一章 〈8〉
〈8〉
ダンジョンの改装を終えて、少し思った。
「グラの体を作る為の実験をしたい」
「どうしたんです、藪から棒に」
いや、僕の幻術の勉強があまり進展しないからなぁなぁにしていたけど、僕が幻術を修める本来の理由は、グラの体を用意したいというものだったのだ。しかも、その体作りにおいては、どちらかといえば【魔術】の幻術は補助的な役割を担い、主としては生命力の理を用いた、モンスターを生み出す幻術のを応用する予定だった。
つまり、現段階からでも、練習や研究をしておいて早いという事はない。既に、モンスターを生み出す事自体は、僕にもできるわけだしね。
「なるほど。たしかに、最近は少々バタバタしすぎていました。いまはダンジョンの外に出るのも危険でしょうし、ここらでじっくりと腰を据えて、複合的な幻術の研究に取り組むのも悪くありません」
ああ、スパルタ教師にガソリンを注いでしまった。いや、この件に関しては、僕も異存はないんだけどさ。
でもね? どれだけ頑張っても、一日は二四時間より増える事はないんだってのは、いい加減グラも覚えて欲しい。
「複合的な幻術っていうのは、生命力の理と魔力の理の複合、っていう意味?」
「そうです。ご存知の通り、双方の理にも様々な種類があります。生命力は地上生命にとっても、ダンジョンにとっても、命に直結するエネルギーである為、あまり研究が進んでいない分野ではありますが、それでも地上生命は回復や身体の強化、ダンジョンはダンジョン内の操作と、それなりに応用ができています。魔力の理に関しては言わずもがなですね」
まぁそうだね。さっきまでやっていた、ダンジョン内の大規模な改装なんて、日本の基準だと一日二日で終わる作業じゃない。それが、一時間もかからないのだから、ダンジョン内限定とはいえ、イージーというよりは、ややチートじみている。
「その双方を複合的に使いこなす術に関しては、体系化されたものはありません。術理が複雑になりすぎる為、大抵はワンオフのオリジナル術式となります。いま、私が開発しているダンジョンツール等もそういったオリジナル術式の一種になるでしょうね」
「なるほど。複合的な術式っていうのは、絶対にあり得ないという程のものでもないんだね」
「勿論です。ものによっては、オリジナル術式を子々孫々にまで受け継いで、長年利用する地上生命も存在しますし、その汎用性を高めて種全体の戦闘能力を高めようという試みも、常にあります」
なるほどなるほど。それはいい事を聞いた。
「じゃあまずは、どういうものを依代にするのか、から検討しようか!」
「モンスターの肉体、というわけにはいきませんね。自我が宿られたら、私の意識が宿れません」
「それに、できれば僕と同じ人型がいいしね」
人型というか、人がいい。ここでリザードマン型とかコボルト型とかを依代にされても、その表情を読める自信はない。モンスター型でも、最低限人らしい表情がある依代がいいだろう。
「できればホムンクルスとか、ドッペルゲンガーみたいなモンスターを元にできればいいんだけど……」
「しかし、それではやはりモンスター自身の自我が生まれますよ? ショーンの隣に立っている私が、突然モンスターの自我に呑まれて攻撃するという可能性があるのなら、依代など必要ありません」
「そうなるかぁ……」
さて、ならばどうするか。
そうだなぁ……。擬似的なダンジョンコアを作る、というのはどうだろう? 僕の仮説では、グラは元々ダンジョンコアだ。ならば、一番乗り移りやすいだろう。
問題は、ダンジョンコアに自我が宿るかどうかだが、それはたぶん大丈夫だろう。そんなやり方でダンジョンが増えるなら、もうとっくに地中はダンジョンだらけになっているはずだ。
あ、いや、栄養源がなくて、増えないのか? ううむ……。もう少し、考えてから取り組むか……。
まぁでも、まずは実験をしてみようか。
「ドッペルゲンガーのモンスターを、新設したミラーハウス部分に作ってみようと思う」
「良いのですか? 内部にモンスターがいては、ここがダンジョンだと露見しかねませんよ?」
そう、ウチのダンジョンにモンスターが配置できないのは、人間たちにここがダンジョンだと覚られたくないからだ。
「大丈夫だと思う。ミラーハウスで、自分そっくりのモンスターに襲われたとする。そのとき、真っ先に危惧するのは、モンスターの襲撃じゃなく、幻術やギミックによる罠だろう。まして、ここまでそういった罠に苛まれている侵入者なら、なおさらだ」
「曖昧ですね。もしそれで、ダンジョンであるという疑念を抱かれて、調べられたらどうするのです? 件のマジックアイテムとやらを使われる可能性は?」
「そこも一応考えてはいる。もしも、冒険者ギルドや正式な治安維持組織に疑われたら、さっき言っていた複合的な幻術だったと言い訳する。グラの依代の試作品も、これから作る必要があるんだし、いざとなればそれを見せればいい」
複合的な術式が、絶対にあり得ないというものでないのなら、その言い訳で納得してもらえるはずだ。多少注目は集めるかも知れないが、ダンジョンだと疑われるよりはマシだろう。
まぁ、すぐに露見するとこちらとしても困るが、現在ウチに攻撃を仕掛けてきている連中が、どこかしらの公的な組織とは思えない。ならば、せめて僕が幻術を習得するくらいの猶予はあるはずだ。
なかったら……、まぁグラに体の操作を任せれば、幻術だって使えるし問題はないだろう。たぶん……。
そんなわけで、この日から本格的に、グラの依代作成の研究に取り組む事になった。
翌日。
「ふぅむ。やっぱり、単にドッペルゲンガーを素体にするのは上手くないな。まぁ、わかっていた事ではあるけど、このやり方じゃ絶対に無理だと思う。根本から見直そう」
「そうですね。やはりモンスターを元にした依代は、モンスター自身の命が邪魔になります」
「生命力の理で無理なら、魔力の理?」
「魔力の理で作った幻は、単なる幻影です。生命力の理と魔力の理では、得意分野が違います。この依代作成においては、生命力の理が適しているというのは、論を待ちません」
「ま、そりゃあそうだよねえ。でも、モンスター自身の命が邪魔になると、生命力の理で作るってのもなぁ……」
一日のうち、四分の一を語学、四分の一を幻術、四分の一をダンジョン、さらに四分の一を依代の研究に費やしている。
ちなみに、きっちり時間割をしているわけではないので、余った時間は素振りだ。たぶん、一日二時間くらいは剣の訓練も続けている。
昨日からいまこのときまで、侵入者は一人もおらず、なにもなかった。まぁ、ウチはなにもないのがデフォみたいなところはあるので、僕らは平常運転していたのだが、あのチンピラを送り込んできた連中はなにをしているんだろう。
ま、僕としてはグラ体の研究に専念できるし、人殺しもしなくていいしで、なにもないならなにもない方がいいんだけどね。なんというか、気がかりな事があるときは、ガンガン自分にタスクを課して忙殺する方が気が紛れる。
できれば単純作業の方がいいが、研究に没頭するのも悪くない。まぁ、単語の書き取りとか超捗るけどさ。
「そうだな。魔石みたいなものを本体にして、体は自分で作るようにしたらどうだろう?」
「ふむ? それはどういう状態ですか?」
「だからさ、まず球体のコアを用意して、そこにガンガンDPを注ぐ。そんで、そっちにグラの意識を移したら、自分で生命力の理を使って体を作る、ってのは?」
「成功の可能性はあるでしょうが、ただ魔石を作っただけでは不可能です。それでは、多量の魔力を含有する魔石ができるだけで、そこに意識を移す事なんてできません」
「そっかぁ……。結構いい案だと思ったんだけどなぁ、擬似ダンジョンコアプラン」
まぁ、単に魔石を作っただけでは、コアの代わりにはならないらしい。だったら、この案は根本から間違っていたという事だ。それもそうか。
「いえ、可能性はあります。なるほど、擬似ダンジョンコアですか……。ですが、ダンジョンコアはダンジョンがあってこその……。いえ、そもそもダンジョンコアにこだわる意義はありません……。模倣で良いのですから……、そうですね……、地上生命的なエネルギー摂取法を用い、生体反応を有する肉の体を、生命力の理を使って編み上げる……。ふぅむ……。ふぅむ……」
ああ、グラが長考し始めてしまった。こうなると長いんだよなぁ、この子。
それから三日。
「よっしゃ、だいたいこんなもんじゃない?」
ようやく、依代作成の目処が立った。まぁ、実験が上手くいけば、という前提条件が付くけど。だが、当然他にも問題は山積している。
「そうですね。このプランであれば、試作実験次第では成功の芽もでてくるでしょう。問題は、その実験に要するDPの消費量です」
「だよねぇ。試験でも、一回最低一MDPくらいは必要だし、本番はできれば一〇〇MDPくらい注ぎ込みたい」
「一〇〇Mは多すぎるでしょう。十Mくらいでいいのでは?」
グラが、おそらくは現有DPの量から苦言を呈してくるが、これは譲れない。
「いやいや、少なすぎるっての。十Mっていったら、肉体作ったらほぼすっからかんだよ? 生き物っていうのは、半分も生命力を失ったら死ぬんだからね。ダンジョンコア基準で考えたらダメだよ」
「なるほど。それはたしかに」
そうなのだ。生命力の理が、魔力の理よりも発展しにくいのは、生命力を使いすぎると死に直結するという難点があるからだ。それは、ダンジョンも人間もあまり変わらない。だからこそ、魔力の理の方が使い勝手が良く、重宝されている部分はある。
だから、DPをケチりすぎると、肉体を作った直後に依代が死んでしまうおそれがあるのだ。そうでなくても、保有生命力量は肉体の強さに関わってくるので、できる事なら十分にDPを持たせた依代を作ってあげたいのだ。
ちなみに、ダンジョンコアは生命力が半分になろうと、〇にならない限り死にはしない。だが、人間は保有生命力が半分以下になると、まず間違いなく死ぬ。四割を割り込むようだと絶対と言い換えていいそうだ。
そして、依代の場合どうなるのかは、完全に未知数である。
「というか、肉体を自己形成したあとは、本体から補給を受けらんないんだから、最初はせめて一〇〇Mくらいは注ぎ込みたい」
「しかし、現在のダンジョンの保有DPがようやく十四Mですからね。そうなると、そもそも依代が作れません」
「むぅ……」
そう言われると、たしかに一〇〇Mは多いかも……、いやいや! そこは妥協したくない。でも、ダンジョンの維持DPもあるしなぁ……――って!!
「ああっ! マズい!!」
「どうしました?」
「このままだと、冒険者資格が失効しちゃう!」
「ああ、たしかに。そういえば、前回魔石を納入してから、そろそろ一週間ですね」
正確には、あと二日で一週間だ。つまり、明日か明後日までに四個の魔石が納入できないと、僕は十級冒険者の資格を失う事になる。
「表にでて、大丈夫かな?」
「いえ、大事を取るなら、ここで迂闊に外に出るべきではありません。納めた魔石分のDPが惜しくはありますが、一度失効させて、後程再取得すれば良いのでは?」
「ああー……。まぁ、そうか……」
そこまで実績を残せていたわけじゃないし、再取得後でも十分に取り返せる。また銀貨が必要にはなるが、懐はそれなりに暖かい。銅貨が多すぎてちょっとお金が邪魔なくらいだ。
強いていうなら、下水道に行けないのがちょっと勿体ないかなと思える。こうして、誰も侵入しない以上、DPが入ってこない。僕が囮になる事もできないので、維持DP分減る一方だ。
だから、下水道に行って少しでもDPを稼いできたかったというのに……。
「あ……――」
そういえば、下水道って意外とここから近いんだよなぁ……。
「――いい事考えた……!!」
下水道を、ウチのダンジョンに取り込む。
その提案を、グラに伝える。セールスポイントは以下の通り。
町外れの下水道は、下級、中級の冒険者や、浮浪者が集まる。人でごった返す程ではないが、とてもではないが出入りする人間の顔貌を、いちいちチェックなんてできないだろう。
つまり、この状況でも外に出られるわけだ。できれば、誰が、なんの目的で僕らを狙っているのか、情報収集をしたい。
人間の老廃物からも、ほんの少しではあるがDPが回収できるし、なにより下水道内では、人間を含めた多くの生き物が殺し合っている。しかも、ネズミ系のモンスターの肉は、不衛生で食えたものではない為、大抵は投棄されるんだとか。この肉からも、生命力を吸収できる。
つまり、他所から勝手にDPを持ってきて、ダンジョンに供給してくれるわけだ。しかも定期的に。この安定感は、ダンジョンにとっては嬉しい。
最後に、もしかすれば依代に必要な大量のDP問題が、解決できるかも知れない。
「どうかな?」
「そうですね……」
グラはしばらく黙考したが、やがて当然の事のように問題点を指摘してきた。それは以下の通り。
まず、人間にダンジョンの存在が露見する可能性。
下水道はたしかに近場にあるが、直線距離で五〇〇メートル程度は離れている。そこまでダンジョンを延伸させる過程で、我々の存在に気付かれるリスクは一定以上ある。
次に、下水道側から外敵に侵入される可能性。
これには、人間もモンスターも含まれる。下水道側から侵入が可能になると、どこに道を作るかにもよるが、現在あるダンジョンの防衛機構が丸々無駄にもなりかねない。
最後に、モンスターのDP吸収問題に関しては、なんの解決案も示されていない点を指摘された。
以前グラが説明した通り、受肉したモンスターは大気中や地中からエネルギーを補給している可能性がある。そのせいで、DPを搾取される恐れがあるのだ。
「メリットとデメリット、どっちが大きいかな……」
判断がつかないのでグラに聞いてみたが、彼女も彼女で曖昧に口籠もる。
「そうですね……。たしかに、こうして待ち構えるだけでいいのか、というのは疑問です。ここは人間どもの町の中ですから、向こうに補給の心配はないでしょう。持久戦は、完全にこちらが不利です」
「だよねえ。その場合、こっちが餓死する可能性って結構あるよね?」
「はい。ですので、いまのうちに対抗手段を講じておく、というのは悪い事ではありません。なにより、DPを安定供給できる手段というものは魅力的ではあります」
「だけどなぁ、言われて気付いたけど、たしかにモンスターがどれくらDPを搾取するのかってのがわからないと、むしろ維持費が増える可能性もあるんだよなぁ……」
それでは本末転倒もいいところだ。
たぶん、一匹一匹の搾取量は、そんなに多くないと思う。多かったら、仮説じゃなく実証されているだろう。でも、そんな曖昧な憶測に命をかけられるかと問われるとなぁ……。
そうだな……、まだ二日ある。一応、実験しながらやってみて、無理なら諦めよう。
そんなわけで、約三四時間後ダンジョンのミラーハウスの一角から、下水道に通風孔が通じた。子供一人が通れるくらいの、非常に狭い通路である。
「三〇分ごとに七・五メートルずつ進めていくの、結構大変だったな」
「この狭さですからね」
僕ですら、匍匐前進でないと進めないような場所だ。ここを、大人の冒険者が進むのは無理があるだろう。
それから、その通風孔内に【誘引】の装具で、ネズミのモンスターを誘い込むと、眠らせてから出入り口を閉じる。そこから後退して、ミラーハウス部屋にもどってから、こちらの通風孔も閉じる。
これで、モンスターが本当にDPを吸収しているのか、するならばどれくらいなのかもわかる事になる。
「こんなに簡単なのに、これまでのダンジョンは調べなかったの?」
「これまでのダンジョンは、内部にモンスターを多数配置していたのでしょう。そのせいで、モンスターを維持するDPと、モンスターに搾取されるDPを区別できなかったのだと推察します。いまの我々のダンジョンには、モンスターがいませんから、仮説を実証するにはうってつけでしょうね」
なるほど。それはたしかに、他のダンジョンは実験したがらないだろうな……。モンスターがDPを吸収するかどうかを調べる為に、防衛戦力を完全に放棄しないといけないんだから。
「あれ? そういえば、いまはドッペルゲンガーがいたん——あ、実験のせいで、死んでたか」
ドッペルゲンガーたちの尊い犠牲の末に、グラの依代を作成する目処がたったので、彼らには感謝している。それはそれとして、ミラーハウスにドッペルゲンガーはハマり役すぎるので、あとでもう一、二体は作っておこう。
「どんなもんかね?」
「いまのところ、DPは減っていませんね」
「一DPも?」
「はい。まったく吸われてはいませんね」
「ふぅむ?」
てっきり、呼吸のように少しずつ周囲からエネルギーを吸収しているのかと思っていたが、違うのだろうか。時間が経過すると吸われる? しっくりこないなぁ。
四時間後。
「減りませんね……」
「そのようだね……」
DPの数値は微動だにしなかった。どういう事?
実験の結果が芳しくなかったので、下水道をダンジョンとして繋げる事は見送った。ただし、せっかく通風孔を繋いだのだから、情報収集はしておこう。
そんなわけで僕は、いつものダークブルーで統一された革鎧ではない、モッフォとかいう六級冒険者の姿を参考にした、普通の冒険者っぽい装備に着替え、さらにローブも羽織って通風孔を進む。
あ、さっきのネズミだ。プスっとな。ああっ、血がかかった!? こんな狭いところでやるんじゃなかった。っていうか、この血糊べったりの通路を進むの?
後先を考えないバカの尻拭いをグラにしてもらい、僕はようやく下水道に降り立った。
「まずは冒険者ギルドかな」
「それ以外に、情報源になり得る繋がりがありませんからね」
「そうだね。もう少し、多角的な情報源が欲しいけど、リスクも大きいからなぁ」
「そう、ですね……」
あまり人間と関係を持ちすぎると、僕らがダンジョンの主であるという事が露見するリスクが増しかねない。そうでなくても、関係を続けていくうちに、吐かなければならない嘘が増えていってしまい、そのうち整合性が取れなくなりそうなのだ。
人間と関わるときに、僕らはまず「人間だ」という嘘を吐かないといけないのだから。その嘘を取り繕う為に、さらに嘘を重ねる必要もでてくる。
幾人かの冒険者や浮浪者とすれ違いつつ、久々に太陽の光を拝んだ。
「太陽ですか。所詮はただの天体でしょうに、地上生命はなんだってあの恒星をありがたがるのでしょう」
「まぁ、ある意味命の育み手ではあるからねぇ。神様になるのも仕方ないよ。僕らだって、太陽で育った食物を食らった生き物を食らって生きてるんだから、やや間接的ではあるけど、太陽の恩恵を受けているといえるだろう? 地中生命的には、太陽は好きじゃない感じ?」
「星に好きも嫌いもありません。太陽は月と同じくらい好きですし、北極星と同じくらいに好きです。隕石と同じくらい嫌いですし、ブラックホールと同じくらいには嫌いです」
「いや、せめて隕石よりは好感度あげとこうよ。あれ、地中にも影響及ぼすでしょ?」
「む。それはたしかに。では、評価を改めておきましょう」
そんな与太話をしながら、気楽に町を歩く。アルタンの町は、一週間前と同じく姦しくも楽しそうな喧騒に包まれていた。とても、五〇人以上の人間が一夜で行方不明になって、一週間とは思えない姿だ。
やがて、もはや見慣れつつある冒険者ギルドのドアが視界に入ってきた。
「さてはて、情報は集まるのかね?」
「気を付けてください。もしかすれば、元凶がこのギルドとやらである可能性もあるのです」
「なるほど。僕らが繋がりを持っているのは、この組織くらい。だとすれば、無関係な組織が狙ってきたと考えるよりは、多少可能性は高い、のか?」
「わかりません。だからこそ、十二分に警戒を怠らぬように。少しでも違和感があれば、真っ先に逃走をしてください」
「うん、了解」
この体は、グラのものでもある。だったら、石橋を叩いて渡るくらいに慎重にこの身を守ろう。
「いらっしゃいませ。おや、ショーンさん」
「こんにちは、セイブンさん。魔石を納めに来ました」
いつもの柔和な笑みを湛えたセイブンさんに、僕は懐から取り出した袋に入った魔石を渡す。
「そうですか……。ふむ、これは……」
「三九個あります。間違いなく、この一週間、あの下水道で狩ったモンスターの魔石ですよ」
「ほぅ……。ですが、ショーンさんはそれなりに目立ちますが、下水道に通う冒険者の方からは、あまりお話を聞きませんでしたが……」
買ったものと思われているのか、少々探るような表情でセイブンさんが訊ねてくる。なのでここは、正直に答えておく。
「そう頻繁には通ってません。ですが、一度に大量に狩れる手段がありますので」
「なるほど」
チラリと、僕の耳にあるイヤリングを確認したセイブンさんが、軽く頷いて魔石を数えていく。前回していなかった装飾品を、意味もなくつけているとは思わないだろうし、マジックアイテムだとわかったのだろう。
こちらとしても、ある程度大きな役が手札にある事を向こうに伝える目的だったので、問題はない。小分けにして納入する予定だった魔石を、一度に全部放出したのもそういった理由からだ。
やがて魔石を数え終えたセイブンさんは、報酬を取りに一旦扉の奥へと戻っていったが、そう間をおかず、皮袋を盆に乗せて戻ってきた。その報酬を、中身も確認せず懐に入れる。
「今回の依頼の達成をもちまして、ショーンさんの貢献度が一定以上と認められました。本日より、ショーンさんは九級冒険者として認められます。おめでとうございます」
「そうですか。ありがとうございます」
正直、十級と九級でなにが違うのかといわれても、よくわからない。精々、ペーペーは卒業という証明になるのかも知れないが、そういう意味では僕は、紛う事なきド素人なのだ。経験も技術もないので、分不相応といえる卒業証書かも知れない。
ただまぁ、もらえるというのなら、その資格はもらっておこう。目標である六級冒険者に向けて、着実な一歩を刻んだのだ。
「それで、ちょっとセイブンさんにお聞きしたい事があるのですが……」
お礼もそこそこに、僕はそう切り出した。さて、本題である。
「ここ最近の、スラムの事情、ですか?」
僕の質問に、セイブンさんは眉を寄せながら首を傾げる。顎を撫でつつ、流し目で僕を見ているのは、ギルドが掴んでいる情報をどこまで開示するかを考えているのだろう。
当然ながら、僕だってギルドが持っている情報を、一から十まで詳らかにしてくれるとは思っていない。それでも、できるだけ良質な情報源になってもらう為に、ある程度目立ってしまう可能性に目を瞑ってでも、ギルドにおける自分の評価を上げる必要があったのだ。その為の、三九個の魔石の納入と、ネズミ系のモンスターを一網打尽にできる手段があるという、情報の開示だ。
「セイブンさんが耳にした程度の情報で構いません。なにかありませんか?」
「そう言われましても、ショーンさんがどのような情報を求めているのかがわからねば、こちらとしても対応はできかねます。なにをお聞きしたいのです?」
まぁ、そうなるよねえ。一から十まで知りたいなんて贅沢は言わない。だけど、できれば知りたいくらいには、僕らは情報に飢えている。なにせ、ダンジョンにちょっかいをかけている相手が、どこの誰であるのかすら、僕らは知らないのだ。
「なんでも構いません。ここ一週間で、スラムの方から聞こえてきた噂話程度でいいので、できればお聞かせ願えませんか?」
「ふぅむ……」
僕のお願いに、セイブンさんは瞑目して考え込む。
ここで賄賂でも渡せば、それらしいのかな? でもなぁ、要求されていないのに袖の下を渡すのは、それはそれでリスキーだ。向こうが潔癖な相手であれば、むしろ気分を害してしまうだろう。
「そういえば、少し前にウル・ロッドファミリーが、多少ゴタついていたようですね。単なる噂話ですので、それ程信憑性のある情報ではありませんが」
「ウル・ロッドファミリーですか?」
「おや、ショーンさんはご存知ありませんでしたか。この町のスラム街においては、最も影響力のある組織です。組織のトップは二人。姉のウルと、弟のロッドの姉弟が取り仕切っています」
「それでウル・ロッド……。ゴタついていたというのは?」
「さて、流石に詳細までは……」
言葉を濁すセイブンさん。もしかしたら、さらなる情報を有していて黙っているのかも知れないが、これ以上は教えてはくれないだろう。ここまでが、九級冒険者に明かせる情報という事だ。仕方がない。
「そうですか……」
「なにかありましたか?」
「その、ちょっと黒ずくめの連中を撒いていたら、それなりに大人数の相手に囲まれそうになりまして……。危なそうなので、情報を集めようかと……」
「ふぅむ。今日は、あの目立つ装備を付けてこなかったのは、それが理由で?」
「ええ、まぁ」
「なるほど……」
やぱり、ダークブルーの革鎧は目立っていたようだ。グラの要望で作られた、実用性と見た目を兼ね備えた鎧だったしね。
なんだかんだ、グラってば僕を着飾りたがるんだよな。イヤリングといい、鎧といい。意外と装飾に凝るタイプなのだ。
「そうですか……。そうですね……」
口籠りつつ、セイブンさんが僕を見ながらなにかを考えている。やがてなんらかの結論がでたのか、少し声を抑えつつ助言をくれた。
「ショーンさんが本心から困っていて、本当にスラムの情報を欲しているのであれば、もしかしたらお力になれる人物を紹介できるかも知れません」
「紹介ですか?」
「はい。事情があってスラムに住んではいるのですが、それなりに信用できる方ではあるかと」
そう前置きして、彼がよくねぐらにしている場所を教えてくれた。そこには、スラム街の知恵袋的な人物が住んでいて、ギルド的にもセイブンさん個人としても、重宝しているらしい。
「最後に、もしもその人物に信義に悖る対応をされた場合、ギルドはともかく、私があなたの敵になるという点を、ご承知おきください。ショーンさんが私の顔を潰すような、思慮のない真似など絶対にしないと信じていますので、これは蛇足になるのでしょうが……」
「も、勿論ですよ! 紹介された相手に無礼を働くような、バカじゃありません!!」
こえー……。相変わらず、この人の笑顔の威圧は、心胆を寒からしめられる。
まぁ、言っている事はもっともだし、ある程度目をかけてもらっているようなので、相手に無礼だと思われないだけの立ち居振る舞いを心がけようか。
そうだな。手土産を持ってくのは基本だよな。
「ひぃぃぃいいいいいいいいいいい!!」
なんか、いきなり悲鳴あげられたんだけど……。それも、貞〇やスクリームの犯人に向けられるようなタイプの、ガチ悲鳴だ。
「えっと、どうも初めまして? 僕はショーンといいます。その、スラムの情報が欲しいとお願いしたら、セイブンさんにこちらを紹介していただきました」
「ひぃ、ひ、ひぃぃぃいいいいいい!?」
「ええっと……。ジーガさん、でよろしかったでしょうか?」
「ケヒッ、ケヒュ……ッ、カヒュー……、カヒュー……」
「ええ、なにこの人……」
悲鳴あげすぎて、酸欠になってるよ……。あ、もしかしてこの人、前にギルドで、僕を見て悲鳴あげてたおじさんじゃない? いや、だからって、どうしてここまで怯えられているのか、わかんないんだけど……。
ようやく、ジーガというらしい男の呼吸が整ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「大丈夫ですか……?」
「はぁ……、はぁ……、ぅぐ、ぐっ」
荒い息を吐きながら、コクコクと頷く男性。
「ジーガさん、で良かったですか?」
「……っ、……」
またも無言で頷く男性。つーか喋れ。
僕は改めて、そのジーガという男性の姿を確認する。薄汚れてはいるものの、スラムの住民にしては割とまともな格好をしているおじさんだ。四十代か、もしかしたら三十代後半くらいかも知れない。服も、少々毛羽立っているものの、穴が開いていたり擦り切れていたりはしない。
うん、僕がこのスラムで見てきたなかでは、かなり真っ当な姿の人間だ。ついでにいうと、僕がこれまでこの世界で見てきた人間のなかで、とびっきりの変人だ。
「僕、ちょっといま厄介事に見舞われているんですけど、それに関する情報を求めてるんです」
「はぁ……、はぁ……、ウ、ウル・ロッドの話か……? それとも、アーベンの人攫いの話か……?」
おお、まともに返答がきた。内容よりもまず、ようやく会話という、コミュニケーションが確立できた事に、達成感を覚える。
「ウル・ロッドはマフィアでしたよね? アーベンの人攫いというのは初耳なのですが、それについても詳しく教えていただいても?」
「あ、ああ……」
ビクビクと怯えるジーガの説明によると、アーベンというのは奴隷商で、しかもかなりタチの悪い輩らしい。人攫いを担う下部組織を抱え、スラムでは蛇蝎のごとく忌み嫌われているようだ。
「それで、そんなウル・ロッドとアーベンとやらが、どうして僕なんかに構ってるんでしょうね?」
「本気で言ってんのか?」
信じられないものを見るような目を向けられているけれど、原因として考えられるのは、チンピラや人攫い連中を殺してしまった事くらいだ。だがそれは、無断でウチに侵入してきたからだし、自業自得というものだろう。
「本気で言ってんのか?」
まったく同じ文言で繰り返し問われる。心底信じられないという声音だ。
聞けば、元々は子飼いの人攫いが戻らなかった事で、アーベンが僕を敵視。ウル・ロッドに共闘を持ちかけた。その時点で、僕もウル・ロッドのチンピラを数人殺してしまっており、両者は面子にかけて僕を潰しにかかった。
だが、大人数に幹部候補を一人付けて僕のところに送り込んだというのに、それもほぼ全滅。現在はもう。アーベンよりもウル・ロッドの方が本気になっているとか。
そして、予想通り、僕らのダンジョンがある廃墟は、ウル・ロッドの配下の連中によって見張られており、どころか包囲して兵糧攻めを決行中。僕がでてくるのをいまかいまかと待っているらしい。
「原因は全部自分たちにあるのに、なんだって僕を敵視するんだろうね」
「どっちの顔にも、これでもかってくらい泥塗ってるからだろ」
「勝手に、泥水に顔面ダイブしただけでしょう?」
「そんな態度してる時点で、あんたが両者を舐めてるって証拠だろうぜ。俺だったら、たとえ親の前でだって、んな事言えやしねえ。どこからバレて、報復されるかわかったもんじゃねえからな」
「ふぅん……」
まぁ、そこらへんの事情はどうでもいいか。
どうやらウル・ロッドとアーベンというのは、予想以上にこのスラムでは根を張っている、大きな組織らしい。どうも、数百人から千人規模の敵が、彼らの支配下に入っているようだ。
だとすれば、それなりの人材が所属していてもおかしくはない。もしかすれば、中級冒険者並みの探索技能を持っている、冒険者崩れがいるかも知れないな。だとすると、迎撃が面倒になる可能性もある。
「だったら、罠の処理能力を高めておいた方がいいかも知れないな……」
「……ッ、……」
あ、せっかくまともに対話できるようになってたジーガが、真っ青な顔で震え出した。まぁでも、情報は十分に得られたか。より詳細な情報も欲しくはあるが、いつまでもここにとどまるのも下策だ。
いくらセイブンさんからの紹介だからといって、このジーガを全面的に信用できるかと言われれば、そんなわけはない。そうでなくても、あまり長居すれば僕の存在を聞き付けったウル・ロッドの連中が押し寄せてきかねない。
僕は情報の対価として、今日ギルドでもらった皮袋をそのままジーガに渡す。
「こ、こんなに……?」
「僕にとっては死活問題だからね。今後もお世話になるかも知れないし、その為の袖の下とでも思っておいて。それに、相場もわからないしね」
「勘弁してくれ……。……まさか、口止め料ってつもりじゃねえだろうな!?」
「いや、そんなつもりはなかったけど。でもまぁ、余った金額分くらいは、口を噤んでくれると嬉しいかな」
「い、言っとくが、ウル・ロッドやアーベンの使いがきたら、あんたがここにきた事や、連中の情報を買ってった事は言うからな! こっちも命が惜しいんだ!」
「うーん、まぁしょうがないか。できるだけでいいよ」
別に、彼に命をかけて僕に忠誠を誓え、なんて言った覚えはない。彼が保身を第一に考えるのは、当然の事だろう。むしろ、ここで情報は絶対に漏らさない、などと白々しい言葉を吐く方が、信用できない。
なるほど、セイブンさんの言うように、この男はそれなりには信頼できる人間らしい。
「ああ、それと、これお土産。いまさらだけど」
「ああ。って、アンジーの実を四個もッ!?」
へぇ、このオレンジリンゴ、そんな名前だったんだ。まぁ、肉よりは美味しいからという理由で選んだだけなので、名前は気にしてなかった。
「こんな高いもん、スラムで堂々と持って歩くな!」
「え、あ、うん」
いやまぁ、怒鳴られている理由はわかる。きっと、スラムで高級果実なんて持って歩いていたら、いろいろと危ないという忠告なのだろう。
ただ、僕の場合囮という役割もあるので、ある程度は意図的にやっているところがある。まぁ、流石に高級果実だというのは予想外だったが。
それでも、僕の身を案じてそう言ってくれているのだと思い、お礼を言って別れる事にした。
さて、ウル・ロッドとアーベンか……。どうするかな……。
下水道を経由して、ダンジョンに戻ってきた。
ついでに、通風孔内に数匹のネズミ系モンスターを誘引してから眠らせて、DP吸収の観察も継続する準備をしておく。
もしもモンスターがDPを吸収するというのが誤解なら、凍結したモンスター牧場計画が再び日の目を見る可能性がでてくる。
少し時間ができたので、素振りをしつつ指輪とイヤリングの名前を考えようか。
そうだな……。【害気障壁】の指輪は大樽廻。【誘引】のイヤリングは蘭鋳。【睡魔】のイヤリングは夢海鼠かな。
なんか、名付けが適当になってきた気がするけど、【誘引】の方はちょっとそれっぽいからいいとしよう。
二時間程素振りをしてから、モンスターのDP吸収について訊ねたが、いまだにDPは吸収されていないらしい。まずは一日経過観察を続け、もしも無害そうなら、小規模なモンスター牧場を作ってみようと思う。
まぁ、失敗した前例がある以上、そうそう上手くいくとは思えないけどさ。
「さて、じゃあダンジョンの処理能力を向上させようか」
「大人数を一気に殺傷できる罠、という事ですか?」
「そうなるね。一度に一〇〇〇人に対処するのは、広さ的に難しい。現在、僕らのダンジョン全体で対応できる人数は、ミラーハウス部分も含めて一五〇人くらいが限界だろう」
「我らのダンジョンの領域は、廃墟になっていた家屋の敷地よりも、少し広くなった程度の範囲しかありませんからね」
「だからさ、ミラーハウスの次は二階層として下に伸ばそうと思う」
「それは素晴らしい」
いつも平板なグラの声に、明らかに喜色が混じる。やっぱり、ダンジョン的には地中に潜っていくのは、嬉しい事のようだ。
これまでは、横に広げるばかりで、なかなか地中を目指せなかったからね。グラにとっては、ようやく本来の目的に向かえる、という思いなのかも知れない。
「人間に発見されるリスクを最低限に抑えつつ、惑星のコアを目指すならさ、広さは最低限にして下へ下へ階層を重ねていけばいいと思うんだ」
「なるほど。しかし、それには少々問題もあります」
「問題?」
そういえば、単に惑星のコアにダンジョンを到達させればいいというのなら、僕が下水道に繋げたみたいな細い通路を、下へ下へ伸ばしていけば、コスパ的には最善だ。だが、いまだにコアに到達したダンジョンがないという事は、その方法は採用されていないという事になる。ならば、それなりの理由があるはずだ。
「惑星の深部に近付けば近付く程、地面を掘削する為のDPは増大します。また、維持の為のDPも増えますし、ある程度の広さがないとダンジョンそのものの強度が足りなくなります。だからこそダンジョンは、より多くのDPを必要としているのです」
「強度が足りないダンジョンは、どうなるの?」
「その部分が圧壊します。万が一そこにダンジョンコアがあった場合、最悪の状況に陥ります。破壊されればまだいい方で、地中深くで身動き取れなくなると、DPが枯渇するまでなにもできなくなるようですね」
「うわぁ、悲惨……」
つまりは、深部に向かえば向かう程、広いダンジョンが必要になっていく、という事か。しかも、掘削や維持のコストも増大していく。
「でもまぁ、しばらくは広さは敷地面積程度で十分だと思う。強度やコストを気にかけるのは、もっと深くなってからでいい」
「そうですね。現状でダンジョンを広くする意味は薄いですし、むしろ発見されるリスクだけ高くなります」
「そういえば、ギルドで例のマジックアイテムについて聞くの忘れたなぁ……。不意のタイミングで使われると困るんだよなぁ」
まぁ、そればかり気にかけて、頻繁に訊ねるのもも不自然か。次回忘れず聞いておけばよしとしておこう。
そんなわけで、ダンジョンの二階層を作っていこうと思う。ただ、やっぱり急激に領域を広げる事はできない。
「問題は、ウル・ロッドとやらがいつまで待ちの姿勢でいてくれるか、なんだよなぁ」
「いまの我々のダンジョンに、一〇〇〇人以上の人間を投入されると、人海戦術で攻略されかねませんしね」
そうなのだ。【暗病の死蔵庫】もミラーハウスも、人海戦術で攻略される可能性はある。前回の【一呑み書斎】がそうだったように。
侵入者を分散する仕掛けが欲しいな。どうするか……。
タイムリミット――ウル・ロッドが痺れをきらすまでに、なんとかしないといけないな。
「ガキが外に出ている?」
アタイの声にこもる機嫌の悪さを察した部下が、首をすくめるようにして「へぇ」と返した。
「普段の派手な鎧は脱いでやしたが、相変わらず新品みてえな格好だったんで、目立ってたみてぇです」
「フン。監視されてんのに気付いて、夜陰に紛れて抜け出したのか、別の出入り口があるのか……。どちらにしろ、面倒な事になるねぇ……」
アタイは気分を落ち着ける為に煙管を一服し、紫煙を燻らせる。ロッドは相変わらず、こういうときはだんまりだ。
ガキが好き勝手に抜け出せるようだと、そもそも囲んでいる意味がなくなってしまう。そうなれば、腹を空かせて、こちらに詫びを入れてくるという事もないだろう。
アタイとしては、多くの手下を失う危険を冒してまで、そんなガキに拘う意義を見出せない。だが、ヤクザってのはメンツが全てというのもまた事実。ガキにいいようにされて、手を拱いているようでは、他のスラムの連中にも舐められちまう。
だがそれでも、損得勘定の面では、これ以上のそのガキに深入りしたくないという思いがあった。
「……さて、どうするかねえ……」
巨漢の弟を見るが、アタイの言葉に答える事もなく、いつものように石のように佇んでいた。
ウル・ロッドファミリーは、新興のマフィアだ。ただ、母体のなった別の組織はあった。
アタイとロッドは、元々はそのマフィアに所属する、しがない娼婦とチンピラの姉弟だった。そんなアタイらが、どうしてファミリーを乗っ取り、そのうえスラム街を牛耳る大親分にまでなれたのか。
一言でいえば運が良かっただけではあるものの、その次くらいにはアタイら姉弟の絆が強固だったからだ。
アタイはしがない娼婦だったし、ロッドは周囲から一目置かれる程の腕っ節だったものの、頭が悪かった。だから、アタイが難しい事を考え、ロッドが実行する。そう役割分担をし、いまに至るまでその姿勢を堅持してきた。
姉弟だからこそ、お互いに全幅の信頼をおき、決して裏切らず、疑わず、敵対者を二人で潰してきた。
ウル・ロッドの親分は二人で一人。アタイが頭で、ロッドが腕だ。
だから、ここはアタイが考えなければならない。頭として、腕を動かさなければならない。
いくら気が進まなかろうと、ウル・ロッドの名を貶めるような事はできない。益にならずとも、損にならないように、動かなければならない。
「若いもんを集めな!」
「へいママ!」
配下が返事をして去っていく。流石に、親分だからといって、大の男にママと呼ばれるのは、いまだになれない。
「ロッド、今度はあんたにも出てもらうよ」
「ウルが言うなら、オイラが行く」
「ただし、今回はアタイも行くよ」
「……」
珍しく、というか本当に久しぶりに、ロッドから不服そうな沈黙が返ってきた。本当に、いつ以来の事だろう。アタイがまだ十代だった頃だから、もう十五、六年は前か。歳をとるわけさね。
「ガキの住処は、罠だらけだって話だよ。アンタ一人で行かせたんじゃ、臨機応変に動けないじゃないのさ」
「わかった。オイラ、バカ。ウルの言う通り、する」
「まったく、素直なのはいい事だけどねえ……」
苦笑するアタイに、ロッドは仏頂面のまま、再び動かなくなる。
ロッドは、自分の頭が悪いという事に自覚的だ。だからこそ、難しい判断を要求される事柄はすべてアタイに任せきりにするし、どんな命令をしても不満を抱かない。だがその分、自己主張というものに欠けるのだ。
先の発言も、配下の前で親分が自らを卑下するような物言いは、規律の面からよろしくない。トップが侮られていい事など、まずないのだから。
とはいえ、ロッドの腕っ節はファミリーの誰もが認めるところだ。なにせ、ウル・ロッドファミリーの前身だった組織を潰す際、本拠地に乗り込んだロッドは幹部と親分を含む十人を、ほぼ一人で皆殺しにしているのだから。
幹部の半分以上を、アタイが引き付けていたといっても、驚嘆に値する戦果といえるだろう。
「それと、アーベンの野郎にも兵隊を出させな。元は、あの野郎が持ってきた話だ。こっちにだけ尻拭いを押し付けられちゃ、たまらないよ」
「へいママ!」
またも配下が駆けていくのを見送りつつ、アタイは紫煙を吐き出す。
「ったく、アーベンの野郎、とんだ厄介事に巻き込んでくれたもんだよ……」
事の発端は、あの奴隷商だ。
最初の時点では、ここまでの大事となるとは思っていなかった。こちらも数人の配下を失ってはいたものの、取り立てて騒ぐような事態ではなかったし、下のもんのケツを持つにしたって、限度はある。人のねぐらに押し入って返り討ちにあった程度の事にまで、いちいちめくじらを立てるつもりはなかったのだ。
だが、アーベンの野郎に上手く唆されたヤツが、ジズに兵隊を預けて、ガキの住処にぶちこんじまいやがった。いくらアーベンの人攫いやチンピラが帰ってこなかったからといって、人数を揃えて押しかけりゃあなんとでもなると思ったんだろう。
その見解は、間違いではない。普通ならば。
だがガキの住処は、普通じゃなかった。ジズを含む、兵隊のほぼ全員がおっ死んじまったのだ。
こうなるともう、後には退けない。ウル・ロッドの面子にかけて、ガキに頭を垂れさせるか、もしくは頭だけになってもらうしかない。
多くの兵隊を失う危険を冒して、得られるものがガキの素っ首が一つ。まったくもって気乗りがしない。損得でいえば、完全に損な話だ。
「それでもまぁ、一度決めた以上はやり遂げないとねぇ」
「ウル、機嫌悪い?」
「大丈夫だよ、ロッド。ちょっと……、ほんのちょっと、嫌な予感がするってだけさね」
「…………」
アタイと同じ不気味さを感じているのか、ロッドも沈黙しつつ頷いた。
「流石に、大丈夫だろうさ。一人で相手できるような人数じゃない」
どれだけの人数が集まるかは、実際に動かしてみないとわからない。だが、まず三〇〇を下回る事はない。アーベンの奴隷兵も合わせれば、ざっと五〇〇といったところだ。
ガキ一人でどうこうできるような人数じゃないのは、まず間違いない。こんな人数を動かしたら、それはもう小規模な戦争だ。
対して、ガキに兵らしい兵はいない。だから本来なら、不安に思う必要すらないはずなのだ。間違いなく、一方的な蹂躙になるはずなのだ。
それでもやはり、一抹の不安が胸中を撫でた。なにか見落としがあるのではないか。得体の知れない件のガキが、もはやただのガキではないというのは確信しているが、よもや本物の化け物だったりしないだろうか、という思いが消えない。
……バカバカしい。
気分を落ち着ける為に、アタイは煙管を吹かし、益体もない迷いを呑み込んだ。
「ダンジョンの二階層はどうしようか?」
「問題は、タワータイプのダンジョンにすると、落とし穴という罠に制限が生まれる点でしょうね。というか、現在ある元【一呑み書斎】の吊り橋はどうするんです? 下手をすると、単なるショートカットですよ?」
「む、それもあったね」
というか、そろそろその吊り橋やミラーハウスにも、名前を付けないといけない。今後、吊り橋や鏡を使ったギミックを用いる際に、混同してしまう恐れがある。
まぁ、それは後回しでいいだろう。いまは二階層の構想についてだ。
「どんなのがいいかな?」
「一階層のミラーハウスで、敵の多くを遅滞させられるとみて、分散した侵入者を着実に潰していく、というのはどうでしょう?」
「お、グラにはなにか名案が?」
「名案という程のものではありません。単に、迷路を作って道々に罠を張り巡らせ、着実に潰していくといった程度のものです」
「ふぅむ。たしかに、ここらで一旦、スタンダードな迷路に立ち返るのも悪くはない。ミラーハウスで上手く分散できるなら、迷路を人海戦術で攻略される心配も薄いだろう」
「ありきたりでつまらない意見です。ショーンの、この世界の知的生命らしからぬ、思考の飛躍を期待されても困ります」
「いや、僕別にそこまで特別なものは考えてないでしょ」
書斎にしたって貯蔵庫にしたって、この世界にある【魔術】が元となった、いわばファンタジーならではの仕掛けだ。しかも、その使い方は捻りのない、どストレートな利用しかしていないと思う。
「そもそも、コミュニケーションを前提とした罠など、ダンジョンコアは考え付きもしませんよ」
「それは単に、君たちダンジョンコアが人嫌いってだけじゃないの?」
「そうとも言えます。ですが、この世界のダンジョンコアは、ダンジョン内にはモンスターを配するのが常識であり、それを完全に排したダンジョンというものは、常識の埒外なのですよ」
「それは単に、僕らの生まれた場所が悪かったってだけだよね」
変に僕を持ち上げようとするグラに、ちょっと辟易としてしまう。なんというか「お使いできて偉いね」と、褒められているような気になってくるのだ。
別に僕じゃなくたって、この状況でモンスターを生むのは危険だとわかるし、だったらモンスターのいないダンジョンを作るだろう。当然の論理ではないか。
しかも、結論としては『ダンジョンはスタンダードが最適解』だからなぁ……。
だが、僕のそんな思いを、グラは介してはくれなかった。
「いいえ。モンスターを配すのが危険だとわかっても、私ならモンスターを生み、受肉しそうなものを間引いていくという結論に至るでしょう。それが、我々ダンジョンコアにとっての先入観でした」
「あー、じゃぁまぁ、そういう事でいいよもう」
居た堪れないんだか照れくさいんだかわからなくなって、僕は強引に話を切り上げた。
「じゃあ、二階層はグラの提案通り、スタンダードな迷路って事で。そうだなぁ、一回グラのお手並みを拝見したいな」
「私の手並み、ですか?」
「そうそう。ダンジョンコアとしてのグラが、理想とするダンジョンを見てみたい。もしかしたら、僕とはまったく違うコンセプトがそこにあるかも知れないし、面白そう」
「あのですねぇ……。いまは命のかかった状況だというのを、忘れているのではありませんか?」
「そんなの、生まれてこの方ずっとじゃないか。もう慣れちゃったよ」
「まぁ、言われてみればそうですね。では、ショーンの体を借りて、私がダンジョンを手がける、という事でよろしいでしょうか?」
「うんうん。僕も、中から見学させてもらうよ」
といっても、まだまだ二階層部分は狭い。グラがダンジョンとして手を出せる領域は限られている。
「そうそう。例の吊り橋部分の落とし穴は、そのまま三階層にも通じる落とし穴にしたいから、そのつもりでいてくれると助かる」
「わかりました。さらに落差を作るのですか。ショーンはなかなか残酷ですね」
まぁ、落下時間が長いって、落ちてる人間からすれば、悪夢以外のなにものでもないだろうけどね。とはいえ、別に侵入者を甚振る目的で、落とし穴を深くしたいわけではない。
「いや、ショートカット対策としてさ、【魔術】なんかで浮遊されるパターンを想定して、ちょっと大規模な罠、というかモンスターを配置したいんだよね。三階層に」
「モンスターですか。大丈夫でしょうか……?」
まぁ、受肉したら大変だという意見もわかるし、ここがダンジョンだと露見するリスクを抱え込むというのもわかる。さらにいえば、外に放流したら、町中にモンスターが現れるという事であり、それはそれで面倒になるというのもわかる。
それでもまぁ、まだ先の話だ。三階層の前に、まずは二階層に専心するべきだろう。
「しかし、最近はDPを消費する一方だな……」
「誰も入ってきませんし、誘い込むのも難しい状況ですからね」
「そのうえ、横にも縦にもダンジョンを延伸させようとしている。DP消費が激しいったらないね」
DPの安定供給を目論んだ下水道の取り込みも、モンスターのDP吸収仮説が曖昧なままなので、手を拱いている状況だ。まったく、ままならない。
「そんなショーンに朗報がありますよ」
「朗報?」
なんだろう? ここんとこ、敵の対処とお勉強に忙殺されていたのだが、それはグラも同じだったはず。なにかあったとすれば、外的要因ではないだろう。
「実は、ダンジョンツール(仮)の理論が、そろそろ完成します」
マジで? はっや。
仮称ダンジョンツール。
その根幹が、自らに施す幻術であるというのは既に聞いている。聞くだけなら簡単そうに思えるが、そう単純な話ではない。複雑な情報処理を、本人に意識させずに当人の脳の中で処理させるというのは、半可通の僕にもわかる無理難題だ。
正直、幻術を習えば習う程に、ダンジョンツールの実現性が薄れていくように思っていただけに、こんな早期に実現するとは思っていなかった。
「え? 本当に?」
だから僕は、信じ切れずにそう問うた。中世レベルの技術力で月面着陸できるロケット作ってとお願いしたら、一ヶ月で「できました」と言われたような気分なのだ。ついつい疑ってしまうのも、無理はないだろう。
「本当です。とはいえ、まだ理論が完成しただけです。実際に試行してみて、上手くいくか、問題がないかを確認しながら荒を削り取っていかなければ、まだまだ完成とはいえません」
「いや、十分にすごいって……」
ダンジョンツールの開発には、数年どころか、十年くらいかかってもおかしくないと、僕は漠然と考えていた。それをグラは、一ヶ月以内で、荒削りながらも形にしてみせたのだ。驚天動地とはいまの僕の心境をいうのだろう。
「なので、私が手掛けるダンジョンは、この仮称ダンジョンツールを用いて作ってみます。本当に、無意識で生命力の理を使えるのか、使う際に問題は生じないのか、問題が生じるならその改善策を検討する。それは、まだショーンには難しいでしょう」
「う……、面目ない……」
「責めてなどいませんよ。あなたは十分に頑張っています。現に、これ程の短期間で、あと少しで幻術を使えるレベルまで進んでいるのです。十分な成果と言えます。以前私は、あなたが【魔術】を使えるのは一年後だと言いましたが、どうやら過小評価が過ぎたようですね」
まぁ、それは幻術の分野を専門的に学んでいるからだけどね。もっと多角的に、魔力の理を学んでいけば、理解の速度は遅くなっていたはずだ。いくら命が懸かっていたからって、僕ごときが一年もかかるカリキュラムを一ヶ月に短縮できる程に優秀だなんて、自惚れるつもりはない。
「いずれは、この仮称ダンジョンツールも、ショーンの独力で使えるようになるでしょう。ですが、その前にわたしが使い、その感覚を覚えていれば、幻術の理解にも、この術にも、おおいに役立ってくれる事でしょう」
「それはいいね。たしかに、生命力の理はグラのやり方を真似たら、すぐできるようになったんだった。まぁ、魔力の理が同じように使えるとは思わないけど、理解の助けにはなってくれるだろう」
さて、そうなるとやっぱり名前だな。いつまでも、(仮)だの仮称だのと呼んでいられない。プロダクトネームをそのまま製品名にしてもいいのだが、ここはやはり、もうちょっと凝った名前を付けたいものだ。
なにせ、グラが生み出したオリジナルの術式なのだ。
無味乾燥な名前ではなく、もっとこう、彼女の偉業にふさわしい、オリジナリティある名前を術式に付けたい。
僕の中二的な部分が、そこは譲れないと囁いているのだ。
「ダンジョンツールでいいではないですか。新たに名前を付ける方が面倒でしょう」
グラに、術式に正式な名前を付けようと提案したら、ため息でも吐きかねない調子で呆れられてしまった。いやしかし、ここは譲れない。
名前というのは重要なのだ。アルバトロスやカトラスといえば格好いいイメージなのに、アホウドリというと途端に間抜けに聞こえてしまう。僕は、このグラの成果を、誰もが認める異名とともに世界に送り出したいのだ。
「天地創造術……」
「大仰すぎます。そこまでの事はできませんよ。それではむしろ、誇大妄想ととられかねません」
「たしかに……。そうだな……至心法とかはどう?」
「そうですね。星の中心に至る術法、ですか」
「そういう事。シンプルでいいだろう?」
「少々気取った感はありますが、わかりやすいという点では問題ないでしょう。ダンジョンコアという種にとって、大きな一歩となる術法ですからね。たしかに、それらしい名前があった方がいいかも知れません」
そんなわけで、仮称ダンジョンツールは至心法という正式名称が付く事になる。まぁ、それは完成後の話だし、なんなら正式名称を付けたあとも、プロダクトネームで呼びそうな感じはするけれど。
「あっ!?」
そんな風に話していたら、唐突にグラが声を発した。
「どうしたの?」
「いま、ダンジョン内のDPが減少しました」
「え? もしかして、モンスターに吸収されたの?」
「はい。その原因にも、見当が付きました」
淡々と述べるグラに、僕は感心する。今日のグラは、どこまで僕の中での評価をあげるつもりなのか。もうストップ高だと思うのだが、不思議な事に値は上がり続けている。
「すごいね。流石グラ」
「いえ、ショーンも侵入してきているネズミ系モンスターの様子を見れば、一目瞭然かと思いますよ」
「ふぅん。じゃあちょっと確認してみようか」
モンスターも侵入者扱いなので、近付かなくても様子を確認する事は可能だ。視覚を飛ばして確認してみれば、たしかにそれは一目瞭然だった。
「仔ネズミが生まれてる……」
外見上は茶灰色の普通のネズミなのだが、四匹の生まれたばかりと思しき仔ネズミを舐める舌が異様に長い。あれが、舌ネズミというヤツだろう。
「考えてみれば、難しい話ではありません。胎生、卵生に関わらず、モンスターは魔石を有する生き物です。しかし、一匹のモンスターが生まれてくる仔に、魔石を分け与えているというのは無理があります。特に、ネズミ系の弱いモンスターは単体の保有エネルギー量は少ないというのに、生まれる仔は多く、また繁殖力も強い。とてもではありませんが、子供にエネルギーを分け与えているというのでは、賄いきれないでしょう」
「だから、誕生の瞬間に、周囲からエネルギーを吸収して、自らの体内に魔石を作る、って事?」
「そう考えるのが妥当でしょう。実際、それらしき観察結果があるのですから」
今回の結果は、たしかにその仮説を立てるに十分な判断材料といえる。
「だとすると、モンスターは誕生の瞬間だけ、周囲のエネルギーを吸収するという事になるのか。吸収量的には、どれくらい?」
「幼体単体あたり、一〇〇DP程度ですね。ネズミ系のモンスターをダンジョンで〆ると、魔石抜きで一匹当たり平均二〇〇DPくらいでした。四匹の子供に分与できる総量ではないでしょう」
「たしかに。しかし、生体にするとDP量が倍になるのか……。やっぱり、モンスター牧場計画は、十分に実現可能なんじゃ……」
「どうでしょうね。どうやら、幼体のモンスターは、成長過程でも周囲からDPを吸収するようですよ」
「え、マジで?」
誕生の瞬間だけでなく、成長中も周囲からDPを吸うのか。それは厄介だな……。最初にモンスター牧場を作ろうとしたダンジョンコアが、モンスター全般がDPを吸収すると勘違いしたのも、無理からぬ話だったわけだ。
「はい。一DPに満たない程の微量ではありますが、このままだと一匹当たり一日三DP程度は搾取されるかと」
それ、成長しきるまでに一〇〇くらい齧られそうだな。もしそうなら、モンスターが増えれば増える程、DPを浪費する事になる。丸損だし、そうなったときにはもう、増えたモンスターが手に負えなくなっていそうだ。
うん。ここらで完全に、モンスター牧場計画は凍結した方が良さそうだ。あとから支出過多だとわかっても、あとの祭りだろう。ダンジョンの維持DPまで吸われちゃ、笑い話にもならない。
「とはいえ、それはそれとして下水道をダンジョンに取り込む分には、問題ないと思うんだけど、どうかな?」
「下水道内でも、モンスターは繁殖しているでしょう? DPを吸収されるのは、モンスター牧場と同様では?」
「セイブンさんが言ってただろう? あの下水道は、出口に柵がしてあるから、成体はあまり侵入しない。幼体からなら、成体になるまで一日三DPだと思えば、それ程負担じゃない」
「ふむ……」
「下水道内で繁殖する可能性もあるけど、下水道でモンスターを狩るのは結構な大人数だからね。これまで、根絶はできずとも十分に間引けていたのなら、むやみに繁殖はしないと思う」
「それでも、大規模に繁殖したら?」
「下水道をダンジョンに取り込めば、僕らはそれを把握できる。なんらかの事情でモンスターが増えても、それをギルドに報告して、冒険者を動員してもらえばいい」
「ああ、なるほど」
こっちとしては、手に負えないくらい繁殖してしまったモンスターなど、根絶してもらって一向に構わないのだ。どうせ放っておいたって、外部から入ってくるのだから。
問題は、どれくらいの期間で幼体モンスターのDP吸収が治まるのか、最終的にどれくらい吸われるのか、だな。もしかしたら、種類によっても吸収量は違うのかも知れない。一応一匹一匹観察してみる必要がありそうだ。
あ、粘体はどうしよう。まぁそれも、検証してみてからだな。
「課題はあるけど、下水道で得られるDPは魅力だろう?」
「それはそうですね。先の見通しが立たない現状ならなおの事ですし、今後も定期的に侵入者がいるとも限りません」
「今回の騒動が知れたら、もしウル・ロッドとやらを撃退しても、侵入してくる連中は激減するだろうしね……」
そう。これまでは僕が囮になる事で、僕に良からぬ思いを抱いた相手を誘き寄せて捕食してきた。そのせいで現在の面倒な事態が発生しているわけではあるが、この事態が収拾したのち、これまで通りに囮作戦が成功すると思うのは愚かな思考だ。
これまで侵入者があったのは、生還率〇人だったからだ。この場所の危険さを、誰も知らなかったから、迂闊に侵入してくるヤツがいたのだ。
「ウル・ロッドとやらを撃退したら、このダンジョンに侵入してくる人間は、減少するでしょうね」
「当然そうなるね。もしいるとしても、それは迂闊な少数だけだろう。そしてそうなると、広くなった分ダンジョンの維持DPは昔の比じゃない僕らは、急速に餓死に向かう事になる」
ウル・ロッドを退けられないという想定はしない。そのときはたぶん、僕もグラも死んでいるのだから。下水道を取り込めない場合もまた、僕らは死ぬ可能性が高い。
ジーガとやらから、思った以上に敵が大組織だと知らされた段階で、僕らのダンジョンのDP問題はかなり切迫してしまったのだ。
「下水道プランを却下する場合、それ以上の実現性とリスクが見合った代替案を提示しなければ、話になりません。そして、私にそのような都合のいい代替案はありません」
「仕方ないよ。相変わらず周囲を人間の集落に囲まれている現状では、取れる手段も限られている」
やっぱり、町中にあるというのがネックなのだ。モンスターを使えないというのも痛すぎる。
自暴自棄になって、リスクを無視した好き勝手に身を投じたくもなるが、そんな真似にグラを付き合わせられるわけがない。
「なので私は、このプランそのものには反対しません」
「うん。じゃあ、この方向で進めよう。問題は多々あるだろうけど、その都度確実に対処していこう」
「そうですね」
そんなわけで、リスクは承知のうえで、下水道プランに実現性を持たせていく事になった。
勿論、それはリスクを軽視するという事ではない。まだDPに余裕があるうちに、必要な実験を行い、問題があるのならそれを解消していかなければならない。その為の経過観察だ。
「よし。グラはダンジョンツールの検証を、僕は小規模なモンスター牧場を作って、モンスター繁殖の実験をしてみるよ。どれくらいDPが減るのかは、グラに確認してもらうしかないんだけど……」
役割分担にもなっていない役割分担を終え、ウル・ロッドとやらがくるまでの準備にとりかかった。
七〇〇人のならず者がこのダンジョンに押し寄せたのは、それから四日後の事だった。
「ママ、準備が整いやした」
「そうかい……」
ウル・ロッドの兵隊とアーベンの奴隷兵を合わせて、合計七〇〇人。これだけ大規模な動きは、スラムでもそうは起こらない。表の連中の耳目を集めて、面白い事なんてそうはない。領主や衛兵らの目を誤魔化す為に、それなりに根回しはしたが、完璧じゃない。スラムそのものを焼き払われるという可能性すらある。
ならば、なぜ集めたのか?
そうする必要があると思ったからだ。そもそもにして、七〇人の屈強な男衆に、剣の腕だけなら五級冒険者相当ともいわれていたジズを送って、全滅しているのだ。そうなればもう、こっちの全力をだす以外にないだろう。
とはいえ、嫌な予感は一向に収まらない。いまからでも中止した方がいいと、心のどこかが騒いでいる。
「ウル、行く」
「ああ、そうだね。なんにしたって、ここでケツ捲るような様、配下に見せたらウル・ロッドはおしまいさ」
「オイラ、難しい話、わからない」
「まったく、少しはものを考えな。万が一アタイが死んで、一人になったらどうするつもりだい?」
「ウル、死なない。オイラ、守る」
「……そうだね。アタイもあんたを守るから、あんたもアタイを守っておくれな」
そうだった。アタイらは、そうやってこれまで生きてきた。お互いにお互いを守り合い、心底信じきる。これからも、そうやって生きていく。
ぞろぞろと、人気のないスラムを行列を成して歩く。人気がないのは、この人数を見て誰もが隠れているからだろう。無理もないだろう。実質的に、この町の裏社会の総力が、いまこの場に集結しているのだ。
一般的な浮浪者やゴロツキは勿論、なまじな組織も、この集団に手をだす度胸はないだろう。この兵力が、たった一人の子供に向かっているのかと思うと、自分でもなにをやっているのかと呆れてしまう。
これまでアタイらが築いてきたもんは、こんなくだらない事に費やす為だったのかと、自問自答してしまう。ままならないもんだよ、まったく。
「ママ、あすこです!」
配下の一人が、多くのチンピラが屯している先を指さす。そこには、このスラムではなんの変哲もない廃墟があった。
ただのうらびれた荒屋だ。
だが、そんな平凡な廃墟も、訪れた者を際限なく呑み込む化け物屋敷だと思えば、不気味にも見えてくる。実際、手下連中にも怯えてるヤツはそれなりにいる。
「困ったもんだね……」
「ウル、どうした?」
「いやね、下っ端連中にビビってるヤツがいるってだけさ。ああいうのは萎縮してポカやらかしそうでね。頭が痛いのさ」
「わかった」
そう言って、ロッドはのっしのっしと歩き始めた。
「ちょっと! どうすんのさ!?」
問いかけると同時に、腰の引けていた男の胸ぐらを、ロッドが掴み上げる。集まっていた連中の注目を一身に浴びて、しかしロッドは動じない。
昔から、心臓が鉄でできているような弟だったが、マフィアのボスについてからはより顕著になった。特に、こういう鉄火場では顕著になるらしい。
「オ、オヤジッ!? な、なんすか!?」
「お前、ここにいるガキと俺、どっちが怖え?」
ロッドが持ち上げた配下を、真正面から見つめながら問う。二メートルを超える巨躯を、さらに筋肉でパンパンにしたロッドに、持ち上げられながら真正面から睨まれているのだ。ただの下っ端に、応答なんざできるはずがない。
「聞いてんだろうがッ!! 答えやがれッ!!」
だが、沈黙すら許さないと、ロッドが怒鳴りつける。
「オ、オヤジ! オヤジです!! オヤジのがおっかねえです!!」
「そうか。だったら俺とガキ、どっちを敵に回してえか、言ってみろ」
「ガ、ガキです! ガキを敵にします!!」
「だったらビビんなッ!! てめえのせいで全体の士気に翳りがでんだろうがッ!! 次やったらぶっ殺すぞッ!!」
「へ、へいッ!!」
どさりとその下っ端を捨て、ぐるりと周囲を見回す。思わず顔を伏せる者や、逆に熱を帯びた目でロッドを見返す者たちの視線が、ウル・ロッドファミリーの暴力の象徴に注がれる。
ロッドはバカだが、無能ではない。頭は悪いが、要領は悪くないというべきか。
考えるのはたしかに苦手だが、必要に応じて態度を変える事もできるし、いままさにカチコミをかけようといった場で最適の行動がなにかを、本能で知っているのだ。
いつもの朴訥で、ちょっと可愛い弟は、いまここにはいない。ロッドが自らを『俺』というときには、彼は立派な親分の仮面を被る。
その成果は著しい。浮き足立っていた下っ端連中を、ピシリと引き締めて見せた手腕は見事だし、幹部連中や荒事を好む連中は、戦意を漲らせている。
「これから、ここに住んでいるガキを一匹、引き摺り出す。やるこたぁそんだけだ。だが、侮んな。既に、凶剣のジズ含む手下が数十人ばかし、ここでおっ死んでいる。だが、恐れんな。てめえらが恐れるのは、俺の拳骨だけだ」
「「「おうッ!!」」」
幾人かからの力強い応答。それに遅れる形で、下っ端連中がバラバラと声をあげる。我が弟の事ながら、アタイは今日まで、この子が演説の真似事なんてできるとは思っていなかったので、小正面食らった。
こうして現場にでてこなければ、わからない事というのはあるものだ。
「そんじゃ、行くぞ!!」
「「「「「ゥオオオオオォオオオオォォオオオッ!!!!」」」」
掛け声を発し、怒号のような応答のなか、ロッドが廃屋に向かって踏み出した。ゾロゾロと、そのあとに続こうとする手下たち。
アタイはそんな連中を慌てて止める。最初は、冒険者崩れの連中を入れる予定だったのだ。
やっぱり、親分の仮面を被っていても、ロッドがバカであるのは変わらない。
どう見てもただの廃墟である、ガキのヤサに踏み入る。
所々欠けたボロボロの壁から日差しが差し込み、薄暗いが視界は十分に確保されている。多少埃っぽいものの、昔の自分たちを思えば、スラムでは珍しくもない寝床だろう。
そして――土が剥き出しの床に、ぽっかりと地下に続く階段がのぞいている。
あそこが、例の地下室への入り口だろう。
「マ、ママぁ、ちょ、ちょっと広くなってる。あ、あの階段……」
前回ここを訪れた手下の生き残りが、ビクビクと怯えながら報告してきた。
「どうやら、歓迎の準備は万端のようだねぇ。それなら、ご馳走になろうかい」
「おうッ! 罠なぞなにするものぞ。俺ぁこれでも、ダンジョン探索経験のある、元六級だぜ!」
せっかく上がった士気を下げないよう余裕を見せるアタイに、ガタイのいい男が追従する。
冒険者は、六級まではこういうチンピラ紛いの連中も結構紛れている。五級にあがるなら、実績は勿論、商人からの信用やギルドの評価も大きく影響するが、それも実力次第という面はある。
冒険者ギルドが評価するのは、その者の戦闘能力が第一だ。たとえ素行が悪くとも、四、三級、にしても問題ない戦闘能力があると判断されれば、六級以上に昇格する事もある。
つまりこの男は、そこまでの実力は認められず、なんらかの事情でスラムに落ちた男という事だ。
過信はしないと、アタイは心中でのみ呟き、口を開く。
「頼もしいね。なら早速、様変わりしたっていうこの階段を探索しておくれ。階段の半ば程に落とし穴があったって話だから、気を付けるんだよ」
「おうよッ!! 俺が全部罠を解いちまって、真っ先にガキを見付けたら、それなりの評価をたのんますぜ、ママ!!」
「ああ、もちろんさ。見事露払いを成し遂げたなら、将来的に幹部候補を考えるよ」
「よっしゃぁッ!! 行くぜオラァ!!」
やたらハイテンションな男が、階段に入っていく。その他にも、今回のカチコミに際して呼び寄せた、冒険者崩れや元冒険者、ギルドに紛れ込ませている現役冒険者も、男の後を追って地下へと消えていく。
嘘を言ったつもりはない。何十人と死んでいる場所で先頭を切る危険を考えれば、幹部候補くらいの地位は用意してもいいと、本気で思っている。だが同時に、最も危険な役割を率先して担うあの男が、今回の襲撃で最後まで生きているなどとは思えない。
他の冒険者経験のある者らも、あの男を先頭にして鉱山のカナリアにするつもりなのだろう。だからこそ、連中は先を争うでもなく粛々と階段を調べているのだ。
「う、うあッ!?」
すぐに驚きの声が、階段から響いた。
「どうしたんだい?」
「槍っすね。左右の壁から、槍が飛び出すようになっています」
階段の入り口付近に控えていた小柄な男が、アタイの質問に答える。
「以前入った連中からは、落とし穴以外に罠はないって聞いていたんだけれどねえ」
「階段を広くしたって話っすし、全面的に改装したんじゃないっすか? そうとうな属性術の使い手がいるんだと思うっす。でなきゃ、こんな地下室なんて作れませんし」
「属性術、ねえ……」
正直、魔力の理は種類も原理も複雑すぎて、なにがなにやらわかりゃしない。属性術は一番身近な魔力の理かも知れないけれど、だからといって属性術をどう使えば、たった数日でこんな地下室をこさえる事ができるのかは、まったくわからない。
「それで? 誰か怪我でもしたかい?」
「まさか。流石にこんな初歩的な罠で怪我をするようなバカは、いやしませんって。まぁ、先頭切ったアホは、ちょっと危なかったっすけど」
「やっぱり、あれはアホなのかい?」
「冒険者として見たら、下の下っすね。腕っ節はそこそこっすけど、探索に関しては初歩すら知らんのかってくらいっす。まぁ、カチコミかける分には、あれくらいアホでいいのかも知れないっすけど」
なるほど。どうやらあれは、口で言う程ダンジョンの探索経験もないらしい。
「そう言うアンタは、探索経験が豊富なのかい?」
「俺っちっすか? まぁ、ボチボチっす。一応これでも、現役五級冒険者っすから」
「ほぉ、五級……。にしては、見ない顔だね?」
五級といえば、社会的な信用がかなり高い冒険者になる。勿論ピンキリではあるのだが、六級などよりはるかに選別されたあとのピンキリだ。逆に言うと、そこまで選別されてなおキリのまま五級になれるというのは、性格や素行に難があろうと、実力があると評価されたという事になる。
そこまでいくと、当然アタイらも名前くらいは耳にするものだ。だが、この糸目の男の事は、なにも知らない。
訝しむアタイに、男はあっけらかんと答えた。
「はい。なにやら楽しそうな事になってるって聞き付けて、物見遊山で参加したっす。ぶっちゃけ、マフィアと子供一人の抗争って聞いた、面白半分っす!」
そらまたぶっちゃけたもんだ。とはいえ、元々チンピラや浮浪者紛いのゴロツキだっているような烏合の衆だ。こんなヤツが紛れてたって、おかしくはない。
これが、別の組織との抗争なら、信用のおける人間だけ集めるんだけれど、件の子供に味方はいない。いれば、ここまでアタイらが攻め込む前に、とっくに助けを求めているはずだ。
万が一この自称五級冒険者が裏切り者でも、問題はない。怪しい動きをしたり、こちらを惑わせようとしたら、始末してしまえばいい。
その為に、腕利きを一人、この男に付けておこう。
やがて、階段の罠を回避し、下まで降り着いた連中が、吊天井の廊下へ侵入していく。ここの罠も変更されているかも知れない。細心の注意を払うように言い、あとは階段から離れて報告を待つ事にした。




