一章 〈3〉
〈3〉
二日後。
語学の勉強の合間に、ダンジョンとして生きる必須の技能や、グラの有する基礎知識の伝授も受けている。取り急ぎ必要なのが、生命力の扱いの習熟だ。
生命力を操るのは、内在するエネルギーを自由自在に操る事だ。そして、ダンジョンにとって体内とは、ダンジョンそのものに他ならない。
つまり、穴を掘り、そこをダンジョンとし、内装を整え、罠を張り、モンスターを作り出す為には、この生命力を使い、操る必要があるという事なのだ。
「しかも、普通の生物は生命活動により生成できる生命力が、ダンジョンは自力で作れない、と」
「その通りです。だからこそ、地上生命を捕食し、その生命力を奪わねばならないのです」
なるほどねえ。ちなみに、漫画とかラノベであるように、命を奪わなくても生命力を得られる方法はある。微々たるものではあるが、血肉や老廃物などからも、生命力は得られるそうだ。
ただしそれは、本当に微々たるものであり、たとえばこのアルタンの町の全住民の老廃物を生命力に変えたとしても、いまの小さなダンジョンを維持する為の生命力より、少し多い程度なんだとか。
そして、もしそんな大規模な行動を起こせば、間違いなく人間に見つかって、討伐されるとの事。くわばらくわばら。
ちなみに、老廃物や血肉は、時間経過とともに生命力が抜けていくので、有機物であれば問答無用で生命力に変換できる、というものでもないらしい。
当然、ただの雑草や微生物なんかにも、吸収できる生命力は宿っていないんだとか。特別な草や、虫系のモンスターであれば話は別らしいが……。
うん。やはり、ダンジョンと人類の共生というのは、かなり無理な話らしい。手間や危険に対して、得られるものが少なすぎる。パンがなければケーキを、レベルの話だ。いや、この場合はパンがなければ雑草でも食ってろ、という方が正しいか。
このセリフ、最近ではもうあの王妃様が言ったんじゃないって有名なのに、言葉自体はいつまで経ってもなくならないんだよなぁ。
「やっぱり、殺さないとダメかぁ……」
「はい」
きっぱりとしたグラの言葉に、盛大にため息を吐いてから、僕は気を取り直して勉強を続けた。
●○●
三日後。
とりあえず、語学に関しては、アルファベットやひらがなのような、基本的な文字は覚えられた。だが、その他はまだまだだ。
ダンジョンに関しては、ダンジョンの拡張法について習った。といっても、現状ではダンジョンを広げる為の生命力が足りない為、あくまでも口頭での説明のみだ。
しかし、そのレクチャーは驚くものだった。
「え? それだけ?」
「はい、それだけですよ?」
僕は思わず聞き返したが、グラは外連味なく淡々と肯定した。
「ただ生命力を大地になじませて、穿つだけ?」
「はい」
それでもなお信じられず繰り返したが、当然グラの答えも変わらない。
グラがあの男を殺害した落とし穴は、僕も見た。あんなものを一瞬で作り上げたのだから、ダンジョン作りはもっとファンタジックかつエキセントリックに、不思議パワーでなんとかするのだと思っていた。
だが、返ってきた答えはなんともアナクロな手法だった。
「もっとこう、洗練された方法があるのかと思ってたよ」
「洗練された方法ですか? 普通に掘削するよりも、はるかに洗練された方法だと思いますが?」
「いやまぁ、それはそうなんだけどさ」
それは、シャベルやツルハシで掘るよりも、ドリルで掘る方が洗練されているというようなものだ。たしかにその通りではあるのだが、僕の想像していたお手軽ファンタジーな手法と比べれば、泥臭く面倒な作業だった。
「なんかこう、手元のウィンドウとかをちょちょいと弄ったら、仮想のダンジョンが目視できて、画面上のモデルを操作してから、決定ボタンを押したら、生命力だけ吸われて、図面通りのダンジョンが作られる、みたいな方法とか、ない……よね?」
「なにを馬鹿な……」
うん、言ってる途中で僕も思った。これ結局、働かなくても生きていけたらいいのにレベルの、アホ丸出しな発言だ。グラも呆れている。
「ふむ……」
と思ったら、なにやら考え込んでいるようだ。こういうときは邪魔をせず、僕は復習に励もう。基本的な文字を覚えたとはいっても、まだまだABCの歌が歌える程度の理解度でしかないからな。
ああ、せめてノートと鉛筆があれば……。
●○●
四日目。
読み書きの練習は、なんと石に直接文字を記すという荒業で解決した。石でできた机に、二本の指を這わせ、服を染色するのと同じように、文字を記していくのだ。
この方法の難点は、すぐに机が文字でいっぱいになり、日に何度もまっさらにされ、記録そのものの役には立たないという点だろう。
とはいえ、文字を目で確認できるというだけで、読み書きにおいては大きなメリットだった。いや、口頭だけで文字の読み書きを覚えるのって、やっぱ無茶だもんね。
なんでこれまでこの方法をとらなかったのか聞いたところ、本当に微々たるものであるが、生命力を消費するからだと言われた。まぁ、この状況じゃ、たしかにね……。
しかし、今日のダンジョンのお勉強は、文字を記すのよりもはるかに生命力を消費する行いだ。
すなわち、モンスターを作る作業だ。
ダンジョンの免疫機能の一種であり、侵入者を撃退する、僕らダンジョンコアの強い味方。モンスター。
おいおい、今度こそファンタジーそのものの所業じゃないか。モンスター召喚とか、ガチャ的なワクワク感漂う言葉だ。もしかしたら、いきなりレアなモンスターが召喚されたりとか、あったりなかったりっ!?
そう、思っていた時期が、僕にもありました……。
あっさりとできた。
そして、ガチャでもなければ、召喚でもなかった。
ダンジョンのモンスターは、一種の幻なんだとか。だから、思い描いた通りのモンスターしか作れないし、逆に言えばいまの状況でも、呼ぼうと思えばドラゴンだって呼び出せる。勿論、シャレにならんレベルで、生命力が減るらしいが。
「ダンジョンのモンスターは、一種の幻です。しかし、その根底は生命力の理であり、魔力の理で作られる幻影とは、一線を画した代物です。具体的にいえば、この方法で作られたモンスターは、実際に外敵に攻撃を加えられます」
「なるほど。それは、ダンジョンの防衛機能としては、必須だね」
ダンジョンに出現するモンスターが、ただの立体映像では話にならない。グラがそう言うって事は、魔力の理で作られる幻影は、立体映像的な代物なのだろう。
「はい。しかし、この方法には欠点もあるのです」
「欠点?」
「この方法で作り出したモンスターは、やがて受肉し、最終的にダンジョンの支配下からも外れてしまいます。ですので、現在の状況で強いモンスターを作るのは、おすすめできません」
「え? じゃあ、もしかして、自分で生み出したモンスターに、殺されちゃう可能性もあるって事?」
「はい。自立したモンスターに、ダンジョンを守る必然性がありません。知能が低いモンスターであれば攻撃もしてこないでしょうが、こちらのいう事も聞かなくなります。そして、ある程度知能の高いモンスターは……」
「積極的に攻撃してくる、と……」
なるほど。それは危ない。
「なので、完全に受肉して自立したモンスターは、ダンジョンの外に排出する事が推奨されています」
「うわぁ、なんだかヘビとかワニとかを飼い切れなくなって、近所に逃がす傍迷惑な飼い主みたい……」
「モンスターを排出すると、人間の冒険者が寄ってくるのです。謂わば、撒き餌ですね。基礎知識においても、受肉したモンスターはダンジョン外にだしたほうが得になる、とあります」
「でもそれって、僕らにみたいに町中に生まれたダンジョンじゃなく、山中とかの人里離れた場所に生まれたダンジョンの事だよね?」
町中にいきなりモンスターが出現したら、一気にパニックになるだろう。そして、人間たちはその問題の解決に躍起になる。結果として、僕らはすぐに発見され、町中にある危険なダンジョンとして、全力で攻略に取り掛かられる。
まず生き残れないだろう。
「まぁ、そうですね……。しばらく、モンスターを生むのは控えましょう」
「それがいい。って、どうしようか、コレ?」
僕はさっき生み出したモンスターを見ながら、グラに問いかけた。そこには、ファンタジー世界の雑魚の代名詞、ゴブリンがぬぼーっとした表情のまま立っていた。
生命力の理で生み出したモンスターは、いらなくなったからと簡単に消せるようなものではない。もしそうなら、受肉する直前でモンスターを消せばいいだけの話なのだ。
ただまぁ、ほとんど受肉していない現状なら、こちらの命令に素直に従ってくれる。つまり、落とし穴に落ちろと命じれば、なんの躊躇もなくゴブリンは身投げする。
うわぁ……。
ほとんど幻であるゴブリンは、死亡すると霧消し、小さな石を残した。これが、幻の核となる魔石であり、人間社会ではかなりの需要があるらしい。
●○●
そんなこんなで、この一週間は勉強に費やされた。
「それで、これからどうするのですか?」
「この住処の外部を調べる」
グラの問いに、僕は覚悟を決めて答えた。
「…………」
不本意そうな沈黙が帰ってきた……。いやまぁ、不本意なんだろうな。
ダンジョンの常識的に、ダンジョンコアがわざわざダンジョン外に出歩くというのは、ありえないといっていい暴挙だ。人間で言えば、全裸どころか心臓を丸出しにして歩くような行為なのだ。
「このままじゃ、生命力が尽きて餓死しちゃうだろ? でも、僕らの存在を町に住む大多数の人間に知られるわけにはいかない」
「そうですね。その事と、ショーンがダンジョン外に出るという事の関連性は不明ですが、肯定します」
「だからさ、僕を囮にして、悪人を誘き寄せようかなって」
思い出すのは、最初に殺した小汚い男の事。僕を人買いに売り払おうとした彼は、悪人だった。だから、僕も身を守る為に、彼を殺した。
きっとそれは、無関係な誰かを殺して食らうよりも、罪悪感の少ない選択だっただろう。もしも彼を殺さなければ、僕らはもう餓死していたかも知れない。その前に、吹っ切れてもっと無差別に人を殺していたかも知れない。
僕は、追い詰められた僕がなにをするのか、自身の事だというのにわからない。そして、そんな状況になっても矜持を保てるだなんて、これっぽっちも信用なんてしていない。
だから僕は、ある意味であの男に感謝している。名前も知らない彼が悪人だったおかげで、空腹的にも精神的にも、随分と助かった。
そして今回も、それを踏襲しようというのだ。
つまりは、悪人を殺して食らおう、という話である。
一週間で、ここまで覚悟は決まった。一週間たち、餓死まで一週間を切ってもなお、その程度の覚悟しか決まっていないともいえる。
「こんな荒屋が放置されている場所に、あんな浮浪者まがいの人間がうろついていたんだ。きっと、この辺は治安の悪い場所なんじゃないかと思う」
「なるほど。大多数の人間には、我々の存在を秘匿しつつ、餌に食らいついた社会的つながりの薄い人間だけを捕食する、という算段ですか」
「ま、まぁ、そうだけどね。ハッキリと、自分を餌と呼ばれると、ちょっとくるものがあるよ?」
「それはごめんなさい。ですが、良い作戦かと思います。というよりも、逼迫している我々の現状を鑑みれば、それしかないと評すべきでしょうね」
どうやら納得してくれたらしい。この作戦には、グラの協力も不可欠なので、重畳である。
「しかし、やはりショーンの身の安全には、不安がある策です。であれば、いまできる最大限、あなたの身を守る手段をこうじておくべきでしょう」
「え? ぐ、具体的にどうするの?」
「私が装身具を作成します。外敵を排除……する機能は、残存の生命力的に難しそうですので、逃走を主眼においたものに限定して、理を刻みます」
「靴に足が速くなる理を、刻んでもらったけど?」
「それだけでは不十分でしょう。以前、人間から得たナイフを出してください」
「うん」
そう言われて、僕はベストのポケットから、錆だらけの鉄片を取り出す。鉄製なので、服や靴に使う事もできず、持て余していたのだ。
「それでは、少々体を借りますよ」
「はいよ」
返事をした途端、一週間ぶりに体が勝手に動き出す違和感が僕を襲う。やっぱり、ちょっと気持ち悪いな。
僕のそんな思いなど意に介するはずもなく、グラは淡々と鉄片に生命力を馴染ませる。
「あれ? なんか、布よりもすんなり生命力が馴染むね」
「鉄は地に属す物質ですからね。我らダンジョンとは、相性がいいんですよ」
なるほど。その点は、なんというかゲームっぽいといえるかも知れない。逆にいえば、この世界でこれまでに僕が知り得た情報は、それ以外はゲーム的な要素がほとんどなかったって事だ。
あえていうなら、この生命力や魔力の理が魔法ちっくな点は、ゲーム的といえるかも知れない。しかし、だったらもっと簡単に使えればいいのに。ただイメージしたり、呪文を唱えるだけでさ。
「できました。魔の理における、幻術の内【幻惑】を使える指輪です。傷付けた相手を、数分間惑わせることができます。とはいえ、同時に複数人には使えませんし、特に生命活動にダメージを与える類のものではありません。使用後は、速やかに逃走してください」
「了解」
考え事をしていたら、グラが元のナイフの惨状などどこにもない、光沢の強い銀色の大きな指輪? を完成させていた。っていうかコレ、指輪っていうか――
「なんでアーマーリング?」
正式にはたしか、クローアーマーリングというらしい。鋭い爪状のアクセサリーで、パンク畑の人たちが付けているイメージのあるアレだ。
え? これ、僕が付けるの? ハデじゃない?
「武器としての用途を残しつつ、携帯性、緊急時の使用性、敵に奪われる可能性を考慮して、この形に仕上げました。気に入りませんか?」
そう言われると、派手なアクセサリーを身に付けるのがテレる、とは言いにくい。たしかに、錆だらけとはいえ、ナイフという武器を喪失してしまった現状、武器がないのは心許ない。
だったらナイフに再構成すればいいのではと思ったが、あんな小さなナイフじゃ、攻撃力はアーマーリングの爪と大差ないだろう。ナイフじゃ、素人の僕が使っても、取り落とす可能性は高いしね。
「いやいや! そこまで考えて作られていたなら、文句なんて欠片もないよ! ありがとう!」
僕は慌てて否定し、そのアーマーリングを右手の中指に装着した。
うわー、あっちじゃ指輪なんてほとんど付けなかったから、ちょっと恥ずかしい。すごい目立つよね、これ。
「残存している生命力を鑑みると、今作戦が失敗すると、いよいよ我々は窮地に陥ります。最悪の場合、無差別に周囲の人間を捕食する必要に迫られるかも知れません」
「そうなると、人間に討伐される可能性が高くなるんだよね?」
その方法は、急場の食糧問題は解決できるかも知れないが、こちらを討伐しようという人間を呼び込むハイリスクハイリターンな行動なのだ。もしそうなれば、敵が段階的に強くなるのを願いつつ、全力で迎撃し続けるしかない。
運が良ければ、最終的に深いダンジョンになれるだろう。望み薄だが……。
「口惜しいですが、未だ浅い我々には、多くの人間を撃退する力がありません。そうなればもう、周囲の人間を食らって集めた生命力を使って、できるだけ広範囲を巻き込んで自爆するしかありません」
また自爆したがってるよ、この子……。
「じゃあ、そうならない為にも、できるだけ悪人を連れ帰るよ」
そう言って僕は、この世界に生まれ落ちてから初めて、能動的に人を殺そうと動き始める。これから僕は、人を殺す。そう思うだけで、心臓は嫌な音を立てて脈打つが、いまはそれを意識的に無視する。
さぁ、じゃあ初めてのおつかいといこうか! 後ろからついてくるスタッフたちは、あとで美味しくいただきます。
廃墟から一歩外に出た。同じような廃墟がそこかしこに並ぶ、FPSなんかの市街戦フィールドみたいな光景だと思った。
まぁ、こっちは四階建て以上の高い建物はないし、その建物もコンクリじゃなく煉瓦造りの家々だ。おまけに、あちこちにテントのようなものがあって、実に生活感がある。
では、なにがゲームちっくなのかといえば、退廃的な雰囲気であり、建物がボロボロである点だ。これが所謂、スラム街というヤツなのだろう。
「臭いな……」
まずでてきた感想がそれだった。なんというか、饐えたような匂いに、生ゴミとドブの匂いが合わさり、実に不愉快な臭気が僕の鼻腔に突き刺さったのだ。
ダンジョンマスターに生まれ変わろうと、僕は元日本人。こういう不衛生な環境には、生理的な嫌悪感を覚えてしまう。たとえ、ダンジョンコアとして転生した僕は、どれだけ不衛生な環境に身を置こうとも、病気にならないのだとしてもだ。
僕は歩みを進めながら、口を動かさずにグラに問いかける。この一週間で体得した、疑似テレパシーである。
まぁ、グラは僕のなかにいるので、テレパシーでもなんでもないのだが。
「会話の必要性が生じたら、グラに変わってもらいたいんだけど、いいかな?」
「……言葉の通じない国外の人間、という事にすればよろしいのでは? 以前のように」
難色を示すグラ。やはり、人間と対話するのは嫌らしい。一週間で、日常会話レベルまでこの国の言葉を覚えられれば、彼女に負担を強いる必要もなかった。だが、残念ながら僕の頭が急に良くなるような、ご都合主義などなかった。
「僕を餌にするって話さ、悪人が僕だけで食いつくかどうか、わかんないんだよね」
「それは……、作戦の前提条件から覆る情報なのですが……」
「いやまぁ、僕だけでも人攫いが食いつく可能性はあるよ? でも確実じゃないからさ、確実にする為にもう一手間加えよう、っていう話」
「……では、これからの予定を話してください。今度こそ、予定のすべてを」
「あ、うん」
不機嫌そうなグラの声に気圧されつつ、僕はポケットから二つの物体を取り出す。それはなんというか、光沢のない赤色の歪な形の石――魔石だった。
「ショーンがモンスターを作る練習でできた魔石ですね。再吸収すればいいものを」
生命力を使って作るモンスターの核である魔石は、吸収するとある程度の生命力に還元される。ほとんど受肉していないモンスターであれば、倒されても魔石さえ再吸収できれば、生命力のロスは微々たるものといっていい。
まぁ、普通の侵入者が、わざわざ魔石を残していってくれるとは思えない。グラの基礎知識によると、人間社会においてはこの魔石、なんらかの燃料のような扱いをされているらしい。
「まずは、これを売れる場所を探す」
「本気ですか? いえ、正気ですか?」
驚くグラ。それも当然だろう。ある意味僕はいま、自分の肉体を切り売りすると言っているに等しい。しかも、残存生命力が少なくなっているこの状況でだ。
「まぁ、落ち着いてよグラ。僕らダンジョンにとって、一番の脅威はただの人間じゃない。戦う力をもって、ダンジョンに侵入してくる人間だ」
「それは、たしかにそうですね。人間のなかでも、国家が鍛えた兵士や、冒険者などと呼ばれる連中が、我々の脅威です」
そう。町に住む戦う力のない人は、ダンジョンにとってはそれ程脅威じゃない。まぁ、僕らにとっては、ダンジョンを発見される危険がある為、脅威度はそれなりに高いのだが。それでも、ダンジョンコアを破壊される危険、という観点ではかなり低い。
やはり脅威は、戦う力を持つ人間なのだ。
「へぇ、冒険者なんているんだ……。って、グラこそ、そういう情報は優先的に教えておいてよ!」
冒険者って、昨今のフィクションでお馴染みのあれだろ? ダンジョンを攻略してきそうな、要注意の存在じゃないか!
「申し訳ありません。我らがダンジョンに冒険者が侵入するのは、まだ先の話だと思い、説明を後回しにしました」
「いや、まぁ、たしかに隠れ潜む方向で話が進んでたもんね」
しれっと謝られると、それ以上文句も言えない。僕が隠し事をしてたら、あんなに怒ってたくせに……。
「怒っていませんよ?」
「嘘だぁ。言葉に棘が生えてて、チクチク刺さってたからね!? メチャメチャ怒ってたよ!」
「怒っていません」
「いや、だからそういうのが……」
「怒っていません」
うわぁ、それでゴリ押すつもりだ。クールな声音のくせに全然クールじゃないよ、その態度。
「では、目的地は冒険者が魔石を売る場所、という事ですか?」
しれっと話題を戻され、話の続きを促される。やっぱり、ちょっとズルいと思う。
「そうなるね。その場所で、ダンジョンに関する情報を収集する。今後も、定期的に情報収集に赴く必要もあるだろう。できれば、僕もその冒険者とやらになるのがいいと思う。万が一、僕らのダンジョンが見つかりそうになったら、いち早くそれ察せるようにね」
「なるほど……。敵状視察の為に、あえて冒険者になる、ですか……」
「そこで信用を得て、情報収集をしつつ誤情報を流せたら最上かな。僕らのダンジョンに気付かれないよう、矛先を誘導できるようになれば、言う事はないね」
「ふむ……」
考え込むグラに、僕は付け加える。
「まぁ今日は、最低限顔つなぎができたら、それでいい。できればその冒険者になっておきたくはあるけどね。身分証明もなしで、即日でなれるものなのかは知らないから、その辺りは先方の話を聞きながら、臨機応変に」
「つまり、その話を聞いたり、臨機応変に対応する役目を、私に担えと?」
「はは……、まぁ、そうだね……。でもまぁ、最悪魔石を売って、なにかを買ってそれを見せびらかしながら、スラムに戻るっていうのでも、目的は達成できるとは思う。さっき言ったのは、今日を凌いだあとの布石だから」
「なるほど……」
再び考え込むグラ。彼女はたまに、こうして思考に耽る。まぁ、体がない以上、考えに耽るくらいしか、彼女には自由がないともいえる。
ホント、できれば彼女には体を作ってあげたい。モンスターを受肉させるように、彼女の体も作れないだろうか……。
そんな事を考えているうちに、どうやらスラム街を抜けたようで、人の多い通りにでた。大通りを歩く人の数は多く、それなりに活気があるように思える。
町並みを形成する家々は、石造の頑丈そうなものだ。二階建てから三階建てのもので、どことなく穏やかな雰囲気が漂っている。なんというかこれも、ファンタジーRPGちっくな光景だった。
「■■■■■魔石■、■■■売れる■■■行きたい。■■■?」
「■■■、■■■右に■■突き当たりの■■ブーツ■看板■■。案内■■■?」
衛兵のような人を見つけ、グラに話しかけてもらった。うん、結構聞き取れるけど、流暢に話せる自信はやっぱりないな。
グラにお礼を言ってもらって(すごい嫌そうだった)、衛兵さんと別れた。最初の男が悪人だったから、こちらの世界の人間に隔意を覚えていられたのだが、こうして普通の人を見ると覚悟が鈍る。
やっぱり、普通の人を食うのなんて、嫌だなぁ。
こうして、外に出たのは失敗だったかもしれない。地下の拠点に引き籠っている間に固めた覚悟が、水をかけられた角砂糖よりも脆く崩れていく。
それでも、生きる為には人を殺さねばならない。本当に切羽詰まった僕は、死にたくないからと言い訳をして、ああいう人を殺して食らうかも知れない。そうならない為に、僕は自分を餌にして、危害を加えようとする悪人を釣り上げようとしているのだ。
まるで、グダグダと言い訳をしているみたいだ。いや、やっぱり言い訳なんだよなぁ……。
「アレが冒険者ギルドですね。……ふん。忌々しい」
嫌な事を考えていたら、いつの間にか目的地に到着していた。面白くなさそうなグラの声が、僕の意識を現実に引き戻す。
見れば、石造りで三階建て、周囲の建物より気持ち広い敷地に建っている施設があった。出入り口には、丸い枠にブーツの鉄看板が掲げられている。あれが、冒険者ギルドとやらの看板だろうか? 聞き取れた衛兵さんの言葉にも、それっぽい単語があった気がする。
「よし、行こうか」
気合を入れ直し、僕は歩みを進め、冒険者ギルドの扉に手をかける。木造りの大きな扉だったが、意外と軽い。手入れが行き届いているのだろう。
扉の先には、それなりのスペースのロビーと、受付のような場所に数人の職員が座っていた。彼らの後ろには扉があり、こうしてちょっとなかに入っただけでは、その奥を窺い知る事はできない。きっと、他の職員は奥にいるのだろう。
冒険者ギルドという印象から、酒場が併設されているような、治安の悪そうなところを想像していたが、そこは意外と綺麗なところだった。
ロビーの壁には掲示板があり、そこにいくつもの紙が貼り出されているのは、イメージ通りだった。その掲示板の前に立っている数人が、きっと冒険者なのだろう。
「■■■■■■■。ようこそ、冒険者ギルドへ。■■■■■■■?」
とことこと受付へ向かうと、 十代後半から二十代前半の女性が話しかけてきた。
『ようこそ冒険者ギルドへ』という部分は聞き取れたので、それ以外の訳を聞いたら挨拶と『依頼があるのか』を聞かれたとの事。魔石を売りにきた事を告げて欲しいとグラに頼み、体の主導権を彼女に渡す。
「■■今日は■■■■、■■■■■。魔石■売り■■■」
「■■■■■■」
グラが受付嬢とやり取りするのを、傍観者の視点で眺める。
あっさりと魔石の売却は終了し、魔石二つは銅貨二〇枚と交換された。全財産が一気に七倍になったわけだ。
売買が終わったようなので、グラに冒険者になりたい旨を伝えて欲しいとお願いする。二人がいくつか言葉をやり取りしたあと、受付嬢は困ったような顔を浮かべていた。
「なんだって?」
「どうやら、ショーンの事を、それなりに富裕な商家の子供だと思っていたようですね。冒険者は危ないので、考え直すように、だそうです」
「妾腹の出だから、家の商売には絡めない。別の道が見つかれば、冒険者以外の道も考えていると伝えてくれ」
「了解しました」
グラが言葉を伝えると、受付嬢が心底申し訳なさそうに頭を下げた。きっと、プライベートな事情に踏み込みすぎたと思ったのだろう。
だからこそ、あんな嘘を言ってもらったので、そこまで恐縮されてしまうと、こちらとしても心苦しくなる。だがこれで、根掘り葉掘り素性を探られる事はないだろう。
「■■■■銀貨一枚■、■■■十■冒険者■■■。■■■説明を■■ますか?」
あ、ヤバい。
聞き取れた単語から、なんとなく話の流れが予想できた。直後、グラから予想通りの説明を聞かされる。
つまり、冒険者になる為には、銀貨一枚が必要となる。それで得られるのは、十級冒険者の資格らしい。階級について説明を受けるかどうか、との事。
いや、階級についての説明よりも、全財産の貨幣が銅貨二三枚しかないのだ。銀貨との交換レートがわからないと、資格を得られるのかどうかすらわからない。
ちなみに、人間社会の貨幣相場など、グラにとってはカイロウドウケツの生態並みに興味のない話だろう。当然、あっさりとスルーして話を進めている。
いや、むしろカイロウドウケツくらい普通の生き物と違えば、流石のグラも親近感を覚えるかも知れない。アレ、体がガラスでできてる生き物だし、地上生命でもないしな。
そんなわけで、銀貨一枚に関しては言及されず、受付嬢から冒険者の階級について説明をされているグラin僕。流石に難しい単語が多く、詳細はあとでグラに聞くしかない。
しかしどうしよう……。
手元不如意だというのに、話がどんどん進んでいくのは不安でしかない。これはアレだ。食べ物屋で注文してから、財布のなかに五〇円しか入ってない事に気付いたときと同じ焦りだ。
嫌な汗が背筋を伝いそうな状況だが、幸いいま体を操縦しているのはグラだ。きっと、涼しい顔で説明を受けているのだろう。
しかし、商人の縁者だと嘘を吐いている現状で、貨幣の相場について訊ねるのは不自然だ。マズったな……。やはり、嘘なんて吐くもんじゃない。
「■■■■■■!? ■■■■、■■ 冒険者■無理■■■!! ギャハハハハ!!」
唐突に、背後から野太い声が聞こえてきた。それに加え、下品な笑い声も。グラの意思で体が振り返ると、そこには彫りの深い顔立ちで、実に男臭い雰囲気の大男が、こちらを見て大口を開けて笑っていた。
外見のイメージとしては、西洋人風仁王像といった感じだ。
「ねぇグラ、こいつの言葉がほとんど聞き取れなかったんだけど」
「かなりスラングが混じっていましたからね。ショーンが知る必要はないです」
「え? それじゃ、言葉が通じない人がでてくるような……」
「そのような下品な人間と関わる必要が?」
「あ、ないね」
冒険者になるのは、ダンジョンの情報を得る為だ。わざわざ、ガラの悪い連中とまで付き合う必要はない。極論、職員とだけ話せれば、それでいいのだ。
ガラの悪い男に受付嬢が文句を言い、男がさらに下品に笑う。どうも、僕をバカにしているらしいのだが、言葉が通じない以上腹も立たない。
むしろ、言葉を介さずともここまで低能さを表現できる男に、ちょっと感心していた。
こいつ、この冒険者ギルドで仕事を斡旋してもらってんじゃないの? わざわざ自分の評価を下げてまで、他人をバカにしたいの? 本当に大人か?
ここまでくると、目の前の男はカイロウドウケツよりバカなんじゃないかと思う。
「■■■■、■■■■■!! ■■、■■■!!」
うぉっと!? 男がなにかを言った途端、なんか体が勝手に動いた。これは、グラが体を動かしてるのか?
相変わらず、自分の意思とは別の意思で体が動くのは、気持ちが悪い。ジェットコースターなんて比じゃないくらい、三半規管が揺らされるような気分だ。
男に駆け寄ったグラが、彼の眼前に右手の中指を突き付ける。そこには、鋭い爪のアーマーリングが装着されている。
たしかに鋭い爪だが、彼が腰に下げている剣に比べれば、まるでおもちゃのような代物だ。武器としては、精々敵に浅い切り傷を付ける程度の攻撃力しかないだろう。
「ギャハハ!! そんな■■■■、■■■■!? ■■■■■■、■■■■■? ギャハハハハハハ!!」
心底おかしそうに、腹を抱えて笑い始める男。
あー……、もしかしてコレ、アレか。よくある異世界モノのテンプレの場面か。初めて訪れた冒険者ギルドで、ガラの悪い先輩冒険者に絡まれるっていう。
言葉が通じないうえ、絡まれているのは実質グラなので、いままで気付かなかった。ここでイキるのは、なんというかお約束すぎてちょっと嫌だなぁ……。
でもなぁ……、グラに止めろとは言えないよなぁ……。
ただでさえ嫌いな人間との交渉を任せているってのに、そんな嫌いな人間にバカにされるなんて、誇り高い彼女にとってはこれ以上なくストレスだろう。そこをさらに、僕の好き嫌いで我慢しろというのも、無体な話だ。
少しなら生命力も残っているし、グラなら魔力の理や生命力の理も操れるので、まず危険はないだろうし……。
うん、これは仕方ないと割り切ろう。殺さないようにだけ注意しておくか。
「取り消しなさい」
僕の口が、グラの意思を伝える。こちらの言葉だが、はっきりと聞き取れた。
だが、それを聞く男はニヤニヤと嘲りの笑みを浮かべたまま、腰の剣に手をかけようとした。
ざわりと、周囲の空気が変わった。元々男が騒いだ段階でそれなりの注目は集めていたが、それとは別種の警戒の視線が、こちらに集まってくる。
「攻撃意思確認。先制攻撃■■」
グラは端的な言葉でそう宣言し、顔に向けていたアーマーリングを振り抜いた。アーマーリングは、剣の柄に伸ばされた男の手を傷付ける。
こちらを侮っていた男は、グラの動きが予想外だったのか、大きく怯み、後退る。直後、そんな己を恥じたのか、顔を真っ赤にさせて怒鳴り始めた。
まぁ、たしかに傷そのものは、ちょっと血が滲む程度の軽いものだ。ど素人の子供の反撃に、かすり傷を負わされ、さらに醜態を晒したとなれば、冒険者に一家言あるらしいこの男にとっては屈辱だろう。
しかしなぁ、だからといって受付の前で剣を抜くのはどうかと思う。いやまぁ、こっちも武装してるといえば、しているわけだが……。
「■■■■■、■■■殺し■■!!」
剣を抜いての殺人宣言。
おいおい冒険者ギルドってのは、ここまで治安が悪いのか? もしこれが日常風景なんだとしたら、こんな組織、情報収集するより秩序を崩壊させて潰した方が早いかも知れない。
まぁ、流石にこの男が直情径行すぎるのだと思いたいが。
「惑え」
グラが再びアーマーリングを男に向け、一言そう命じると、男の視線が僕から外れる。フラフラとあちこち目を走らせ、やがて剣を振り下ろした。誰もいない場所に。
「■■■■■■!!」
なにかを喚き立て、さらに別の場所に目を向け、もう一度剣を振り下ろす。当然、そこにも誰もいない。
ここまで騒ぎが大きくなると、ギルド内にいた誰もがこちらに目を向けている。できれば目立ちたくはなかったが、グラの機嫌を損ねるよりマシだと諦めよう。
「グラ、この指輪を使ったらさっさと逃げなきゃいけないんじゃなかった?」
「そうですね。アレが正気を取り戻す前に、この場を離れましょう」
グラは受付嬢に二言三言なにかを告げると、堂々と出入り口に向かう。男はいまだ、幻影を追って同じ場所をグルグルと回っている。
まるで、自分の尻尾を追いかける犬のようだ。
僕がそんな事を思っていると、堂々と男の横を通り抜け、グラは冒険者ギルドの扉に手をかけた。
冒険者ギルドを辞した僕らは、スラムに戻る途中で屋台に寄った。今度こそ値段を聞いてから、なにかの肉串を買う。値段は銅貨七枚だった。
もう他になにかする気にもなれず、スラムに戻る。肉串を齧りながら歩いていると、結構視線を集めていた。
肉の味は、お世辞にも美味しいとは言えない。生臭いし、塩辛いし、脂っこい。
生後一週間、この世界初めての食事なのだが、ちっとも美味しくない。次からは果物にしようかな。
「これは……、予想以上に注目を浴びているみたいですね」
「うん、正直僕も意外だった」
出て行くときはたいして着目されなかったというのに、肉串を持って入るだけでこんなに目を引くのか。これなら、よからぬ輩も僕を見つけてくれているだろう。
「そういえば、この指輪の【幻惑】ってどういうものなの?」
僕は肉串を持つ左手とは反対の手に光る、アーマーリングを掲げながらそう聞いた。勿論、口は開かずに。
「対象一人に、自分という幻覚を見せるという術です。魔力の理、【魔術】の内の一つ、幻術の一種ですね。数分は、ああして幻影を追いかけ回します」
「魔力の理って、さらに細分化されているの?」
「はい。【魔術】は、人間が魔力の理を研究し、発展させている戦闘技能です。我々ダンジョンもまた、人間の【魔術】に対抗する為に、研究を進めねばなりません」
「なるほど。人間に【魔術】マウント取られると、死活問題になりかねないもんね」
人間が【魔術】を発展させ、ダンジョンを圧倒する強さを得た場合、ダンジョンコアは絶滅の危機に瀕する事になる。だからダンジョンコアも、【魔術】を研究するわけか。
「何度も剣を振り下ろしてたけど、幻影は切ってもなくならないの?」
「当然ですね。そもそも、対象の敵意をトリガーに作られる幻影ですので、完全に敵意がなくなるか、なんらかの方法で幻術を払わなければ、惑わされ続けます」
「なるほど。ヘイト管理に重宝しそうな【魔術】だね」
それであの男は、ずっと虚空に斬りかかって、グルグル回ってたわけだな。なんというか、漫画でよくある、頭の上から吊り下げられた餌を、延々追いかける犬のようだった。
「ところで、この指輪に名前はあるの?」
「名前ですか? 特にありませんが?」
「そっかそっか! じゃあ、僕が付けてもいい?」
「おや、私の名前を付けるときにあれ程悩んでいた者と、同一人物だとは思えない発言ですね」
「いやいや、グラの名前とアイテムの名前を同列にはできないって。いま考えている名前も、とても女の子に付ける名前じゃないしね」
「そうなのですか? どういう名前を考えているのですか?」
グラに問われ、僕は自信満々に答えた。
「【鉄幻爪】提灯鮟鱇!」
うん、かなり厨二臭かったと、あとで床をのたうち回るハメになった。
由来は、提灯鮟鱇は獲物を惑わして食らう魚というのと、あの男の姿が、眼前に餌をぶら下げられた犬に見えたからだ。いや、ホラ、なんとなくシルエット的に、提灯鮟鱇っぽいじゃん?
こうして、僕の黒歴史が生まれるとともに、アーマーリングは、提灯鮟鱇という名前を得たのだった。
僕らは住処へと戻ってきた。道中絡んでくる者はいなかったが、こちらを覗く視線はいくつも感じた。もしかすれば、夜中とかに忍び込んでくるのかも知れない。
まぁ、ダンジョンコアの体は睡眠を必要としないので、寝込みを襲うというのは無理なのだが。勉強で疲れたら、グラに体の主導権を渡して、引っ込んだりもしているので、それが休息といえば休息だ。
グラが体を操作しているときは、むしろ僕が主導権を得ているときよりも安全だろう。
それから、受付嬢に説明された冒険者の階級について説明されたり、語学の勉強の続きをしたり、ダンジョンについて習ったりしていた。
気付けば、とっくに日は沈んでいる頃合いだった。たぶん、真夜中だろう。時計もなければ、地下室なので窓もないから、本当に深夜なのかはわからない。だがまぁ、十時くらいだろうと十二時くらいだろうと、別にたいして違いはない。
問題は、たったいま、侵入者が現れたという点だ。
ダンジョンに侵入されるというのは、意図せず体に異物が入ってくるという事であり、結構不快感がある。口のなかに髪の毛が入ってしまったような感じだ。
「これは、階段を降りてる?」
「そのようですね。もう少し、対象を意識してみてください」
「うんと……――あ」
グラに言われ通り、違和感に集中したら、なんと離れた場所にいるはずの侵入者の姿が、見えるようになった。テレパシーに続いて、透視までできるようになったのか?
「ダンジョン内の侵入者の行動は、意識を集中する事で認識できるようになります。ただ、人数が多い場合、個体ですべてを把握するのは不可能でしょう。慣れてくると、侵入者の二、三組は同時に認識できるようになるかも知れません。それ以上の侵入者は、群体としてなんとなく捉えるくらいしかできません。我ら二人で、倍の対象が観察できるかも知れない、という程度です」
「なるほど。情報処理能力の限界はあるわけか。しかしそれでも、体内においては自由自在だな、ダンジョンコアってのは」
これで、大きなダンジョンになったらホント、チートレベルでなんでもできるだろ、コレ。つくづく、もう少し人里離れた場所で生を受けたかった。
いや、その場合は食糧難になるのか?
「一人みたいだな」
ゆっくりと階段を進む男に、後続はない。階段を数メートル進んだところで、自動でトラップが発動する。単純な落とし穴だが、下は尖った石筍が敷き詰められているし、落差も三メートルはある。
侵入者一号は、それで落命した。
「これで一応、餓死の危険は回避できたわけだ」
「とはいえ、数週間分の生命力が補充できたに過ぎません。このままでは、ダンジョンの拡張など夢のまた夢でしょう」
「たしかに……」
多少食いつなげたところで、最終的に多数の人間に見つかれば、僕らはそこでお終いだ。それに抗うには、やはりダンジョンを深く、複雑に拡張していくべきだ。だが、拡張するには生命力が必要になる。
結局、人間を一人二人食らったくらいじゃ、ジリ貧のままという事なのだろう。
「はぁ……」
一人殺すのにも結構な心労を強いられるというのに、何人も人を殺さないと、結局身の安全にはつながらないというのは、本当に気が滅入る。
数をこなすと、殺人に慣れてしまいそうなところが、特に嫌だ。
「あれ?」
「おや? また侵入者ですね」
階段を降りてくる侵入者。しかも今度は一人じゃない。計三人だ。
先程と同じように、侵入者に意識を集中すると、彼らの様子が脳裏に浮かぶ。今度は、結構身なりが整っている。全身黒い服を纏っているものの、これまでの侵入者みたいに、ボロじゃない。
武装も、ちゃんとした剣やナイフが、取り出しやすい場所に装備されている。
「人攫いかな?」
「そうかも知れません」
なんにせよ、夜中に人の家に不法侵入してくるようなヤツに、ろくな思惑などないだろう。心置きなく、始末できると思った自分が、早くも人殺しに慣れてきているような気がして、余計落ち込んだ。
「おや? 階段の落とし穴に気付かれましたね」
「え? あ、本当だ」
侵入者たちは、壁に仕掛けがないかを確認してから、そこに両手両足を突っ張って移動していた。階段が狭いから可能な攻略法だな。
いずれダンジョンを拡張したら、階段は広く作ろう。あるいは、壁にも罠を用意しよう。
でもなぁ、罠って自動で発動するようにすると、ダンジョンコアにも発動するんだよなぁ……。出入りのたびに罠のオンオフを切り替えるのも面倒だし、なにより忘れたら自分の命にも関わる。
罠だらけにするのは、やっぱりやめた方がいいかも知れない。
「階段を抜けました。三人で廊下を進んでいます」
階段の出口にあったドアを、音もなく閉めた三人は、石が剥き出しの床だというのに一切足音をさせずに、僕のいる部屋へと忍び寄ってくる。
五メートル四方落とし穴が元になっているだけに、僕らの住処はそう広くはない。この部屋も含めて、狭い部屋が二室程ある程度だ。もう一部屋など、扉もなく一目で物置とわかる狭さしかない。
当然、廊下だって長くはない。侵入者たちが一歩一歩進むたびに、着実に僕のいる部屋へと近付いている。
命の危機が迫り、心臓がバクバクと脈打つ。我知らず、喉が鳴った。
侵入者たちが、僕のいる部屋の扉に立った。僕が、自分の目で見ている、あの扉の向こうに三人の侵入者がいるのだ。
侵入者の一人が、よく確認してからドアノブに手をかけ、ゆっくりと回そうとする。僕はそれを見て、安堵の息を吐いた。
「!?」
ガチャリという音ともに、ドアには鍵がかかり、ズズズと重い音をたてて天井が下がってくる。三人の侵入者は慌てて廊下を戻るが、階段の出口にあったドアもまた、僕の部屋がロックされると同時に鍵がかかっている。
生き延びるには、物置の方に逃げなければならなかった。そっちは吊天井じゃないからね。
それに気付いた侵入者たちが廊下を戻るが、既に天井は成人男性が走れるような高さではない。元々五メートル程度しか高さがない穴であり、吊天井の為に、さらに二メートル程、高さが減っているのだ。
床を這う侵入者たちの断末魔が、扉越しの僕の耳にも届いた。




