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二章 〈5〉

 〈5〉


 翌日、僕は二日連続で冒険者ギルドを訪れていた。これまでは、週に一、二回程度しか訪問しなかったし、連続で訪れるという事もなかったのだが、昨日と違って今日はお仕事なのだ。

 連日来なかった理由としては、単純に勉強が忙しかったというのもあるし、翌日は資料整理で得た情報をダンジョン用にまとめ直す日だったりするからだ。

 ただ、今日は話が別だ。というか、昨日はグラの登録をしただけだったので、ギルドに来ない理由がない。

 このお仕事は、喉から手が出る程欲しいダンジョンの情報が、向こうのお願いで閲覧できるようになる。どんな罠で実力者の冒険者が死んだとか、どんなモンスターが厄介なのかとか、冒険のセオリーとか、ダンジョン攻略の順序とか、垂涎ものの情報が山のように、というか実際山になって積まれている。

 そんな山を見上げ、にへらにへらと笑いながら、僕はギルドの職員に変な顔をされつつ、ダンジョンに関する資料をまとめていく。玉石混淆であり、口語形式で記された情報が雑に積まれているだけだが、これを見やすい形に編集し、分類ごとに編纂するのは実に楽しい。


「へぇ……。これは……。ニスティス大迷宮か……。興味深い」


 別のダンジョンの情報から、派生する形で調べる事になったニスティス大迷宮に、僕はついつい独り言ちる。

 ニスティス大迷宮。ニスティスという大都市に、突如生まれたダンジョンは、多くの命を吞み込み、瞬く間に世界屈指の大迷宮にまで成長した。

 僕らと似たような境遇だ。違いがあるとすれば、それは人間のコミュニティに対して、真っ向から対抗するか、潜伏するかだ。

 ニスティス大迷宮のダンジョンコアは、真正面から人間に対抗し、襲い来る連中を次から次へと撃退し続け、急速に大規模ダンジョンへと成長したのだろう。壮絶な成長過程といっていいだろう。

 同じ境遇の僕だからこそ、このダンジョンコアの苦労は察して余りある。

 まぁ、だからといってニスティス大迷宮と同じ轍を踏むつもりはない。ニスティスのやり方は、一〇〇回やって一回成功するかどうかといったやり方にしか思えない。いくら急速に深くなれる可能性があるからといって、そんな確立に命をベットするなど、狂気の沙汰だ。


「ショーンさん、お昼ですよ」

「え? もうそんな時間ですか」


 扉から顔を出したのは、セイブンさんだ。お昼という事は、この資料室に入ってから、もう二、三時間くらい経っているらしい。時間が流れるのが早いなぁ。


「お昼はどうするんです? よろしければ奢りますよ?」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」


 言われてからようやく、僕のお腹が空腹を訴えてきた。こうしてきちんとお腹がすくようになって、あらためてダンジョンコアという体は便利だったんだなぁと実感する。

 三大欲求を無視できたから、僕はここまで生き残れたといっても過言ではない。

 セイブンさんに連れられ、ギルド近くの食堂に入ると、昼時をやや過ぎていたらしく、結構空いている。午後一時半くらいかな? 時計ないから、わかんないけど。

 ちなみに、一般人は時間を鐘の音で知るらしい。ある程度正確に時間が計れる時計もあるらしいけど、ちょっと裕福な平民程度が持つようなものでもないようだ。


「どうです? お仕事には慣れましたか?」

「ぼちぼちですね。足りない予備知識が多すぎて、てんてこ舞いしているところです。でもまぁ、知らない事を調べるのは好きなので、楽しいですよ」

「それは重畳」


 席に着いた僕らの元に、ウェイトレスの女性が歩み寄ってきた。セイブンさんが数枚の銅貨を渡し、手短に「ランチ二つ」と注文し、ウェイトレスもにこやかに頷いて去っていく。


「そういえば、ショーンさんが取り寄せを希望していた本が、そろそろ届くそうです。別に、ギルドの経費として落としても良かったのですが……」

「ギルドに同じ本があるじゃないですか。僕の個人的な研究に使う本を、ギルドのお金で買ってもらうわけにはいきませんよ」


 というか、あまりギルドに借りを作りたくない。


「律儀ですね。とはいえ、【鉄幻爪】シリーズの売り上げを思えば、ショーンさんにとって、痛手というわけでもないのでしょうが」

「いえいえ、十二分にお財布に出費でしたよ……。本って、お高いんですねぇ。欲しい本はもっとあったんですが、お金が足りずに見送ったものがいくつもありますよ」


 ホントに、めちゃくちゃ高かった……。なんで本一冊が、僕んちの一ヶ月の収入を上回ったりするんだよ。日本円換算でいくらだよ。

 購入を諦めた分の本はギルドで写し、内容をギルド職員に確認してもらったうえで、持ち帰らせてもらっている。ちょっと職権を濫用している気もするが、僕がダンジョンの知識を蓄えるのは、ギルドにとっても有益なので、写本は見逃されている。

 冒険者たちが集めた情報を写すのは、認められていない。まぁ、当然か。


「そうだったんですか? 一度、欲しい本のリストをギルドに提出してみてはいかがです? 取り寄せる手間と時間が減りますよ?」

「そうですか? なら、そうしてみます」


 とは言ったが、本当に欲しい本を、ギルドに伝えるつもりはない。

 僕は単純に、僕らにとって有益な情報を集め、利用しているに過ぎない。だからこそ、この件であまりギルドに恩を売られたくないのだ。下手に着目されて、僕らの集める資料から、その目的を推察されたくない。

 心配のし過ぎかとも思うが、こういうのは後悔先に立たずなのだ。バレてから、やめておけば良かったなどと悔やんでも、取返しはつかない。

 だからまぁ、取り寄せ希望の本は、ダンジョンに関して万遍なく記しているものや、現在のスタンダードだと思われる資料に限定しておこう。それはそれで欲しいものだし。


 さて、じゃあお昼お昼。依代に宿って良かったと実感するのは、やっぱり食べ物を食べるときだよなぁ。


 ごちそうさまでした。

 いやぁ、このお店は結構おいしかった。依代に宿ってから、あちこち食べ歩いたりしているが、そのなかでも五指に入る程には美味しかった。いやまぁ、一見さんお断りのお店とかは、入った事ないから、アルタンのグルメを名乗るには烏滸がましい見識しか持ち合わせていないんだけどね。

 セイブンさんは食事中に喋るのは嫌いのようで、僕もそれに合わせて話しかけなかった。食後にセイブンさんが注文した、キャブ茶なるものをいただきながら、僕は食事中抱いていた感想を口にする。


「美味しかったですね、ここ」

「ええ、ここは私も好きなお店なのです。ただ、お昼はおかみさんが食事を作るので美味しいんですが、夜は親父さんが酔客に合わせて食事を用意するので、味が全然違うんですよ。まぁ、夜の料理は夜の料理で、男臭くて好きなのですが」

「へぇ。夜の料理ってのも、ちょっと興味あるなぁ。ジーガに連れてきてもらおうかな」


 食事にグラを誘うのは、ダンジョンコアの体を経験しているだけに、気が引けるし……。生きるのに必要ないせいか、食べ物をあまりおいしく感じないんだよなぁ、あの体。


「好みが分かれるところなので、味の保証はしかねますがね。親父さんはむしろ、酒の目利きが上手い人ですし」

「お酒ですかぁ……」


 ぶっちゃけ、お酒にはあまり興味がない。台風が近付いていると、親父が呑兵衛になるので、あまりいいイメージがないのだ。酔っ払いってのは、周囲に迷惑をかける存在だからな。ああはなりたくない……。


「そういえば、ニスティス大迷宮についてなんですが……」


 話題を変える目的で話を振ると、セイブンさんは感慨深そうに顎を撫でる。


「ニスティス大迷宮ですか。あのダンジョンの攻略は、すべての冒険者の目標ですね。我々もいずれは……、とも思いますが、私もいい歳ですからね……。もう無理ですかねえ……」

「大規模ダンジョンの攻略というのは、やっぱり時間がかかるものなのですか?」

「そうですね。小規模ダンジョンならばともかく、中、大規模のダンジョンには、それなりに時間がかかります」


 ダンジョンの規模は、小、中、大で分けられる。

 小規模ダンジョンというのは、ぶっちゃけ僕らのようなダンジョンの事だ。階層は十層以下、広さはまちまちだが、ダンジョンの主のいる場所まで探索するのに、一日程度のものをそう呼ぶ。

 中規模ダンジョンは、基本的には小規模より大きく、大規模未満のものをそう呼ぶ。小規模なダンジョンは、中級冒険者や、本当に生まれたてのものは下級冒険者が討伐したりもするのだが、中規模以上のダンジョンは、上級冒険者しか討伐を許されていない。

 無駄な犠牲を増やさない為の措置なのだが、それでもダンジョンの主――ダンジョンコアに挑む中級冒険者はあとを絶たず、そしてそのほとんどが、案の定失敗して死ぬらしい。ごく稀に、中級冒険者でも、ダンジョンの主を討伐する者が現れるようなのだが、そういうヤツは問答無用で上級冒険者に昇級させる。……って、挑戦者があとを絶たないのは、たぶんそのせいだよ……。一見すると、ペナルティがなくメリットが大きく思えるのだろう。その実、デメリットは命の危険の高さなのだが。

 ギルドが求めている中級冒険者の役割は、人海戦術でダンジョン内のモンスターを狩って、ダンジョンのDPリソースを削ぐ事だ。ぶっちゃけ、ダンジョン側のスタンスに立つと、それが一番面倒臭い。

 一般的には、階層は十層以上、広さは小規模以上にまちまちだが、ダンジョンの主がいる最奥に到達するまで、最短で一ヶ月以下程度のダンジョンをそう呼ぶらしい。

 大規模ダンジョンは、三〇層以上のダンジョンをそう呼び、上限はない。


「あそこの周辺国は、ニスティスの都を奪還する為には財布の紐も緩むようです。交易の中継地として、金の生る木になるのは確実ですからね。丘陵地の真ん中にある盆地ですからね、あそこを迂回する為に物流が鈍るんですよ。我々にも、ちょくちょく奪還計画に参加するよう、依頼が届きます」

「へぇ……。お受けしないんですか?」

「まぁ、タイミングの問題もありますし、大規模ダンジョンの討伐計画ともなると、年単位の代物ですからね。ニスティス程のものとなれば、下手をすれば十年単位の攻略計画になります。また王侯たちが急くあまり、計画そのものが杜撰である場合も多い。あまり手が伸びませんね」

「なるほど。堅実ですね……」


 冒険者ギルドで情報整理の仕事を担うようになってわかったが、ぶっちゃけ大規模ダンジョンは、ほぼ攻略を諦められている節がある。なにせ、ダンジョンの攻略の為に割くべきリソースが大きすぎて、国家にとってもかなりの痛手になるからだ。

 なので、六級以上の中級冒険者のみを大人数投入し、地道にDPリソースを削りつつ、それ以上大きくならないようにしているのが実情だ。なんらかの事情で国庫に余裕が生まれたり、予想外にダンジョンが弱っていた場合にのみ、大規模ダンジョンの討伐が計画される。

 だがそれも、年単位でダンジョンを弱らせつつ、要所要所を上級冒険者で攻略させて、ジワジワと殺す手法が取られる事が多い。その過程で、街ができる程の長期間かつ大金の動く計画になる。しかも、結構な割合で失敗したりもする。

 だからこそ、そんな大規模ダンジョンの主を討伐した一級冒険者というものは、人々から尊敬の念を一心受ける。セイブンさんたちのリーダーも、その一人というわけだ。

 僕らもいずれは大規模ダンジョンになりたくは思うが、だからといってこの方法でダンジョンのDPを削られるのは痛い。ダンジョンがいまだ惑星のコアに到達できないのは、きっとこの対抗手段が有効だからだろう。

 僕らも、ダンジョンが人間に察知されれば、こういう対抗手段を取られるという事だ。なんと面倒臭い……。


「さて、それでは食休みもこのあたりで、そろそろ仕事に戻りましょうか」


 空のカップをテーブルに置きつつ、セイブンさんがそう言った。


「おっと、そうですね。随分と話し込んでしまいました」


 慌てて冷めたキャブ茶を飲み込み、席を立つ。午後特有の、どこか弛緩した空気漂うアルタンの町に、食後の眠気を感じつつ戻る。さぁ、午後も楽しい資料整理だ!


 夕方になって、僕はダンジョンに戻ってきた。グラに帰宅を告げ、集めてきた資料を手渡してから、屋敷に戻る。

 こちらの体になってから、僕はきちんと三食食べるようにしている。表向きは、栄養不足で体調不良を起こしたせいで、グラが心配性になっているからだと伝えている。まぁ、当の本人は常に夕食をすっぽかすので、説得力はない説明だ。だからといって、彼女に夕食を食べろと言える者は、我が家にはいないのだが。

 僕もまた、別に美味しくも感じない体で、必要もない食事を、苦手な人間と摂れとは言いづらい。

 そんなわけで、ジーガとキュプタス爺に本日の報告を受けつつ、食事を摂った。報告ついでに、ジーガから一つの提案をされた。


「雑役を任せられる人間を雇わねえか? 俺が任されている仕事ではあるが、資産運用を任されてる身としちゃ、そっちをおざなりにするわけにゃあいかねえ。だってのに、いいかげん扱う金がデカくなってきて、家の事まで手が回らねえんだわ」


 との事。とはいえ、知らない人間を屋敷に入れるのには抵抗がある。ジーガに関しては、セイブンさんがその人物の信頼性の担保となってくれたし、キュプタス爺はそんなジーガの紹介だから雇った。

 すなわちそれは、キュプタスがなにかをやらかせば、ジーガの信用に傷が付き、ジーガがなにかをやらかせば、セイブンさんの信用に傷が付くという、いわば人質を取っているようなもの。唯一キュプタスだけがフリーに思えるが、膝下を失くし、老いた彼にとって、この屋敷という働き口を失うというのは、野垂れ死にの運命に直結する愚行だ。

 この環境が、僕らの秘密を守るうえでは最適だった。だから変えたくはない。変えたくはないのだが……、確かに無駄に広いこの屋敷を、仕事をしつつ一人で管理するというのは、大変だろう。


「……たしかになぁ……。むしろ、よくこれまでなんとかなってたよねえ……」

「良くも悪くも、ショーンさんが地下から出てこなかった分、こっちも自由にできたからな」

「お、それなら僕が引きこもってれば、これ以上人を入れなくていいって事? 僕としては構わないけど?」


 本業はウチの家令なのだから、だったらむしろ資産運用の方をやめろというのは道理だが、当人の資質も、やる気も、ついでに主人である僕らのメリットという点でも、ジーガには家宰バトラーとしてより、文字通りの意味での執事スチュワードでいてくれた方がありがたい。

 なので僕の言葉は、半分は冗談だ。もう半分は、できる事なら僕としても引き籠っていたいという希望だ。


「むむぅ……。まぁ、たしかに俺の役目って言われりゃあ、そうなんだよなぁ……。俺としても、拾ってくれた恩があるし、雇い主の意向が最優先だ。その代わり、資産の方はあまり増えなくても我慢してくれよ?」

「待って待って。冗談だから。変なところで真面目なんだもんなぁ、ジーガは」

「ひょひょひょ。まぁまぁ、ジーガの立場で雇い主であるお前さんの意向をハッキリと告げられれば、それを無下になどできようはずもあるまいて」

「そういうもん?」

「そういうもんじゃ」


 同じ食卓に着いていたキュプタスに窘められて、僕も考えを改める。たしかに、こうしてフランクに接する間柄ではあるが、僕と彼らとの間にはれっきとした主従関係が存在している。今回のように、冗談のつもりで発した言葉が、取り返しのつかない事態を引き起こしかねないのだと察し、背筋に悪寒が走った。


「問題は、雇う人材の信用を、どう担保するのかって話なんだよ。僕らの研究を嗅ぎまわられたり、地下に足を踏み入れようとしたりされると、そういう輩は死んでもらわないといけなくなる。ウチの師匠から受け継いだ秘伝とか、いま僕が手掛けている研究とか、他人に知られると良くないものが、この家にはごまんとあるんだ」

「とはいえ、地下に入って生きて帰れるとも思えねえ。変に探りを入れてこようとするなら、そんときは解雇しちまえばいいだろ。俺たちだって、あの扉の奥には足を踏み入れてねえんだし、入ったらそっちで処理してくれればいい。主人に仇成す賊輩だったら、俺たちにとっても敵だ。その辺は、ちゃんと見定めて雇うつもりだ」

「ま、職場環境を悪化させるような要因を、自ら招き入れたりはせんじゃろう。ジーガにとってもワシにとっても、ここは居心地が良いからのう……」

「なるほど。まぁ、だったらいいかなぁ」


 ぶっちゃけ、そう頻繁に屋敷にあがってくるわけでもない。これまでは、週に一、二度といったところだった。いまは食事があるから、一日二回は屋敷に顔を出すが、そのうち一回の、朝は朝食と昼食を下に持ってく為で、ほとんど交流らしい交流もない。

 だったら別にいいか、と方針転換した。結局のところ、僕らの領域というのは、ここの地下であり、地上部分は便宜上もらい受けたに過ぎない。というか、所有権とかどうなってるんだろ。その辺知らないや。


「じゃあ、ジーガに任せるよ。あてはあるの?」

「一応な。アーベンの奴隷商がぶっ潰れた影響で、そこで売っていた奴隷がいま、市場にかなりダブついてんだ。このままじゃ、鉱山やダンジョンに送られちまいかねねえ」


 ああ、そういえばそんなヤツもいたなぁ……。奴隷商で、人攫いの元締めだったんだっけ? よく知らないけど。ジーガの話を聞く限り、どうやらそのアーベンという奴隷商は、結構大規模に商いをしている奴隷商だったようだ。

 そんなアーベンが消えた事で、彼が管理していた奴隷たちが、他の奴隷商に流れた。しかし、どこも奴隷を養えるキャパシティには限界がある。ウル・ロッドはかなりの人数の奴隷を開放し、さらに町の奴隷商が養い切れない奴隷を抱え込んだが、それはつまり、この町における奴隷の数は摺り切りいっぱいの状態だという事だ。

 だから、この町の奴隷市場はいま、買い手市場となってしまっているのだという。


「ウル・ロッドも、いまでこそあがり調子ではあるが、少し前は落ち目だとさえ言われてたんだ。無駄に奴隷を買い取れる余裕はねえ。しかしな、だからって鉱山奴隷やダンジョン奴隷にされるのは不憫だ」

「ダンジョン奴隷ってなに? あまり耳馴染みがないんだけど?」


 たぶんジーガは、その奴隷を助けたいのだろう。僕としては、あまり関心はないのだが、僕らに関係してきそうなダンジョン奴隷というものについては、聞いておきたい。


「ダンジョンの浅層に突っ込まれて、そこに出没するモンスターの駆除を担わされる奴隷だ。だが、完全に使い捨てにされ、まともな食事も与えられず、ひたすらにモンスターを狩り続ける、過酷な仕事を与えられる」

「でも、ダンジョンで死ぬと、ダンジョンが成長しちゃうんじゃない? ケブ・ダゴベルダの【ダンジョン学】には、ダンジョンは人の命を糧に成長するって書いてあったよ?」


 人間とダンジョンとの生存競争は、かなり長い年月続いている。一〇〇年二〇〇年といったスパンだろう。下手すれば、有史以前から続いているのかも知れない。その辺は、資料がないのでなんとも言えないが……。

 そんな状況にあって、わざわざダンジョンに餌を与えるような行為が、社会的に容認され得るものだろうか。……いや、許されるか否かは別にして、やるヤツはいるかもなぁ……。パンデミックが起きても、好き勝手な行動するヤツってのは、いなくならなかったからなぁ……。


「たいていは、小規模ダンジョンに突っ込むのさ。そこで、魔石を回収しつつ、適度にダンジョンの主を成長させ、中規模目前で騎士団だのどこそこ家の精鋭だのに討伐させて、箔をつけるって寸法だ。討伐するときは、小規模ダンジョンじゃなく中規模ダンジョンって事にしてな。まぁ失敗して、本当に中規模ダンジョンを生み出しちまう場合も、ままあるんだがな」


 もしもそんな事態になれば、首謀者はれっきとした罪人として裁かれる事になる。ただしそれは、意図的に中規模ダンジョンを生み出した罪であって、小規模ダンジョンに多くの人間を投入した罪、ではないのがミソだ。

 つまり、小規模ダンジョンにダンジョン奴隷を送り込み、一定の規模まで成長させ、最終的に刈り取るという手法そのものは、違法ではない。失敗して中規模ダンジョンに成長し、首謀者個人の手に負えなくなった場合にのみ、その手法は違法になるという事なのだ。


「なんというか、アバウト過ぎないかな……。そんなんじゃ、失敗して国中に中規模ダンジョンが乱立しかねないような……」

「流石にそこまでバカばかりじゃねえよ。この手法、冒険者ギルドは完全否定しているし、たいていの国も否定的な中立って見解らしい。でもなぁ、領地経営に行き詰った小領主なんかが小規模ダンジョンを見付けちまうと、起死回生を目論んで、このやり方に手を付ける場合がある」

「法で規制しちゃえばいいのに」

「それができねえんだろ。これを規制するって事は、困窮した小領主はそのまま潰れろってのと同義だし、戦がねえ時期の騎士だの将だのにとっちゃ、中規模ダンジョンの主討伐ってのは、いさおしをしろ示す希少な場なんだよ」

「ふぅむ。なるほど……」


 とはいえ、それだけならデメリットの大きさを鑑みて、禁止するべきなんじゃないか?


「ま、それを差し引いても、国家にも利益があるからなぁ」

「へぇ、それは?」

「過程で得られる魔石さ。小領主たちを困窮から救う魔石は、大局的には国家を潤す魔石なのさ。残念ながら、誰もが悪手だとわかっていても、大きな見返りが見込める手段があってなお、それを我慢できる人間てなぁ多くない。それが追い詰められているヤツならなおさらだし、自らの責任が及ばず、被害を被る恐れもないヤツにとっては、ま、言うまでもないやな」

「ひょっひょっひょ。たしかに、それ以上は不敬じゃわい」


 要は、国の上層部は否定的な立場ではあるが、それによって得られる利益がある為に、黙認しているという話のなのだろう。

 もし仮に、中規模ダンジョンが誕生したとしても、その責任を負うのは当事者の小領主であり、最大限波及してもその派閥の長まで。

 国家としては、濡れ手で粟だ。ジーガが最後に言及しかけたのは、つまりはそんな国の首脳陣の思惑に対する、不快感の表れか。金に目がくらんで、民の危険を軽視している、と。


「上手く辞め時を見極める事ができれば、富も、栄誉も得られ、失うのは奴隷の命だけ。しかもその命とて、魔石に変換されて返ってきている。一見すると、ローリスクハイリターンに見えるのも毒だ。そんなわけはないと頭では理解しているだろうに、手を出したくなるのだろう」


 ギャンブルと同じ、というよりもまんまギャンブルだ。人の命を掛け金にしたギャンブル。そして胴元は国。必ず儲かる方法というわけだ。

 なるほど、ダンジョン側のスタンスである僕としても、不快感が強い。


「でもさぁ、やっぱりリスクが大きすぎない? 中規模ダンジョンって、攻略する為には時間もお金もかかるんだよ? 最低一パーティは上級冒険者が必要だし、中級冒険者だって何十、下手すりゃ百人千人必要になる」


 つつがなく中規模ダンジョンを攻略できるなら、この話はたしかにメリットしかない。だがしかし、冒険者ギルドでダンジョンに関する資料に触れる機会が多いからわかるが、中規模ダンジョンの攻略とて、一筋縄でいくような話ではないのだ。

 莫大な費用と期間をかけてなお、計画が頓挫する事はままある。このアルタンの町とシタタンの町の間にある、バスガルという中規模ダンジョンも、何度も討伐計画が実行されたが、いまだ健在である事から、結果はお察しだ。

 大規模ダンジョンがほとんど攻略を諦められている現状、中規模ダンジョンは人間が組織的に攻略できる最大のダンジョンであるといえる。そんなものが生まれるデメリットは、過程にどれだけのメリットがあろうと、手を出すべきではないだろう。


「ま、中規模ダンジョンっていってもできたてだからな。お偉いさんも、沽券にかけて討伐にかかるし、冒険者ギルドとしてもいま以上に中規模ダンジョンが増えると、冒険者のリソースが足りなくなる。金に糸目を付けず、二、三ヶ月もかければ、たいていは討伐できる」

「できなければ?」

「そりゃもう」


 ジーガは両手を開きつつ肩をすくめ、首を振る。つまり、手が付けられなくなった、他の中規模ダンジョンと同じという事らしい。

 どうやら、この方法で生まれた中規模ダンジョンは、早い段階で討伐にかかれば、人間社会にとってはリスクは小さいと思われているらしい。だからこそ、国も本腰を入れて取り締まったりはしないし、同じやり方に手を染める輩も後を絶たないという事か。

 もし討伐できなければ、他の中規模ダンジョンと同じように、かなり長期の討伐計画が組まれるものになるというのに。

 ふぅむ……。やっぱり、デメリットが大きいようにしか思えない。たかだか魔石の為に、そこまでのリスクを抱え込むか? 魔石が欲しければ、下水道や野原でも集められる。特定の場所でしか産出しないわけでもないものに、そこまでの価値が生まれる者なのだろうか。いくら石炭のような、消耗品だったとしてもだ。


「なるほど。参考になったよ。で、そんなダンジョン奴隷にしたくないから、ジーガは奴隷の何人かを、ウチで雇いたいんだね?」

「あ、ああ、まぁな……。ダンジョン奴隷だけじゃなく、鉱山奴隷になるのも可哀想だろ。教育はきちんとするし、もしあんたの不利益になるようなら、俺が始末をつけると約束する。だからどうだ?」

「別にいいよ。いまの話は、僕の仕事の参考にもなったし、そのお駄賃代わりに何人か雇ってもいい。きちんと世話をして、責任まで取るというのなら、僕に文句はないさ」


 僕としては、別に奴隷がどうなろうと興味はない。だから、ジーガが助けたいというのなら助ければいいと思う。市場にダブついているというのなら、安いだろうしね。

 うん。問題はない。


「それでよ、明日は奴隷を買いに行きてえんだけどよ、主人が各店舗を回る必要が……」

「え、やだ」


 研究をおざなりにしてまで、人助けに興じるつもりはない。こっちはこっちで、命がけの案件が山積みなのだ。


「そこをなんとか! 頼むよ、ご主人様?」

「はぁ……」


 仕方ない。ここまでジーガに頼まれては、否とは答えにくい。部下の信頼を勝ち取る為に必要な行動だと、自分を納得させよう。


 人助けなんて、化け物の仕事じゃないってのに……。


 夕食後、僕は地下に戻り、集めた資料に関して話し合う。ダンジョンとして、人類に対抗する手段を講じる必要があるのだ。


「やはり、どこまでも厄介な存在です。地上生命というものは……」


 忌々し気に呟くグラの言葉に、僕も同意である。

 小規模ダンジョンは、見付かればほぼ終わり。中規模ダンジョンは、中級冒険者でリソースを削り、弱ったところに上級冒険者が投入される。大規模ダンジョンに対しては兵糧攻めだ。

 攻略を諦める代わりに、侵入する人間の数を絞って、それ以上ダンジョンが大きくなるのを防ぐ。たまに二級冒険者のパーティが討伐を試みて侵入するのだろうが、彼らが削るDPと彼らから得られるDPの、どちらが多いのかはわからない。ただ、時折二級冒険者から一級冒険者になる者が現れる事から、ある程度は察せるだろう。

 少なくとも、惑星のコアを目指せる程のDPを得られるという事はないとみていい。


 つまり、人類のダンジョンに対する行動は、その抑制という目的においては、凡そ成功しているのである。


「やはり、現段階で我々の存在を認知されるわけにはいきませんね。というよりも、情報を得たいま、たとえ大規模ダンジョンになろうとも、あまり知られたくはありません……」

「そうだね」


 グラの苦々しい声音が、その対抗手段の有効性を物語っていた。さらに、この世界には魔力の理や生命力の理というものがある。そうやってダンジョンの勢力伸長を抑制している間に、どこかで技術のブレイクスルーが起これば、ダンジョンと人類の趨勢は決してしまいかねない。

 勿論、ダンジョンだって研究は続けているが、ダンジョンコアというものは、根本的には個人で完結している。

 対して、人類には社会性というものがあり、一つの目的を長期スパン、多種多様な人材で研究し続けられるのだ。一人二人、一〇〇人一〇〇〇人食らったところで、ある程度大きなコミュニティで進められているであろう研究が、ストップするという事はない。

 ダンジョンは違う。一人でやっていた研究は、そのダンジョンコアが敗れた段階で水泡と帰す。基礎知識という共通認識になるのは、一定以上有用な成果のみなのだ。

 そして、これこそが致命的なのだが、人類はダンジョンの討滅を目的にしているが、ダンジョンは人類を根絶させられないという、基本スタンスの違いだ。

 ダンジョンの目的はあくまでも惑星のコアへの到達であり、その為のエネルギー源が人類をメインとした地上生命なのであって、彼らを殺す事そのものは目的でもなんでもない。というよりも、人類の絶滅という事態は、コアへの到達を挫きかねない大事だ。いや、それどころか、もしも人類が絶滅すれば、すべてのダンジョンが食糧危機に陥るだろう。

 対して、人類はダンジョンを絶滅させる為に、ダンジョンの攻略を試みている。ダンジョンという生物は、人類にとっては必ずしも必要ではない。

 勿論、それが人類の第一目標という事でもないだろうし、副次的に得られる魔石とて、人類社会には必要不可欠となりつつある代物だ。だが、彼らがダンジョンを攻略する目的は、基本的にはダンジョンの主――すなわちダンジョンコアの討伐であり、根絶である。


「……なんというか、理不尽に不利な立場だよね……」

「ええ。我々が人間を駆逐するのは自滅を意味するというのに、人間はお構いなく我々を絶滅させにきています」

「まぁでも、ダンジョンの生態的にも、人類を絶滅させるなんて不可能なんだよね」

「それは、まぁ……、たしかに……」


 ダンジョンの奥深くにこもって、侵入してきた人間だけを食い殺すというやり方で、人類をすべて倒せるはずがない。そもそもにして、僕らと人類は、同じ土俵に立てるような生き物ではないのだ。

 結局のところ、ダンジョンという生き物の生態そのものが、人類社会に寄生するのを前提にしているところがある。いわば、ネズミとかゴキブリみたいなものだ。グラが気分を害すから言わんけど……。


「しかし、このニスティス大迷宮の話は、ある意味では一地域から人間を駆逐した結果といえませんか? 私としても、我々と似たような立場からこれだけの成長を遂げたダンジョンとして、誇らしく、尊敬に値します。どうでしょう、我々もニスティスの真似をしてみるというのは?」

「無理」


 グラの提案をキッパリと否定する。いつものクールな表情に、わずかに憧憬と野心を滲ませていたグラの美貌に、子供がおもちゃを取り上げられて拗ねたような色が浮かぶ。

 少々心苦しいが、でもなぁ……。


「ニスティスのやり方は、一〇〇回中九九回失敗する方法だ。たまたまニスティスが上手くいっただけで、そこには攻めてきた人間をすべて返り討ちにするという実力も然る事ながら、都市内部にダンジョンが現れたせいで浮足立った、人間側の不手際という幸運が大きかった。実際、ニスティス大迷宮の誕生以降、コミュニティ内部にダンジョンが生まれたというケースはそれなりにあったようだが、そのすべてが討伐、ないしはダンジョンコア側が自壊しているそうだ」

「なるほど……。私も、周辺環境を観測した結果、自壊を選択しようとしました。その選択は、理解できます」

「自壊っていうか、自爆だけどね……」


 たしかにニスティス大迷宮のやり方は、ダンジョンにとっては一騎当千の猛将のような偉業に見え、同じようにしたいと思うのかも知れない。だが、それではダメだ。それでは不確かだ。

 なにせ、そんなニスティス大迷宮すら、いまだにコアには到達できず、人間からは兵糧攻めを受けている最中なのだ。

 グラとて、さっきは大規模ダンジョンになろうと、人間側に周知されるような事は避けたいと言っていた程なのだ。いまはまぁ、英雄の所業に感化されているが、いつもの冷静な彼女に戻れば、ニスティスのやり方がどれだけ綱渡りだったのか、わからないはずはない。


 ニスティスのやり方を、グラに取らせるわけにはいかない。それは、先の見えないどん詰まりに、彼女を追い込む所業だ。

 僕は絶対、グラを惑星のコアまで到達させ、彼女を神にする。その為に、今生の命を使い切ると決めている。


 よし、それじゃあ不利な状況から、ダンジョン側の勝機を見付けようか。




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