表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

二章 〈11〉〈12〉

 〈11〉


 ちっとも研究が手につかない。こんな事は生まれて初めてだ……。

 原因は明白。いまこのときも、ショーンが他所のダンジョンを探索している。それが心配で、居ても立っても居られないのだ。いや、それだけではないだろう。これ程長い間、ショーンと会話をしなかった事など、これまでなかったのではないか。

 私は、ダンジョンに一人でいるという事が、自分のダンジョンだというのに、不安なのだ。ダンジョンコアは、生まれてから死ぬまで、一人であるのが普通であるのに……。

 私は、どこかおかしいのだろうか……?


「ダメですね……」


 私はデスクチェアの背もたれに体を預けると、天井を仰ぐ。完全に集中力を欠いたいまの状態では、ろくな成果が見込めない。

 それにしても、手前みそながら、このデスクチェアはなかなかのできだ。動物性脂肪と外皮を何層にも重ね合わせたクッションは、実に柔らかくこの身を支えてくれる。

 以前の石製のものでも、ダンジョンコアは体を痛めるという事はないが、どちらがいいのかと問われれば、断然こちらだ。


 ショーンが、ダンジョンに向かう理由は、それなりの説得力があった。他のダンジョンとの争いに際し、彼我の戦力差は瞭然で、そのディスアドバンテージを覆せるだけの要素を、我々は擁していない。このままでは、勝敗は火を見るよりも明らかだ。

 その状況を覆そうと思えば、たしかに動かねばならないだろう。


 だが、それは本当に必要な行動なのか? きっと、私がこの件にそれ程積極的になれない理由を言語化すると、そういう文字列になるのだろう。


 勝てないダンジョン相手に、勝つ努力にそれ程意義を感じない。逃げられるなら、逃げてしまえばいい。わざわざ、ショーンを失う危険を冒してまで、現状にこだわる理由はない。

 幸い、依代からDPを得られる手段が見付かった。間にいくつもの工程を挟む為、それなりにロスはでるものの、比較的高効率なDPの補給が可能だ。依代が一つあれば、いまくらいのダンジョンの再建はそれ程難しくない。

 ダンジョンコア同士で争い合ってまで、この面倒な立地のダンジョンに拘泥する事に、意義が見出せないのだ。

 我々ダンジョンコアにとっての敵は、地上生命だ。ダンジョンコア同士で争うなど、無意味な共食いだ。バスガルとて、悪意をもってダンジョンの侵略という手段に及んだわけではない。生き残る為に、ひいては地上生命に追い詰められて、致し方なくとっていた策において、我らが意図せず蹉跌となってしまっただけなのだ。

 それを思えば、ダンジョンコアという種の存続を思って、此の地を譲るというのも十分に許容の範囲内だろうと思っていた。


 ただ、どういうわけか、ショーンはこの地を捨てるという行為には、かなり抵抗があるらしい。まぁ、たしかにこれまで消費したDPは惜しくはある。だがそれも、安全には変えられないと思う。ショーンも、同じように言っていた。

 だとすれば、どうして危険を冒してまで、バスガルと敵対するのか……。私にはそれが、わからない。


――ドクン――ッ!!


 ないはずの心臓が、強く拍動したような気がした。全身が熱くなるような感覚に襲われ、胸の中に、なにか熱く、それでいて優しいものが流れ込んでくる。この感覚には、覚えがある。

 ショーン……――

 弟が、私と一緒にいた頃の感覚だ。欠けていたなにかが満たされていく感覚に、思わず仰け反った。呼吸を必要としないこの体で、なぜか「かはっ」っと息が漏れる。強い強い衝撃に、しばらくの間身動きが取れない。

 かといって、痛いとか、苦しいわけではない。文字通りの意味での充足感だ。頭のてっぺんから指の先まで、私たちという存在が満ち満ちていく。

 これでこそ私は――私たちは、完全なのだと実感する。


 だが、すぐに思い至る。私の中に、唐突にショーンが戻ってきたという事は、依代が破壊されたという事だ。つまりショーンは、依代でなければ死ぬような状況に陥ったという事ではないか。

 なぜ、そのような事に……――

 憤りに似た思いが、ショーンへと向く。あれだけ、危険を避けて欲しいと言ったのに、ショーンも約束してくれたはずなのに。


「――……ああ、戻ってきたのか……」


 茫洋とした声音が、私の中で響く。呑気で、ほんの少し落胆しているような声音にも、腹が立つ。


「戻ってきたのか、ではありません! あなたの安全を最優先すると約束したではありませんか!? 依代が破壊された際に、あなたの精神がどうなるのかは未知数だったのですよ!? どうして依代が破壊されるような状況になったのです!?」

「……ああ……、……ちょっと待って。なんかまだ頭がぼぅっとしてて、あまり思考が巡ってない」


 そう言われて、私は口を噤む。たしかに気怠そうな声音であり、きっと壮絶な経験をしてきた直後なのだ。たしかに、少しくらい気を休める時間は必要だろう。

 それがわかっていてなお、決壊しそうになる私の口を縫い留めるのは、実に労力を要する作業だった。

 僅かであろうと、危険があれば逃走を選んで欲しかった。だからこそ、身の安全を最優先にすると約束してもらったのだ。だというのに、こうして戻ってきた。

 戻り方がわからなかったはずのショーンが、唐突に、意味もなく、それも敵情視察中に、自分の意思で戻ってきたとは思えない。


「ふぅ……。よし……っ! うん、大丈夫。気分が回復してきた。やっぱり、ダンジョンコアに戻ると、調子がいいみたいだ」


 呑気にそんな事を言うショーンに、私はいよいよお説教を再開しようとした。ただ、その言葉はショーンによって遮られた。


「そして、この厭戦気分……。これってさ、グラの思い?」


 ドキリと、胸が鳴った。


「グラはさ……、バスガルと戦いたくないの?」

「……」


 ショーンの疑問に口籠る。それは、それこそ命をかけて、いまこの瞬間もバスガルに対抗する為の手段を模索している、ショーンの行動の否定だ。

 だが、そうして口籠った事自体が、答えのようなものだ。


「……そっか……。まぁ、同族だしね。殺したくはないだろう……」


 ぽそりとそう呟いたショーンの言葉に、ハッとさせられた。

 そう。私がバスガルと戦いたくないと思う理由は、バスガルが同族のダンジョンコアだからだ。ダンジョンコア同士で殺し合うという行為に、無益さからくる拒絶感と、同族殺しに対する根源的忌避感が合わさって、厭戦気分が抜けなかった。


 だがそれは、ショーンとて同じだろう。


 ショーンは、同族の人間を殺している。嬉々としてそのような行為に手を染めるような性格ではないのは知っている。苦しんで苦しんで、悩んで悩んで、それでも生きる為、ひいては私の為に、人を――同族を殺している。

 それはわかっていた事ではある。ショーンが同族殺しを、決して喜んでやっているわけではない事など。だが、最近は忘れかけていた。ショーンが人間を殺すのを、どこか当たり前に捉えていた。そんなわけはないのに……――


 このダンジョンを捨てる? ショーンが殺してきた同族の命を、まるで無価値のように、どうでもいい、ゴミのように? 私が同族を殺したくないという理由で?


 愚かにも程がある……ッ! 私は、ショーンがどれだけの覚悟をもって、人間を殺しているのかを、誰よりもわかっていたはずなのにッ!!

 そうだ。ここ最近のショーンと私との齟齬の原因は、それだった。ショーンが人間を殺すという行為に、私はショーンの立場で考えるという事を忘れていた。慣れて、当然の事として、まるでショーンが食事をするような感覚で、彼が殺人行為に及ぶのを見ていたのだ。

 それがどれだけの苦痛か、苦悩か、苦渋か、いまの私こそが一番実感しているというのに……ッ。


 二人の心が分かたれてから、わたしの心にショーンはいなくなった。そのせいで、私は忘れていたのだ。彼の、良心の呵責というものを。同族殺し、同族食らいに伴う忌避感を。

 あのとき、私が覚えている人間どもの中でもとりわけ見窄らしく、癇に障るような男を殺したとき。ショーンが初めて、人を殺したとき。ショーンが男の殺害を私に依頼し、それを達成したとき、私は嬉しかった。

 そして、だからこそ苦しかった。ショーンが、その行為にどれだけの呵責を覚えているのか、薄々とではあるが、察していたから。

 いっそ人間を捨てて、もっと()()()()にきて欲しい。そうすれば、苦しまずにすむのに。何度も何度もそう思った。

 あのときのショーンは、きっといま私の抱いている思いを、もっと濃厚に感じていたのだろう。そして、彼は同族殺しを決断してくれた。

 自分の身を守るという思いもあっただろう。だが同時に、その行為には私を守るという意思も含まれていたはずだ。私たちの為に、同族を殺してくれたのだ。だから嬉しかったのだ。


 それに比べて、いまのは私の体たらくはどういう事だ!?


 物事に嫌々向き合い、ダンジョンコアとしての誇りも、弟の覚悟も忘れ、ただただ安閑な日々に逃げていた。このまま、二人での生活が続けられるのならば、わざわざ同族の命を食らってまで、一所に懸命になる必要などないのではないか、と。

 違うのだ。一所懸命にならなければならなかったのだ。一度逃げた先に、またもバスガルが現れたらどうする? 別のダンジョンコアが現れたらどうする? また逃げるのか? 同族で争う必要などないと?

 間抜けすぎる。いや、この場合はたわけと評すべきか。たしか、ショーンの前世では田を分ける愚か者の意だったはずだ。まさしく、いまの私に相応しい評価だ。


 向こうに悪意がなかった? おかれた環境に、同情の余地がある? 我々はいまだ浅く、狭い?


 だからどうした。ここは、ショーンと私が、手塩にかけて掘り下げたダンジョンだ。何人たりとも侵入は許さないし、何人たりとも奪取は許さない。バスガルが現れた段階で、私こそがそう宣言するべきだったのだ。

 ああ、なんたる事だ。きっと私は、腑抜けていたのだ。ショーンといる日々が幸せ過ぎて、なんならコアへと至るという使命すらも、どこか二の次にしていた節すらある。

 情けない。このような無様を晒してどうして、この子の姉などと名乗れるのか。

 努力家の弟と、なにもしないぐうたらの姉。そんな無様な関係など、私は認めない。姉として、弟の隣、できれば一歩先を歩いていたい! だからこそ、ショーンに負けず劣らず、私も努力せねばならなかったのだ。


 視線を下ろす。そこには、いつもの石の机に、いくつもの資料が散乱していた。覚悟は一瞬。

――ガツン!!


「グラ!? なにしてんの!?」

「己への戒めです。いえ、そのつもりでしたが、ダンジョンコアの肉体というのは硬すぎますね……。ろくにダメージなど感じませんでした……」

「そりゃ、机だってただの石だしね。っていうか、ホントどうしたの?」


 よりにもよって、机の天板の方が割れてしまった。まったく、頑丈なのも良し悪しだ。いずれは、私用の依代を用意するのも悪くないかも知れない。期せずして、依代が破壊されても、精神は魂魄に帰属するという事が証明されたのだから、安全を期すならその方がいいだろう。

 とはいえ、それも眼前の問題を片付け、十分なDPが確保できたらの話だ。


「いえ、姉としてのけじめが必要だっただけです」


 私はきっぱりとそう断言する。


「姉として?」


 よくわからないと、ショーンは訝し気な声をだす。そういえば、いつまで経っても体の主導権がショーンに移らない。もしかすると、こうして話してはいるものの、そうとうに消耗しているのではないだろうか。


「ショーン、もしかしていま、かなり無理していますか?」

「え、ああ、まぁ、ちょっとね……」

「でしたら休んでいてください。あとの事は、私が処理しておきます。安心してください。ここからは、私も本気を出しましょう」

「え? あ、うん……。なんかやる気みたいだし、それじゃあお願いしようかな」


 とりあえず、人間どもにバスガルの攻略を任せるという話だった。そのプランを、私なりにサポートする案をいくつか検討しよう。

 いまの、ゴーレムに【魔法】を刻む研究は、一度ストップしよう。こちらは、完成したところでバスガル攻略の役には立たない。もしもバスガルがこちらに侵攻してきた際には役立つだろうが、その段階に至れば作戦は失敗と判断せざるを得ない。

 バスガルのダンジョンのダンジョンコア。あの宣戦布告に、いまなら答えが返せそうだ。


 あなたに恨みはありません。あなたの境遇に、思うところがないでもありません。それでも私は、私が私であり、私であり続け、いずれ神へと至らんが為に、あなたの目論見を阻みましょう。

 貴球の覚悟を、覚悟をもって踏み躙りましょう。お互いに、ダンジョンコアとしての誇りをかけて、殺し合いましょう。


――食らい合いましょう。


 〈12〉


 一度死んで転生し、もう一度死んで、ダンジョンコアに戻ってきた。

 いやはや、何度経験しても死というものには慣れはしない。痛いし、苦しいし、気持ち悪い。

 二度目に比べたら、一度目の死は然程痛みや苦しみはなかったかな。海で溺れて死ぬのと、無数のトカゲやヘビたちに啄まれ、最後は巨大な頭の地竜に嚙み砕かれて死ぬのとでは、やっぱり全然違った。まぁ、依代の耐久度が高すぎて、なかなか死ななかったというのも、苦痛が長かった原因だ。

 ぶっちゃけ、フェイヴとフォーンさんを逃がしたあと、もうそろそろいいかなって思ってからもしばらく、僕は死ねなかった。もう死以外の運命があり得ないくらい体が損傷して、なのに死ねないというのは、これ以上ない苦痛だった。

 最後に残った、しかし一番頑丈な疑似ダンジョンコアを噛み砕いてくれた巨頭の竜には、もはや感謝の念すら抱いている程だ。


 こうして再び、ダンジョンコアの体に戻ってきて、わかった事もあった。

 どうやらグラは、バスガルとの戦いには消極的らしい。まぁ、それも仕方がないだろう。誰だって、好き好んで同族殺しに及びたいわけではない。

 それを回避できる手段があるのなら、そちらを選びたくなるのが普通だ。僕だって、殺さずに生きられるならそうしていた。むしろ、殺さなくてもいいのに、積極的に同族を殺すヤツの方が問題だろう。そういう意味で、グラの意思は尊重しよう。


 ただし、バスガルは討伐する。その決定は揺るがない。


 グラのこれからの為に、あのダンジョンは邪魔なのだ。

 間違っても、ニスティスの再来などというものが現れてもらっては困る。それでは、都市内部における、ダンジョンに対する警戒心が高まってしまうではないか。

 グラという、人型ダンジョンコアのアドバンテージは、間違いなく、人間社会への潜入工作だ。既に、僕らのダンジョンは情報収集という面で、かなり人間社会に依存している。

 この、アルタンの町内部という立地条件は、たしかにダンジョンにとっては最悪だ。しかし、別の側面から見れば、人型ダンジョンコアにとっては、情報アドバンテージの高い立地ともいえる。なんなら、エネルギー源たる人間の数だって多い。迂闊に手をだせば命取りな、ネズミ捕りのうえのチーズではあるが、なにもない荒野を彷徨うよりは生存の可能性が高いともいえる。

 僕らはこれからも、ダンジョンを探知されない為に、さらに冒険者ギルドに食い込んでいく。あわよくば、こちらの都合でダンジョン探知のマジックアイテムを使わせるつもりだ。

 その利点を、バスガルに潰されるわけにはいかない。だから、バスガルを潰す。

 切迫した生死が理由ではない。ある種、利害の不一致という、向こうに比べればかなり自己都合を優先した理由だ。だが、構わない。


「……うん?」


 まるで微睡まどろみのようにふわふわと心地いい気分で休んでいたら、意識の外から声がした。グラの声だ。


「私はいま、手が離せません。予定外の来客など追い返しなさい。そのくらい、そちらで判断しなさい」


 相変わらず、きつい物言いだ。相手はたぶん、ジーガだろう。もしかしたら、ザカリーかも知れないが。

 他の使用人は、あまり伝声管を使おうとしない。どうも、主人を直接呼び出すような仕掛けを使うのは、遠慮してしまうようだ。それはあの、ウーフーすらもである。まぁ彼の場合は、単にその砕け過ぎた態度を、グラに知られたくないという線もないではないが……。

 状況を認識するにつれ、僕の意識は浮上していく。ようやく精神が、死から回復してきたようだ。戻った直後よりも、かなり思考がクリアになっている。

 クリアになってくると、首を傾げる部分がある。いや、僕、かなり真っ向からグラとの約束破っちゃったんだよね。ほとんどお説教もなく、休ませてくれたのが意外だ。

 いやまぁ、たしかにグラはかなりお冠だったが、僕の調子が悪そうだと気付いてすぐに休ませてくれたのだろう。それはありがたい。だが、それはつまり、お説教は後回しにされたと見た方がいいだろう。これは……、かなりきついお説教を覚悟しておかないといけないかも知れない……。

 いやまぁ、必要だったと言い訳はできる。だが、そんなもので心配してくれた彼女の心の痛痒を糊塗すべきじゃないだろう。ここはきちんと、怒られよう。

 流石に、二四時間耐久お説教会という事にはなるまい。……ならないよね?


「ショーン、休息はもういいのですか?」


 僕の意識が覚醒しつつあるのに気付いたグラが、なおも心配そうに声をかけてきた。ほんのわずかな精神の起伏にも反応してくれるこの状況に、ああ、二心同体に戻ったんだなぁと実感する。


「うん、だいぶ本調子に戻ってきた。それでさ、一回体の主導権戻してくれる?」

「ええ、構いませんよ」


 即座に、四肢の感覚が僕の意識にフィードバックされる。こうして、改めてダンジョンコアの肉体を動かせるようになると、その性能の高さが実感できるな。たぶんこの体だったら、あの巨頭竜相手でもボクシングで勝負できる。それくらいの全能感だ。

 そうして、体の権利を委譲された僕がまず行ったのは、椅子から降りて正座する事だ。


「えー……、まずこのたびは――」

『グ、グラ様……! 大変です。ショーンさんがダンジョンで亡くなったそうなんです……』


 床に手を付いたポーズのまま、固まってしまう。なんていうか、伝声管から伝わってきたジーガの声音は、それだけでもわかる程に厳粛であり、僕の死に対して思うところがあるのだろう。ある意味それは、彼の僕に対する思い入れの表れでもある。嬉しくはある。嬉しくはあるのだが……、タイミングが悪い……。


『どうやら、重要情報を地上に届ける為に、囮になったそうで……。いま、一緒にダンジョンにもぐっていたフェイヴさんとフォーンさんが、詳しい話をしたいと訪ねてきています。お会いになられますか……?』

「あー……」


 なんというかもう、厳粛というよりは沈痛という調子になってきた。ここはさっさとネタバラししてしまおう。


「えっと、ジーガ? フェイヴさんとフォーンさんがきてるんだっけ? うん、一回会っときたいから、すぐに行くよ。応接室でいい?」

『……』

「おーい、ジーガ? まぁいいや。いまからうえに行くから」


 踵を返して、地上へと向かう。


『はぁぁあ!? え、ちょ、は!? マ、マジで――ちょ、ショーンさん? ショーンさぁん!!?』


 背後からそんな声が聞こえた気もしたが、残念ながらエレベーターに乗ったあとだったので、応える事はできなかった。


 エレベーターの中で気付いた。いまの僕、グラの格好だった。


「やっべ。このままじゃ、女装趣味だと思われる」

「普通に私だと思われるのでは?」

「たしかに」


 とはいえ、おかしな勘違いをされるのはごめんだ。エレベーターから降りてすぐ、僕は保管庫から布を取り出し、それを光の糸に変える。それを織り込むのは、グラのサポートを受けて、僕は久々に機織りに成功した。

 といっても、いつものカッチリとした服装ではない。カジュアルなダルマティカというか、装飾の少ない新しいビザンチンファッションみたいな、ともすればパジャマのような出で立ちだ。基調はいつものダークブルーにしておいた。

 手間がかからないというのもあるが、これは本調子ではないと相手方に印象付ける為の布石でもある。これからあの二人を、口八丁で煙に巻かねばならないのだ。


【地獄門】をでて応接室に向かうと、扉が開いたままだった。ちょっとお行儀が悪いな。開いたままの扉から室内に入ると、へたり込んでいるジーガと、目を真ん丸にしているフェイヴと、外見相応の少女のような声をあげているフォーンさんが、まるで幽霊でも見るような視線で僕を出迎えてくれた。


「やぁやぁお二人さん! さっきぶり、という程さっきでもないかな。もう数時間前の事だ。いやぁ、あれには驚いたね!」


 僕が死んだのは、たぶんまだ午前中だったはずだ。断続的な襲撃で、時間感覚は狂っていたが、流石に正午までは届いていなかっただろう。だがいまは、夕方もかなり遅い宵の口だ。急な来客を追い返しても、なんらおかしくない時間帯である。

 ひらひらと裾や袖を揺らしながら、僕は応接室のソファの一つに腰を下ろした。


「まぁ、お二人の疑問は言われずとも理解しているつもりです。どうして僕が生きているのか? ですが、これには僕らの研究している、属性術、幻術、魔導術、生命力の理、その他諸々の秘匿技術が絡みますので、詳しい仕組みについては聞かないでくれるとありがたいところです」


 そう前置きという名の牽制をしてから、いまだ茫然としている二人に畳みかける。


「今回の探索において、お二人と同行していたのは、僕であって僕ではありません。グラと合作した、遠隔操作が可能なゴーレム……のような人形です。そういえば、プロトタイプはフェイヴさんも目にした事がありますよね?」

「プロトタイプ?」

「鏡の部屋のフレッシュゴーレムです」

「ああ、あの……」


 なにかを思い出したのか、フェイヴの顔に嫌悪感が宿る。たしかに、あの外見はキモいしね。


「まぁあれは、姿を真似、動きを真似る事しかできませんが、そこからさらにいろいろと秘匿技術を詰め込んだ結晶が、本日お二人に付いていった人形だったわけです」

「で、でもあれは、幻術を使ってたっすよ? そんな事もできる人形なんて、聞いた事がねっす」


 フェイヴが信じられないとばかりに反論するが、それも当然だろう。現在の、人類側の技術水準的に、ゴーレムのようなものを遠隔操作するというだけでかなり高等な技術なのに、さらにそのゴーレムに【魔術】を使わせるなど、あまりに技術革新過ぎる。

 現代人の感覚に照らし合わせるなら、乗用車に飛行機能を持たせるバックトゥザフューチャーの技術が、既に完成していたというようなレベルだろう。……二〇一五年にはホバーボードが完成しているはずだったんだが、現実はドローンが限界だったんだよねえ……。いやまぁ、ドローンだって一九八五年から考えればすごい技術だが……。


「ええ。それこそが、あの人形――僕らは依代と呼んでいますが、その依代の特徴です。あれは厳密にいえば、操作というよりも憑依といった方が正しい動かし方をするのです。特徴としては、意識を移しているので、魔力さえ残存していれば、理を刻む事は可能です。ただ、やはり感覚が違うようで、自分の体を動かすように理を刻む事はできませんでした。操れる魔力も少なく、ほとんど初歩的な幻術しか使えませんでした」

「なるほど……。たしかに、言われてみれば俺っちが知ってるような幻術ばかり使ってたっすね。それであれだけの大立ち回りしてたってのも、アレっすけど……」


 大立ち回り? 最後に囮になった以外に、特に役に立った覚えはないが……。それも、単に依代に残った魔力を装具に注いで、限界まで酷使しただけだ。別に、僕自身がなにかをした覚えはないんだが。


「しっかし、すごい技術っすね。これがあれば、誰もが安全にダンジョン探索ができるようになるんすか? あ、勿論費用の面は無視してっすよ」

「まだそこまでの水準には達していません。使い手として、僕と同等程度の幻術の技術と知識、複合的な独自の術式を修得する必要があります。依代を作る為に使われた技術は、属性術、魔導術、その他かなり専門的な知識が必要となります。この辺は、僕ですら十全に説明はできない程複雑な工程が必要になります。もしも知りたければ、相応の対価を用意してからグラに訊ねてください」


 ここら辺は本当の話だ。下手に嘘を吐くと、のちのち矛盾が生じかねない。まず真似はできないだろうが、あとで改めて固く口止めしておこう。まぁ、僕と同等の幻術の技術と知識、というのが実はフェイヴたちが思う程高くないという落とし穴があったりもするが。


「その依代を作ったのは、グラさんなんすね?」

「ええ。彼女は属性術は勿論、他の【魔術】にも長けた、エキスパートですから。まぁ、対価といってもグラが欲しがるものを用意できる方は、そうそうおられないでしょうが……。依代の説明に戻ります。前述の通りこれを操るのは、操作ではなく憑依なので、依代を動かしている間は本体がなにもできなくなり、無防備になります。全幅の信頼をおける者の元でなければ、非常に危ういでしょう。もしも、誰でも依代に乗り移れるような技術が確立したとしても、本当に誰でも使えるようにするのは危険かと」

「なるほど。それはたしかに……」


 身分が高ければ高い程、その命は価値を持つ。つまり、奪った際のリターンも大きくなるという事だ。ダンジョンにもぐる際に、そういった人間が完全に無防備になると知られれば、当然そういった魔の手が忍び寄る事態は容易に想像できるだろう。

 問題は、その原因としてこっちにまで火の粉が飛んできかねないという点である。


「まぁ、現段階では僕と同等の幻術という水準が、どうしても下げられません。これが使えないと、依代に憑依できませんので。つまり、いまのところ僕にしか使えないという事です」

「なるほど。だったら、いろいろと安心っす。いや、不安っすかね。ショーンさんに、そんな自由自在に動ける身代わりがいられると、いよいよ手が付けられなくなるっす」


 おどけたように肩をすくめるフェイヴに、僕も苦笑する。残念ながらそうそう使い捨てにできるような、安い代物じゃない。あの、本来は試作品だった依代ですら、五MDPもの生命力が注がれているのだ。ちょっとした小規模ダンジョン並みのエネルギーである。

 しかも、五MDPぽっちでは、依代に移るたびに死ぬ程つらい倦怠感と苦痛を味わう事になる。理想をいうなら、十Mくらいは使って作りたい。

 そもそも、この術式の根底にあるのは、ダンジョンがモンスターを作る為の生命力の理だ。魔力の理を出発点にして考えると、絶対にたどり着けないだろう。勿論、その事は絶対に教えない。人間側に知られていい事など、一つもない情報だ。

 むしろ、幻術や属性術や魔導術が必要だという情報が、ミスリードになってくれるとありがたい。

 とまぁ、僕が生きている理由たる依代については、これでいいだろう。僕としては、あれからこの人たちがどうしたのかを知りたい。思惑通りに動いてくれているといいのだが……。


「依代についてはこの辺で……。言うまでもないかも知れませんが、この依代については秘密にしておいてください。他所に知られていい事など、皆無ですから」

「ま、そうっすよね。技術の横取りや、依代に移っているタイミングを見極めて本体を狙われたりしそうっすからね」

「ええ」


 僕が二人に了承を求めると、フェイヴは軽口を返してくるが、フォーンさんは不機嫌そうに顔を逸らしながら頷いた。いや、あれはなんというか、不機嫌そうというよりは悲しそう? ちょっと良くわからないな。

 まぁ、まだ彼女の心の機微を表情だけで推し量れる程付き合いもないし、仕方がないだろう。僕は気にせず、話を先に進める。


「結局、あのダンジョンに対しては、これからどうするという話になりました?」

「ああ、まぁ、俺っちたちのパーティが数人であたるって話になったっす。タイミング悪くて、全員は集まりそうにないっすけど……」


 うんうん。まぁ、計画通りといっていい流れだ。

 フェイヴとフォーンさんを呼び水にして、一級冒険者パーティを引っ張り出し、バスガルのダンジョンを攻略させる。その為の代償が依代一つですむなら、まぁ許容範囲だろう。

 問題は、あれでこの人たちがどの程度本気をだしてくれるのか、だ。フルメンバーじゃないって話だが、どの程度の戦力が期待出来て、それが本当にバスガルを討てるだけのものなのか……。


「実は、その件でちょっとお願いがあるんすよ……」


 おずおずと、フェイヴが言いづらそうに切り出してくる。


「お願い?」

「グラさんに、ダンジョンの討伐に加わって欲しいんす。あ、生きてるならショーンさんも加わって欲しいっすね」

「え……」


 正直、もうバスガルに足を踏み入れなくても事態の収拾は図れると思っていただけに、フェイヴのその提案には意表を突かれた。しかも、グラもだって? いや、無理だろ。ダンジョンコア自ら、敵対者のダンジョンに殴り込むなんて、危険すぎる。


「集まるメンバーが、基本前衛ばっかなんす。サリーさんっていう、属性術と転移術の使い手が来れるようなら後衛戦力は足りてるんすけど……」

「来られないんですか?」


 そいつを呼べば、わざわざ僕やグラがバスガルのダンジョンにもぐる必要はなくなる。一級冒険者パーティのメンバーなんだから、そっちを呼び出す方が手間がないだろうに、なんだってこっちにオファーしてくるんだよ。転移術なんていう、いかにも便利そうな【魔術】が使えるのに……。

 ちなみに、転移術というのは、極めればそれこそテレポートのような事ができるものの、一般的には空を飛んだり、別の場所にあるものを呼び寄せたりする術だと認識されている。とはいえ、凄腕の転移術師でも、自分を含めてもう一人分を連れて移動するのが限界で、名前から受ける印象程便利使いできるものでもない。

 それでも、空を飛べるってだけでも、移動においては破格の利便性を誇る術だ。それで呼べないとなると、そうとう遠方に住んでいるのか、手が離せない事情でもあるのか。


「サリーさんは、ウチにいるもう一人の一級冒険者なんすけど……」

「え……」


 なんだこいつら、もう一人一級冒険者を抱えてたのか? ギルドの情報を斜め読みしただけでも、一級冒険者という輩は、一人だろうと対処が困難そうな相手だ。それが、二人……。無制限にDPが使えても、倒せるかどうか……。


「サリーさんは貴族なんすよ。しかも、夫人や令嬢じゃなく、当主っす。サリー・エレ・チェルカトーレ女男爵っす」

「ああ……」


 なるほど。だから急な呼び出しに応じられるかわからない、と……。まぁ、本業があったら、別に儲かるわけでもない冒険者業なんて、基本後回しだよね。危険だし。僕だってそうだし。

 ただ、そうなると彼らのパーティの火力支援が不足してしまうわけだ。不足というか、完全に皆無らしい。


「それって、どの程度危険なんです?」

「ダンジョンの主を狙わないなら、セイブンとィエイトとシッケスがいれば、まぁ命の危険はたぶんないっすね。っていうか、セイブンがいれば基本大丈夫ってところはあるっす」


 フェイヴの言葉に、フォーンさんがため息を吐いてから首を振る。


「それは過小評価が過ぎる。シッケスだって、敵陣に切り込んで撹乱し、即座に戻ってくるのを繰り返し、前線を押し上げるのは得意だよ。たまに独断専行するけど。ィエイトは、どちらかといえばセイブンと同じく、前線を維持するのに長けた戦士だね。まぁ、バカだけど」

「そっすね。罠がなければ、そうとう長命な大規模ダンジョンでもない限り、まずモンスターにやられるようなヤツらじゃないっす。罠がなくても、きちんと指示しないとバカな事して死にかねねっすけど」

「頭を使う必要がないなら、まぁ役に立つよ。勘違いしちゃいけないのは、頭を使わせると、こっちの足を引っ張るような事をするから、頭は使わせない必要があるって事。ま、セイブンがいれば大丈夫でしょ」


 なんだろう……。褒めてるはずなんだけど、どちらもすごくディスってるようにしか聞こえない……。そして、会った事もないその二人と関わるのに、僕は強い拒否感を抱き始めている……。


「それで、どうっすかね?」

「うーん……」


 どうしよう……。

 ダンジョンを討伐する為には、後衛戦力が必要。だが、彼らの後衛はこれるかどうかわからない。僕らとしては、バスガルを討伐したい。

 うーむ……。

 できればグラを行かせたくはないが、バスガルとて放置は悪手。これが僕だけという話であればやぶさかではないのだが、グラもとなるとリスクが大きすぎる。

 さらにいえば、この会話はグラも聞いているので、隠しようもない。そして、なんだか知らないけど、いまのやる気になっているグラだと、下手したら本当にそっちに向かいかねない。

 要相談だな。


「そうですね。グラに話してみます。答えはまた明日という事で」

「オッケーっす。どのみち、シッケスやィエイトたちが集まるのには、早くても数日かかるっすから」

「そんじゃ、今日のところはあちしらはおいとまするかね。急な訪問で騒がせちまったみたいだし」

「そうですか? あ、帰りに依頼料を受け取ってってくださいね」


 一応は、僕の依頼は達成された。まぁ、護衛依頼という面から見ると失敗ではあるが、調査依頼としては十分な成果をあげた。さらにいえば、僕の目的からしても、十全にその役割を果たしたといえる。シルバーアクセが報酬なら、十分すぎる成果といえるだろう。


「いや――……いや、そうだね……。うん、もらってくよ……」


 最初になにかを言いかけたフォーンさんが、一瞬悩むような仕草を見せてから、哀愁の滲む笑みでそう言った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ