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一章 〈10〉

 〈10〉


 とりあえず、男の死体はダンジョンに食わせて処理し、これからについて考える。今回の襲撃は、まだ終わっていないのだ。

 どうやら、この先の階段の外には、件のマフィア連中が何人も残っているらしい。とはいえ、それは冒険者ではなく、ならず者の集団だという。

 だとすれば、そこまで脅威じゃないと思う。いや、軽視するつもりはないが、たぶん【暗病の死蔵庫(テラーズパントリー)】と【目移りする衣裳部屋(カレイドレスルーム)】の二つで、かなりの数が減らせると思う。

 しかもその奥には、まだ名前は付けていないものの、グラの作ったスタンダードな迷宮である、二階層も既に完成しているのだ。


 三階層こそまだなにもない空間が広がっているものの、本職でないゴロツキ相手なら、十分に対処は可能な状況だろう。


「いまの僕らにとって、一番警戒しなければならないのは、有象無象じゃなくやっぱり少数精鋭の冒険者だからね」

「そうですね。あの糸目の男には、ハラハラさせられました」

「なんというか、他の連中とは一線を画していたよね。まぁ、さっきの男に後ろから刺されて死んじゃったんだけど」


 あれには驚いたが、同時にちょっと拍子抜けしてしまった。いや、あれは拍子抜けというよりは、ガッカリしたと表すべきか。

 たしかに、こちらの仕掛けをあっさりと看破し、飄々と進んでいく様にはイライラしたし、ひり付くような緊迫感を覚えたが、同時にその緊張感はどこか心地よくもあった。

 どうしてだろう?


「死んでいませんよ?」

「へ?」


 グラのその言葉の意味がわからず、僕は間抜けな声をあげてしまった。


「件の冒険者は、死んでいません。ダンジョンに吸収できませんから」

「え? 瀕死って事?」

「どうでしょう? ただ、仰向けのまま微動だにしていません。依代実験体二号の傍らで」


 ああ、そういえば依代実験体も壊されたんだっけ。元々はドッペルゲンガーを配置する予定だったのだが、やはりここがダンジョンだと察知される危険を考慮して中止したのだ。

 今回の事で本物のモンスターを配置するのは悪手だと改めて理解したよ。まぁ、わざわざ実験体を配置したというのに、バレかけたわけだが……。


「上と下、どちらから対処しますか?」

「そりゃあ、下からじゃない? すぐに動き出されて、探索を再開されたら困るでしょ?」

「まさか、直接会いに行くつもりですか?」

「まさかまさか。そんな危険は冒さないよ。ここは、実験体三号くんの出番かなって」

「ふむ。なるほど……」


 そう言って僕らは、物置にある掃除用具入れの扉を開いた。そこには掃除道具など入っておらず、無機質な石の小部屋になっていた。

 それに乗り込んだ僕らは、扉を閉めると壁にあったボタンを押す。

 ゆっくりと下に降りていく箱。そう、これはエレベーターだ。

 あの男が【暗病の死蔵庫(テラーズパントリー)】と【|迷わずの厳関口《エントランス&エグジット》】を通過している間に先回りできたのは、このエレベーターがあったおかげだ。

 ちなみに、動かせるのはダンジョンコアである僕らだけで、普段は普通の掃除用具入れだ。エレベーターが上がってきたときには、掃除用具は奥に引っ込むようになっている。

 これでもう、【暗病の死蔵庫(テラーズパントリー)】を通らずとも、地上に出られる! 仕掛けもいちいちオンオフ切り替えなくていいし、万々歳だ。


「あの男が生きてるって事は、三号くんはいまもあの男を狙ってるの?」

「おそらくはそうでしょう。呼び戻しますか?」

「そうしてもらえる? 実験体の行動プログラムは、幻術じゃなく属性術の範囲だから、まだちんぷんかんぷんなんだよね」


 とはいえ、緊急時には本来の行動方針を放棄して、僕らの元まで戻ってくるようにインプットされている。グラが緊急事態だと発信すれば、プログラムに従って戻ってくるだろう。

 属性術のゴーレムというのは、そういうものらしい。


「流石に、現状では属性術の手解きまでしていられる時間は、ありませんからね。物理的に……」


 一日は二四時間しかないからねー。文字通りの意味でフルタイム勉強にあててる現状では、そこに新たなスケジュールをねじ込むのは、物理的に不可能だ。


 現在の僕らのダンジョンの最奥、三階層でエレベーターを止めると、まだなにもない三階層にでる。いや、なにもないって事はないか。机と石はある。


「それじゃ、三号くんを待つ間に、その他の冒険者の様子を聞こうか」

「基本的には【暗病の死蔵庫(テラーズパントリー)】で右往左往していますね。あの糸目の男以外に、まともに突破できた者はおりません」


 とはいえ、数人が【目移りする衣裳部屋(カレイドレスルーム)】までたどり着いたようだ。命からがら、といった有り様であり、最初の三人組のなかの一人の死体を見て、二進も三進も行かなくなっているようだが。


「それは重畳、ってわけでもないか。冒険者でも、五級まであがると、あんなにもあっさり突破されるんだね」

「はい。正直、少し侮っていました。ゴロツキばかりを相手にして、警戒心が鈍っていたのでしょう。ここからは認識を改めて、あの男を基準にダンジョンを構築していきましょう」

「そうだね。なにせ、彼はあれでもまだ中級冒険者。そのうえには上級、そして一級の冒険者もいるんだから」


 彼らの会話を盗み聞きした限り、フェイヴという名らしいあの男は、五級冒険者だという。中級冒険者の最高位であり、上級冒険者一歩手前の階級だが、それはつまり、うえにはうえがいるという事の証左でもあるのだ。


「三階層は、上級冒険者を想定した構造にしたいね。まだなにも考えてないけどさ」

「そうですね。ショーン、依代実験体三号、到着しましたよ」

「お、きたか」


 見れば、なにもない空間を、白いブヨブヨしたのっぺらぼうが、駆け足でこっちに向かってきていた。

 うん、気持ちわりい……。


 依代実験体は、肉体に幻術を使えるような装具を埋め込んだ、属性術で作られたゴーレムである。

 ゴーレムはゴーレムでも、フレッシュゴーレムというやつだ。

 ちなみに、別に人肉は使っていない。タンパク質の繊維で肉体を形成し、ダンパー代わりの脂肪がそれを覆っているだけだ。脂肪なしより、脂肪ありの方が、戦闘能力が高かったので、気持ち悪い見た目でもそっちを採った。


「でもやっぱり気持ち悪いよねぇ……」


 もしこれが依代としての完成形だったら、正直このまま二心同体でいいかも知れないと思う程度には、グラに相応しくない。

 バイオなハザードで、ちょっと強いモブゾンビとして登場しそうな外見なのだ。


「これはあくまでも実験体のゴーレムです。術者に決められた動きしかしませんし、原理的に憑依したり、遠隔操作したりには向きません」

「とはいえ、肉体を構成するという生命力の理の実験としては、結構な成果を納めた。これで、グラの依代完成に、また一歩近付いたよ」


 そう思うと、この白いブヨブヨなのっぺらぼうも可愛く思えるから不思議だ。いや、やっぱ気持ち悪いな。


「それよりも、まだ事態は終息していないのですから、さっさとあの男の対処に向かいましょう。まぁ、向かうのは三号なのですが」

「そうだね。じゃあ、三号くん。お願い」


 僕がそう言っても、三号くんは応答するでもなく、いきなり次の行動に移る。三号くんの背丈が縮み、髪が生え、顔ができ、そして僕のいま着ている服装が、どこからともなく現れる。

 これは、相手の姿を真似る幻術【写身しゃしん】というものらしい。結構高度な幻術なので、いまの僕には理のこの字もわからない術だ。

 つまり、これはいまの僕の姿だという事だ。


「……はぁ……」


 うん、【目移りする衣裳部屋(カレイドレスルーム)】作ってたときに気付いてたけど、というかその前から薄々感じてはいたけど、外見が幼くなっている。たぶん、小学校高学年から中学生初期くらいの姿だ。

 しかも、顔立ちや目鼻立ちが所々違う。なんというか、原型は僕の顔なのだが、コンプレックスだった部分をすべて整形したあと、みたいな顔なのだ。これが、本当に気が滅入る……。

 グラに聞いたところ――


『体が幼くなったのは、おそらくは女性の人格である私と統合される際、行動可能な肉体年齢と性差の整合性を取った結果、第二次性徴前の姿になったのだと推察できます。顔貌についてはわかりませんが、肉体を構成する際にイデアルな形になったと思われます。あなたにとって、好ましいパーツの形状、配置になっているのでは?』


――との事。

 いや、うん。たぶん、僕の希望通りの顔になってるよ。でもね、なったらなったで、自分の顔に親近感が持てないんだよ。僕、もっと普通の顔立ちだったから。こんな、負の要素をすべて削ぎ落とした結果、もうこれ誰だよって感じの耽美系美少年になっていた。それこそ、女の子といっても通じるレベル。

 あと、髪型もちょっと違和感。僕、小学校の頃は地元のサッカーチームに所属していたし、中学校では野球部に所属していた。この頃の髪型は基本的に、かなり短かったのだ。

 だけど、僕に変身した三号くんの髪型は、おかっぱ頭だ。これも、性の整合性をとったのだろうか?

 いや、美少年に生まれ変わって文句言うのは、贅沢だという事は、重々承知している。なにせ、美少年に生まれなかった前世を持っているのだ。僕だって常々、美形に生まれていたら、いろいろ得だったんだろうなぁと思って生きてきた。

 それでも! 正直な本音を吐露するなら、こんな美少年、いますぐやめたい!

 はっきり言って、鏡を見た際に自分の姿からコンプレックスが完全になくなっているというこの状況を、僕はちっとも喜べない。むしろ、恐怖すら感じると言っていい。

 ゲシュタルト崩壊するまでもなく、「お前は誰だ?」と本気で鏡に問いたくなるのだ。心底気持ち悪い。

 とはいえ、いつまでも生まれ持った自分の容姿に文句ばかりを言っていても始まらない。僕はぱんぱんと頰を張ると、気を取り直して三号くんに向きなおる。


「このままだと、三号くんは決められた動作しかできないので、僕の身代わりとしては機能しない」

「そうですね。どうするのです?」

「三号くんに幻術をかけて、肉体の操作権を剥奪して動かす。声はトランシーバー的な装具を作って、チョーカーにでもしとこう」

「ふむ……。複雑な操作は不可能ですよ?」

「三号くんの認識を、こちらにフィードバックする必要はない。相手の反応は、ダンジョンコアの能力で確認できるし、応対はチョーカーでやればいい。幻術はあくまでも、三号くんの肉体を動かす為のものだよ」


 幻術のなかには、敵対者のゴーレムや使役する獣、さらには敵対者本人を操る術も存在する。相手の知性が高ければ高い程に難易度があがるものの、ゴーレムはその点、もっともこの幻術にかかりやすい部類の相手だ。なにせ、自我がないのだから。


「なるほど。十分に可能ですね。というか、これはもう、属性術と幻術を組み合わせた、遠隔操作型のゴーレム運用術といえます。あとで研究したいテーマですが、いまは三号の準備を優先しましょう」


 まぁ、たぶんこれ、人間側は普通にやってたと思うけどね。ゴーレムと幻術を組み合わせるだけで、遠隔操作ができるようになるというのは、僕が最初に考えたとするには、単純すぎる。

 しいて難点をあげるなら、いくら遠隔操作ができるようになるといっても、限界の距離はあるだろう。情報のフィードバックができないと、離れすぎた場合、ゴーレムの状況がわからず、遠隔操作の意味そのものが薄れるのだから。

 というか、たぶん普通のダンジョンのような広い空間では、遠隔操作可能な距離的にそこまで画期的な活躍はしないだろう。いや、人間側の研究が進んでいれば、ドローンのような情報フィードバック方法を編み出して、遠隔操作可能な距離を伸ばしているかも知れないな。

 難点はもう一つ。必要とする基礎知識量が多すぎるという点。なにせ、属性術と幻術を修めないといけないのだ。分担作業で、属性術師と幻術師の二人の共同作業にするという手もあるが、それだって稀な人材の組み合わせだろう。

 あと、ダンジョンにとっては、単純にモンスターの方が使い勝手がいいというのもある。僕らの場合は、ここがダンジョンだと知られるわけにはいかないから使わないが、普通に考えればちょっとした使いっ走りなんて、モンスターにやらせればいいだろう。作ったばかりのモンスターは、コアの命令には絶対服従で、死ねと言われれば躊躇なく死ぬくらいなのだから。


「三号、用意できました」


 ゴーレム運用術について考えを煮詰めていた僕は、グラの声に気を取りなおす。


「よし、じゃあ件の冒険者に会いに行こうか」


「もしもーし。元気ですかー?」


 僕は血溜まりに沈んでいる男に、そう話しかけた。


「ふむ。返事がない。ただの屍のようだ。よし、野ざらしは可哀想だから、火葬してあげよう」

「いや、イカれてんすか?」


 別にのざらしではない死体を、室内で火葬しようとした僕に、糸目の男が的確なツッコミを入れてくる。むくりと体を起こし、何事もなかったかのように立ち上がった。


「どーもどーも、俺っちフェイヴっていうっす。あんたは、ここの主のショーンさんで良かったっすか?」

「はいそうです、住居不法侵入者のフェイヴさん」

「棘のある言い方っす……。いやまぁ、仕方ねえっすけど」

「ところで、なんで死んだフリなんかしてたんです?」


 ここは依代実験体が徘徊する、鏡の迷宮だ。不意打ちしてきた仲間を誤魔化すだけなら、さっさと起き上がって探索を再開するなり、撤退するなりしていたはずなのだ。

 僕の質問に、糸目の青年は飄々と答える。


「ああ、それはあんたを待ってたんす。事がすめば死体回収に現れると踏んでたんすよ。以前の骸は骨すら残ってなかったっすし、死体を回収する際に、接触するタイミングはあると思ってたっす」


 ごめん、普段死体はダンジョンが食らうので、本来そのタイミングはなかった。今回は、このフェイヴという男が生きていたから、わざわざ会いにきたのだ。


「それにしても、良くわかったっすね? 死んだフリは、俺っちの十八ある必殺技の一つなんすよ?」

「はいはい。それで、どうして僕を待ってたんです?」


 必殺技のくだりを無視されたのがショックだったのか、こんなどうでもいいタイミングで目を見開くフェイヴ。糸目キャラは、もっとここぞって場面で目を見開け。


「あ、ああ、そうっした。俺っち、実はセイブンの使いなんすよ。というのも、俺っちとセイブンは、同じ冒険者パーティの仲間なんす」

「え? セイブンさんって、冒険者だったんですか?」


 僕はギルドの受付で応対してくれた、中肉中背のさして特徴のない中年男性の顔を思い出しながら、そう問いかけた。


「そっすよ。しかも、三級冒険者っす」


 三級……。すごいな、それは……。

 僕がセイブンさんの肩書きに慄いている間に、フェイヴは首元をゴソゴソと弄っていた。そして、中級冒険者の証である銀のプレートが下げてあった革紐に、同じく上級冒険者の証である金色のプレートがもう一枚現れた。どうやら、首裏の方に回されていたらしい。


「え? なんでプレートが二枚あるんです?」

「俺っちは五級であると同時に、特級冒険者でもあるんすよ。戦闘技能じゃフェイヴとかには全然敵わねえっすけど、斥候としてなら上級パーティにいても遜色ねえって証っす!」


 僕がセイブンさんの三級という肩書きに慄いて、フェイヴを無視していたのが癪だったのだろう。胸を張って、首元の銀と金のプレートを見せ付けている。

 そういえばセイブンさんが、斥候は特級冒険者になりやすいって言ってたな。階級の評価基準が戦闘技能なので、それに類しない技能を持つ人材を保護し、優遇する措置だとかなんとか。

 まぁ、それはそれとして、フェイヴに威張られる道理はないので、リアクションはしない。


「それで、セイブンさんの使いとの事でしたが、どのような御用件で? ギルド関係でなにかありましたか?」

「ええー……。なんなんすか、この子……。あ、いや、あのおっさんの用事は、直接あんたに伝えるようなもんじゃないんす。俺っちが、ウル・ロッドがあんたを狙ってるって情報を掴んで仲間に伝えたら、ギルドで保護したいからって、ウル・ロッドの方をなんとかしろって用事っす。酷くねえっすか? なんとかってどうすりゃいいんだよって話なんすけど、そのへん丸投げなんすよ?」


 セイブンさんが僕を保護? 多少、他の冒険者よりも目をかけてもらっている自覚はあったが、そこまでの特別扱いを受ける理由に心当たりがない。僕が首を捻っていると、フェイヴがその答えを教えてくれた。


「日々ギルドに集まる、ダンジョン関係の情報を精査し、編纂してくれるなら、ギルド職員として迎え入れる用意がある、って話っす。あそこ、読み書きできる程度の人材はすぐに集まるんすけど、それ以上の知識層は門戸を叩かない場所っすからね」


 なるほど。たしかに、下級冒険者はダンジョンに行けないとはいえ、中級以上はダンジョンを探索する。その膨大な情報を精査し、きちんとした書類に書き上げるのには、それなりの知識がいるだろう。

 まるで自慢にならないが、たしかに僕は義務教育を完全に履修した。だが、おそらくではあるが、この国にそこまでの教育機関はないのだろう。

 そして、教育機関があったとしても、そこの輩出生は冒険者ギルドの職員にはなりたがらない、と。

 だから、僕にギルドの職員という椅子を与えてでも、ダンジョンに関する膨大な情報をまとめて欲しい、と。

 うん、それ、僕らにとって、願ったり叶ったりじゃね?


「保護とかウル・ロッドとかどうでもいいので、そのお話、お受けしたいんですが!」

「うぉ!? なんか、急にイキイキし始めたっすね。表情は無表情っすが……。あー、でも、保護しないとなると、情報が他所に漏れる可能性もあるっすし、色々と問題が生じるかもっす……」

「通いじゃダメなんですか?」

「うーん、機密保持って面では問題っすからねぇ。ちょっと、俺っちには判断つかないっす」

「なるほど……」


 要は、職員兼研究者として、衣食住を与えると同時にギルドに縛り付け、機密の保護を図りたかった、と。なるほど、抜け目がない。


「一応、ギルドはショーンさんを保護する意思がある事、その際の職の保証はする事は伝えたっす。どうするっすか? この地下施設を放棄するってんなら、俺っちがセイブンのところに連れてくっすけど?」

「いや、放棄するつもりはないですよ。これまでに、どれだけの労力を割いて防衛機構を整えたと思ってるんですか?」

「逆に、どんだけ必死になれば、これだけの地下施設を作れんのか聞きたいんすけど? っていうか、俺っちでも死にかけるような場所なんて、そうとうっすよ!? モノホンのダンジョンだって、中規模くらいなら、探索だけなら余裕っすからね!?」


 なにかヒートアップして語るフェイヴ。でも、お前が死にかけたのって、ダンジョン関係ないからね。仲間に背中から刺されただけだからね。

 いつの間にか、僕のなかのフェイヴの評価は、そんなものに成り下がっていた。いや、すごい探索能力があるのは認めるが、彼から漂う小物臭が、高評価を許さないのだ。

 僕に接触を試みたのも、セイブンさんから課された、ウル・ロッドの方をどうにかするという問題の解決策が思い付かなかったから、という感じがするし。


「いっとくけど、本来この地下施設は、施設なんて規模じゃなかったんだよ? 入り口の階段、廊下、そしていまは吊り橋になっている部屋だけだったんだ」


 フェイヴの文句(?)に、一応反論しておく。


「それは聞いてるっす。人攫いやチンピラが次々侵入してくるからって、広くなってったんすよね?」

「そう。前はそれでも吊り橋の部屋といまは貯蔵庫になっている二つの部屋だけだったのに、そこに七〇人ものゴロツキが攻めてきて、人海戦術で危うく突破されかけたんだよ。しかも情報収集したら、ウル・ロッドは下手すれば一〇〇〇人くらい集められるかも知れないっていうじゃん。そうなったら、こっちとしても死にたくないし、本気にならざるを得ないだろう?」


 ここぞとばかりに、僕は言い募る。ここが大規模な地下施設になったのは、マフィアどもが断続的に攻めてきたせいで、おかしな事じゃない。決して、ダンジョンだからじゃないと念押しする。


「ふぅむ……。もしも、ショーンさんにウル・ロッドに対する隔意がない、今後も今回の件を蒸し返さないっていうなら、俺っちが和睦を仲立ちするっすけど?」

「え?」


 思ってもない提案だった。

 正直、ウル・ロッドとはこのまま前面衝突するつもりだったから、和睦というものは一切考えていなかった。だが、考えてみればそれも悪くない。

 いま、地上に何人ウル・ロッドの兵隊がいるのかはわからないが、それを一人残らず皆殺しにできるかといえば、そうでもない。なかに入ってこない者は、殺せないのだ。

 そして、生き残りがいれば地上にでる度に、命を狙われる危険が生じる。情報収集の必要がある以上、僕はこれからも何度も外出する必要がある。その都度命の危険を感じるのは、正直勘弁して欲しい。

 地上というものは、僕らダンジョンコアにとっては、アウェーなのだという点を、忘れてはならない。


「なるほど。それも悪くない……」


 問題は、本当に手打ちになるのか。和を結んだあと、約束を反故にされ、地上で襲われるのは勘弁して欲しい。


「その場合は、俺っちと俺っちの仲間で、ウル・ロッドを潰すっす。和睦を仲介したのに、それを理由もなく反故にするってのは、こっちの面子を潰す行いっすからね。セイブンも含め、ウチのパーティメンバーが集まれば、チンピラ一〇〇〇人くらいはわけないっすよ」


 フェイヴが自信満々にそう宣ったが、どこまで信じれらるものか。これがセイブンさんの言葉であれば、それなりに信用してもいいのだが……。


「信じて欲しいっす。俺っちたちのパーティ【雷神の力帯(メギンギョルド)】は、一級冒険者が頭を務める、ダンジョンバスターなんすよ! 下手な貴族よりも影響量はデカいっす!」

「へぇ……、一級冒険者ダンジョンバスター、ねえ……」


 僕の、彼らに対する好感度が、一気に低下した。

 さっきから三級だ、特級だ、一級だと、冒険者の階級がインフレしてるせいで、すごさがいまいち実感しづらくなってきたのも、その一因だ。なにより、ダンジョンを殺す相手に好感を持つのは、もう僕には無理なのだ。

 とはいえ、これ以上関わり合いになるわけじゃないから、遠い世界の話として聞いておこう。フェイヴが、オリンピック選手と同じチームに所属してるっていう程度に捉えておけば、それ程ムカつかない。その影響力も、たしかにアテにできる。


「それじゃあ、和睦できるならそれで。できなくても別にいいけど、その際にはここに足を踏み入れた人間は、皆殺しにするよ? 文句は言わないでね?」

「上には、まだ数百人は残ってるっすよ? ホントにやるっすか?」


 そこらへんは、十分に対策してある。【強欲者の敷石パッショネイトアプローチ】は露骨に人数を絞っているし、次の【|迷わずの厳関口《エントランス&エグジット》】は、狭い足場に乗れるのは詰めて十人、適正人数は五人といったところだ。それ以外は奈落なので、大人数が押し寄せる心配はない。

 さらに、次の【暗病の死蔵庫(テラーズパントリー)】で合流を目論むなんて、ただの自殺志願でしかないだろう。


「この花のない衣裳部屋に到着する頃には、大人数を維持できなくなっているはずだから、大丈夫だと思う。次の二階層も、攻略には時間がかかるだろうし」

「二階層なんてあるんすか……」


 おっと、ついネタバレしてしまった。

 せっかく創意工夫を凝らして作ったダンジョンを、つまらないネタバレで台無しにしたら、勿体なさすぎる。


「僕としては、どっちもでも構わないですよ。あ、でももしこれ以上の戦いを望むのであれば、できれば全員で入ってきてください。生き残りがいると、あと腐れが面倒ですので」

「ホント、なんなんすかこの子……。考え方が怖すぎっす」


 いや、これは切実な問題なんだよ。誰それの恨みだの仇だのと、いつまでも背中を付け狙われかねない状況は、綺麗に解消しておきたい。枕を高くして眠れる環境は、非常に大事なものだ。

 まぁ、僕はもう何週間も寝てないんだけど……。


「怖いとか、あなたにだけは言われたくないですね。あなた、僕にもう一人の男を殺させようとしたでしょう?」

「おや? なんの話っすか?」

「あなたがセイブンさんとつながりがあると知った時点で、()()()が僕の知っている情報だった意味がわかりました。僕があの男を欺いて、殺すよう誘導したでしょう?」


 フェイヴと、もう一人の先程僕が手にかけた男との合言葉は、中級冒険者の心得である、ダンジョンに関する諸注意だった。初めは、たしかに僕は下級冒険者なのだから、知らなくて当然の情報であり、不自然には思わなかった。ラッキーだと思い、上手く分断しようと狙ってもいた。

 その前にフェイヴが不意を打たれたので、実行には移さなかったが。

 だが、こいつがセイブンさんと関りがあると知ったいまは、その意味合いが変わってくる。あれは別にラッキーなんかじゃなかった。


「さて、俺っちにはショーンさんがなにを言っているのか、さっぱり見当も付きませんね」

「まぁ、強キャラぶって韜晦してるけど、あなたその男に背中斬られたんですよね。だっさ」

「うぐ……。別に、上手く受け流したんで、怪我とかしてないっすよ!」


 じゃあホントに最初から、死んだフリだったのか。そこは僕も騙された。だってなんか、凄いリアルな死に方って感じだったんだもん。

 流石、十八ある必殺技と豪語するだけはあるね。必殺技の一つが死んだフリとか、やっぱりダサいけど、それはそれでローグっぽい。


「そんじゃ、俺っちはひとっ走りウル・ロッドの頭に会ってくるっす!」


 そう言って、騒々しい糸目の男は去っていった。


「和睦ですか。せっかく大人数で攻めてきたのですから、少し惜しい気はしますが……」

「たしかにね」


 数百人を吸収できれば、DP的にはかなり美味しい。ただ、その代償として、いつまでも命を付け狙われる事になるのはいただけない。

 とはいえ、ぶっちゃけダンジョンの掘削と構築で、かなりDPを使ってしまった。残りは十MDPを割り込みつつある。

 今回の襲撃がここで終わると、正直収支としてはマイナスなのだ。侵入者を制限した弊害だな。


「まぁ、フェイヴはああ言ったけど、和睦だってすんなりまとまるとは思えない。もう一当て二当てくらいは覚悟しておこう」

「そうですね。油断は禁物です」


 気を引き締めるようにそう言ったグラ頷いて、外へと向かうフェイヴの姿を遠視する。彼は【暗病の死蔵庫(テラーズパントリー)】を属性術で照らすと、生き残りをまとめて地上を目指しているところだった。




「生き残りが戻ってきた? どういう事だい?」


 アタイは、配下の報告に眉を顰めて問い返した。撤退を指図したわけでもないのに、報告の伝令が現れたのではなく、生き残りが戻ってきた? それはつまり、冒険者連中の探索は失敗したという事じゃないか。

 勘弁しておくれ……。


「へぇ、どうも、件の五級ですら手こずるような罠が張り巡らされてるってぇ話です。ついでに、五級に付けてたフバと、もう一人の冒険者崩れは死んだそうです」

「そうかい……。その話は当人から?」

「へぇ。奥に進んでいた他の冒険者連中の話は、どいつもこいつも、二度と入りたくねえと喚くばかりで、要領を得ないんでさぁ……」


 冒険者連中の肝が細いのか、それだけ大変な道のりだったのか……。後者だった場合、そんな場所に大人数の兵隊を投入して、どれだけ生き残るのか……。仮に三割が死んだとしても、ウル・ロッドの今後には無視し得ない砂鉄となる。

 いや、三割ってのは、五級が手こずるという情報を得たいまは、かなり楽観的な見方になりかねない。


 だが、どうする?


 元々今回の一件は、アタイらの面子の問題。ここですごすご尻尾巻いたとなれば、侮りは免れない。ウル・ロッドはいまでこそアルタンの裏社会を牛耳るマフィアだが、敵がいないわけじゃない。

 隙を見せたらあちこちから食らい付かれる。


「その五級を呼んできておくれ。詳しい話を聞きたいからさ」

「へい、ママ」


 駆けていく配下の背中を見送りつつ、アタイは思考を巡らせ続ける。

 ウル・ロッドの面子を保ちつつ、件の子供と手打ちする方法はあるか……? 連絡を取る手段もない相手と? 無理だ。だが、そうなれば損害をださない為には、一方的に撤退するしかない。

 傍目どころか、集めた人間から見ても、それは明確なウル・ロッドの敗北だ。それだけは回避しなければならない。

 なら、これ以上の抗争を続けるか? 否。危なすぎる。いまとなっては、ガキと戦い続けるというのは、面子を守る為に足場を崩すような行為になっている。最後には、面子も保てなくなる本末転倒ぶりだ。

 ならどうする? どうすれば、アタイとロッドの命を守れる?


「アーベンに全責任をなすり付けて、ウル・ロッドが潰せばいいんすよ」


 アタイの思考を遮ったのは、見覚えのある男だった。どちらかといえばヒョロい印象を受ける、糸目の青年。服にはべったりと血糊が付いており、多少草臥れているものの、飄々とした態度は地下に入る前とそう変わりはしない。


「このままウル・ロッドの構成員を地下にぶち込み続けると、確実に半分以上は死ぬっす。下手すりゃ、全滅もあり得るっす。それは、実際に階段、廊下、玄関、貯蔵庫、衣裳部屋を探索してきた、五級冒険者としての見解っす。少なくともここは、大人数の素人を何人突っ込んだところで、踏破なんてできないっす」


 肩をすくめてそう言い捨てる男に、周囲にいたウチの幹部が色めき立つが、アタイはそれを手で制す。


「アンタに付けてたフバは、死んだんだってね? アンタが殺ったのかい?」

「まさか。フバは鏡部屋の仕掛けに取られたっす。まぁ、暗闇部屋でもかなり危なかったっすけど」

「ふぅん……。じゃあ、もう一人の男は?」

「そっちは知らないっす。俺っちの背中に斬り付けて、うえに戻るって喚いて消えたんすよ。生き残りを回収しつつ戻ってきたんすけど、そのなかにイニグはいなかったっす。地上にも戻ってないとなると、どこかで死んだんすかね」


 アタイはちらりと指輪を見る。水晶の嵌め込まれたその指輪に、変化はない。これは、相手が嘘を吐いていると、光って教えてくれるマジックアイテムだ。どうやら、本当にこの男は、フバやもう一人の男を殺ってはいないらしい。


「それで? なにやら面白い話をしていたね? アーベンに全責任を取らせるって?」

「そっす。元々今回の一件に、ウル・ロッドを巻き込んだのはアーベンっす。損害も、いまとなっちゃウル・ロッドの方が大きいっす。そしていまや、ウル・ロッドは存亡すら懸かった状況。なのに、アーベンにとっては、そこまででもない。まぁ、多少痛手ではあるでしょうっすけど」


 たしかに……。いつの間にか、アーベンよりもウチの方が深みにはまっている。この場にいるアーベンの奴隷兵を全部失ったところで、ヤツは別に破産したりはしない。

 タダで奴隷を失ったと、舌打ちするくらいの痛手だろう。

 対してウル・ロッドはどうだ? ここを切り抜けないと、スラムでの立場を失くしかねない。発端はアーベンだというのに、だ。


「考えてみるっす」


 そう言って男は、薄く目を開けてこっちを見つめながら、真剣な声音で語りかけてくる。


「この地下施設に七〇〇人ぶっ込んで、運よく三、四〇〇人くらいの犠牲ですむのと、このままとって返して、アーベンの商館を囲むの、どっちが楽っすか?」

「…………」


 それはいうまでもない問いだ。もし本当に、五級のこいつが手こずるような罠が張り巡らされているなら、徒に兵を失うなど愚の骨頂。ならいっそ、アーベンの奴隷兵を相手にした方が、はるかにマシだ。

 実際、冒険者連中でさえ、半壊している。ならず者の生存率が、彼らよりも高いという事はないだろう。


「……二つ聞きたいんだけどね?」

「なんすか?」

「アンタは、本気でこの地下に兵隊を送ると、半分以上死ぬと思ってるんだね?」

「そっすね。半分っていうか、たぶん全滅すると思ってるっす」


 指輪は光らない。


「もう一つ。アンタ、ここの子供と繋ぎを付ける事は可能かい?」

「はい、できるっすよ」


 指輪は、光らなかった。それにより、ウル・ロッドの方針は決まった。


 フェイヴという名らしい、五級の男を下がらせて、アタイらは幹部だけで話し合いの場を設けた。


「ママ、あいつぁ信用できるんですかい?」

「信用なんざできるわけないだろう? ファミリーの一員でもなし、どこの誰の使いかもわかったもんじゃない。ただ、あの場では一切嘘は言ってなかったね」


 重要なのは、あの男の信用ではなく、言っている内容が的を射ているか否かだ。


「……それはつまり、地下に足を踏み入れたら、俺たちが全滅するってぇ話も、嘘じゃねえと?」

「そうなんだろうさ。どうも、あの様子から単純な腕っ節や頭数でどうこうできるような場所じゃなさそうだね」


 どれだけむくつけき兵を揃えても、断崖に飛び込ませれば、それはただの集団自殺でしかない。アタイには、子分どもにあの階段を降りろと命じる事は、それと同義に思えた。


「アーベンの奴隷兵どもはどうしてる?」

「一応、出番までは待機させてやすが……」

「監督に、たぶん人攫いの連中が就いていやすね。こっちに変な動きがあれば、即座に気付かれやす」

「ふぅむ……」


 部下からの答えに、アタイはおとがいに指を這わせて唸る。もはや問題は、いかに体面を保ちつつ、あの子供と手打ちにするか、だ。そうなると、たしかにアーベンにケツを持たせるのが一番手っ取り早い。

 アーベンとは手切れになるだろうが、ここでウル・ロッドの体力を無駄に削られるよりも、はるかにマシだ。


「ママ、アーベンと敵対するつもりですかい?」

「ここのガキと敵対するよりかは、幾分もマシだろう?」

「ガキ一人ですぜ?」

「だからなんだい? 既にそのガキ一人に、一〇〇人以上取られてるんだよ? 侮るなんざ、バカの所業さね」

「…………」


 納得のいかなそうな顔で黙る幹部の一人に、アタイは面倒臭いと思いつつ、ため息を吐く。

 たしかに、上辺だけを見れば、ウル・ロッドは子供一人に敗北したという事になる。それは、確実にウル・ロッドの看板に傷を付けるだろう。

 だが、看板は所詮看板だ。大事なものではあるが、屋台骨が折れるより、はるかにマシなのだ。

 それに納得がいかないという思いは、わからないでもない。本当に、この地下施設を突破する事は、そこまで困難なのか。すべてがフェイヴの虚言で、あるいは彼の後ろには、件のガキがいるのではないか。自分たちは、いいように担がれているのではないか。

 そういう思いがあるのだろう。


「ここまできて、相手を単なるガキ一人だなんて思うんじゃないよ。熟練の魔術師の拠点に、カチコミかけると思いな。多少は、その厄介さが想像つくだろう?」

「……たしかに」

「ママ、そのガキ、それだけの実力があると?」

「現状を省みりゃあ、そうなるだろうさ。迂闊に手を出しちゃいけない相手に、手を出しちまった。ここはもう、どう波風立たせずに終わらせるかっていう話になってんのさ」


 さっきはああいったが、ウル・ロッドの看板だって大事なもんだ。侮りを受けて、これまで頭を押さえていた裏組織が、一斉に敵対してきたら流石に厳しい。


「では、ママはもう、ここのガキには手を出したくないんですな?」

「当たり前さ。それとも、このなかにまだ地下に赴きたいヤツが残ってんのかい?」


 アタイが問うと、全員が口を引き結んで沈黙を保った。誰もが、この得体の知れない場所に、少なからず畏怖を抱いていたのだろう。


「そういう事さ。もうね、ガキを相手にするより、アーベンを相手にした方が、なんぼもマシなんだよ。少なくとも、兵隊をすり減らすだけの意味があるからね」

「ここのガキ相手では、意味がないと?」

「あると思うかい?」

「であれば、いっそ必要以上にそのガキを持ち上げときましょうか。少しでも俺たちの傷が少なくて済むように、稀代の魔術師とでも称えて」

「ほう、悪くないね。アタイらが失敗したと聞き付けたアホが、ガキにカチコミかけて全滅でもすれば、嘘にはならない。むしろ、あたらに配下を死なせない判断をしたって、評判が高まるかもね」

「ハハハ、そいつぁいい。精々、他の組織がちょっかいだしたくなるくらい、大々的に褒め称えましょうか」


 弱々しい笑いに包まれる幹部連中。まぁ、どう言い繕ったって、これは明確な敗北だ。ウル・ロッドはガキ一人に敗北した。

 面白い話じゃない。だが、それでも、再起ができないって状況までは追い込まれなかった。


「……これからが大変だよ。正念場さ」

「ウル……」


 それまで一貫して口を開かなかったロッドが、アタイの名を呼ぶ。こういう場でロッドが口を開くのは非常に珍しく、幹部連中も驚きの表情を浮かべている。


「オイラ、頑張る。ウル、大丈夫」

「まったく、いくら気心知れ合った幹部しかいないからって、配下たちの前でその口調はやめなって言ってるだろう……」

「難しい事言う、苦手……。でも、ウルを励ます。オイラ、一緒に頑張る。だから、大丈夫」

「そっすよママ! オヤジと俺たちがいりゃあ、こっからでも巻き返せます!」

「むしろ、今回の敵が、調子に乗ってこっちに攻撃仕掛けてくるような組織でなくて、良かったと思いやしょう。そう考えると、いいヤツに負けましたね」

「なぁに、ウル・ロッドの看板も、多少傷が付いた方が、貫禄がでるってもんでさぁ! どこまでもご一緒しますぜ!」

「お前ら……」


 口々にアタイを励ましてくる子分たちを見て、胸に込み上げる思いを抑える。

 すべてはアタイの判断ミスだ。不穏な空気は感じていたのに、体面の為にそれを無視した結果がこれだ。ウル・ロッドの看板に、より大きな傷を付けるハメになった。

 だが、誰もそれを責めない。こいつらは、アタイの事を、それだけ信じてくれているのだ。当時は、攻撃するのが最善の判断であり、いまは手打ちが最善だというアタイの判断に、それぞれ思うところはあろうと、異論を唱えずに従ってくれようとしている。

 だったら、こんなところで情けない顔なんて、母親分としては、絶対に見せられないじゃないさ。

 アタイは、こいつらの()()なんだからさ!


「さぁ、それじゃあアーベンの奴隷兵たちに、そこの階段を降りてもらって、敵の戦力を削っておこうかね」

「そのあとは、アーベンの商館へ?」

「そうさね。アーベンの奴隷商館を襲撃し、ヤツに落とし前付けさせて、人攫いを残らず潰す。そうすれば、これだけの兵隊を揃えた意味もでてくる。いい機会さ。これで、アルタンの裏社会はウル・ロッドの一強になるね」

「そいつぁ景気がいい」


 明確な敵が定まった事で、おバカたちは一気に威勢が良くなる。こういう単純なところが、本当に好ましく羨ましい。

 一強といえば聞こえはいいが、要はただの共食いだ。ウル・ロッドだって弱体化は免れない。これからが正念場。その言葉は、間違いなんかじゃない。


「さぁ、それじゃあ敗戦処理といこうかね。せいぜい、勝者を称えながらね」


 それでも、アタイとロッドと、可愛い子分たちの命が残っただけでも重畳さ。こいつらがいれば、いくらだってやり直せる。

 そう思いつつ、アタイは母として胸を張った。




 最近、この辺りには奇妙な子供が出没する。


 初めて現れたのは、三ヶ月前。誰がどう見てもカモだった子供は、いまやこのスラムで最も有名なアンタッチャブルだ。

 ウル・ロッドファミリーがたった一人の魔術師のガキに敗北したという噂話は、瞬く間にスラムを抜けて、このアルタンの町中に知れ渡った。


 七〇〇人以上のウル・ロッドの襲撃を、なんとその子供は誰の助けも借りず、退けてみせたのだ。驚愕の事実だが、件の子供が凄腕の魔術師で、地下は彼の工房だと聞かされれば、それも納得できない話じゃない。

 魔術師の拠点に無策で突っ込むなど、飛んで火に入る夏の虫も同然だ。凄腕ともなれば、なおさらの事だ。まぁ、見るからにただの子供が、それ程の魔術師であるという点は、驚くべき事だが。


 そうと知りつつウル・ロッドと子供を食い合わせようとしたのが、スラムでも忌み嫌われていた奴隷商のアーベンだ。それまでは、ウル・ロッドとアーベンは、スラムでも並び称される程の存在だった。関係も、別段悪かったわけではない。

 だが、ウル・ロッドは凶剣のジズや懐刃かいじんのフバといった幹部候補や、冒険者崩れの荒くれ者を幾人も失っている。

 それに対して、アーベンにはほとんど損害らしい損害がなかった。アーベンは、この機にガキを使ってウル・ロッドを弱体化させ、アルタンの町の裏社会を一手に牛耳ろうと目論んだわけだ。

 その事実を知ったウル・ロッドは、子供の拠点にアーベンの奴隷兵を全員突っ込むと、即座に矛先をアーベンに変え、ヤツの商館を取り囲んだ。

 アーベンも戦闘部隊を抱えてはいたものの、奴隷兵を抜いた五〇〇人ものウル・ロッドの兵隊に囲まれては、他勢に無勢。なんとか手打ちにできないかと交渉を試みたが、ウル・ロッドは一切の没交渉だったそうだ。

 これは仕方がない話だろう。たった一人の子供に敗北したウル・ロッドは、これ以上周囲に弱味を見せられなかったのだ。

 結果、アーベンは首を刎ねられ、彼の家族は町を追われた。さらに商館は打ち壊され、財貨や商品はウル・ロッドに引き取られたうえで、人攫いに攫われた奴隷は解放された。


 そして当然、子供の拠点に送り込まれた百人以上の奴隷兵は、誰一人として戻ってはこなかった。


 一連の事件で、誰もが件の子供の異常性を認識した。なかには、ウル・ロッドが名を落としたのを機に、彼らに成り代わろうと、その拠点に百人以上で襲撃をかけたマフィアもあった。ウル・ロッドが失敗したヤマを、自分たちならこなせると証明し、求心力を高めようと目論んだのだ。

 だが、そのマフィアは頭と幹部、それとわずかばかりの手下三十余名を残して、壊滅というよりはほぼ全滅した。

 手下だけを死なせて、おめおめと生き残ったその連中の末路は、惨めなものだった。一時はそれなりに幅を利かせていたマフィアの頭と幹部が、スラムの誰からも目を背けられる鼻摘まみ者になったのだ。

 いっそ、ウル・ロッドが報復の名目で捕らえて始末すれば、まだマシな最期を辿れただろう。一人また一人と物乞いまで落ち、恨みを持つ者らに袋叩きにされて死んでいった。いまは何人生き残っているものか……。

 あるいは、そうやって見せしめにする事こそが、ウル・ロッドの目的だったのかも知れない。そう思える程に、現在のスラムにおけるウル・ロッドの名声は高い。

 アーベンを始末し、その後も徹底して人攫い狩りをした結果、いまのスラムは人攫いに怯える必要がなくなった。ウル・ロッドが解放した者やその仲間、その話を聞いた者なんかは、ウル・ロッドに好意的だ。

 さらには、件の子供相手に負けた事も、いまとなっては評価が逆転している。曰く、下っ端の命を守る為に、恥を忍んで敗北を受け入れた。曰く、そうしなければ、七〇〇人は全滅していた。曰く、ウル・ロッドは子分を大事にしてくれる。

 敗北を受け入れた際の、ウル・ロッドの母親分の言葉が浸透したのも、評価が高まった理由だろう。


『看板はたしかに大事だが、屋台骨よりも大事って事はない。お前ら子分は、ウル・ロッドの大事な柱なのさ』


 そう言って、子分たちの為に、自ら泥を被ったのだ、と。

 勿論、どこまでが本当の話かはわからない。いろいろと誇張されて伝わっている部分も多いだろう。だが、事実としてウル・ロッドは一時的に名を落としたものの、いまとなってはファミリーの結束は強まり、名声はむしろ高まったといえる。

 そして、ウル・ロッドの名が上がれば上がる程、同時に件の子供に対する、畏怖の念も高まっていく。

 ウル・ロッドと子供は、完全に対等な関係で和議を結び、いまとなっては絶対に手出しをしない事を、お互いに約束を交わしている。

 どころか、件の子供の拠点のうえにあった廃墟を、ウル・ロッドが詫びの証として建て直し、スラムでは場違いな屋敷に様変わりしていた。


 さて、こうして俺ごときが件の子供とウル・ロッドの事情を、いくらなんでも深く知り過ぎているのには、理由がある。


 柱に取り付けられたベルが、けたたましい音をがなり立てる。俺は気が重くなるのを自覚しつつ、屋敷の一室へと足を向けた。そこには地下から伸びる伝声管があり、この屋敷の主人とコンタクトが取れるようになっている。


「御用でしょうか、ご主人様?」

『あー……。だからその、ご主人様っての、やめようって言ったじゃん。可愛らしい女の子が言うならまだしも、四十路手前の男にそう言われると、なんか凄くゲンナリする……』


 うるせえ、俺だって別に、呼びたくてそう呼んでるわけじゃあねえんだよ。なにが悲しくて、自分の半分も生きてねえ子供に傅かなければならねえんだ。


『もしもし、ジーガさん? 聞いてる? それで申し訳ないんだけど、またちょっとお使い頼まれてくれないかな?』

「ああ、了解した。なにを買ってくればいい?」

『とりあえず、布と木材だね。木材は、できるだけ多種類を揃えて欲しい。できれば、魔力の通りがいいものを優先して』


 つまり俺は、件の子供――ショーン・ハリューに雇われる身となったのである。


 俺は、ほとんど地下から出てこない彼に代わり、ウル・ロッドを始めとした、外部との折衝や、屋敷の維持管理などを担っている。

 代わりに、温かい寝床と十分な報酬、そしてもう一つ、美味しい役得を得て、少し前からは考えられないような高待遇の職に就いていた。

 そう、待遇面だけ見れば、非常に恵まれている。主人が化け物じみた子供である点を除けば……。


「木材って、俺が持って帰ってくるのは無理だぜ?」

『そんな無体なお願いはしないよ。今日のところは注文だけして、いつでもいいから届けてもらって。ただ、地下室に入る程度の大きさでお願いね』

「ああ、了解した」


 それくらいなら、言う通りただのお使いだ。夕食用の食材の買い出しのついでで終わる。キュプタス爺に、今日の買い出しを代わる旨を伝えておこう。まだ屋敷内にいれば、だが。

 ちなみに、キュプタス爺も俺と同じく雇われている。この屋敷の料理番なのだが、ショーン・ハリューが車椅子なんてものを与えたせいで、大はしゃぎして、最近はよくスラム街を駆け回っている。そのせいで、しょっちゅう、飯をすっぽかすのだ。

 主人であるショーン・ハリューが笑って許すから、歯止めが効かないんだよ。普通の使用人なら、とっくにクビだろうに。

 俺としちゃ飯が冷えた保存食になるので、勘弁して欲しいのだが、ショーンは食に頓着しないタチらしく、保存食でも文句はないようなのだ。雇い主として、一度ガツンと叱って欲しいもんだが、飯を作るのを忘れたと宣うキュプタス爺を、ケラケラと笑いながら許す辺り、望みは薄そうだ。

 ちなみに、キュプタスの身の安全は、誰も心配していない。それなりの属性術の使い手で、おまけに車椅子という機動力を持ち、さらにはショーン・ハリューという後ろ盾まであるジジイなのだ。誰も手出ししないだろうし、したらしたで手痛いしっぺ返しを食らう事になる。

 いまでは、爆走ジジイとして、スラムの有名人の一人に名を連ねている。


『それじゃ、預けてあるお金でお願い。まだ残ってる?』

「十分残っています。というか、着実に増えてるから安心してください」


 なぜだろう。仕事の話となると、口調が変わる。というか、執事の真似事をしているときが、むしろ例外的に口調が崩れてしまうのだ。

 いや、丁寧にしようとはしているのだ。だが、ショーンの方が、それを嫌がって俺の口調を崩しにかかるのだ。そして俺も、それに合わせて態度が砕けてしまう。

 誰かに仕えて諂うってのが、性に合ってないのだろう。


『うんうん、資産運用をお願いした甲斐があるよ。そういう面倒事を任せられる人材がいるって、本当にいいよね。増えた分のお金は、適当に自分の懐に入れちゃっていいから、頑張ってね』

「また適当な……」


 俺は呆れて声を漏らすが、気楽に大金を動かせる立場というのも、なかなか楽しい体験なので文句はない。

 そう、これが美味しい役得。ショーン・ハリューの資産を、俺の裁量で維持し、増やす仕事だ。破産した商人に任せるような仕事じゃねえと忠告したのだが、当人は預けてる分は丸損しても問題ないから、好きにやれときたもんだ。

 おかげで、いまの俺はスラムに住んでるとは思えないくらい、資産と呼べるものを有している。どころか、商業ギルドの一つに名を連ねているくらいだ。


「ショーンさん、スィーバ商会と【雷神の力帯(メギンギョルド)】から依頼です。どちらも【鉄幻爪】シリーズの注文ですね」

『スィーバってのは知らないけど、どこ繋がり?』

「俺の所属しているカベラ商業ギルドの仲介ですね」

『ええー……。カベラからの注文は、今月もう一つ受けてるじゃん。これ以上増やさないでよ』

「そう言われましても……」


 こっちとしては、所属しているギルドに強く頼まれれば、そうそう嫌とは言えない。とはいえ、俺の雇い主はあくまでもショーン・ハリューだ。どちらの意向を優先するかは、問われるまでもない。


『あんまり面倒事ばかり言うようなら、所属を変えちゃえば? 僕としては、別にどの商業ギルドに君が所属していてもいいんだからさ』

「流石にそれは……。反感を持たれて、嫌がらせを受けたり、町での買い物ができなくされますよ?」

『だったら、外の商人とだけ取引すればいいでしょ。それに、その分を【雷神の力帯(メギンギョルド)】に売れば、そっち繋がりでお金は入ってくるし』

「金が入ってきても、使う先がなくなるって話です……」


 商業ギルドってのは、実に面倒な組織なのだ。特権商人ともなれば、その影響力は町全体、国全体にも及ぶ場合もある。そんな相手と戦うなど……。


『なら、外の商人から食料買い込めばいい。金になるなら、多少割高でも売ってくれるさ。そして、こちらから外部の商人にだけ、物を売ればいい。町の商人は、地元の特産を買えないというバカを、世間に晒す事になる』


 そうだった……。この人は、たった一人でウル・ロッドファミリーと戦い、勝利を納めたような傑物だ。ただの商人相手に、イモ引くようなタマじゃない。

 なにより、町の商人がそんな事をすれば、ウル・ロッドの方が黙っていないだろう。彼らは、明らかに意図してショーン・ハリューの名声を高めている。

 自分たちが敗北した相手を持ち上げる事により、敗北という傷を浅くし、自らの懐を深く見せる事ができるのだから、商人ごときにショーンが舐められるのを許しはしないだろう。たちまち、店がチンピラに取り囲まれて、連日嫌がらせを受ける事請け合いだ。


「では、スィーバ商会の注文は断っておきます。カベラの件は、今回は忠告にとどめておきましょう。態度を改めないようであれば、全面的に争う方針で。【雷神の力帯(メギンギョルド)】の方はどうします?」

『そっちも同じ。先月と今月で、二つ作ってやったんだから、今月分はもう終わり。いくら雛形が既にあってすぐに作れるっていったって、マジックアイテムばかり作ってらんないよ。一級冒険者のパーティなんだから、護身用具にそこまで執着しないで欲しいよね、まったく』

「ではそのように……」


 この主人にかかれば、一級冒険者ワンリー率いる【雷神の力帯(メギンギョルド)】でも、この扱いらしい。一級冒険者ともなれば、彼に会う為に大金を積む大商人とているだろうに、その機会を自らフイにするというのは……。

 正直、ちょっと惜しい気はするが、ここは雇い主の意思を優先だ。

 なにより、件の【鉄幻爪】シリーズは、武具としてはいまいちだが、護身用具としてはかなり優秀で、商人や貴族なんかに引く手数多なのだ。ハリュー家の主な収入源は、この【鉄幻爪】といっても過言ではない。

 ただし、主人であるショーンは、先程の言い分の通り、あまり積極的にこの【鉄幻爪】を売り出すつもりがないようなのだ。

 俺の所属しているカベラ商業ギルドに卸す分が一つ、【雷神の力帯(メギンギョルド)】に卸す分が一つ、それに加えて、俺の裁量でどこかに売る分が二つの計四つ。これが、【鉄幻爪】の一月の生産量だ。

 すぐ作れるという言葉に偽りはないようで、大抵は月初めの一週間目に、四つとも渡される。

 俺の分の二つも含め、カベラ商業ギルドは一月三つも【鉄幻爪】を仕入れているのだから、たしかにさらに欲をかくのは、強欲だろう。

 とはいえ、その思いもわからないでもない。俺だって、できる限り生産数を増やして、いまのうちに荒稼ぎした方がいい。いずれ真似されて、利益が減ると忠告したのだが、


『むしろそれでいい、そうなれば、僕が作る必要もなくなる』


 との事。どうやら、本気で商いには興味がないらしい。

 仕えてみてわかったが、このショーンという少年、とんでもない研究バカだ。それも、没頭すると本気で寝食を忘れる類の、真正のヤツだ。

 まぁ、だからこそ、一人で七〇〇人のマフィアを退けてしまう程の、地下施設を作ってしまったのだろうが。


『あ、そうそう』


 伝声管の向こうから、心底楽しそうな声音が響く。どうやら、商売の話はここで終わりらしい。ショーンがこういう声音で話すときは、研究に関する話ってのが相場だ。


『近々、僕の姉を紹介するよ』


 だが、俺の予想は、文字通り予想外に裏切られた。


「は? 姉?」

『そう、姉。グラっていうんだ』

「あんた、姉なんていたのか?」

『そりゃいるよ』


 言われてみりゃあ、木の股から生まれてきたわけもなし、ショーンに家族がいたっておかしくはない。だが、突然スラムに現れた事といい、てっきり天涯孤独の身だと思い込んでいた。


「そうかい。歓迎の準備をしときゃいいのかい? 客室の用意とか、晩餐の準備とか……」

『ああ、いや、別に他所からこっちにくるってわけじゃない。もうここにいるから、いまさら歓迎とかは必要ないよ』

「……はぁ!?」

『ずっと僕と地下にいたの。人嫌いだから、これまで君たちと接触はしなかったんだけど、いい加減紹介しないと、いろいろと支障がでると思って』


 いやいやいや! 支障がでるとか、そんな些細な問題じゃないだろう!? これまでずっと、姉が地下にいた? その間の食事はどうしていたんだ? まさか、ただでさえ少食なショーンと、分け合って食ってたのか?

 そもそも、この三ヶ月一度も外にでず、その姉とやらはなにをしてたんだ?

 一瞬で頭を駆け巡った疑問に答えを得る事はなく、ショーンは常のヘラヘラとした声音を、真剣なものに変えて言葉を続けた。


『それと、忠告だけど、グラには僕にするようなナメた態度は取らないでね。本気で殺されるだろうし、僕も許さないから』


 あ、これヤバいヤツだ……。


『人間嫌いで、誇り高い人だから、下手な対応は絶対にしないように。キュプタス爺にもそう言っといて。そうだな、貴族に接するつもりでいれば、たぶん大丈夫だと思うよ? あ、もしダメでも、恨まないでね』

「……なぁ、お暇をもらいたいんだが……」

『ハハハ、面白いジョークだね』


 ジョークじゃねえよ!!


 そんなわけで、奇妙な子供は今日も、好き勝手をしている。なぜか、そのワリを食う役に収まっているのは納得いかないが、やっぱり暖かい寝床と人らしい生活には変えられない。

 なんだかんだで、俺はこの生活を楽しんでいたし、感謝もしていた。


 まぁ、月に一、二度マフィアが襲撃してくる事と、雇い主が化け物じみたヤツである事以外は、文句のない職場だ。




―― 一章 終了 ――




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