第64話 命の雫薬
「ヒーナ、ヒーナ、ごめんね。僕のせいでこんなになって、痛いだろう」
と僕は自分の右掌のことを忘れて、持ってきたヒーナのポシェットから、回復薬を取り出し飲ませた。そして頭のリングを取った。
ヒーナは少し喋れるようになり、
「ジェームズ、ああああ」
と泣き出した。
「大丈夫? 、回復薬で治る?」
「駄目……みたい。あの土の槍、毒が入っているわ。それも瘴気の強いやつ」
僕はヒーナの肩を見た。黒く変色して少しずつ広がっていく。
「あいつ、あの洞窟で採取してやがった」
とジェームズは、キッと、クロファイルを睨んだ。
「ごめんさない、……ジェームズ。これは回復薬じゃ治らないの」
もう大鳥も死んで、移動手段がない。有っても毒のまわりが早くて駄目だ。これじゃヒーナが助からない。
「くそ、くそ、くそ、お前、簡単に死ねると思うなよ」
とジェームズは、水の重さで、もう動けなくなっているカービンを睨みつけた。
何か方法があるはずだ。何か、何か、何か、そう、命の雫薬が有れば治る。
「ヒーナ、命の雫薬はどうなの?」
ジェームズは、苦しそうにしているヒーナに敢えて聞いた。
「あれなら、治ると思うけど、……持ってこれないの。直ぐに効き目がなくなるから。それに作るのは、難しいわ。…………ジェームズには」
ヒーナが苦しそうに答えた。
「ヒーナなら、できる?」
「一応、作ったことはあるわ。…………駄目よ。そんな事したらジェームズが命の危険に」
「良いんだ、ヒーナ。ヒーナがいなくなると、僕はあいつらの仲間と家族全員を殺し回ることになる。だから、ヒーナを救える方法に掛けるしかないんだ」
と言いながら、僕は『人格交換剤』を取り出し、最長の時間に設定して、口に含んだ。
「でも……」
と言ったヒーナの口を口で塞ぎ、飲ませた。
視界が暗転した。
「ぐはっ」
手足、頭、肩に激痛が走った。こんなに痛かったのか。ごめんよヒーナ。
「ジェームズ、ジェームズ、大丈夫?」
半泣きの僕が呼んでいる。
でも直ぐに気を取り直して、ヒーナはジェームズの賢者の石を使って、薬の高速抽出装置や時間加速装置を空中に顕現させて、呪文を唱えて、術式を展開し始めた。
◇ ◇ ◇
カービンは、頭の水の玉が、どんどん重くなり頭にめり込んで、頭が割れそうに痛い。背中の水の玉も重くて、息ができない。
小僧たちが何をやっているのか良くわからない。
しかし、俺が集めてきたツギハギの賢者の石と同じくらいの大きさだが、単結晶の賢者の石が、そこにあるのを見た。
‘俺は、あんな奴を殺ろうとしたのか。あんな、神みたいな奴を’
賢者の石の辺りに何かの装置が出た時から雨が止んだ。
水が重くなるのは止まったとカービンは思った。
しかし、目の前の大地から水が少しずつ染み出して、水の玉に吸い寄せられのが見えた。
少しづつ、重さが増えていく。
前にもましてゆっくりと。
ゆっくりと、背中を押さえつけて、段々と息ができなくなる。
ゆっくりと、体の中に水の玉がめり込んでくる。
死ぬ恐怖、今まで、俺が与えてきた死が、今俺に迫っている。
眼の前のビガーの息も短く、早い。俺と同じ様に息ができないのだろう。
‘ビガー、俺の娘。ごめんな。最後まで、俺がお前の父と教えなかった。ごめんな、こんな道に引き込んじゃって’
◇ ◇ ◇
僕は、全身に瘴気の毒が回り始めたのが判った。体中を小さな虫が食い破っていく感じだ。しかし、歯を食いしばって、ヒーナの集中力を切らさない様に気をつけた。
僕は、このまま、死んでもいいと思った。ヒーナが僕の体で生きていてくれれば、いいと思った。
「駄目よ、絶対に駄目」
とヒーナが術式の途中で僕に喋ってきた。
僕の姿のヒーナは、術式を変形させて、周りの森や海から、薬に必要な草や花、鉱物を飛ばしてきた。最高峰の薬剤の錬金術師は最早、薬草を集めに行く必要などないことを、ジェームズは初めて知った。
装置が激しく動き出し、時間加速装置で抽出時間が、短縮されていく。
抽出装置の最後の管のところに雫が溜まってきた。
ヒーナの姿の僕は、もう、意識が朦朧とし始めている。
遠くで、口を開けてと声が聞こえた。
僕は少し口を開けた。
その雫がヒーナの姿の僕の口に垂れた。
体が軽くなった。虫がさ~っと引いていき、頭のリングの傷や虎種の女に刺された手足の痛みが引いていった。
「成功したわ。貴方ぁ、成功したわ、ジェームズ、わああああああ」
僕の姿のヒーナが泣き出した。
一方、カービンは、
‘完敗だ、この仕事は十三年まえからケチがついていた’
と思って、それから何も無くなった。
◇ ◇ ◇
僕の姿のヒーナは、清浄の魔法を使い、自分の体を綺麗にした。それでも血糊のあとなどは、綺麗にならなかった。
暫くして、人格交換剤の効果が切れて、本来の自分に戻った。
僕はヒーナに
「ちょっと、待っててくれる?」
と言って、犯人たちの方に行って、拘束水を解いた。
八芒星を描き軽くして、移動した。
カービンとビガーを並べてやり、ビガーに剣をもたせて、
「お前ら、罪のない人属を殺しすぎた。それも、酷い殺し方だ。そして、父上と母上とシリウスと近衛達の仇だ、何よりヒーナにあんな酷い事をした……でも」
何故かカービンは、ビガーを助けていた。どういう関係だったのかは判らない。
僕は、複雑な気分で言葉が出なかった。
僕は、少し離れて八本の矢を立てて、八芒星を描き荼毘に付した。
そして、その場を後にした。




