旅立ち
旅立ち
ーーーーーーー3000と数百年前、世界は数回目の終末を迎えた。
生命を拒み、瘴気を孕むその大地に抵抗の意志が芽生える。それはかつて、幾度となく繰り返されてきた“持たざる者たち”による、明確な意志表示。何人もの人々が志半ばに散っただろうか。そして、彼らは何を思ったのだろうか。それでも尚、人々は何度目かの旅立ちを決行する。
“世界を救う”
この端的な一言に全てが集約されている。
「皆はここにいてくれ。いずれ戻る。」
人々が見守る中、男、廻は皆にそう告げる。
それに続く青年、柃は笑みを浮かべて振り返り皆に小さく手を振る。
最後尾には赤髪の男、晄が続く。
人々の手のひら返しに未だ不満なのか、だるそうに視線を下へ向け、身体をゆっくり持ち上げる。
人々が拍手する間を三人は進み、やがて洞窟の扉の前で立ち尽くす。この扉は安全な洞窟内部と混沌とした外部世界を分つ唯一の隔たり。
つまり、この先を行けば安寧などは無に等しい。
と、廻が洞窟の扉に手を触れた時、轟音が近辺で鳴り響く。騒然とする人々の中には、悲鳴をあげる者もいる。
「なぁ…ほんとに行っちゃうのかよ…」
ある人がそう溢す。
決心した三人の後ろ髪を引くなと言わんばかりに周囲の人が口を塞ぐ。
しかし、廻は振り返って、
「死にもせん。死なせもな。」
と、微笑し、勢いよく扉を開く。
今は朝か?夜か?ーーー分からない。
先程の爆発で砂埃が舞い上がり、視界が悪い。
何かが燃える臭いがする。右頬に熱を感じる。廻がそちらへ目をやると、森林が燃えている。
辺りに何か居るのか。身の安全が確保できぬままでは動くこともできない。三人は近くの岩陰に息を潜め、砂埃が消えるのを待つ。
ーーーーーー視界が開けた。
と、そこで彼らは衝撃の事実に気付く。
「夜だったのか………」
晄が呟く。
なにせ、数日間洞窟に篭ったままであったため、時間の感覚などとうに失われている。
それよりも燃える地表で当たりは真昼のようであった。
廻は周囲に警戒し、当たりを見回す。
「屈め!!!」
刹那、付近に岩石が音もなく散らばる。
晄の声のおかげで三人は無事である。が、洞窟を出て、僅か10分、既に三人は危機的状況にあった。
風が渦巻き、再び砂埃が舞い上がる。
ものすごい風だ。
「煙の中に何かが居る………!!!」
鋭く視線を飛ばし、戦闘体制に入る柃。しかし此処で戦っては、“持たざる者”たるこちらに部が悪い。
「引くぞ!!」
晄の冷静な呼び掛けに二人は応じる。
“アレ”は追ってこないようだ。幸い、逃げ込んだ洞窟に人は居ない。
「何だあの攻撃は…音もなく周りが爆散したぞ…」
自らの無力感に打ちのめされ、ため息をつく晄。
無理もない。一瞬にして死がすぐそこまで迫ったのだ。
「一先ず、することを決めようか。」
落ち着いた廻が言う。
「仲間が欲しいね。」
柃が続く。
柃、銀髪のこの少年は常に顔が青白く、痩せ細っている。それなのに、笑顔は絶やさない。不思議な少年だ。
廻は心で呟くと改まって、
「やはり術を使えるものが居れば心強いが…」
「術なら俺……!!!」
赤髪の男、晄は前のめりに言う。
目がつり上がっていて、人相はあまり良くない。が、それでもその瞳の奥に野心と優しさが垣間見える。柃に劣らず、不思議な男である。
ボッと火を出して見せる。
「火力はイマイチだが、これくらいならやれる。」
廻は顔を顰める。
「そうだよな、こんなんじゃ何もできねぇよな…」
晄が残念そうに言う。
「使い所がないわけじゃ無い。ただ、火力が足りんな。」
静かに告げる廻が前を向いて、
「洞窟を周ろう。」
とんでもないことを言う。
「仲間が居なければ、何もできん。仲間を集めるぞ。」
「で、でも…僕ら以外にまだ生きてる人が居る保証なんて…」
「周ってみんと分からんだろう。」
「「えぇ…」」
二人が困惑する中、
「私には秘策がある。もしもの時は任せておけ。」
ニィっと笑って見せる廻。二人は初めてこの男が本当に笑う姿を目にした。
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三人は新たな洞窟を訪れていた。
「私はあなたたちを助けるためにやってきた。力を貸してくれる者は居らんかッ!!!」
廻の声が洞窟に響く。
人々は例の如く騒然として、しかし、皆一人の男に視線をやる。
人々の視線の先にいたのは、優しそうな顔付きをした青年。
その青年は立ち上がるや否や、手を出して
「同じ志を持つ者として、よろしく頼む。」
そう言って、廻の手を取る。
この律儀な青年の名は蓮。美しい金色の髪に整った顔立ち。その特徴に反して、背は少し高く体はガッチリとしている。
この青年との出会いはまさに三人にとって喉から手が出るほど求めていた存在だった。
この青年、蓮は術を使える。戦力としては言うまでもないのだ。
こうして新たな出会いに感謝しつつ、四人は洞窟を去る。
…あいつら苦労しないといいんだが
その日は一度拠点を作り、そこで休むこととした。
晄と柃は廻と長い旅路を歩んだせいか、死んだように眠った。
その隣で火をつけ、廻と蓮は語り合った。
「君のような術者が一人で無謀にあの天災へ挑むことがなくて良かったよ。」
廻が笑いかける。
「当たり前ですよ、犬死だなんて、それでは俺の使命を全う出来ない。」
「使命?」
「はい、俺の使命は村のみんなを守る事。あの洞窟に居たのもみんな同じ村の人です。」
蓮はそっと笑う。
「俺のお父さん、自警団の隊長なんです。死んでしまったけどね。」
「ほう…それは残念だ…しかしこうなると、君の肩に村の安寧がかかってるとも言えなくは無いなぁ。」
「はい、だから俺の使命はみんなを守ることなんです。」
溢れんばかりの大きな目を揺らめかせ、蓮は天井を仰ぐ。
「君が居れば皆、安心する事だろうよ。」
感心し、一杯の水を飲みほして、この青年に語りかけようと何気ない一言を口にした廻。
しかし、青年から反応が無い。
不思議に思い、そちらへ目をやると、
青年は泣いていた。
「………っせな…だ………」
唸るように喉を鳴らし、言葉が言葉でなかった。
静かに泣く青年は眉間にしわを寄せ、声を抑えるように、しかしその様からは確かな激情を感じ取る。
「果たぜながっだ……」
次ははっきりと聞こえた。
青年は何かを失ったのだ。話を聞かぬ限り、その“何か”が何であるかはわからない。分かろうとも思わない。が、正義感が強すぎるがあまりに、この青年は過去に束縛されていた。それでもこうして廻たちと新たな一歩を踏み出したのだ。勇断だっただろう。
若くして苦境に立ち、一人で村を背負っていた筈の大きな背中が、今はやけに小さく見えた。
廻はこの青年に賞賛の言葉を送りたかった。そしてあの時、洞窟でこの青年の視線から感じた熱の意味を理解した。
「よく頑張ったな。」
静かに青年の頭へ手を乗せる。