二章 〈8〉〈9〉
〈8〉
心配です……。
あの日……――私とショーンの心が、離れ離れになってしまった日から、私の胸には寂寞と危惧の風が吹いている。木枯らしのような、寒々しく、なにかを奪っていくような風だ。
ショーンと二心同体であった頃にはあった、人間に対する幾許かの情は、彼が離れると同時に一気に薄れた。おそらくは、私の心が彼と共にあったからこそ、抱いていたものだったのだろう。
それが失われたという事は、すなわちショーンには、いまだ人間に対する情が存在しているという事。そして、だからこそ私は危惧している。
私が人間に対して抱いていた感情を失ったように、ショーンもまた、ダンジョンに対する情を失ってはいないか。人間に敵対するダンジョンという種を、私が人間を嫌うように、毛嫌いしているのではないか。むしろ、敵意や殺意を抱いているのではないか、と。
私が、ダンジョンはダンジョンを侵略する事もあるという情報を教育していなかったのは、たしかに現状では優先度の低い情報だったというのもあるが、根底にはそんな恐怖心があったからだ。いや、これも言い訳なのかも知れない。なぜなら、二人の心が離れる前から、私は彼に情報を伏せていたのだから。
私は常に、心のどこかで思っていたのだろう。ショーンには少しでも、ダンジョンに対する悪印象を抱いて欲しくない、それ以上人間の側に行って欲しくない、私と一緒にいて欲しいと。
実にさもしい行いの結果が、いまである。なんと愚鈍で、拙劣な話だろう。
だが、そんな私の失態によって陥った危機にも、ショーンは変わらず防衛の為に全力であたってくれている。どうしてなのかという言葉は、きっと無粋なのだろう。それはきっと、私がショーンの身を案じるのと、同じ想い。一心同体にして二心同体の姉弟を、大切に思うという心。
嬉しいと思う反面、やはり不安にも思ってしまう。ショーンは、ダンジョンという敵対生物に対する敵愾心を、私が姉であるという理由で、無視しているのではないか。それでは、いつか無理がきてしまうのではないか。
人間という自意識を有するショーンが、人間を捕食しなければ生きていけないという環境に、耐えられなくなるのではないか。そうなったとき、彼は私をどう思い、どういう行動にでるのだろうか。
私は、それを知るのが怖い。
もう一つ、危惧している事がある。
……あの日以来、どういうわけかショーンが危うく見えるのだ。まるで、不安定な台座の上に立つ、ガラスの像を見るような、焦燥交じりの不安。杞憂であればよいのだが、どうしても胸が騒ぐ。
ダンジョンに行くという案を、頑なに否定したのもそれが理由だ。いまのショーンを、行かせたくないと強く思ったのだ。
彼の説いた理屈が正しいのは、私もわかっている。だがそれでも、理屈ではない心の非合理的な部分が、けたたましく警鐘を鳴らしている。だがそれは、理屈ではない以上、私にも説明が付かない。命の懸かった現状に、真面目に対処しているショーンの計画を、感情だけでかき回すのが良くないというのも重々承知している。
それでも、警鐘はいつまでも鳴りやまない……。
ショーンと離れ離れになってしまったあの日から、こんな事ばかりを気にしている。いつから私は、これ程までに愚かしく、惰弱になったのだろう。
ダンジョンコアという私が離れたという事実が、いったいショーンにどのような影響を及ぼしたのか。あの子は現状を、どう思っているのか。離れて良かったと言っていたが、それは本心なのか。
私はこんなにも、寂しく、苦しく、戸惑っているというのに……。
私はもっときっちりとした、ショーンの言うところのクールなお姉さんでありたい。そうあれかしと心がけてはいるが、それができているのかはわからない。
特に、敵情視察を反対する私の態度は、全然理想の姉像ではなかった……。
「はぁ……」
ため息を吐く。体の優先権を得た事で、こんな事もできるようになったが、そのせいでショーンと離れ離れになるくらいなら、別にいらなかった。鬱々とした気分を払拭する為に、私はいつものように右手の偕老同穴を眺める。
白金の蔦が、暗い赤色の宝石に絡まっている装飾の施された【鉄幻爪】。あの子が私の為に作ってくれた装具。刻まれた理の術式がちょっと拙いのが、チャームポイントだろう。
努力家のあの子の事だ。すぐに、私が刻むものと遜色のない理を刻めるようになる。そうなれば、いずれ他にアクセサリーとしての【鉄幻爪】を作ったとしても、この偕老同穴が唯一無二だ。
それを思うたびに、ついつい口元がにやけてしまう。
「そうですね。あれこれ悩むよりも、いまできる事をやりましょうか」
ひとまずは、明日バスガルとやらのダンジョンに赴くショーンの為に、いま用意できる限りの装具を誂えてあげよう。幸い、使えるDPと物資は、初期に比べれば雲泥といえる。とはいえ、やはり手持ちの素材では、品質がやや低い……。
鉄や革、銅や銀ならそれなりにはあるものの、装具の材料としてはそれ程有用とはいえない。
いずれ、あの執事に装具用の素材や触媒を、買い集めさせよう。それが人間の社会でどれだけの価値があるのかは知らないが、手に入らないようなら奪ってくればいいと思う。あの子の為に、それくらいの事ができずして、どうして執事など名乗れよう。
ふむ。これくらいか……。
満足がいくできとは言い難いが、現状作れる最高品質の装備一式が完成した頃には、夜は明けていた。
今日、ショーンは我々と敵対している、ダンジョンにもぐる。どうか、何事もなく無事で帰ってきて欲しい……。
●○●
「ふぅむ……。どうも、地上生命どもの侵入が疎らであるな……」
多量の生命力を消費し、こうして地上生命輩がアルタンと呼ぶ町までダンジョンを延ばしたというのに、思ったよりも得られた生命力は多くない。本当に、このやり方で多くの生命力を獲得できるのであろうか……。
「心配ないさ、バスガル。私の計画は完璧だ」
金属の棒を複雑に組み合わせたゴーレムが、我の心を読んだかのように、飄々とそう告げた。鈍色に光るそれが、表情もないくせに楽しそうにしているのを眺めると、いっそ一息に消し去りたくなる。
「むぅ……。我をその名で呼ぶな。それは、地上生命輩が付けた、我のダンジョンの名だ」
「とはいってもねえ、私だって個人名があるわけじゃない。地上生命たちがダンジョンに付けた名を、ダンジョンコアを識別する為の記号として用いるのが、こうしてコミュニケーションを取るうえでは、合理的だと思うんだけどねえ。それとも、お互いにお互いを、ダンジョンコアと呼び合うかい?」
むぅ……。たしかにそれはややこしい。
「好きにせよ……」
結局、そう答えた。
「ああ、好きにするさ」
軽い調子のゴーレムから視線を逸らし、我はふんと鼻を鳴らす。室内が一瞬明るくなり、ゴーレムの表面を赤い光が舐める。
「それで、誠に地上生命輩を、一気にダンジョンに引き込めるのであろうな? 構造がどうのと宣っておったが、こうしてアルタンまでダンジョンを延ばしたのだ。いい加減、そのやり方というものを吐いてもらうぞ?」
「はいはい。まぁ、そうだよねぇ」
ゴーレムは屈伸でもするように、一度姿勢を低くした。どうやら、ため息を吐く仕草らしい。芸の細かい事だ。
我がダンジョンを延伸させたのは、このゴーレムを操るダンジョンコアの口車に乗ったからだ。怪しい誘いではあったが、我はそれに縋らねばならぬ程に追い詰められていたのである。
ジリジリと日々生命力が目減りしていく焦燥に懊悩しつつも、打つ手のない閉塞感に苛まれる毎日。ダンジョンの一番の死因である、過疎化が原因ではない。侵入者は、それなりの数がいたのだ。しかし、得られる生命力と、使う生命力の収支が合わなかった。
原因は、モンスターの強さと、侵入者の強さの優劣が、向こうに傾いていたからだった。ならばとモンスターを強化すれば、一時的にはそれなりに侵入者を倒せた。しかし、すぐにそんな弱い連中は侵入してこなくなり、モンスターの強さに見合った連中ばかりが侵入してくるようになり、天秤の傾きは元に戻される。
これではいたちごっこだ。強いモンスターは、維持の為の生命力も多く消費するのだ。いずれ、こちらが息切れするのは目に見えている。
忌々しいが、我らダンジョンと敵対するならば、数を頼まぬのそのやり口は上策。我は手を拱きつつ、細々と殺し殺されを続け、ときたま集団で攻勢をかけてくる地上生命輩の命を糧に、なんとか生きながらえていた。
そんなおりに、このゴーレムは現れた。
「地上生命どものやり口に辟易しているなら、逆転の手法を教えて進ぜよう!」
すわ侵略かと、慌てて使者として送り出したギギ一〇五号に、ゴーレムはそう宣った。
普通、ゴーレムは言葉を発さない。どうやらこのゴーレムは、言葉を届けられる特別な代物らしい。この交渉の為に特別に用意したというのなら、たしかに誠意は感じるが、ならばもう少し態度にも気を遣えと言いたい。
発した言葉の内容もまた、信じがたいものだった。しかし、聞けば随分と信憑性があった。逆転の手段。それがあるのなら、たしかにありがたい。敵方の手落ちを待ちわびるのが現状なのだ。このままではいずれ、我は地上生命輩に狩られてしまうだろう。
ゴーレムの言い分には、肯ずるだけの理はあった。しかし、使いがゴーレムなのだ。もしや地上生命が我を騙し、なにかしらの策にかけようとしているのかとも疑った。
だがそのゴーレムは、自らを操るのがダンジョンコアであると――というよりも、ゴーレムを通して直のコミュニケーションを取っているのだと述べた。そして、自らがダンジョンコアである証として、地上生命を唆し、一〇〇人以上もの命を我に差し出してみせた。
加えて、ダンジョンコアしか知らぬ、基礎知識に関する話にも矛盾はなかった。さらに、自らが作ったものだという事で、装具も用意してみせた。まぁ、装具に関しては、地上生命がダンジョンを討伐した際に、ダンジョンコアの装備していたものを略奪した可能性もある。それだけで信用するのは禁物だが、我に合わせた装具を用意したという事で、一定の信憑性は生まれたのも事実。
全幅の信頼をおけるとまで気を許すつもりはないが、ゴーレムの向こうにいるのがダンジョンコアであるというのは、一応は信じる事にした。地上生命輩に狩られる屈辱に比べれば、同じダンジョンコアに騙される方がマシという思いもあった。
だが、これまでこのゴーレムは、肝心の地上生命輩の町にいる、有象無象を引き込むダンジョンの構造というものを、明言していない。そのような不確かすぎる案に乗った我も我だが、それ程までに状況は切迫していたのだ。
「いい加減、吐いてもらうぞ、グリマルキン?」
「はいはい。それでは我が手妻の真骨頂、ご説明申し上げましょう。バスガルのダンジョンの、躍進の秘訣を!!」
金属製のゴーレムは、最大限自らの大きく見せるように、足を開いた。それはまるで、人類が両手を開いたような仕草だと、我は思った。
〈9〉
あのあと、冒険者ギルドには使いをだして、話を通しておいた。いくら中級冒険者の資格を有しているとはいえ、この状況では七級冒険者のダンジョン侵入は許されないかも知れないと、フェイヴとフォーンさんに指摘を受けたからだ。
勿論、ただ入りたいと言ったわけじゃない。小規模ダンジョンとしては、下水道を取り込むという異例の行動。一層ダンジョンとの類似。小規模ダンジョンではないかも知れない危惧と、その場合にいま採られているダンジョン対策に対する悪影響について。とまぁ、グラにしたような説明と同じようなものを書き連ねて、ギルドでダンジョンの情報をまとめている立場から、探索の必要性を説いたわけだ。
ギルドとしても、下水道にできたダンジョンが普通の小規模ダンジョンでない可能性というものには、危機感を覚えたのだろう。特級冒険者であるフェイヴと、三級冒険者のフォーンさんの同行を条件に、昨日のうちに許可がでていた。
お役所仕事っぽい組織の割に、今回の判断はかなり早かった。まぁ、それだけ重大事だと思われているという事なのだろう。
そんなわけで、依頼から一日という短時間で、僕とフォーンさんとフェイヴの一行は、完全武装で下水道の前に立っていた。僕の装備は、今日の為にグラが新調してくれた、ピカピカの新品だ。
既に下水道の入り口は、ギルドの職員が封鎖しており、中級以上の冒険者でなければ侵入を制限されていた。その中級冒険者も、装備が整っていない者や単身は、侵入を許されていない。結果、下水道の前では野良パーティの募集がそこらじゅうで見受けられ、人だかりができていた。
「やっぱり、ダンジョンって儲かるんでしょうか?」
「うん? まぁ、ぼちぼちだねぇ。魔石はたしかに儲けにはなるし、ダンジョンだとわざわざ解体する手間も省ける。モンスターの数も多いから、地上みたいにモンスターを探してうろつく必要もない。ときたま、魔力の籠った素材も残すから、下級や中の下って連中にとっちゃ、書き入れどきではあるんだろうねえ」
だからこの盛況ぶりという事だ。冒険者の中で、一番のボリュームゾーンが七級らしいし、効率的に魔石を集め、経験を積み、六級を目指すには、ダンジョンは格好の働き口なのだろう。
「普通の中級にとっては?」
「まぁ、五、六級の連中は、パーティ単位で動くのが普通さ。そうなれば、多少の魔石だの素材だのじゃ、物の足しにもなんないし、不安定だからね。中級連中は、きちんとギルドを通した依頼を請けて、お上が力を削ぎたいダンジョンで働いて、依頼料をもらうのさ」
「なるほど……」
同じ中級冒険者といっても、六級と七級の間は結構大きいらしい。いわば七級はセミプロ、六級からがプロの冒険者という事だ。官営のプロジェクトは、プロにしかオファーがこない。だからこそ、とりあえず七級になった連中以外は、積極的にダンジョンにもぐって稼ぎつつ、いい装備を整えて六級に至る為の実績を積みたがっているというわけだ。
「まぁ、いっても所詮は数を揃えてなんぼのもんだよ。魔石だの素材だので財を成すなんてのは、夢のまた夢さ」
おっと、なんだかこういう点は、フォーンさんとは気が合いそうだ。とはいえ、気になる事もある。
「ドラゴンの素材とか、莫大な富になったりはしないんですか?」
「ドラゴン? んー、まぁそこそこ値は付くだろうねえ。でも結局、素材は所詮素材だよ。こう言っちゃなんだけどさ、ただのドラゴンの素材なんて、ダンジョン以外で討伐したって、総計は精々金貨一〇〇〇枚とか二〇〇〇枚くらいだよ。そこからなにかを作るとなれば、当然素材から加工する手間賃だのなんだので、誰かの手元に届くころには十倍、二〇倍にもなってんだ。言ってしまえば、畑から採れた野菜と、レストランの料理の値段の違いみたいなもんさね。いくら高級な野菜って言ったって、値段はたかが知れているだろう?」
「なるほど……」
もしも、素材だけで一財産築けるような値段になるなら、その素材の末端価格も相応のものになる。それが、社会において必要不可欠な代物ならまだしも、富貴層とはいえ、個人や一つの家の為につぎ込めるものの値段には限りがあるだろう。
例えば、ドラゴンの血が万病に効く薬に加工できるとして、その血が一リットルで金貨一〇〇枚だったとしたら、加工後に消費者の手元に届く頃には金貨一万枚になるかも知れない。だが、そんな資金を投じてまで、誰かを生き永らえさせようとする家が、どれだけあるだろう。むしろ、さっさと代替わりさせてしまった方が安上がりだし、大抵の家はそんなスペアの要員を用意しているはずだ。
結局、高すぎる薬に需要がなくなってしまい、需要がないという事は値が下がるという事だ。まぁ、一リットルの血で、一〇〇人分の薬が用意できるなら、十二分に需要の見込める値段設定にもできるだろうし、そうなったらむしろ需要が高まって高騰しかねないだろうが。
ともあれ、結果的にどれだけ貴重なモンスターの素材であろうとも、売値の上限というものはある程度決まっているという事だろう。
「つまり、冒険者ドリームなんてものはないんですね」
「いやいや、貴重なモンスターの素材を売った資金を元手に、別の商売を始めて成功するもんもいるよ。結局はさ、頭のでき次第ってことさね」
僕の身も蓋もない台詞に、フォーンさんは皮肉気に笑いつつ、アイロニーで返してくる。絶対に、冒険者ドリームなんて信じてないクチだろうに。
「おーい、お二人さん。ご歓談中のところ申し訳ねえっすけど、そろそろダンジョンに向かうっすよ?」
僕らのやり取りに呆れつつ、フェイヴが投げやりに促してくる。
そうだな。いつまでも人ごみを眺めてたって始まらない。
「それじゃ、行きましょうか!」
僕が気合を入れてそう言うと、フォーンさんもパシリと手を打ち合わせて応える。
「おうさ。未発売の【鉄幻爪】の値段に見合った仕事は約束するよ!!」
……【鉄幻爪】の製作コストを考えたら、ちょっとだけ不安になった。うん、末端価格は十倍、二〇倍になっていると信じよう。
●○●
下水道は、以前きたときとそう変わらない風景が広がっていた。大樽廻のおかげで臭気を遮断している僕と違い、フェイヴとフォーンさんは非常に嫌そうに顔をしかめている。
「結界術で臭気を遮断したりとかはしないんですか?」
「うん? ああ、ショーン君はそうやってこの匂いを防いでんのかい。うらやましいねえ。ま、あちしら斥候にとっちゃ、匂いもまた重要な情報さ。遮断しちまうと、いろいろと不都合があんのよ。勿論、毒になるようなガスが溜まってたら話は別だけどね」
なるほど。僕のようななんちゃって冒険者とは違う、プロフェッショナルの話は為になるなぁ。いずれ、そんなプロフェッショナルを相手にする際には、存分に参考にさせてもらおう。
「敵っす!」
「足音は三! 小一、中二! おそらくネズミさ!」
「師匠は周囲の警戒をお願いするっす。モンスターの対処は俺っちが!」
フェイヴが鋭い声を発すると、すぐさまフォーンさんが自分の有している情報を提示する。すると、即座にフェイヴは以後の行動を決定して、祖語のないように意識を共有した。実にスムーズな連携だ。
やがて、フェイヴの警告通り下水道の通路から現れたのは、大ネズミと脚長ネズミ、それとあれはなんだろう? 自走するモップ?
「大ネズミ、脚長ネズミ、長毛ネズミっす!」
「おーし、その三体だけならフェイヴに任せてりゃ大丈夫だね」
「暇なら手伝ってくれてもいいんすけど?」
「ネズミに負けそうになったら泣き付きな」
キヒヒと笑いつつ、フェイヴの戦いぶりを眺めるフォーンさん。流石にネズミに敵わないとは言えないのだろう、フェイヴは肩をすくめて腰に下げていた獲物を手にする。僕は僕で、初めて見るモンスターの観察を続けていた。
なるほど、あの自走モップが長毛ネズミだったのか。長毛ネズミは、ネズミ系のモンスターのくせに下水道という環境にはあまり適応できていない種で、この下水道にはあまりいない。なので、僕も作らなかった。あの長毛ネズミも、まず間違いなく外から入ってきたモンスターだろう。野原なら普通にいるらしいし。
まぁ、バスガル側から排出されたモンスターという可能性もあるが……。
つらつらとそんな事を考えている内に、あっさりと三体のネズミを倒したフェイヴが、獲物である登山用のピッケルみたいなものを腰に戻しつつ、魔石しか残さなかった二体とは違い、死体を残した自走モップを解体にかかる。
つまり、この二体は昨日僕が作ったモンスターだったわけだ。この野郎……。
「間違いなく、ダンジョン化してるようだね」
魔石しか残さなかったモンスターを見て、フォーンさんがなにかを考え込む。フェイヴは腰のポーチに魔石を納めると、残った長毛ネズミの死骸は下水道に投げ捨てた。あとでダンジョンに吸収されるだろう。
「しかし、以前からいたモンスターも普通に共生している? ねえ、ショーン君。ダンジョン内で、ダンジョン由来でないモンスターを倒した場合、ダンジョンの糧になると思う? それとも、糧になるのは人間だけ?」
「えっと……」
なるほど、プロは流石に細かい点に気付くものだ。僕はその疑問に、明確な答えを返せる。答えはダンジョン外のモンスターも糧になる、だ。だが、その根拠を提示できないし、そう答えるつもりもない。
「流石に、そんな例は記録がないかと……。実験をした人も、いないのではないでしょうか……?」
「まぁ、そうだよねぇ。今度、小規模ダンジョンの討伐を計画しているところで実験してみようかなぁ……」
「結果は是非とも教えてください。僕も気になりますから」
「うん、いいよー」
まぁ、結果は聞くまでもないんだけど、建前上はね……。
道中特に問題も起きず、程なくしてバスガルのダンジョンへと続く扉の元に到着した。一本道なので迷いようはないのだが、いまの下水道は人が多くて難儀した。この先のダンジョンにも、それなりに人が詰めかけているのだろう。
人ごみって嫌いなんだよねえ……。まぁでも、彼らがダンジョンを探索する事で、こっちにもメリットがあるので我慢しよう。
「そんじゃ、行くっすよ? こっからは、本気の探索っす。ショーンさんは基本的に俺っちたちの指示以外では、なにもしないで欲しいっす」
「了解。なにかをするときは、かならずフェイヴさんかフォーンさんの指示を仰ぐようにしますよ」
「いやぁ、ショーン君の護衛は楽でいいねえ。貴族のボンボンとか、どこそこのお偉いさんを、ダンジョンの奥に護衛して連れてくときなんて、道中はブーブー文句を垂れ、ついでにモンスターにビビって別のもんも垂れ流し、果ては勝手な事をして罠を作動させて怪我をするのもザラ。ホント、金にはなるけど嫌になる話さ」
心底うんざりとした声音で、フォーンさんが愚痴をこぼす。
「なんでまた、そんな身分の方がダンジョンの奥に行きたいだなんて依頼するんです?」
「ダンジョンは人類にとっての脅威だからねえ。足を踏み入れたってだけでも箔が付くし、なんなら討伐するパーティに参加してたってんなら、出世のいいネタにもなる。まぁ、相応に危険もあるんだけどねえ。ただ、出世したい連中からしたら、そんな事に構ってられないんだろうさ。そして、そんな連中から見たら、あちしらみたいなパーティは、おあつらえ向きな相手なんだろうさ。まったく……」
「ああ……」
要は、お手軽な武勲というわけだ。真面目にダンジョンを攻略しようとしているフォーンさんたちからすれば噴飯ものだろうが、ダンジョン側からするとそういう一知半解な行動は、むしろ付け入る隙に思えて好ましいね。無論、あくまでも敵方の行動としては、という注釈は付くが。
「行くっすよ?」
フェイヴが慎重に、鉄扉を開いていく。扉の隙間から、赤い光が漏れてきていた。
バスガルのダンジョンは、なんというか、ある種幻想的な光景が広がっていた。ゴツゴツとした岩肌むき出しの通路ではあるのだが、そこに生える苔のようなものが光っていて、明かりは十分に確保されている。これだけいうと、ヒカリゴケのようなものだと誤解されるだろうが、なんとその光、赤いのだ。
おかげで、ファンタジーはファンタジーでも、ダークファンタジー的な雰囲気が漂っている。もっといえば、わかりやすく地獄とか魔界っぽい。
実におどろおどろしい……。
「これは……、なんというか、非常に不気味な光景ですね……」
「たしかに。あんまり、小規模ダンジョンっぽくないっすね」
僕が呟くように言った言葉に、フェイヴが入り口付近を確認しつつ相槌を打った。僕はそれに、さらに質問を重ねる。
「そうなんですか?」
「小規模ダンジョンってのは、もっと普通の洞窟っぽいものが多いっすね。こうやって、明かりを用意しているダンジョンってのは、結構珍しいっす」
「一概には言えないだろ、バカ弟子。小規模ダンジョンでも、明かりがある場合もある。こういう洞窟タイプのダンジョンだと、明かりがある事で、逆に影からの奇襲が増える印象があるね」
「なるほど。明暗の差を利用するんですね?」
「その通り。それを意識してやってんのか、たまたまなのかまではわかんないけどね。見えないと見ようとして注意を払うんだけど、なまじ見えてるだけに油断しちゃうんだろうね」
ふぅむ、本当に勉強になる。明暗の差を利用したアンブッシュか。なるほど……。その発想は、僕にはなかったな。
「明かりがあると、暗視能力のあるモンスター以外も、戦いやすいみたいっすしね。小規模ダンジョンとかだと、たまに暗闇に適応できないモンスターが、右往左往している事って結構あるっすよ? まぁ、そういうヤツは明かりに群がってくるんで、逆に注意が必要っすけど」
という事は、フェイヴはそういうモンスターを、明かりなしで確認したという事か。
「へぇ、人間以上に暗闇に適応できないモンスターとか、いるんですね」
なんとなく、モンスターは暗闇に適応できるものだと思ってたが、どうやら違うらしい。いやまぁ、暗視能力を持たせてモンスターを作ればいい話なのだろうが、たぶんそうなると製造維持の為のDPが増える気がする。
本来持っていない能力を持たせてモンスターを作るのは、いってしまえば『なんでもできるモンスター』を作るようなものだ。戦闘能力に割くはずのリソースを、別のところに割り振ってしまうので、実に非効率的だ。
「いるっすよ。トリ系とか、あとはサル系も暗闇に適応できない種類が多いっすね。まぁ、どちらにも例外はいるっすけど。あと、暗闇に適応できるモンスターは、視力以外が優れているイメージがあるっす」
ふむ。なるほど、鳥目と類人猿か。たしかに、暗闇にはあまり馴染まなそうだ。暗闇を利用したトラップには、この二種は使えないな。
「サル系は、なんだかんだ道具を使う程度の知能があったりして、自分で明かりを用意するヤツもいるけどね。トリ系はトリ系で、明かりがあって天井が高い場所とかだと、攻撃手段が限られて面倒臭い……。ものによっちゃ、そんな遠距離から正確無比な【魔法】とか使ってくるんだからタチが悪いよ」
フェイヴの説明を補足してくれるフォーンさんは、床に耳をつけた姿勢だった。たぶん、振動や音なんかの情報を得ようとしているんだろうけど、シュールな光景だ。
「まぁ、ここは一応、僕が明かりを点けますよ。いいですか?」
言われていた通り、僕は事前に二人の了解をとる。
赤ヒカリゴケのおかげで、そこそこは視界が確保されているものの、やっぱり薄暗い。というか、赤い照明というのがもう、どこか仄暗いんだよ。
やっぱり照明は必要だろう。
「そうかい? 明かり持ちは狙われやすいから、注意は怠っちゃダメだよ?」
「はい」
フォーンさんの忠告に頷きつつ、僕は腰のベルトに差していた短杖を掲げ、キーワードを唱える。
「照らせ」
短杖に魔力を引き出される感覚があり、すぐに杖の先に白い光の玉が浮かぶ。属性術の【照明】だ。以前フェイヴがウチのダンジョンで使った【灯台】の下位互換みたいな【魔術】だが、あんな魔力消費の多いものを、常時使うわけにもいかない。
「属性術の刻まれた短杖か。別に珍しくはないけど、安いもんでもないだろうに……」
ランタンよりも多少明るい程度の照明を得る為に、わざわざマジックアイテムを使うという事に、フォーンさんはちょっと呆れ気味だ。まぁこれも、今日グラに渡されたものだから、元手は杖の木材代くらいなんだけどね。
マジックアイテム――装具は、【魔術】を使うときに理を刻む必要がないのがいい。僕みたいなど素人は、やっぱり【魔術】を構築する際の理を刻む作業が遅いから。
僕は白い光の玉を頭の上に浮かべると、短杖をしまう。杖を掲げ続ける必要がないというのもいいね。まぁ、一定時間ごとに消えるから、そのたびに点けなおさないといけないんだけど。
「そうだ。緊急時とか声を発するのが憚られるときは、あちしが【囁き】を使うけど、慣れてないと驚いて声をあげちゃうかも知れないから、一回確認しとく?」
「え?」
「結構いるんだよ。急に耳元で囁かれたのに驚いて声をあげちゃって、敵に見つかっちゃうってパターン……」
「ああ、多いっすね……。なんだって、声出しちゃダメってタイミングで、みんな声出すんすかね?」
「いや、それはそんな状況だからなんじゃ……」
なんでもない日常生活で「わっ」と脅かされるのと、ホラー映画を見ている最中にやられるのとでは、驚く度合いは違うだろう。
そんな事を考えている間に、僕とは違い手の平の上で魔力に理を刻んだフォーンさんが、属性術の【囁き】を発動させた。
「そんじゃいくよ? 【囁き】『どうだい?』」
「うおっ!?」
なんというか、本当に耳元で囁かれた感じで、事前に心の準備ができていたというのに、驚いてしまった。いや、これは声出すよ。声出しちゃダメな場面であればある程。あと、なんかすごく耳がくすぐったい感じがする。これも声が出る原因なんじゃないかなあ。
「便利なんだけど、なぜか必要になるまでは使わせてくれないんだよねえ」
「離れた場所から、周囲にそれと知られずに意思疎通ができるって、すごい便利なんすけどねえ」
この師弟は、たぶん慣れていてわからないのだろうが、これをあまり使われたくない、彼らのパーティメンバーの気持ちはわかる。
こうして体験してみるまで、僕はてっきり【囁き】っていうのは、トランシーバーとか携帯電話みたいなものだと思ってたけど、全然違う。これ、動画サイトとかにあるASMRみたいな、脳がゾワゾワする系のヤツだ。それを超いいヘッドフォンで、不意打ちで聞かされる感じ。
僕としても、あんまりやんないで欲しい。フォーンさん、外見と声だけは美少女だから、耳元で囁かれるとこっちとしてもいろいろ困る。
「もしこれが必要な状況になったら、フェイヴさんにお願いしてもいいですか……?」
「ああ、それも言われるっすね。不思議なのは、師匠はダメとか、俺っちはダメとか、人によって違うって事っすね。どうしてなんすか?」
「……それって、異性同士でやるのがダメってパターンが多いんじゃないですか?」
「そういえばそうっすね。まぁ、違う人もいるっすけど。どういう意図があるんすか?」
「いえ、特に意味とかないです」
「ショーン君には、原因がわかるのかい? あちしとしても、探索の妨げになりそうだし、改善点があるなら教えてもらいたいんだけど?」
「いえ、わかりません」
そういう事にしておこう。こうして僕は、顔も知らぬ彼らのパーティメンバーの名誉を、人知れず守ったのであった。
●○●
ゴツゴツとした岩肌剥き出しの足場を、ゆっくりと進んでいくのは結構大変だった。進みが遅く感じるのは、フェイヴとフォーンさんの二人の探索が入念だからだ。改めて、この二人が上級冒険者という事に納得した。
なんというか、本当に周到なのだ。気になる事があると必ず足を止め、そこをとことん調べる。もう一人も、その間になにか見落としがあるのではないかと、あちこち調べる。
勿論なにもない場合もある。というか、ここまで足を止めて調べた限りは、特になにもなかった。だが、それで油断するというところがない。成果がない事こそが成果とばかりに、道中は驚く程に平穏だった。
だがそれもそこまで――……
「敵っす!」
「足音は二! 小から中一! 中から大一! 四足!」
「ものにもよるっすけど、今日は俺っちたち二人っすからね。師匠はショーンさんの護衛に専念しつつ、横槍に注意しといて欲しいっす! もしあったら、そっちは頼んますっす!」
下水道でネズミと遭遇したときと同じようなやり取りを終えて、フェイヴが前に出る。フォーンさんも、あのときのように茶化す事もなく僕の近くまで寄ってくると、いま一度地面に耳をつけ、背後を確認しと、周囲への警戒を怠らない。
程なくして、十二分に迎撃態勢を整えた僕らの元に、ドスドスという重い足音が聞こえてくる。僕が灯している明かりの範囲にはまだ入っていないが、手で庇を作って暗闇を睨んでいたフェイヴはなにかを確認したらしい。
「ケイヴリザードとモスイーター。確認できるのは二体だけっす!」
「こっちも、足音はいまんとこ二体だけさ。でも、注意を怠んじゃないよ?」
「了解っす!」
きっと、ほとんど足音のしないモンスターや空を飛ぶモンスター、もしかしたら姿を消すモンスターなんかも警戒しているのだろう。やがて明かりの届く範囲に、敵のモンスターが侵入してきた。
コモドオオトカゲみたいな黒くて巨大なトカゲと、それよりは小さいものの、普通の家猫くらいはある赤と緑という目立つ配色のトカゲだ。と――
「――ッし!」
敵が明かりの範囲に入った瞬間、フェイヴがなにかを投擲した。黒い方が「ギュオォ!?」みたいな悲鳴をあげて怯む。その鼻面には、下水道でフェイヴが使っていた登山用ピッケルのようなものが突き刺さっていた。
まず一体を牽制して、足並みを乱したという事だろう。おかげでフェイヴは、先行した赤緑のトカゲと一対一だ。
とはいえ、その赤緑トカゲとてどうやら雑魚というわけではなさそうだ。大黒トカゲには真似できないだろう機敏な動きで洞窟の壁に貼り付くと、軌道を上方に傾けつつも、こちらに接近してくる。
どうやらこの赤緑トカゲ、三次元的な動きを得意としているらしい。
「あの赤緑のヤツがケイヴリザードですか?」
「んにゃ、あっちがモスイーター。主食が苔だから、普通は緑一色なんだけど、ここだと混ざって赤緑なんだろうね」
あらら。洞窟に適応していると思ってあたりを付けたのだが、外してしまったようだ。そういえば、冒険者ギルドの情報に、バスガルのダンジョンでは苔の影響で、赤色の混じるモスイーターが出現するって情報が入ってたっけ。そのときはモスイーターがなにかわからず、その情報は老婦人の方に確認してもらったんだったっけ。事態が起こる前の事だったからというのもあるが、勿体ない事をした。
という事は、あのコモドオオトカゲモドキがケイヴリザードなのだろう。既存のモンスターに詳しくないのは、ちょっといただけないな。とはいえ、グラだって口頭だけでモンスターの種類を教育するのは限界があるだろう。
いずれ、なにか方法がないか模索しよう。いまは眼前の戦闘だ。
洞窟の天井付近にまで近付いていたモスイーターに対し、フェイヴはまたもなにかを投擲する。それはモスイーターの眼前の壁にぶつかると、パンと小さな音を立てて破裂した。かんしゃく玉のようなものだろう。
驚いたモスイーターは、岩壁からその足を離してしまったようで、ひらりと地面に落ちる。落ちつつも体勢を立て直し、着地の姿勢になるところは流石モンスターといったところだが、その隙をフェイヴが見逃すはずもない。
落下中のモスイーターに近付いた彼は、腰から抜き放った短剣を閃かせ、モスイーターの首筋に一太刀浴びせる。
どうやら即死は免れたようだが、十分に致命傷といっていい深手のようだ。大量の血を流しながら着地したモスイーターを一旦放置したフェイヴは、鼻先のピッケルを外したケイヴリザードへと向かう。
こちらは命に関わるような怪我ではないようだが、その分怒り心頭だ。「ギシャア!」みたいな雄叫びをあげ、大口を開けてフェイヴを威嚇する。
あー……、これは僕にも悪手だとわかる。
動物的本能で、牙の生え揃った口を開かれると、たしかにビビる。だが同時にそこは、生物における有数の弱点でもあるのだ。相手がただの動物であれば、たしかにその威嚇には一定の効果が見込めただろう。あるいはそれが人間であろうと、フェイヴでなければ、怯ませる事はできたかも知れない。
だが残念ながら、ここはダンジョンで、相手はプロフェッショナルだったのだ。
フェイヴは即座に投げ矢を投じ、さらに一瞬も躊躇する事なくケイヴリザードとの距離を詰める。ケイヴリザードが口腔に激痛を感じて呻く頃には、フェイヴは眼前まで迫っていた。腕を振り上げるその姿を、ケイヴリザードはただ茫然と眺める事しかできない。
その手に握られているのは、もう一つのピッケル。振り下ろしの動作に込められたエネルギーを一点に集中させたその攻撃は、いかに頑強な爬虫類系モンスターの角鱗とてひとたまりもない。目と目の間を穿たれたケイヴリザード君は、哀れ失態しか演じずにその命を終わらせた。
霧消する巨体を確認したフェイヴは、モスイーターの元へと戻る。なんとか自分に有利な態勢を取り戻そうと壁をよじ登っていたモスイーターだったが、その動きはどう見ても精彩を欠いていた。出血が多く、弱っているのだろう。
それでも、フェイヴがケイヴリザードと対峙している間に、再び天井付近にまで到達していたモスイーター。手の届かないような位置にいる、クリスマスカラーのトカゲに対し、フェイヴはどうするのか……。
おもむろに壁にピッケルをひっかけたフェイヴは、それを手掛かり足掛かりにし、壁を駆け上がる。安全圏に逃げたと思い一安心していただろうモスイーターに対し、駆け上がった勢いを乗せた一突きを放つ。背中からモスイーターを串刺しにした短剣を携えて、フェイヴはふわりと降り立つ。
あんな、半分恐竜なんじゃないかと言いたくなるような大トカゲと、見るからに厄介そうな立体軌道トカゲを、危なげなく退治してしまった。なんというか、素直にこう言うのは非常に癪だが、実に格好いい。
「ふん、まぁまぁだね」
フォーンさんも憎まれ口を――なんか、この人もピッケルを肩に担いでんだけど……。そしてその先に、鳩くらいはありそうな蝙蝠が突き刺さってるんだけど……。
どうやら秘かに忍び寄ってきていたのを、こちらも秘かに倒してしまったらしい。あ、霧消して魔石が落ちた。
結論。この二人、もうホント、ウチのダンジョンに来ないで……。
●○●
「ふぅん。モスイーターの特徴が?」
戦闘が終了し、一息吐こうという事になった際に、僕は先程気が付いた点をフォーンさんに述べた。
「ええ。僕も資料をチラと見ただけなので、たしかな事は言えませんが、バスガルのダンジョンに出現するものと、特徴が酷似しているみたいです」
「でもそれ、この苔のせいっすよね? たまたまなんじゃないっすか?」
ケイヴリザードへと投擲した方のピッケルを回収してきたフェイヴも、ディスカッションに参加する。
「そうかも知れません。ですが、近場にある中規模ダンジョンにいるものと特徴が似ているというのは、無視できない相似点です。念の為にお訊ねしますが、お二人はこれまで色の違うモスイーターを見た事はどれくらいあります?」
僕の問いに、フォーンさんとフェイヴは顔を見合わせる。
「あちしは一回、黄色いのが混ざってるのを見たね。そこも洞窟タイプで、黄色い苔が生えてた。ヒカリゴケじゃなかったけど」
「俺っちはないっすね……。洞窟タイプのダンジョンでも、ヒカリゴケが生えてなかったり、普通に緑だったりするっすし。それに外ならまだしも、ダンジョンだとモスイーターが生息しているところでも、苔が生えてなかったりするっす」
それは、受肉したらモスイーターも困るだろう……。あれ? それは他のモンスターも同じか? ダンジョン内だと、獲物を狩っても肉にならないし。あとでグラに聞いてみよ。
「なるほど、そう考えると無視できない類似点だね。原因はヒカリゴケの色だけど、ダンジョン内の明かりとダンジョンに出現するモンスターが被るってだけでも、かなりのレアケースだ」
「そいつが近場ともなれば、たしかに無視はできないっす。というか、ここを探索している冒険者連中が真っ先に気付きそうな話っすけど、どうして騒いでないんすかね。俺っちもダンジョンにもぐる前に、いろいろと調べたっすけど、モスイーターがでるって情報はあっても、それがバスガルのダンジョンに出現するものと同じだって話は聞かなかったっす」
フェイヴが不思議そうに首を傾げる。ただまぁ、それは割と簡単な話だ。
「それはたぶん、この辺の冒険者は、赤と緑のモスイーターしか知らないからじゃないですか。出現したモンスターの報告も、たぶんモスイーターとしかギルドには届いてないんだと思いますよ」
フェイヴたち【雷神の力帯】は、あちこちに引っ張りだこな一級冒険者パーティだ。だからこそ、あちこちのダンジョンに顔を出した経験もある。
だが、この辺りの冒険者にとっては、ダンジョンといえばバスガルのダンジョンなのだ。そして、モスイーターといえば赤と緑なのだ。赤と緑のモスイーターが出現したところで驚かないだろうし、ただモスイーターとして処理し、報告するだろう。
むしろこの町の冒険者は、緑のモスイーターを見た方が驚いて報告するかも知れない。
「ショーン君」
名前を呼ばれて、僕はフォーンさんを見る。真剣な眼差しの彼女に合わせて、僕も神妙に続きの言葉を待った。
「ショーン君は、ここが小規模ダンジョンじゃなく、中規模ダンジョンのバスガルから延びたものなんじゃないかと思ってるんだね?」
事態の深刻さを重視したのか、フォーンさんの声音が重い。それはそうだろう。小規模ダンジョンと中規模ダンジョンとは、猫と虎程にも違うものだ。もしもここがバスガルのダンジョンならば、迷い猫探しが虎退治にになる。しかも、既に多くの冒険者が、猫探し気分でダンジョン内に侵入しているのである。
多くの人員の命が、危険に晒されているのだ。
「あくまでも懸念です。僕の場合は、そうでなければいいという立脚点から物事を考察しているので、類似点だけに着目して堅白同異な推測を立てている恐れはあります。あるいは、バスガルから派生した、子ダンジョンという仮説もあるんですが、そういうものがあるのかどうか……」
子ダンジョンか……。ふむ、咄嗟に口にした欺瞞だったが、それはなかなかいい案だ。もしも僕が十全にダンジョンコアとしての能力が使えるなら、グラから派生した子ダンジョンを作ってDPを集め、それをグラに供給するという手もあるかも知れない。まぁ、いまは関係ないが。
「ふむ。子ダンジョンか……」
「フォーンさんはそういう例を知っていますか?」
「いや、そんな話は聞いた事がないね。そもそも、ダンジョンの主がいなけりゃダンジョンを維持できないだろう? より正確には、ダンジョンの主の核がないと、ダンジョンは維持できないはずさ」
「ダンジョンの主の核、ですか?」
「ふぅん? それは知らないんだねえ。ダンジョンの主の核ってのはまぁ、ダンジョンの主にだけある魔石みたいなもんさ」
それはつまり、ダンジョンコアそのものという事か? グラは人型ダンジョンコアとの事だが、彼女のなかには魔石のような本当のコアが存在するという事なのだろうか?
「魔石とは違うんですか?」
「違うらしいねえ。まぁ、あちしにはその違いはわかんないんだけど、魔導術的にはまったくの別もんらしいよ。といっても、一般的には超上質の魔石くらいに思われているし、だからショーン君も知らなかったんだろうけどね」
なるほど。だとすると、子ダンジョン計画は……あれ? ウチでならできるんじゃない? 僕、一応疑似ダンジョンコアだし。要検討だな。
「なるほど。では、子ダンジョンという可能性は、まず考えなくて良さそうですね。となると、やはり類似点が気になります。フォーンさん的にはどうです? 近くにある中規模ダンジョンと、構造、ヒカリゴケ、出現モンスターが、偶然生まれたての小規模ダンジョンと被る可能性というのは、どの程度だと思います?」
「むむぅ……。どの程度と問われると、答えに窮するなぁ。まぁ、ダンジョンの構造として洞窟タイプはそんなに珍しくないから、そこはあまり気にしなくてもいいとは思うよ」
「そうですか? 僕としては、ここまで一つもトラップがないというのも、バスガルとの類似点かと思っていたんですが、それは割と普通の事ですか?」
バスガルのダンジョンは、モンスターを主力にしたダンジョンで、罠は少ししかないらしい。そして、ここまで一つも罠は発見されていない。僕は答えを知っているから、バスガルのダンジョンの通路はこんなものかと思っていたけど、これが普通とは限らない。
その辺り、プロフェッショナルであるフォーンさんの見解を知りたいところだ。
「むぅん……? そういえば罠が全然ないねえ。たしかに、そろそろ一つ二つ見付かってもおかしくないくらいは進んでんだけど。まぁ、少ないとこは本当に少ないし、小規模ダンジョンだとモンスターにリソース突っ込むから、罠がない事はザラにあるね」
「なるほど。じゃあ、その点は無視して考えましょう。ここからの探索目標は、ここが本当に小規模ダンジョンなのかという点に加え、バスガルのダンジョンであるという仮説を否定できる要素を探しましょう」
「そうだね。じゃ、そろそろ休憩も切りあげて、お仕事再開しようかね」
「うっす!」
そういえば、さっきから静かだったな、フェイヴ。まぁ、こいつは基本、面倒臭そうな話には首を突っ込みたがらないしね。
●○●
探索を再開した僕らは、相変わらずゆっくりと進んでいた。何度かモンスターの襲撃をうけたものの、フェイヴとフォーンさんが危なげなく処理していたので、僕は一切身の危険を感じずに、他所のダンジョンを興味深く観察していた。
壁の赤ヒカリゴケを採取してみたり、出現するモンスターの特徴などを記録してみたりと、気の向くままに調べていた。ただ、モスイーターのような特性を有するモンスターはそうそうおらず、それだけではここがバスガルであるという証拠にはならないようだ。
「各光トカゲに、モスイーター、ケイヴリザード、ロックカミーリャン、バーグラーサーペント、鼻トカゲ、トサカトカゲ、鼻ムチヘビ、フェイクドレイク、アッシュバット、コヒーレンスバット、スリープゲッコー……。ふぅむ、やはり出現するモンスターは、かなりの部分でバスガルのものと被っているようですね」
各光トカゲというのは、ブリンク、グリッター、スパークル、シマーの名を冠すリザードの事だ。必要がなければ、個別に言及する意義を見出せないモンスターで、ぶっちゃけ、いまの僕でも割と余裕で倒せる程度だと思う。
なにしろ光源として使えるほど明るくもないくせに、暗闇だと異様に目立つというディスアドバンテージを背負わされていたのだ。グリッターリザードなんて、自らは光を発さないくせに、鱗がギラギラ光るせいで、照明が届かない範囲からも目視可能だった。いや、それは他の光トカゲも同じか。
サイズも、光トカゲシリーズは、モスイーターよりも一回り二回り小さかったし、だからといって素早いわけでもなく、他になにかできるわけでもない。
たぶん、ゲームとかだとスライムとかゴブリンとかのポジションなのだろう。
「そだねー。でもまぁ、爬虫類系で洞窟タイプのダンジョンだと、まぁこんなもんじゃないって感じの面子でもあるよねー」
「そっすね。ここにサンドヴァイパーとかマッドアイとかがいたなら、そりゃあバスガルとの差別化はできるっすけど、その分違和感も強いっす。普通、洞窟タイプにそんなモンスターはいないっすから」
それはたしかにそうだ。あえて、バスガルっぽさを払拭する為に配置したと勘ぐってしまう程には違和感が残る。単純にモンスターの種類が同じだから、という理由では、ここがバスガルと同定するのは難しいようだ。
ちなみにマッドアイというのは、軟泥に潜むワニらしく、湿地に生息しているようだ。泥の上に二つ目をだしてスーっと動くところから、マッドアイと呼ばれているらしい。
会話をしつつも探索に手を抜いていなかったフェイヴが、なにかに気付いて声をあげる。
「階段っす。ここから次の階層に進むみたいっすね」
「ショーン君、先に進むかい?」
一応依頼主なので、フォーンさんがさらに先に進むのか、確認をしてきた。
僕としては、別の階層があった事に驚いていた。バスガルからまっすぐこちらに向かって伸びているものと思っていた。ただまぁ、バスガルの行動方針としては、最初は小規模ダンジョンを装うという話だったので、一層二層くらいは作ってもおかしくはない。
ここで帰っても、冒険者ギルドの連中はここがバスガルだと確信はしないだろう。そうなれば、対応は現状維持で後手後手に回りかねない。下手すると、中級冒険者がごっそりとバスガルのDPになり、敵が増強されてしまう懸念もあるだろう。
なんとしても、ギルドにここがバスガルであると確信させるだけの情報を持ち帰りたい。
「進みましょう」
それしかない。
僕らは慎重に、階段を下りていく。
●○●
さらに数時間。襲ってくるモンスターの種類に多少の変化はあったものの、洞窟内の光景も、罠が少ないのもそれまで通り、こういってはなんだが、実に平穏な道程だった。
「二層に降りたら、格段に光トカゲの出現度が減りましたね。その分増えたのが、ディジネススネークとロックスケイルヴァイパーとダブルヘッダーですか。これもたしか、バスガルにいたと思います。曖昧な記憶で申し訳ないですが……」
ダブルヘッダーは、ケイヴリザードと同じくらい大きな、双頭のトカゲだ。爬虫類系のモンスターは、戦闘能力があがるにつれ、頭が増える場合がそれなりにあるらしい。きっと、ヒュドラとか八岐大蛇的なボスがいるに違いない。
「なにか一種でも、バスガルと違えば、結構有力な反証になるとは思うんですけど……」
「いやいや、それだけじゃ反証にはなんないでしょ。むしろ、ここまで種類が一致しているのに、一種だけをピックアップするのは、逆に牽強付会ってもんだよ」
「そうっすね。逆にいえば、そうとう特殊なモンスターが被りでもしない限り、モンスターの種類でダンジョンを特定するってのは、無理ってもんっすよ」
ふむ、なるほど。まぁ、モスイーターの特徴すら決め手にならないというのなら、たしかにそうかも知れない。
しかし、だとするとどうしようかなぁ。当初の予定では、ダンジョンを探索しているうちに、そこがバスガル方面に延びているという情報をフェイヴとフォーンさんに確認してもらい、そっちの方でダンジョンを探知する為のマジックアイテムを使わせたかった。バスガルから一直線にこのアルタンの町までダンジョンが延伸してきたのなら、バスガルのダンジョンとこの町との間で、確実に探知できるはずだからだ。
だが、階層が分かれているとなると、それを確認するだけで、結構な労力が必要になる。
問題は、おそらくその探索に、僕が付いていけないだろうというところなのだ。グラに作ってもらった新装備と、プロの入念な仕事のおかげで、僕は騙し騙しこの探索に付いていけているのだが、そもそもこの依代の運動能力はかなり低い。装備によって人並み以上の能力は維持しているものの、その為に刻一刻と生命力を消費している。
普通の人間よりも生命力では無理ができるとはいえ、減れば減る程つらいのは変わらない。たぶん、五割を割り込んだ段階で、集中力は苦痛に負けるだろう。
タイムリミットは、まったく戦闘に参加せず、きちんと休息を取る前提で、三日といったところか。これもだいぶん希望的観測が入り混じった試算だが、中規模ダンジョンの探索期間としては短すぎるといえるだろう。
さて、どうするか……。
●○●
二層をある程度進んだ段階で、時間的に、今日はここで休息をとる事になった。夜番は、僕を除いた二人がやるらしい。
僕が依頼主だから丁寧に扱っているというよりは、僕なんかに任せる気にはならないといった感じだったので、微妙に嬉しくはない。とはいえ、たしかに僕が、彼らと同等の警戒能力を発揮するのは不可能だ。役立たず扱いは、甘んじて受けよう。その方が、生命力も回復できるし。
「どうだった、初めてのダンジョン探索は?」
傾向食料という名の、焼き固めたパンと干し肉を齧りながら、フォーンさんが問うてきた。僕も、唾液でパンをふやかしつつ、その質問に答える。ちょっと行儀が悪いのには目を瞑って欲しい。そうじゃないと、いつまでも食事にありつけないのだ。
「非常に興味深かったですね。やはり、文字の情報だけを追っていたんじゃ、わからない事って多いですから」
「そうだろうねえ。とはいえ、ダンジョンってのは一つ一つに個性があるから、一概にこう、って決めつけるのは禁物だよ。その先入観が、命取りになるって事もある。気を付ける事さ」
「はい、それもまた十分に身に沁みました」
ここがバスガルのダンジョンだと信じるに足る情報を得られなかった最大の理由が、ダンジョンの独自性だ。ダンジョンの特徴が一致しようと違おうと、それこそがこのダンジョンの個性なのだといわれてしまえば、納得せざるを得ないところがある。モンスターの種類や洞窟の形状が同じであろうと、ここはそういうものと思われてしまえば、そこまでなのだ。
「ダンジョンが、独自の方法で情報共有をしているせいで、モンスターが似たり寄ったりなのが面倒ですよね」
「そうっすね。とはいえ、いくらダンジョンだろうと、バンバンオリジナルのモンスターを作れるわけじゃないんだと思うっすよ。腕が十本、足が七本、頭が三個の怪物とか作れたら、たしかに倒すのは面倒そうっすけど、もしかしたら戦うまでもなく足が絡まって転んだり、頭同士でケンカしたり、そもそも命を維持できずに勝手に死んじゃうかもっす」
まぁ、たしかにそういうモンスターを作ったら、たぶん上手く動かないし、生物として生きていけないだろう。とはいえ、命を維持できずに云々は間違いだ。その場合、そういうモンスターは、ただのアンデッドになる。肉体が生命活動をしない、一代限りの生物として生まれ、やがて死ぬだけだ。
まぁ、それをこの人たちの前で言うわけにもいかないので、軽く「そうですね」とだけ答えておいた。
「お二人が出会った、これまでで一番厄介だったモンスターって、どんなものでした?」
話題を変えつつ、有用な情報を入手しようと、僕は訊ねた。フェイヴとフォーンさんは、お互いに宙を眺めて考え込む。最初に答えたのはフェイヴだった。
「俺っちはアレっす。パニコスアクリダ! この辺りだと、コンフュージョングラスホッパーって呼んだ方が一般的かもっすね。一体一体は強くないんすけど、大抵は群れてて、おまけに【混乱】を使ってくるんすよ。ずっと生命力の理を使い続けられるわけでもないってのに、ホントに次から次へとバッタがワラワラ、ワラワラ……。一度そればっかでてくる層を探索して、酷い目を見たっす……」
それは、たしかに厄介そうだ。【混乱】の幻術は、ゲームとかにあるように、味方を攻撃する事もあるような、実に厄介なものだ。そのくせ、それ程難しい術でもない。僕だって使えるくらいだ。とはいえ、モンスターに使っても、混乱したそれがどっちに動くのかわからず、不確定要素が増えるばかりであまりメリットがない。
チームを組んで組織的に動いている、対人間用みたいなところがある幻術なのだ。
「パニコスアクリダかぁ……。たしかにアレも厄介だねえ。あちしとしては、あれだね。ペッシムスアピステッレストリス。こっちでは、なんていうんだろうね。まぁ、小さい蜂のモンスターさ」
苦り切ったとでも評すような、外見に似合わぬ顔で、吐き捨てるようにそのモンスターの名を告げたフォーンさん。その神妙な調子に、ついつい僕の声音も低くなる。
「小さいんですか?」
「そう。個体としては、あちしのこぶし大だったね」
「それは小さい」
十代前半に見えるフォーンさんの手は、相応に小さい。きっと細かい作業にはそっちの方が向いているのだろうが、モンスターの大きさとしては、下水道に出現する小型のネズミ系モンスターよりも小さいのではないだろうか。
「そう。ただ、それもパニコスアクリダと同じく、群れで生息しているヤツでね。そこがもう、本当に厄介なんだよ。まず、毒が強力な事」
「それは厄介ですね」
「っすね」
どうやらフェイヴも、このペッシムアピステッレストリスというモンスターは知らないらしく、興味深そうにフォーンさんの言葉を聞いていた。
「毒だけじゃなくね、普通に噛み付かれると、あちしの細腕なんかは捥ぎ取られるくらいには攻撃力もある。体そのものが小さいくせに、宙を飛んでて的が絞りづらい。おまけに、虫系モンスター全般に有効な、熱変動にも耐えるし、物理攻撃にもそこそこ耐える。とはいえ、毒も、強力な顎も、空を飛ぶ事も、別に他のモンスターと比べて特別厄介ってワケじゃない。こいつが本当に最悪なのは小さくて、そこそこ硬くて、なにより数が多いって点だ。この三点が合わさると、本当に厄介なのさ。そいつが肉食だったりすると、さらに輪をかけて最悪さ。まぁ、あちしが……――」
そこで一度、フォーンさんは言葉を切って、しかめた顔を洞窟の奥へと向けた。たぶん、僕たちから顔を背けたのだろう。
「まぁ……、あちしが一番堪えたのは、戦闘不能になったヤツに群がって、戦闘中にも関わらず、その強力な顎で解体して持ってくところだね。小さいから、一度に齧り取る部位も小さいんだろう。いつまでもいつまでも、悲鳴が聞こえ続けるんだ。だけどこっちだって、そいつの二の舞を踏むのはごめんだから、無視するしかない。そのうち悲鳴も弱っていって、ペッシムアピステッレストリスの羽音の方が大きくなるんだ。それで、あちしは思い知るわけだ。ああ、あいつはもう、そこに残ってないんだってね……」
壮絶な経験を語るフォーンさんに、僕もフェイヴも二の句を継げない。無言を訝しんだフォーンさんが振り返り、絶句している僕らを見て、大人びた苦笑を湛える。
「ま、そう判断したあちしらは、戦闘不能のヤツを残してその場を撤退、後日、国の魔術部隊を動員して、ペッシムアピステッレストリスを、そいつが住んでた森ごと焼き払いましたとさ。とっぴんぱらりのぷぅ」
必要以上におどけてみせるフォーンさんに、僕は苦笑する。フェイヴも肩をすくめて、ため息を吐いていた。そうする事で、この場の空気をリセットしようとしていた。
やはり、年齢相応の経験を積んでいる人の昔話は、身に積まされるものがあるなぁ。実に勉強になる。
あ、睨まれた。なにも考えてないっすよ?
「話を聞く限り、お二人とも強いモンスター単体よりも、弱いモンスターの群れの方が厄介だと思っているんですね?」
二人があげた例は、どちらも虫系モンスターであり、群れを作るという特徴が同じだ。僕もセイブンさんに教えてもらったが、虫系モンスターの厄介な点は、群れを作るところだ。二人がそろって虫系のモンスターに苦手意識を抱いているのも、根底には『群れ』というものの厄介さに起因しているところがあるだろう。
フェイヴは、そこにさらに一要素が加わったパニコスアクリダを、フォーンさんは、より群体を形成する能力の高いペッシムアピステッレストリスを厄介だと言った。そしてどちらも、一体一体は大した事がないとも述べていた。
二人は、弱いモンスターの群れを、強いモンスター一体よりも危険視しているという事だ。
「まぁー……、そうっすね……。強い敵単体よりも、弱い敵の群れの方が厄介だと思ってるのはたしかっす」
「あちしらは斥候だから、強いモンスターの矢面に立つ事って、あんましないおかげでそう言えるのかも知んないけどね。実際、弱い敵の群れが厄介なのって、パーティの近接戦闘能力が高くないところから、削られてくってトコだと思うし」
なるほど。群れっていうのは、面征圧的な攻撃をされる。いってしまえばそれは、押し寄せる波とか、荒れ狂う暴風のようなもので、一人一人に対する圧力は分散するものの、全員にまんべんなく圧力が加わるという事だ。前衛後衛で役割が分かれる冒険者パーティにとっては、特にその後衛にとっては、厄介な相手なのだろう。逆に、前衛にとっては弱いモンスターの群れよりも、強いモンスター単体の方が厄介に思えるのかも知れない。
斥候は後衛というよりは、遊撃要員だろうし、フェイヴやフォーンさんは近接戦闘能力も高そうだ。だが、防具や戦い方を見る限り、防御力よりも身軽さを重視した戦い方のようだし、やはり範囲攻撃のような群れへの対処は大変なのだろう。
「でも師匠、そういえばペッシムアピステッレストリスって、対処法確立してたっすよね? たしか、有効な毒があるから、それを散布すれば倒せたはずっすよ? どうしてその毒を持ってかなかったんすか? 人間が吸い過ぎると手足が麻痺する事もある毒っすけど、ペッシムアピステッレストリスはまとめて動けなくなるって……っていうかコレ、師匠に教わった事っすよ? まさか、たまたま忘れたとかじゃないっすよね? 俺っちには、常に持っとけって耳にタコができるくらい言ってたのに!」
そうだったの? なんかちょっと拍子抜け。弱点が見付かってたのか。しかも、群れごと対処できるような、画期的な対処法まであるのか。これじゃあ、僕らのダンジョンで使うわけにはいかないな。
「はぁ……。こんの、バカ弟子が……」
心底呆れたと言わんばかりの口調で、半眼のフォーンさんがフェイヴを睨め付ける。グラの教師スタイルよりも、背筋に寒気の走る視線だ。
「その対処法を確立したの、誰だと思ってんだい?」
「え!? もしかして……」
フェイヴではなく、僕の方が驚いて問い返した。だってその口調じゃ、ペッシムアピステッレストリスへの対処法を発見したのは――
「そう。あちしがあいつらの弱点を見付けたのさ。やられっぱなしはムカつくんでね、一回敗北したあと別の場所でヤツらを見付けて、ちょっかいかけて逃げるを繰り返しながら、なにが有効なのかを調べてった。バフモアの生木を燃した煙も結構効いたけど、屋外だとどうしてもすぐに煙が拡散しちゃうからね。やっぱりテルチャーの痺れ毒を散布するのが、一番即効性があって有効だったよ。ワンリーのヤツと組む前の話だし、ペッシムアピステッレストリスとの戦闘で、それまでのパーティは解散状態だったからできた無茶だけどね」
ワンリーというのは、たしか【雷神の力帯】のリーダーである一級冒険者だったはずだ。といっても、名前くらいしか知らないのだが。その彼と組む前、それ以前のパーティが解散後という事は、単独で調べたのだろうか。だとすれば、並々ならぬ執念だ。
やっぱり、この人にはウチのダンジョンにきて欲しくないな……。こういう人が相手だと、一回二回追い払ったって意味がない。何度も何度も探索し、攻略法を確立し、いずれはダンジョンの最奥にまで到達して、僕らを殺すだろう。
僕には、ペッシムアピステッレストリスなんかよりも、このフォーンさんの方がよっぽど恐ろしい。有効な対処法が思い付かないのだから……。
罠は、執拗で念入りな探索によって、まず確実に発見される。例え彼女の苦手なモンスターを配したとしても、最初は撃退できたとしても、いずれ攻略法を編み出すだろう。慎重に慎重を期す探索と、モンスターに対する執拗ともいえる警戒心と戦闘能力、おまけに聞くだに恐ろし気なモンスターとの敗北にもめげぬ克己心と執着心。
嫌になる程にガチガチの堅実さで、徹底して弱点を潰している。こういうところが、人間の強さであり、怖さだろうと、元人間としては思うのだ。
このフォーンさんという人は、超人的な能力を有しているわけではない。だが、人間にできる事を十全に行うという意味で、それができるという意味で、十二分に超人的な冒険者なのだ。
単に戦闘能力が高いだけの人の方が、僕としては与しやすいと思ってしまう。
「うん? どうしたんだい、ショーン君?」
僕が戦慄しているのを察したらしいフォーンさんが、こちらを覗き込んでくる。
「いえ、対処法が確立できるまでのご苦労を思うと、言葉がないなと……。命の危険も大きかったでしょうに、成し遂げられたそれは、間違いなく人類の為になる偉業でしょう。心から尊敬しますよ」
僕はある意味、本心からそう言った。そう、きっと人類の立場に立てば、この人の事を心の底から尊敬できたのだろう。いまはただ、恐怖しか覚えないが……。
●○●
翌朝……といえるのかどうか、相変わらず地獄のような空間で僕は目覚めた。寝起きに目にするには、最悪の光景だ。
石の地面で寝たせいで、非常に体が痛い……。体感的にも、生命力は万全とはいえない。とはいえ、夜番を免除されたおかげでそれなりには回復している。
「おはようっす」
僕が身を起こすと、既に起きていたフェイヴに挨拶をされる。僕も挨拶を返してから、乾いた手ぬぐいで顔を拭う。せめて濡れタオルが欲しいところだが、残念ながらこの状況で、飲み水も魔力も無駄遣いはできない。せっかく、グラが水を生む装具を作ってくれたんだけど、それはもっぱら飲み水を供給する為に使っている。
「夜はなにもありませんでしたか?」
「んー、まぁ俺っちが夜番している間は、二、三回モンスターが奇襲かけてきたくらいっすね」
「気付きませんでした……」
「ショーンさん、冒険者資格持ってんすよね? 流石に、寝てても異常があったら起きれるくらいにはしといた方がいいっすよ」
「精進します」
でもなぁ……。そこまで冒険者に比重を傾けたくないんだよねえ。グラが不眠不休で研究を続けている横で眠るのに、ちょっとした物音で目覚めるようになるというのも、いろいろ不便だ。
「そろそろ、中級冒険者は足を踏み入れてないところまで進んでると思うっす。まぁ、町中に出入り口があるダンジョンで、まだ見付かったばかりともなれば、泊まり込みで探索するのは負担と危険が多いだけで、デメリットが多いっすから」
「未踏のエリアを探索して、新発見とかあわよくばダンジョンの主を討伐しよう、なんて人はいませんか?」
「まぁ、いない事もないっすけど、五、六級の中級冒険者は結構手堅いんすよ。リスクを冒すなら、十分な装備と情報を準備してから、満を持して動くっす。そうやって、上級冒険者を目指すんす。行き当たりばったりなのは、七級くらいまでっすよ」
「なるほど」
流石にプロは違うようだ。やっぱり僕は、いまの七級くらいでいた方が、悪目立ちしなくていいと思う。まぁ、ダンジョンに入りたくもあるので、六級くらいならあがってもいいだろうが、まともな中級冒険者って、パーティ前提みたいなところがあるからなぁ……。
「あ、でも勘違いしちゃダメっすよ? なんにでも例外ってのはあるもんす。特に、六級とかだと、まだただの荒くれが混ざってる事もザラっすから」
「以前、ウチに侵入した連中みたいな、ですか?」
僕がそう問い返すと、フェイヴの表情が苦る。
「まぁ、そうっすね……。っていうか、その話はもう水に流してくれたんじゃなかったっすか……?」
「ええ、その通り。ですからあなたがそこにいた事に関しては、言及しなかったでしょう? 僕はただ、六級くらいにはまだまだチンピラゴロツキが混じっているんだなぁと思って確認しただけですよ?」
「はぁ……。……ホント、このお方には、口では絶対に勝てないっすね……」
肩をすくめて身支度を整えるフェイヴにくすりと笑い、僕も荷物を片付け始める。といっても、それ程散らかしていたわけでもないので、毛布替わりの防寒着をとさっき顔を拭った手拭いをバッグに詰め直すだけだが。
「おや、ショーン君も起きたのかい? じゃあ、とっとと朝飯にしようかね」
そう声をかけてきたのは、この環境では唯一といっても過言ではない目の保養である、外見だけは美少女のフォーンさんだ。右肩にピッケルを担ぎ、左手で魔石を弄んでなければ、その登場に癒されたかも知れない。どうやら、またも人知れずモンスターを退治してきたらしい。
代り映えのしない保存食を齧りつつ、今日の予定を確認する。といっても、方針は昨日と変わらない。このダンジョンの調査、ここがバスガルのダンジョンであるのか否かの検証、大まかな目的はこの二つだ。
「方角は見失ってないですよね?」
「当然っす」
「そうだね。ただ、やっぱり地下だからね、磁石はあまり役に立たないし、星が見えるわけもない。体感の方向感覚ってのは結構狂いやすいから、あまりアテにし過ぎるのも禁物だよ」
「それでも、おおまかな東西南北くらいは間違いないんですよね?」
「まぁ、そうだね。このダンジョンがバスガルに向かって延びているのかどうかくらいは、間違いなくわかると思うよ」
僕がどうして、方角を気にしているのかはお見通しらしい。
「僕の場合、工房を呑み込まれる危機感から、バイアスがかかっていると思いますから、お二人には別の可能性や懸念に関しても、探索中は留意してください。まぁ、僕ごときが言うまでもない事ではありますが」
「いやいや、ちゃんと口頭で意識共有してくれるのはありがたいよ。細かい意思疎通の齟齬から、重大な失敗につながる事もあるからね。あちしらも、そういうトコを怠らないよう、普段から注意してんだけどね。やっぱり、万全とはいかないさ」
なかなか含蓄のある言葉だ。とはいえ、この二人の場合は、言うまでもない事や、既に事前確認が済んでいる事柄の方が多いのだろう。なにより、なんでもかんでも確認取っていたら、煩わしくて仕方がないと思う。
「それじゃあ、今日も頑張りましょうっす!」
最後にフェイヴがそう締めて、僕らは二日目の探索を始めたのだった。
●○●
「くそ、なんなんすかこの物量!?」
「あちしが知るかい! ショーン君! まだ生きてるね!?」
「はいっ!」
探索を始めて数時間、僕らは断続的に大量のモンスターに襲われている。いまはまだフェイヴとフォーンさんだけでなんとか対応できているが、二人しかおらず、彼らは本来、戦闘は本分ではないうえに、足手まといの僕までいる。このままでは、キャパオーバーは時間の問題だ。
「撤退しましょう! リスクが大きくなり過ぎました!」
「あちしもいま、そう提案しようと思ってたところさ! このままじゃ、あちしとフェイヴはまだしも、ショーン君の身の安全の確保が困難だよ」
「了解っす! ひとまず、師匠は退路の確保を! 俺っちは、後ろから追ってくるモンスターの処理を優先するっす!」
フェイヴはそう言うが、あの量を一人で受け持つなんて自殺行為だろう。いや、もしかしたらいけるのかも知れないが、足手まといついでに、少しくらいは役に立とう。
「【睡魔】を使います! 少し離れて!」
「うっす!」
僕は左耳のイヤリング、夢海鼠に魔力を流しつつ、キーワードを口にする。
「眠れ」
光トカゲやモスイーターやアッシュバット等々、弱いモンスターはこれで一気に数を減らせた。とはいえ、強ければ強い程、この【睡魔】は抵抗できる。元々、下水道のネズミ用みたいな装具なので、それよりも何段も強い、ケイヴリザードやバーグラーサーペントにはほとんど効かない。
「すみません、あまり効果ないようです」
「雑魚をごっそり削ってくれただけで大感謝っす!」
「ショーン君、強いのはあちしらが絶対に通さないけど、弱くてちっさいのは処理が追い付かなくなってる! 討ち漏らしは、そっちで対処してくれるかい!?」
「了解です! この状況で役立たずに甘んじられる程、神経太くないので助かります!」
フォーンさんからの要請を受け、僕は腰から短剣と短杖を一つずつ取り出し、両手に装備する。今回の探索に、グラが用意してくれた二つの武器だ。
装具に理を刻む際、その素材の材質によって、術式を刻めるリソースはまちまちだ。これまで僕らが多用していた鉄という素材は、実はそれ程リソースは多くない。種類によっては、革は割とリソースが多いのだが、それも元の動物の種類によるところが大きい。チンピラゴロツキ冒険者崩ればかりを相手にしていた、僕らの手元にある材質がどちらかなのかは、いうまでもないだろう。
その点、木材も種類によりけりではあるのだが、いま僕が使っている短杖は、ジーガが市場から入手した、それなりにリソースが多いものだ。
杖に理を刻むメリットは三つ。
「【盲目】」
一つは、特定の【魔術】に共通する理を、杖自体に刻む事で、その【魔術】を構築するスピードが格段に上がる事。二つは、予め刻まれている為、間違いがないという事。三つは、余計な事に神経を使わなくていいので、戦闘に集中できるという事。
実際、僕なんかの幻術で、こっちに迫っていたトサカトカゲは目が見えなくなり、慌てふためいている。僕はそんなモンスターを、手にした短剣で、確実に仕留める。
まだまだ素人臭くはあるが、比較的雑魚のモンスターとの戦闘くらいなら、危なげなくこなせている。フェイヴやフォーンさんからも、その程度の相手であれば問題なく戦えると評価されているらしい。
「おっと【幻惑】」
とはいえ、やはり僕ごとき素人には、完璧な戦闘など望むべくもない。光トカゲを処理している間に、アッシュバットが襲いかかってきたので、幻惑を使ったあとに地面を転がって避ける。
いつかの冒険者のように、アッシュバットは己が作り出した幻影に攻撃を繰り返してぐるぐると円を描いている。そんな灰色蝙蝠を、起きあがって短剣で斬り捨てる。
ちなみにこの【幻惑】は、僕の幻術師としてのレベルとしては、まだ少し高いハードルだったりする。だが、なんだかんだ思い入れもあったので、優先的に勉強し、覚えた幻術である。今回のように、緊急回避には便利な術なので、グラも幻術全体の修得が遅れるのを承知で、優先的に教えてくれた。
――っていうか、さっきから討ち漏らしが多いよ。
文句を言ってやろうかと思ったのだが、どう見てもフェイヴとフォーンさんは僕なんかとは比べ物にもならない量のモンスターにたかられていた。
フェイヴなど、あの便利使いしていた、登山用ピッケルみたいな武器を一本喪失していた程だ。いまはそちらの手に、短剣を握って戦っている。
フォーンさんはフォーンさんで、眩暈を起こす弱毒の霧を周囲に放つディジネススネークや、ダブルヘッダー二体、バーグラーサーペント一体、おまけにさっき僕が使った【睡魔】を使ってくる、スリープゲッコー一体と戦っている。間違いなく僕になんて構ってられない戦況だ。
なるほど、これが『群れ』の厄介さか……。
昨日、フォーンさんから聞いた話が、思い起こされる。押し寄せる物量の波は、まんべんなく襲いくる。それは、弱いヤツから攫っていくのだ。そして、この場で一番弱いのは、僕だ。
「――ッ!? 嘘っしょ!?」
「フェイヴ、どうした!?」
フェイヴがあげた驚愕の声に、フォーンさんの声が訊ねる。お互いに、お互いの姿を視認する事はできていないのだろう。僕だって、いまはあのコモドオオトカゲモドキことケイヴリザードとの戦闘の真っ最中で、声をだす余裕すらない。
「ここにきて新手っす! しかも竜系っす!!」
「はぁ!? くっそ……ッ!?」
ちょうどケイヴリザードの硬い皮を避け、眼球に短剣を突き入れた僕は、フェイヴの方を見て、その威容に絶句する。フェイヴの奥にいるであろうその竜は、それでも顔だけでフェイヴなんかよりも大きく見えた。
なるほど、このケイヴリザードよりも少し大きいフェイクドレイクが偽物の竜と呼ばれるわけだ。モノホンの竜というのは、質からして全然違う。
四足歩行のその竜は、まるで僕を睨むようにして、雄叫びをあげた。その雄叫びに怯んだのか、一瞬この場にいたすべてのモンスターの動きが止まる。
「荷物を捨てて、一目散!! 遅れんじゃないよ!!」
その隙を見逃さず、フォーンさんが叫んだ。ただし、真正面から竜の咆哮を受けてしまった僕の鼓膜には、キーンという耳鳴りの方が大きく聞こえた。
――体は、動かなかった。




