習でありながら、次の試合の鍵となる国枝の特訓でもあるのだ。
あの久世の魔法を防げる可能性があるとすれば、それは土属性に適性のある国枝しかいない。そんな風に期待する二人の思いを、彼は一身に背負ってくれた。
七霧に合わせるように智也も火球を具現化させることで、疑似的に久世の猛撃を再現する。
そうしてイメージトレーニングを行いながら、国枝には岩壁の『強度』及び魔力量の調整――その感覚を掴んでもらっているのだ。
だが、そこにはいくつかの問題が浮上していた。
一因として、まず智也の頼りなさがある。
今まさに苦悩している魔法の消滅問題もそうだが、元々の魔力量が少なすぎるせいで完璧な再現に至っていないのだ。
次いで、久世が有する魔力量の底知れなさ。
仮に国枝がこの短時間で、相手の攻撃に合わせて『強度』を調整するコツを掴んだとして、その火力の天井が見えないというのは大きな不安要素となる。
極端な話、国枝が大量の魔力を――それこそ持ち得る全てを使うつもりで挑めば、一度は確実に凌げるだろう。しかしそれは余りにもリスクが高すぎる上に、国枝の負担が大きすぎる。
「やっぱり、瞬時に魔力量を見極めて対処するのは難しいね……」
「思ったんスけど、普通に久世さんの魔法を避けながら反撃するのは駄目なんスか?」
純真な眼差しを向ける七霧に釣られるように、国枝の視線もこちらに移る。
智也はそれに腕組みしながら一考。前置きを挟んでから組んだ腕を解いた。
「それもいいけど、あえて守ることに意味があると思うんだ。さっきの試合、藤間に全力を防がれたときの久世の反応を覚えてるか?」
「立ち振舞いからも分かる通り、あいつは自分の力に絶対的な自信を持っているタイプだ。基本的に誰も自分に対抗できないと思っているからこそ、防げば必ず隙ができる」
「なるほど。でも……おれに同じことができるかな」
「できなくてもいいんだよ」
いまいち自信なさげな表情を浮かべていた国枝は、智也の言葉に面食らったような反応をして疑問符を浮かべた。
「一試合目のサポート、めちゃくちゃ頼もしかったんだ。だから『国枝なら』って期待はするけど、別にできなくたっていいんだよ。これ以上ないくらい無茶な要求をしてるわけだしな……それに、まず俺自身が問題だらけなわけだし」
と、最後の言葉は口の中に留めつつ、重荷を背負わせないよう気遣った智也に七霧が続く。
「そうっスよ。あくまで練習試合なんスから!」
そう言って微笑んだ七霧は、でもやるからには勝ちたいっスよねと、冗談も交えて。国枝の表情から笑みがこぼれた。
「ありがとう、二人とも。おれ、頑張ってみるよ」
「この三人なら、BチームとEチームにできなかったこともきっと出来るっスよ!」
「Eチームはまだこれからだけどな」
「あ……」
ついうっかりと、手で口を抑える七霧。それに今度は苦い笑みをこぼした国枝が、気合いを入れるような声を発して、
「よーし。じゃあ引き続きよろしく!」
「黒霧さん、行くっスよ!」
「――あぁ」
「「Reve11【火弾】」」
七霧に合わせて放った火球が、中途で消滅して消え失せる。
チームとしての方針は定まったものの、智也個人の問題は何も解決していない。
それで二人に迷惑をかけていると自覚していても、その悩みを打ち明ける勇気が今一つ持てないのだ。
「悪い、もう一回やっていいか?」
不思議そうな顔でこちらを見やる二人への気まずさに堪らず視線を逸らしつつ、左右で大きさの異なるアンバランスな火球が具現化する。それを国枝が岩壁で防ぐ過程を見つめながら、智也はひとり自問していた。
――深く考えずに、気楽に相談してみたらいいんじゃないのか?
今こうして練習の相手にすらなっていない状況の方が苦痛で、馬鹿げている。
なんてことはない、ただ魔法の撃ち方を聞くだけだろ、と。
しかし、それだけのことが智也には難しかった。誰もが当たり前のように行っていることを出来ないでいる自分が、この上なく恥ずかしかったから。
その程度のことも分からないのかと揶揄されるかもしれない。まともに取り合ってもらえないかもしれないし、蔑んだ目を向けられるかもしれない。
そう考えれば考えるほど、心の扉は固く閉ざされてしまう。
得意な話題は流暢に語れても、変なプライドのせいでこういうとき、智也は怖気づいてしまうのだ。
「――黒霧さん、なんかあったんスか?」
不意に横からかけられた声に、驚いた智也の肩がわずかに跳ねる。
「いや……なんでもないよ」
「そうっスか? 大丈夫ならいいっスけど」
咄嗟にそう答えてしまったことを、智也はすぐに後悔した。
昔からそうだ。自分の気持ちを打ち明けることが苦手だった智也は、せっかく手を差し伸べられても素直にそれを掴めないでいた。
一度智也の口から「大丈夫」と言ってしまえば、周りの者はそれ以上踏み込んできてはくれない。
そうして自ら隔たりを作ったことを、今回もまた同じように後悔し、ただただ表情を暗くさせるのだった。
――そんな智也の顔を、深碧色の瞳がじっと見据えていた。
「黒霧くん、悩みごとがあるなら聞くよ? おれたちにできることがあるか、分からないけどさ」
そういって国枝が目配せすると七霧も深く頷き、二人の優しい眼差しが智也の心をほぐしていく。
「みんな誰だって悩みの一つくらいあるもんだよ。ね、七霧くん」
「え。あー、はい。そうっスよ!」
「ないんだね……」
ふと、智也の口から笑みがこぼれた。
なんてことのない二人のやり取りが、無性に可笑しく思えたのだ。
きっとこの二人なら、智也のことを馬鹿にしたり、貶したりなんてしないはずだ。むしろ悪く考えるのが失礼だと思えるほどに、彼らの声は温かかった。
――そうだ、この二人なら信頼できると思ったのではないか。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、か……」
最後に小声でそう呟いて、智也はずっと踏み出せずにいた一歩を繰り出した。
「あー、えーっと、ちょっと聞きたいことがあってさ」
「うんうん」
「その、十一番……っていうか魔法全般に関してなんだけど、コツとかってあったりするのかな?」
たどたどしく、言葉を詰まらせながらだったが、ちゃんと言い切った。
傍から見ればほんの些細な出来事だったかもしれない。だが智也にとっては大きな進歩である。
「ん~」
智也の問いに考える素振りを見せる七霧。
その真剣な表情を見れば、寸前まで自分が抱いていた苦悩がいかに愚かだったか痛感できる。
「多分っスけど、黒霧さんは途中で魔法が消えちゃってるんで、魔力の注ぎ方が甘いんじゃないっスかね?」
「言われてみれば……」
言われてみれば、智也は基礎中の基礎というものを何も知らない。学園に入学する前に親から教わるのか、或いは『訓練校』とやらで学んでくるのか。他の者が有している知識が、智也にはない。
もしかすると魔力属性検査の結果がイマイチだったことにも影響しているのかも――なんて都合のいい解釈もしてみたが、さすがにそれは諦めが悪いか。
「ていうか、現にすぐ魔力切れになってるしな……」
検査結果の方は間違いないものだと諦めて、智也は七霧にもう少し細かいアドバイスを求めた。
「その魔力を注ぐっていう工程の、コツとかがあれば教えてほしいんだけどさ」
「こう、ぐーーって力を込めて、パってしたらできるっスよ。パって」
「えーっと、そうだなぁ……そもそも魔力がおれたちの体の中で循環してるのは知ってる?」
「あー、血液みたいな?」
緩やかに、七霧に向けていた視線を国枝の方へと移す。その意図を察した国枝が、苦笑ながらに代弁してくれた。
何も知らないのが恥ずかしくて、つい知った風な顔で相槌を打ってしまったが。ともあれ、瞬時に読み取った解釈で合ってはいたようだ。
「だから魔力の注ぎ方が甘いっていうのは、コントロールが上手くいってないってことを言いたかったんだと思う。……だよね?」
「それが言いたかったっス」
「なるほど」
分かりやすい説明を聞いて、智也は頭の中に巣くっていた靄が一つ消えたような気がした。
「体内に循環してる魔力を、一か所に集めるイメージでやってみたらどうかな?」
「ありがとう、ちょっとやってみるよ」
「じゃあ国枝さんは壁役よろしくっス!」
「なんか扱い雑くない?」
無邪気に笑う七霧と、苦笑いを浮かべながらも壁を張って待機してくれる国枝。
そんな二人の顔を見つめて、智也の口元がまた少しだけ綻んだ。
きっと、先生が適当に分けただけのチームだったのだろうけど、初めて組んだのが彼らで良かったと、智也はしみじみ思った。
「Reve11――」
二人から聞いたコツを参考に、全身の魔力を右手に集めるようなイメージを浮かべる。
例えZランクという極僅かな量しかなくとも、智也の中には確かに不可思議な力が宿っているのだ。
その力の流れを感じ取りながら、
「【火弾】!」
右手から勢いよく放たれた魔法が自己を主張するかのように燃え盛り、国枝が立てた壁に衝突すると火の粉を散らしながらそこに確かな焼け跡を残して霧散していく。
思わず横を向くと、自分のことのように喜ぶ七霧の姿 があり、正面の壁から顔を覗かせた国枝も、その焼け跡を見つけて嬉しそうに微笑んでいた。
二人の温かな視線を浴びながら、智也は自分の右手を何度も開閉し、心の中で熱涙を流しながら喜びの声を漏らした。
それから、今の感覚を忘れないようにと、何度も、何度も練習を重ねるのだった。
✱✱✱✱✱✱✱
練習を終えた帰り道。へとへとになりながら無駄に長い階段を三人で下りる。これまで一人で踏破していた道のりが、まるで違う景色のように黒瞳に映る。
「良かったっスね! 黒霧さん。上手くコツが掴めて」
「あぁ。ほんとに感謝の念が尽きないよ。Cチームに勝てたのも二人のおかげだし」
「それは違うと思うよ。きっとこの内の誰が欠けても、成り立たない勝利だったんじゃないかな」
「そうっスよ。勝てたのは三人の力を合わせたからっス。なんたってチーム漆黒っスから!」
気に入ったのか、再々持ち出してくる変なチーム名に苦笑しつつ、この世界に来て初めて心が和らいでいるのを実感する智也。
練習で疲れきっているはずなのに、満ち溢れる充足感とちょっとした達成感から、体はとても軽かった。
「でも……本当に務まるのかな、おれに久世くんの足止めなんて」
一方で、やや重い足取りの国枝。いつもの笑顔に陰りを見せているのは、おそらく魔力量を見極める練習が上手くいなかったのが原因だろう。
時間いっぱい練習したものの、そもそも半日そこらで物にできるような難易度ではなかったのだ。その際にも 智也は仕方がないと宥めていたが、どうにも気持ちが沈んだままのよう。
「最初にも言ったと思うけど、無理難題を押し付けたのは俺なんだから、悪いのは俺だよ。ごめん」
「だとしても、おれには壁を作ることくらいしかできないし……」
そこで完全に足を止めてしまった国枝の、俯いた顔を戻すことができずに四苦八苦する。
なんと声をかければ良いのか分からず内心で頭を抱えていると、隣からとんでもない迷案が飛び出して智也は目を丸くさせた。
「見極めるのが難しいなら、四回分くらいに分ければいいんじゃないスか? その間に、自分と黒霧さんがあとの二人を倒すっス!」
「いや……意外と名案かもしれない。四回……いや、余力は残しておきたいから三分割で、久世の『全力』だけやり過ごす方針で行けば或いは――」
「ほんとに? たった三回でおれ何もできなくなっちゃうよ?」
「あぁ、それで構わない。三回もあいつを止められるなら十分すぎるよ」
そんな簡単にいくのだろうかと思っているのだろう。いまいち信じ難いといった顔の国枝は、別の意味で不安を感じているようだったが、さっきまでの暗い感情はなくなったようだ。
自分の案が採用されて嬉しげにしている七霧を横目に、智也は凄いなと感心。
そうして長い階段を下りた先の分かれ道で、智也とは別の方向に足を進めようとする二人に、一拍二拍置いてから声を絞り、二人の背に投げ掛ける。
「……あー、俺こっちだから」
「あ、そうなんだ。じゃあまた明日だね」
「あぁ。細かい作戦は、また試合が決まったら話すよ」
「了解っス!」
「じゃあ……また明日」
二人の眩しい笑顔に軽く手を挙げて応じ、遠ざかっていく背中を見送ったあと、智也も踵を返して歩き出した。
✱✱✱✱✱✱✱
「おう、お前は昨日の――そういや名前を聞いてなかったな、坊主」
「……智也です」
路地を抜けてすぐ、右手にある建物の窓から強面の男に声をかけられた。
見てくれは普通の民家だが、壁面に特徴的な看板を付けているそのお店は、昨日足を運んだばかりの射的屋だ。
片手を上げて気さくに笑う店主に、智也は軽く会釈を返す。
「智也か。いい名前じゃねぇか、ガハハ!」
「はぁ」
豪快に笑う店主の顔を見つめながら、今朝がた先生と交わした会話が智也の脳裏を過ぎる。
話によると、魔法を予め決めた方向に曲げることはできても、意のままに操るというのは不可能とのことだった。
昨日は話半分に聞いて、なんとなく直感でローブの子供の胡散臭さを嗅ぎ取っていたが、先生の証言を加味すると、今やその直感も確かなものへとなりつつある。
「なんだ難しい顔して。若ぇ内からそんな皺寄せてっと、将来禿げるぞ」
そう言って「ガハハ」と笑う店主に、部外者である智也の方が暗い顔になる。
店が今にも潰れそうな状況下であるというのに、どうしてこうも呑気に馬鹿笑いができるのか。自分にはそんな真似、到底できないなと智也は思った。
「お父さん、またタバコ吸ってるじゃん」
「お、帰ったか秋希」
と、後ろで誰かが店主にそう声をかけて、智也の側を横切る。
ちらと振り向けば、すれ違い様に梅の花を思わせる頭髪が、さやさやと風に揺れていた。
「……。ママに言いつけるよ」
「勘弁してくれよ~数少ない父ちゃんの楽しみなんだ。それよりも、なんでパパって呼ばないんだ? いつもはパパって」
「別に言ってないし! ていうか……何してんの?」
「あ、どうも」
扉に手をかけたままこちらを見やったその茶色の瞳に、智也は今になって勘付いた。
「射的屋『千』って、そういうことか」
「なんだ坊主、ウチの秋希と知り合いか」
「まぁ、一応クラスメイトなんで」
と言っても、今まさに名前と顔が一致したところだけど、と口の中で付け加えて。何かを察したらしい強面の店主は、娘の顔を見ながらニヤけた面を浮かべていた。
バン、という大きな音と共に店の扉が閉まって、中に入っていったクラスメイトに、どこかで見た光景だなと、遠い目をする。
「どうだ、ウチの愛娘は。可愛いだろ?」
「とりわけ好みでもないので、なんとも言い難いです」
「お前、それは肝が据わってるの超えて無神経だろうが」
「ハハ……冗談っすよ……」
ついつい本音を語ってしまったが、さすがに相手を選ばないと痛い目を見そうだと、内心冷や汗をかいた。
「可愛いなんて言ってたら、ど突いてたとこだったがな。ガハハハ!」
「どっちにしろ八方塞がりじゃ……」
「悪い虫を追っ払うのが親父の役目なんでな」
「どっちかと言えば、邪険にされてたのは千林さんの方っすけど」
「はっ、言うじゃねぇか。やっぱりお前は面白いな、智也」
何だかんだ智也の無礼に目を瞑ってくれているところ、店主の人の良さが伺える。智也もそれを感じ取ったからこそ、一歩踏み込んだ発言ができているわけだが。
そうして大口を開けて笑った店主は、手に持っていた葉巻を口に持っていこうとして、徐にそれを灰皿の上へと置いた。
「吸わないんですか」
「娘に嫌われるのはごめんだからな」
「そうですか……」
「どうだ坊主、寄ってくか?」
「俺が文無しって知ってて聞いてますよね、それ」
「ガハハハ! バレたか!」
やれやれと肩を竦めつつ、智也は静かに思考を巡らせる。
店の内部事情を聞いてしまった手前、さっきからそのことが気になって仕方がないのだ。とはいえ、自分の世話も禄にできない智也に、できることなど何も見つからない。
「――お父さん、ご飯だって」
「お、今パパって呼んだか!?」
「――言ってないし!」
店の外にいる智也にも聞こえるような大声で、クラスメイトの千林が叫んだのが分かった。
それに対して店主は笑みを浮かべると、智也に対して「お前も食ってくか?」と気を遣ってくれる。
「……ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」
「そうか。困ったらいつでも言えよ」
もしも智也があの下宿屋でお世話になっていなかったら、店主が掛けてくれたその言葉は、きっと泣くほど嬉しかったに違いない。
――いや、嬉しさは今の状況でも変わらないか。
「人は見かけによらないってほんとなんだな」
なんて言いながら微笑を浮かべて、智也も仮の住まいへと帰ることにした。




