第108話 ホモンクルスと魔王
―――ファル王国のダベンポート雑貨店本店の研究室。メリーの清掃が行き届き、非の打ち所がないくらい整頓されている。その研究室で、ジェームズは瓶に入った黒い虫を慎重に超顕微鏡を使って観察している―――
「アーノルドの容体はどうだい?」
と研究室に入ってきたヒーナに聞いた。
「うん、大分良くなったわ。シェリーが付ききりだしね」
とヒーナは、ちょっと首を振りながら答えた。
魔族の王の襲撃以来、シェリーは甲斐甲斐しくアーノルドを看病していた。熱いスープをスプーンにとって、冷ましてから口に運ぶなんて、ちょっと前では考えられない事をしていたのをみて、我が目を疑ったこともある。
「私、一緒にいるとお邪魔虫になっちゃうのよ」
僕もそれに同意を示すために、首を縦に振った。
「ところで、ほらこれを見て」
と僕はヒーナを誘うように手で合図した。
「何々、へーこれって只の虫じゃないわね。何かしら、この真ん中の小さく光るものは」
と超顕微鏡を覗きながらヒーナが聞いてきた。
「魔素変換装置だよ」
と僕は、ぽつりと答えた。
「えっ、装置って? じゃあこの虫は」
とヒーナは振り返って僕を見ながら問うてきた。
「そう、ゴーレムの一種さ。錬金術師が作ったものだ」
僕も何か嫌な気分になった。
「えっ、こんなもの、作れるの?」
とヒーナは改めて超顕微鏡を見ながら質問してきた。
「発想が凄いよね。これって、このロッパには無い技術だよ。でも、あの魔族の王が、人属に向けて使うなら、魔素変換装置より、聖素変換装置の方が脅威なのだけどね。まるで、魔物を退治するために作ったように思える。奇妙なことだ」
とジェームスは、超顕微鏡を覗いているヒーナの前髪を少し上げてながら、呟いた。
「奇妙と言えば、シェリーも妙な事言ってたわね。ほら、あのイケ好かない魔王がシェリーに向かって、作り物かと言ったじゃない?」
とヒーナが切り出してきた。
「僕は、シェリーを創造はしたけど、作り物なんて全く思ってない! 」
と少し怒りがこみ上げてきた。
「シェリーが相談してきたとき、私も同じように、貴方は、この世で唯一のシェリーで作り物じゃないわよと言ったわよ。でもそこじゃないのよ。私がシェリーから聞いたのは、そこじゃないのよ」
とヒーナは首を振り否定して答えた。
僕は、先を促すように首を傾げると
「ほら、ホモンクルス同士って、なんとなく分かるって、以前シェリーがメリルキンさんにあった時のこと言ったじゃない? 」
と顎に右人差し指をくっ付けて喋ってきた。
「アイツに会った時、感じがしたって言ったの。つまり、あのイケ好かない魔王はホモンクルスじゃないかって」
「えっ、………」
僕は、しばらく、言葉が出てこなかった。
「ねぇ、貴方、真名模様、取ってなかったけ? イケ好かない魔王の」
とヒーナが僕の肩に手を置いて聞いてきた。
「ああ、そうだ。そうだった」
と僕は肩に置かれたヒーナの手を取って、握り返して答えた。
僕たち人属は、両親から生を受けるため、親の真名が混ざった真名になる。しかし、創造されるホモンクルスの真名は創造主から与えられる。通常、自分の真名に覚えやすいキーワドをつけることが多い。こうする事で、創造主に服従することになるのだが、その真名とキーワードの間に区切り文字『マーカス』が置かれる。このマーカスは両親から受け継ぐ真名には現れない六文字 即ち、火、水、風、土、聖、魔を表す文字から一つを選ぶのが通例だ。そしてこのマーカスに限り、どの真名模様でも同じものになることが解っている。
つまり、あの魔王の真名模様にマーカスの模様があれば、ホモンクルスと言うことになる。
「ああ、マーカスがあった。『魔』のマーカスが」
と採取してあった真名模様を見て、僕はつぶやいた。
「『魔』のマーカスなの? なんか出来過ぎね。でも、魔王に『聖』のマーカスがある方がおかしいわね」
とヒーナは右人差指を顎にくっつけて呟いた。
僕はヒーナの言葉を横で聞きながら、考えを巡らし始めた。
魔族を創造する?
基本的に人属である錬金術師は、最初に自分の血を一滴使って、創造するため人属以外をベースにすることは出来ないとされている。そのため、あの魔王を創造した錬金術師は魔族と言うことになるのだが、どう言うわけか魔族の錬金術師は聞いた事がない。一説には賢者の石と魔族は相性が悪いなどと、学説もあるが実証したものがいないのだ。
つまり、僅かだが、何処かに魔族の錬金術師がいて、魔王を創造したのか、それとも何か別の方法を使ったのか。今は全くわからない。
別の方法? 一体どんな方法?
もう少し、あのヌマガーと言う錬金術師に聞いてみたかったが、魔族の王に頭を握り潰させれ、呆気なく死んでしまった。マリオリさんと相談したいところだが、何故か、乱闘の後法廷で見つけた時、十歳くらい歳をとったようになって倒れていた。まだ、意識が戻らない。ヒーナの見立てでは、魔力を急激に使いすぎたためと言うことだ。
などと、考えを巡らしていると、
「ねぇ、ねぇ、私の賢者の石を作るの手伝ってくれるって、言ってたよね?」
とヒーナが僕の顔を覗き込んできた。
「勿論さ、シェリーにも手伝ってもらおう。君とは脳波が一致はしていないけど、信頼関係があるから、ある程度の石が作れると思うよ」
と答えの無い堂々巡りの思考を中断して、ヒーナに答えた。
「ありがとう。どんな大きさでも良いわ。あっ。貴方の石の大きさはダメね。強すぎるわ」
と腕を組みながら首を傾げて答えた。
賢者の石は他の人の物でも使う事ができるが、やはり自分の錬金陣で作った方が相性が良い。最近の研究によれば、製作者の真名のように、一人一人、結晶方位が僅かに異なると言う事だ。僕が発見した真名模様をヒントに他の研究者が発見した。多分、この結晶方位角の違いが、相性に結びついているのではないだろうか?
「えーっと、ああ、明後日、誕生日、だったね。えーとそれで、歳は、むぐムグムグ」
と歳のことを言おうとしたら、ヒーナが手で僕の口を押さえて来た。
「歳のことは、良いのよ。レディに失礼でしょう!」
と怒られた。
「それでなくても、貴方よりチョッと歳上なの気にしているだから……」
と膨れ面で訴えてきた。




