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第百十八話 「五人の適性者」



「なんで……? 倒したんじゃなかったんスか……?」


 完全に元の形へと復活を遂げたソレに、激しく動揺する七霧。智也もうまく現実が受け入れられず、黒い粘液状の魔物へと意識が吸い寄せられたまま固まっていた。


 たしかに消滅したところをこの目で見たのに。まさかあの鼠のように何体も湧いてくるというのか。いやしかし、あれは魔法によって再現されたものだからで、いま目の前に存在しているのは本物の害獣だ。


「何がどうなってるんだ……?」


 やはりどうにかして先生たちに助けを求めるべきか。このまま延々と戦わされるなんてことになれば、本当に――。


「もう一度、さっきのやり方でやってみるか」


 とは言っても自分じゃなんの戦力にもならず、結局は人任せになってしまう不甲斐なさに胸痛む。

 そんな智也の眉を読んでか、優しさを感じるような彼の辞気に少しだけ胸が軽くなったような気がした。


「全員で力を合わせよう」


「……ありがとう」


 聞こえないくらいの声でそう返して、面を上げて拳を握る。

 自分にだって何かできることがあるはずだ。それこそ、囮となって先生たちを解放することができれば、すぐに事態は収拾されるだろう。そんなことを考える智也の顔を、久世が横目で見ていた。


「いくよ」


 久世の掛け声で構えを取り、先と同じ言霊を唱える。そうして一斉に攻撃を仕掛けようとした矢先、妙な鳴き声が耳を掠めた。


 立てた爪で黒板を引っ掻いたような甲高い金切り音。先生たちが何かを仕掛けたのか、生き残りがいたのか、しかし鳴き声はすれど姿は見えず。むしろ不快な音の発生源は上の方にある気がして。

 大口を開けた巨体が仕切りにそれを開閉する――その奇妙な挙動を智也は訝しんだが、紫月と七霧は既に火球を放っていた。


 と、不意に魔物の体が変色し始めた。

 黒から茶褐色へ。どういうわけかゲル状だった体がまるで鉱物かのような質感に成り代わっていき、放った火球がその表面に傷をつけるだけに留まる。


「――【手銃花火】」


 少しの躊躇いが垣間見えたあと、大岩と化した肉体を猛火が焼いたがこちらも軽く炙った程度にしかならず、膨大な魔力が水泡に帰してしまう。


 唇を噛む久世。彼でこの有り様では打開できないのではないか。そんな不穏な空気が漂った。


「あれではまともにダメージが通らないね……」


「なんで急にあんな見た目に?」


「鼠が火を纏うように、あのスライムにもそうした特性があるのかもしれない」


 不可解な事象に戸惑う七霧へ考えていたことを口走ったが、自分じゃなかったかもしれないと、少し顔をこわばらせる。

 ともあれ、あれが種としての能力なのだとしても、その風体には妙に既視感がある。背びれが如く突出している針岩が、まさしく久世が最初に使った四十番のそれだからだ。


「まさか、受けた攻撃を血肉化しているのか……?」


 だとしたら相当厄介な存在だ。いや、厄介で済むレベルの話ではない。あの状態になったいま、弱点であったはずの炎をも無力化されてしまっている。なら逆に、水属性の魔法なら通るのだろうか――、


「いや待て、喰らった魔法の性質を模倣できるのだとしたら」


 智也がそこに思い至ったとき、固い殻が剥がれるかのようにして元の粘体へと戻ったソレが、まごつく五人に向けて上体をのけぞらせていた。


「伏せて!!」


 その瞬間、勢いよく吹き飛ばされた体液が、雨滴のような細かな粒となり、機関銃よろしく乱射される。

 ただの雨粒ではない。小粒の一つ一つが掠めた物体を腐食させる極めて強力な酸性雨のようなもの。あっという間に訓練室は粘液に塗れ、そこら中で何かの溶ける音が沸いた。



 ――智也たちは、岩壁の裏で身を屈め、命からがら生き延びていた。


「みんな大丈夫かい?!」


「久世くん……ありがとう」

「助かったっス……」


 またしても彼の機転に救われた。咄嗟の判断で隔てられた厚い壁が、酸性雨から身を守ってくれたのだ。

 ハッと我に返る。藤間は――そう視線を巡らせれば、自分で作った壁に身を隠していた。嫌悪を伴った鋭い視線がこちらに返される。


「君の気付きを経なければ、僕たちも反応できていなかった。助かったよ、智也」


「いや、礼を言いたいのはこっちの方で……」


「うだうだ言ってる場合じゃねぇだろ!」


 瞳を閉じ、軽く微笑む久世へ全身で否やを唱えているとそんな怒号が飛んでくる。

 一難去ったが、また酸の礫を飛ばそうと魔物が空気を吸い込んでいる――早く打開策を見つけなければ。


「……あの形態なら火に弱いままのはずだ。念のため久世には守りに徹してもらって、俺たちと藤間で畳み掛けよう」


「テメェが仕切ってんじゃねぇよ」


 足蹴にされたが、今この場を切り抜けるためには力を合わせるしかないと分かっているのだろう。不本意ながらも彼は手を進めていた。


「Reve11――」


「「Reve11――【火弾】!!」


 息を合わせ具現化させた火球が出端をくじき、ほんの一瞬だけ魔物の動きを止めた。そのまま勢いを削ぐように二発三発と撃ち続け、お膳立てが揃ったところで足下から業火が迸る。


「【大噴炎】!」


 再び炎に呑まれ、キーキーと苦鳴のような声を発する粘体。身をよじらせ、苦し紛れに体液を吐き出すが、広範囲に振り撒いた火炎で久世がそれを相殺する。

 そうして絶えず悲鳴をあげながら炎の中、魔物は今度こそ滅却された。


 それなのに、またどこからともなく黒い液体が噴出して。元の巨体が智也たちの前に現出する。


 ――どうして。


 さしもの久世にも焦りが見える。

 いったいどれだけ葬れば事切れてくれるのか。一度倒すだけでも相当な労力を要される――三度目の正直なんて楽観的な考えは、持てるはずもなかった。


「埒が明かない……」


 そう苦虫を噛んだ久世が、おもむろにこちらへ視線を寄越した。


「智也、どうすればいい?」


 まさか彼の口から、そんな率直に助けを求めるような言葉が飛び出すとは思わず。数瞬の間、智也の思考に空白が生まれる。


 ――どうすればいい?


 先生たちは制御室に隔離されていて助けに来れない。声も届かない。外部からの加勢も望めず、この場の五人でなんとかする他ないのだ。

 魔物は何回倒しても無限に復活してくる。このままじゃいずれ全員の魔力が切れてしまう。なにか方法はないか。突破口はないものか。


 智也が光明を見出だすのを、魔物は待ってはくれない。


「――――!!」


「【手銃花火】……!」


 吐き出された体液が五人に振りかかるのを久世が火炎で制する。しかし魔物は一歩も退かない。際限などないのか、とめどなくそれを吐き続けてくる。

 防いでいる間、久世の魔力は加速度的に消耗していく。あのまま根比べに付き合っていては貴重な戦力を失いかねない。智也がそれを懸念して声を飛ばそうとしたとき、早くもガス欠になってか炎の勢いが弱まった。


「くっ……」


「退いてろ!」


 横合いから。険のある声と共に久世の肩が押し退けられ、代わりに顕現した大きな腕が巨体をなぎ払う。

 ちょうど中腹辺りを抉り取る形で横切った巨腕。その粘体に触れた手指と体液を被った腕が瞬時に溶け、崩壊した。


 舌打ちを飛ばしたのも束の間、すぐに魔物が粘液の塊を吐き出してきて、それを躱しながら藤間が火球を撃ち込む。


「おい! ぼさっとしてねぇでなんとかしやがれ!」


 おそらく、ただ突っ立っているだけの三人に向けられたもの。そうは言われてもと困惑する紫月たちを見て、「やっぱり俺が囮に――」と窮余の策を実行しようとしたが、制御室へ向かって駆け出そうとしてもまるで意に介さず、魔物は藤間と久世だけに焦点を絞っているよう。

 あくまで智也が攻撃対象にあったのは、複数人で固まってそこにいたからか。


「俺のことなんてまるで眼中にないってか……!」


 ぎりり、と歯を軋ませ苦渋を味わう。

 見向きもされないようでは囮にすらなれない。そんなことまであの二人に頼るわけにはいかない。何か別の手を考えなければ。


「クソが……!」


 耳障りなくらい激しく脈打つ鼓動。智也が足を止めている間も藤間は応戦していて、少しでも時間を稼ごうと久世が魔法を駆使して守ってくれている。


 何かしなければ。応えなければ。

 気持ちが焦る一方で、目の前の魔物の特徴や形態を検めてみても、火に弱いことしか思い浮かばない。


「もっと柔軟に考えろ……必ずしも倒す必要はないはずだ。そうだ、炎獄で身動きを封じれば――」


 ――おかしい。よくよく考えればそれは不自然だ。仮に無限に復活できるのだとしても、火を嫌い、逃れようとする素振りは見せるのに、なぜ奴はずっとあの場所から離れないのか。

 全くその気配がなかったがために、最初はほんとに見かけ倒しなんだと勘違いした。が、二の舞を演じて尚、奴は移動の一切を行っていない。


 遠くへの攻撃にも適した手段を有しているとはいえ、智也たちからすれば距離を詰められた方が脅威である。

 なぜそれをしないのか。そこまでの知能がないのか。

 否。より厄介な獲物から排斥しようと動くくらいだ、その程度のことは脳がなくとも行うだろう。


「動かないんじゃない。動けないんだ……!」


 頭に電流が走り、すぐさま智也は身を屈めて影に触れた。

 瑠璃の瞳がそれを一瞥、正面を見据え、より高密度な水の膜を展開させる。


 ――影に触れること三十秒弱。智也は自己と結合した分霊を、魔物の足元へと忍ばせた。


「【影送り】」


 視線を投げた位置、ひとりでに影が浮かんでそこに像を結ぶ。一瞬の視界の暗転。明瞭となる前後での景色の相違に酔いのようなものを感じつつ、瞬きを以て意識を切り替え床に描かれた魔法陣へと手を伸ばす。


「これで……!」


 指先から魔力を流し、横にサッと払って紋様の一部を取り除く。一端とはいえ、欠けてしまえば仕掛けは機能しなくなるはずだ。

 そんな智也の狙いにしかし、触れた紋様は消えることなく残っていた――。



 最初の説明で、ここで戦うのはあくまで本物を再現した幻だと明言された。つまり実物が現れたことは完全なるイレギュラーであり、なんらかの外的要因によるものだと思ったのだ。

 その先入観が誤っていた。能力に差はあれど、何度も復活してくるという点は鼠と共通している。だったら、擬似個体を構築するという魔法陣の方に何かしらのバグが発生しているのではと気付いたわけだ。


 結果、『改造』の際の要領で手を加えてみたが干渉できなかった。もしかしすると訓練室に張られた結界の内側で守られているのかもしれない。

 いや、間違いなくそうだろう。それがまかり通るのであれば誰でもいじくり回せてしまえるし、そうでなくても魔法が着弾した際に誤作動を起こしかねない。


「【大佗羅】!」

「「【火弾】!!」」


 ――どうする。着眼点は合ってるはずだ。けれど干渉できないとなると手の施しようがない。その旨を久世たちに伝えて突破を試みるか。

 だめだ。こちらに意識が向かぬようみんなで必死に気を引きつけてくれている。なんの関心も持たれていない今がチャンスなんだ。探せ、何かしらの取っ掛かりを。


「そうだ、粘液で結界の強度が低下した場所は……!」


「くそ……見分けがつかないッ……!」


 そもそも陣の上に湧いているということは、無限湧きの仕掛けとなっている魔法陣そのものさえ溶かしてしまうのではないか。


 半ば無意識に呟いた自分の言葉にふと顔を上げ、周囲を見回した。

 何が目的か、用意周到に仕込まれた非人道的な罠。待っていたら自滅するような欠陥なんてあるとは思えない。つまり、この怪物が一歩も動こうとしない理由もそこに含まれており――、


「あった……!」


 少し離れた位置。巨体の背面に隠れるような形で異物は存在した。

 見た限りではうまく魔法陣に溶け込んでいて分かりくいが、意識的に目を尖らせばその違和感に気が付ける。


 他とは異なる字体で記された謎の文字。そこから微かに黒い靄が発生している。急いで床を蹴ってその場所へ回り込み、直感的に破壊できると悟った智也は右手に風の刃を顕現させ、


「【風牙】!」


 力強くそこに突き立てた。

 同刻。大口を開けた粘体が、智也に覆い被さるようにして倒れ込んできていた――――。


「まずい、巨体で遮られて智也の位置が特定できない……!」


「智也くん!!」


 彼らが叫び声を上げた次の瞬間、吐瀉物のように黒い液体が一面にぶちまけられ、飛び散った粘液がびちゃびちゃと音を立てて床にこぼれる。あとには、小さな水溜まりだけが残った。


 目の前にあったものが露と消え、腰を抜かして尻餅をつく紫月。他の三人も言葉を失い、愕然とした表情で視線を落としている。

 一瞬だった。ほんの一瞬の間で、智也は世界から消えた。


 静まり返る訓練室。さっきまでとはまた違った空気の重さに息もできないくらい場は凍りついていた。


 そんな中、水溜まりからゆっくりと這い上がってくる影があり、思わずといった具合に七霧が「あっ」と声を上げる。


「なんとか間に合ったか……」


「まったく。紛らわしいよ、それ」


「よかったぁ……」


 魔物が消えたことを確認しつつ額の汗を拭う。そんな智也に文句やら涙を湛えた表情やらが向けられ、智也は一拍置いてから苦笑いを浮かべた。


「みんな無事で良かった」


「……なんらかの気付きを得たのだとは思ったけれど、ひどく肝を冷やしたよ。アレはもう片付いたと考えて大丈夫なのかい?」


「あぁ。根源を絶ったから二度と湧いてこないはずだ」


 その言葉でふっと息を漏らす久世に智也も腰に手を当てながら歩いてきた方を振り返る。

 彼らに比べれば大して魔力は消費していないはずだが、どっと疲れた気分だ。といっても、装備型を除けば三回。それだけで上限の半分に達しているのだから、妥当といえば妥当か。


 緊迫していた空気が緩和され、みんなの表情に安堵の色が現れている。

 一時はどうなるかと思ったが、山場を越えたのだ。あとは扉の解錠がされていれば楽なんだが、もう一仕事する必要があるだろうか――と顎に手を当て。


「すごいネェ、たった五人でアレをやっつけちゃうなんてさ。やっぱり指導者が優れていると生徒も優秀になるのかナ?」


 降って湧いた知らない声に、全身の肌が一斉に粟立った。


「黒い、ローブ……!?」


 特徴的な身なりに目を剥きつつ、以前見かけた際の記憶が瞬間的に甦る。二件とも、フードを深く被っていて顔は見えなかったが、目の前にいる人物のような仮面はつけていなかった。

 とはいえ不審者の特徴として知れ渡っている黒を好んで装う者もいまい。同族と見て間違いはないだろう。


「何者だ?」


「通りすがりの一般人だよー」


 投げた問いにお道化た態度で答えるその者へ、瑠璃の瞳を細めて警戒心をあらわにする久世。

 外部から人が入ってきたということは訓練室を封鎖していた結界が解かれたのだろうかと、傍らで智也は視線を走らせるが、出入口や件の扉が開いた気配はなく。苦虫を噛む。


「いまこの場に現れたということは、先の化物を仕向けた張本人と見定めるが。――何が目的だい? どうやって監視の目を掻い潜った?」


「いっこいっこ答えてたらキリがないよー。答えてあげる義理もないし。けど、せっかくの出会いだから好印象は与えとかないとだよネ。ハジメマシテ、学生の皆さん。僕はトラストレーネ。どうぞよろしくね」


 片膝を曲げ、右手を体の中心に添えつつ左手でローブの裾をつまんでお辞儀する仮面の者。

 それで話が通じると思ったのか、おずおずとしながらも紫月が言葉を交わそうと一歩前に出る。


「あの魔物は貴方が呼び寄せたんですか?」


「二回も聞くことじゃないと思うんだけど」


 たった一投の対話で、二人の間に満ちる空気が一変した。


「なんで……? 私たち会ったこともなかったのに。もしかしたら誰かが大怪我してた可能性だってあるんやよ?」


「人間なんてどうせいつかは死ぬんだから一緒でしょ」


「そのいつかがくるまで幸せを享受する権利が、個々にあると私は思う」


「そうかもネ。それで? あんなことした僕をどうする? 殺す? イヒヒッ」


 不審な輩相手に強気に切り込んでいったのは意外だったが、返された物騒な物言いと恐怖を煽るような笑い声に、紫月の肩がびくりと震える。そんな紫月と入れ替わるようにして久世が告げた。


「正当な理由なくこの学園に立ち入った時点で違反者だ。ひとまずその身、拘束させてもらうよ」


「アハッ。君たちだけで出来るかナ?」


 愉しげに、小躍りするみたいに跳ねながら、口元にやった手を懐に忍ばせる。そうして道化師は嬉々とした声色で、高らかに宣言しながら何かを放り投げた。


「さぁおいで、楽しい楽しいパーティーの始まりだよぉ!」


 カラフルな、縞模様が入った手のひらサイズの四角い箱。それが数メートルほど床を転がり、突如大きな音を立てて弾けるや白煙を吹き出す。


 白に視界を占有されたのは数秒ほど。その際なにかが蠢く様を黒瞳に捉え、目を凝らしてみれば、ポップな容れ物から出てきたとは思えない、無骨極まりない肉の戦士が立ち並んでいた。



 ✱✱✱✱✱✱



「出られないってどういうこと!?」


 ところ変わって第二体育館。外にも聞こえるくらいの大きな声を出したのは、燃えるような赤い髪の女生徒、桐明茜だ。

 なにか信じ難い状況を前にして、眉を吊り上げている――そんな彼女の厳しい視線を受けるは、紺色の髪の冴えない男子生徒。

 出入口へ向かったらしい足を引き返して、困り果てたような顔で彼は言う。


「そのままの意味でござるよ。押しても引いてもびくともしなかったであります」


「アンタが扉一つ開けられないくらい非力だってわけじゃあないわよね」


「さすがにそれは言い過ぎでござる! はっ、ひょっとして、まだ対抗戦のこと根に持ってるんです!?」


「……三秒で……伸されてた」


 どうやら、ここにいる生徒も建物からの出入りを封じられ、窮地に陥っているようだ。よりにもよって受け持ちの担任が不在のときにこんなことになるなんて。誰かがそんな風な旨を嘆いた。


「とにかく、差し当たってどうにかすべきはアレよね。夕、なんだと思う?」


「……びっくり箱?」


 眼前、ぽつんと置かれたいかにも怪しげな箱へ一瞥を与え、相方と思考を共有する桐明。

 下手に近付くべきではないと彼女の発した言葉がクラスメイトを留めてはいるが、この場から脱出できないとなると、原因がソレにあるのではと思えなくもない。


「外に出れないんじゃ助けも呼べないわね」


「そんなに警戒することでござるか? 中に先生が入ってて、小生らを驚かせようとしてる可能性とか! どうですこれ、閃きましたぞ!」


「バカ言ってんじゃないわよ。バカ。ごくつぶし」


「橘氏、ひどい言われようですな」

「でもちょっと羨ましいであります」


 わやわやと、後方から羨望の眼差しを向ける男子たちに桐明が軽蔑するような視線をくれていると、一人の女生徒が引き気味に彼女を呼んだ。


「ね、あの箱さっきからちょっとずつ動いてない? マジでなにか入ってんじゃないの?」


「……仕方ない、私が確認するわ。みんなは離れてて」


 胡乱げな目をしていた女生徒にそう言って、自ら先頭に立つ桐明。すると、手短に言霊を唱え具現化させた火球を、躊躇なく撃ち放った。


 確認とは。そう言いたくなるような思い切りの良さに、見る間に炎上する怪しげな箱。と、奇妙な叫び声が中から聞こえてくる。


「きええええ!! あちぃ!! 燃えてるって!! ちきしょう、いきなり火ぃ放つことねぇだろうよ!」


 まさか本当に人が入っていたなんて。そんな反応を示す彼女らの前に、炎から飛び出したのは全身包帯巻きの男。体についた炎を必死に払いながら、そいつは口角泡を飛ばす。


「誰? あいつ」


「ミイラ男じゃん……?」


「そうにしか見えないけど、なんで箱の中に……」


「職員の誰かが仮装してて、やっぱり小生らを驚かせようと――」


 呆れと苛立ちを孕んだ視線で橘とやらを刺し、目に角を立てたそのままの目付きで桐明は件の人物を睨む。


「そこの変質者。アンタ何者?」


「……いきなり炎ぶっ放しといて今度は変質者呼ばわりかよ」


「どう見たってそうでしょ。包帯の上からローブまで着込んで……乙女でももう少し肌の露出はするわよ」


 なんて冗談交じりに言いながら、相手の様子を窺いつつ言葉が通じることを確認し、分析のための時間と材料を稼ぐ腹積もりか。

 包帯の男と距離を置いたまま、桐明は言葉を投げ続ける。


「何がしたかったのかは甚だ疑問だけど、箱の中に隠れようなんて普通、思わないもの。よほどの変わり者か、ただの間抜けと考えるのが妥当じゃない?」


「うるせぇ、狭いとこが好きなんだよ」


「学園の関係者ではなさそうね……。なんの目的があって忍び込んだのか答えなさい」


「はん、素直に教えると思うか?」


 小馬鹿にしたように肩を竦める男に、桐明はついと視線を外してその(まなこ)を隣の少女へと寄せる。

 心を通わせているのか、無言のまま少女――雨音が頷くと、その萩色の瞳で静かに男を射抜いた。


「ここに来たのは数刻前……ずっと箱の中で窮屈な思いをしていた……。どうやって侵入したのかは不明……全身を包帯で巻いてるのは、本性を隠したい……から」


「げぇっ!? 占い師かなんかかよ!」


「なんだ、やっぱり狭苦しかったんじゃない」


 包帯の隙間から覗く黒瞳を大きく見開き、体全体で驚きを表現する男。かなり大袈裟な反応だったが、彼女らには分かりやすく裏が取れたと言える。

 もっとも、仮に相手がなんの反応も起こさなかったとしても、『彼女』の見分が空振ることなどありはしないと、誇らしげな相方の表情が語る。


 そして、更に追い討ちをかけるようにして雨音は男の内情を暴いていった。


「……歳は大きく変わらない。救世の燈火という組織に身を置き、活動している……。その狙いは……人攫い……?」


「あーもう、何もかもお見通しかよ! そうだ、俺たちは大いなる目的のために五人の適性者を回収しにきたんだ。痛い目見たくなけりゃ大人しくしてるんだな!」


 隠していたことを丸裸にされ、やけくそになる包帯男。その目的を聞いて困惑する生徒が大半の中で、桐明茜は拳を握り、激越な口調で罵声を浴びせた。


「ふざけたこと抜かさないで。大人しく捕まるのはアンタの方よ」


 ――紅栂(べにつがい)


 ふいに、包帯男を中心として赤い線のようなものが左右に伸び、そこから枝葉のような広がりをみせると平面に樹冠を形成する。二本の線から生まれたその樹枝は互い違いに組み合わさるようにもたげ、絡み合うと、花蕾のような形状となって内側に男を閉じ込めた。


「ただお喋りしてるだけだと思った? アンタが醜態を晒したその時から仕込んでんのよ。悪いけどしばらくそこでじっとしてなさい。狭いとこ、好きなんでしょ?」


「よく喋る女だな。そういうのなんて言うか知ってるか? ――負けフラグだよ」


 途端、なんの前触れもなく、彼女の体が吹き飛んだ。


 視界の端で感じていた気配の消失に目を剥いて、衝撃の起こった方角へ慌てて視線を飛ばせば、舞い上がる煙の中、壁に叩きつけられた最愛の者がそこで項垂れていた。


「――夕!!」


「言っただろ、痛い目見たくなけりゃ大人しくしてろって。おままごとに付き合ってやるのはここまでだ」



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