英語、あるいは、他言語とは
文法中心の日本の英語教育について
英語は、日本語と同じ言葉である。
英語や日本語、中国語、フランス語など、世界のあらゆる言語は、ものすごく簡単に言うと、「単語の組み合わせ」である。
正しい単語の組み合わせを「文章」と呼び、正しい単語の組み合わせを作るルールを「文法」と呼ぶ。
文章を頭の中で作ったら、それを口から「話す」か、手から「書く」ようにして、相手に伝える。相手からも文章を伝えてくるので、「聞く」なり「読む」なり受け止めて、それを文法に則り分解して理解する。それが会話となる。
日本人のわたし達が日本語を話すのと同じように、アメリカ人は英語を話している。アメリカ人は24時間英語に接していて、わたし達日本人の英語を経験する時間と比較したらわたし達の英語経験時間はアメリカ人の乳幼児レベルになる。
わたし達はいきなり大人のアメリカ人の英語を目指そうとするから、無理が生じる。赤ちゃんに戻って学習する謙虚な気持ちが大事だし、話せるようになったとしても、まだまだ10歳レベル、と見做しておくことも重要である。
わたし達が英語を喋れるようになったとしても、その言語はわたし達の脳が作り出した、アメリカ人言語に似たような言語であることを認識しておく必要がある。
全ては「脳内で作る」ということが、重要であるが、日本の英語教育に於いて、一番欠けている部分となっている。
英会話の教師は、生徒が何を言っても「褒める」。まるで初めて言葉を話し始めた赤ちゃんのように「褒める」。
日本の教育は初めての英作文を「けなす」。
そして「けなし続ける」。
そして皆んなが英作文を苦手になり、嫌うようになる。
英語で話したい事があるのに、頭の中で英作文できないから話せない、社会人になって、英会話教室で、外国人と一緒の話し合いで、そうした事態に陥いる人は余りにも多い。
そういった、赤ちゃんの言葉をけなすような、日本の教育を受けて、赤ちゃん英語脳が失語症みたいな状態になっているので、英会話の教師は褒める事から始める。
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