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第二十二話 「才ある者の戦い」



「すご~い! さすがだね~久世くん」


「ありがとう清涼さん。でも、まだ油断は禁物だよ」


「ちっ、役立たずが。邪魔だからとっとと退いてろ。……アイツは俺が潰す」


 一瞬でやられた仲間二人に悪態をつきながら、藤間が件の男を睨みつける。

 片や、両手に花を持った彼は涼しい顔で悠然としていた。まるで、今のは挨拶代わりだと言わんばかりに。

 その綽々とした態度に舌を鳴らした藤間は意識を切り替えるように深く息を吐くと、強く地を蹴って駆けだした。


 両脇に咲く、梅色と浅緑色の花。その前者のほうから回り込む藤間を久世が横目で追う。

 てっきり、正面から搗ち合いにいくものだと思っていた智也はその意外な立ち回りに一驚した。とはいえ、ただ闇雲に飛び込んで勝てる状況じゃないのも事実。やはり口だけの能無しではないようだ。


 側面に回り込んで射線を切り、なるべく人数不利の状況を作らないよう立ち回る藤間。

 ただ、相手もそれを黙って見ているわけではない。


「千林さん」


「おっけー!」


 久世の指示に明るい声で応じた梅色の髪の少女――千林が焦点を絞り手のひらを翳す。


「先生に当てること考えたら、これくらい……!」


「偏差撃ちか、うまいな」


 生み出された火球は、藤間の頭五個分先へと 放たれた。

 着弾するまでの時間と距離、そして走る速度を加味して計算した完璧な射撃。彼が足を止めなければ、間違いなく被弾するだろう。

 もちろん、全力で走っている藤間は急には止まれないし、何故か速度を落とす気配もない。


 やがて火球が藤間に接触するかと思われたそのとき――走る勢いをそのままに、片足で踏み込んで跳躍した藤間は身を捻りながらソレを躱し、更には空中で体勢を整えて反撃の構えをとった。


「【火、弾】!!」


 撃ち放ってから手をついて着地。火球の行方を確かめるように、黄土色の瞳がギラりと光る。

 一方Dチームの三人は試合が始まって以来、一歩もその場を動いていない。横一列に並んだままで、標的にされている千林でさえ全く動じる様子がない。



 ――いや、動く必要がなかったのだ。



「【水膜】」


 零れ落ちた水滴のような囁き声だったが、不思議とそれは鮮明に聞こえた。

 瞬間、三人を包み込むように広範囲に水の膜が展開。藤間の火球が掻き消される。


「なんか、さっきまで必死に戦ってた自分らとは全然違うっスね。何をどうやってるのか、全く分からないっス」


「魔法を『改良』することによって、それぞれが持つ特性を強化することができる……って魔導書に書いてあるな」


 一度に注ぐ魔力量を増やすことで魔法の質は向上する。先生の話ではそこまでだったが魔導書を確認したところ、より詳しい内容がそこに記載されていた。


「基本的には『強度』――威力が上がるみたいだけど、中には肥大化するものもあるらしい。あの馬鹿でかい火球とかが多分そうなんだろう」


「じゃあ今の魔法も、ただ大きくなっただけってことっスか?」


「いや、おそらく『強度』も『範囲』も強化されてるんだと思う……」


 一回戦で水世がやっていたあの強固な守りを、三人纏めて覆えるように拡張させたイメージ。

 ただ、あれやこれやと欲張れば、それだけで大量の魔力を消耗することになる。あくまでその力業を成せるのは、絶大な魔力量を持つ久世だからこそだ。


「【火弾】」


 と、千林と清涼を侍らせていた久世が、自ら一歩を踏み出した。

 再び、圧倒的な暴力が具現化する。


 改めて目にしてみても、やはり自分たちが使ったものと同じものには思えなかった。だが実際、膨大な魔力を要することで『改良』された、ただの初級魔法に過ぎない。

 そしてその、誰にでも扱えるただの初級魔法を、虎城と七種は二人掛かりで止められなかった。


「次は君の番だよ」


 その声を聞いて初めて藤間の表情が強張った。対峙していない智也ですら気圧されるほどの冷たい声。


 火球を見て、防げないと判断したのか膝を曲げると床を蹴り、驚異的な跳躍力を見せる藤間。その足下で、炎が激しく燃え上がる。


「まるで学習能力がないな。――千林さん、清涼さん」


 持ち前の身体能力を活かし、どうにかやり過ごすことに成功した藤間。それを見た久世は、興が冷めたと言わんばかりに嘆息した。

 後ろの二人に対処を任せ、興味なさげに目を背ける。


「Reve11【火弾】!」

「Reve16【半月切り】!」


 火と風の魔法が空中の藤間を狙い撃つ。

 いくら身体能力が高かろうと、足場のないそこでは攻撃を避けることはできない。

 午前授業のときのように、また火球でも飛ばして迎撃するのか。


 ――二番煎じだ。


 そんな声がどこからか聞こえた気がした。


「Espoir13【隔壁/円柱えんちゅう】」


 逃げ場のない空中で藤間が唱えたのは、あろうことか迎撃用の魔法ではなく、身を守るための防御魔法だった。

 それも全身を覆える水膜ならまだしも、地に壁を生やす魔法では我が身を守れない。

 そう思ったとき、床に生えた壁が急速に上に伸びた。


「なんだあの形……」


 足元から伸びる細長い岩壁。藤間はそれを即席の足場として急降下し、狙いの外れた火球と斬撃が虚空に散る。

 そして目を白黒させていた千林の前に着地すると、その顔面へと右手を翳し、


「【火弾】!!」


 超至近距離で放たれた火球に、小さな体躯が宙を舞い、床に叩きつけられた。


「くっ、ハハハハ!!」


千林せんばやし秋希(あき)、脱落」


 その狂気じみた笑い声と、先生の口から挙がるはずのない名前を聞いて、久世が目を剥きながら後ろを振り返った。


「貴様……女性の顔になんてことを」


「それがどうした? テメェが舐めた真似してるからだろ、あァ!?」


「――清涼さん、ちょっと下がっててくれるかい?」


 状況がうまく飲み込めないのか、困惑した様子の清涼に優しく微笑みかけると、後ろに庇うようにして前に立った。

 一触即発の空気――いや、既に火蓋は切られたあとか。


 小さく首を縦に振った清涼が、二人から離れて千林の元へと駆け付ける。そうして彼女の無事が確認されるのを横目に見て、瑠璃色の瞳が正面の男を捉えた。


「ハッ、ちったぁやる気でたかよ」


「……いいだろう、相手になるよ。お望み通り、ここからは一対一の勝負だ」


「別に二人で来ても構わないんだぜ?」


 藤間の挑発に形のいい眉を寄せて、久世が右手を翳す。

 その「片手だけ」という違和感に藤間も怪訝に思ったのか、黄土色の瞳が僅かに細められた。

 単なる挑発の仕返しというわけではなく、何らかの意図を持っているようにも感じられる。


「「【火弾】!」」


 と、どちらからともなく言霊を唱え、全く同じ魔法が具現化する。――そう、額面通り特大の火球が、藤間の手のひらにも顕現していた。

 つまりそれは同じだけの魔力がそこに注ぎ込まれているわけで、衝突する二つの火球は爆煙を巻き起こしながら互いに相殺し合った。


 ――その影で、久世が空いていた左手を振るう。


「【半月切り】」


「読めてんだよ!」


 しかし、爆煙を裂いて飛び出した斬撃を藤間は後ろに飛び退いて難なく躱す。

 そこへ休む暇を与えず二撃目が飛来し、今度はそれを身を屈めて回避。そのまま床に手を付けると、生成した岩壁で三撃目を防ぎ切った。


「凄いね藤間くん、あの久世くんと対等に渡り合ってる」


 隣で国枝が呟いたのを耳にしながら、智也は一思案する。


 戦況は拮抗しているように見えても実のところはそうじゃない。久世に合わせた無茶苦茶な戦い方をすれば倍の速度で魔力は消耗する。属性の不利を感じさせないというのも、更に拍車をかけているはずだ。

 藤間の消耗度合いは、想像に難くない。


「やっぱり、魔力量と適性の有無が強さに直結するとしか思えないっすよ……先生」


 ――魔力量は力を測るための判断材料ではあるが、それだけが全てじゃない。

 ――大事なのは才能じゃなく、真価を発揮するための手腕だ。


 彼はそう言ってくれたが、実際に才ある者の戦いを目の当たりにしてみれば、その教えを素直に信じることはできなかった。


「【半月切り】」


「ちっ」


 先ほどから、事もなげな顔で『詠唱破棄』を使いこなしている久世。それも十一番だけでなく複数の魔法を極めているのは、単に智也が無知無能なだけか、彼の才能が常軌を逸しているのか、その見当もつかない。


 身を守っていた岩壁が両断される直前、舌打ちを飛ばして藤間が駆ける。

 久世を中心に円を書くように走って、左手に火球を具現化させた。


「無駄だよ」


「【隔壁】!」


 藤間の動きを横目で追っていた久世が、火球に合わせて水の膜を展開する。それと同時に足を滑らせながら減速した藤間は、足元から迫り上がる壁の勢いを利用し、久世を飛び越えて反対側に降り立った。


「――Reve11【火弾】」


「……!」


 より多くの魔力を込めた火球が、久世を挟み撃つ。

 智也と七霧が二人で行ったその戦法を、藤間は技を駆使して一人でやってみせたのだ。

 水の膜で正面の火球を防いだ久世は、背後から迫るそれを目の端に捉え、意外にも防御を中断して回避に転じた。


「びびって避けたな」


「ふっ……虚勢でも張らないと平静を保てないか」


「なんだと?」


「相当な無理をしているようにみえる。君のその虚仮威しも、果たしていつまで続くか」


 瑠璃色の瞳に見透かされて押し黙る藤間。

 言い方に棘があるとはいえ、正鵠を射た鋭い発言には返す言葉もないか。

 切れ味を失った藤間をしばし見つめたあと、久世は瞑目し、四度目となる特大の火球をその手に具現化させた。

 

「――終わりにしよう」


 不利な状況下でありながらも健闘していたが、どうやらここまでのようだ。

 智也的にはどちらの肩も持つつもりもないので、勝敗がどう転ぼうと関係はなかったが。


 深く息を吐き、何らかの意思を宿した瞳がまた爛々と光って。その目で対象を捉えた藤間は、迷わず一直線に駆け出した。


 低い姿勢で疾駆する様は、まるで虎のようだった。


「どうやら万策尽きたようだね」


 冷たい声と共に、久世が両手の火球を放つ。

 暴力の権化であるソレは幾度も轟音を立て、相対する者の心身を震わせてきた。

 その特大の火球が、ここに来て更に一回り肥大化している。久世の底知れない魔力量には、もはや驚きを超えて呆れすら感じさせられた。


 そんな中、容赦のない一撃が藤間を襲い、ついにはその身が爆炎に呑み込まれた。


「敢え無いな」


 最高の火力に鉄壁の守り。且つ複数の属性に適性を持つ久世の前には、相性などハナからないようなものだった。

 彼の才能が光れば光るほど異質さが際立ち、また、才ある者には敵わないのだという絶望を叩き付けられる。そうして智也がため息を溢し、戦場から目を逸らそうとして――――爆炎の中から飛び出した男の姿が、目の端に映った。


「馬鹿な……!?」


 瞠目する久世。その一瞬の隙に接近した虎が、大口を開けて咆哮する。


「Reve11【火弾】!!」


「くっ……!【水膜】!」


 間一髪、久世の体が水の膜に覆われるが、あろうことか藤間はその中に右手をぶち込み、そのまま特大の火球を具現化させた。

 強固な守りが一瞬にして蒸発し、動揺を見せる久世の姿があらわになる。


「なんて型破りな男なんだ……やはり、獰猛な野獣そのものだったか」


「ハハ……ざまぁみやがれ」


 一泡吹かせた藤間が、口元を歪めて笑う。

 ただやはり相当無理をしたようで、足元がふらついていた。

 裏を返せばそうでもしないと、久世とは正面から搗ち合えないということか。


 今ので有効打を取れなかった藤間としては、かなり痛手に感じているだろう。疲弊した様子からも、もう長くは戦えないだろうことが察せられる。

 BランクとAランクで、ここまでの違いがあるものなのか。その間にある力の差をひけらかすように、久世がまたあの魔法を具現化させた。


「誤算はあったが、今度こそ終わりだよ。潔く敗北を認めるか、そこで散るがいい」


「クソったれが!!」


 燃え盛る炎に対し、藤間ががなり立てる。

 圧倒的な力を前にしても決して諦めようとはせず、対抗心を燃やして手のひらを突き出し魔力を絞り出す。


 ――刹那、銀の風が視界を横切り、巻き起こる風圧に体育館が大きく揺れる。


 気付けば、いつの間にか藤間の腕を掴んだ先生が魔法を中断させており、久世の放った特大の火球は、音も無く霧散していた。


「過度な魔力の使用は人体に悪影響を及ぼす……そう教えたはずだ」


「うるせぇ、止めんじゃねぇ!!」


「駄目だ、今回ばかりは見過ごす訳にはいかない」


「クソ、離しやがれ! 俺は、俺はコイツらには負けられねぇんだよ!!」


 空いた左手で先生の胸倉を掴んだ藤間が、牙を剥いて吠え立てる。彼の黄土色の瞳は、いつになく真剣なものだった。


「お前は十分頑張った。もうそれぐらいにしておけ」


「だったらなんでッ……!! 勝たなきゃ……勝たなきゃ意味がねぇんだよ!!」


 ほんの一瞬、先生が辛そうな表情を見せたその隙に、藤間が掴まれていた腕を振り解いて後ろに下がった。

 その反動で再び体がふらつき、倒れそうになったのを先生が支えようとするが、


「触んじゃねぇ……!」


 息を切らしながら声を荒げる藤間。興奮しているせいなのか、額には大量の汗が吹き出しており、顔は熱を帯びたように赤く腫れている。


「まずい……今日の授業は中止だ! 藤間を保健室に連れていく。少し離れるが、お前らも無茶なことだけは絶対にすんなよ」


 と言って、先生は藤間に肩を貸してゆっくり体育館を出ていった。もちろん藤間は抵抗しようとしたていたが、もはや抗う気力もないようだった。


「大丈夫かな、藤間くん……」


「先生が一緒だし、きっと大丈夫っスよ」


 出入口の方を見つめながら、国枝が小さな声で呟く。

 体育館に漂う重い空気のせいか、七霧の声にもいつもの張りがない。


 智也は単に、魔法というものは願いを叶えてくれる夢の力だとばかり思っていたが、一歩間違えれば危険を及ぼすものだと知って、少し怖くなった。


 もしもあのとき先生が止めていなければ、彼はどうなっていたのだろうか。考えただけでも恐ろしい。



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