第133話 仕掛け
――― ケイも、駆けつけたマリオリも、跪き頭を下げた。外は、聖素の雨が降り始めて、そこかしこから、ガラガラと骨が崩れる音がしている ―――
’我が『人たらしの王』の王気は、ついに威徳の域に達した’
とマリオリは、心踊る気持ちだった。
’しかし、オクタエダル様とヌマガー殿の仕掛けを次の段階に進めなければならない’
とマリオリは気を引き締めて、横にいるケイに小声で話しかけた。
「ケイ殿、あの魔族の上に黒い点があるのが、判りますか?」
とケイに、にじり寄り、話をした。
「ええ、あそこから、誰かの気配を感じます」
とケイは事も無げに答えた。
マリオリは少し驚いた。マリオリ自身、あの点に気づいたのはエルメルシア城で魔法望遠鏡を覗いていた時だ。このアーデルに来ても彼奴の上にある。そして、ここで、奴が倒れている時も、まるで状況を観察するかの様にあった。一方であの魔物自身どうも気づいていない節がある。と言う事は誰かが、密かに監視しているのではないかと思った。
そこで鎌使いの奴に鎌を掛けようと思っていたら、ケイはすでに気配で判ったということだ。
「それなら話が早い。私が合図したら、レオナ殿の槍で、あの点を攻撃して欲しい」
とケイに頼んだ。
「判りました」
と言葉すくなげに答えた。
マリオリはそれを聞き、頷いた後、
「陛下、陛下の王気は、元々、人を引きつけるものでしたが、今や威徳の域に達せられました。臣下としてこれ程、喜ばしく思うことはございません」
とマリオリは声に喜びを乗せて語った。
「しかし、今は其奴への対処が先決。陛下、そのムサンビとの会話をお許しいただけないでしょうか」
とヘンリーに懇願した。
「マリオリ、構わない」
とヘンリーは疑うこともなく、即答してくれた。
「ムサンビ殿、ヌマガー殿から頼まれています。デーモン王に取って代わって王なった暁にはロッパから退去する。その代わりにデーモン王の弱点を教えることになっていたと。ヌマガー殿の最後の望みであるので、今、教えます」
とマリオリは話し始めた。
「なんの話……」
と言いかけたが、ムサンビはデーモン王の弱点という部分に心が惹かれた。
「よろしいか、デーモン王はローデシア皇帝ノアピに憑依しています。証文の魔法を発動させない様にノアピを生かして利用しているのです。つまり、デーモン王の命脈は、今、ひ弱な老人の体次第となっているのです」
マリオリは、ムサンビに余計な発言をさせない様に続けて、
「ローデシア城の崩落は、ファル王国の皇太子妃であり、ローデシア皇帝の王女であるアメーリエ様がデーモン王から逃れるために放った魔法です。決して証文の魔法ではありません。これはアメーリエ様自身から聞いています」
ムサンビが少し頭をかしげた。
マリオリは続けて、
「とにかく、後は、『自分の目で、耳で調べること』です」
と言った。
’遠い昔、この言葉を聞いたことがある。また、俺は偽王に騙されているのか?’
とムサンビは深く思いを馳せた。
――― 外は、蕭々と降る聖素の雨の音が響いている ―――
「それから、ムサンビ殿、あたなは監視されていませんか? 頭上の点をご覧なさい」
とマリオリは、黒い点を指差した。
ムサンビが跪きながらも体を捻って、自分の上空を見た。
’やはり奴は知らない様だ’
とマリオリは自身の考えが八割当たっていると確信し、
「ケイ殿、今です」
と合図を送った。
ケイは、指揮官の椅子にあったレオナの槍を渾身の力を込めて投げつけた。
槍は黒い点に刺さり、バリバリと音を立て始めた。
ケイはさらに、エルベントスの雷のタガーを投げ、槍に当たると同時に
「最大級の雷」
と命じた。
ドーン
――― 雷が落ちる音 ―――
そして、風のタガーを当てて、
「最大級の疾風の刃」
と続けて発した。
◇ ◇ ◇
デーモン王は、跪き涙を流しながら、マリオリがムサンビに話している事を聞いていた。
’やはり、ヌマガーと接触していたのはムサンビか。しかし、不味い所に送ってしまった’
と今になって考えると、ムサンビを小国攻略に遠ざけたのが悔やまれた。
すると門を通して驚愕の言葉が伝わってきた。
「デーモン王の命脈は、今、ひ弱な老人の体次第」
’なっ’
デーモン王は、頭が真っ白になった。
そして次には、槍が出てきて、そこから、雷や疾風の千刀が溢れ出した。
天幕の中に、雷が落ち、切り刻む疾風が吹き荒れた。
「ノアピ、起きろ! でないとお前も俺も死ぬぞ」
とデーモン王は悲鳴をあげた。
’こんな所を将軍どもに見つかったら、それこそ取り返しがつかない。早急に門を閉じなければ’
とデーモン王は焦った。
しかし、両手は地面に着いるため、魔法印も結べない。
’仕方がない。地獄門の術そのものを消去するかない’
とデーモン王は、モーンから奪った地獄門の能力を消し去る事を選んだ。
’術の一つや二つ、失ったところで俺の真価は減ることはない’
と自分に言い聞かせながら、頭の中の能力を消去した。
それで、やっと地獄門は消えた。
◇ ◇ ◇
黒い点が消え、槍がムサンビのまさに目の前に突き立った。
それを見届けたマリオリは
「自分がなぜ、監視されているのか、心当たりがあるのではないですか」
と更に畳み掛けた。
ムサンビは答えなかった。顔がない幽鬼であるため表情は全くわからないが、マリオリは当たっていると確信した。
「ムサンビ殿。古い文献に、ムサンビ・オコーネルという騎士のことが書かれています。昔、狂気の王に騙されて仕えていたが、真相を知ったため、一族もろとも殺されたと。そして、死してなお、近しい人の仇を討ったと。貴方ではありませんか?」
とマリオリは諭した。
指揮所内に沈黙が続いた。
「陛下、レオナの仇として、ムサンビを許し難い事は、小官も同じ思いです。ですが、ここは一度このムサンビをお離しください。許すのではありません。離すのです」
とヘンリーに向かい跪いて進言した。
ヘンリーは、顔を歪めて考えた。そして、ムサンビの方に歩いていく。
ムサンビは前にも増して、頭を下げた。今や、両手を地に着き、そして、頭を地につけた。
ムサンビの前に刺さった槍を抜き、手にとって、
「この槍が、お前を貫かなかったという事は、レオナも、ここでお前を葬る事を望んでいないのだろう。聖素慈雨も止んだ様だ。行け。ただし、今度、会った時は、どうなるか判らん」
と言った。
ムサンビは頭を下げたまま、後ろに下がり、ヘンリーからかなり離れたところで、起き上がって、上の窓から飛び去ろうとした。
「おい、忘れ物だぞ」
とヘンリーは大鎌をレオナの槍に引っ掛けて、直接触る事はせずに投げつけた。
ムサンビはそれを受け取り、飛び去っていった。




