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第十四話 「当たり前の喜び」



「魔力ってのは言わば体力のようなもんだ。時間経過や休息によって徐々に回復していく。正確には、『魔臓(まぞう)』っていう臓器が魔力を蓄えているわけだが」


 教卓に立つ先生の説明を耳に入れ、智也は頬杖をつきながら周囲の様子を横目に見た。

 午前の授業で疲れたのか、眠そうにしている生徒がちらほら伺える。特別運動したわけではないが、やはり今の話にもあったように、魔力を消耗することと肉体の疲労とが繋がっているのだろう。

 もしくは単に、昼食後の授業が座学で、その相乗効果によるものなのか。それならそれで、智也的には面白かった。


「やっぱどこの世界も同じなんだな」


 教室の端の席から全体の様子を眺め、智也はそう独り言ちる。


「つまり、魔力の消耗を限界まで繰り返すことによって、『魔臓』の働きを活性化させられるってことだな」


「じゃあ、この先もっと魔力量が増えることも有り得るってことですか?」


「そういうことになる。まぁ、個人差はあるし実際試してみるまでは……俺にも分からねーけどな」


「え~なにそれ。そんなのギャンブルじゃん」


 仲良し二人組の、「秋希」と呼ばれていた方の少女が期待を込めたような眼差しで尋ねるが、それに先生は曖昧な返しをして、意地の悪い笑みを浮かべた。

 それに対して不満の声を上げたのは、問いを投げた少女ではなく、後ろの席の陽気な印象が強い橙色の髪の女生徒だ。密かに期待を抱いていた智也としても、夢を壊されたような気分である。


「人の成長ってのはそういうもんだろ? 未来でも見えない限り、先のことは誰にも分からねーんだ。だからって、不安に思う必要はねぇぞ」


 そう言って、智也を筆頭に暗い表情を浮かべる生徒の顔を見渡した先生は、教卓の上に肘をつき、顔の前で手を組んだ。そしてその灰色の目を細めて、


「昨日も言った通り、お前らはちゃんと俺が一人前にしてやる。仮に、今の魔力量から成長しなくたって大丈夫だ」


「でもさ~、やっぱ魔法使いなんだから、魔力量の差が強さに直結するくない??」


「その認識は間違ってるぞ、東道とうどう。確かに魔力量は力を測るための判断材料ではあるが、それだけが全てじゃない」


 東道と呼んだ橙色の髪の女生徒に向けていた視線が、不意に右へそれる。まるで、その先にいた粗暴な男にも言い聞かせるかのような仕草に、件の男は不満そうに舌を鳴らした。


 とはいえ智也も、今の話は他人事では済ませられない。

 誰よりも魔力量が少ないという現実を、昨日の的当てで実感させられた。おそらくは、クラスだけでなく学年単位で見ても智也より少ない生徒はいないだろう。

 そんな智也にとって、東道の放った言葉は胸を抉るような鋭さがあった。


 ――魔力量がその者の強さに直結する。


 その考えでいくと、間違いなく智也が最弱である。

 この先どんな授業やイベントが待ち受けていようと、『魔法学園』での生活は極めて困難なものになるだろう。

 先生はああ言ってくれているが、果たして智也はどこまで周りについていけるのか。


「とりあえずお前らには、さっきやった十一番含む基礎となる初級魔法を、徹底して練習してもらう」


「初級魔法……」


「つっても、見てわかるように今日はもう練習はしないけどなー」


 初級魔法という単語に智也が反応し、影のある表情を浮かべる傍らで、元気よく手をあげた東道が軽い口調で「なんで~?」と疑問を口にする。


「別にやりたきゃやってもいいが、そんなに根詰めて……逆について来れるのか?」


「う、それは……」


 あげていた手を力なくおろして、東道が項垂れる。先生はそれに薄い笑みを浮かべてから、


「そういうわけだ、まずは魔法に関しての基礎知識を頭に入れてもらう。さっきまでの実技と違って、今度は座学だな」


 そう言って、覇気のない男による魔法知識の講義が始まった。



 ✱✱✱✱✱✱✱



 本格的な実技授業に移る前に、まずは基本となる魔法の知識についてを学ばせる。そう方針を立てた先生に対する反応は様々だった。

 体を動かす方が好きだと言ってつまらなさそうにしている者や、変に波風を立てようとはせず、自然な流れに身を任せている者、あとは始まった側から眠そうに舟を漕いでいる者も見受けられる。


 一方、どちらかというと元から勉学に対する抵抗感がそこまでなかった智也。

 それが魔法という、好奇心を煽られるものが学ぶ対象となるのだから、尚の事である。


「んじゃ、まずは属性について話そうと思うんだがその前に……」


 そこで一旦言葉を区切ると、教卓の真ん前――最も目立つその席で、机に頭を預けて眠りこけている生徒に歩み寄った。

 うつ伏せ状態の彼は、先生が真横に立っても気付かない。そのまま、後頭部目掛けて手刀が振り下ろされ――、


 眠っているはずのそいつは、急に白刃取りの構えを取ると見事に虚空を掴み、強力な一撃をその後頭部で受け止めていた。


「いってぇ! はずした!」


「いい目覚めになったろ。――七霧なぎり栖戸すど、お前らも起きろ」


「……はい!」


 神童に関しては、そもそも寝ていたのかどうか怪しいところではあるが、同じように居眠りをしていた二人の名前を先生が呼ぶと、後者の方が慌てて飛び起きた。

 それから、周囲を見回して自分の状況を理解した女生徒は、恥ずかしそうに顔を俯かせて静かに腰を下ろす。その女生徒と、首の座らない赤子のように微睡んでいるもう一人とを見て、先生が小さく肩を竦める。


「まぁいいか。そういうわけで、属性にはまず大元となる五つの種類がある」


「火と、水と、風、土、いなずま……ですね」


「そうだ。いま久世が言った五つの属性――『第五属性』のどれかに、誰しもが適性を持っている。まぁ……異例もあるがな」


 その異例というのは『第五属性』すべてに適性のある誰かさんのことだろう。

 或いは智也の無属性も、その一例に含まれるのかもしれないが。そう思いながら、智也は前の生徒の背中越しに久世を見やった。


「だからさっき渡した『魔導書』も、記載されてるのはほとんど『第五属性』に属する魔法ばかりだ」


「ほとんどってことはそれ以外もあるんですか?」


「お、いい質問だな。確かに基礎となる五種類以外の魔法も記載されてはいるが、大まかに言えば同じ区分になる。その意味が分かるか?」


「同じ区分……?」


 先ほども率先して質問を投げていた勉強熱心な少女が、突然返された問いに当惑している。

 その表情から答えるのは難しいと判断したのか、先生は「どうだ、分かるか?」と久世に向けて同じ問いを発した。


「畢竟するに、細かく見れば異なるものであっても、その本質は似通っているところがあると?」


「大体そんな感じだ。属性ってのは現時点で二十種類近くが判明している。その中に『派生属性』ってのがあるんだが、それがまさに『第五属性』に類するものってわけだ」


「え、つまりどーゆーコト??」


「水と氷みたいなものか……」


 智也と違い、まだ理解に至っていない生徒が何人か見受けられる。その代表として――と言っても本人にそのつもりはないだろうが、活動的な東道が自然と代弁する形に。


「例えば三つの属性があるとする」


 言いながら、背後にあった黒板に先生が記号を描いていく。

 丸、三角、四角と続けて描かれたそれは意外にも綺麗な形で、智也は失礼ながら密かに感心していた。


「それとは別で、二重丸と菱形っつー属性が存在するとしよう。一見してこの二つは固有の形状、及び名称を持っているように見えるが……それを象っているのは、大元となるこいつらだ」


 少し離した位置に描いた二種類の記号を親指で指してから、最初に描いた方を手の甲で叩く先生。

 二重丸は大小異なる円を組み合わせた物で、菱形は三角二つを対照に並べた形だと、そう説いている。


「つまり『派生属性』ってのは、大元となる『第五属性』から生まれた似たようなものってことだな」


「なる~、そーゆーことね」


「なんとなく理解できた気がする」


「すごくわかりやすい」


 シンプルで分かりやすい説明に智也は感嘆の声をもらし、質問していた東道や首を捻っていた他の生徒たちも、得心がいったように頷いている。


「一部抜粋するなら……水属性の派生に霧属性、土属性の派生に引属性ってのがある。まぁこれは無理に覚える必要はないが。てなわけで、基礎となる属性とその派生については理解できたか?」


「てかさ、先生って意外と教えるのうまくない??」


「正直、もっと気の抜けた人だと思ってた」


「私も秋希ちゃんに同じくで~す」


 東道に続いて、仲良し二人組が本音を暴露する。二人の席は前と後ろとで離れているが、距離は遠くても視線を交えて笑みを交換している。

 好き放題言われた先生は「お前らな……」と嘆息して、


「つーわけで、あとはその属性の相性についてだが……まぁそれは明日でもいいか」


 いっぺんに教えても頭に入らねーだろ、と言って先生が頭を掻く。それから、やにわに手のひらを上に向けると、続けてこう言った。


「Espoir6【ゲート魔導書リーヴル】」


 その言霊に反応して、黒い渦が具現化する。

 禍々しく、蜷局を巻くように渦巻いているそれは、小さなブラックホールのようにも見えた。まるで、あらゆるものを吸い込まんとするかのようだ。

 そしてその中から、見覚えのある至極色の本が現れる。


「すげー! なんスか今の!」


「この魔法は主に、物の出し入れに使用する。お前らにも渡したこの『魔導書』や、あと『魔武器』なんかも取り出せる。が、今は使わねーからやるなよ、特に神童」


「なぜに俺!?」


「やろうと思ったろ?」


「ちょっと日本語でおけ」


 どうやら図星だったらしい。白を切ろうとしているが、明らかに目が泳いでいる。

 そんな神童はさておき、先生が見せた手品のような魔法に感銘を受けている生徒がもう一人。確かさっきまで舟を漕いでいたはずだが、座学が終わった途端に目を覚ますとは、なんて現金な生徒なのだろうか。

 先生も、そんな七霧の変わりようには呆れているようで、ため息を漏らしながら説明を続けた。


「こんくらいなら教室でもできるだろ。どの道これから何度も使うことになるんだ、お前らにはこのゲートを使って……とりあえず『魔導書』の出納に慣れてもらう」


「先生、どうやってやるんスか!?」


「ったく、さっきまで寝てたくせに元気だなおい」


 そう言いながら、黒板に二種類の魔法名が書き連ねられる。

 一つは午前の授業で教わったもので、もう一つは――、


ReveレーヴEspoirエスポワール、この二つにはそれぞれ特色がある。さっきも言った通り、攻撃用と補助用の魔法な」


「後ろの数字は魔法の強さってことですか?」


「単純に難易度の差でもあるな。なんにせよ、やり方は同じだ」


 試しにやってみろ。とのことで、早速周りの生徒は詠唱を始めるが、智也はまず『魔導書』に視線を落とした。


 ――補助魔法六番、【ゲート】。

 ――生み出された漆黒の渦は異空間への扉となり、

 ――あらゆるものが往還する道となる。

 ――魔力の残痕を利用して、異空間から物を引き出すことも可能。


「どこぞの四次元ポケットみたいだな」


 そうやって軽口をたたくのは、自分の中にある根強い不安を、少しでも和らげようと考えた無意識の行動である。


 ――もしもこの魔法に失敗するようでは、智也は『魔導書』を取り出すことさえできないことになってしまう。


 とはいえ最悪収納できないのであれば、荷物にはなるが常に持ち歩けば事済む話ではある。

 むしろ危惧しているのは、一度収納したあとに引き出せない可能性だ。


「普通に考えて、収納が出来れば取り出すこともできるはずだよな……」


 不安は拭えなかったが、次々と黒い渦に『魔導書』を放り込むクラスメイトに火を付けられ、智也も意を決して言霊を唱えた。


「Espoir6【門】」


 その詠唱に応じて、智也の眼前にも寸分違わぬ漆黒が具現化する。

 そして禍々しい穴の中へと、おそるおそる机の上にあったそれを投げ入れた。

 ――瞬間、何かを吸い込むような音がして、『魔導書』もろとも黒い渦が消滅する。


 そのまま自分の顔まで吸い込まれるのではないかという恐怖を覚える一方で、殊の外簡単にできた事実に、智也は気抜けしたように茫然と口を開けていた。


「……いや、まだこれからか」


 一瞬緩んだ気を引き締めて、今度は亜空間に消えたものをこちらに呼び戻す。


「Espoir6【ゲート魔導書リーヴル】」


 先生がやってみせたのと同じように、智也はもう一度『門』を開き、その名を呼んだ。

 掌の上で渦を巻いている漆黒から、ボトッと書物が落ちてくる。そうして排出が済むと、その渦は再び姿を消していった。


 智也の右手には、どっしりとした『魔導書』の重みがある。

 その確かな感触を右手に得ながら、消え去った漆黒の名残――霧散していく粒子を見つめ、ゆっくりと視線を右手に落とした。

 検査のときには感じられなかったものが、確かにそこにあった。


「やった……できた……」


 他の生徒からすれば成功して当たり前かもしれないが、その当たり前ができていなかった智也にとって、これほど嬉しいことはない。

 その喜びを噛み締めるように、両手で掴んだ『魔導書』を、智也はぎゅっと握り締めた。



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