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第十八話 「『第五属性』」



「お前らの覚えが早くて助かるぜ。後は、土属性だなー」


 よっこいしょ、と言いながらその場で膝を折る先生。適性持ちならこんな手間いらないんだけどな、と言いながら床に手を付けると、やにわに詠唱を唱えた。


Espoirエスポワール13【隔壁かくへき】」


 言霊に呼応して、体育館の床から二メートルほどの岩壁が迫り上がる。

 あっという間に先生の姿が見えなくるが、そのまま壁越しに説明は続けられた。


「見ての通り、これは壁を作って身を守るための魔法だ。――そう、こいつは攻撃用のものじゃない。土属性には初級の攻撃魔法がねぇんだ」


「え、何故ですか?」


「それは『魔導書』を作った製作者に聞いて欲しいとこだな。っと、【火弾】」


 爆発音に伴い、間を隔てていた壁が瓦解する。彼はその向こうで、重そうに腰を上げていた。


「一応その方面に詳しい奴が猿真似したものもあるが、生憎俺には扱えん。知りたければ……あとでそいつを紹介してやるよ」


 気怠げに首に手を当てながら、半壊した壁を軽く足で小突く。バラバラと崩壊し、細かな粒子となって消えていく様を、死んだ魚のような目で見つめていた。


「……昨日も話したと思うが、補助魔法つってもいつもとやることは同じだ。理を知り、イメージを固め、魔力を集めて言霊を唱える。ただ一つ、この手の魔法は直接地面に触れて魔力を流す必要がある」


「――だからさっき屈んでたのか」


 とのことで、例によって智也たちも具現化に挑戦することになったのだが、十数人が床に手を付けて屈んでいる光景は、少しばかり奇異であった。

 そんな折、


「危ない!!」


 ――舞台側の方から飛んできた火球が、紫月の立てた壁へとぶつかった。


 突然の衝撃に紫月は尻餅をつき、酷く怯えた表情をしていた。


「やいチンピラ! 未奈ちゃんが危ねぇだろうが!」


「あぁ? テメェが避けたからだろ。いい加減捕まって灰になりやがれ!」


「『魔法服(これ)』着てるから当たっても効かないんですけど。そんなことも知らないんでちゅかー?」


 悪いがそんな話は聞いた覚えがない、と智也は訝しげに眉をひそめた。

 他の生徒の様子を見ても揃って同じような顔をしており、また神童が出鱈目を言っているのだと思ったが、 


「あぁ、そういや言ってなかったか」


「「そんな話聞いてないですよ!」」


「まぁあれだ。この体育館にもあるような防護魔法が、お前らの制服にも施されてるってわけだ。そっちのは……特に頑丈だけどな」


 気の抜けた反応を見せる先生に、生徒の過半数が声を大にする。それに対して面倒臭そうに頭を掻きながら、先生は智也たちの制服を指差した。

 智也的には、体育館の方も初耳だったわけだが。


「俺が本気で撃ち込んでも傷一つ付かないはずだぞ。――試してみるか?」


「いやいやいやいや」


 揃ってかぶりを振る生徒に、先生は不敵な笑みを浮かべる。いつにも増して、覇気のないその目が怖い。

 ともあれ、そこまで豪語するのだから機能性は抜群なのだろう。


「丁度いい。昨日言いそびれた属性の相性について、お前らに今説明しておく」


(いなずま)属性の練習はしないんですか?」


「――あぁ、そうだったな。そもそも何故俺があの順番で教えたかって話になるんだが……電属性ってのは『第五属性』の中でも扱いが難しいんだ。だからこいつは、適性持ちじゃないと基本的には使えない」


「そうなんスか?」


 何かを察したような顔をしてから、「当然俺も使えないぞ」と語る先生。

 智也がこの話を聞くのは二回目となるが、改めて、適性の有無による差は大きいように感じられた。


「つーわけで、こっからは相性についての話だ。何事にも得手不得手ってもんがあるが、それは魔法や属性も例外じゃない。――神童、藤間ぁ」


 話の途中で二人の名前を呼ぶと、先生は意地の悪い笑みを浮かべて数歩前に出た。

 突然呼びかけられた二人は戦いの手を止め、それぞれ決め顔と怪訝な表情を浮かべる。


「お前ら随分好き放題してくれてるな」


「いや、先生が野放しにしてんじゃん??」


「ともかくだ。授業を放棄するだけならまだしも、真面目に受けてる生徒の邪魔をするのは……いただけないな」


「あれは俺のせいじゃないんですけど!?」


 生徒の突っ込みに出鼻を挫かれこそしたものの、語気を強めたその声に、場の空気が変わった。

 慌てふためく神童に「同罪だ」と告げて、先生はその手に火球を具現化させる。


「Reve11【火弾】」


 真っ赤な火球が二発、神童と藤間の身を襲う。

 前者は咄嗟に頭を仰け反らすと紙一重でそれを躱わし、後者は身を反らしつつ横へと飛んだ。


「あっぶね! 生徒に向けて本気で撃つかよ普通!」


「心配すんな、当たっても効かないんだろ?」


「そう、だけ、ど!」


 続けざまに放たれる火球を躱しながら、神童が声を荒らげる。その横で、藤間が舌打ちと共に反撃の狼煙を上げた。


「クソが!!」


「Espoir13【隔壁】。こんな風に、火属性に対しては土や水属性が有効となる」


 怒りの具象化とも呼べる攻撃を先生は難なく壁で防いでみせて、藤間がそれに顔をしかめる。


「おい、テメェもさっさと加勢しやがれ!」


「はいぃ? ちみの味方じゃないんですけどぉ」


「ちっ、どのみち使えねぇか」


「――Reve12【水風船】」


 今度は手のひらから放出された水泡がとめどなく押し寄せて、いがみ合っていた二人は異なる手段でその対処に当たる。


「っべ、ダメだこりゃ! 脆すぎワロタ」


 一方は岩壁で身を守ろうとしたが、水泡に触れる前から泥のように崩れた自分の魔法に顔をひきつらせて。

 ――その整った面の横、水泡が破裂して衝撃波が生まれた。


「っぶねぇ……」


 咄嗟に顔の前で腕を交差し、その体制のまま後方に弾かれる。

 少し体が浮いて、床を滑りながら着地。道化の仮面に一瞬焦りの色を見せたが、無駄に整った面の無事を確かめるや、いつもの表情に切り替わっていた。


「Reve11【火弾】!」


「さっき火には土や水属性が有効だって話をしたが、一発に込める魔力量を増やせば、あんな風に相性を覆すことも可能だ。で、他の属性についてなんだが……藤間ぁ、もっとバリエーションねーのかー? 説明できねぇだろ」


「ンなこと知るかよ!」


 一面を覆う水泡を、火球の熱で蒸発させて対処していた藤間に先生がそう注文する。

 彼らの間に打ち合わせが存在すればもう少し効率よく事を運べたのだろうが、どちらにせよキャスティングミスである。


「しょうがねぇな」


 諦めたようにそう呟いて、先生の両腕がそれぞれ別の方向――神童と藤間に対して向けられる。


 灰の眼が、二人を捉えた。


「Reve11【火弾】」

「Reve16【半月切り】」


「二つ同時に……!?」


 どういう原理で行ったのか、智也にはまるで分からなかった。

 耳に入ってきたのは十一番の詠唱だけのように思えたが、視界では二つの魔法が全く同じタイミングで具現化して、それぞれの標的へと放たれていた。


 さすがに度肝を抜かれたのか、藤間の反応が僅かに遅れる。が、迫る半月型の斬撃を、間一髪のところで上に飛んで躱した。

 その隙を、先生は見逃さない。すぐさま具現化させた火球で逃げ場のない藤間を追撃し、


「――Reve11【火弾/紅鶴べにづる】」


「舐めんじゃねぇ!!」


 器用にも空中で体勢を整えた藤間が、翳した右手から同じものをぶつけて迎撃する。

 しかし、同じと思われた片方の火球に変化が生じた。

 さながら鳥のように翼を生やした火球が、飛行高度を上げ下げして、藤間の魔法を躱したのだ。


 属性の相性について――とのことだったが、そんなことよりも目の前で繰り広げられる高度な魔法戦闘に、智也も、他の生徒も、あの久世さえも感嘆の声を漏らして魅入っていた。


 同時に二つの魔法――それも別の種類を扱って見せた先生の妙技。それに対応してみせた藤間の身体能力も末恐ろしいが、やはり彼の方が一枚上手だった。

 鳥のように羽ばたいた火球が藤間に直撃し、その身が爆炎に包まれる。煙を上げながら後方に吹き飛ばされた藤間は、そのまま背中から床に激突した。


「かはっ……」


 燃焼こそしないものの、落下と爆発の衝撃を諸に受け、藤間の顔が苦痛に歪む。

 一方、ちょうど真横に落ちてきた藤間を見た神童は、その顔をひきつらせていた。


「無理ゲーすぎて草も生えん。降参するンゴ」


 そう言って神童は両手を上げ、潔く降参したのだった。



 ✱✱✱✱✱✱✱



 ――半月切り(はんげつぎり)


 それは最初に教わった【風牙ふうが】と同じ、風属性の初級魔法である。

 後者が魔力で刃を象る魔法なら、前者は半月の形に具現化させた魔力を相手へ飛ばす遠距離魔法といったところか。

 そう先生は授業の前――朝練にて智也に教えてくれた。


 その特徴は風属性特有の速さにあるという。同じ放出型の十一番と比較してもその差は明らかだった。

 それを、持ち前の身体能力で対処した藤間と違い、神童はまた異なる方法で躱していた。


 同時詠唱によって放たれた火球。

 神童に対して向けられた攻撃はそれだけじゃない。先生は藤間を相手取りながらも、常に神童を視界に捉えていたのだ。

 そうして絶え間なく放出された火球を、神童は跳んだり、走ったり、身を屈めたりしてどうにか躱していた。


 そして、神童が受け身を取って転がったタイミングでソレが急襲。当然、寝転んだ状態では回避は間に合わない。

 だが神童はそこで機転を利かせ、素早く輾転すると、自分の真下に壁を生成することで難を逃れたのだ。


 出来損ないが具現化するのはほんの一瞬で、すぐに泥のように崩れ落ちてしまうが、その一瞬があれば神童の体は上に持ち上げられ、斬撃の軌道から外れられる。

 惜しくも狙いを外れたソレは神童の立てた壁を切り裂くと、そのまま体育館の壁に衝突して霧散して消えていった。

 そのとき智也は神童らしからぬと馬鹿にしながらも、面白い発想だと思っていた。


「いやいや、無理ゲーすぎて草も生えん。降参するンゴ」


 そして、ちょこまかと逃げ回っていた神童も、容赦なく打ちのめされた藤間の姿を見ては、大人しく降伏の意を表明した。

 さすがに先生も戦意をなくした者と対峙するつもりはないようで、幕は下りたように思われた。


 ――どうやら、神童はその油断を狙っていたようだ。


 勢いよく両の手を突きだす。その構えを見て、周りの生徒がざわついた。


「あの構えってもしかして……!」


「えっ、なんのこと?」


「ほら、昨日久世くんがやってた凄いやつだよ!」


 仲良し二人組が話しているのは、的当ての際に見た特大の火球のことだろう。

 確かに構えは同じだが、よもやアレと同じことをあの男がやるとでもいうのか。


「いやまさか、な」


「Reve11【火弾】!!」


 とても信じ難いと訝しむ智也の視界に、いつにも増して真剣な神童の表情が映る。

 力強く言霊を唱え、その両手に通常の倍以上の大きさの火球が二つ生まれる――わけもなく、代わりに体育館が静寂に包まれた。


「ちっ、魔力切れか……!」


 額に手を当てて悔しそうに呟く神童。

 だが周囲をよく観察していた智也には、彼にまだ魔力が残っているだろうことが推察できた。


 神童が授業で使った魔法は、例のぐにゃぐにゃに折れ曲がった刃と、歪な形の水泡。それに隔壁もとい泥壁が一回ずつだ。

 藤間と騒いでいたときも、先生に懲らしめられている間も、彼はただ逃げ回っていただけ。仮にもCランクの魔力量を保有して、その程度で底をつくわけがない。


「やっぱりな……」


「なーんだ、カッコつけただけかー」


「神童くんは神童くんだったね~」


 沸き上がる非難の声に、神童が「うるせー!」と地団駄を踏む。

 その喧騒の中で、先生が小さく呟いた声が妙に鮮明に聞こえて、


「藤間、もうよせ」


「クソが! Reve47――」


「前に言っただろ。己の弱さを見つけられねぇ限り、いつまでもそのままだって。だからお前は一年を」


「うるっせぇんだよ!」


 突然の怒声に、何人かの生徒の肩が跳ねた。

 いったい何のやり取りをしているのか、やけに今日の藤間は荒れているように見える。そう思いながら、智也は視線を藤間からその足元へと移す。

 またしても、何かをやろうとした形跡がそこには在った。


 虎のような眼光で標的を射貫き、再び床に手を添える。そこから流れた魔力が魔法陣に浸透して光を放ち――それよりも早く、先生が言霊を唱えた。


「Espoir59【炎獄えんごく】」


 突如、神童と藤間を囲むようにして、床から檻が生えだした。

 一瞬で二人を閉じ込めたそれは炎を纏っており、捕らえた者を逃がさんと、燃え滾っている。


「ちっ……」


「え、ちょ、俺も巻き添えなの草」


 外観に反して意外と中は熱くないのだろうか。

 舌を鳴らしながら、藤間がどっしりと腰を下ろす。


「悪く思わないでくれ。これも、今までのも……全部お前のためなんだ」


 その声が、果たして本人に聞こえたのかどうか。

 どこか悲しそうに見える先生の顔を、智也は静かに見つめた。


「――午前の授業はここまでだ。飯食ったらまたここに集まれ。解散!」


「あ~、お腹空いたっス~」


「久世くん、良かったら一緒にお昼食べない?」


「別に構わないよ」


「あーそうだ黒霧、お前はちょっと残ってくれ」


 他の生徒が散り散りになる中、何故か智也だけが呼び止められた。

 何かあったのかと思考を巡らせていると、先生の方から歩み寄ってきて、


「悪いが一つ頼まれてくれねぇか」


「……なんですか?」


「そう警戒するようなことじゃない、ちょっくら昼飯を買ってきてほしいだけだ。俺はあいつらを見てないといけないからな。あーもちろん、お前もこれで好きなもん買っていいぞ」


 訝しんでいることを見透かされ、舌を巻いた智也に差し出されたのは、数字の三が刻まれた複数枚の赤い硬貨だった。当然、文無しの智也に断る選択肢はなく、むしろこちらからお願いしたいくらいである。

 とはいえ、それで具体的にどれくらいのものが買えるのか、イマイチ判然としない智也。


「青でもなく金でもないのか……」


「無理そうなら他をあたるからいいぞー」


「あ……いや、行きます。行かさせていただきます」


 食い気味にお金を受け取った智也に、先生は微笑を浮かべた。


「それで、何を買ってきたらいいんすか?」


「んあ、そうだな……あんパン六個で頼むわ。カウンターの横に置いてあるやつな」


「はぁ……?」


 余程あんパンが好きなのだろうか。そこそこ胃が大きい智也でも、一種類をそんなに食べようとは思わない。

 困惑しつつ、檻の中の藤間たちを一瞥する。

 声をかけるつもりなど毛頭ないが、思案げに眉を寄せてから、他の生徒の後を追って智也も食堂へと向かった。



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