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第十二話 「簡単な的当て」



「――的当てゲーム。誰か一人でも俺に魔法を当てることができればお前らの勝ち。どうだ、面白そうだろ?」


 そうやって突拍子もないことを言い出した先生に、智也たちは呆気に取られていた。


「どうした? どっからでも良いぞー」


「え……本当に良いんスか?」


「そうだよ、いくら先生でも十五人相手じゃ簡単に……」


 やる気があるのかないのか、悠長に構える先生を見て、逆に生徒側が狼狽えている。いくら本人に許可されようと、やはり人に向けて撃つのは気が引けるだろう。

 ――そんな中、情け容赦なく襲い掛かった者が一人。


「【火弾】!!」


「ま、お前が最初に来るわな」


 遠慮という言葉を知らないのか、獣のように闘争心を剝き出しにする藤間に、先生は口の端を吊り上げて笑っている。

 いつの間にか取った背後から、不意打ち気味に放たれた火球。それが先生の後頭部目掛けて一直線に飛び、その頭が僅かに揺れて紙一重で躱される。 


「ほら、全員同時に来てもいいんだぜ?」


「ちっ……」


 狙いを外した藤間が舌打ちを飛ばし、二度目の挑発に智也たちの闘志にも火が付いた。

 今度は、藤間を合わせた十四人が一斉に詠唱を始める。


「いまさら後悔したって知りませんよ!」


「コテンパンにしてやるっス!」


「「――Reve11【火弾】」」


 計十四個の火球が多方向から襲い掛かり、あっという間に怠慢教師の姿が炎に包まれる――はずだった。


「まだまだそんなもんじゃ……当たらねぇな」


 造作もなく、それら全てを足捌きだけで躱していく先生。

 身を焦がすはずだった火球は、それぞれ壁や別の火球と衝突して自壊していく。

 十四個もあったのに、一つとして掠りもしなかった。その事実に智也はもちろん、他の生徒も驚愕の表情を浮かべている。


「全然当たらないよ~」


「なんで? いけると思ったのに……」


「さすがに何かの間違いでしょ。もう一回やってみよ!」


 橙色の髪の女生徒の言葉に何人かの生徒が首肯して、智也もその流れについていこうとした。

 しかし、何度やっても当たる気配はなく、ただただ生徒の魔力が消耗するばかり。


「もう終わりか?」


「先生動かないで欲しいっス……」


「おいおいそれじゃ訓練にならねぇだろ」


 そんなやり取りをしながら小一時間、ただひたすらに火球を撃ち続けたが、誰一人として彼を捉えることはできなかった。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「はぁっ、はぁっ……」


 額の汗を拭い、肩で息をするのは十四人からの集中砲火を躱し続けていた先生――ではなく、未だなお辛うじて二本足で立っている、生徒の方だ。


「まさか、当てることさえ叶わないなんて……」


 藍色の髪を乱しながら的を睨むのは、クラスで一番――或いは学年随一の才能を秘めている久世だ。

 彼以外の生徒は既に、魔力切れを起こして体育館の床に倒れている。


「お前の魔力はこの程度が底か? Aランクも、案外大したことないな」


「くっ……!」


 唯一の生存者を称賛するでもなく、先生はそう言って口の端を吊り上げる。

 そうしてプライドを傷つけられた久世が悔しそうに唇を噛んで、勢いよく両の手を突きだした。


「アイツ……まだ魔力残ってんのかよ」


 そう驚きの声を溢したのは、意外にも藤間だった。

 その呟きを耳にして、他の者も感心するように久世に目を向ける。智也も酷い倦怠感に見舞われながら、立てた膝に体を預け、辛うじてその姿を視界に入れた。


 全員が注目する中、久世は集中するように瞳を閉じると、静かに魔法名を唱える。


「Reve11【火弾】」


 他の者と何ら変わらない詠唱。しかしそこには、通常の倍以上の大きさに膨らんだ、炎の塊が生まれていた。

 ――それが、計二つ。


「ほう」


「これならば……!」


 呑気に感心している先生目掛けて、特大の火球が放たれる。

 轟音を立てながら直進していくそれは、さながら隕石のようで。そんなものをまともに喰らったら、ただじゃ済まないだろうことが容易に察せられた。


 そんな久世の魔法に度肝を抜かれたのか、或いは避けきれないと判断したのか。眼前に迫りくるまで何の動きも見られなかった先生の姿が途端に消える。


「凄まじい魔法だ。とても新入生とは思えねぇな」


 次に智也の視界に映ったのは、久世の肩に腕を置きながら、前方に飛んでゆく特大の火球を隣で傍観する先生の姿だった。

 おそらくそれ以上の衝撃を受けたであろう久世が、目を剥いて硬直している。それほどまでに信じ難い光景だったのだ。


 行き場を失った火球は、そのまま舞台の緞帳へと衝突し、爆発と共に激しく燃え上がった。

 もはや建物自体が炎上する勢いだったが、やはりこの体育館には何らかの仕掛けがあるのかすぐに炎は収まり、掻き消えていく。


「おいおい、どこ見て狙ってんだよお前。クソエイム過ぎて草」


 そう言って豚のように鼻を鳴らすのは、実はもう一人いた生存者の神童だ。

 現状、彼ら二人だけが戦闘態勢を維持したまま、先生と対峙している。と言っても神童の方は戦力にはなっていないのだが。


「君にだけは言われたくないよ。そっちこそ、少しは真面目にやったらどうなのさ?」


「ばっきゃろう、能ある鷹は爪を隠すんだよ」


 不満を募らせる久世に、神童がそうヘラヘラと笑う。

 彼も同じように的当てに励んではいるが、何故か全て見当違いな方向に飛んでしまうのだ。つまり、いてもいなくても何も変わらないのである。


「鳶の間違いじゃないのかい? それでも、君には不釣り合いだろうけどね。ともあれ僕としては、煩い君がいない方がやりやすいんだけど」


「おぉん? やんのか僕ちゃん? 相手になるぜ?」


「そこ、仲間割れすんなー」


「ちょ、的が攻撃するとか聞いてないんですけど!」


 口喧嘩を始めた二人に、先生が火球を飛ばして制裁を加える。危うく当たりそうになった神童が文句を垂れ、その間に久世が少憩をとっている。


「そんで優雅に休憩してんじゃねぇよ、このドラ息子!」


「まるで何を言っているのか理解できないな」


「やれやれ……お前らもう少し骨のある連中だと思ったんだが、どうやら俺の見込み違いだったみたいだな。――なぁ、藤間。もっとやる気出せよ」


 いつの間にか壁に凭れて休んでいた久世に、神童が指差しながら憤慨して、そのやり取りに先生が長いため息を溢した。

 それから、胡座をかいて座り込んでいた藤間に飛び火がいって、その見え見えな挑発にまんまと乗せられる。


「アンタにだけは言われたくねぇよ!」


 ご尤もなつっこみを入れて、舌打ちを飛ばした藤間が重い腰を上げる――ふりをして、手をついた床に魔法陣が展開された。


 周りの生徒が、揃って目を見張った。


「Reve47――」


「はい、それ禁止な」


 しかし、一瞬で接近した先生がそれを足で掻き消し、藤間の企みは敢え無く失敗に終わる。


「今は十一番で的当ての練習だ。お前反則したから、昼飯奢りなー」


「冗談じゃねぇ!」


 藤間の不正に難癖をつけ、どさくさに紛れて生徒に集ろうとする先生。教師の風上にも置けないその発言に気を取られそうになるが、それよりも前に、もっと智也の気を惹くものがあった。

 ――そう、藤間が床に描いていた魔法陣である。


 智也がこの世界に来ることになった誘因が、まさにその魔法陣になるのだが、素人目で見ても何となく毛色が違うような気がしていた。

 では、藤間は一体何をしようとしたのか。智也がそれを推察しようとしたとき、久世が似つかわしくない叫び声を上げた。


「捕まえろ!」


「ちっ、俺に指図すんじゃねぇよ」


 なんて言いつつ、一瞬だけ黄土色の瞳に迷いを浮かばせた藤間。

 一瞬の逡巡ののち、彼は先生の足首を掴んでいた。


「うおっ、なんだ!?」


 間抜けな声を出して周囲を確認したときには、機を狙っていた久世がその手に特大の火球を具現化させており、それに気付いた智也たちも、この大チャンスを逃すまいと準備を整えていた。

 さすがの先生も、足を掴まれていては逃げられまい。


「当ててみろって言ったのは先生ですからね!」


「そうだよ~覚悟してください」


 今度こそやってやろうと、藤間を覗いた十三人が奮い立つ。

 それまで床に寝そべっていた者も、真っ先に魔力が切れた智也や紫月も、いてもいなくても変わらない神童もひとまずは数合わせとして加わって、そうして全方位から放たれた火球に、先生が口元を歪める。


「やればできるじゃねぇか」


 直後、その体が爆炎に包まれた。



 ✱✱✱✱✱✱✱



「ゲホッ、ゴホッ……おい! テメェら俺まで殺す気か!」


 危うく巻き込まれそうになった藤間が、間一髪爆炎から抜け出して、睨まれた何人かの生徒が怯えるように後退る。


「ほんとだよ。ったく……足掴むなんて卑怯だろ」


 その隣で、スーツについた埃を払うような仕草をする先生。寸前まで怯えていた生徒の恐怖心も、その驚きに凌駕されて消えたよう。


「なんで生きてるんスか!?」


「いやいや……殺すなよ」


 頭を掻きながら苦笑いを浮かべる先生を、智也はじっと見つめる。

 先の集中砲火には当然参加していたが、その傍らで、先生の足捌きを見切ってやろうと意識を向けていたのだ。

 だが、ギリギリまで粘った藤間が離れた一瞬の隙に、先生は炎の包囲網から逃れており、その動きを目で追うことは叶わなかった。


「つーわけで、今回は俺の勝ちだな」


「えー!!」


「てか、あそこまでしてダメとか無理くない??」


「そうっスよ、反則っスよ!」


「すげぇ言いがかりだな、おい」


 結局、死力を尽くしても誰一人として先生には届かなかった。今のA組のレベルでは、魔法一つ当てることすら出来ないということだ。

 あれこれ難癖をつけようと群がるクラスメイトを見ながら、智也は一人、思案する。


 それこそ紫月よりも先に魔力の底をついた智也は、何度か休憩を挟みながら練習に励んでいた。

 どちらかと言えば的を狙うというより、魔法の発現に慣れていない智也は具現化の練習をしていたと言ってもいい。

そうして練習する中で、周りとのある違いに頭を悩ませていたのだ。もちろん、異世界人の智也に魔法が使えること自体が不思議ではあるが、智也的には喜ばしいことなのでそこまで気にしてはいない。

 ともあれ、怪訝に思っているのは具現化したあとの魔法の様子である。


 久世だけは明らかにそのスケールの違いが見て取れたが、他の生徒の火球の大きさは、どれも大差はない。

 一方、智也のものは更に小ぢんまりとしており、それだけなら不慣れだからという理由で納得がいったが、問題は別にあった。

 ――具現化した火球が、途中で消滅してしまうのだ。


 これでは、狙う狙えない以前の問題である。


「でも、毎回じゃないんだよな……」


 それが余計に、謎をややこしくさせている気がした。

 何らかの手順を間違えているのか、それとも少ない魔力量が原因か、はたまた別に要因があるのか、無知な智也だけでは計り知れない。

 先生にそのことについて尋ねたかったのだが、どうもタイミングを逃したようで聞き損なってしまった。


「まぁ、いつでも聞けるか」


 まだまだ学園生活は始まったばかり。

 何も知らない、何も出来ない智也には課題が山積みだが、あの先生なら親身になって相談に乗ってくれるような、そんな気がしていた。


 そうして死んだ魚のような目をしている男を静観する智也。その視線に気付いた件の人物が、智也の浮かない顔を見て不敵に笑ってみせたのだった。



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