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第十七話 「幻想(げんじつ)」



「Reve16【半月切り】」


 手のひらから放出された半月型の斬撃が、形状を維持できずに中途で霧散する。

 もう何度も見たその現象に、智也はため息も出なくなっていた。


 ――昨日の授業で魔法の扱いが上手くできなかった智也。


 その原因が魔法の適性にあると仮説を立て、火属性以外の種類を試し撃ちしてみようと考えたが、結果としてそのどれもが失敗に終わった。


「やっぱりだめか」


 呆然とする智也の隣で、灰の眼の男が「妙だな」と小さく呟く。


「お前の適性は、確か無属性だったな」


「……だと思うんですけど」


 ちょうど、智也はそのことについて尋ねたいと思っていたところだった。

 魔法を扱う上で適性の有無というのはかなり重要なはず。でなければ、珍しい属性だった久世があそこまで持て囃されるわけがない。

 そして、先程の仮説に基づいて推論すると、『第五属性』全てに失敗した智也は、何の適性も持たないことになってしまう。


「……無属性って、適性がないってことなんですか?」


「心配すんな。お前が考えてるほど悪いもんでもないさ」


 言いながら、先生は智也の頭に手を置いた。

 こちらの不安を汲み取ったのだろう。智也としては、そこまで感情を表に出したつもりはなかったが。


「性質的には空属性と似たようなもんだ。無属性も、一応は五種類に適性があるらしいしな」


「似てるって……それって二つの違いが、適応力の差ってことですか」


「そうとも言うな」


「それってただの下位互換じゃ……」


 そう不貞腐れる智也に、先生が「まぁまぁ、物は使いようだ」と宥めてくる。

 だが実際のところ、智也の解釈で相違ないと言われているようなものだった。


 ――下位互換。


 負けず嫌いな智也にとって、この世で一番と言っていいほど嫌いな言葉だ。二つの互換性のあるものを比較し、そこに優劣を付ける傲慢極まりない行い。

 とはいえその言葉を用いたのは智也であり、その結果自分の首を絞めては救いようがない。


「魔法ってのは奥が深いんだよ、適性一つじゃ真価は測れねぇ。大事なのは才能じゃなく……真価を発揮するための手腕にある」


「そういうもんなんですかね」


「そういうもんだ」


 使える手札が多ければ多いほど得だと考える智也は、素直に溜飲を下げることができなかった。

 怪訝な顔をするそんな智也を、覇気のない目が真っ直ぐ見つめてくる。その視線から逃げるように目を逸らし、体育館の時計に目を留めた。


 八時六分。

 下宿屋を出てから一時間ほどが経過している。始業までには、もう少し時間があるようだ。


「一つ、聞いてもいいですか?」


「んあ?」


「十一番の魔法の軌道って、変えられたりするんですか?」


 間抜けな声を出す先生を横目に見て、話題の切り替えに成功したと智也は思った。


 といっても、単に実のない話を振ったわけではなく、それは昨日の射的屋にて話に上がった不可思議な現象についてだ。店の人は、まるで魔法を操っているみたいだと言及していたが――、


「軌道を変える?」


「……はい。例えば自分の思うように動かす、とか」


「あー、そりゃ無理だな。予め決めた方向に曲げる程度ならできるが」


 腕を組みながら語る先生の「その程度」にむしろ智也は驚きつつ、しかし話にあった事象とは異なるであろうことを理解。

 となると、やはりローブの者は何らかの不正を働いたと考えるべきだろうか。


「それがどうかしたのか?」


「いや、ちょっと気になっただけっす」


「――そうか。ぼちぼち他の奴らも来る頃だろう。俺ぁいったん着替えるついでに、ちょっくら伝言残してくるわ。今日は……一日ここを使うからな」


「……あ、わざわざ付き合ってもらってありがとうございました」


 足下を指差してから、道着姿のまま体育館を出ていく。その背中に向かって智也がお辞儀すると、先生は軽く手を上げて去っていった。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「よしお前らー、今日も元気に頑張るぞー」


 スーツに着替えた先生が体育館に戻ってきて、先に集まっていた生徒がそれを迎える。


「先生、元気って単語知ってたんですか?」


「一番やる気のない人に言われても、って感じだよねー」


「タンスの角で頭打ったんスか?」


「秋希ちゃんそれは失礼だよ。何か辛いことでもあったんじゃないかな」


「酷い言われようだな……つか、タンスの角じゃ頭ぶつけねーよ」


 好き放題言われた先生がやれやれとため息を溢し、生徒の方はケラケラと楽しそうに笑っている。

 こういうとき、智也は積極的に絡みにいけるタイプではない。クラスの人数は少なめだが、やはり先生の印象に残りやすいのは、ああやって会話やスキンシップをとっている生徒なのだろう。


「さて、今日はお前らに各属性の初級魔法を練習してもらおうと思っているんだが……その前に昨日話したクラス対抗戦について、少し補足を入れておく」


「確か月末に開かれるんだよね??」


「あぁ。クラス対抗戦――、やるからにはお前らに勝ってもらう」


 陽気な女生徒――東道の問いに首肯して、十五人の顔を見渡す先生。

 智也はその覇気のない瞳の中に鋭さを見て、思わず固唾を呑んだ。


「ただ、出場できるのはこの中の五人までだ。メンバーの選出はお前らの授業態度を見て俺が決める」


「えーいい子にしろってことっスかー?」


「態度つっても、ただ真面目にやりゃあいいってわけじゃない。さっきも言った通り、やるからには勝ちにいくからな」


「なーんだ、そういうことっスか~」


 つまり最終的に物を言うのは実力ということか。まだ他の生徒の力量も何一つ分からないが、それでも智也が三分の一に入り込むのは簡単じゃないはずだ。

 そう思考に耽る智也の近く、頭の後ろで手を組んだ生徒が「授業中に寝ていいってことじゃねーぞ」と先生に釘を刺されていた。


「でだ、選抜した五人で団体戦を行うことになる。試合形式は星取り戦だ」


「星取り戦?」


「――事前に決めたオーダー通りに個人戦を行い、チームの勝ち星によって勝負を決する。よくある対戦方法だよ」


 どこからともなく湧いた疑問の声に、久世が淡々と答えた。

 智也のイメージとしては、武道の試合が真っ先に浮かび上がった。


「まぁ、少し特殊なルールもあるがそれはまた後で話すとして……今は四クラスしかねーから、実質二回勝てば優勝ってわけだ」


「意外と簡単じゃん。こっちには久世さんがいるし」


「それはどうだろうな。有望な生徒なら他にいくらでもいるだろう。ちなみにだが、対抗戦で優勝すれば学食無料券や賞金が手に入るぞ」


 楽観視する虎城の発言が先生に切り捨てられる。智也はそれを見て、意外と厳しい面もあるのだなと思ったが、他力本願な考えは咎められても当然か。

 そんなことより、


「賞金……!」


 確かに先生はそう口にした。

 何よりもまずお金が欲しい智也としては、これ以上にない朗報である。

 周りでは、先の発言の確証を得ようとする声や、熱を帯びた声が上がっている。


「マジ、お金もらえんの?? サイコーじゃん」


「学食食べ放題っスー!」


「女子にモテまくって人生勝ち組コースきたこれ!」


「……盛り上がってるとこ悪いが、貰えんのは選ばれた五人だけだぞ。あと優勝すればな」


 そうしてお祭り騒ぎのようにはしゃいでいた生徒の熱が、一瞬にして冷める。

 次の瞬間には、凄まじい糾弾の嵐が巻き起こっていた。


「それはないわー」


「先生のケチっス! ハゲっス!」


「人生オワタ」


 無駄に上げて落とされた気分だと、智也も肩を落とした。

 正直、クラスが優勝するだけなら大いに可能性はあった。選ばれた五人の功績に肖り、少しでも恵みを受けられる可能性が。

 それこそさっきの虎城の二の舞か。何かを得たくば己が拳で、ということなのだろう。


「文句なら学園長に言ってくれ。とりあえず、対抗戦についてはこんなもんでいいだろ」


 これ以上とばっちり食うのはかなわないからな、と言葉を続けて、不服そうに頭を掻いていた手を矢庭に胸の前へ。


「【ゲート魔導書リーヴル】」


 不意に生まれた黒い渦から魔導書が現れ、ボトッと先生の手に収まる。今の妙な詠唱に、智也は違和感を覚えた。

 何か手間を省いたようなその動作。おそらく先生の無意識な癖の表れだったのだろうが、智也はソレの名称をよく知っている。


「詠唱破棄……」


「すげー! 今のどうやってやったんスか?」


「わたしもあれやりたい」


「ハゲとか言った奴らには教えてやんねーよー」


「うわ、大人げないっス!」


 目を輝かせる生徒に揉みくちゃにされる担任を見つめながら、智也は一思案する。

 この世界の理と智也の有するゲーム知識が合致するかは定かではないが、『詠唱破棄』というのは基本的に熟練者にしか扱えない技術のはず。

 本来要される詠唱を省くということは、少なくとも不完全な状態になるからだ。それで従来通りに扱えるのだから、やはりあの先生にも卓越したものがあるのだろう。


「まぁ、アレ見てるとそうは思えないが……」


 生徒に対してムキになるその姿に、智也は思わず苦笑をこぼした。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「そんじゃ、まずは風属性からいくか。十三番の【風牙ふうが】は、名前の通り風の刃を作る魔法だ。多少コツは要るが……慣れれば簡単に生成できる」


 ちょっと見てろ、と言って重ねた手を横へ滑らす先生。その動作に従い、右手の中に刀身が生まれる。

 しかしそれには鍔どころか鞘すらついておらず、剝き身で短刀を掴んでいるようなものだった。握り込んでも平気だというのは、先ほど聞いてはいたが。


「Reve13【風牙】!」


 先生に倣って、誰からともなく詠唱を始めた。具現化に成功した者の手の中には、薄緑色の刀身が垣間見える。

 ――簡単に生成できると言われたが、当然智也はこれにも失敗していた。


 周りに隠れ、改めて試してみても、やはりうまくいかない。

 刀身を象るよりその前に、魔力が霧散してしまっているのだ。


「十一番のときは、一応具現化まではいくのにな」


 なんて言いつつ、先生の声に釣られてそちらを向く。


「藤間ぁ、お前はやらねーのか?」


「俺は火と土が使えりゃいいんだよ」


「ワロタ。単に繊細さがないからできないだけじゃね?」


 不真面目な態度を取る藤間を、神童が馬鹿にしたように指差しながら鼻と頬を膨らませる。

 その手に、ぐにゃぐにゃに折れ曲がった不格好な刃を持って。


「だからテメェには言われたくねぇんだよ!」


「お、やんのか? やろうってのか!?」


「上等だ、潰してやる」


 舞台側の方で勝手に魔法の撃ち合いを始める二人に、先生がため息を溢した。


「ま、いいか。次……水属性の初級魔法【水風船(みずふうせん)】な」


「「いいんだ……」」


「初級は、魔法名からその形を連想できるものが多い。【火弾】や【風牙】、あと【水風船】もそうだ」


 先生の放任加減に呆れる生徒。それでもお構いなしに説明を続けるので、みな自然とそちらに意識を切り替えていった。


「十二番は複数の水泡を飛ばし、破裂の際に生じる衝撃で対象を弾き飛ばす魔法だ。一つ一つ、風船を膨らませるようなイメージでやるといいだろう」


 組んだ手を胸の前で構え、網目状にできた指の隙間から、次々と水泡が放出されていく。

 確かにそれは、魔法名から連想できるイメージ通りのものだった。

 そして、先ほど同様に先生を模範とし、『魔導書』も参考にしつつ実技に入る。


「Reve12【水風船】!」


 そこら中に浮かび上がる水の泡。

 プカプカと漂うそれは、しばらくするとひとりでに破裂し、小さな水滴となって星屑のように散っていく。


 ――綺麗だ。


「なんか幻想的やね」


 喧騒――特に舞台側の方の馬鹿騒ぎがうるさい中、真横で呟かれた声に智也はハッと驚いた。

 横目に見れば、紫月が口元を緩めて笑っている。自然とその手元に視線を移し、細い手の上に浮く綺麗な真円を見てしまう。


「私、水属性やったらうまく扱えるみたい」


 つまり紫月の適性が、水属性にあるということなのだろう。

 嬉しそうに微笑むその横顔を見ながら、智也は思考に耽る。


 自分と同じ最低ランクの魔力量ではあるが、何か一つでも秀でたものがあるというのは羨ましい限りだ。得意なものがあれば、今後の伸び代にも期待が持てる。

 だが智也はどうだ。底辺レベルの魔力量に加え、適性も下位互換ときた。必然、未来への期待は薄くなる。


「Reve12【水風船】」


 背を向けて、静かに詠唱を唱える智也。

 眼前に現れた出来損ないが中途で霧散する様をみて、誰にも見えないように小さく唇を噛み締めた。



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